狭い路地を疾走する一台の黒いバン。ラキアはオンロードのバイクを駆ってそれを追跡していた。
バイクの名はヴラムチェイサー。ウタハがラキア専用に開発したライダーマシンである。今は何の変哲もないただのバイクに見えるが、本来の姿が存在している。
ヴラムチェイサーにはミミックキーの技術を応用した姿を変化させるギミックが搭載されており、ラキア=ヴラムという線を排除するために役立っていた。
「イブキ……必ず助ける」
ラキアがバンを追跡するのは、とある生徒を助けるためだ。会ってから数時間の間柄だが、そんなことは関係なかった。
『カップオン』
「変身」
『プディング』
『ヴラムシステム』
周囲を覆う巨大プリン型のエネルギーが切り裂かれ、仮面ライダーヴラムに変身したラキアと、黒と銀の車体にプリンを模したパーツが取り付けられたバイクが現れる。
「本当にだるい奴らだ……」
ラキア改め、仮面ライダーヴラムは相棒のヴラムチェイサーと共にバンを追跡し、路地裏を駆け抜けていった。
ラキア・アマルガはミレニアムの用務員である。実際に用務員として働きながらも、ヒマリやミレニアム生徒会の依頼を定期的に受けていた。
その依頼の多くは仮面ライダーヴラムとして活動するものであったため、SNS上で目撃証言が上がる程だ。
このままでは不審者なので、ヒマリが裏で手を回して“仮面ライダー”という名称をSNSに広め、今では都市伝説的な存在として浸透するようになっている。
そんなラキアだが、今日は非番だった。ミレニアムの郊外にあるプリン屋で数量限定のプリンが販売されるというので、さっそく向かったのだが……
「だる」
開口一番、いつもの口癖が飛び出した。目の前では、生徒達がプリンを巡って激しい銃撃戦を繰り広げていたのだ。
もはや、スケバンもお嬢様学校の生徒も関係ない。様々な肩書の生徒が集い、手榴弾や装甲車すら持ち出して争っている。これはキヴォトスでは珍しくない光景だ。
ここに突っ込むのは面倒なので、ラキアは遠くから眺めていた。数時間後、ようやく争いが終わったので、戦いの果てに倒れてプリンを買えなくなった本末転倒な生徒達の間を通ってプリン屋へと入る。
「最後の二つか……危なかったな」
最後に残っていたのは二つのプリン。ラキアはそれを購入し、好物のプリンを買えたことに心躍らせて店を出た。すると……
「大好きなプリン、売り切れちゃったの? イブキ、せっかく買いに来たのに……」
ラキアの耳が、悲しそうな声を捉えた。見れば、プリン屋のカウンターの前に一人の幼女がいる。悪魔の角と尻尾と翼を生やした金髪で、明らかにブカブカな上着で萌え袖になっていた。
ふと、ラキアは紙袋の中のプリンを見る。二つ入っており、自分が二つ買わなければ彼女も買えたのだろう。
「だる。仕方ないか……」
罪悪感を覚えたラキアは踵を返して幼女の元へと向かう。彼女に話しかけ、プリンの片割れを差し出した。
「おい、良かったら食べるか?」
「え、いいの!? ありがとう、お兄さん!」
「俺もプリンは好きだからな。それに、幸せは独占するのではなく分け合うものだ」
「ねえ、イブキと一緒に食べようよ! プリン好きのお兄さんとお話したいな」
こうして、ラキアはイブキという幼女と一緒にプリンを食べることになった。
「おいしい! イブキね、このプリンが食べたかったんだ!」
「そうか、良かったな」
ラキアはプリンを食べるイブキを優しく見守る。まるで、妹の面倒を見る兄のようであり、微笑ましい光景だ。
(コメルが生きていたら、一緒にプリンを食べたかったな……)
ラキアはイブキの姿に、今は亡き弟の姿を重ねていた。
コメル・アマルガ。ストマック社の闇バイトとして人を攫うも、過ちに気づいて足を洗い、最後は見せしめとして粛清された最愛の弟だ。当初、ラキアは弟を殺した犯人に復讐するために闇バイトとして潜入していた。
すでに仇は仲間と共に倒しているが、失った眩しい瞬間は決して戻らない。最後の戦いでは、自らを犠牲にして弟の元へと向かうつもりだった。
「へえ、ラキアお兄さんは外の世界から来たの!? 先生と同じだね!」
「先生……よく聞く名だ」
生徒達と話すと、必ずといっていい程に“先生”という言葉を聞く。少し前に外の世界から呼ばれてきた存在で、超法規的組織シャーレの顧問をしているらしいが、会ったことはない。
「その先生はいい奴か?」
「うん、とっても優しい!イブキと遊んでくれるし、一緒にいると楽しいの!」
少なくとも先生とやらは悪人ではなさそうだが、ストマック社やグラニュート界の大統領といった悪い大人を見てきたので、少しの警戒もあった。
「ねえねえ、イブキとモモトーク交換しようよ。プリンの情報を共有したいな」
「あぁ、そうだな」
ラキアはスマホを取り出す。キヴォトスではモモトークという通信アプリが一般的であり、誰もがこれで連絡を取り合っている。
ラキアも当然ながらモモトークをダウンロードしており、イブキと連絡先を交換する。彼女のプロフィールには、ゲヘナ学園の文字が確認できる。
ゲヘナ学園はキヴォトスの中でも強い勢力を持つ学園の一つである。三大学園といい、ミレニアムサイエンススクールもその一角だ。
「イブキね、ゲヘナの生徒会に所属してるの。本当は初等部なんだけど、能力が凄いって褒められて飛び級したんだ」
「生徒会か……飛び級といい、イブキは凄いな」
生徒会はその学園の政府だ。そこに所属しているイブキは間違いなく要人であり、飛び級しているのでかなりの能力の持ち主なのだろう。
「えへへ、ありがとう!」
二人の平和な時間が流れていくが、眩しい瞬間はいつまでも続くわけではない。お互いに予定というものがあり、お別れの時間がきたのだ。
「ラキアお兄ちゃん!またね!」
「ああ、またな」
イブキは手を振ると帰っていく。ラキアはその小さな背中を見送り、バイクへと戻ろうとするのだが……
「やはり心配だ。見てきてくれ」
ラキアは胸騒ぎを感じ、イブキを見守るためにプリンとゼリーのゴチゾウを放つ。二体は彼女に気づかれずに尾行を開始する。
やがて、鼻歌交じりに裏路地を通過していたイブキが出口に差し掛かる。すると、彼女の目の前に勢いよく黒いバンが停車し、中から出てきたオートマタや獣人の男達によって引きずり込まれてしまった。
その光景を見たプリンとゼリーは互いに顔を見合わせると、二手に分かれる。プリンは大急ぎでラキアの元へと戻り、ゼリーはドアが閉まる前にバンへと飛び込んだ。
「なに、イブキが拐われた?」
報告を受けたラキアはヴラスタムギアを事前に装着し、ヘルメットを被ってヴラムチェイサーに乗り込み、追跡を開始した。
黒いバンが停車したのは、とある古びた倉庫の中であった。
「イブキ、どうなっちゃうの?」
「悪いな、ガキ。お前にはこれから人質になってもらうぜ」
「まさか、このチビが万魔殿の議員とはな。小さなガキ一人捕まえるだけで身代金が手に入る。美味しい商売だな」
イブキが誘拐された理由は身代金だった。三大学園の要人となれば、重要度は高いもの。幼いということもあり、格好の獲物だ。
「そんな……マコト先輩、イロハ先輩……助けて……」
「なに、先輩とは会えるぜ。身代金をきちんと払ってくれればな。慌てふためく姿が想像できるぜ」
イブキに為す術はない。銃も取り上げられているので抵抗できず、怯えるだけだ。しかし、ヒーローは必ず現れる。
「残念だが、美味い商売は終わりだ」
「お、お前は!?」
倉庫に踏み込んできたのは、プリンの意匠を持つ戦士。誘拐犯はその姿に見覚えがあった。
「まさか、黄色の死神なのか?」
仮面ライダーヴラムは裏社会の連中から死神として恐れられている。鎌のような武器を振るい、いくつもの犯罪組織を壊滅させてきたからだ。
「どうする?誘拐に二度と手を染めないか……この場で俺に倒されるか……」
「うるせえ!こんな美味い商売、止められるはずがないだろう!」
「そうか、分かった」
ヴラムはヴラムブレイカーを構え、誘拐犯へと歩いて接近する。当然、奴らはイブキに銃を突きつけて脅してきた。
「てめえ、こっちに来るんじゃねえ!こいつが怪我してもいいのか!?」
「はあ、だる……」
しかし、イブキの上着の中で小さな何かがガサゴソと動き、勢い良く外に飛び出すと誘拐犯達に体当たりを仕掛けて撹乱する。
「イブキ、こっちだ!」
小さな何か……ではなく〈ぷるゼリーごちぞう〉が暴れた隙にイブキは逃げ出し、ヴラムの後ろに隠れた。
「おい、今すぐ走って逃げろ。警察学校に通報するんだ」
「うん、分かった!ありがとう、
イブキはそのまま走り去っていく。その場に残されたのは、人質を失った誘拐犯達とヴラムのみ。
「これで人質はいなくなったな」
「うるせえ、プリン野郎!てめえを道連れにしてやればいいだけのことだ!お前ら、やっちまえ!」
「だる」
男達はアサルトライフルを持ち出し、一斉に銃撃を浴びせてきた。ヴラムブレイカーを素早く回転させて防ぎ、踏み込みと同時に斬り捨てる。
「クソっ、なんて動きだ!?」
地面を蹴って後方に飛び退きつつ、エネルギーアローを連射する。空中での射撃にも拘わらず狙いは正確で、頭に直撃させて確実に意識を刈り取っていた。
「たまには使うか」
『カップオン』
ヴラムは〈ぷるゼリーゴチゾウ〉を呼び寄せ、そのままヴラスタムギアにセットしてレバーを下げる。
『ゼリー』
『ヴラムシステム』
ヴラムの周囲をゼリーカップが覆い、内部を透明なピンク色の液状エネルギーが満たす。ヴラムブレイカーで内側から蓋を開封し、飛来したスプーンによってゼリーが切り裂かれる。
ピンク色のゼリーの中から現れたのは、ピンクの装甲を装備したヴラム。仮面ライダーヴラム、ゼリーカスタムである。
「変わった!?」
『カップ・レディ』
上げられていたヴラスタムギアのレバーを上げ、ゼリーカスタムの技を発動する。ギアから伸びた二本の触手が胸に突き刺さり、彼は透明化した。
『インビジブル・ゼリー』
「ど、何処に消えた!?」
「とりあえず撃ちまくれ!」
銃弾が様々な方向に放たれるが、透明化したヴラムに当たることはなく、死角より振るわれる鎌の一撃を受けて次々と倒されていく。
「ぐあっ!?」
「ぎゃっ!?」
「く、来るな!うわぁ!?」
説明しよう、ゼリーカスタムは二本の触手によって使用者の心臓を一時的に停止させ、その間のみ透明化することができるのだ。
(ぐっ……やっぱりだるいな)
当然、透明化するとラキアには苦痛が襲いかかる。場合によっては命に関わるものであるため、長時間の使用は推奨されない。
「くそっ、こんなところにいられるか!」
ゼリーカスタムに仲間が蹂躙されるのを見た、誘拐犯のリーダー格であるオートマタは、彼らを見捨てて倉庫から逃げ出すと黒いバンに乗り込んで走り出す。
『ゼリー・オーバー』
実体化したヴラムは倉庫の外へと出て、プリンカスタムへと再度変身。ヴラムブレイカーにゴチゾウをセットし、走り去るバンを見据える。
『セット』
ヴラムブレイカーのレバーを最大まで引き絞り、手を離すことで必殺技を発動。複数のエネルギーアローが解き放たれ、一斉にバンへと向かっていく。
『ヴラムシューティング』
全てのエネルギーアローが逃走するバンに着弾。誘拐犯のリーダーは爆発に巻き込まれ、空高く吹っ飛ばされた。
「これで仲間外れにはならないな」
遠くからパトカーのサイレンが聞こえてくる。イブキが通報したのかは分からないが、警察と関わるつもりはないため、バイクに乗って走り去った。