渋谷凛は魔法使いの夢を見る   作:8000

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桐生つかさは挑戦を楽しむ

 少し広い部屋の中に、シャッター音が響く。

 

 346プロの社内にある撮影スタジオ。ここに私たち新・シンデレラプロジェクトの全員が集まっていた。

 その目的は、いわゆる宣材写真の撮影だ。

 すでにデビューを果たしているちとせ・千夜・颯・凪はユニットとしての宣材を撮ってているのだが、今回プロジェクトとして改めて始動するにあたって全員で宣材を取り直すことになったのである。

 当然加入したばかりのあかり・あきら・りあむにとってはアイドルとして初めての仕事になる(一応、あかりは少し例外ではあるけど)。そういう意味でもこのプロジェクトにとってはとても重要な仕事と言って良いだろう。

「良いよぉ、颯ちゃん。もう一枚いってみようか」

「は~い!」

 撮影スペースでは、颯がカメラマンのリクエストに応えながらポーズを決めている。颯や凪も最初の頃は緊張していたけれども、今ではだいぶ慣れてきたようでカメラに向かって余裕のある笑顔を向けられるようになってきた。こうした成長と適応力の高さもアイドルとしての立派な素質だろう。

 一方でもう一組の先行デビュー組であるちとせと千夜の2人は、いろいろな意味で緊張感とは縁の薄いタイプらしく、そういう点での不安は無かった。加えてもとより2人とも強い個性の持ち主だったためにコンセプト的に悩むことも無く、撮影は以前に引き続いて順調だった。

 

 というわけで、目下の問題は残る3人についてだ。

 

「うわぁ……!すご……」

 少し離れた控えスペースで、あかりは他のアイドル達の撮影をキラキラした目で見つめていて、その手には何やら林檎の形をしたぬいぐるみを抱えている。

「…………」

 そこからまた少し離れた衣装置き場で、あきらは無言で衣装を手に取っては戻してを繰り返している。その表情は真剣そのものだ。

「ムリムリムリムリやむやむやむやむ」

 そこからさらに離れた部屋の隅っこで、りあむが膝を抱えて座り込んでいた。この世の終わりのような雰囲気で何やらブツブツと呟いている。

 彼女たちは皆、それぞれの要因で良い画が撮れずにリテイクが出ている。

 あかりは自分よりもあの林檎のぬいぐるみ(りんごろうという名前らしい)を全面に押し出して、逆にあかり自身が全く目立たなくなってしまった。

 あきらは自分自身がどうにもテイクに満足できないらしく、いろいろと衣装を試してみては何回もやり直している。

 そして、りあむは撮影中に思いっきりポーズを取ったところ派手にずっこけて、恥ずかしい思いをして精神的に傷ついたらしくひどく落ち込んでいる。

 

 やはり難しいな、と思う。

 まだ本当のステージほどではないが、こうした撮影もアイドルとして大事な仕事だ。その重要性も伴う緊張も、それを実際に経験した身として充分に知っているつもりだったが、いざこうして他人の撮影を見守る側に回ってみると思っていた以上に難しい。もちろん撮影に関しての専門家は私ではなくカメラマンなどのスタッフの方ではあるのだが、行き詰まっているアイドル達に対して力になれていない事にもどかしく思う。

 ちなみに、場を少しでも和らげようと3人にボールを持たせて遊ばせてみたが、りあむが照明にボールを当てて壊しかけたので止めた。

 まだ全員での撮影も残ってるし、どうしよう。

 そんなことを考えていると、

 

「失礼する」

 撮影中に割り込んだその声には聞き覚えがあった。

 

「専務……!」

 スタジオに入ってきたのは、私たちのようにビジネススーツを着込んだ女性。その佇まいには堂々とした威圧感に似た雰囲気がある。

 美城専務。アイドル事業部の最高責任者。

 私がアイドルだった頃に初めて会った頃より役職が一つ上がっている。そのままドンドン偉くなって、いずれは社長に上り詰めるだろうと思われていたが、今は出世しようという雰囲気はあまり感じられない。実力実績主義の厳しい姿勢はかつてと変わらないまま、アイドルプロデュースの現場に残り続けて積極的に指揮をとり続けている。

 彼女の心境の変化がどこにあったのか。私には少し心当たりがないでもない。

 

「この後、我々が予定を入れているのだが、どうも時間が押しているようだから様子を見に来た」スタジオの様子を見渡しながら専務が言う。

「す、すいません」

 私たちの後にスタジオの予約を入れてたのは専務だったのか。

「ん?専務がスタジオ使う予定って、もしかして?」

 手帳をチェックしながら疑問する心さんに答えるように、専務の後ろから新たな人物が入室する。

 

「よお、失礼するよ」

 そう言って入ってきたのもまたスーツを着た女性だった。

 その容姿は私よりも若く、まだ少女と呼んでも良いくらいだろう。だが、その纏っているオーラはその若々しさとは不釣り合いなくらい堂々としていて、美城専務と同等の貫禄を感じる。

 彼女もまた私たちの知っている人物だ。

「やっぱ桐生つかさか……」心さんが呟く。

 

 桐生つかさは、我がプロダクションで今最も勢いのあるアイドルと言って良いだろう。

 現役女子高生にしてアパレル企業の社長でもあるという異色の経歴。自身の会社自体も若い層を中心に人気を集めており、『現役JKギャル社長』として大きな話題になっている。

 そんな彼女に346プロがコラボを持ちかけたのはある意味では当然の展開だったが、そこからどういう流れをたどったのか、彼女は我が社とアイドルとして契約しデビューを果たした。

 もとより計り知れぬポテンシャルを持っていた彼女はアイドルとしての活動も精力的にこなして、瞬く間に芸能界でも頭角を現していった。その一方で本来の社長業も疎かにすることなく、見事に二足のわらじを履きこなし、日本のトレンドの中心へと上り詰めている。

 その彼女とのコラボプロジェクトは、美城専務が中心となって行っている。昔のプロジェクトクローネのような専務直属の企画というわけだ。

 

 専務と同じようにスタジオの様子を見ながらつかさは言う。

「時間押してるって聞いたけど、なんかトラブル?」

「いや、そういうわけじゃないんだけど」

「ああ、まあ具体的なトラブルではなさそうなのは分かるな。どっちかと言うと煮詰まってる感じか」

「――――」

 すぐさま状況を言い当てられて言葉に詰まる私を気にも留めず、つかさは専務の方を向いて言う。

「少しこっちにサポ入っても良いかい?」

「君が彼女らをサポートする意義は?」

「仕事が早く終わってより良い物になるのに越したことはないだろ?」

「……君との打ち合わせと撮影もある。早く終わらせたまえ」

「もちろん」

「ちょ、ちょっと待ってください!話が見えないんですが」

「ああ、すまんすまん。要するにあたしに少し仕事を手伝わせて欲しいってことだよ」

「桐生さんに……?」

「そうそう、手が増えれば仕事が少しでも効率化できるってもんさ」

「時間が押してる事に関しては、あたしたちの責任問題だから心配しなくても大丈夫だぞ」

 そう言う心さんに、つかさは首を振る。

「いやいや、別にその点が気になっているわけじゃないさ。もちろん仕事が早く済むに越したことはないが、あたしが難しい課題に燃える質なもんでね」

 そう言ってにこやかに笑うつかさに、私と心さんは顔を見合わせる。

 正直に言えば、つかさの提案を私たちは断る理由が無い。作業が煮詰まっているのは事実だし、それを自分たちだけで解決する必要も無い。ましてやそれが善意での申し出ならばなおさらだ。

「分かりました。ならサポートをお願いします、桐生さん」

「つかさで良いよ。敬語も要らない。こっちは年下だし、今は別に取引中でもねえんだからよ」

「分かった。じゃあ、つかさで」

「オーケー。んじゃ、まずは資料見せてもらって良いかい?」

 撮影の資料を渡すと、つかさはそれをじっくりと読み込む。その度々で訊かれる質問に私は答えていって、つかさにコンセプトを伝えていく。

 私たちの様子を察して、あかりとあきらも訝しげにしながら取り巻きに近づいてきた。りあむだけは未だに遠くの方に居る。

「よし、概要は大体分かった。ああ、お前達があかりにあきらか。桐生つかさだ。少しばかり邪魔させてもらうからよろしく」

「よ、よろしくお願いします!」

「……ドーモ」

「で、あっちに居るのがりあむか。なかなか面白いメンバーじゃねえか。じゃあ、始めようか」

 

 そこから先は早かった。

「あかりのそのマスコットを目立たせるのは全然ありだな。ただ、アイドルファン向けの商材だからあかりも目立たないと林檎にも目が向かないから、あかりとマスコットを同列にする方向で行ったらどうだ?」

「な、なるほどぉ!じゃあ、りんごろう人形はこの辺りで、私がこう……ポーズ?」

「あきらは、自分を撮ることには慣れてるんだろ?なら、こっちの撮影も慣れればすぐにベストが出せる。良い服を見せるんじゃなくて、良い服を着てる自分を楽しむ感じでな」

「……楽しむ、か。オーケー、分かった」

「りあむはもうその個性自体が充分にコンテンツになってんじゃん。無理せずそのまま撮れば良いビジュアルになると思うぜ」

「アッハイ」

 つかさの的確なアドバイスによって、あかりたちは順調にOKカットを出していく。

「なかなかやるな、つかさちゃんは」

「はい……」

 マネジメントスキルと言うべきか、つかさの状況把握能力とアピールポイントを引き立てる能力は極めて高い。何が最も効果的かを理解して、あかり達の士気も織り上げながら、最短で正解を導き出している。

 彼女はきっと、プロデューサーを必要としない人間なのだろう。

 この道を究めたベテランや天才肌。プロデューサーを居なくとも1人で仕事をこなしてしまうセルフプロデュースアイドル。アイドルの頃に私もそういう人たちに何回か会ったことがある。

 その圧倒的な才能と輝きに、アイドルだった頃は憧れと闘争心を感じていたが、今はなんだかモヤモヤするのはどうしてだろう。

 本来は私がやらねばならない仕事だった。それを解決したのは、私より年下のアイドルだ。彼女には明らかにプロデュースの才能もある。いや、きっとアイドルとしての才能もかつての私以上に持っているだろう。それに比べれば私はまだまだ実力不足で、彼女たちに何もしてやれてない……。

 

「凛ちゃん」

 

「え、あ、ハイっ」

 心さんの呼びかけで我に返った。

「なんか深刻そうな顔してたけどダイジョブ?」

「えっと、はい、問題ないです」

 どうも良くないことを考えすぎて、思考が深みに落ちてしまっていたようだ。暗い想像を振り払うために深呼吸してみる。

「あんま深く考えんなよ。凛ちゃんは凛ちゃんに出来ることをやれば良いんだから」

「すみません……」

「謝んなって☆」

「渋谷、佐藤、少し良いか」

 呼びかけられて振り向くと、美城専務がそこに立っていた。

「うぉっ、専務。な、なんスカ?」

「この撮影が終わった後、私の部屋まで来たまえ」

 専務はそれだけ伝えると、スタスタとつかさやスタッフの所へ歩いて行ってしまった。それに対して私と心さんはお互いに顔を見合わせて首を傾げるしかなかった。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 このアイドルという世界では、妙な出会いがたくさんある。

 そんなことを最近良く思う。

 

「うわマジで桐生つかさちゃんめっちゃ近かったんだけど。つかさちゃんに指示受けて撮影したとかオタク誰も経験したこと無いヤツじゃん。めっちゃ勝ち組案件かよ」

 さっきから横でピンク頭の人がうるさい。自分の撮影を終えてからずっとこんな感じでブツブツ言っている。

「りあむサンでもつかさサンの事知ってるんデスね」

「はあぁ!?あきらちゃん本気で言ってる!?この界隈であの桐生つかさを知らないなんてモグリっしょ!」

 言い方がとてもウザい。

 

 でもまあ、りあむサンの言うとおりだ。彼女はあの桐生つかさなのだ。

 今のトレンドの最先端を突き進むJKギャル社長アイドル。自分も彼女のブランドは好きで良く着ているので、全く知らない存在ではない。

 かと言って、そんな彼女を直に目にして、実際に言葉を交わして、何か緊張するだとかそんな気持ちは無い。無いけれども、目の前に居るつかさサンはどう見ても自分とは別の世界の人間なんだなと思ってしまう。Pサンや事務所の先輩アイドル達とはまた違った存在感を感じて、どうにも妙な気持ちになってしまう。

 

「確かに、つかささんってなんだかカッコいいですよね~」

「あっ、あかりちゃん分かるぅ!?そうなんだよねぇ、なんていうかやっぱりギャルで社長っていうのがヤバいよね!キラキラでバリバリのカリスマって感じでさぁ!」

「お、アタシの話か?」

「ぴえっ!?」

 りあむサンがまるで漫画みたいなリアクションで飛び上がる。いつの間にかつかさサンが傍に来ていた。

「オッ、オツカレサマデス」

「お疲れ様です!撮影手伝ってもらってありがとうございました!」

「おう、お疲れ。これで3人ともソロの撮影終わったから、後は集合撮影だけか。アタシの仕事もここまでだな」

「えっ!つかささん、この後も手伝ってくれないんですか?」

「そりゃ流石に無理だよ。アタシはただのヘルプで、お前らのプロデューサーの仕事に勝手に口出ししただけだからな」

「でも、凄い的確なディレクションだったと思いますよ。Pサン達の仕事にも顔負けしないくらいには」

 自分がそう言うと、つかさサンは愉快そうに笑った。

「そう言って貰えるのはありがたいけど、そいつは買いかぶりってもんさ。アタシは手詰まりになってた所へ、その場しのぎの商品展開を提案したに過ぎねえよ。それは単発的なアイデアであって長期的なものじゃない」

「長期的って?」

「この経験が今後に繋がっていくためのもの。お前らのこの先をしっかり見据えてるから、あのプロデューサーは真剣に悩んでくれてるんだろ?」

 そういうものなんだろうか。Pサンの方を見ると、集合グラビアの配置を確認しているのか2人で話し合っている。それは確かに真剣な眼差しと言うべきか、あいにく自分はあの人のああいう眼しか見たことが無い。

 

「さて、アタシも自分の仕事をしなきゃな。そっちの撮影完了も見届けたいけど、こっちのクライアントも待ちわびてるみたいだし」

「あの……!」

 専務の方へと歩き出そうとするつかさサンの背中に、思わず声をかけていた。

「ん、何だ?」

「あの、なんでつかさサンはここまでしてくれるんデスか?自分たちの撮影だって無理して関わる必要なかったし、アイドルだって元々は社長業とは関係ないんデスよね?」

 ちょっと踏み込みすぎたかなと一瞬心配したけど、予想に反してつかさサンはニヤリと笑った。

「そりゃ、答えは単純。アタシが楽しいってだけさ」

「楽しい、デスか?」

「そう。自分の知らないことを知るのが楽しい。難しいことに挑戦するのが楽しい。んで、自分が成長していくのが楽しい。アタシにとって仕事は全部アタシが好きで楽しいことをやってることさ。アイドルだってな」

 んじゃ、またな!と、つかさサンは歩き去って行った。

「ひぇぇ、やっぱ神だろつかさちゃん……!ぼく手汗ヤババなんだけど」

「やっぱりカッコいいなあつかささん。ああいう人がプロって言うのかなあ」

「どうだろう。でも、ホンモノには違いないんじゃないかな」

 本当に凄い人だと思う。

 誰よりも意識高くて、無茶を本当に実現させようとしている。なにより、どこまでも自由な人。

「……好きで楽しいことをする、か」

「え?あきらちゃん、何か言った?」

「何でも無いよ。さ、最後の撮影行きましょう」

 なにか特別な感情があるわけでは無い。そういうわけでは無いけど、

 

 ああいう生き方って良いな、と少し思った。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

「失礼します」

「失礼しまぁす」

 重役室の扉を開けると、まず目に入るのはデスクに座る専務の姿。そしてもう1人、意外な人物も居た。

「部長?」

 問いかけにアイドル事業部部長は、ペコリと頭を下げる。

「おいおい、部長も呼ばれてんのは聞いてねえぞ?」

「彼は私が呼んだ。事業部全体の案件でもあるのでな。早速だが話を進めよう。彼女たちに資料を渡してくれ」

「はい。渋谷さん、佐藤さん、まずはこちらの資料をどうぞ」

 そう言って部長から渡されたのは、数ページほどのレジュメ。それはプロデューサーにとっては見慣れた物、ライブの企画書だ。その表紙に書いてあるのは、

「スプリングフェス……!」

「そうだ。来月開催するスプリングフェスに、君たちのプロジェクトも参加してもらうことになった」

「……それは、所属アイドル7人全員が参加するということですか?」

「その通りだ」

「おいおいマジかよ」

 スプリングフェスは、346の自社内で定期的に行っている合同企画の一つだ。夏や冬ほどの大規模ではないが人気のアイドルもしっかり出演するので、世間的にかなりの話題性がある。そこに出演できるならかなりのメリットも見込めるだろう。

 しかし……

「時期尚早ではないですか?」

 私は言った。

「彼女たちはまだデビューしたばかりで、皆まだ経験が浅い状態です。後発デビューの3人に関してはライブに出演したこともまだありません。いきなり大きなイベントへ出演させるのは彼女たちへのリスクが高すぎると思います」

 大きいライブに出ればそれだけ知名度は上がる。彼女たちにも良い経験になるだろう。

 だが、それは全ては上手くいった場合だけだ。規模が大きければ大きいほど、失敗した時のダメージは大きくなる。プレッシャーを抑える術も一朝一夕で身につく物では無い。

 そして、仮にライブが上手くいったとしても、その経験を今後の基準として活動するのも決して良いこととは限らない。スキルや経験が伴わない状態での過度な成功体験は、彼女たちの精神的な足かけになる事もある。

 ……過剰な心配と言えばそうかもしれない。

 だが、私はプロデューサーとして、彼女たちに少しでもリスクの少ない道のりを進んで欲しい。

「このレベルの大規模な公演は、もっと小さなステージで経験を積んでからの方が――」

「それでは遅すぎるな」

 専務は、私の反論をにべもなく切り捨てる。

「君のプロジェクトには我々も大きな期待をかけている。成果を出すのにゆっくりと時間をかける猶予など無い」

「しかし……!」

「かつて名実ともにアイドル界の中心に君臨し、突如引退を発表してプロデューサーへと転向したアイドル」

「――っ!」

「彼女が、かつて自身が所属したプロジェクトの名を冠し、自らの手でスカウトし育てた新進気鋭のプロジェクト、……というアナウンスをすればメディアも飛びつくだろう」

「そ、それはっ……!」

 

 それは、最も私がやりたくなかったことだった。

 

 アイドルの道を離れてプロデューサーとして新たな道を進むために、私はそれまで積み重ねてきた物を全て捨てて行く覚悟だった。過去の実績に頼らず、ゼロからまた出発する。そうでなければ、私の決断を快く受け入れてくれた人たちや迷惑を掛けた人たちに申し訳ない。

 ましてや、あの子たちに私の過去を勝手に背負わせたくない。

「おい!ちょっ」

「お言葉ですが、専務」

 荒々しく踏み出そうとした心さんを制するように部長が言葉を発する。

「そのやり方では渋谷さんの言う通り、アイドル達へのリスクとプレッシャーを高めるだけです。それではアイドル達の本来の輝きを引き出しきれません。自分は賛同しかねます」

「部長……」

 部長の言葉を聞いて、専務はやれやれという風に軽く息をつくと、

「当然だ。元より実力と実績が伴っていない者に安易なプロデュースをさせるつもりはない。だが、活動を続ければメディアはいずれ君の事にもたどり着くだろう。騒ぎ立てられるのも時間の問題だ」

 専務は、真っ直ぐに私に目を向ける。

「君の過去をアイドルに背負わせることをリスクというのなら、それはプロジェクト発足時から常に存在し、君達も私達もそのリスクを負っているのだ。いずれその時が来た際に成功した実績があるかどうかは、今後の活動にも大きく影響するだろう。だからこそ、早急に実績が欲しい。

 理解は出来たか?」

「……はい」

「よろしい。ともかくこれは決定事項だ。良い結果を期待している」

 

 

「なかなか厳しい案件だな。時間もあんま無いし、話が急すぎるんだよ専務め」

「早急にスケジュールを詰めましょう。全体曲のレッスンもありますから、各ユニットの負担を出来るだけ減らす方向で」

 重役室から自分たちのプロジェクトルームに戻ってきた私達は、渡された資料をめくりながら今後の予定を話し合っていた。

「そうだなぁ。とにかく一つ一つ潰していかねえと、……お?」

「どうしました?」

「凛ちゃん、ちょっと出演予定のとこ見てみ」

 そう言われて、出演予定アイドルのページをめくる。流石はアイドル事業部が力を入れているイベントだけあって、結構豪華なメンバーを揃えている。その中には、今日会った桐生つかさの名前もある。そして、フェスのトリを飾る所には、私にとってとても馴染みのある名前が記してあった。

 

「加蓮――」

 

「トップ連れてくるとは、今年の春フェスは結構豪華じゃん。なかなか因縁のある仕事になったな」

「……ええ、より中途半端な仕事は出来なくなりました」

 こんなにも早く道が重なるとは思っていなかった。

 心臓がドクンドクンと強く脈打つような感覚。私にはそれが恐れなのか高揚なのか、自分でもよく分からなかった。

 

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