部屋に帰ってきたのは、すでに日付が変わった頃だった。
「うへぇ~、ただいまぁ。つっかれたあ……」
誰も居ない部屋に電気を点けながら、誰も聞かない挨拶と独り言を呟く。
今日はマイナーな深夜番組の収録だったが、機材のトラブルなどで収録時間が延びて結局帰るのはこんな時間になってしまった。ていうか何だよ『深夜の裏路地でアイドルが酔っ払いに突撃取材!』って。誰だよこんなバカみたいな企画考えたの。こんな仕事取ってきたPサマにも文句言わないと。
……いや、でもPサマめっちゃ申し訳なさそうに謝ってたくれたし、ちゃんと家まで送ってくれたし、これ以上なんか言うのは辞めておこう。
「そうだ、シャワー浴びないと」
本当はめっちゃ疲れてるからすぐにでも寝たいし、実際昔はいつもそうしてたんだけど、明日もレッスンや打ち合わせがあるからそうはいかない。シャワーも浴びないで事務所に行ったら、またPサマやトレーナーさんに怒られる。
「昨日風呂入ってないですって言った時のトレーナーさんめっちゃ怖かったなあ……」
あの怖い顔が思い出しながら、服を籠に放り込んでいく。そしてそのまま風呂場に入って、急ぎ足でシャワーの蛇口を捻る。
「うひゃあ!?つめたああ!!」
水だった。
◆ ◆ ◆
「ふぃ~、さっぱりさっぱり」
シャワーを浴び終わって風呂場を出ると、洗濯物が溜まったままの洗濯籠が目に入った。
「げっ、いつの間にこんなに」
思い返せば、最近は洗濯が面倒くさくて溜めてばかりいた気がする。しかしここまで溜まってしまうとそろそろ服のストックが無くなってくるし、家まで迎えに来たPサマに部屋が汚いと小言を言われてしまう。
「まったく、Pサマもイロイロうるさいんだよぅ。ここは僕の部屋だっての」
ぶつくさ文句が漏れながら、洗濯物を洗濯機に入れていく。
全部入れ終えて次は洗剤を入れようかと思った時に、
『いや、ド深夜に洗濯機回すとか近所迷惑では?明日起きてから回したら良いんじゃないデス?』
と、脳内のあきらちゃんが容赦ないツッコミを入れてきたが、
「いやいやうるせえ。ぼくだって服が無いと生活できないんじゃい。明日起きたら忘れちゃうし!」
聞く耳は持たず、洗剤もぶち込んでスイッチオン。
「よっしゃやることやったな。寝よ」
ということで速攻でベッドに倒れ込んだのだが、
「うぅ……、意外とうるさいなぁアレ」
ゴウンゴウンと鳴り続ける洗濯機は、思っていた以上に耳障りだった。
こんな静かな夜には特に気になってしまう。
「んもう!明日も早いのになんなんだよ!やっぱり洗濯なんかするんじゃなかったよう!ていうか朝からレッスン入れてるPサマが悪いんじゃん!こんな仕事やった後ぐらい休ませてくれても良いじゃん!」
ゴウンゴウンゴウン……
いくら不満をぶちまけても、部屋に響くのは洗濯機が回る音だけだ。
ここにはなんだかんだ話を聞いてくれるPサマも、容赦ないツッコミを入れてくれるあきらちゃんも、不器用なりにフォローしてくれるあかりちゃんも居ない。
「……寂しい」
この部屋に1人で居ることが寂しいと思ったのはいつ以来だろう。
自由奔放で何でもできる両親は、ぼくが大きくなると2人で海外を飛び回るようになった。
その次に、そういう自由で才能溢れる所が両親に似たお姉ちゃんが、自分の夢を追って家を出て行った。
両親にもお姉ちゃんにも似なかったぼくは、広い家に1人取り残されるのが嫌で、何も出来ないのに1人で家を飛び出した。
新しい部屋でも結局何か出来るわけでもなくて、学校も全然続かなくて、狭いはずなのに隙間だらけの部屋に居るのが寂しくて毎日泣いた。
そうして学校にも通わなくなって、細々とバイトを続けながら、アイドルに癒やしを求めてライブハウスに通う日々が続いた。
誰よりも輝こうとして精一杯に踊るアイドル達の姿を見ることだけを目的に毎日を生きて、そうしてるうちに寂しさは薄れていった。
でも、
あの日、ライブハウスで声をかけられて。
いつの間にかぼくがアイドルになっていて。
ステージに立って歌って踊って。
テレビとかにも出るようになって。
事務所に行けばPサマと同期や先輩のアイドル達が居て。
こんな展開予想できるわけがないし、今でも全然信じられない。
それでも少しずつ慣れ始めている自分も居る。
「みんな、今なにしてんのかな……」
Pサマは家でも仕事してそう。ロケ終わりでぼくを送って帰った後なのにまだ仕事するなんて理解できないけど、あの人はそういうことを自然とする人だってことはよく知ってる。
あかりちゃんは流石にもう寝てるかな。でもあきらちゃんなら、ゲーム配信かなんかでまだ起きてるかも。高校生なのにこんな時間まで起きてたらぼくみたいになっちゃうぞ。
ゴウンゴウンゴウン……
洗濯機の音はまだ続いている。一定のリズムを刻む駆動音にも慣れてきた。
なんだろう。どこかでこのリズムを聞いたことがある気がする。
時計の刻む音? レッスン中のメトロノーム? いや、もっと身近な所で聞いたような……。
「そうだ。心臓の音だ」
ぼくの鼓動と同じリズムで、ぼくが明日・明後日に着る服が回っている。きっとこの世界に生きている全ての人が同じ音を聞いている。夜の静寂に溶けるように、生きている証明が鳴り響いている。
「また夜中にエモいこと思いついちった」
ベッドに寝転がったまま、枕元のスマホを拾い上げる。そのままデレぽに繋げて、自慢の高速タイピングで文章を打っていく。
【洗濯機の音を聞いてると、生きてるって感じがする。】
「よし、投稿っと。……あっ」
投稿ボタンを押した後に表示された時刻を見てみれば、いつの間にか午前2時前になっている。こんな時間では誰も見るわけない。
「またやっちゃったぁ……。ま、いいか。もう寝よ」
ちょうど良い感じに眠気が襲ってくる。
まだリズムが聞こえるなと思ったが、よく聞けばもう洗濯機は止まっていて、聞こえているのはぼく自身の心臓の鼓動だった。
◆ ◆ ◆
りあむが眠りに落ちてしばらく経った頃。
規則正しい寝息を立てている彼女の横で、ベッドの上に投げ出されたスマホが控えめに振動した。液晶画面には1件の通知が表示されている。
【あなたの投稿が、1人に“いいね”されました】
りあむがこの通知に気づいて、“いいね”を押した人物に事務所でウザ絡みするのは、また翌日の話。