「お疲れ様です! 八神さんは2曲後出番なので、このまま待機でお願いします!」
曲が終わった直後のステージ裏は慌ただしい。
観客の歓声と次の曲のイントロが聞こえる中、スタッフがアイドルたちの順路を誘導していく。
しばらく出番がないのであれば、このまま共同待機スペースに向かいながらパフォーマンスの余韻に浸ることもできるのだが、先程の指示通り、私はこの後すぐに出番があるのでここで待機となる。
衣装スタッフさんに衣装を軽く整えてもらい、ドリンク一口飲んで一息つく。それでようやく気持ちが落ち着く。
そして、隣に目を向けて私は言った。
「どうしてまだここに居るの? つかさ」
「別にいいだろ? 邪魔にはならないからさ」
先ほどまで一緒にステージに立っていたユニットメンバーは、イタズラっ子のように笑いながら言う。それを見て私は溜め息をついた。
「邪魔になるかならないかじゃなくて、私は意図を訊いてるんだけど」
「マキノの晴れ舞台をユニットの仲間として見送りたいから、っていうのじゃ駄目か?」
「……ロジカルじゃないわね」
「そもそもアイドルのライブにロジカルなものなんて無いんじゃないか?」
「それは――」
そう返されて思わず言葉を飲み込んだ。
勘違いしないでもらいたいが、私はアイドルのライブであってもロジックこそが重要であると考えているし、常にそうであろうと心がけてステージに立っているつもりだ。
観客に感動を与えるパフォーマンスとは詰まる所、計算し尽くされた演出の結果だ。統計データに裏打ちされた効果的な演出と、それを実現させるための演者のフィジカルこそが、いつだって芸能文化の基礎だと思っている。
現に今日のステージはいつも以上に緻密な計算を必要とするステージだった。たった一歩のステップの差が演出を狂わせてしまうから、私もつかさも厳しい練習と綿密な打ち合わせを重ねてきた。
しかし、それでも今日のステージは――
「……確かに、今日は計算では測れないステージになったんじゃないかしら」
そう言うと、つかさは少し安堵したように口を綻ばせた。それを見て、私もまた一つ息をついた。
そして、つかさが何故まだステージ裏に残っているのか、その理由が分かった。
◆ ◆ ◆
そもそもの計算外は、ライブ開催前から始まっていた。
私――八神マキノと桐生つかさ、そして大槻唯の3人によるユニット、ルビーカウンテスは、今回のライブで新曲を初披露すべく練習を重ねていた。
お互いの息もステップも合い始めて、ライブが近づくとともにパフォーマンスも完成に向かいつつあったのだが、そんな佳境の中で突然問題が発生した。
唯を含む数名の出演アイドルが、体調不良によって参加見送りを余儀なくされたのだ。
幸いにも本人たちの体調は深刻な状態ではなく、あくまで大事を取ってという理由であったし、ライブの方も開催できないほどの人数にはならなかった。
しかし、当人である私たちにとっては、これ以上ないくらい深刻な問題だった。
なにより、いろいろな感情を押し殺したであろう唯の笑顔と激励は、忘れることができなかった。
それでも、そういった様々なモノを抱えながらであっても粛々とライブの準備は進んでいた。そんなある日、当日の私たちの曲をどうするのかという話し合いが開かれた。
振り付けを2人用に改変するか、あるいは全く違う曲に差し替えるか。どちらにしてもライブ本番までの時間はもう短く、あまり余裕は無い状況なのは確かだった。
「じゃあ、もうそのままで良いんじゃないか?」
煮詰まった場を切り開くように、そう声を発したのはつかさだった。
「唯の空白はそのままに、アタシたちはこれまでと変わらず3人用の振り付けで踊る。もちろん歌もそのまま、唯のパートは収録の音源を流してもらえば良い。それでどうだ?」
つかさの提案に、スタッフたちは渋い顔を見せていた。皆もちろんその案も考えていない訳ではなかったが、1人欠けてあからさまに空白が空いた状態でのダンスは、観客に違和感を抱かせる可能性が大きいという懸念があったからだ。違和感なくステージを進行するためには、3人で踊る時よりも高いスキルを要求される。大きなリスクを孕んでいる事は確かだった。
しかし、その懸念の声に対して、つかさは毅然とした態度で首を横に振った。
「パフォーマンスについては心配ないさ。な、マキノ?」
「そうね。現時点での私たちの連携の完成度は100%に近いわ。2人であっても3人の時と同じパフォーマンスを再現できる。多少の調整は必要だけど、一から構成を組み直すよりは効率的で現実的だと思う」
つかさが提案した意図を察して私はそう答えたが、答えた内容に嘘は無かった。私たちがここまで積み上げてきたものは既に完璧であると確信していたし、残りの時間を考えてもこれこそが最適解であると考えていた。
私の答えを聞いて、つかさは今度は大きく頷いた。
「アタシたちは自分のパフォーマンスに絶対の自信を持っているし、どんな条件であっても必ず成功させてみせる。それに――」
そこで言葉を句切ったつかさは、チラッと一瞬私と目を合わせ、再びスタッフたちの方を向いて口を開いた。
「来れなくなった唯や、残念に思っているファンの皆に届けたいんだよ。ルビーカウンテスの3人は、確かにこの日ステージの上に居たってな」
その一言に異論を出す者は居なかった。
その日決まった方針を元にステージの修正はまとまり、私たちは2人で描く3人のステージを作り上げるためにパフォーマンスの精度を研ぎ澄ましていった。
そして、遂に当日を迎えた。
◆ ◆ ◆
「あなた、やっぱり心配だったのね」
「何がだ?」
「私たちのステージが本当に上手くいっていたのかどうか」
つかさは、ドリンクボトルを飲もうとしていた手を止めた。どうやら推測は当たっていたようだ。
「お前の推測をズバズバ言う性格、直した方が良いと思うぜ」
そう忠告しながらも、つかさは小さく笑みを浮かべてドリンクを一口飲んだ。
「それはお互い様でしょ。あなたは自信満々なくせして心配性な所、少しは直した方が良いと思うけど」
桐生つかさは、アイドルとしてもカリスマJK社長としても、いかなる時も豪快かつ破天荒に王道を進む姿を見せてきた。しかし、その裏では常に努力を重ね、最後まで気を抜かず堅実に栄光へ登り続けている。そんな彼女の強く眩しい虚勢を、私は同じユニットとして何度となく見てきた。
今回もそうだ。何でもないような顔をしてステージをやりきったけれど、内心では本当に上手くいっているかが心配でしょうがなくて、一緒に立っていた私の同意が欲しいのだろう。
私としては、自分たちは全力を尽くしたのだからこれ以上は気にしてもしょうがないだろうと思っているし、後から観客たちの反応を見るしかないだろうと思っているのだが。
そんな私の思考を読んだのか、つかさはニヤリと笑いながら口を開いた。
「善処するよ。だが残念だったな。お前の推測には少し不足があるぜ」
「え?」
「成功していたかどうかの本当の最終確認は、これから始まるんだよ」
そう言って、つかさは空間の隅に置かれたモニターに目を向けた。私も倣ってそちらを見る。
モニターに映し出されたステージには、2本のスポットライトが当たっていた。
しかし、ステージに立っているアイドルは1人だった。
「美穂さん……」
ステージの上で、小日向美穂さんは凛とした表情で踊り始めた。ステップと共に客席側からステージ中央へ視線が移る。しかし、その視線の先にあるスポットライトの下には誰もいない。それでも彼女の目は強く輝き続けていた。
美穂さんもまた、今回私たちと同じ境遇に遭った1人だった。彼女と一緒にフェアリーテイル*マイテイルというユニットを組んでいる藤原肇さんは、唯と同じように体調不良で出演見合わせとなった。
その結果、1人で出演することになった彼女は、私たちと同じ方法を選択した。
そして今、画面の中の美穂さんは、正に鬼気迫るようなオーラを放ちながら歌っていた。純朴そうに見える彼女がアイドルに対して熱い情熱を秘めていることは知っているし、そんな彼女のステージはこれまでも何度も目にしてきたが、ここまで尋常じゃないパフォーマンスは初めて見た。
そして、その気迫がどこに向けられているのかは、誰の目にも明らかだった。
彼女の一挙手一投足は、声だけが聞こえる空白のスポットライトへと向けられている。
相棒である肇さんが居るはずだった場所。
私たち3人のステージは、入り組んだフォーメーションを軸にしていた。だから私とつかさは唯が立つはずだった空間を背中に感じながら、本来のステップを守って2人で3人のステージを表現した。
だが、美穂さんたちのパフォーマンスは「向かい合うこと」を前提としたものだ。それ故に、美穂さんはどうしても空白の空間と向き合い続けることになる。私たちよりも数倍は研ぎ澄まされた表現力が必要になるはずだが――
「……ねえ」
「ん?」
「私たちのステージも、こういう風に見えていたのかしら?」
私の問いにつかさは満足そうに笑って答えた。
「ああ、そうに決まってるだろ」
つかさにも見えている。
私も見えた。
あのスポットライトの下に、肇さんの姿を。
その時、私はつかさの意図を悟った。
つかさが確かめたかったのはコレだったのだ。自分たちのステージが外からどう見えていたのかを、同じ試みをした美穂さんたちのステージで確かめたのか。
いや、それもまた完答ではない。
自分たち以外も全員が成功していることを確認して、ようやく完全なる成功と呼べる。桐生つかさは完璧主義であり、お人好しでもあるのだ。
きっと、最初にこの演出の提案をした時も、美穂さんたちのことを考えて提案したに違いない。私たちよりも不安で悔しかったであろう彼女らのことを思い、先陣を切ってステージを演出し、演技を研ぎ澄まさせるための発破をかけた。
もしかすると、あの芳乃さんのステージの演出も、彼女による仕込みだったのだろうか。
「言っておくが、アタシは最初の提案以外何もしてないぜ」
そう言われて、私がハッとしてつかさの方を向くと、つかさは優しげな笑みを浮かべてこちらを一瞬見て、またモニターの方に視線を戻した。
「アタシはあくまで、自分のユニットのために最善策を提示しただけだ。申し訳ないけど、自分たち以外の事情に手をかけてる時間なんて無かったしな。でも、みんなそのアイデアに乗って、それぞれに自分自身がやれることを精一杯やったのさ。それにスタッフのみんなも付いてきてくれた。その結果がこれだ」
モニターに目を向けると、美穂さんの真っ直ぐな視線と目が合った。
その目はメラメラと輝きながら、それ以上にとても綺麗だった。
「アイドルは夢を見せるのが仕事だし、その気になれば幻だって生み出せる。でも、それは1人程度の思惑と仕掛けなんかじゃあ実現できない。何人もの意志が重なり合った奇跡みたいな一瞬に宿るものなんだよ」
「奇跡……」
「ハハッ……なんて、プロデューサーの受け売りだけどな。それよりもお前の時間は大丈夫かよ」
「八神さん、そろそろスタンバイお願いしまーす」
丁度、スタッフの呼ぶ声が聞こえてくた。
最後までこのステージを観ることができないのは本当に残念だが、私も届けに行かなければならない。私のステージを待っている人たちに。
「……じゃあ、行ってくるわね」
「ああ、すまん。その前に――」
「え?」
「唯にメッセ送っておくけど、なんかあるか?」
そう訊かれて、私は一瞬考えて答えた。
「絶対に目を離さないで、って送っておいて」
「りょーかい。頑張ってこいよ」
「ありがとう」
つかさに手を振って、私はステージへと歩いて行く。
ステージ袖まで来た所で、美穂さんの曲がクライマックスに入っていく。それを聴きながら、ひとつ深呼吸。
夢を見せるのがアイドルの仕事だと、つかさは言った。皆の意志の重なりが奇跡を起こし、一瞬の幻を見せるのだと。
データとロジックを信じることを信条とする私には、真逆の概念だと思う。
しかし、今日一日でどれだけの奇跡と、それが生み出す幻を見ただろうか。
そして、それを作り出した者の中には私も含まれている。
――そもそもアイドルのライブにロジカルなものなんて無いんじゃないか?
自然と笑みが浮かんでくる。
本当にその通りだ。
だからこそ、アイドルというものは本当に面白い。
歓声が響き、幕が開く。
私は、光の中へ飛び出していった。