渋谷凛は魔法使いの夢を見る   作:8000

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彼女たちは光の中に立つ

〈AKARI〉

 

 私には、春の終わりが分かる。

 

 それは気持ちや感情の話じゃなくて、季節として、気候として。

 私の住んでいた所は周りを山に囲まれた田舎町で、そこでリンゴ農家の手伝いをしていたものだから、いつの間にかこういう変化が分かるようになってしまった。

 植物は環境の変化を如実に教えてくれるし、植物に合わせて日々行動していれば、風や空気、温度や湿度の変化には敏感になる。

 でも、東京に来たらそういうことも分からなくなるのかなと思っていたけど、意外とそうでもなくて驚いた。

 周りがビルばかりになっても、自然が少なくなっても、「あ、今日は昨日よりも空気違うな」っていうのは結構分かる。

 あっ、でも違う所もある。

 やっぱり都会は田舎よりも時間の流れが速いと思う。東京に来てアイドルになってから、ライブに向けてレッスンを続けてたりしたら、いつの間にか時間は過ぎていた。

 昨日、初めてライブ会場へ行った時、空気が夏の空気になっているのを感じて、スプリングライブって名前のライブなのに春が終わる頃にやるなんてなんか変だ、って思って初めて春が終わった事に気づいた

 東京に来て2ヶ月ちょっとが過ぎて、いつの間にか春は終わっていた。

 

 ライブ会場のホールにやって来て、やっぱりその大きさにビックリする。少なくとも私の地元ではこんな規模のコンサート会場は1つや2つぐらいしか知らないけど、東京にはこれぐらいの会場はまだまだたくさんあるらしく、りあむさんとかが言うにはこれぐらいの規模はまだまだ序の口の大きさらしい。ひええ……。

 昨日リハーサルで来てるけど、まだこの雰囲気には慣れないんご……。まあ、こればっかりはしょうがないかなとは思うけど。

 

 普通のお客さんは当然ながら正面の入り口から入るけど、私たちはアイドルで関係者だから裏の関係者用入り口から入る。

 普段からこんな感じのコンサート会場に来ることはあまり無いし、当然ながらその裏側に来たことも無い。多分ライブ用の機材だと思う物がいっぱい並んでたり、アイドルや関係者用の控え室が並ぶ光景には、戸惑う部分もあればワクワクする部分もあって、やっぱり色々と落ち着かない。

 それは私の仲間である2人も同じらしい。

「りあむさん、そのいっぱいあるの何ですか?」

「え、コレ?」

 私が訊ねると、りあむさんは何本ものおもちゃの棒みたいな物を誇らしげに掲げた。

「これはペンライトだよ!コレ光らせて、アイドルを応援するんだ、よ!」

 そう言ってりあむさんは持ってるペンライトのうち1つのスイッチを入れる。すると直ぐにカラフルな光が灯った。

「わあ、綺麗!でも、そんなにいっぱい持つ必要は無いんじゃ?」

「いやいや、コレをいっぱい掲げて応援するのがオタクの嗜みなんだよ。たくさんの光をアイドルに届けるってわけ。あ!ウルトラオレンジも持ってきてるよ。これはめちゃくちゃ明るく光るサイリウムでぇ……」

「……りあむサン、そんな物持ってきてどうするんデスか」

 あきらちゃんがジト目でりあむさんを見ながら言う。

「あ、いや、どうするって言うと、これで舞台袖とか控え室でアイドル応援しようかと。だって距離0メートルのライブビューイングなわけじゃん!?」

「ライブビューイングだかなんだか知りませんけど、そんなこと出来るわけないじゃないデスか。自分たちの出番もあるんデスから、すこしは落ち着いたらどうデス?」

「ひぇ、怒られたピエン……」

 りあむさんはしおしおと引っ込み、あきらちゃんは手元のスマホに目を戻した。

 あきらちゃんがりあむさんに対して当たりが強いのはいつものことだけど、今日は普段よりも増して冷たい気がする。やっぱりあきらちゃんも緊張してるのかな。そういう風に考えれば、ペンライトをゴソゴソいじってるりあむさんもいろんな意味で緊張しているのかもしれない。

 

 二人と比べるとと、私はそれほど緊張していないのかもしれない。

 もちろん、大きな会場で初めてステージに立って踊るという初めての経験に対する緊張ていうのはあるんだけど、それで失敗することへの不安みたいなものはあまり無い。

 今日までとにかく練習はしてきた。

 途中からプロデューサーさんもレッスンに参加してくれて、トレーナーさんと一緒にマンツーマンって感じでみっちり練習して、だいぶ踊れるようになった。元々私は努力することが得意ではないけど、そんな私から見てもプロデューサーさんたちの教え方はわかりやすかった。

 とはいっても、なんだかんだそれが万全だったかと言えばよく分からない。

 なにせダンスも歌も全く未経験の所から始まったんだから、どんなに練習しても完璧を目指すのは難しいと思う。

 それでもやれるだけのことはやった。ならそれで本番に行くしかないし、それで失敗したらそれはしょうがないことだと思う。

 でも、それは私だけの話だ。

 

 控え室の中を見渡してみる。

 この部屋は、私たちのプロダクション全員の控え室になっている。化粧台の方を見ると、凪ちゃんと颯ちゃんがいた。

「ねぇなー!はーの今日の髪型これで大丈夫かなぁ……」

「凪はスタイリストやPではないのでなんともなんともですし、そもそもはーちゃんの髪もスタイリストが丁寧にしてくれたのですから問題ないでしょうし、そもそもはーちゃんはどんな髪型でも可愛いので大丈夫でしょう。ふむ、物的証拠で完全論破ですね」

 颯ちゃんはいつも元気な様子とは違って不安げな表情で髪型や衣装の具合を気にしているし、凪ちゃんはいつも通りのように見えてどことなく口数が多くなっているような気がする。

 大きな舞台に緊張しているのは皆同じ。

 『緊張』という名のモヤッとした何かが私たちを包み込んでいるようだ。

 私は衣装のポケットからりんごろうさん人形を取り出した。チャンスがあればステージからコイツを投げて山形リンゴをアピールしようと思っていたけれど、ちょっと流石に今回は難しいかもしれない。

「あら?それ、なんだか可愛いね」

「うひゃあ!?」

 急に耳元で囁かれて思わず飛び上がってしまった。

 振り返るとすぐそばにちとせさんが居て、ニコニコと微笑んでいた。その横には千夜ちゃんもピチッと控えている。

「ち、ちとせさん、いつの間に……?」

「ちょっとお手洗いに行くついでに周りをお散歩してきたの。ね、千夜ちゃん?」

「……まったく、本番も近いのですからあまり無茶なことをしていただきたくはないのですが」

「だって、ワクワクして落ち着かなかったんだもの」

「どうしてこの状況でワクワクできるんデス?」

 その言葉にみんなの視線があきらちゃんの方を向く。その視線を感じて、あきらちゃんは「しまった」というような表情で目を伏せた。

「あ、いや、その――そういう堂々とできるのどうしてなんだろう、って思ったんで……」

 ちとせさんは一瞬驚いたようにキョトンとしたけど、すぐににっこりと微笑む。

「だって、今日という日は一回しかないから。だったら楽しまないと損でしょ?」

 それを聞いて、今度はあきらちゃんの方がキョトンとしてしまっている。私もそんな考え方はしたことが無かった。

「初めてこれだけの舞台で歌えて、たくさんの人々に見てもらえる。こんな特別な日は他に無いって思ったら、ワクワクしてしょうがないの」

「……」

 あきらちゃんが立ち上がった。

「あきらちゃん、どうしたの?」

「ちょっと振りをもう一度見直してくる」

「あ、だったら私も行くよ!」

 外へ向かい始めたあきらちゃんを呼び止める。

「いや、別に自分が確認したいだけだから、あかりチャンは付き合わなくても」

「ううん、私も気になってた所だから、一緒に確認した方が分かりやすいでしょ?」

「――!ありがとう」

「ちょちょちょっ!そ、それだったらぼくも一緒に行く、よ!」

「お、どうしたお前ら、なんかあった?」

 ちょうど良いタイミングで、心さんが控え室に戻ってきた。

「ちょっと振りの最終確認をしたいんデスけど、良いデスか」

「おう、良いぞ。ちゃんと時間までには戻って来いよ」

「分かってます」

 そう言ってあきらちゃんは部屋の外へ出ていく。私もりあむさんと一緒にあきらちゃんの後を追いながら、

 

(そういえば、プロデューサーさんまだ戻ってきてないなあ)

 

 そんなことを考えていた。

 

 ◆ ◆ ◆

 

〈RIN〉

 

 妙に落ち着かなかった。

 

 スタッフと演出などの段取りを打ち合わせを終えた私は、アイドルたちが待つ控え室へと急いでいた。ライブはもう始まっていて、すでに三組ほどのアイドルのパフォーマンスが終わっている。私たちの事務所の出番まではまだ時間に余裕がある。

 ライブの時にプロデューサーができる仕事は、思いの外に少ない。

 無論まったく役割が無いわけではなくて、ライブの演出についてスタッフと確認したり、その際にアイドルたちとの意見の仲介に入ったり、トラブルが発生した時に演目の調整やアイドルたちへのケアをしたりなどやることはいくつかある。また、こういう自主開催イベントでは設営などの手伝いをすることもある。

 だが、それらは全て開始前か何らかのトラブルが起こった時だけに限られるわけで、それ以外にプロデューサーがする仕事は特に無いのである。

 分かっていたことだけど、結局、魔法使いの役目はカボチャの馬車やドレスを用意することまでで、舞踏会の中までは関与できない。

 だから、今プロデューサーにできることはアイドルの傍に居ることだけなのである。

 正直に言うと、昔から私はこういう何もすることが無い状況に慣れていなくて、何もすることが無いと何かやることを探してしまう癖がある。それも妙に落ち着かない理由の1つではある。こういうことを言うと、奈緒や未央にはまた笑われそうだけど。

 でも今は、きっと彼女たちの方が不安に感じているはずだ。

 ライブの緊張については、私もだいぶ付き合いが長い。付き合い方に慣れれば楽になるが、初めてのステージではそうはいかない。私も一番最初のステージは緊張に押しつぶされそうになりながら出番を待っていたものである。

 そう思うと、余計に彼女たちが心配だ。

 あかりは純朴なようで意外と精神的に強い部分があって、昨日のリハでも堂々としていたように見えた。りあむは常日頃から情緒不安定ではあるが、一度突き抜けてしまえば逆に安定するようだ。危なかっしくはあるが、ある意味での信頼はできると思っている。そういう意味では一番心配なのはあきらで、彼女もネット配信で他人にパフォーマンスを見せることには慣れているが、規模が大きい場では戸惑っている姿もよく見た。

 

 広い関係者スペースの廊下にも、会場の音と衝撃が伝わってくる。何処に居ようとも壁を突き抜けて熱狂が伝わってくる。中に入ってしまえば、ライブが始まってしまえば、静かな場所などどこにもありはせず、否応なしに緊迫感の中に放り込まれる。

此処には常に魔物が潜んでいて、私たちを飲み込もうと伺っているのだ。

 

 そんなことを考えながら廊下を進んでいると、誰かが壁にもたれながら俯いているのが見えた。

 いや、誰かじゃない。見知った姿。

 桐生つかさ。

 つかさは俯きながら目を閉じている。ライブに向けて集中しているのか、それとも別の大事な考え事か。どちらにしても真剣な空気が感じ取れる。私は声をかけるべきか、それとも黙って横を通り過ぎるべきか考えながら近づいていったが、私が行動を起こす前に気配に気づいたのかつかさが目を開けてこちらを見た。

「――ん? ああ、凛さんか」

「ごめん、邪魔した?」

「いや、そんなことは無いよ。少し緊張をほぐすために集中させてもらってただけさ」

 それを聞いて、つかさにあまり緊張するようなイメージを持っていていなかった私は少し意外に思った。それが表情に出ていたのか、つかさが苦笑いする。

「あたし、そんなに緊張するタイプに見えないか?」

「あ、いや、そんなことは」

「ああ、いいっていいって、よく言われる。適度な緊張は頭がまともに働いてる証拠だし、それでビビって逃げちまうような半端な準備はしてないからな。それでこそのプロだろ?」

 そう言って肩をすくめながら笑うつかさの姿には、その言葉が嘘ではないという確かな自信が見える。学業を続けながら社長業をこなし、それに加えてアイドルとしても確かに実績を作り続ける。言葉だけ聞けばどう考えても無茶な話だが、彼女はそれを確かに実現させている。どちらかと言えばごく普通の学生時代を過ごしてきた私には想像もできない生き方だ。いや、私もアイドルだったのだから人のことは言えないか。

「ねえ、つかさ。一つ訊いて良い?」

「ああ、良いぜ」

「つかさはどうしてアイドルになろうと思ったの?」

「ん?あー……そうだな、はっきり言えばビジネスだよ。まあ、最初はあたしもブランドとしてコラボするだけだと思ったんだけどな」

 当時、地元の福井から全国への規模拡大を狙っていたつかさにとって、346とのコラボは願ってもない巨大ビジネスチャンスだった。アイドルたちに自社の商品を着てもらって宣伝してもらえればシェア拡大は間違いない。そう思って東京に乗り込んだつかさを待っていたのは、アイドルとしてのスカウトという思いも寄らない提案だった。予定にも予想にも無かった話に当然つかさは戸惑ったが、新しい挑戦に貪欲な彼女はそれも大きな話題となるビジネスと捉え、ブランドのコラボ事業と共に346とアイドル契約を結んだという。

「契約を結ぶ時に聞いてみたんだよ、あの専務に。あたしをアイドルにしたいっていうのはあんたのアイデアか、って。そしたらどうやらウチとの企画を進める会議で、あるプロデューサーが提案したらしい。この子をアイドルとして招き入れないかってな。いやあ、ホントあんたらプロデューサーってのは面白い人種だよな」

 それに関しては同じように無茶なスカウトをした私には言い返す言葉が無い。

「その提案をしたプロデューサーとは会ったの?」

「いや、会えてないよ。アタシとの企画はすぐに美城専務の直轄になったから。あの人はプロデューサーというよりは統括責任者だから、アイドル関連はアタシ1人でやってることになるけどな」

 その時になって私はようやく気づいた。

 そうか、彼女にはプロデューサーが居ないのか。

 プロデューサーを持たずにセルフプロデュースで活動するアイドルはうちの会社にも何人か居る。だがそれはアイドルとしてのスキルが貯まって活動が安定してきたからであり、多くのアイドルは初めの頃はプロデューサーを付けて活動している。

「それは、大変じゃないの?」

「もちろん大変さ。アイドルの世界ってのは、アタシが今までやってきたビジネスとは全然違う。ファンからの反応はリアルタイムで目まぐるしく変化していくし、どんな市場調査してマーケティングしても一回のライブで全部覆ることもある。毎日毎日試行錯誤と新しい知見を得てばかりだよ。ま、今までも一人でやってきたし、自分で決めた事だからやり遂げないとな。でも……」

「ん?」

「あんたみたいな人が傍に居るのが、時々羨ましくなる時がある」

「――――」

「なんて、ちょっとアタシらしくなかったな。そうこうしてるうちに良い時間になったから、そろそろ行くわ」

「ちょっと待って……!」

 立ち去ろうと背を向けたつかさを私は呼び止めた。

「ん、なんだ?」

「私が見てるから、つかさのこと」

「は?」

 今まで見たことがないくらいのキョトンとした顔をするつかさ。流石に言葉が足らなすぎたかと思い、私はさらに続けて言う。

「つかさのステージを私が見てるよ。舞台裏からちゃんと見守ってる。だから、あなたは一人じゃないよ」

「おいおい、あんたはアタシのプロデューサーじゃないし、別の事務所なんだからむしろ競争相手じゃないのか?」

「確かにそうかもしれない。でも、私はプロデューサーだから。自分の担当であろうとなかろうと、アイドルの輝きを信じるのがプロデューサーの仕事だよ」

 いや、現実はそうとは限らないだろう。芸能界で働いていく上で自分の担当以外の心配をするなんて甘いことは百も承知だし、アイドルたち以上に他のアイドルをライバル視しているプロデューサーはきっと多いだろう。

 でも、私はそう思いたくなかった。

 誰かが自分を信じて見守ってくれているということが大きな力になることを私は知っている。だから担当でなくとも、私は不安を感じているアイドルの力になってあげたい。それが私が憧れるプロデューサーの姿だ。

「……ふっ、あははっ」

 心底おかしそうに笑った後、ホント面白いな、とつかさは言った。

「やっぱすげえわアイドルって。こんな所でも新しい知見を受けちまうとは」

「どう?少しは不安は薄らいだ?」

「おかげさまで。この借りはステージで返すよ」

「いや、借りになんてしなくていいから」

「アタシが借りたいんだよ。だから、ちゃんと見てろよ、プロデューサー」

 私が頷くと、つかさはニヤッと笑顔を見せて、そのままステージの方へと駆けだしていった。その背中を見送りながら、私は腕時計を確認する。つかさのステージはもうすぐ。そして新・シンデレラプロジェクトのステージまではもう少し時間がある。

 早くあの子たちが待つ控え室に戻ろう。そう思っていると、

「あれ、プロデューサーさん?」

 反対の方向から聞き慣れた声が聞こえてきて、振り向くと私が想像していた三人が歩いてきていた。

「ん、三人ともどうしたの?」

「えっと、ちょっと練習をしようかと」

「気分転換デス」

 あかりとりあむの驚いた視線があきらを向く。

「エッ、あきらちゃんステップ練習に来たんじゃないの!?」

「……すみません、気分転換デス」

 三人のやりとりを見ながら、なんとなく事情は察した。

「ごめん、みんな。こんな時に傍についてあげられなくて」

「あ、いや、Pサンが謝らなくても」

「ううん、いいの。だからそのお詫びと言ってはなんだけど、一緒に気分転換に付き合わない?」

 きっと彼女のステージは、三人の心に火を付けてくれるだろう。

 私は、そう思った。

 

 ◆ ◆ ◆

 

〈AKIRA〉

 

 自分のこれまでの人生を思い返すと、あまり感情的になった思い出が無かった。

 とは言ってもなんにも感情が動かないというわけではない。

 新しい服を買ってそれがバッチリ似合ってた時はめちゃくちゃ嬉しいし、ゲームやって凄く惜しい負け方をするとめちゃくちゃ悔しい。台パンすることもある。

 でも、そんな嬉しさや悔しさなんて些細なものだった事を、アイドルになってから思い知らされてばかりいる。

 胸がドクドクして熱くなったり、緊張で頭の中が何も無くなったり、普段経験したことのない感情ばかりで、自分の中にこんなにも知らない感情があったんだみたいな感じで驚きすらある。

 まったくもってアイドルという世界は訳が分からない。

 

 ステージに近い舞台裏。

 新・シンデレラプロジェクトのステージは目前に迫り、自分たちはここで出番が来るのを待っている。

 当然だけど先ほどまで居た控え室やモニターの前よりも、会場の雰囲気はより直接的に伝わってくる。今は次のアイドルたちを待つ間の休憩時間であるが、待っている観客たちがざわついている声すらも聞こえてくる。

 だけど、今は控え室で待機してた時の虚無みたいな感覚とは違う気持ちになっている。ドキドキというかワクワクというか、やっぱりよく分からない。さっきつかさサンのライブを見ただけでこんな精神状態になるなんて、自分はこんなに影響を受けやすい人間だっただろうか。

 ステップの練習と言って誤魔化して気分転換に部屋を出て、そこで会ったPサンに連れられた先はライブの様子を移すモニターの前だった。 

 生でアイドルのライブを見たのは初めてだった。

 プロのパフォーマンスという意味では以前にも加蓮サンとPサンのを見ているけれど、こういった本番のステージをちゃんと観るのは初めてだ。とはいっても直に観たのではなくてモニター越しだけれど、それでも何枚もの壁を突き抜けてビートの重低音とファンたちの歓声が衝撃となって伝わってくる。もはや生中継というレベルの体感ではない。

 つかさサンが力強い歌声を放てば放つほど、観客を煽れば煽るほど、振動と衝撃は大きくなっていく。横ではテンションの上がったあかりチャンが盛り上がってピョンピョン跳ねてたし、りあむサンはまた限界化して顔をグシャグシャにして泣いてたけど、全然気にはならなかった。自分は最後までモニターから目が離せなかった。

 今も目蓋の裏にはあの光景が焼き付いている。

 

「よし、みんな用意はできてんな!」

 全員を見渡しながら心さんが言う。

「今日があたしたちのお披露目になるからな。遠慮せずにぶちかまして客の視線を奪ってけ☆」

「その暑苦しい台詞も、同じものを朝に聞きました」

「ん?あれ、そうだっけ?」

「ふふっ、もしかして魔法使いさんも緊張してる?」

 ちとせサンがクスクスと笑う横で、千夜チャンがヤレヤレという風に肩をすくめる。

「そりゃあたしだって緊張するに決まってんだろ。でもそれは不安に思って緊張してるんじゃなくて、みんな成功すると思ってるから緊張してんの」

「矛盾してませんか、それ」

「千夜ちゃんにだって、そのうち分かるって☆」

 千夜チャンが首を傾げる。千夜チャンと同じ疑問を感じながら、自分はチラリとPサンの方を見る。幸いにも目は合わなかった。

「それじゃ初っ端頼むわ、行ってこい!ちとせ!千夜!」

「はーい、行ってきまーす♪」

「最善を尽くします」

 ヒラヒラと優雅に、付き従うように堂々と、自分のペースを最後まで崩さないまま、ちとせサンと千夜チャンの二人はステージへ向かっていった。

 舞台裏に設置してあるモニターに映る会場の方では未だざわめきが続いているが、照明が暗くなってざわめきは歓声に変わる。

 その歓声を盛り上げるようなBGMと共に「Next Performer is……」の文字がモニターに表示され、続けて派手なSEに煽られながら二人の姿が映し出される。この前一緒に撮った宣材写真のものだ。

 そして再びの暗転から、荘厳かつ重厚なイントロが流れ始める。真っ赤な照明の中、ちとせサンと千夜チャンが奈落からせり上がってきて登場する。

 単純な表現だけど、ステージの上の二人はいつもとは別人に見えた。ちとせサンはいつもは優雅で飄々としているのに、今は得体の知れない妖艶さを纏っているように見えてまるで本物の吸血鬼みたいだ。千夜チャンもいつもの厳格な佇まいはさらに研ぎ澄まされていて、刃のような鋭い視線がこちらを射貫いてくる。

 圧倒的な存在感を持つ個性とはまさにこれなのだと思う。

「じゃ、颯と凪も今のうちにスタンバイしとこうか」

「あっ、う、うん!」

「はーちゃん、ちょっと良いですか」

「え?どうしたの、なー」

 凪チャンはスッと颯チャンに手を差し出した。

「舞台裏まで手を握っていてくれませんか。不安でしょうがないので」

 颯チャンはしばらくポカンとしていたけど、すぐに笑顔に戻って凪チャンの手を両手で握り返す。

「もー!本当にしょうがないなあ、なーは!」

「手のかかる姉で申し訳ない」

「そんなことないよ!ありがとう……!」

「準備は良さそうだな☆」

「うん!大丈夫、いつでも行けるよ!」

「完璧はーちゃんと完璧な凪が居れば完璧完璧です」

 颯チャンと凪チャンはお互いに手を繋いだまま舞台裏へ並んで歩いて行った。

「……りあむサン、また泣かないでくださいよ」

「だっでぇぇどう゛どいじゃぁん……」

 りあむサンはまた顔をグシャグシャにしながら涙を流している。いや、いつもより涙の量は少ないように見えるから、本番に備えて我慢してるのか。……その分、余計にひどい顔になってるけど。

 #こんな変化 #気づきたくなかった

「でも、やっぱり凪ちゃんと颯ちゃんのお互い分かり合ってる感じスゴいですよねぇ」

 あかりチャンがポツリと言う。

「そりゃ、あの二人は双子だからじゃない?生まれた時から一緒なんデスから」

 自分も兄ぃが居るから少し分かるけど、兄弟姉妹という家族の存在というのはやはり他と比べて特別なもので、昔から一緒に過ごしているからこそお互いの事をよく分かっている瞬間がある。双子であればより近くもなるだろう。

 そう考えると、ちとせサンと千夜チャンの互いへの理解もとても強く見える。あの二人もいつも傍に一緒に居て離れないけど、颯チャンたちと違ってその結びつきの理由についてはよく分からない。千夜チャンは本当にちとせサンのメイドで一緒に住んでるらしいということは聞いたけど、それ以上はどうにも踏み込みにくい。もちろん自分が無理に踏み込む必要も無いけれど。

「どっちにせよ、自分たちに真似できる関係性じゃないでしょ」

 そう呟いてから、こんな後ろ向きなことライブの直前に言うことじゃないって気づいて、ごめんと一言言おうと思ったけど、

「そりゃそうだよぉ。ボクたちなんてタダの寄せ集めユニットだし、あんな尊さ出すのなんてムリムリムリだ、よ!」

 りあむサンの無神経な声が割り込んで自分の体がガチンと固まる。ああ、なるほど、空気が凍るってこういう感覚かぁ。この人は火に油を注ぐ天才か何かか?

「うん、確かにあの子たちに比べれば、みんなはバラバラだと思う」

 Pサンまでそんなことを言い出してどうした。そう思ってPサンの方を見たら、Pサンは思いの外優しそうに笑っていた。

「でも、バラバラなことがイコール他より劣っているということじゃない。みんながそれぞれ違うからこその魅力だってある」

「う~ん、でもそんなバラバラでダンスも歌も上手じゃない私たちじゃ、お客さんたちにウケないんじゃあ?」

 弱気なあかりチャンに対して、Pサンは微笑んだまま首を横に振る。

「そんなことないよ。一番大事なことは楽しむこと。みんなが笑顔で楽しんでくれれば、お客さんたちも一緒に楽しくなるんだよ」

 Pサンはモニターに目を移す。見ると、ちょうど颯チャンと凪チャンのライブが始まるところだった。

 元気にステージへ飛び出す颯チャンと、あくまでマイペースに歩いて入ってくる凪チャン。対照的だからこそ彼女たちがいつも通りなのだということがよく分かる。二人が自分らしく動き回れば、ポップでキャッチーな音楽にピッタリ合って、とても映える。

「とても楽しそう、デスね。お客さんたちもめっちゃ盛り上がってる」

「うん、それがアイドルなんだよ。だからみんなも楽しむことだけを考えて。そうすればファンのみんなも答えてくれる。できる?」

「楽しむことだけだったら、私でもできそうんご♪」

「ぼ、ぼくも頭空っぽで楽しむだけなら得意だよっ」

 楽しむ、か。それは確かに自分の得意分野だ。でも、今日の舞台ではどうだろう。

「……Pサンは、自分たちが今日を楽しめると思いますか?」

「もちろん。今日までそれに相応しいだけの努力をしてきたと、私は確信してるよ」

 ……うん、その言葉が聞きたかった。

「分かりました。全力で楽しんできます」

「行ってらっしゃい」

 Pサンに見送られて、自分たちはステージへと向かう。

 途中、ステージを終えてきたちとせサンたちとすれ違った。少し荒い呼吸をしながらも、ちとせサンはこちらにウインクを飛ばし、千夜チャンは小さく一礼していった。

 入り組んだ機材の通路を進み、ちとせサンたちが使った奈落のエレベーターでスタンバイする。あちこちでスタッフサンが行き交って自分たちに指示をしてくれて、壁を挟んだすぐ傍から会場の熱気が伝わる。リハーサルでも一回通った場所なのに、あの時とは全く感覚が違う。

 でもこんな景色も、いつかは慣れるのだろうか。

「まもなく入ります!」

 スタッフサンのカウントが始まる。自分はチラッと横の二人を見る。あかりチャンはまだ少し緊張してる所も感じるけど、顔には笑みが浮かんでいる。りあむサンは大きく深呼吸をしていて、心なしか顔色は良くなっているみたいに見える。

 二人とも目は合わなかった。でもそれで良いと思えた。

 カウントが終わると同時に始まる音楽。

 せり上がり始める舞台。

 自然と動き始める体。

 自分と二人の歌声を聞こえる。

 

 #今日のあきら 

 #最高の一着

 #最高の自分

 #見せつけよう

 

 色とりどりのまぶしい光が、自分を包んだ。

 

 ◆ ◆ ◆

 

〈RIN〉

 

「あの三人が終わったらすぐ出番だからみんな袖でスタンバっとけ~!」

「ちとせと千夜は反対側になるけど、そんなに急がなくても大丈夫だから。スタッフさんの指示に従って動いてね」

 心さんと一緒に他の子たちにこの後の指示を出してから、私はモニターに目を向けた。ステージの上ではあかりとあきらとりあむが歌い踊っている。

「あの短い時間で良く形になったよな」

「ええ」

 三人のデビュー曲となる『Brand New!』は、タイトルの通り音楽的にもダンス的にも新しさを表現する要素を多く取り入れた曲だ。その分、歌もダンスも新人のデビュー曲としてはかなり難易度が高いものになっている。本来の予定では初披露まで時間はもっとある予定だったし、小さい会場などから段階的にステージを積み重ねていってスキルを高めていく予定だった。それが今回のステージへの出演によって、準備期間は短くなったし会場のランクも格段に上がった。

 それでも彼女たちはなんとか形にしてくれた。

「それも凛ちゃんが直々にレッスンしてくれたおかげじゃん?」

「そんなことないですよ。全部彼女たちの力によるものです」

 まあ、自惚れるわけではないけど、私が彼女たちのために少しでも貢献できたなら、プロデューサーとしては嬉しい限りだ。

 そうして完成した三人のパフォーマンスは、ミスこそせずに最後まで踊りきれるようになったものの、他のアイドルに比べればまだまだ劣るというのが正直な現状だ。きっと同じ曲であっても颯と凪や、もしくは加蓮とかであればもっと完璧なパフォーマンスを見せるだろうし、どうしてもいかにも新人のステージですという印象は拭いきれない。

 だけど、

「……良い笑顔だ」

「ほんと、良い顔して歌ってるね」

「うおっ、ビックリしたぁ」

「加蓮。どうして」

 後ろからかけられた声に驚いて振り向くと、そこにはニコニコしながらモニターを覗き込んでいる加蓮の姿があった。

「まだ私のステージまで時間あるから、ちょっと様子を見ようかなと思って来ちゃった。心さんもお久しぶりです」

「おう久しぶり、加蓮ちゃん☆」

「うちの凛がご迷惑かけてません?なにぶん一匹狼なもんだから」

「いやいや、すっかり大人しいもんだよ。大人しすぎて物足りないくらいで」

 二人とも何を言ってるの、ホント。

「それにしても、良い感じにアイドルらしくなったよね。アイドルはやっぱり笑顔でいないと」

 本当に加蓮の言うとおりだ。

 アイドルが評価され売れるためには、アイドル本人たちのスキルは勿論のこと、私たちプロデューサーや裏方の人々の地道な宣伝とマーケティングが必要である。それがいわゆるビジネスというもの。だが、時としてそういうビジネスとして定石を覆す瞬間が存在するのがアイドル界、しいては芸能界というものなのだ。

 ステージの前に私が三人にかけた言葉は決して間違いではない。アイドルたちが全力で楽しみ、笑顔で歌えば、ファンのみんなはそれに応えてライブは盛り上がる。アイドルたちのスキルが拙くても、彼女たちを誰も知らなくても、一回の熱狂で全てが変わる。それがアイドルだ。

 モニターを見ると、あかりも、あきらも、りあむも、三者三様の笑顔で歌い踊っている。それに合わせて会場のファンたちのテンションも上がって、色とりどりのペンライトの光が彼女たちを照らしてくれている。その光は彼女たちの力になってくれるだろう。

「少しは安心できた?」

「え?」

「凛、なんだか表情もさっきより柔らかくなった気がするから」

「まだ気は置けないけど、ひとまずは大丈夫だと思う。ていうか、私そんなに硬い顔してた?」

「うん、拳もギュッと握ってて、血が出ちゃうんじゃないかと思った」

「言い過ぎじゃない?」

「ちょっと盛ったかな」

 でも、私も緊張していたのは確かだった。本番前も三人にどう声をかけようかということばかり考えていたし、鼓動の音はずっと早いままだ。

 それでも、三人の笑顔と会場の熱気を見たら少し落ち着いたかもしれない。

「まあ、それがプロデューサーってもんだよ。あたしもあの四人の初舞台の時は一人で死にそうになってたし」

「心さんもそうだったですか」

「そりゃもちろん。自分がステージに立つんならなんとでも出来るけど、こっちは信じて待つことしかできないんだから。それでいてプロデューサーがアイドルに不安な顔見せられないしな」

「あ、私もそうでした。みんなの前ではなんとか笑顔でいようと努力してました」

「やっぱプロデューサーって大変なんだねぇ。私も自分のプロデューサー労ってあげようかな」

 こうして自分がプロデューサーの側に立って初めて、あの人たちがアイドルの前で気丈に振る舞おうと頑張っていたのかがよく分かる。本当に小さな所まで大変な仕事だ。

 そんなことを話してるうちに、ステージの方では曲が終盤へと差し掛かっていた。アウトロから全員で最後の決めポーズ。それぞれ少し立ち位置はズレているものの、三人ともちゃんと笑顔のまま踊り終えた。

 会場から大きな拍手が起こる。その大音量を聞きながら、あかりはパアッと表情を輝かせ、あきらは半ば呆然としたような複雑な笑みを浮かべ、りあむは決めの笑顔がニヤニヤした笑顔に変わりそうなのを必死に抑えていた。三人はそのままステージの前方へと集まる。

「せーのっ」

「「「ありがとうございましたぁ!!!」」」

 お互いに手を繋いで大きく一礼。

 それと同時にまた拍手が一際大きくなる。すぐそこでも聞こえるような気がして横を見れば、加蓮が会場と同じように拍手をしていた。

 三人が顔を上げる。それに合わせて舞台袖から、ちとせ、千夜、颯、凪の四人が入ってきて、あかりたちの両サイドにそれぞれ並ぶ。

「は、はじめましてっ!私たち、新・シンデレラプロジェクトです!」

 センターのあかりが緊張気味に挨拶すると、再び会場から拍手と歓声が起こる。

「えーっと、じゃあみんなで自己紹介します!じゃあ、颯ちゃんと凪ちゃんから!」

「はーい!」

 あかりに促されて颯が元気よく手を上げる。

「久川颯です!」

「久川凪です」

「「二人でmiroirです。よろしくお願いしまーす!」」

 会場から歓声。

「妹の颯です!なーと一緒に一番のアイドルになってみせるから、応援よろしくね!」 

 再び歓声と拍手。やはり颯は正統派アイドルらしい魅力を兼ね備えているから、ファンからの反応も人一倍良い。

「そんなカワイイカワイイはーちゃんの応援、よろしくお願いします。凪を応援したいという物好きな人も、まあ、別に構いませんよ?」

 今度は颯とちょっと毛色の違う感じの歓声が起こる。凪の持つこの独特なキャラクターも良い感じに受け入れられているようだ。

 そのまま颯と凪は、反対側のちとせと千夜へとバトンを渡すように、次を促すアクションをする。それを受けてちとせがマイクを握り直す。

「はぁい、VelvetRoseの黒埼ちとせだよ。これからアイドルとして、みんなをいっぱい魅了してあげるから、よろしくね♪」

 ちとせの魅惑的なウインクに会場が色めき立つ。

「白雪千夜です。よろしくお願いします」

 それに対して、棒立ちのまま素っ気なくそれだけ言って終える千夜。流石に会場からの拍手も困惑気味に聞こえる。

「千夜ぉ!可愛いぞぉ!」

 すると、突然どこからかそんな声が飛んでくる。どこかで聞いたことある声だなと思って周りを見渡すと心さんが居ない。どうやら舞台袖から千夜に向けて叫んだらしい。

 千夜が殺意を込めた目で舞台袖をにらむ。その様子と対照的に、ちとせはぷるぷると笑いを堪えてる。あれはもはや声を出さずに爆笑しているのかもしれない。会場も一転して盛り上がり始めていて、あちこちから「カワイイ!」の声が上がっている。

「ああもう!早く進めてください!」

 若干頬を染めながら千夜が強引にトークの先を促した所で心さんが横に戻ってきた。その表情はまさしくイタズラに成功した少年のような顔だ。

「プロデューサーがあんなにライブに介入したら怒られますよ」

「ごめんごめん。ま、あれで怒られるなら全然構わないって」

 会場では、先を引き継いだあかりが緊張した面持ちでマイクを構える。

「は、はいっ!えーと……わ、私の名前は辻野あかりです!山形県から来ました。実家ではリンゴ農家の手伝いをしています。山形は実はリンゴの生産量日本三位なんですよ、知ってました?青森リンゴにも負けないくらい美味しいんですよぉ♪あ、そうだ!」

 リンゴの話になると途端饒舌に話し始めたあかりは、急に衣装のポケットをゴソゴソとまさぐると、そこから丸い何かを取り出した。

「なに、アレ?」

 加蓮が疑問の声を出す。

「あかりがいつもリンゴの宣伝用に持ってる人形だよ。まさか衣装に隠し持ってるとは思わなかったけど」

 あかりは、人形を高く掲げている。

「こいつはリンゴの精のりんごろうさんです!せっかくですから、この人形を会場に来ている誰かにあげようと思いまーす!誰か欲しい人はいますかー!」

 あかりが呼びかけると会場のあちこちから手が上がり、欲しーい!と声が上がる。例え新人であってもアイドルの手渡しが本能的に欲しいものなのだ。ステージの上でもりあむが「欲しーい!」と声を上げてあきらに制されている。

「じゃあ行きまーす。せーのっ!」

 あかりは思った以上に力強いフォームでりんごろう人形を投げた。そのおかげで人形は結構遠くへ飛び、ダイレクトでキャッチしたファンから喜びの声が上がった。

「大事にしてくださいなー!山形リンゴとあかりんごを、よろりんご♪」

 あかりの渾身のアイドルポーズと共に会場から大きな歓声が起こる。

「ウケたから良かったけど、あかりんごは後で説教だな。あたしが言えることじゃないけども」

「いやでもあのパフォーマンスは結構良いかも。ライブ終わったらりんごろう人形を大量生産して、あかりのライブの時に投げてもらいましょう」

「お、それ良いね。グッズとして売っていくのも有りだな。企画書、早急にまとめといて」

「分かりました」

「ホント忙しいね、プロデューサーさんって」

 自然とこういう思考になってしまうのも、プロデューサーの職業病だと思う。

「この流れの後でやりにくいんデスけど……」

 会場の方では、少々ぎこちなさげにあきらが話し始めていた。

「えぇと、砂塚あきらデス。よく分からないうちにアイドルになってたけど、なんだかんだで最近楽しくなってきたと思います。自分のペースでやっていくんで、よろしくデス」

 まだお客さんからは目を逸らしがちだけど、あきらは理想通りの自己紹介をやりきった。もちろん笑顔も忘れていない。会場からは充分な拍手が送られている。

「あ、SNSと動画配信やってるんで、帰ったらフォローお願いしますね。うちのユニットのアカウントも開設したんで、そっちのフォローもよろしくデス」

 こういう宣伝も欠かさない辺りが流石はネット育ちという感じだ。会場から「分かったー」などの声も聞こえる。

 そして、あきらがマイクを下げたと同時にりあむがズイッと前に踏み出す。

「いえーい!会場のオタクたちー!夢見りあむちゃんだぞー!」

 ハイテンションなりあむの叫びに会場も即座に反応して歓声を上げる。普段はザコメンタルを自称して後ろに隠れがちのりあむだが、こういった本番に投げ出されて緊張が限界を超えると逆に開き直ってハイテンションになるようだ。だが、

「どうだぁオタクたちぃ?こんな可愛くて尊いアイドルに囲まれて羨ましいだろ~。同じオタクでもぼくはまさに勝ち組!普段は入れないバックグラウンドも余裕で行き来出来るし、この後のアイドルたちのセトリも知り放題なんだぞう。例えばぼくらの後に登場するアイドルはぁ」

「りあむサン、それ以上は言っちゃいけないやつデスよ」

「んんん!んむー!」

 危ないところをギリギリで割り込んだあきらがりあむの口を物理的にふさぐ。

 そう。彼女は一度開き直ると自重することができないようで、色々と口に出してはいけない過激なことを口走ってしまうのだ。物事が上手くいって調子に乗り始めたりするとさらに危ない。以前りあむのSNSをチェックしたが、過去に何回も過激な発言で炎上騒動を起こしているのが分かった。

「なんか、変わった子だね」

「スゴいだろ☆」

「掘り出し物には違いないね」

「……やっぱプロデューサーって変わってるよね」

 それは否定できないかもしれない。

「私とあきらちゃんとりあむさんで、ユニットとしてデビューするのでよろしくお願いしますんご」

「ま、まだユニット名決まってないデスけどね」

「どうも、名無しユニットだよ!」

「あれ、そうなの?」

 加蓮が首を傾げる。

「確かにプログラムに名前しか書いてなかった気がするけど」

「あー……一応ちゃんと決めるつもりだったんだけど」

 やはりレッスンやライブの打ち合わせに時間をかけすぎたというのが一番の理由だ。私が自分で名付けても良かったと思うけど、できれば彼女たちの希望に添う形のユニット名にしたかった。そうこうしてるうちに時間が経ち、決められないまま今日を迎えてしまった。

「自分はユニット名はあってもなくても良いんデスが」

「えー、でも可愛いユニット名ってアイドルの花じゃない?」

「りあむサンが考えたクソダサユニット名、ここで晒してもいいデスけど?」

「やめろよう!」

「でも、いつかは良い名前が付くと良いね!」

「うん、そうだね」

「あきらちゃん!?ぼくの時と対応違くない!?」

 会場から笑いが起きる。

「まあ、今は#ユニット名募集中ってことで」

「え!それじゃあ、はー達も考えて良いの?」

「凪達のセンスが試されますね」

「じゃあ私も何か考えようかな」

「お嬢様、お戯れを」

 他の子達もトークに加わる。今後いろんな仕事をしてもらうにあたって、トークスキルは重要な要素の一つだ。それぞれに個性は出るが、このMCなら心配は要らないだろう。

「それじゃあ、最後に私たち全員で歌おうと思います!曲名は……」

「「「「「「「Take me☆Take you!」」」」」」」

 そろって曲名を言ったのと同時に一瞬の暗転。そして新しいステージが始まった。

 7人全員そろって歌ってもらうために、私と心さんが選んだ曲がこれだった。私たちのプロジェクトのコンセプトは、名前の通り「次の世代となる新しいシンデレラプロジェクト」として、今までに無い新しいアイドルたちを輝かせることだ。だから、先ほどのBrand New!しかり、新しい挑戦の始まりをファン達に表現するための曲を選んだ。

 覚めない夢は、始まったばかり。

 その歌詞を聴きながら、選択は間違いなかったと思った。新しいことが始まる瞬間は、なによりも感動に満ちている。それがファンのみんなにも伝わるだろう。

 そう思いながらモニターの向こうでみんなが歌い踊るのを見ていて、2番に入ってすぐのことだった。

 

 突然、全てが暗転した。

 

「え?」

「なんだ!?」

 モニターが消えて、歌声が途切れた。

 一瞬、停電かと思ったが、電気が途切れた訳ではない。

「ステージ照明です!」

「一旦曲止めます!」

 スタッフ達の対応は早い。

 どうやらステージの照明が消えたらしい。モニターは何も映していないように見えて、暗闇に包まれたステージを映し続けている。状況の確認と復旧のためにスタッフ達が舞台裏を慌ただしく動き始め、各所から指示の声が飛ぶ。

 だが、そんなことはどうでもいい。

「凛ちゃん!?」

「ちょっと、凛!?」

 私はもう走り出していた。

 ステージの袖からは、会場のペンライトの光でうっすら照らされたアイドルたちが見える。表情には影がかかっているので見えづらいが、皆困惑した様子で立ち尽くしているのはすぐに分かった。

 会場からも突然の事態に戸惑う観客達のざわめきが徐々に大きくなっていく。

 すぐにでも傍に駆け寄りたい。でも、その衝動を必死に抑える。

「凛ちゃん、コレちょっとすぐには復旧できないらしいぞ」

 いつの間にか後ろから心さんと加蓮が来ていた。

「凛、あの子達をすぐに下げさせて。一旦ライブを中断しないと」

「中断……」

「加蓮ちゃんの言うとおりだな。歌いきれなかったことは残念だけど、今回ばかりはしょうがない」

 心さんの言葉でようやく今の状況が認識できてきた。

 そうか、彼女たちのステージはここで終わってしまうのか。こんなにも唐突に。

 この時点で中断させてしまったら、もう一度このステージをやり直すことは出来ないだろう。もう一度立てたとして、彼女達のプレッシャーは重たくなってしまう。

 最後まで歌わせてやりたい。悔しい思いが止めどなく溢れる。でもその一方で、もはやどうしようもないという現実も分かってしまう。今、彼女達のプロデューサーとしてするべき事は、彼女達を引き上げさせてライブを中断することだけだ。

 

「――――」

 

「……え?」

 今、何かが。

「凛、どうしたの」

「何か、聞こえる。ステージの方から」

「え?」

「何?」

 加蓮と心さんもすぐに気づいた。

 確かにステージの方から聞こえてくる。マイクを通さない直の肉声。

 

 間違いなくそれは、歌声だった。

 

 ◆ ◆ ◆

 

〈RIAMU〉

 

 ぼくが咄嗟にそれが出来たのは、単にこういうトラブルに慣れていたからだった。

 

 地下の現場では設備が整ってない箱でライブすることもよくあるから、トラブルでライブが止まる事なんて珍しくない。

 音声のトラブル。

 照明のトラブル。

 厄介オタクがステージに乱入して中断なんて事もあった。

 ぼくはもちろんそんなことはしないけど。頑張ってるアイドルに手ぇ出すなんてオタクの風上にも置けないからね。即退場、即退場。

 で、何が言いたいかって言うと、そういう時に一番不安で一番悔しいのはアイドルたちだって事。ステージ経験豊富な子だったらトラブルを逆手にとって盛り上げたりもするけど、そうじゃない子は仕方なく裏に下がって悔しい思いを噛みしめるしかない。もっとひどい時は曲が止まったまま一人でステージに残されることもある。クソ運営め。

 そんな時に、心細いアイドルを支えるために、ぼくたちオタクはアイドルの代わりに歌うのだ。途切れた歌の続きをアイドルの代わりに。

 自己満だとか害悪だとか言われることもある。でもそんなことは関係ない。

 中途半端な所で止めなければならなかった歌の続きを歌って、アイドルのステージを最後まで完結させる。それがぼくらオタクにとっての当然の義務なのだ。

 だから今回も、暗闇の中、横で不安に押しつぶされそうになっているあきらちゃんやあかりちゃんを見て、ぼくの口は自然と歌い始めていた。

 Take me☆Take youは、現場でも円盤でも音源でも何回も聞いてきたから、歌うだけならそらでもいける。目を閉じればあのライブのエモい光景が脳内に蘇ってくる。

 でも今歌ってるぼくは、その記憶にはほど遠い。

 声震えまくり、足はガクガク。完全にヤケクソでやってるのに、こんな格好悪いところばっかり自覚しちゃう。マジでやむ。

 それでもっ!歌うっ!

 マイクも切られちゃってるから、少しでも客席に届くように大声で。

 少しずつ客席からも歌ってる声が聞こえてくる。でも、まだまだ全然足りない。これじゃ全然他のみんなに届かない!よ!

 

「おらあああああああ!!!もっと声出せオタクどもおおおおおおお!!!!!」

 

 ぼくはステージの最前まで走って行って、オタク達に叫ぶ。

「他の現場だったらもっと声出てるだろ!?目の前でアイドルが困ってるんだから助けてやれよ!お前らのアイドル愛はそんなもんかああああ!!!」

 ぼくがもっと叫ぶと、会場からは少し歌声が大きくなったけどまだざわめきの方が大きい。所々「何様のつもりだピンク頭!」みたいな罵声も聞こえる。

「うるさあああああい!ぼくを罵ってる暇があったら他のみんなに声送れバカ!!」

 ああもう!これじゃ埒があかない。ていうか照明の復旧はまだかよ!客席もステージも暗いからオタク達のペンライトしか見えないじゃないか。

 そう考えて思い出した。

 衣装のポケットを漁る。

 

 そこから出てきたのは、一本のウルトラオレンジだった。

 

 控え室でこっそり忍ばせてけど、緊張で今の今まで忘れてた。本来こんなのをステージに勝手に持ってきたら怒られるだろうけど、あかりちゃんもりんごろう人形を持ってきたし大丈夫でしょ。即決!

 ぼくは速攻でUOを折った。

 目映いオレンジ色の光がステージ上に灯る。うおっまぶし。

「おらあ!オタクどもぉ!ここまで目がけて歌え!UO持ってるやつはもっと折って!もっと明るくして!よ!」

 ぼくはUOをぶんぶん振りながら客席に呼びかけて、また歌い始める。どこまで歌ったか忘れちゃったから頭からもう一度。

 すると、ポツポツと客席にUOが灯り始めた。心なしか歌声も大きくなってきている。よっしゃもっと広がれ!

 そうやって光が広がっていく客席を見ながら歌い続けていると、ふいに横から別の歌声が聞こえた。

「うおっ誰っ!?」

 驚いて横を見ると、いつの間にかちとせちゃんが近くまで来ていて、ぼくと同じようにアカペラで歌っていた。

 ちとせちゃんが悪戯っ子みたいにぼくにウインクする。やめてくれ尊さで死んじゃうから。

 そのうちにすぐちとせちゃんの横に千夜ちゃんがやってきて、歌声に加わってくれた。心なしか嫌そうなしかめっ面しているように見えるけど、まあ千夜ちゃんはいつもあんな感じの顔してるし大丈夫でしょ。

 そしたら、今度は反対側に颯ちゃんと凪ちゃんが走ってきて輪に加わる。颯ちゃんめっちゃ笑顔が可愛いぃ!凪ちゃんはいつも無表情だけどそれが逆に良し。ていうか!二人で手繋ぎながら歌ってない!?めっちゃ尊いんだけどぉ!?

 ぼくは後ろを振り返った。

 さっきは暗くてよく見えなかったけど、今はUOの灯りであかりちゃんとあきらちゃんの顔がよく見えた。

 あかりちゃんは笑顔が戻ってきているけど、あきらちゃんはまだ状況が飲み込めていないのか硬い顔をしている。

「あかりちゃん!あきらちゃん!」

 ぼくは二人に呼びかけてUOをまたブンブン振る。

 あきらちゃんはビクッと体を震わせたけど、その手をあかりちゃんが横からギュッと握って止めた。

「行こう!あきらちゃん!」

「……うん」

 あきらちゃんが頷いて、二人は手を取り合ってステージ前方へ駆けだしてくる。それがもう今日見た中で一番エモくて尊くて、ぼくは泣き出しそうになってしまった。いやもう泣いたね、うん。

 客席に目を戻せば、UOの光は全体に広がっていて、もうオタク達一人一人の顔が見えるくらい眩しかった。

 その光一つ一つがぼく達と一緒に歌を歌って、会場全体がもう大合唱だ。

 大音量のまま、曲はもうラスサビに入るところだ。こんな気持ちでこの曲を聴くことはもう人生で二度と無いだろう。

 

 Take me☆Take you もっとずっと先へ

 覚めない夢は 始まったばかり

 

 最後まで歌い終わると、一瞬の静寂の後に歌声は万雷の拍手に変わった。

 鳴り止まない拍手を聞きながら、ぼくたちはお互いに顔を見合わせる。全て出し切ったような呆然とした顔が徐々にみんな笑顔に変わっていく。そのうちみんなで手を繋ぎだしたのは、もう自然な行動だった。

「「「「「「「ありがとうございましたっ!」」」」」」」

 全員で大きく頭を下げる。

 拍手はまた一段と大きくなったような気がした。

 流石にもう袖に下がるようにスタッフの指示が来て、みんなで袖に戻ると、そこにはPサマとはぁとさんと、なぜか加蓮ちゃんまで変な顔して待っていた。

 特にPサマの顔は生涯忘れられないと思う。

 めっちゃ良い顔してるのに、泣きそうな笑いそうな感情グチャグチャの表情してて、すっごいレアだなと場違いな感想を思っちゃった。

 Pサマは何かを言おうとして、口を開きかけてまた閉じた。そして、一呼吸入れると真剣な眼差しで再び口を開いた。  

「みんな、よくやってくれた。ありがとう」

 たったそれだけだったけど、その一言だけでぼくの精神は限界に達した。

「うああああPサマああああ怖かったようおおおおお」

 目からダバダバ流れてくる涙を流れるまま流して、ぼくは床に突っ伏して泣いた。

 

 これ以上は、もう何も覚えていない。

 それでぼくの最初のステージは終わった。

 それでも、涙でグチャグチャの瞼の裏には、あの眩しいオレンジの光がまだ残ってた。

 

 ◆ ◆ ◆

 

…………

  

《昨日のライブ、スゴかった!》

 

《流石346の春フェス。面子も豪華だったし、新人もクオリティ高かった》

 

《あのシンデレラプロジェクトって、ニュージェネとかラブライカとか居たとこだっけ》

 

《VelvetRoseめっちゃカッコ良かったぞ!》

 

《miroir可愛すぎたから推しになります》

 

《あのユニット名募集してる三人の曲ってまだ発売されてないのかよ》

 

《あかりちゃんの投げたリンゴの不細工ぬいぐるみ拾えた!家宝にするわ》

 

《あのあきらって子、ゲーム配信してるの知ってたけどアイドルになってたんだな。生で見るとめっちゃ可愛い》

 

《あのピンク頭何》

 

《ステージ上で客に罵声浴びせるアイドルとか初めて見た》

 

《あのピンク頭絶対同類だろ。俺には分かる》

 

《前に都内のライブハウスで見たことあるぞ》

 

《調べたらSNSで何回も炎上してて笑う。こいつがシンデレラプロジェクトの名前名乗るとかマジかよ》

 

《でもあのトラブルに関しては神対応だった》

 

《新人があの場であの行動出来ないだろ》

 

《あの日のUOは山火事じゃなかった。まるで太陽の光。その中で大観衆のみんなで大合唱。あんなライブ二度と体験できないと思う》

 

《たぶんあのオレンジの光一生忘れないわ》

 

《てかあのピンク頭、UOどこに隠し持ってたんだよ》

 

《由緒ある346プロの春フェスに突如現れた、破天荒なピンク頭こと夢見りあむは果たして天使か悪魔か。ということで感想まとめてみた。以下のURLから》

 

《いやーライブも大成功で一安心!てかあれでなんとかなっちゃうんだから、アイドルもオタクも大したことないな!》

 

…………

 

 ◆ ◆ ◆

 

〈RIN〉

 

「ええ、はい……はい……ではよろしくお願いいたします。……はい、失礼します」

 私は電話を切る。

「また仕事入った?」

「ええ、B社のアイドル誌の取材依頼ですね。A社の取材もありますから、時間は少し詰まってしまいますけど」

「それはしょうがないな。あたしの方もラジオのゲストやらTV出演やら話来てるし、新しいアルバムや写真集の企画も立ち始めてる」

 手帳に予定を書き入れながら心さんが言う。

 スプリングフェスから一夜明け、うちの事務所は慌ただしくなっていた。

 あの機材トラブルは私たちの出番の後に無事復旧し、フェスは最後まで続ける事ができ、トリを飾った花蓮のステージでは私たちの時を超えるほどの盛り上がりを見せ、大盛況のまま終了した。

 りあむが起こした行動については流石に問題になったものの、機材トラブルによる混乱に対して機転を効かせてファンを盛り上げた、という結果を踏まえて大きなお咎めは受けなかった。専務からは凄く嫌な顔をされたけど。

 良いか悪いかに関わらず、大きく目立てば瞬く間に話題となって世間に広まる。その結果が利益に反映されていく。今はそういう世の中だ。

 だから、あのライブの話題性を知ったメディアから、うちの事務所に次々仕事の依頼が来るようになり、私と心さんは朝からその対応に追われていた。

「売れ始めの今の時期はいっぱい仕事を受けるのも大事だけど、アイドルのためにならない仕事は受けなくていいからな。アイドルのために仕事を選ぶのも、プロデューサーの大事な仕事ってことで」

「は、はい」

 心さんのアドバイスを受けながら、私も手帳に書き込んだ予定を整理する。

 私がアイドルだった頃、プロデューサーは私が今担当してる倍のアイドルの予定を管理していたと思うと、その苦労が身にして理解出来て素直に頭が上がらない。もちろんあの時はちひろさんがアシスタントとして手伝っていたけど。

 だけど、唐突な忙しさに困惑する一方で、嬉しさを感じる自分も居る。やはり、自分が担当するアイドルが世に認められて仕事が増えることは、何物にも代えがたい嬉しさがある。

「ま、なんだかんだライブは大成功って言って良いんじゃねえの☆」

「そうですね。ただ、少し複雑な所もありますが……」

「あー、あれな……」

 渋い顔をしながら心さんは言い淀んだ。

 確かにライブは大きな話題となり、アイドル達は世に広く知られるようになった。しかし、その全てが好意的に捉えられるものではない。とりわけ扱いが難しい問題が残っている。

 

「うわーん!Pサマあああ!!」

 

 その時、勢いよくドアが開いてりあむが飛び込んできた。

「りあむ、どうしたの」

「昨日のライブの後に余計な事SNSに書き込んで炎上したらしいデスよ」

 後ろから入室したあきらが事情を説明してくれる。一緒にあかりも付いてきている。

「ごめんよおおおPさまあああ。ていうかどうしよおおおおお」

 りあむがスマホの画面を見せながら泣き崩れている。見れば確かにファンたちを馬鹿にしてるように捉えられる書き込みがしてあった。

「いや、りあむ、この件については大丈夫だよ」

「え、そうなの?」

 正直に言えば、この書き込みのことを私はすでに知っていた。もちろん問題になる発言ではある。だが、これを素直に咎められないと言うべきか、少々複雑な問題があったのだ。 もう一度言うが、現代はネットやSNSを通じて、良し悪しに関わらず大きな話題となった情報が利益へと変わる時代だ。

 そして、昨日のライブで最も大きな話題となったのは、りあむだった。

 あのトラブルの時に彼女が取った行動は各所で大きな話題となり、彼女を非難するものと肯定するものが入り乱れて賛否両論の渦を巻き起こし、「ピンク頭」というワードはライブの話題と共にSNSのトレンド入りを果たした。

 その情報の流れを、メディアが食いつかないわけは無かった。

「りあむ、ちょっと話があるんだ」

「うぇっ!?ななな、なんのぉ?」

 まだりあむは狼狽えている。なにか別のことで怒られると思ってるのかもしれない。

「実は、りあむに仕事の話が来てる」

「えっ、お仕事?マジで?なんのお仕事?」

「某人気バラエティの特番にゲストとして」

「……は?」

「しかもロケ地は海外のリゾート」

「え、え、ええ!?それって、もしかしなくてもユニットとしてだよねえ。あかりちゃんとあきらちゃんが居てくれたら……」

「ごめん。この話はりあむソロの希望で来てるんだ。あかりとあきらには別の依頼が来てる」

「…………はぇ?」

 言ったことは事実だ。あかりには山形のリンゴ農家からプレゼンの打診やりんごろうのグッズ化企画が来てるし、あきらもSNSのアカウントを見たゲーム・ファッション界隈から取材の依頼が来ている。だが、瞬間的な話題性で言えば、りあむの仕事には敵わないだろう。

「一応りあむの意思を尊重したいのだけど、どうする?」

 私はりあむにそう聞いたが、正直に言えばプロダクションとしては断る理由がない話だった。りあむや私が断る算段をつけても上層部に押し切られる可能性はある。それだけうちの事務所の発言権はまだ弱い。

「――――」

 りあむは放心してすっかり固まってしまった。その後ろではあきらが複雑な顔でりあむを見つめ、あかりはその様子をオロオロと心配そうに見守っている。

 私も、本来であれば希望を持つべきである大きな話のはずなのに、どうにも不安な気持ちを抑えられずにいた。

 

 

――こうして、夢見りあむというアイドルは、バズったのだった。

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