あの日見た星の光について   作:8000

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夢見りあむと星の光

 出口の回転扉をくぐると、突然大きな風が吹いた。ドームの中と外の気圧差によって発生するドーム名物だ。すぐに冷たい空気が肌を刺して、ようやくぼくは自分が会場の外に出てきたことに気付いた。

 じゃあ出口まで歩いてきて何も考えてなかったのよって訊かれたら、実際その通り。なんでかって言うと――

 

「お"お"お"う"ううう……グズッ……ヒグッ」

 もうずっと泣いててそれどころじゃなかったから。

 

「はぁ……りあむサン、いつまで泣いてるんデスか。みっともないんでやめてくださいよ」

「だっでぇ〜〜」

 横であきらちゃんが溜息交じりに言うけど、だって溢れだしてくるものはどうしようもないとしか言い様が無い。ぼくだって止められるものなら止めたい。

「はいはいりあむさん、これで涙拭いてください」

「ありがど~~」

 あかりちゃんからティッシュを受け取り、涙を拭いて、ついでに鼻をかむ。

「でも、本当に良いライブでしたよね」

「……うん、スゴかった」

 あかりちゃんの言葉に、あきらちゃんは感慨深そうに応え、少し人の波を避けて立ち止まり後ろを振り返った。ぼくとあかりちゃんもそれに倣って振り返って、少し上を見上げた。

 

 祭りが終わっても未だに眩い光を放つ大きな屋根。

 そこには緑色の文字でTOKYODOMEと記されている。

 

「で、あきらちゃん?」

「ん?」

「答え、分かった?」

「うーん、そうだね……」

 あかりちゃんの問いかけに、あきらちゃんはドームの光を見上げたまま答えた。

「――分かんないね」

「あは♪ 私も!」

「ズコーーーッ!!」

 思わずぼくはずっこけた。思いっきり、人が大勢行き交うドームの前で。

 うう……突き刺さる目線が痛い……

「ちょっとちょっと! ここは良いライブ観てヒラメキを得た場面じゃないの!? あんなにみんな感動してたじゃん!」

「いやいや、りあむサン。確かにスゴく良いライブでしたし、ドームに特別な何かがあるのも分かりましたけど、それが具体的に何なのかは漠然としてるじゃないデスか」

「……いや、まあ、そうなんだけど」

 正論をぶつけられて、ぼくはもう黙るしかなかった

 

 

 発端は今回のライブが発表された時のことだった。

 うちのプロダクションだけでなく幾つものアイドル事務所が垣根を越えて集まる超豪華な合同ライブ。

 残念ながらぼくら3人は出演メンバーには選ばれなかったけど、そんなことはどうでも良いくらいぼくのテンションはマックスだった。

 あの765プロも含めて大物アイドルが集結し、ぼくらの事務所からも相応しい豪華メンバーが参加することになっていて、こんなのアイドルオタクとしては大興奮待ったなしなわけで。

 しかもその開催場所は、あの東京ドーム。

 アイドルの聖地と言って良い場所で一夜限りの超巨大お祭り騒ぎとなれば、もう開催前から伝説のライブ間違いなし。

 とまぁ、ライブが楽しみで楽しみでしょうがなかったぼくは、あかりちゃんとあきらちゃんにライブがどれだけ楽しみかを話していたのだけど、それを聞いていたあきらちゃんが一言訊いてきた。

 

 ――なんで東京ドームがそんなに特別なんデス?

 

 その純粋すぎる疑問に、ぼくはもう唖然としてしまった。

 しかもあかりちゃんもそれに同意するから更に横転。

 普段は地下の現場に居るぼくだけど、アイドルの聖地と言えば武道館と東京ドームっていうのはドルオタの常識だと思っている。2人がアイドルの世界に詳しくないとはいえ、そんなことも知らないとは! ってなっちゃって。

 今思えば、ぼくのオタク的な悪い所が出ちゃってたなとは思う。

 とにかく、ぼくは2人に東京ドームでライブすることがどれほどスゴいことかを熱弁した。1日借りるだけで1000万ぐらいのお金が掛かることとか、キャパがスゴく大きいからチケットを売り切るためには相当の実力が必要なこととか、過去にどんなスゴいアイドルがドームでライブをしたかとか。

 それだけ色々説明したのに、2人はやっぱりピンときてないみたいで。それにいい加減業を煮やしたぼくはこう言った。

 

 ――じゃあ、みんなでライブに行って確かめようじゃん! チケットはぼくが獲る!

 

 ……それでぼくは壮絶なチケット争奪戦をくぐり抜けて、なんとか3人分のチケットを確保した。ノリだけでなんでも言うもんじゃない。

 というわけで、ぼくたちは3人揃って東京ドームに来て、全力でライブを楽しんだってわけ。

 で、『どうして東京ドームが特別な場所なのか?』の答えは結局見つからず。楽しかったんだから良いじゃんとは思うけど、どうしてもモヤッとするよね。

 

 

「でも、余計に気になってきた、っていうのはあるかもしれないデスね」

「余計にって?」

「東京ドームが特別な理由をってこと」

 あかりちゃんの問いかけに、あきらちゃんはドームの光を見上げたままそう言った。

「正直に言って、ずっとピンときてなかったんだよね。会場によってライブへの思い入れが変わるわけでもないし、どんな場所でも全力でパフォーマンスするもんでしょ。少なくとも自分はずっとそう思ってやってきたから」

 あきらちゃんの言ったことは、確かにその通りだと思う。

 会場によってライブに籠める力が変わるというなら、大きな会場よりも小さな会場の方が価値が低いのかってことになるし、そんなことは嘘でも言っちゃいけないことだろう。

 でも――

「でも、今日観たライブは確かに何かが違ってた。客席にもステージの上にも、明らかに特別な熱気があった。あれは一体何なのか。どうやったらそれが分かるのか」

 そう語るあきらちゃんの目は、ステージに立つ時と同じくらいキラキラしてた。でも、あきらちゃんの疑問に対して、ぼくはもうちゃんと答えを返せないだろうと思った。ぼくがどんなにドームとアイドルの歴史や関係性を語った所で、それはあきらちゃんの求めるじゃないだろうから。

「じゃあ、もう実際にドームのステージに立つしかないんじゃないかなぁ。なぁんて……」

 そう冗談混じりで返したのだけど――

「あ、それ、良いじゃないですか」

「へ?」「え?」

 あまりにもあっけらかんとした声にぼくとあきらちゃんが顔を向けると、そこにはあかりちゃんが笑顔でこちらを見ていた。

「3人で行きましょうよ、東京ドームのステージ。そうすれば、あそこに何があるかわかるんですよね?」

「いやいや……あかりちゃん、そんな簡単に言うけどそもそも次のライブがいつになるかだって分からないし」

「いつだって良いじゃないですか。いつかあそこでまた今日みたいなライブやる時に3人で立てば。あ、私たちだけのワンマンライブでも良いですね」

「いやいやいやいや! 更に無茶なこと言ってない!? ぼくたちだけで東京ドーム埋めるライブなんて無理寄りの無理だって!」

「あー……それはちょっと言い過ぎたかもですけど、でも――」

 あかりちゃんはちょっと照れくさそうに笑いながら続ける。

「今日のライブを観たら私もあのステージに立ちたくなったんですもん。で、どうせなら1人よりも3人で立ちたいじゃないですか。3人一緒ならいつかきっと行けますよ。ね、あきらちゃん?」

「――うん、そうだね。3人であそこに立てたら、きっとすごく楽しい」

「うん! りあむさんはどうです?」

「え、えっと、ぼくは……」

 あかりちゃんからキラキラした瞳を向けられて、ぼくは思わず言葉を濁した。

 正直に言うと、ぼくは最初、東京ドームのステージに立ちたいなんて思いもしなかった。

 だって東京ドームだよ? 全てのアイドルにとって憧れの場所。夢の到達点。そんな場所にドルオタあがりのぼく如きが立つなんて恐れ多いにもほどがあるし、そこに立つアイドルたちの尊い姿を見るだけで充分だと思っていた。

 そう思っていたんだけど――

「ぼくは――」

 あのステージの光が今も焼き付いていて、それを見てしまったら胸の奥から熱い何かがこみ上げてきて、どうしても思ってしまうんだ。

 

 ――ぼくも、アイドルなんだって。

 

「ぼくも立ちたい……! 東京ドームのステージに3人で立ちたい! よ!」

 ぼくが言うと、2人は顔を見合わせてニヤッと笑った。それが当然だと言わんばかりに。

「じゃ、決まりデスね」

「いつかきっと」

「みんな一緒に!」

 3人揃って目線を合わし合って、誰からともなく笑い合った。笑いながら、きっと全員が疑っていなかったと思う。いつかそこに辿り着くことを。

 だって、ぼくらはいつも、なんだかんだそうやってきたんだから。

「それじゃ、帰りましょうか」

「あ~、お腹すいたンゴ」

「じゃあ何処かで食べて帰る? りあむサンが奢ってくれると思うし」

「うぇっ!? なんでぼくが!?」

「冗談デスよ。じゃあいつも通りりあむサン家に行きます? 自分も今日は東京一泊デスし」

「さんせー! 私も久しぶりにりあむさんの餃子食べたいかも」

「えー? そう言われちゃあしょうがないなぁ」

 たわいのない会話を交わしながら、人混みの中を3人で歩いて行く。

 

 背中を照らす星の光を、もう誰も振り返りはしなかった。

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