渋谷凛は魔法使いの夢を見る   作:8000

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渋谷凛は珍獣を手懐ける

 アイドルをプロデュースする上で最も大切なことは、アイドルと信頼関係を作ることだ。

 

 言葉にすればあまりにもシンプルで当たり前の話だが、当然のように実際はそんなに簡単な話ではない。

 ただでさえアイドルの世界は厳しい。そんな中で、この人は自分をきちんと導いてくれる、と思ってもらえるような信頼が無ければチームはすぐに瓦解する。

 もちろんベストな信頼関係というのは、日々の小さな信頼を積み上げて強固な関係性を築き上げていくものなのだが、前提条件として最初の印象というのもとても大事になってくる。

 幸いにも、私が担当しているアイドル達は皆良い子ばかりで、プロデュースの始まりはとても良好に始めることが出来た。

 

 1人を除いては。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 『新・シンデレラプロジェクト』が発足して数日。

 りあむが事務所に来なくなった。

 いや、来なくなったというのは実は正確ではない。

 

「えっと、今日は夢見さん来てる?」

「下のロビーで見かけましたよ?」

「隅っこの方で所在なさげにスマホいじってました。連絡事項があれば、また自分が代わりに伝えておきましょうか」

 事務所に顔を出したあかりとあきらに彼女の近況を聞く。やはり今日もロビー止まりだったようだ。

 彼女はこうして会社自体には来てはいる。ただ、毎回出社時にはこうして顔を出してくれる2人とは違って、このプロジェクトルームには最初の日以来やって来ない。

「……分かった。とりあえず3人の今日の予定はレッスンになっているから、夢見さんと一緒にレッスンルームへ向かってもらえるかな」

「りょーかいデス」

「りあむさん、どうして事務所に来ないんでしょうか?」

「どうして、と言われると、多分最初の日が原因だとは思いますけどね」

 あきらの言う最初の日とは、『新・シンデレラプロジェクト』が発足しあの日のことだ。確かにりあむが来なくなった原因は、あきらの言う通りだろうと私も思う。

 何せ、あの日の私とりあむの出会いは最悪だったのだから。

 

 

 数日前、プロジェクト所属のアイドルとプロデューサーが全員揃って集まった日。実を言うと、私はりあむとだけ初対面だった。本来であれば一度顔を合わせておくべきなのだろうが、プロジェクト発足に向けていろいろ立て込んでいたのもあり、なかなかそれが叶わずにいたのだ。

 そういう訳で私は、その日のうちに担当プロデューサーとしてちゃんとりあむに挨拶をしておこうと思っていた。

 当日に現れた彼女は私が思っていた以上に緊張しているようで、他の子達の後ろに隠れるように縮こまっていたので、私は余計に彼女のことが気になってしまった。

 そして、全体の挨拶や今後の方針についての説明が終わったタイミングで声をかけてみた。

「夢見さん」

「はひっ!?」

 呼びかけられたりあむは、ビクッと体を飛び上がらせると錆びたロボットのようにガクガクしたぎこちない動きで私の方を見た。

 そんな彼女に、私は笑顔を作りながら言葉を続ける。

「初めまして。改めて、私が今日から担当プロデューサーになる渋谷凛です。今後ともよろしくね」

 そう言って、握手を求めて手を差し出す。

 それに対してりあむはさらにガクガクと身を震わせ、それでも何とかゆっくりと手を差し出してきたのだが、

「うっ」

(ん?)

 突然動きを止めたかと思うと、次の瞬間。

 

「うおぇぇぇ……」

 身をかがめて吐瀉物を床に吐き出したのだった。

 

 私は思わず笑顔も差し出した手もそのまま硬直してしまい、同時に部屋の中に居た全ての人の時間が止まったのだった。

 

 

「初対面であんなことやっちゃったら、誰でもああなると思うけど」

「うぅ~ん……」

 あの日の様子を思い出したのか、流石のあかりも珍しく渋い顔になっている。

 ともあれ、りあむの気持ちは分かる。元々彼女自身メンタルがかなり弱そうに見えたので、余計顔を合わせづらくなっているだろうと思う。

 かといって、このままこの状態を続けていくわけにもいかない。どうしたものか。

「あの、プロデューサーさん?」

「え?」

 気づけば、あかりが心配そうにこちらを見ていた。

「大丈夫ですか?なんだか難しい顔してましたけど」

「ああ…、いや、大丈夫だよ」

「どうせ、りあむサンのことをどうにかしようと一人で考えていたんでしょう」

「そんなことは、無いよ」

 あきらの言ったことは図星だったが、私はそれを否定した。

 彼女たちのプロデューサーとして、悩んでいるような姿をあまり見られたくなかったし、彼女たちに余計な心配をさせたくなかった。

「そうデスか。それじゃあ、自分たちはレッスンに向かいますんで。行こうか、あかり」

「あっ、うん!」

「プロデューサーさんも、たまにはレッスンを見に来てください」

「ああ、うん。時間を見つけて様子を見に行くよ」

「…あと、もうちょっと柔らかく接してもらって良いと思いますよ?」

「ん?…うん」

 それだけ言うと、あきらはあかりと共に部屋を出て行った。

 あきらの先ほどの言葉は、彼女なりに私を気遣っているということだろうか。

「ふぅ、担当アイドルから逆に助言をもらっているようじゃいけないな」

 とはいえ、彼女の言うことも尤もだ。こうしてプロジェクトルームでじっとしていても何も解決しない。

「柔らかく接する……、距離感……。うぅん……」

 あきらから言われた言葉を反芻しながら、私はレッスンルームに向かうために立ち上がった。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 アイドルになって数日。

 ぼくは、もうダメだと思う。

 

「おい、夢見。もう限界か?まだ全体の半分もこなしていないぞ」

「は、はひぃ……」

 ダンス担当トレーナーからの容赦無い声が飛ぶ。挫けそう。

 日々輝くアイドルのパフォーマンスを作っているのは、血も滲むような厳しいレッスンだってことはアイドルオタクであるぼくも当然分かってるけど、想像と現実は全然違うに決まってるじゃん。

 ぼくなんて今までほとんど引きこもりだったわけなんだから、そもそも運動自体全然出来ないし、こんなキツさのレッスンを毎日続けるとか完全に拷問でしょ。人間のすることじゃないよ。

 でも、辛いからってここですぐに辞めちゃったら、トレーナーさんにもプロデューサーにも怒られるし、ママにもパパにもお姉ちゃんにもまた呆れられるし……。

 はぁ、つら……。やむ……。

「うぇ……む、むりぃ……」

「はぁ……。しょうがない、5分休憩しよう。各自、水分補給はしっかりしておけ」

 反射的に体が壁際に向かう。すぐにドリンクを手にとって一気飲み。

「ふぇぇ~」

「りあむさん、大丈夫?」

「うぇっ!?だ、ダイジョブダイジョブ!」

 へばっているぼくをあかりちゃんはこうしていつも心配してくれる。すごくやさしい。顔が良い。でもまだ出会ったばかりで仲良くなんか全然無いし、変なこと言って引かれるのも嫌だから適当に愛想笑いして誤魔化す。

 その後ろであきらちゃんがやれやれと言いたげな目つきでこっちを見てて、あきらちゃんも顔が良いからそういう目つきも悪くないと思うけど、たぶん嫌われてるんだろうなあ。やむぅ……。

 そもそもダンスにせよボーカルにせよ、2人の方がめっちゃ良く出来てるんだよ。

 あかりちゃんはすごく体力あるから割ときついオーダーも付いていけてるし、あきらちゃんもめっちゃ物覚えが良いから難しめのステップもパパッと成功しちゃうんだよね。

 やっぱ若いって凄いな。ぼくもまだ花の10代だけど、やっぱり15歳の現役女子高生はいろいろと違うよ。まあ、ぼくが15歳の頃に2人と同じように出来てたかっていうと絶対出来てないけど。

 誰しも出来ないことや苦手なことってあるんだよね。

 それを克服するために練習したり勉強したりするわけだけど、そうしたら出来る人と自分をどうしても比べちゃうから、出来ない自分が余計に良く分かって嫌な気分になる。

 だから、ぼくは練習したり勉強したりするのが苦手なんだ。

 そもそもアイドルになったこと自体がおかしいんだ。人生一発逆転できると思ってこんな所に来ちゃったけど、思ってたのと全然違うし、まさかプロデューサーが渋谷凛ちゃんだなんて思うわけないじゃん。

 顔良すぎるだろ、オーラ違いすぎるだろ。バシッときめたスーツも見事にかっこよさを倍増させてて、もうね、なんかね、凄いよ。語彙無くなるわ。

 でも、そんなレジェンドにぼくはつい最近ゲロかけちゃったんだけど。

 ああヤダ。思い出したくない。合わせる顔なんて無い無い無い無い。

 

(やっぱ、辞めちゃおうかな……)

 そんな考えが頭に浮かぶ。 

 実際そうしてすぐに辞めてきたのは今に始まったことじゃないし。自分に向いていないと思ったらすぐに辞める。その方が余計に時間が経った後に辞めるよりも気持ちとしては幾分マシ。周りの人はきっと呆れるけど、どうせぼくには向いてなかったってこともきっと分かってくれるはずだよ。うん。

 

「よし、休憩そこまで!」

 うえ、もう休憩終わり!?

 本当はもっと休んでいたいけど、トレーナーさんの声色は有無を言わさないし、あかりちゃんもあきらちゃんも先に並び始めているからぼくもそれに倣って整列する。

 並んだぼくたちを見渡して、トレーナーさんが言う。

「今から曲を頭から流す。ミスをしても途中で止めはしないから、最初から最後まで踊ってみろ」

 

 ……はい?

 

 頭から全部最後まで踊るって、全部最後まで踊るってことでOK?いやいや、ここまでマトモに最後まで踊り切ったことないんですけど。え、本気で言ってる?

 いや、トレーナーさんのあの目つきはマジだ。ということは、これはテストか何かか?これでぼくの点数的な何かが決まってしまうやつか?

 やめてくれよ、そんなのできるわけないじゃん。と思っていてもそんなこと実際に言えるわけない。

 そして、ワタワタしている間にトレーナーさんがスピーカーを操作して、1・2・3のカウントに合わせて曲が流れ始めて、当然ながらぼくは2人よりも踊り始めるのが遅れたけどが、それでもトレーナーさんは腕を組んで見守っているだけだ。

 ああ、これはいよいよもってガチだな。

 もう逃れられないと悟って、ヤケクソで体を動かす。

 流れているのは「お願い!シンデレラ」。今日までずっと練習してきたし、ぼくにとっては記憶の中に焼き付いている曲でもある。もう腐るほど聞き込んできたし、目を瞑ればパフォーマンスを全て脳内再生することも出来るのだ。

 当然実際に踊ったことは一度も無いし、見るのとやるのでは全然違う訳なんだけど。

 でも今は、ぼくのアイドルライブメモリーに頼るしかない……!

 ぼくだってここまでトレーナーさんに教えてもらったことを黙って聞いていたわけじゃない。教えてもらったことを必死に思い返しながら、必死に踊り続ける。多分横の2人よりテンポがずれてるんだろうけど、もう必死なのでそんな事を気にしている余裕は無い。もう人生で一番必死だよ!今が!!

 気づいたら曲は終わってた。ぼくは息も絶え絶えにあきらちゃんたちと一緒に最後のポーズをとっていた。なんとか踊り切れたらしい。

 「はぁ……!はひぃ……!」

 またその場に座り込む。今度は肉体的な疲労よりも、緊張から解放された安堵で。

 トレーナーさんはそんなぼくらを見ながら、腕を組んでうんうんと頷いている。

「うむ、3人ともよく最後まで踊りきったな。まず私からの講評を言う前に……」

 そこでトレーナーさんは、レッスンルームのドアの方を見た。

「先に君の評価から聞こうか」

 その言葉に合わせて、ゆっくりとドアが開く。

 

「うえぇぇぇっ!!??」

 

 ドアから現れた渋谷凛ちゃんを見て、ぼくは思わず悲鳴を上げて床に崩れ落ちた。尻が痛え。

「プ、プロデューサーさん!?どうしてここに?」

 あかりちゃんの疑問に、申し訳なさそうに苦笑する凛ちゃん。それに対してあきらちゃんはヤレヤレと言いたげにため息をつきながら言う。

「来てくれとは言いましたけど、こっそり覗くのは趣味悪くないデスか?」

「い、いや、そういうわけじゃなくて……」

「私が入ってこないように指示したんだ。プロデューサー殿が見ているとお前達が萎縮してしまうだろうからな。現状の実力を正しく見てもらいたかったんだ」

 その意見は分からなくもないけど、どちらにしてもぼくの心臓に悪いわ!だからそういう唐突なサプライズはやめろって!!

「で、どうだいプロデューサー殿。君の目から見て彼女たちの現状は」

「そうですね……」

 凛ちゃんは口元に手を当てて少し考えるような素振りをしたが、すぐにぼくら3人をまっすぐ見据えた。そんな仕草すら絵になるし、こっち見られたら限界になるから辞めて欲しい。

「あかりはまだ動きが堅いけど前よりもミスはとても少なくなってる。ずっと練習してきた成果が出てると思うよ」

「あ、ありがとうございます!エヘヘェ♪」

「あきらはダンス始めたばかりとは思えないほど良く踊れてる。今のところの課題はもっとスタミナを付けることかな」

「……どもデス」

 2人とも凜ちゃんにめっちゃ褒められててクソ羨ましす……。

 ってか!なんか距離近くない!?え、そんな呼び方だったっけか?あれ、ちょっとこのままだとぼくヤバくない?過去最大に警報鳴ってる!え、ちょ待っ

 

「りあむ」

 ―――ッ!

 

「さっきのキメの動きってもしかして昔の卯月や幸子の動き辺りを参考にしてる?」

「エッ、ハイ」

「やっぱりそうか。うん、とてもアイドルらしい良い動きになってる」

 えっ。

 えっ、マジで何?凛ちゃんが凄い良い顔してうんうん頷いてるんだけど。ぼくなんかやらかしました?

「りあむは確か、アイドルが好きでライブにも良く行くんだっけ」

「ハヒ」

 専門はどっちかというと地下の現場なんだけど、つってもトップアイドルのライブは義務教育だし知ってて当然というかなんというか、何を言い訳してんだぼくは。

「りあむはアイドルの一番輝くところをよく見てよく知ってる」

 褒められてる?褒められてるのか?このぼくが?こんな顔の良い元アイドルにか!?ダメダメダメそんな真面目な目線をこっちに向けないで死んじゃう死んじゃうこれ以上は!

 

「りあむはアイドルに向いてると思うよ」

 

「―――」

 アッ、ホメラレテル、チヤホヤサレテル。

 ウレシ――

 

 自分の鼻から何か温かい物が垂れてくるのと体が傾いてくのを感じながら、ぼくの意識は途切れていった。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 私がアイドル達を今まで名字で呼んできたのは、かつての私の担当プロデューサーに習ってのことだ。実際、アイドルと距離を近づきすぎない方がプロデューサーとしては正しいかなと思っていた。

 しかし、りあむとの距離をもっと縮めるために、あきらからのもっと柔らかく接してみるべきだと言う言葉から自分の接し方を改めることにした。

 アイドルの頃のように呼び捨てで呼んでみて、レッスンについても積極的に褒める。それを意識してコミュニケーションをとってみることにした。

 

 その結果、りあむが真っ赤な顔で鼻血を出しながら気を失った。

 

 当然レッスンは中止となり、りあむは医務室に運ばれた。極度の緊張によるものらしく健康上の問題は特にないとのことだ。

 なお、あきらからは「そういうことする時は事前に一言言って欲しいデス」と怒られた。私だってまさかあんな反応をされるとは思わなかったのでしょうがないと思う。

 そして、そんなことがあってから数日。私とりあむの関係がどうなったのかというと、

 

「PサマPサマ!今日もレッスン頑張ったよ!褒めて!褒めてほしい、よ!」

 

 なんだかめちゃくちゃ懐かれた。

 

 彼女はかなり承認欲求が強いタイプのようで、一度褒めるとさらに褒めてもらおうとグイグイ来るようになった。最初の頃の苦手意識も、もうすっかり慣れてしまったらしい。その分、レッスンも以前より真面目に取り組んでいるようで、良い影響もちゃんと出ているらしい。

 私は苦笑しつつ、よく頑張ったねと褒めながらりあむの頭を撫でる。撫でられているりあむは「ウェヘヘ……」と妙な声を出しながらご満悦な表情を浮かべている。

 それを横目で見ていたあきらは、ため息をつきながら軽く肩をすくめるとスマホに目を戻した。

 あかりは私たちの様子を純粋に微笑ましく思っているのか、ニコニコ微笑みながら見守っている。

 この状態をプロデューサーとアイドルの信頼とはまだ呼べないとは思うし、思っていたのとは違う妙な状態になったような気もするが、

 

(ま、いっか)

 

 一歩、前に進んだと思おう。

 

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