門主からの依頼は自分の身体を診て欲しいというものだった。
彼女の身体についてだが、パッと見た限りでもかなり衰弱している。これでは歩くだけでもかなり辛い筈だ。心身を癒す香薬を焚いているとの事だが、これ単体では効果があるのかも分からない。良くて気休め程度だろう。
一応、症状としては近しい物を最近見た事がある。セイアだ。
彼女は自身の持つ能力の代償として主能力の減少という代価を支払っていたが、門主が減少しているのは体力――もっと言えば命を削られている。
その時がいつになるかは予測がつかないが、このままでは彼女は残り少ない命を削られ死ぬ事になるだろう。
「幾つか質問させてくれ。君のその衰弱していく身体は生まれつきか?」
もしこれが生まれつき――言うなれば先天フィートであった場合、残念ながら私にはどうする事も出来ない。遺伝子合成機はフィートを後付けする事が可能であり、後付けしたフィートであれば好きな様に取り除く事も可能ではあるが、先天フィートだけは不可能だ。だからこそセイアも予知夢をどうにかするのではなく、肉体復活などの魔法を教えて代価を踏み倒す形にしている。
「否じゃ。こうなったのは妾が二年生の時……一年前くらいからじゃの」
少なくとも先天フィートではないと。
「ではその時から不思議な能力に目覚めたりはしていないか?予知夢を見られるようになったとか、直感が冴え渡ったりだとか」
「不思議な事を聞くものじゃな……そういった事もないの」
もしかしたらキヴォトスの神秘によって後天的に得た能力があり、その代償を支払っているのかとも思ったがこれも違うらしい。とするとキヴォトス特有の不思議現象ではない?決めつけるには早計だが、一旦候補から外して違う角度から探るか。
生まれつきの体質という訳でもなく、一年前に突然発症したのであれば一番可能性が高いのは病気だろう。私の知るエーテル病も突然発症するタイプで、しかも複数の症状が重症化しすぎると死に至ると噂で聞いた事があるような気がする。もしかするとキヴォトスにも似たような病気が存在するのかもしれない。
そう考えて門主へ問うてみると――
「……病気かもしれぬし、そうではないかもしれぬ」
……妙に歯切れの悪い回答だ。先程までの門主の様子を見るに頭は良く回るタイプだ。素面でこのような胡乱な答え方はしないだろう。本当に分からないのであればそう答えるはずだ。
つまり、何か明言出来ない理由がある。
恐らく今の答えが門主の出せる精一杯の回答なのだろう。これ以上は私が推察しつつ診ていくしかないというわけか。……サオリの言った通り、厄介な事になったな。まぁ私達の予想していた厄介事とは少し方向性が違うが。
「やはり其方は察しがよいな。……面目ない。依頼を出したのはこちらじゃというに」
「構わない。厄介事には慣れているからな」
ノースティリスではプチの討伐依頼だと言われていざその場所へ行ってみると、プチだけではなくそれよりよっぽど強いスライムやバブルまでも跋扈していた、なんて事はよくある事柄らしい。それに比べればキヴォトスで受ける依頼などかわいいものだ。
「それに、門主の身体の事を知っている者は極一部を除いて伏せられているのだろう?」
「……その通りなのじゃが、まさかそこまで見透かされるとはの」
それだけ先の門主の回答が不可思議だった。門主の身体はかなり重症であるにもかかわらず香薬が焚かれているのは私室のみ。門主が出迎えてくれた時には玄龍門の生徒の中で門主を心配する様な態度が一切見られず、ただ平伏していた。他の自治区と比べてもかなり権限の強そうな門主が危篤状態となればもっと山海経全体が騒ぎになっていそうなものだが、私達はそんな気配を微塵も感じる事無く山海経を歩き回っていた。これらを踏まえて考えると、門主の不調は伏せられているという推測を出すのはそう難しい事じゃない。
門主の不調が何故伏せられているのかは……今考える事では無いな。考えるべきは一年前に門主の身に何が起こったのかだ。病気と断定出来ないという事は自然発症ではなく何かきっかけがあったはず。
とすると――門主の不調は人為的に齎された?
しかし門主としても証拠を掴めておらず、あくまで推測の域を出ないので断定出来ていないという事であれば一応辻褄は合うか。文明が遥かに進んだキヴォトスですら一年経っても快復させる事の出来ない現象……呪いか?死の宣告なんかは対象者を容赦なく死に至らしめる強力な呪いだが、魔法すら存在しないキヴォトスに呪いが存在するとは思えない。
現状ではこれ以上情報を絞り込むのは無理だな。ここからは実際に門主に色んな魔法を掛けながら様子を見るか。
「今から魔法を幾つか順番に掛けていく。受けてくれるか?」
「無論じゃ。其方を呼んだ以上、とうに覚悟は出来ておる」
「よし、では始めるぞ。――清浄なる光」
清浄なる光。
この魔法はあらゆる呪いと瘴気を浄化する魔法だ。あるとは思えないが、それでも万が一を考慮すると唱えておくべきだろう。死の宣告レベルの強力な呪いだとこの魔法では浄化出来ないが、それでも候補は絞れる。
「どうだ?身体に変化はあるか?」
「……だめじゃな。何か変わった気はせぬ」
ふむ、少なくとも呪いではない。あるいはそれよりももっと強力な呪いか。
では次だ。肉体復活の魔法を唱え、同じように経過を観察する。
「どうだ?」
「――驚きじゃ、身体が軽くなったぞ。ほれ」
そう言って立ち上がり、背筋を伸ばしたり軽くその場でジャンプして見せる門主。
……なるほど、体力だけでなく主能力の低下も症状の一つだったか。だが――
「……くっ!?」
暫く身体の調子を確かめていた門主だったが、途中で膝から崩れ落ちる。完全に地に伏せる前に門主の元まで駆け寄り体を支える事は出来たが、失っていた筋力は元に戻っても体力までは戻っていない。大元の原因を排除出来ていない以上、今も尚門主の不調は続いている。
「少々、はしゃぎすぎてしまったようじゃな……」
「すまない、ぬか喜びさせてしまったな」
「よいのじゃ。ここまで身体が軽くなったのは久しぶりじゃった。よもや本当に、改善の兆しが見えるとはの。これだけで十分な成果じゃ」
そりゃ一年以上悪化の一途を辿っていたであろう門主にとって今の状況はにわかには信じがたいだろう。だがまだ試していない事が残っているのだから終わった気になられても困る。
「まだ終わりではないぞ。次の魔法をかける」
「まだあるのかえ?相分かった。其方の好きなようにしてくりゃれ」
「――オディナの癒し」
私の持つ上から二番目に強力な治癒魔法を唱え、門主の失っていた体力を戻す。これで恐らく今の門主の体調は元通りになったはずだ。――あくまでとりあえずだが。
「さて、これで問題なく動けると思うがどうだ?」
言葉を掛けながら支えていた門主の身体を起こしゆっくりと立ち上がらせる。もう一度身体の具合を確かめるように慎重に体を動かす門主を眺めながら再度経過を観察する。
「動く。息苦しさは残っておるが、それでも今までよりずっと楽になったのじゃ」
「……そうか。一応言っておくと、恐らくこれは対症療法でしかない」
息苦しさがあるという事は、未だ門主を蝕んでいる原因は取り除けていない。なので少し経てば門主の身体は衰弱した身体に戻る可能性が高い。それでもこうして魔法を継続的に掛け続ければ少なくとも門主は死ぬ事もなく、動く事も出来はするだろうが……。
「充分じゃよ。ゆっくりとその時を迎えるのを待つだけだった時に比べればの」
門主が今までよりずっと明るい表情でそう言うが、私としてはセイアと違って大元の原因が分からないままなのが非常に気持ち悪い。どうにか追究したいところだ。
なのでもう一度症状の整理をしてみよう。
主能力の低下という症状は病気に近い。ノースティリスでも井戸水を飲んだりバードウォッチングをして病気を移された事もあったが、その程度の病気では命には別条は無い。
呪いには命を奪う強力なものが存在するが、先に考えた通りこの線は非常に薄い。もし本当に死の宣告に匹敵する呪いならば、ノースティリスの神を信仰し祈りを捧げて神に治してもらうか、とあるアイテムを使用するしかない。
徐々に体力を失うという症状として一番近いのは……毒や出血があるか。しかし門主が出血している様子は見られないし、一年以上も続く毒なんて存在するとも思えん。あんなんほっとけばすぐ治るだろ。
しかし改めて考えると門主もとんでもないものを患っているな。私の考えた候補三つを内包した何かを抱え込んでいるとは。もしこれが人為的に齎されたという推測が合っていたとするなら、正直門主にこんなものを与えた人物に興味が湧く。いずれ会ってみたいものだ。
……いや待て、私はさっき何を考えていた?……神に治してもらう?
…………。
あれ、これもしかして一番楽な治療法では?
病気だろうが呪いだろうが毒だろうが何でも治して頂けるぞ?
「……?呆けてどうかしたのかえ?考え事かの」
「――門主よ」
「う、うむ。なんじゃ?」
「君に信仰する神はいるか?」
「?」
「この祭壇に祈りを捧げればいいのかえ?」
「そうだ。性格も神々の中でも温厚だから初めての信仰にはぴったりだ」
このお方には何故か狂信者が異様に多くてうんざりするのが玉に瑕だが。
「まるで二度目の信仰があるかのような言い方じゃの?」
あるからな。
「さぁ、善は急げだ。やってみるといい」
「うむ」
そうして手を組んで祈りを捧げる門主。暫くすると門主の身体が淡く輝きだす。
――べ、別にアンタの活躍なんて期待してないんだからねっ
「――!なにか声のようなものが聞こえたような気がするのじゃが」
「今のが癒しのジュア様の御声だ。無事に入信出来たようで何よりだ」
そう、門主に信仰させたのはジュア様だ。これから行う事を考えればこのお方を信仰するのが最も適している。それより何故私にまでジュア様の御声が聞こえたのだろう。
――べ、別にアンタの元気そうな姿が見られて安心したから声を聞かせたとかじゃないんだからっ。勘違いしないでよねっ!
私もジュア様の御声を賜れて嬉しく思う。ご壮健であっただろうか。
――私は女神なんだから当たり前でしょっ。
それは重畳。この子の事をどうかよろしく頼みます、ジュア様。
――ア、アンタに言われなくっても当然よ。でもこの子、とても強い毒を受けているわ。ノースティリスでもこんなに強い毒は滅多に……だから私を信仰したのね。
やはりジュア様にはお見通しか。……って、え?毒?これ毒なの?毒なんて放置してれば勝手に治るものでは?
――それはアンタがおかしいだけだから!それより聴診器を使えば状態異常なんてすぐに分かるでしょ!
あ、そうじゃん。聴診器の存在をすっかり忘れていた。聴診器はペットや拠点の住民にしか使った事が無いから失念してしまっていたな。ありがとうございますジュア様。
――べ、別にアンタの為に言ったわけじゃ「門主、少しいいか?」もう!聞いてよバカ!
「妾には聞こえなんだが、ジュア様と会話をしていたのかえ?」
「あぁ。それでもう一度身体を診せて欲しくてな」
聴診器を取り出しながら概要を説明する。
「聴診器で妾の全貌が解るとは、其方の世界は不思議で満ちておるな」
「早くこれに気付いていれば最初の無駄な時間を過ごす事は無かったんだがな。すまない」
「なに、それでも妾の身体が良くなった事は事実。感謝しておるよ。――お腹を見せた方がいいかえ?」
そう言ってからかうような表情で自分のドレスをつまむ門主。
「不要だ。衣服の上からでも効果は発揮するからな。だからめくろうとしなくていいぞ」
上下一体の服なんだからめくったら見えるのはお腹どころではなくなる。元気になるのは良い事だが変な方向に振り切るのはやめてほしい。
「なんじゃ、つれないのう。妾の恩人なのじゃから少しは欲を出しても罰は当たらぬぞ?」
なんでこうキヴォトスの子は元気になると活発的になる子が多いんだろうか。ここに来てからセイアの姿が脳裏に溢れてばかりなんだけど。そんな事を考えながら聴診器を門主に当てて浮かんできた情報を眺める。……確かに状態異常に毒とある。まさか本当に一年以上も継続する毒が存在するとは、ますます興味深い。
そして更に驚いた事に、身長だけでなく年齢や誕生日、そして体重までも以前見せてもらったヒナの情報と一致している。外見がもう少し近ければ血縁を疑っていたな。ヒナに姉妹の存在を聞かされた事はないので恐らく偶然の一致だとは思うが。
主能力やスキルに関してもかなり優秀だ。こちらも以前ヒナに見せてもらった時の能力にかなり近く、本来の力を発揮出来る今ならばキヴォトスの中でも有数の強さを持つだろう。
フィートは見える中には目立ったものはないが、希少種はしっかりと持っていた。もしやキヴォトスの生徒は全員希少種を持っているのだろうか。あるいは当時のヒナに匹敵するほどの強さを持つからこその希少種フィートなのか。今度他のペット達にも聴診器を使って能力を見せてもらおう。
「よし、ありがとう。無事に確認出来た。どうやら君は毒を盛られているな」
「……そうか」
「確信が持てたか?」
私の言葉を受けても驚いた様子を見せないという事は、やはり予想はしていたのだろう。
「――そうじゃな。十中八九そうであろうとは思っていた」
――普通の毒じゃないわよそれ。殺す事よりもこの子を長い事苦しめる事を目的としてる。よっぽど強い恨みを買ったのね。逆恨みかもしれないけど、どっちにしろ可哀想……。
なるほど。普段はツンとした態度を取ろうと健気に頑張っているジュア様の口調が崩れるくらいには悪辣なものであると。
――つ、作ってなんかないわよ!
私がジュア様を信仰していた頃、いつも寝る間際に「私はこの仕事に向いているのかなあ」と弱音を吐いていたのを知っている身からするとそうは思えないのだが、まぁあまり突っ込むのも野暮か。とはいえ、ジュア様ほど信者に寄り添おうとしてくれる神は多くない。向いているか向いていないかはさておき、ジュア様を慕う信者の気持ちは正直分かる。これからもジュア様の好きなように振舞うのが一番だと思う。無理をしない程度にこれからも人々を導いて欲しい。
――あ、ありが……お、お礼なんていわないんだからね!そんな事言われたって全然、これっぽっちも嬉しくないんだからっ!早くその子に祈らせなさい!ちゃちゃっと癒しちゃうんだからっ!
微笑ましいお方だなぁ。
ジュア様もやる気のようだし、さっさと治してしまおう。
「門主、もう一度ジュア様へ向けて祈りを捧げてみてくれ」
そうして門主は信仰した時と同じく手を組んで祭壇へ向けて祈りを捧げる。その祈りに応えるかのように次第に門主の身体が淡い光に包まれ、ジュア様の声が響く。
――私はジュア。癒しをもたらすもの……この者に癒しの光を!
その言葉を皮切りに門主が一際強い光に包まれる。見ているこちらが感じ取れる程の癒しの波動を感じる。やけに気合いの入った癒しだ。これなら一生毒や病気なんかとは縁遠い生活が送れるのでは?と感じてしまう程に。流石に気のせいだとは思うが。
――今までよく耐えたわね。これでもう大丈夫よ。
「……礼を言うのじゃ、ジュア様」
「無事快復したようだな」
「うむ、今までにないくらいの快調じゃ。……其方にも礼を言わねばならぬな。其方が居なければ、妾は……」
「気にする必要は無い。私はただ依頼を遂行しただけにすぎない」
まぁ当初の依頼は身体を診る事だけだったのでいつの間にか目的がすり替わっていた感は否めない。とはいえそこは私が勝手にやっただけなのでやはり感謝の必要は無い。
「玄龍門の門主を救ったという意味を理解しきれておらぬようじゃな。もし妾の不調が山海経の皆の知るところであったら、其方は恩人として山海経全体で大々的に謝礼と歓待を受けておったぞ?」
むしろ隠しているからこそそれが出来んのが歯がゆいのじゃが、と少し悔しそうに、あるいは悲しそうに呟く。やはり門主という役職は他の自治区の生徒会長職とは一線を画す待遇なのだと再認識する。
マコトなんてそもそもゲヘナで名前すら知られているか怪しいぞ。
そんな子が生徒会長をやっているのだからゲヘナの緩さがよく分かる。当の本人は好都合だと不敵に笑っていたが、それでも以前マコトを模した金の石像がゲヘナの校内に置かれていた事があったので自己顕示欲は相応にあるらしい。
ちなみにその石像は出来がイマイチだったのがムカついたので私とヒナで粉々にした。
あんなのどこから調達したんだ。
「じゃが、皆が知らぬからと言って恩を返さぬままでは門主の名が廃るというもの。この礼は必ずさせてもらうからの」
「分かった。そこまで言うなら門主の「キサキじゃ」――ん?」
「竜華キサキ。妾の名じゃ。聴診器で妾の全てを覗き見た其方であれば、既に知っておろう?」
知ってるけど言い方やめてね。
覗き見たって言い方だとまるで私がいかがわしい事をした感じになる。
「恩人である其方には、妾の名を呼んで欲しい」
「あぁ、キサキの好意に甘えさせてもらうとしよう」
「――ふふっ。うむ、妾に任せよ。きっと後悔はさせぬでな」
楽し気なキサキの様子を見るにどんなお礼をされるのか予想が出来ず少し怖いが、素直に楽しみにしておこう。
「そうじゃ、ジュア様にも返礼をせねばな」
ほう、それは大変良い心掛けだ。
「そういう事なら後でジュア様の好物を教えよう。それの捧げ方もな」
異世界であるキヴォトスでジュア様の信者を増やすなんて、元信者の鑑すぎるな私。そこらのジュアの狂信者より仕事してるだろ。
――ほ、褒めてなんてあげないわよ!
それは残念。だが今日はキサキの一件以外にもジュア様にはお世話になったので今日はジュア様の抱き枕を抱えながら睡眠を取りたいと思っている。本当にありがとう。
――えっ?そ、それって私の元へ帰ってきて「あ、改宗する予定はないです」――もうアンタなんて知らない!バカ!バーーーーーカ!
イルヴァ豆知識
・祈り
ゲーム内において、信仰する神に祈りを捧げると一日に一回だけHPとMPとSPを全回復し、全ての状態異常を回復してくれる最強の回復手段の一つ。祈るだけで信仰スキルが伸びるので毎日欠かさず祈りを忘れてはいけない。模範信者は序盤で取るべき最優先フィート。
・聴診器
ペットのステータスを見られる便利アイテム。地味に高価で尚且つ使用回数に限りがあるので序盤では使いにくかったりする。ゲーム内においてはペット以外には使えない。
・癒しのジュア
ツンデレ口調とは裏腹に激重バックストーリーのあるくそかわ女神。