あれから一ヶ月が経過した。ガタクは冒険者として様々な依頼を受け続け、ランクは黒の一つ手前である白に達していた。
冒険者になってから一ヶ月でここまで駆け上がるのは珍しいことであり、ガタクは良くも悪くも注目の的だ。上のランクの冒険者に絡まれて返り討ちにしたこともあれば、勝手にファンクラブが結成されたこともあった。
また、魔法について教えてくれる人が見つかったので、風属性魔法を戦闘に組み込めるレベルに達している。魔法に関して少しイレギュラーなこともあったが、ここでは割愛する。
この日もガタクは冒険者ギルドに来ていた。扉を開けて中に入ると、当然ながら冒険者達の注目を浴びる。こんなものは 見慣れた光景である。
左手に飲食店があるので、ガタクはテーブルに着くと店員を呼んで飲み物を注文する。お茶を飲みながら、どのような依頼があるか掲示板を見ていると、周囲がざわつき始め……
「そこのあなた、相席してもよろしくて?」
突然、声をかけられる。声の主である女性は相席してもいいかとガタクに聞きながらも、有無を言わさずテーブルの反対側に座ってきた。
「誰だ?」
「あら、私のことを知らないんですの? これを見てくださいまし」
目の前に出されたのはステータスプレートであり、そこには冒険者のランクが黒であると表示されている。有名人なのは間違いないだろう。
「すまんが、冒険者になって一ヶ月でな。有名な冒険者については疎い部分がある。ご教示いただけるだろうか?」
「仕方がありませんわね。私は黒ランク冒険者のレイシー……皆からは“狂犬”とも呼ばれてますわ。以後、お見知り置きを」
彼女は育ちが良さそうな言葉遣いで自己紹介する。お淑やかな雰囲気を纏っており、狂犬などという言葉とは程遠いイメージだ。
金髪縦ロールで吊り目で、スイカのような豊満な胸が特徴的なお嬢様系の美女。その背中には布でぐるぐる巻きにされた大鎌があり、禍々しい何かを感じ取ることができた。
「俺はガタク。冒険者ランクは白だ」
「ええ、存じておりますわ。一ヶ月で凄まじい勢いで成り上がる期待の新人……単刀直入に言いますわ……私とパーティを組みなさい」
「は?」
それは唐突だった。やはり、このレイシーとかいう黒ランク冒険者は狂犬だ。背中に背負う大鎌といい、お淑やかなお嬢様のようでありながら間違いなく頭のネジが何本か飛んでいる。
「構わないが、私風情でいいのか?」
「男が謙遜なんてするものではないですわ。このレイシー、あなたを見て一目惚れしましたの。私には分かりますわ。明らかに強者であると……」
ガタクは変な奴に目をつけられしまったことを理解した。しかし、彼女が強者であることも事実。一介の戦士として関心を持たないはずがなかった。そして、一言……
「分かった。応じよう」
この日、ガタクは狂犬と出会った。
「私は帝国の上流階級の家に生まれましたわ」
二人で黒ランク用のクエストを受注し、馬車で指定されたエリアへの移動中、お互いの身の上話をする場面があった。
レイシーはヘルシャー帝国という隣国の上流階級であるという。ちなみに、ここはハイリヒ王国という国の領土であり、彼女はお隣の国から渡ってきたのだ。上流階級が隣国で冒険者になるなど、余程の事情があるのだろう。
「上流階級である以上、縁談の話はよくあることでしてよ。しかし、私を打ち負かすような強い男でなければ認めませんわ」
なお、実際にレイシーを打ち負かすことができた男は未だに出てきていないのが現状である。
「そこで思いましたの。私の方から出向いて強い男を探せばいいのだと。別に、帝国の男でなくても構いませんわ」
こうして、彼女は帝国を飛び出して王国へと渡り、冒険者になったのだという。
今度はガタクが話す番である。いずれ知られることなので、自身が異世界人であることを包み隠さず話した。流石にグロンギのことは伏せたが。
「まさか、王国が召喚した以外にも異世界人が来ているとは思ってもいませんでしたわ」
レイシーによると、異世界召喚を実施したのはハイリヒ王国にある聖教教会の総本山なのだという。この世界では人間族と魔人族の戦争が行われ、その最前線がヘルシャー帝国だったりする。
「異世界人……ということは強者ということですわね。つまり、私の見る目は間違っていなかったということ……!」
レイシーは勝手にテンションが上がっている。これで完全にロックオンされたと言ってもいい。
やがて、二人はブルックの町の外れの方までやってくる。馬車を降り、しばらく歩いていくと……
「ガタク、見えましたわ」
「あれか……」
物陰から覗き込んでみると、そこには魔物が何体も屯していた。まるで単眼の巨人サイクロプスのようであり、かなり強そうだ。
「最近になって発見された新種の魔物ですわ。戦うのなら黒ランク以上は必須……一説によると魔人族の差し金だとか……」
「白ランクの俺でいいのか?」
「あなたの強さを証明するには丁度いい相手ですの。これで死ぬならそれまでの戦士だったということ……」
「なるほど……別に全部倒してしまってもいいのだろう?」
ガタクは物陰から飛び出すと、サイクロプスの方へと駆けていく。今のガタクは格闘体というバランスに優れた形態であり、目は赤く変化している。
真正面からの突撃であるため、サイクロプス達はすぐに気づいた。最も近くにいた個体が大剣を振り上げ、攻撃を仕掛けてくるが……
「たあっ!」
大地を走り抜ける勢いを乗せて跳躍し、空中で体を丸めて縦に一回転。そのまま、右脚による飛び蹴りをお見舞いする。
それは振り下ろされた大剣を一撃でへし折り、蹴り足の先端がサイクロプスの胸部に突き刺さる。強靭な肉体を貫かれ、体内の魔石を破壊された奴はその場で事切れた。
奴の胸板を左脚で蹴って右脚を引き抜いたガタクは着地する。そんな彼をサイクロプス達は包囲していた。
(超変身……)
だが、ガタクは俊敏体へと転じると高い跳躍で包囲を脱出し、いつの間にか持っていた双頭槍で一体の眼球を刺し貫いてしまう。
さらに、双頭槍を膝で真っ二つにするとモーフィングパワーを込めてノコギリクワガタのハサミのような意匠の双剣に変化させた。
その俊敏さを活かして急速接近し、鈍重かつ強力な攻撃を回避しつつ双剣で斬りつける。その刃には何故か風刃が纏われており、その素早い連撃によってサイクロプス達の強靭な肉体は瞬く間にサイコロステーキに変わった。
双剣に纏われた風刃は魔法によるものだ。本来、魔法を使うためには魔法陣と詠唱が必要となるのだが、魔法を習っている間にゲブロンが肉体を作り替え、その身一つで魔法を使えるようになったのだ。
サイクロプス達に抗う術はない。また一体、また一体と斬り刻まれて倒れていく。さらに、ダメ押しと言わんばかりにレイシーも殲滅に参加し……
「おーーほっほっほっほっほ! 斬首の時間ですわぁ!! エグゼスぅううう!!」
布を勢いよく取り去り、そこから現れた禍々しい漆黒の大鎌を横薙ぎに振り抜く。大鎌からはドス黒いオーラが迸っており、漆黒の空飛ぶ斬撃となって放たれた。
漆黒の斬撃はサイクロプスの首を一撃で斬り飛ばし、その背後にいた個体すらも真っ二つにしてしまう。
レイシーの戦闘技術は素晴らしいものだった。重量級かつ長柄の武器である大鎌は扱いが難しいのだが、自分の体の一部のように扱い、素早く回転させて命を刈り取っている。
高笑いを上げながら次々とサイクロプスを屠っていく姿は、狂犬そのもので暴力の化身だ。出会った時点でも狂犬の要素は見え隠れしていたが、あれでも抑えていたらしい。
(素晴らしい戦士だ……だが、あの鎌は……)
狂犬とはいえ、ガタクはレイシーのことを高く評価していた。しかし、彼女が振り回す大鎌を見て気づいたことがあった。
「まさか、彼女の魔力を強制的に吸い上げているとでもいうのか?」
実は、ガタクは魔法に特化した肉体に変化したのと同時に、射撃体になれば魔力の流れすら感じ取れるようになっていた。
よく見てみると、レイシーが大鎌に魔力を流しているのではなく、大鎌の方が彼女の魔力を吸い上げている。ただの大鎌ではないのだろう。
「これは、彼女に聞いた方がいいだろうな」
そう思いつつ、ガタクは剛力体に変身すると大剣をサイクロプスの胸部に突き刺して葬るのであった。