渋谷凛は魔法使いの夢を見る   作:8000

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渋谷凛はレモンサワーが好き

 仕事を終える頃にはすっかり日は暮れていた。

 

 担当アイドルたちのレッスン監督、仕事のスケジュール管理、各種企画案件の整理と検討、その他雑多な書類仕事などなど。プロデューサーとして扱う今日のノルマをこなし、とりあえず1つ区切りがついて「割と早めに終わることが出来たな」と思った時、短い着信音が鳴った。

 スマホの画面に映るのはよく知った名前。

 

《お仕事終わった~?時間が合えばこれから一緒に呑まない?

 来るならいつもの店で待ってるよん♪ 

 なお、今日はしまむーも居ます》

 

 断る理由が微塵も無い私は、すぐに帰り支度を始めた。

 

 ◆ ◆ ◆

 

 346本社ビルからほど近い裏路地。都心にも関わらず、路地に入ると驚くほど人が少なくなり、まるで別世界のような錯覚に陥る。

 その裏路地において、一際不思議な雰囲気を放つ店がある。古風な佇まいは静かな路地に溶け込んでいるが、よくよく見れば現代的なお洒落な外観でもあることに気づく。そして、なにより目立つのが店の前に掲げられた赤提灯で、これが妙に懐かしく親しみやすい印象を与えている。

 この知る人ぞ知る居酒屋は、実は346プロのアイドルたち御用達の店で、私も昔に先輩のアイドルに教えられて、いつか一緒に呑みましょうと約束をした。

 いつしかその約束を果たせる年になり、私もいつの間にかこの店の常連になっていた。

 

 店に入ると、待ち人2人はすでに席へ着いていた。

「あ!凛ちゃーん」

「しぶりーん、こっちこっちー!」

 奥の座敷席から、卯月はぶんぶんとこちらへ手を振り、未央はグラスを掲げる。2人とも少し顔が赤いところを見るともう呑み始めているらしい。

 それを見て、私もクスリと笑う。

「ちょっと……、もう先に呑んでるじゃん」

「あはは……、ごめんなさぁい」

「いやあ、先には行ったら呑まずに待つことはできないでしょ。ほら、しぶりんもなんか頼みなって」

「ハイハイ。すみません、レモンサワー1つ」

 席に着きながらひとまず店員さんにドリンクを注文して、テーブルに目を移すとすでに料理もいくつか並んでいる。

「これ何?美味しそう」

「小さいこんにゃくをバターで焼いて七味をまぶしてあるんだって。今月からの新メニューだよ。これがビールに合うんだ」

 そう言いながら未央は焼きこんにゃくを1つつまんで口に運び、続けてビールを幸せそうに流し込む。働き終わりのお腹になかなか来る光景だ。

 こういう創作料理の美味しさもこの店の魅力だ。

「はい、こちらレモンサワーです」

「ありがとうございます」

「良し!しぶりんの飲み物も届いたところで、それじゃ乾杯と行こうか」

「は~い」

 未央と卯月がグラスを掲げるのに合わせて私も同じように掲げる。

「はい!ではではっ、今日も群雄割拠のアイドル業界でみんな働き抜きました記念で……、かんぱぁーい!」

「「かんぱーい!!」」

 3人のグラスがぶつかって、カチンといい音が鳴った。

 

 ◆ ◆ ◆

 

 島村卯月と本田未央。

 彼女たち2人とは、かつてニュージェネレーションズというユニットを組んでいた。私がアイドルとしてデビューした時から活動し始めたユニットなので、トライアドプリムスと並んで私のアイドル活動の中では名実ともに代表的なユニットだ。

 私がアイドルを辞める時にユニットは解散したが、他2人は現在もアイドル活動を続け、お互いに忙しい中でこうして時間が合えば呑みに行ったり遊びに行ったりしている。

 

 未央は、十代の頃に才能を開花させ始めていた演技の道に本格的に進み、ドラマ・映画・演劇など幅広く出演して女優界でも独自の立ち位置を獲得しつつ、その一方で明るく元気で盛り上げ上手なキャラクターも未だ健在で、ポジティブパッションの2人と共にバラエティにも引っ張りだこになっている。

 卯月は、20代になった今でも正統派キュートアイドルの第一人者としての立ち位置は変わること無く、この国で知らない人は居ないだろうというくらいアイドル界の顔として王道を進み続けている。もちろんその要因には卯月自身の変わらぬ人柄や魅力ももちろんあるが、その一方で彼女が新しい自分へ常に挑戦し続けているからでもある。

 

 2人とも私の誇りでもあり、かけがえのない友達だ。

 それは出会ってから7年の月日が経った今でも変わらない。

 

 ◆ ◆ ◆

 

「唐揚げに合わせるならレモンサワーよりビールしかないでしょ?」

 なみなみと注がれたビールジョッキを掲げながら未央が言う。

「その意見は分からなくもないけど、レモンサワーを否定するのは許さない」

 私はそう答えつつ、唐揚げを一口食べ、続けてレモンサワーをグビッと呷る。美味い。

「まあまあ、どっちでも良いじゃないですかぁ」

 卯月は私たちのやりとりを笑顔で見ながら、グビグビと日本酒を飲み続けている。

 まあ、このメンバーで集まって呑む時は大体こんな感じだ。最近の近況だとか、他愛もない話題で笑い合いながら、美味しいお酒と料理に舌鼓を打つ。ごく一般的な飲み会風景だけど、これが何よりも居心地が良い。というか、この話題も何回したことか。

 そんな時間がしばらく続いた頃、

「あのさぁ……」

 ビールを空にした未央が、神妙な雰囲気で言う。

 

「私らの呑みって、女子力なさすぎない?」

 ……女子力?

 

「何の話?」

「いやさあ、普通の女子会ってもっとお洒落な店でさ、お洒落なカクテルとか呑むものじゃん?」

 じゃん?、と言われてもよく分からないけども。

「そんなこと言っても、皆こんなものじゃないの。こういう庶民的な店で呑むのも充分に良いでしょ」

「もちろんこの店は大好きだよ?料理もお酒もめっちゃ美味しいし。でもやっぱり憧れるじゃん、お洒落な大人の呑みってやつにさ。私だって川島さんやはやみんみたいに呑みたいよぉ」

「あ~、確かにあの2人はいつも格好良くてお洒落ですよね」

「いや、あの2人も呑む時はあまり変わらないでしょ」

 まあ1人で呑む時は分からないけど、川島さんは昔からずっと楓さんや早苗さんたちと呑んでるし、奏の方もリップスの呑み会とか想像するとなかなかに危ない匂いがする。

「いやいやそんなこと無いって。きっと優雅に大人らしく呑んでるって」

 ケラケラと笑いながら未央は言う。どこまで本気で言ってるのかは知らないけど。

「というわけで女子力高めのしまむーはどう思う?」

「ええっ!?」

 急に話を振られた卯月が驚く。

「わ、私は未央ちゃんの期待に添えるほど女子力なんて無いですよ~」

「でも、ピンチェで呑む時ってきょーちゃんの手作り料理とか食べながら呑んでるじゃん?ガサツな私とは大違い」

「でも、ポジパだって藍子とかは女子力高いんじゃないの?」

「いやいや、あーちゃんもなんだかんだ積極的に私たちに乗っかっていくタイプだから。結局私のおっさん呑みかあかねちんのカレー祭りになっちゃうんだよ」

「でも、そういう呑み会好きでしょ?」

「それはもちろん!」

 なら別に良いじゃないかと思わなくも無いけど。

 なるほど、それぞれに特色が出るわけだ。私の場合、加蓮や奈緒とはまだ一緒に呑んだことは無いからどうなるか分からないけど。

「ていうか、なんで今更そんな話になってるの?」

「実はね、こないだ舞台の千秋楽があってみんなで打ち上げに行ったんだよ。そこで同年代の某イケメン俳優と盛り上げってさあ。私だってうら若き乙女なんだからドキドキするじゃん?……そしたらそのイケメン、なんて言ったと思う?」

「なんて?」

「本田さんはなんか女性って感じがしないから話しやすくて良いですね~、……だってさ」

「「ああ~……」」

「なんで2人とも納得してんの!?ひどくない?22歳の女性に言う台詞じゃないでしょ」

「まあ、それはそうなんだけど……」

 正直に言って、そのイケメン俳優にとても共感してしまった自分もいる。未央には申し訳ないけど。

「でっ、でもそういう所も未央ちゃんの魅力だと思いますよ!」

「ありがとう、しまむー。でもさ、もう20代過ぎたら結婚も視野に入ってくるし、いい年して女に見られてないのって結構マズいよ」

「結婚、ですか……!」

「そうそう。アイドルは恋愛御法度だからって、いつまでも独身で居るわけにもいかないんだよ。どんなに日々鍛えてお肌を整えても、婚期の遅れは致命的。いつ起きるかも分からぬチャンスに備えて女子力鍛えておかなくっちゃ」

 そう言いながら、新しく来たばかりのビールをグイッと呷る。こりゃだいぶ酔っ払ってるなぁ。

「はぇ~未央ちゃんすごいなあ。私なんて全然気にしたこと無いし、周りからそんなことも全然言われたことが無いから」

「卯月は正統派アイドルとして強いイメージができあがってるから、高嶺の花っぽくなって誰も声をかけられないんじゃない?」

「確かにそれはあるなあ。いやでも、しまむーはむしろそのままで居て欲しいし、私に比べれば女子力も充分にあるからすぐにモテるよ」

「あ、ありがとうございます?」

「で、しぶりんはそこんとこどうなの?」

「え、私?」

「だって、しぶりんは一応もうアイドルじゃないから、恋愛御法度だって関係ないでしょ?そういう浮いた話しとか無いの?」

 未央はニヤニヤしながら私に視線を送る。やっぱり楽しんでるなコイツ。

「残念ながらそういう話は全然無いね」

「そう?しぶりんは今でもめちゃくちゃ綺麗でカッコいいから、めっちゃモテると思うんだけど。ねえ、しまむー?」

「確かに、凛ちゃんスーツもしっかり似合ってて、私よりも大人って感じでカッコいいです」

「も、もう……止めてよ2人とも」

 そうもストレートに褒められると流石に照れる。

「そもそもそんな出会いなんて無いから」

「う~ん、そう?あ、でも部長とかはどうなの?」

「はぁ?なんで部長が出てくるの?」

「だって、しぶりんとは昔からの付き合いだし、その頃から良い感じに見えたけど?」

 未央がどういう目で見てたのか知らないけど、確かに私の元担当プロデューサーだったアイドル事業部部長は、家族を抜いたら最も近くで接した男性だとは思う。だけど……

「部長とは何も無いよ。私がプロデューサーとして尊敬してるだけ。それに……」

「それに?」

 

「今はプロデューサーとしてやるべき事がたくさんあるからね。仕事がやりがいがあるから、恋愛や結婚を考えてる時間は無いかな」

 

 私がそう言うと、未央はキョトンとした驚いた表情をして、卯月はキラキラと目を輝かせる。

「どうしたの、2人とも?私、何かおかしいこと言った?」

「ううん、やっぱり凛ちゃんはカッコいいなあって思っただけです」

「いやいやしまむー。これはいずれ仕事が恋人とか言い出しかねないワーカホリックの前兆だから、今のうちに止めといた方が良いって」

「ちょっと何言ってんの」

「ははは、冗談冗談。やっぱりしぶりんはそうでなくっちゃ」

 笑いながら未央はジョッキを掲げる。

「ま、我々に呑みの席でコイバナは無理だったって事で、変わらぬニュージェネを祝してもう一度乾杯しよう!」

「なにその適当な理由。まあ、良いけど」

 苦笑しながら、私もグラスを掲げる。

「えへへ……、はいっ」

 嬉しそうに楽しそうに卯月もグラスを持つ。

「それでは、この先も私たちが変わらず馬鹿騒ぎできることを願って……」

 

「「「かんぱぁーい!!!」」」

 

 3人のグラスが重なって、小気味良い音が鳴る。

 私たち3人の、女子力も無く、ごくごくありふれた、でも居心地の良い時間は、夜が更けてももう少し続きそうだ。

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