わたしがマスターになれるわけないじゃん、ムリムリ!(※ムリじゃなかった!?) 作:くそじらいせいせいき
◇
斯くしてわたしは
そして、入学式当日。心機一転頑張るぞ! と改めて気合を入れて
「や! れな子。おはよう」
後ろからかけられた馴染みのある声に振り向きこちらも「おはようお兄ちゃん」と返す。
そこには男子用の制服を身に着けた兄がいた。ここ一年ほどメディアに多く出ることになりセキュリティ上の問題がだとかわたしとの関係がバレたりとか他様々な思惑があって兄は今年に入ってから一人暮らしを始めており、顔を合わせるのは久しぶりのことだ。
「制服姿もかわいいね。れな子」
「はいはい、ありがと。お兄ちゃんは……スカート履いてないのがすっごい違和感あるよ。案の定遠巻きに色々言われてるし」
「すっげーかわいい女子がいる」だとか「あの子どっかで見たことあるような?」とか他沢山のざわめきが起きていた。
「まぁそのうち慣れるよ。多分。ところで、一緒のクラスみたいだしそろそろ教室に行かない?」
「そだね。移動しよっか」
連れだって歩く兄の横顔に安心感と嬉しさを感じながらわたしたちは道中他愛もない会話を続けて一年A組の教室までたどり着いた。扉を開くとそこには――
『美』があった。時が止まったかのような静寂の中。彼女はそこにいた。陰キャのわたしですら雑誌とかテレビで見たことのある人物だった。枝毛一つない黄金色の髪。宝石のように澄んだ瞳。女神のごときその顔には優し気な笑みが湛えられており、見る者すべてを魅了し尽くすほどだ。
「おや、キミは……確か」
「しー」
隣を見れば人差し指を立て口元に当ててウインクする兄の姿があった。かわいい。じゃなくてどゆこと? もしかしてお知り合いだったりするの!? この芸能人もびっくりな美人さんと!? って、そういえばお兄ちゃんも今は芸能人だったっけ。
そんな思念が伝わったのか、『後で説明するよ』と返事が脳内に届いた。『それよりチャンスじゃないか』と続けて念話で話す兄。『彼女ならキミが求める友達として適任だと思うよ。キミが目指す陽キャを超越した存在だし』
いやいやいや。ムリでしょ。こんなオーラ纏ってる様な人と急ごしらえの元陰キャのわたしがお友達に? ムリムリ!
……って前のわたしなら尻込みしてたんだろうなぁ。でも、わたしは決めたんだ。胸を張ってお兄ちゃんの隣に立てるようになりたいと。マスターになって、まだまだ未熟だけど魔術もちょっとは使えるようになって自信もついた。
髪や顔や身体も欠かさず手入れしてるし、今朝も天然陽キャの妹や母にだって褒められた。わたしは陽キャになってこの高校で青春を謳歌するんだ! だから――
「は、初めまして。わたし、甘織れな子って言うんだけど……お友達に、なりませんか!?」
「ああ勿論だとも。こちらこそ、これからよろしく頼むよ。れな子」
勇気を出した言葉は存外あっさりと受け入れられ、彼女の太陽のようなまぶしい笑顔に危うくノックアウトされるところだった。顔が良すぎる……一体今までどれほどの人たちを落としてきたのだろうか。っは! まさか、お兄ちゃんも落とされているのでは!?
「ないない。ボクはれな子一筋だからね」
思考が漏れていたのかどこか呆れたような表情を浮かべながら否定の言葉を口にしたお兄ちゃんに安堵する。
いや、別に? 心変わりを疑ったりしたわけじゃないし、そもそも告白の返事をうやむやにしてずるずると今日に至っても出せないわたしにも少しは悪いところはあると思うし?
嘘。ちょっとだけ心配した。今回の件だけじゃなくて引っ越しで物理的に距離が離れたこともそうだし、助手をしているのが同い年くらいの女子だって判明したのも要因の一つだと思う。
「なんの話だい? 私も混ぜて貰えるかな」
「あ、ええと……」
「ボクのれな子が一番かわいいって話だよ。真唯もそう思うよね?」
「ああ。とても愛らしいと思うよキミの妹御は」
「でしょー? やったね! れな子」
確かに嬉しいけども! あの王塚真唯相手にため口ってどんだけ恐れ知らずなのお兄ちゃん!? 王塚さんも気にした様子はないみたいだし、ひょっとして仲がよかったりするのかな……。
「王塚さんはお兄ちゃんとはお知り合いなんですか?」
「以前番組で共演させてもらってね。あの日は実に素晴らしいショーだった! また見てみたいものだよ」
「喜んでもらえたみたいでよかったよ。機会があれば是非に」
「そうか! それは楽しみだなぁ」
子どもみたいにキラキラと目を輝かせる王塚さんに微笑みかける兄。なんだかすごく絵になる光景だった。
……ちょっと悔しい。知らない間に色んな人と仲良くなってるのはいつものことだけど、今回はなんだかもやもやする。
「れな子? どうかした? ってボクばかり話してるな。ごめんね。キミも真唯とお話したいよね」
「すまないれな子。つい我を忘れて話し込んでしまった」
「いえいえいえ! お気になさらず。わたしもお兄ちゃんのファンですので、お気持ちはわかりますし、ちょっと考え事をしていただけなので本当に大丈夫です!」
「ありがとうれな子。キミは優しいね。入学初日からキミのような友を得られてとても嬉しいよ」
「わ、わたしも王塚さんとお友達になれて嬉しい……」
感極まった様子で両手を握って来る王塚さんに困惑しつつも悪い気はしなかった。
距離感バグってない? この人。いや、陽キャはこれが普通なのか? わかんないけど王塚さんはどこか犬みたいな雰囲気を感じた。……流石に失礼か。あの王塚真唯だぞ。バレたらファンに刺されるわ!
「朝から一体何をしてるの真唯。女漁りするために日本に残ったわけじゃないでしょあなた」
ため息を吐いて文庫本を片手にやってきたのはこれまたすごい女優みたいな美人さんだった。長い黒髪に切れ長の目。凛とした立ち姿は堂に入っていて知的でクールな印象を与える。眼鏡とか似合いそう。
「おや、沙月も同じクラスだったのかい? 紹介しよう。つい先ほど私の友人となったれな子だ。優しい子だからきっとキミとも仲良く出来るだろう」
「……そう。琴沙月よ。無理して仲良くする必要はないわ」
「えと、甘織れな子です。こっちは兄の――」
「知っているわ。有名人だものね。とはいえ本当にそっくりなのね」
「うん? ひょっとして
じろじろと兄の顔を興味深げに眺める琴さん。あっ、もしかして。読書家っぽい琴さんなら知ってるのかも?
「沙月。あまり人の顔を不躾に見るものではないよ。確かに彼はとてもかわいらしいが……」
「ち、ちがっ! いえ、失礼だったわね。ごめんなさい。とてもよく似ていたものだったから、つい」
「よく言われるから気にしないで! 琴ちゃんは小説とかよく読むの?」
「え、ええ。本を読んでいる間は嫌なことを忘れて集中できるから」
「そっか。今度おすすめの本とか教えてもらって良いかな? 移動時間とか家にいる時暇なんだよね今」
「そうね……考えておくわ」
「ありがと!」と笑顔で約束を取り付けたお兄ちゃんは実に満足そうだ。琴さんも少し照れているのかそっぽを向いているし、王塚さんもその様子を見て口元に手を当ててくすくすと笑っていた。
なんだか上手くやっていけそうな気がする。多分琴さんはツンデレさんなんだろうな。なんて思ってしまったのが伝わってしまったのか琴さんに睨まれてしまった。ひぇ……殺される!?
「殺さないわよ。甘織を殺してもメリットがないもの。それに」
「ボクが守るからね。れな子は」
「かわいらしい騎士様があなたにはいるものね」
琴さんとの間に立ちふさがる様にしてお兄ちゃんはにこやかに笑った。そこへ王塚さんがやれやれと言わんばかりに割って入って来る。
「物騒な話はそこまで。それにどうやら先生も来た様だ。早く席に着くべきだろう。……皆も自分の席を確認次第着席してほしい」
教室に入ってきた女性を見て王塚さんは冷静になれと冷や水を浴びせて解散するよう求めると、王族の号令に従うかのように遠巻きに見守っていたクラスメイトたちもまた慌てて自身の席に座るのだった。
そして、なんだか緊張で胃が痛そうに見える先生が口を開いた。「ありがとう。王塚さん」と震える声で。
まぁ一般庶民が御しきれるようなお方じゃないもんね……わかるよ先生。頑張れ。と祈りつつわたしの高校デビューは順調な滑り出しを始めるのだった。