わたしがマスターになれるわけないじゃん、ムリムリ!(※ムリじゃなかった!?) 作:くそじらいせいせいき
もし、あなたが原作未読であるのならばこんな見えてる地雷のことなど忘れ、すぐさまここから引き返して本屋に行くなりネットで通販だったり電子書籍を買うなりアニメを見るなり漫画を読むなりすることを強く推奨する
◇
ボクには妹がいる。それもボクよりほんの少しだけ遅れて生まれてきたかわいい妹。れな子。
ボクと同じ桃色の髪に同色の瞳。愛らしい顔立ちに歳不相応にたわわに育った双丘。頭の方はボクに似てちょっとだけアレだけど、それもまたかわいいよね。そんな誇張抜きに目に入れても痛くないほどかわいいボクの妹だけど、ボクがとある事情で学校を休学していた間。彼女は次第に不登校ぎみになり日々を惰性に過ごすことが多くなっていたそうだ。
すべてを投げ出し自分の殻に閉じこもってしまった彼女。その原因はおそらくというか確実に中学校のクラスメイトにあるのだろう。しかし非常に残念ながら今年は別のクラスであったし、中学に入ってしばらくしたころから彼女はボクのことを避けるようになってしまっていた。
幼い頃はボクの真似をしたり後ろをついて回るかわいい子だったのに。いつのころからか彼女は物事を斜に構えたようなまるで光を恐れるかのごとく自分を卑下し卑屈になっていった。
光と陰。ボクたちはまるで太陽と月のごとく双子であるにも関わらず正反対の性格となってしまった。まぁ二卵性で男女の違いというのもあるのだろうか。
昔は兄妹仲は悪くなかった……と思いたい。家では話しかければ返してくれたし、学校では避けられてあまり会話できなかったが。その結果がこれだと思うと悔やんでも悔やみきれない。
――ボクが守ってあげなきゃダメだったのに。
ボクにどうにかできるかわからないけれどそれでも、どうにかしてあげたくて。ボクは学校を休んだ。ずる休みだ。もう一人の二つ歳が離れた(これまたかわいい)妹にはあまりいい顔をされなかったが……それでもボクはれな子と腹を割って話しをするため、引きこもってしまった彼女の部屋の扉に手をかける。
「れな子、入るよ」
悪いとは思いながらもノックすらせず押し入った。
カーテンを閉め切った暗い部屋にはモニターからの光だけが毛布を被って何らかのゲーム機のものであろうコントローラを握る妹の姿を照らしていた。
「ぅえ、お、お兄ちゃん……どうして? だって、時間」
「学校なら休んだよ。れな子と同じずる休み、お揃いだね。それより、話良いかな?」
「話すことなんて……」
ばつが悪そうに彼女は俯きぼそぼそと何事かつぶやいた。おそらく『放っておいてよ』だろうか。
「放っておかないよ。だって、ボクのかわいい妹が泣いているんだから。放っておけるわけないじゃん!」
「わたし、泣いてなんか」
「泣いてるよ、心が。辛い、苦しいって助けを求めてるのが痛いほど伝わってくる」
「そ、そんなことない! わたしは…………ぅううううう!」
「れな子。苦しいなら言ってよ。辛いならボクにぶつけてよ。ボクがキミを絶対助けてあげるから!」
「お、お兄ちゃん……本当? 嫌ったりしない? わたしコミュ障の陰キャでブスで引きこもりで迷惑ばっかりかける寄生ちゅ――」
「ふざけるな。ボクのれな子がそんなわけない! 仮に誰かがキミをそう蔑んだとしてもボクにとってれな子は世界で一番かわいくて大切な存在だよ。だから、キミの願いを言って」
「お``に``い``ち``ゃ``ん``っ``……ッ!! たす、けて」
「わかった。助けるよ。遅くなってごめん」
えぐえぐとしゃくりついには大粒の涙と鼻水を流しながらこちらに抱き着いてワンワン大声をあげるれな子の頭を優しく撫でる。落ち着くまで背をもう片方の手で摩ってやりつつ、随分と大きくなったものだ。と感慨深い気持ちになる。この世界に生まれてはや一三年。いまだ幼さを残す少女の剣となり盾となる――うん。十二勇士の名に恥じないようにしなくっちゃ。
「それじゃあ、そろそろ落ち着いたみたいだし聞かせてもらおうかな?」
「ぅ……うん。あのね――」
◇
わたしこと甘織れな子には双子の兄がいる。
わたしみたいな陰キャでなんの取柄もない普通以下な女の子よりもずっとずっとかわいくて、本当に男の子なのか知っていてもたまに忘れてしまうくらいに
小学生のころはまだ良かったなぁ。兄の妹というだけでみんなにちやほやされていたっけ。先生もクラスメイトも近所の人だってみんな兄のファンだった。わたしはそのおこぼれを貰っていただけ。まさに虎の威を借りる狐そのもの。
中学生になって嫌われるのも時間の問題だった。一年が過ぎ、二年目の秋。
最初は調子に乗ってる。だとか生意気だとか。言い返さないわたしに気をよくしたのか次第にエスカレートして行き、ブスの妹をもって兄がかわいそうだとか色々言われたっけ。
――そんなのわたしが一番思ってるよ。わたしなんかがお兄ちゃんの妹だなんて前世で一体どんな徳を積んだのかわかんないくらいに幸運なことだし。
初めて悪意を持った存在を知った時、すごくすごく。怖かった。
わたしは耐えた、耐えられた。だって、お兄ちゃんの妹だから。どんなひどいことを言われたって家に帰ればわたしにはお兄ちゃんがいてくれる。だから――
『なぁ甘織……あす
『あ! 私も私も!
『えずるい! 私のこともお願い!』
わらわらと砂糖に群がるアリの様に薄汚い女どもがそろってぎゃははと下品に笑い声をあげた。
――ふざけるな! お前らみたいなやつらをあの人に会わせるもんか!
あまりの怒りに頭が沸騰した。きつく握った拳、その手のひらには爪が食い込み血が流れる。わなわなと肩を震わせるだけのわたしに追撃をするかのごとく女は口を開いた。
『お兄ちゃん盗っちゃったらごめんねぇ甘織?』
その瞬間。最悪の未来が脳裏を駆け抜けた。兄の隣に黒塗りになった誰かがいて、わたしじゃないその誰かに優し気な笑みを浮かべ、そして――
――盗られる。嫌だ。イヤ、いや嫌だ! わたしのお兄ちゃんなのに。ほかの誰かのものになるなんて嫌だ。ムリだ。そんなの絶対無理!!!!
怒りの感情なんてどこかに行ってしまった。頭が真っ白になって、何も考えられない。自分でも血の気が引いていくのを感じた。気持ちが悪い。胃の中がぐちゃぐちゃグルグル回っているような気さえしてくる。
それでも、なんとか踏ん張った。頭はガンガンとハンマーか何かで殴られているかのように痛いし、喉にはぐつぐつとしたマグマみたいに熱い胃液がこみ上げて来ていた。
わたしは涙をこらえ口元を抑えて走って逃げた。後ろからは女たちのぎゃははという汚い笑い声が廊下を響き渡っていた。
◇
「――これが、その。わたしが休んでる理由……です」
懺悔をする敬虔な信徒のように両手を組み、れな子はその顔を悲痛に歪ませながら語り終えた。
「あの、その……お兄ちゃん?」
「は、ハハハ。アハハハハ!」
「えっと……」
ふざけるな。ふざけるな。ふざけるな! 怒りでどうにかなりそうだ。自分の無能さにも腹が立つ。れな子が苦しんでいるときお前は何をしていた? 何もしていない何もしてあげられていない。何が守ってあげなきゃだ。寝言は寝て言え、馬鹿馬鹿しい。れな子はボクを守ってくれたんだ。慣れない悪意にさらされてなお、自分可愛さにボクを売らなかった。ボクを差し出せば自分は助かるかもしれないのに。
その精神性はまるで――
「マスターに相応しい」
「?」
「いや、それよりごめんね気づいてあげられなくて。ボク、お兄ちゃん失格だね」
「え違っ! お兄ちゃんは何も悪くない! わたしがうまく立ち回れてたらこんなことにはならなかったし、お兄ちゃんが失格ならわたしなんて……」
「ありがとう。でも、ボクも妹はれな子が良い。ああ、もちろん
「うん!」
それじゃあ、どうやって懲らしめてやろうかな。なるべく荒事はれな子に見せたくはないし、ここはひとつ。あの手で行こうか。そのためには――
「れな子。どうかボクのマスターになってほしい」