自分は夢見りあむが嫌いだ。
いつも適当で情けない事を言って、ろくでもないことばかりしでかす。
いざ大事な時に空気を読まずに人の癪に障ることをして、その癖すぐに泣き言を言って情けなく他人にすがりついて、これで自分よりも年上だと言うのだからつくづくこんな大人にはなりたくないと思う。
きっと今後、この人を見直したり好きになったりすることは決して無いだろう。
◆ ◆ ◆
「お願い、あきらちゃん! 今日部屋に泊めて! よ!」
「……は?」
事務所でいきなりりあむサンにそう言われて、我ながら変な声が出てしまった。後から思い返せば、この時に速攻で断って会話を断ち切れば良かったのだが、その時の自分はそこまで冷静な行動が出来なかった。
「一応、理由を訊いても良いデスか」
「え、え~と……今日の朝さ、ぼくの家にGが出て、咄嗟にお椀に封印して事務所来ちゃったから、帰るの怖くって……」
嫌なことに、その気持ちは分かってしまうから困る。
「で、なんで自分なんデスか?」
「ぼくに部屋に上がり込めるような知り合いが居るわけないだろ!?」
いやそりゃそうでしょうけど。なぜそれで自分が選ばれるのか。自分がりあむサンに部屋に上がり込める知り合い扱いされているのは、正直に言って不名誉だ。
「あかりチャンの所とかじゃ駄目なんデスか」
あかりチャンに押しつけるのも申し訳なかったが、一応提案してみる。
「いや、あかりちゃん、今日はロケのついでで山形の実家に帰ってるから」
そういえばそうだった。マズい、どんどん逃げ道が塞がれていく。
「でも今日自分、配信する予定があって……」
「もちろん映らないようにする!声も出したりしないから!」
「いや、でも」
「なんなら息も止めるから!お願い!他に頼れる人が居ないんだよぉ!」
「ちょっ、りあむサン、土下座は流石にやめてくださいよ」
叫びながら事務所の床に頭を付けようとするりあむサンを必死に止める。なぜこの人はプライド無い行動をするのに躊躇が無いのか。
「ああ、もう、今回だけデスからね」
「はぇっ? い、良いの?」
「二度は言いません。今日の仕事とレッスンが終わったら、自分の部屋に来てもらっても良いデスか」
「う、うん!分かった! ありがとうあきらちゃん!」
「いや、だから土下座はやめてくださいって!」
再びりあむサンの土下座を阻止しながら、頼みを聞いてしまったことをすでに後悔し始めていた。
◆ ◆ ◆
そして、その日の夜。
「あ、ども……」
「……ドウモ」
約束通りにりあむサンは寮にやって来た。
「えっと、入っても良い?」
「どうぞ」
「お、お邪魔しまーす……」
ノソノソとどう見ても挙動不審な動きで部屋に入るりあむサン。うちをお化け屋敷か何かだと思ってるんじゃないか?
「はぇー。あきらちゃんの部屋、綺麗でヤバ」
「別に普通だと思いますけど。入ったばかりなんで物も増えてないデスし」
実家からPCなどの配信用機材やいくつかのお気に入りの服は持ち込んだが、それ以外はほとんど手を付けていない。部屋はまだまだシンプルなままだ。
「すみませんが寝てもらうのは床でも大丈夫デスか。一応響子サンから布団借りてきてます」
「ももももちろん!!ぼくは何処でも大丈夫だよ!床でも廊下でも風呂場でも!」
そう言いながらりあむサンは荷物を置き始める。非常事態で家を出てきたのだから荷物は少なくて当然だろうけど、何やら昼間には見なかったビニール袋も持ってきている。
「何デスか。その袋」
「あ、これ? 流石に何もなしに泊まるの申し訳ないから、一応ご飯ぐらい作ろうと思って来る前に買ってきたんだけど」
そう言いながらガサガサと袋を漁って取り出したのは、
「……餃子の皮?」
「そう!ぼく、餃子作るのだけは自信あるんだ」
そう言いながらりあむサンは、挽肉や野菜などの材料を取り出していく。分量としてはそれなりの量があるように見えるけど。
「というか、ここで餃子作るつもりなんデスか?」
「え、だめ?」
「別に駄目じゃないデスけど。寮の食堂もアイドルなら自由に使えるらしいデスし、そっちの方で作った方が良いのでは?」
「いやいやいやムリムリムリ!あんないつアイドルとエンカウントするか分からない所で料理なんて、命が幾つあっても足りないよう!」
そんな情けないこと言われても。
しかし、この挙動不審さを見る限り、自分の部屋に泊めたのは一応正解だったかもしれない。本当は寮にはいくつも空き部屋があるから、それを貸してもらっても良かったという事に後から気付いたのだけど、了承してしまった手前断りづらかったのと、りあむサンを女子寮に一人で放置したらまずいのでないかと思い、今の状態に至る。たいへん不本意だが。
「いや、というか、自分もこれから配信の予定があるんデスけど」
「もちろん邪魔は絶対しない! キッチンスペースで静かに作ってるから! ね、お願い!!」
「……まあ、だったら良いデスけど」
実際はまだ不本意だったけど、このままだとまたりあむサンは土下座しそうな勢いだったので渋々了承した。それにこれだけの食材を持ってきて、それを無駄にするわけにもおかない。
「じゃあ自分は配信の準備をするんで、りあむサン餃子作るならキッチンスペースの方でやってもらっていいデスか」
「あっ、うん分かった!」
食材を抱えてキッチンスペースへと向かっていくりあむサンを見ながら、自分は配信機材をチェックしていく。幸いにもPCやカメラはキッチンスペースが映り込まない位置にある。放送事故の類いはまず起きないだろう。
そしていつも通りに配信を始めて、しばらく経った頃。
ジュー……
ヘッドホン越しに、何かが焼ける音がする。いや、何かではなく十中八九餃子が焼ける音だろう。
先ほどまで静かで何事もなく配信を進められていたのが、おそらくさっきまではタネを作ったり皮で包んだりしていたのだろう。それがいよいよ焼きの工程に入ったわけだ。なんてタイミングの悪い。
〈なんか後ろで音聞こえない?〉
〈何か焼く音かな〉
〈あきらちゃん今日誰か来てるの?〉
マイクもキッチリ音を拾っているようで、コメントの中にも気づき始めてる人が何人か居るようだ。だがまだ数は少ないから、このままコメントを拾わずにいればこのままやり過ごして配信を終えられるかもしれない。
「うわっちぃ!?」
――なんだかすごい声が聞こえた気がする。
〈なんだ今の声!?〉
〈おい聞き覚えあるぞ今の〉
〈ピンク頭じゃねえか!〉
〈いや待て、猫かもしれないだろ〉
これはマズい。
動揺しているのがバレないようにプレイの方に集中する。
さあ、この後どうすれば良い? 何か言い訳してごまかすか。正直に今の事情を説明するか。それともこのまま最後まで触れずに終わった方が良いか。
いろんな事を考えながらプレイを続けていると、
「あっ」
やはり動揺していつもより杜撰になっていたのか、すぐ近くまで来ていた敵に気づかずにキルされてしまった。いつもに比べれば情けない負け方ではあるが、配信時間を見ればちょうど良いくらいの時間になっている。今日はここで終わらせるのが良いかもしれない。
「ちょっと不本意な終わり方になったけど、時間も良い感じだから今日はここまでにしましょう。この分は次回にちゃんとリベンジするんで。じゃ、というわけで終わります。チャンネル登録と高評価もよかったらお願いしますね」
いつもより早口気味に締めの台詞を言って、速やかに配信を閉じる。ふう、と一息つく。
ちゃんと配信切れてるのを確認してヘッドセットを外し、キッチンスペースの方へと向かう。そこには奇妙な態勢でお皿を持って踏ん張っているりあむサンが居た。
「……何してるんデスか」
「アハハ……焼けた餃子をお皿にひっくり返して乗せようと思ったら、ちょっとミスっちゃってめっちゃ熱かった……。でもでもっ、餃子はちゃんと死守したよ!ホラ!」
そう言いながら、見事に焼き色が付いた餃子を見せつけてくるりあむサン。
「……はぁ。声、結構派手に入ってましたから気をつけてください。次やったらもう泊めてあげませんから」
「ハイ……ゴメンナサイ……」
「ほら、ご飯食べましょう」
そう言って自分はりあむサンの持ってる餃子の皿を受け取る。
その途中で、別にりあむサンをまたこの部屋に泊める予定なんて無いことに気づいた。
◆ ◆ ◆
「というわけで、じゃーん!ぼくの特製餃子だぞ!」
りあむサンが仰々しく食卓の上の餃子を示す。見た目は良い色な焦げ目の羽が付いていて、確かに美味しそうには見える。
「そういう大袈裟なのやめてくださいよ。ダサいデスよ」
「はぐっ! ちょっとあきらちゃん、もうちょっと容赦を……」
「ハイハイ、いいから食べますよ」
りあむサンは自信満々に言うけど、どう足掻いても個人のクオリティには限界があるもんだと思っているから、正直に言ってあまり期待していない。そもそも普段明らかに適当な言動をしてるりあむサンなのだから、常人の平均値レベルに達しているかも怪しい。食える程度のものであれば上等だろう。
そう思いながら餃子を一つつまみ、ポン酢を付けて口に入れた。
「――――えっ」
美味しい。
驚きすぎて言葉が出てこなくなった。
なんだろうコレ。肉の旨味? でもそんなに味がこってりしてしつこいという感じはしない。とても食べやすくてすぐに次が食べたくなる感じ。そんな特別な食材は使ってないように見えたけど違うのかな。少なくとも自分が今まで食べた餃子の中では一番美味しいと思う。
一個食べたらそのまま思考がぐるぐるして固まってしまっていた。我に返って向かいに目をやると、不安そうな表情でこちらを見るりあむサンが居た。自分が美味しいと思ってくれたのか不安なのだろう。さっきまであんなに自信満々だったのに。
でも、それに対して素直に美味しいと言うのはなんとなく癪で、顔を背けた。
「まあ、悪くない出来だと思いますよ」
自分でもあんまりな言い方だなと思いながら、二個目の餃子を口に運ぶ。そうしながらチラリとりあむサンの表情を伺うと、
「にへぇ……良かったぁ」
フニャフニャした安心しきった笑顔を浮かべていた。
「……なんデスか」
「いやぁ、ぼく本当にコレしか取り柄が無いからさ。あきらちゃんに不味いって言われたらどうしようかと思って」
たかだか餃子を美味しいと言ったぐらいで大袈裟な……。
そう思ったけど、口には出さなかった。
きっとこの人はこの餃子を本当に真面目に作ったのだろうし、それで安心しきっているのも嘘ではないのだろう。
それぐらいは自分にも分かったから。
「ほら、りあむサンも食べてくださいよ。二人分でも多いくらいの量なんデスから」
「うん、オッケー!」
りあむサンは意気揚々と餃子を食べ始める。満面の笑みが若干ウザい。
「はぁ……」
ため息をつきながら、自分も次の餃子を食べる。やっぱり美味しかった。
◆ ◆ ◆
自分は夢見りあむが嫌いだ。
それはこんな美味しい餃子を食べても変わらない。
だから、今がこんなにも居心地が良いのは、決してりあむサンのせいではなく、きっと餃子のおかげだ。
そういうことにしておこう。
「ところで、りあむサン。家に封印してるモノは結局どうするんデスか」
「あっ……何も考えてなかった……」
「…………」