「いち、に、さん、し……ほれ、何を呆けておる。其方も続くのじゃ」
「…………にーに、さん、し」
私は何をさせられているんだろう。
キサキの体調が無事に快復し、もう一度身体の調子を確かめる為にと運動を始めたのだが、何故かその運動を私もやる羽目になってしまった。
「……ふぅ、こんなものかの。身体が軽いというのは実によいものじゃな」
「満足したようで何よりだが、この運動は一体……?」
「妾が患った際少しだけでも身体を動かした方が良いと薬師に言われたのじゃよ。それからは毎朝欠かさずこの体操を続けておる」
なるほど。
何気なく放たれた一言だが、推測するにその薬師とやらが今までキサキの毒の進行を遅らせていたという事か。
「あくまで俗説じゃが、この体操は継続していると身長が伸びるとも言われておるの」
「ほう?それが本当なら興味深いが……」
言いながらキサキの身体をまじまじと見つめる。確かにキサキはヒナと身長が同じなだけあってかなり小柄だ。仮に毒に罹ってから一年の間これを続けていたとして、果たして今のキサキの身長は体操の効果が発揮されて尚
「……ほぉ?妾の身体をじっと見て、何か言いたげじゃな?」
――あっこれまずいか?
「何がまずいのじゃ?よい、申してみよ」
くそっ、なんでこっちの考えてる事が読まれてるんだ……!たまに考え事をしている時に突っ込まれる事はあったがここまで正確に捉えてきた子は初めてだ……!
「い、いや、その……すまない、余計な事を考えてしまった」
ここは素直に謝罪しよう。心中とはいえ失礼な事を考えてしまったのはこちらだ。
「ま、よいじゃろう。とはいえ罰は必要じゃな。ほれ、そこの椅子に腰かけよ」
「あ、あぁ……」
許しは得られたが何やら条件付きらしく戦々恐々としながら促されるままに椅子に座ると、間もなくしてキサキが私の膝上に座った。いやなんだこの状況。
「中々悪くない椅子じゃな。それに、妾が落ちぬようしっかりと支えてくれる便利な機能も付いておる」
「椅子扱いには物申したいところだが、改めて謝罪しよう。努力さえしていればいずれ実を結ぶ事もあるかもしれんしな」
多分、きっと、恐らく。
キサキの年齢的に既に身体の成長は止まっていそうだが、言わぬが華というやつだ。
「――本当に反省しておるのかえ?まぁよい。このまま妾の椅子としてしばし付き合ってもらうぞ」
そう言ってキサキはこちらに凭れかかる。しかし身長か。
祝福した乳を渡せば身長程度いくらでも操作可能だし、渡してみるか?……いや、無しだな。なんというか、そこはかとなく勿体ないという感情が湧き出てくる。キサキは今のままが一番しっくりきそうだ。
――少女趣味。ロリコン。さいてー。
ジュア様といえどやかましい。
それとこちらの心中を読み取らないで頂き……いや、まさか……キサキが私の心中を読み取れたのは……!
――ふふふ、私がキサキちゃんにチクってあげたわ!アンタがデリカシーの無い事を考えるのが悪いのよ!
なんてお方だっ!
「――そうじゃ、其方には話しておこうかの」
「うん?」
キサキの椅子に徹してしばらくして、キサキがふと口を開いた。
「妾がなにゆえ今の状態に陥ったのか。そのいきさつじゃ」
なるほど。きっかけに関しては正直興味があったので聞かせてくれるというのならこちらも望むところではあるのだが……。
「良いのか?部外者の私が聞いても」
キサキの不調を知っているのは山海経でもごく僅かの筈だ。キサキも快復するまでは仔細を伏せようとしていたので深入りしないようにしていた。
「良いか悪いかで言えば、悪いの。じゃが其方はたとえ依頼という形であっても妾に尽力してくれた事も事実。何より、其方には知って欲しいと思ったのじゃ」
「そうか。そういう事なら聞かせてくれ」
そうして聞かされたのはキサキが門主の座に就いた時の事だった。本来門主の座には三年生が就くのが慣例だったが、何の因果か当時二年生であったキサキが満場一致で門主に指名されたらしい。
「――ふっ」
思わず失笑してしまった。
伝統がどうのとうるさい事は聞いていたが、まさか一年前にその伝統を破っているとはな。キサキを指名した理由も大方の想像はつく。恐らく当時の三年生は門主という重責のある立場に座る事を嫌ったのだろう。
そこで、キサキに白羽の矢が立った。
キサキの優秀さは初対面の時に感じ取れていた。もしキサキが二年生の頃から既に才覚があったとすれば、当時の三年生にとって重責を押し付けるにはさぞ丁度良い人材だった事だろう。
まぁ私もよく人に面倒事を押し付けるので気持ちは分かる。先生とか便利だし。
「して妾が門主に就いて初めて下した決定は、とある者を退学させる事じゃった」
「退学?それはまた重い処罰を下したな」
このキヴォトスにおいて退学――学籍を無くすというのは非常に重い。アリウスでも少し話したが、学籍の無くした者達は表では簡単に生きる事は出来ず、大概は裏社会で生きていく事になる場合が殆どだ。
「そうじゃな。それ故反発も大いにあった」
「あぁ、大体想像がついた。どうせ伝統がどうのと言われたのだろう?」
「ふふっ、理解が早いの」
実に滑稽極まるが、この手の舌の多い奴らが口にする事など決まっている。――よくもまぁこの子はそんな環境下で門主を務めてこられたものだ。私だったら嫌になってそいつらの舌を丸ごと引っこ抜いた後に出奔しているぞ。
「正直に言うと妾も辟易とする事はある。望んで得た地位でもないしの。それでも、
「そうか。……自ら苦労を背負うのだな、君も」
ヒナもそうだった、と思い返す。
風紀委員会の仕事や万魔殿からの嫌がらせを粛々とこなし、その責任感の強さから他人に頼る事も出来ず業務に忙殺されていた。今となってはヒナにもかなりの余裕が出来たが、私の介入が無ければ今頃どうなっていたかは分からない。ヒナの能力の高さであれば業務に溺れ、潰れるといった事は無いかもしれないが、あの状況から好転するイメージはあまりつかない。
対するキサキは自身の不調を隠してでも門主の立場を守り今まで山海経を統治してきたという。ジュア様がわざわざ言及する程の強い毒を患いながら門主の責務を果たすなど、生半可な意思で出来る事ではない。望んで得た地位では無いと言及していた事から、下手すれば責任感一つでそれを成し遂げていたのだとすれば、驚嘆に値する。
……本当に、良く似ている。
「凄いな、君は」
「……妾がかえ?」
「そうだ。少なくとも私には出来ない」
民衆の上に立つなど真っ平だ。しがらみに縛られるのも御免被る。自身が毒に冒されていたのなら猶更だ。だというのにこの子はそれを今までやり遂げている。これを凄いと褒めずに何と言うのだ。
「そう褒められる様な事では無い。玄龍門では弱みを見せてしまえば喰われてしまうからの。先代が正にそうじゃった」
喰われる?
そうは言うが実際に玄龍門の者達はキサキに伏して――いや、もしかしてそういう事か?
玄龍門はキサキに跪いていたのではなく、門主という権威に跪いていた。もしキサキが玄龍門の理想とする門主からかけ離れた姿を見せてしまえば瞬く間に反旗を翻される、という訳か。
「ほんに其方は理解が早い。其方くらい話の通じる者が玄龍門にもおれば楽なのじゃが」
しかし同時に納得もした。
キサキが私を私室に招き入れようとした時の玄龍門の者達の反応。あの時は伝統伝統やかましいなくらいにしか思わなかったが、あれは門主がらしくない行動を取った事による拒否反応も含まれていたのだろう。そして伝統を盾に閉鎖的な自治区となっている為にキサキは今まで不用意に外部へ接触を図る事も出来ずにいたと。今回私を呼んだのもキサキにとってはかなりの博打だったのだな。
その結果として玄龍門は自覚の無い内に自身のトップを殺そうとしていた訳だ。こう考えるとキサキに毒を盛った張本人よりも、この山海経の風潮の方がよっぽど罪深い様に思える。
果たして今の玄龍門の中にキサキの事を門主としてだけでなく、個人として見ている者はどれくらい居るのだろうか。キサキの言い草から察するに玄龍門の中にキサキの不調を知る者は居ない。余計な混乱を拡げない為という意図もあるのだろうが、今までの話を総括すると今のキサキにとって信の置ける者が玄龍門には居ないという事ではないのか?
望んだ訳でも無いのに門主の座を押し付けられ、しまいには毒を盛られ、弱みを見せれば身内に切り捨てられる。そんな環境下でキサキは長い間一人でその重責を担ってきたと?
……キヴォトスのトップ層はどこもこんなのばっかりだな。もうこれキヴォトスの在り方がどこか根本的に間違ってるんじゃないのか。あまりにも哀れすぎる。
「――本当にキサキはよくやっている。今までよく頑張ってきたな」
膝上に座るキサキを労うように頭をゆっくりと撫でる。
「妾は――」
「まぁ聞け。君は今までの行動を当たり前の事だと認識しているのかもしれないが、決してそんな事は無い。それは誰にでも出来る事では無いし、先も言ったが私にも出来はしない」
「……」
「君は労われて然るべき事をしている。今までの環境では労われた事など無かったかもしれないが、君はそれだけの事をしている」
「そう、か。妾は……頑張っておれたか?」
「間違いなくな。何度でも伝えてやる。キサキは頑張っているしよくやった。偉いぞ」
するとキサキはこちらの撫でていた手を抑え、撫でるのを止めさせた。そして凭れていた体を起こしたかと思えばこちらに向き直る形で座り直し、互いに見つめ合う姿勢になった。
「其方は……猛毒じゃな」
あれ、急に悪口言われた?
「出会って数刻しか経っておらぬというに、こうも容易く妾の隅々まで入り込んできおった。いっそ彼奴に盛られた毒の方がまだ抵抗出来ていたやもしれん。……こうやって他の女子も堕としてきたのかえ?」
……絶妙に否定しにくくて困る。
今までの例に漏れずトップとして過度な重責に耐え、それでいて何よりヒナと重ね合わせてしまったのがキサキに対して殊更に甘くなったのは間違いない。
「他の者達にも同情するの。こうまで言われてしまっては、其方の毒に抗う事すら出来んかったじゃろうに。――ふふっ。悪い大人じゃな、其方は」
「……念の為弁解しておくと、誰にでも言っている訳ではないぞ」
私が言葉を尽くす相手はそれほど多くない。大抵は先に手が出るし、それこそ今まで何の繋がりも無かったキサキの様な子にここまでする事は稀だ。
「そうかえ?怪しいところじゃが、今日のところは信用しておこうかの」
そう言ってキサキは向き合った姿勢のままこちらへしなだれかかってきた。
「のう……依頼は今日で終わりやもしれぬが、これからも其方を頼ってもいいかえ?」
「構わない。何かあったら連絡してくれ。私はいつでも、他ならぬキサキの味方でいると約束しよう」
キサキが山海経の門主である限り、門主でいる事しか許されない。
であるならば、少なくとも私だけでもキサキ個人として見よう。あの時私に名前呼びを要求してきたのも、自分を個人として見て欲しいという欲求の表れなのではないか。ならそれに応えるのも吝かではない。
「妾を……。ここにきてまだ妾の欲しい言葉をくれるのかえ。全く、其方はどこまで妾を冒すつもりじゃ?」
人聞きの悪い事言わないで欲しい。
などと思っていたらキサキはしなだれかかっていた体を起こし、首に腕を回してきた。そうして再度見つめ合う形になる。
「そこまで啖呵を切ったのじゃ。責任は――取ってもらうぞ?」
こちらとしても好都合だ。ヒナに近い能力を持つキサキは間違いなくキヴォトスの中では上澄みだ。であるならばこの状況は私にとっても千載一遇のチャンスだ。是非とも私のペットになってくれ……!
「あぁ、分かったよ」
「――ふふっ。幾久しく、じゃな」
そしてキサキの顔がこちらへとゆっくりと近付いてくる。表情には妖艶さが増しており、雰囲気も妖しくなっている。
……いや待てキサキがしようとしている事は分かったが、万が一にもこの行為がヒナや他のペットにバレたりでもしたら……私、ボコボコにされないか?かといって責任を取る事を承諾したのにここで拒否してしまえばキサキを傷付けてしまいかねない。――詰んだか?
などと内心葛藤しながらキサキと重なりかけたその時――
「遅れてごめんなのだ門主。ちょっと実験の後始末に手間取って――えっ」
キサキの私室へネズミと思しき獣の耳を携えた生徒が入って来た。言いかけていた言葉から察するに恐らく彼女が今までキサキの毒の進行を遅らせていた薬師なのだろう。その薬師はこちらを見て顔を赤らめて呆然としている。まぁ当然の反応だ。こんな状況を見られてしまったのは想定外にも程があるが、正直助かった。もしこのままだったら私は絞首台に吊るされてボコボコにされていたかもしれない。
「えっ、あっ……その、お邪魔しちゃった……のだ?ぼ、ぼく様は外で待ってるから、後は二人でごゆっくり……」
おい待て変な気を遣うな。私を殺す気か?
「む、サヤか。すまぬが後一時間……いや、二時間程待っていてくれぬか?」
二時間!?バードウォッチングまでする気だったのかこの子!?快復したからと言ってはっちゃけすぎだろう!あのセイアでもここまでじゃなかったぞ!
「わ、分かったのだ。それじゃぼく様は一度研究室に戻って実験を再開してくるのだ……」
分かるなバカが。戻ってこい!
水着キサキ最高でしたね……それと水着ルミの実装はいつですか……?