便利屋の戦闘顧問になってしまって数日経った早朝の事。
流石に拠点が欲しくなってきたのでヒナにこちらの希望する広さを伝え、その土地に心当たりがないか相談していたのだがどうやら見つけてくれたらしい。
「ここよ」
連れられたのはゲヘナの外れにある廃墟だらけの土地だった。人気もほとんどない。いつもはあんなに騒がしいゲヘナなのにこの辺りは静かだ。こんな場所があったのか。
「貴方の希望する大きさの土地だとここしか見付けられなかったわ。もう少しアクセスの良い場所があればよかったんだけど……」
「いや、十分だよ。人気が無いのも最高だ。ありがとうヒナ」
「えぇ。ところで土地だけあれば大丈夫って聞いていたけれど、ここで何するの?」
「とりあえずは実験かな」
そう言いつつ懐から土地の権利書を取り出し読み上げる。すると見慣れたひし形の青い石が現れた。無事にここは私の拠点となったようだ。
「実験…って、その石はなに?」
おっと、気が逸ってヒナを置いてけぼりにしてしまってたな。
「これは盟約の石というものだ。ノースティリスで土地を得た時に現れる石でな。これがこの場所が私の拠点である証のようなものだ」
ノースティリスの土地の権利書がこちらでも上手く機能するか少し不安だったが問題なかったようで安心した。
「拠点……って事はゲヘナに定住してくれるって事?」
「そのつもりだ。キヴォトスを観光するにしてもやはり帰る場所はあった方が良いと思ってね。今までは野宿だったからな」
倉庫の設置も出来るし何だったらテレポーターを設置すればもしかすればノースティリスとの行き来が楽になるかもしれない。そうなれば最高だ。その為には盟約の石のレベル上げが必要だが、一度ノースティリスに戻ればレベル上げ用に出荷するワインや農作物を確保しているから問題はない。
「野宿だったの?……いえ、異世界から来たのだし寝る場所が無いのは当然だったわね。気づけなくてごめんなさい。ホテルを手配すればよかったわ」
「気にしないでほしい。さすがにそこまで世話になるわけにはいかない」
宿屋を探す発想はなかったな。ノースティリスでは宿屋は私にとって宿泊するところではなく食べ物を買うところというイメージが固まってしまっていた。
「でもここも廃墟よ?まともに寝る場所なんて……」
それに関しては問題ない。一度ノースティリスに戻り建材を用意して廃墟を解体して新しく家を建てる予定だ。
「――えっ?貴方が家を建てるの?器用というか……ほんと、何でもできるのね」
確かに出来る事は多い。木工制作鍛冶裁縫料理etc……。全て虚無の様な反復作業を繰り返し極めたものばかりだ。この辺りの生産スキルの育成だけで何度死んだか分かったものではない。
「改めてヒナ、ありがとう。私はこれからノースティリスに戻ってアイテムを色々持ってくるよ」
「そう……分かったわ」
なんだか眉尻が下がっている。寂しがってる、のか?
――本当は便利屋で実験しようと思っていたのだが、試してみるか。失敗してもヒナが置いてけぼりになるだけでリスクは無いはずだし。その前に一応ヒナに確認を取ろう。
「ヒナ、まだ時間はあるか?」
「――!えぇ、今日は大丈夫よ」
お、元気になった。この前は選択を間違えて寒波を迎えてしまったが今回は大丈夫そうだ。
「成功するか分からないし保証も出来ないが、一緒にノースティリスへ行ってみないか?」
「いく」
即答だった。
「よし、用意には時間がかかるだろうからな。善は急げという事で早速向かおう」
そう言って私はヒナの手を取る。キヴォトスの者を連れて行けるか分からないから私と接触させた状態で帰還の魔法を唱えてみる。これで成功してくれると良いんだが――。
「……よし、帰ってきた。ヒナは……居るな?」
「すごい。こんなにあっという間なのね。ここが全く知らない部屋でなければとても信じられないわね」
居るわ。来れたな。まじか。
「ここは私の私室だ。やはり見慣れた風景は落ち着くな」
「そ、そう。ここが貴方の……」
そういってヒナは部屋をまじまじと見ている。特に変わったものは置いてはいないからそんな楽しいものでもないと思う。
「すごい豪華なベッドね。王様ベッドってやつかしら」
「ほう、お目が高いな。正解だ。色々こねくりまわして最高の寝心地を実現させた最高級の物だ」
これを複数作るために一体何個のジャビ王子のベッドを拝借したか分からない。
「やっぱりベッドはこだわるべきなのかしらね」
「だろうな。仕事の効率も疲労の回復も段違いだ。良ければ一つ譲るぞ?試してみるといい」
「え、いいの?ありがたいけれど……」
「構わない。それじゃあその辺りの準備をするためにも外へ向かおうか。――っとそうだ。言い忘れていたことがあった」
――ようこそ、ノースティリスへ
**********
「ん-、壁は王都のやつにしようかな。いや、ルミエストにするか?シンプルに漆喰でもいいかもしれん。そういえばゲヘナはそこそこ治安悪いし、拠点をブロックで囲うような作りにするか」
建材についてあれこれ考えながら適当に作っていく。いつも考えなしに建てて結局建て直しを繰り返すのが常だしここで考えすぎても意味はないかもしれない。
「よし、とりあえず建材はこれでいいか。すまないヒナ。退屈だっただろう」
「ううん。あれこれ考えてる貴方を見るのは新鮮だったわ」
退屈させていなかったのなら良いが。次はヒナに贈る王様ベッドだな。
「エーテルインゴットは…ある。じゃあ大丈夫だな。あ、高貴なクマが少なくなってきたな。またリトルシスターを乱獲しなければならんな。天国の注射に影響力使うの嫌だからあれ無料にしてくれないかな」
王様ベッドを作成するが流石にそのままだとヒナが持ち帰るのに苦労するかもしれない。祝福羽巻物で軽くしよう。
「鞄も作ってそれに入れれば持ち運びも楽だよな。あぁ、学習用グリモアも作って渡しておくか。ヒナは忙しいしグリモアはうってつけだろう」
「よし、後は容量も増やして……。覚えさせる魔法は何がいいか。加速は絶対として治癒魔法はエリスでいいか?でもオディナと回復量が桁一つ変わるんだよな。攻撃魔法はどうするか……銃器使ってるから感覚が育ってるだろうし轟音が適してるかな。あとは鈍足と脆弱だな」
「出荷箱とか収納箱を忘れるところだった。ホーム掲示板も必要か」
「そういえばキヴォトスでこちらの農作物は育つのか?アピの実辺りを適当に持って行って植えてみるか」
「ヒナの王様ベッドは作ったが私が向こうで使う王様ベッドを忘れてた。エーテルは勿体ないしルビナスでケチろう。――王冠も少なくなってきた。またカジノとかにお邪魔しないとだな」
「土地の権利書買っておくか。最後に買った時いくらだったか。次買う時には一ロイテル超えてそうだな。あいつは早く心の準備を決めろ」
「便利屋に渡す魔法書も必要か。いや、それは後回しでいいか。テレポーターを設置してからでいいな。テレポーター忘れないようにしよう。こっちでもあらかじめ設置しておいてID設定しておくか。あ、発電機も要る」
「……よし、後は食べ物をクーラーボックスに入れれば大体終わりかな。すまないヒナ。退屈だっただろう?……これさっきも聞いた気がするな」
「ふふっ、貴方って意外と夢中になると周りが見えなくなるタイプなのね」
ずいぶんほったらかしにしていたはずなのに何故かヒナはにこにこしている。流石に申し訳なさすぎるな。食べ物を補充するついでにヒナに何かごちそうしよう。
「いや、本当にすまない。お詫びと言ってはなんだが何かごちそうさせてくれ。私が適当に作るよ」
「料理も出来るの?楽しみにしてる」
厨房の方へ赴き天ぷらとすき焼きでも作る。デザートはティラミスとコフィだな。
「――お待たせ。クジラを使った天ぷらとドラゴンの霜降り肉を使ったすき焼きだ」
「くじら?どらごん……?……いただくわ。――あら、美味しい」
「そうか?良かった。食後のデザートにティラミスとコフィがある。コフィはそちらにあるコーヒーに似たものだな」
「へぇ……でも今食べてる料理やティラミスもキヴォトスに存在してるわよ」
え、そうなのか。食文化は世界が変わってもそう大きく変わらないという事だろうか。
「似た調理法ならあってもおかしくないでしょうけど、名前まで同じなのは不思議ね」
確かにそれもそうだ。そういえば――。
「一つ思い出したことがある。こちらへ来る時に使用したゲートなんだが、それを売っていたのは猫の顔をした二足歩行の人物だった。少なくともこのような人物は彼以外にノースティリスで見たことが無い」
しかしキヴォトスにはそういった人物は珍しくないのだ。普通に街に出歩いている。
「――なるほど。じゃあその人はキヴォトス出身なのかしらね」
「かもしれない。しかし私以外のティリス民を向こうで見たことはないんだよな。あのゲートは無料で譲り受けたものだったし他にもいそうなものなんだが」
「渡す人を選んでいるとかかしら?こっちってほら、聞いた限りだとキヴォトスと比べて殺伐としている印象だから」
なるほど、筋は通るか。私が選ばれたのだとしたら理由が分からないが、慈愛の精神を見抜かれたか?
「だとすれば私は幸運だな。新天地に行ける幸運に恵まれヒナにも出会えたのだから」
「……っ。うん」
エヘカトル様に感謝を捧げるべきだな。そう思い彼女に祈りを捧げる。
――たらばがに!
うむ、今日もお元気そうで何よりだ。
「ごちそうさま。とても美味しかったわ。コーヒーは特に。また淹れてもらえる……?」
「あぁ、いつでも」
せっかくノースティリスに来たんだしどうせならこの世界の町を案内しようと思い拠点のすぐ近場にあるパルミアへヒナを案内した。
「着いたぞ。ここがパルミア。ノースティリスで一、二を争う都市だ」
「ここが……」
そう案内しつつパルミアの敷地へ足を踏み入れる。すると門で見張りをしていたガードがこちらを視認したが私の顔を見るなり顔を歪めた。
「うげっ!」
「うげとは随分ご挨拶だな。ノースティリス随一の冒険者様のお帰りだぞ?もっと喜べ」
「冗談言うな。またカジノで暴れにでも来たのか?いい加減壁を掘るの勘弁してくれ。ルビナスもタダじゃないんだぞ。後ジャビ王子のベッドの破壊もやめろ。床で眠るあの方のお姿を見るこっちの身にもなれ」
「あぁ、考えとくよ。まぁ今日は大人しく街を回るだけだ。安心して仕事に従事してくれ」
「こいつ……」
私とガードの気安いやり取りにヒナは興味深そうに見つめている。そんな様子を見たガードが心配そうにヒナに声をかける。
「お嬢さんはこいつの連れかい?かわいそうに……一緒にいると振り回されっぱなしで疲れるだろう?」
「い、いえ……その、頼りになると思ってるわ」
「――まじかぁ。いやまぁ確かにカタログスペックは高いと思うが如何せん中身というか倫理観というか……。その辺ノースティリスでも一際イカれてるだろ」
「おいおい随分な言い草だな。今の私はあれだぞ?最近ノースティリスの外に出ているんだが、そこで私は治安維持部隊に入っている」
「――――は?お前が?……明日にはメテオの雨が降り注ぐな。オパートス様どうかパルミアをお守りください……」
失礼すぎる。祈り方からして冗談でやってない。ヒナが居なかったら氷の彫像にしてたぞ。こいつはもう放っておこう。
そしてヒナにパルミアの案内をした。ジャビ王子の私室や玉座を回ったり魔法店を冷やかしたりし、今はカジノへ来ていた。こういった施設へ来るのは初めてのようで若干戸惑っていたが、今はスロットを一緒にやっている。
「ねぇ、聞いてもいいかしら。貴方って今までノースティリスで何をしてきたの?衛兵には煙たがられたりしてたのに市民からは遠巻きに見られたりファンを名乗って声をかけてきたりしてる人もいたわよね?――あ、羽の生えた女性が揃った」
「あぁ、それはあれだな。私はノースティリスではそれなりに名声が高くて依頼をよくこなしていたから市民からの覚えがいいんだ。……ガードはあれだ。私は今でこそ風紀委員会という治安を維持する側にいるがこっちではどちらかといえば便利屋に近い事をしているからだな。――やるね。そのお方こそ今私の信仰する幸運の女神たるエヘカトル様だ」
しかも便利屋と違って力がありすぎるからガードは私の行動を止める事が出来ない。一種の災害のようなものと思われているのだろうな。
「へぇ……。貴方は信奉者なのね。でも良かったわ。貴方がキヴォトスで治安を乱す側にならなくて」
「そこは最初に会った先生に感謝だな。彼とリンちゃんという連邦生徒会の者が私にキヴォトスの概要を教えてくれなければ今でも好き勝手していたかもしれん」
「連邦生徒会とも面識があったのね」
そうしてしばらく雑談しながらスロットをした後はブラックジャックをしたりフリースローをしたり、かたつむりが拷問されているところを目撃してヒナが理解の及ばない顔をしたりしていた。帰り際に稼いだカジノコインでエヘカトル様の抱き枕をプレゼントしておいた。
**********
拠点に戻りそろそろキヴォトスへ戻ろうという話をして。
猫の商人の話をしていた時に思い出したが、譲り受けたムーンゲートは一つじゃなかった。もう一つあったがこれは何か違いがあるのだろうか。
「あーなるほど。そういう事か」
もう一つのゲートは星詠みのムーンゲートという名前のようだ。こちらは通常のムーンゲートで通った事のある場所へ任意で選択しそこへ飛べるらしい。つまり今の私であればシャーレと風紀委員会の執務室だ。
「キヴォトスへ戻る時ランダムの運ゲーをやる羽目にならなくてよくなったわけか。ここはあえてシャーレへ行くか」
「だめに決まってるでしょ。そもそも先生も今アビドスにいるだろうから行っても意味がないわ」
それもそうだった。早速キヴォトスへ戻ろうとしたとき、不意に手を握られる。
「――あっ、こちらへ来るとき手つないでたからつい……」
「そういえばそうだったな。念の為このままいこうか」
「う、うんっ」
そうしてゲートを潜る時特有の浮遊感に包まれながら無事にヒナと一緒に風紀委員会の執務室へ飛ぶことができた。突然現れた私達に仕事をしていたであろうアコが驚いている。
「――え!?今どこから現れました?と、とりあえずおかえりなさ――い?」
アコの視線が私達とは少しずれている。正確には私とヒナの間を見ているようだが。
「ひ、ヒナ委員長と……て……手を……?おてて?」
こわれた。
やはりアコのヒナの好き度合いは少しばかり大きすぎるな。「おててとおててが」などとおかしな事を抜かしている間に早めに退散しよう。
「ヒナ。今のうちにここを出よう。正気に戻ったら厄介な事になりそうだ。主に私が」
「そうね」
今もなお現実を受け止め切れていないアコを放置しつつ外に出る。校門まで出てきたところ、思わぬ人物がイオリと対峙していた。しかし、その人物の姿勢がなにやらおかしい。
「あれは先生、だよな?一体何をして――は?」
「あら、本当ね。――イオリに頭を下げてる?」
いや違う。あれはそんなかわいい所業じゃない。イオリの片足は素足に晒し上げられており、横に置いてある靴の上にはなぜかやたら丁寧に折りたたまれたソックス。そして先生はイオリの素足を持ち上げ、それはもう丁寧に舐め上げている。かたつむり拷問官がかたつむりを拷問する時の手際の良さと慣れを感じさせる。職人技と言ってもいいだろう。
「ヒナあれは――いや、見ない方がいい」
「え?――ん?――――っ!?!!???」
私が中途半端に言葉を残したのが良くなかったのだろう。私の歯切れの悪さに様子が気になったヒナが彼らをまじまじと見てしまう。そうして彼らが一体何をしているのか理解してしまった。普段は白くてきれいな肌が首から頭のてっぺんまで真っ赤に染め上げられてしまっている。
――本当に何をしているんだ、先生は。
イルヴァ豆知識
・かたつむり拷問官
名前の通りかたつむりを拷問するお仕事。なんでそんな仕事が存在するのか?
知らん。
キャラバンの隊長『ニノ』
・猫の顔をした二足歩行の獣人。本編ではキヴォトスの住民なのではというあらぬ疑いをかけられている。
ゲーム内においてはかなり重要なアイテムを取り揃えてくれており、お世話にならない冒険者は恐らく存在しない。