俺の妹(ユウカ)可愛すぎだろ   作:コットンサンダー

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甘やかし育成計画、始動

 俺が転生し、最愛の妹ユウカと運命の邂逅を果たしてから、数年の歳月が流れた。

 俺は六歳、ユウカは五歳。二人して同じ幼稚園に通う、それはそれは仲の良い兄妹として、ご近所でも評判だった。

 

 無論、その評判の裏に、俺の異常なまでの妹愛が隠されていることなど、誰も知る由はない。

 

 俺の人生は、完全にユウカを中心に回っていた。

 朝、ユウカより早く起き、彼女が目覚める瞬間を見届けることから一日が始まる。夜、ユウカが寝付いた後、その天使のような寝顔を心ゆくまで堪能し、一日の幕を閉じる。

 その間に行われる全ての行動は、『いかにしてユウカを褒め、甘やかし、自己肯定感を天元突破させるか』という、ただ一つの目的に集約されていた。

 

 人はこれを『甘やかし育成計画』と呼ぶッ!

 …いや、俺が勝手にそう呼んでいるだけだが。

 

 そして今日、その計画がネクストステージへと移行する、記念すべき日となった。

 

「お兄ちゃん、見て! かけたよ!」

 

 リビングでお絵描きをしていたユウカが、クレヨンを握りしめたまま、一枚の画用紙を誇らしげに掲げて見せてきた。

 

 キタッ! 俺の出番だ!!

 

 俺は読んでいた絵本を恭しく閉じ、ユウカの正面に回り込むと、厳粛な面持ちでその画用紙を受け取った。

 

 そこに描かれていたのは、子供らしい、実に微笑ましい絵だった。

 ぐにゃりと歪んだ線で描かれた家。その横には、棒人間としか形容しようのない家族四人。そして、画面の右上には、にっこりと笑みを浮かべた太陽が燦然と輝いている。

 

 凡人ならば、「上手だね」の一言で終わらせるだろう。

 だがッ! 俺は違う! 俺は早瀬ユウカのお兄ちゃんだぞ!?

 

 俺は画用紙を掲げ、まるでルーヴル美術館のキュレーターが新たなる至宝を発見したかのような、真剣極まりない表情で作品を吟味し始めた。

 

「……ユウカ」

 

 俺は、感動に打ち震える声で、妹の名を呼んだ。

 

「これは……これは、傑作だ」

 

「え?」

 

 きょとん、とユウカが小首を傾げる。ああ、可愛い。その仕草だけで白米が三杯はいける。いかんいかん、今は作品の批評に集中せねば。

 

「まず、この大胆な構図。画面中央をあえて空けることで、見る者に無限の想像の余地を与えている。そして、この生命力に満ち溢れたタッチ! 一本一本の線に、魂が宿っているのが分かるか?」

 

「……せん?」

 

「そう、線だ! 例えばこのお父さんの輪郭線! まるで荒ぶる野生の獣のような、原始的なエネルギーに満ちている! これは現代社会で戦う父親の、内に秘めた闘争本能を見事に表現している!」

 

 俺が棒人間の父親を指差して熱弁すると、ユウカは「ぱぱ…」と呟いた。その通りだ、ユウカ! お前の慧眼は、すでに父の本質を見抜いているのだ!

 

「さらに驚くべきは、この太陽だ!」

 

俺は、にこやかに笑う太陽を指差す。

 

「凡百の画家は、太陽を単なる光源としてしか描かない。だが、お前は違う。この太陽は、笑っている。これは、混沌とした世界を照らす希望の象徴であり、万物への慈愛に満ちた、神の視点そのものだ! ゴッホが見れば、あまりの感動に三日は泣き続けるだろう!」

 

「おひさま、わらってるの」

 

「その通りだ! なんという深遠な洞察力! お前は、わずか五歳にして、この世界の真理を捉えている! ユウカ、お前はただの幼児ではない! 天才だ! ピカソの再来! いや、ピカソを超えた!」

 

 俺は興奮のあまり立ち上がり、その絵を天に掲げた。

 

「母さん! 父さん! 大変だ! うちに国宝が誕生したぞ!」

 

 リビングのソファで寛いでいた両親が、呆れたような、それでいて微笑ましいものを見るような、複雑な表情でこちらを見ていた。

 

「アキトは本当にユウカちゃんのことが好きなのねえ」

 

「ああ……。将来が少し心配になるくらいにはな……」

 

 両親の心配など、今の俺には些細なことだ。俺はすぐさま工具箱を持ってくると、その絵を額縁に入れ、リビングの一番目立つ壁に厳かに飾り付けた。

 

「よし。これで我が家の家宝、第一号だ」

 

 俺が満足げに頷くと、ユウカは「えへへ」と嬉しそうに笑った。

 

 その笑顔、プライスレス。

 この笑顔を守るためなら、俺は悪魔にだって魂を売ろう。

 

 『甘やかし育成計画』第一段階、『芸術的才能の肯定による自己肯定感の醸成』は、完璧な成功を収めた。

 

 

 計画が次の段階へ進んだのは、それから数週間後のことだった。

 幼稚園から、初めての『宿題』なるものが出されたのだ。内容は、ごく簡単な足し算。

 

『1+2=』

 

 大人からすれば、赤子の手をひねるより楽な作業だ。

 だが、五歳のユウカにとっては、人生で初めて直面する、論理の壁だった。

 

「うーん……」

 

 リビングのローテーブルで、ユウカは小さな眉間にしわを寄せ、うんうんと唸っている。アヒルの形をした鉛筆の先が、答えを書くべき空欄の上を、頼りなげに彷徨っていた。

 

 その姿を目撃した瞬間、俺の兄レーダーが、レベル5の緊急事態を告げた。

 

(まずい! ユウカが『分からない』という壁にぶち当たっている! ここで挫折感を味わわせてしまえば、彼女の輝かしい未来に影を落としかねない!)

 

 俺は音もなくユウカの隣に滑り込むと、そっとその小さな肩に手を置いた。

 

「どうしたんだい、我が愛しき妹よ。未来の数学界を統べる女王が、何を悩んでいる?」

 

「お兄ちゃん……これ、わかんない……」

 

 ユウカが、潤んだ瞳で俺を見上げてくる。

 

 ああ、いけません! お客様! その表情は、俺の庇護欲を無尽蔵に掻き立てしまいますっ!

 

「ふむ。『1+2』か。なるほど、これは神がユウカに与えた、最初の試練だな」

 

「しれん?」

 

「そうだ。だが、恐れることはない。ユウカ。よく見るんだ。この数字たちを」

 

 俺は、問題用紙の数字を、そっと指でなぞった。

 

「彼らは、お前の敵ではない。彼らは、お前の忠実なる(しもべ)。彼らは、偉大なる支配者である早瀬ユウカに、正しく導かれることを、今か今かと待ち望んでいるのだ」

 

「……?」

 

 ユウカの頭上に、巨大なクエスチョンマークが浮かんでいるのが見える。いいぞ、混乱している。混乱は、新たな概念を受け入れるための準備段階だ。

 

「いいか、ユウカ。この『1』は、孤独な兵士だ。そして、この『2』は、彼を助けに来た援軍だ。孤独だった兵士と、援軍が力を合わせれば、彼らは何になる?」

 

「……つよくなる?」

 

「その通り! 素晴らしい洞察力だ! では、どれくらい強くなる? その強さを、数字で表すんだ! 感じろ、ユウカ! お前の脳は、この世のどんなスーパーコンピューターよりも優れた、奇跡の演算装置なのだ! その潜在能力を、今こそ解放する時だ!」

 

 俺は、まるでカリスマ伝道師のように、熱く、情熱的に語りかけた。俺の気迫に押されたのか、ユウカはごくりと喉を鳴らし、再び問題用紙に視線を落とす。

 そして、小さな手で鉛筆を握りしめると、震える線で、空欄に一つの数字を書き記した。

 

『3』

 

 その数字が書かれた瞬間、俺は叫んだ。

 

「で、できたああああああああっ!!」

 

 俺はユウカを軽々と抱き上げ、その場でくるくると回った。

 

「見たか! 見たか世界! これが早瀬ユウカの実力だ! 彼女は、数学という名の混沌に、秩序の光をもたらした! なんというエレガントで、パーフェクトで、ビューティフルな解答だ!」

 

「お、お兄ちゃん、めがまわる……」

 

「ははは! 祝杯をあげよう! 今日は人類が、また一つ、新たな知の扉を開いた記念日だ! アルキメデスの再来! いや、ピタゴラスの転生か!? さすがは俺の妹だ!」

 

 俺はユウカを降ろすと、その小さな頭を、壊れ物を扱うかのように、優しく、しかし最大級の敬意を込めて撫でた。

 

「よくやったな、ユウカ。この感覚を忘れるな。数学の世界は、お前が統べるべき、お前の王国なのだから」

 

「……うん!」

 

 ユウカは、満面の笑みで頷いた。

 その笑顔を見て、俺は確信する。

 『甘やかし育成計画』第二段階、『学習への成功体験を通じた万能感の植え付け』もまた、大成功であると。

 

 

 そして、計画の総仕上げとも言うべき夜がやってきた。

 

 その日は、嵐だった。窓を叩きつける激しい雨音。時折、空を引き裂くように轟く雷鳴。

 子供にとっては、恐怖以外の何物でもないだろう。

 

 案の定、隣のユウカの部屋から、くぐもった泣き声が聞こえてきた。

 

「……ひっく……こわい……」

 

 両親が寝室から出てくるよりも早く、俺は行動を開始していた。

 音もなく自室のドアを開け、廊下をゴ○ブリのごとく素早く滑り、まるで最初からそこにいたかのように、ユウカの部屋のドアを開ける。闇の中で、ベッドのシーツにくるまって小さく震える影があった。

 

「恐れるな、我が姫君よ。汝の騎士が、ここに来た」

 

 俺が芝居がかった口調で言うと、シーツの塊がびくりと揺れた。

 

「……おにー、ちゃん……?」

 

「いかにも。この俺だ」

 

 俺はベッドサイドの小さなランプをつけると、状況を冷静に分析した。

 

(敵性存在は『悪夢』および『雷鳴』。物理的攻撃力は皆無だが、精神汚染能力は極めて高い。これより、対精神攻撃用の防衛プロトコルに移行する)

 

 まず、俺はシーツを優しく剥がし、震えるユウカをしっかりと抱きしめた。

 

「第一段階、『兄による抱擁』。安心感の供給を開始。大丈夫だ、ユウカ。俺がいる」

 

 次に、彼女の身体を布団で隙間なく包み込む。

 

「第二段階、『布団シールド』を展開。この快適繊維マトリクスは、あらゆる負のエネルギーを吸収、無力化する。これで悪夢の侵入は不可能だ」

 

 そして、俺は彼女の小さな手を、両手で包み込むように握った。

 

「最終段階、『兄の温もりバリア』を起動。フィールド安定度、120%。このバリアを突破できる怪物は、この世のどこにも存在しない」

 

 俺の、我ながら完璧な防衛体制に、ユウカの震えは少しずつ収まっていった。

 

「……ほんと?」

 

「ああ、本当だ。俺が保証する」

 

 俺はユウカの隣に腰掛け、子守唄をハミングしながら、彼女の状態を注意深く観察する。

 

(心拍数、徐々に安定。呼吸も正常化。頬の紅潮は恐怖からの名残か。シャンプーのストロベリーの香りが、俺の理性を今にも崩壊させようとしているが、なんてことはない。データとして記録ッ!)

 

 やがて、安心しきったユウカの呼吸が、穏やかな寝息に変わった。

 

「お兄ちゃん……」

 

 寝言で、俺を呼ぶ声。

 その声が、俺の心の最も柔らかい部分を、優しく締め付けた。

 

「ああ、ここにいるぞ、ユウカ。ずっと、お前のそばに」

 

 俺は、彼女が完全に眠りに落ちてから、さらに一時間はその場を動かなかった。

 月の光に照らされた、あどけない寝顔。

 規則正しい寝息。

 ミルクと太陽の匂いが混じり合った、甘い香り。

 

 これだ。

 これこそが、俺がこの世界に生まれた意味。

 彼女に必要とされること。彼女の安心の拠り所であること。彼女の世界の中心が、この俺であること。

 

(この温もり、この無防備な信頼……。うーん、たまらんッ!)

 

 歪んでいると、誰かが言うかもしれない。

 異常だと、誰かが笑うかもしれない。

 

 だが、構わない。

 この絶対的な幸福感の前では、世界の常識など、何の意味も持たないのだから。

 

 俺は、眠るユウカの額に、そっと優しいキスを落とした。

 

 『甘やかし育成計画』第三段階、『精神的依存の確立』。

 今夜、その礎は、完璧に築かれた。

 




分かっててやってる奴が一番タチ悪いよね
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