ねぇ、デュエルしなよ 作:ぁさ
デュエルアカデミア。
それは未来のデュエリストを目指す者ならその名を知らないものは居ない、超エリート校。
現代においてとりわけ有名なのが、『ネオドミノシティ校』だ。モーメントを要する大都市に存在し、多数のプロデュエリストを輩出しているその学校は、デュエルモンスターズを愛する老若男女の憧れと羨望の的となっている。
だがしかし、世間一般のイメージ反してアカデミアはデュエルばかりを教えているわけではない。
『デュエルモンスターズ』は社会に根ざした娯楽であり、産業であり、インフラである。生活基盤として切っても切り離せない存在であるが故に、一般校にもデュエルに関するカリキュラムは必ず組み込まれている。語学・数学・理科・デュエル。基本4科はこの世の常識である。
デュエルアカデミアもその例に漏れない。普通の学校と同じような基本科目や選択科目もあるし、部活や委員会活動を通じたコミュニケーション・チームワーク能力の醸成も促している。『デュエルモンスターズ』の濃度が濃いだけで、一般常識や教養、社会適応力の習得を蔑ろにしているわけではないのだ。花形のデュエルキングが世間知らずでも許される時代は終わったのだから。一発炎上でもすればお終いである。
なお炎上という言葉で想起される"炎城ムクロ"だが、かの高名なヒール風デュエリストはイメージに反してちゃんとアップデートされるコンプライアンスに適応している。昔のやんちゃな姿に惚れたファンにとっては、少し寂しいものがあるのだが。
そして、養成しているのはデュエリストだけ、というわけでもない。
本業デュエリストでなくとも『デュエルモンスターズ』に関わる職は多数ある。その道を目指す者達のための学科もデュエルアカデミア本校は開設しているのだ。
デュエルを本職にしたい者が在籍する『デュエル科』。
その深い歴史を紐解かんとする『史学科』。
カードを武器に政治経済を牛耳る『政経学科』。
……などなど。その規模に相応しく、多種多様である。
そして ――『工学科』。
デュエルディスクやDホイールといったデュエルギアに関わる機械工学や電子工学、モーメントの研究職を目指すエネルギー工学などを科目として揃える学科も、もちろん存在している。
「…………」
そんな工学科の一角。金属とオイルの匂いがこびり付いた、風格を感じさせる年季の入った生徒用ガレージに、ある1人の生徒が篭っていた。
流汗と落髪を防ぐために頭に巻いた白いタオル。
実用性を重視した、飾り気なくダボっとしたツナギ。
無骨なレンチを片手に黙々と作業を進めるその姿の前には、赤いDホイール。
誰がどう見てもその機体の整備中だと分かる、その背中に。
「 ―― ユーキ!ねぇユーキ、いる!?」
ガレージの入り口側から、高い声が投げかけられた。
「…………」
手を止めてゆっくりと振り向いた"ユーキ"と呼ばれたその生徒の顔は、頬についた油汚れがなければ比較的整っていると言って差し支えないだろう。
しかし……何を考えているのか読み取りづらい、鉄面皮と鋭い眦。背丈自体は大きくないものの、対面したものに近寄りがたさを与える雰囲気。それらがその者の容姿が褒められるような機会を失わせていた。まぁ、当人は外見の評価などまったく気にしてはいないのだが。
「……何?キット」
「バイトに遅れそうなのよ!バス逃しちゃった!無理言ってるのは承知だけど、Dホイールで送ってくれない?今度お礼はするから……って、ぇぇぇぇぇ……」
"キット"と呼び返されたその生徒は、至極一般的なデュエルアカデミアの制服を纏っている。赤いブレザーとミニスカートを翻した彼女は、端的に理由と要件を伝えながらガレージに入って来て……そして、苦悶の声を上げた。自分の願いが叶わない事を早々に悟ったからだ。
「見ての通り、オーバーホール中。悪いけど、急いでもあと1時間は掛かる」
「うっそぉ……他の代車とか……」
「ウチの学科所有のは、ライディング系の部が全部レンタルして行った」
「……あちゃー……」
大きく丸い瞳を手で覆って天を仰げば、癖のある長い茶髪がバサリと背中を打つ。万策尽きた悲哀が全身から漂っていた。
決して口数が多い方ではなく、語調も淡白。動かぬ表情筋と相まって些かコミュニケーションに難があることを自覚しているユーキにとって、明るく、分け隔てなく、自分とも友好的にしてくれるキットは貴重な友人だ。頼ってきたのなら可能であれば叶えてあげたい、そう思う気持ちはある。
しかし、現実はままならない。今あるDホイールは目の前でバラバラになっている1台だけ。色々とチューンナップをしている自作の愛機だけに、適当に組み上げるわけにもいかないのだ。誰かを乗せている時に自壊でもしたら目も当てられない。人間やDホイールに破壊耐性や自己蘇生効果は付随していないのだから。少なくとも、一般的には。
「そっかぁ……分かった。ごめんね?無理言って。諦めて次のバス待つわー」
「なら、帰りは迎えに行く」
「え?いいよぉ、そんな無理しなくても……」
「無理はしてない。どうせ試走も必要だし。最近、不審者も出るらしいし」
そう言ってトン、と手の甲でDホイールを叩くユーキに、キットは遠慮を止めた。
目の前の友人は頑固で、誠実で、そして友達思いだ。こうと決めたら中々引かないし、提案は基本的に善意に基づいている。嫌なら嫌だとハッキリ言うし、他人に阿ることもそうそうしない。
ならば自分を迎えにきてくれるのは、本当に苦ではないのだろう。それが友人としての好意からくる補正のおかげかどうかまでは分からない。けれど、その方が嬉しいので、キットはそう思うことにした。
「……そっか。ふふ、じゃあお願いしちゃおっかなー!」
「うん」
「じゃ、9時過ぎに!じゃあねー!」
「……9時?」
思いのほか遅い時刻に一瞬言葉に詰まったユーキだったが、次の句を告げる前にキットは駆け去って行ってしまった。
キットの行動の速さは魅力ではあるが、あまりに即決即断が過ぎるのも考えもの。デュエルにおいても勢い重視な彼女は、そういうところで損をすることがままあった。
―― まぁ、いいか。
ポリポリと頬をかき、タオルから覗くツンツンとした後ろ髪を揺らしながら、ユーキは整備を再開した。時間に猶予が出来たのだから、いっそ下校時刻ギリギリまで丁寧にメンテナンスしよう。ついでに考えてた改良も試しつつ。キットに恨み節を吐くこともなどなく、そう切り替えて。
拘るところと拘らないところが極端過ぎる。ユーキのそんな欠点は、キットと上手く噛み合っている……のかもしれなかった。
* * * * *
「はぁっ……はぁっ……!」
数時間後。アルバイトを終えたキットの姿は店舗の近く――ではなく、人気の少ない裏路地にあった。
据えた臭いが漂うどこか不衛生なこの場所に、本人とて用があったわけではない。なんなら近寄ることすらしなかっただろう。夜間まで労働を続ける以上、荒事に巻き込まれる可能性の高い場所を避ける程度の危機管理意識は、彼女も持ち合わせていた。
それが足りていなかったと、今強く後悔しているところではあるが。
「っし、この辺でいいか」
「……っ!」
そうキットに声を掛けたのは、彼女を先導していた男だった。振り返るその姿は小綺麗で、逆立てた髪に多少のヤンチャっ気は感じるものの、一見すれば気の良い青年である。
事実、だからこそキットも最初はそこまで警戒しなかったのだ。"デュエルアカデミア生の強さを知りたい。デュエルに付き合ってくれ"と言われたときも悪い気はせず、まぁ少しならと応じてしまったのだ。
その足が人気のない方へ向かうにつれ、ようやくこれはマズイと踵を返そうとした時には、もう遅かった。その瞬間、腕がデュエルアンカー ―― 手錠付きのワイヤーに絡め取られてしまったのだから。
「っもう!これ外してよっ!」
「外れるさ。オレかお前のライフポイントがゼロになって、条件を満たしたらねェ」
「アンタとデュエルなんかしないわよ!」
「そりゃ困った。じゃあずっとこのままだな」
「イヤ!」
「はぁん。アレも嫌だ、コレも嫌だとワガママなこって。そもそも天下のデュエルアカデミア生様がデュエルから逃げるとは。お笑い種だねェ」
「受けるワケないでしょ ―― デッキ全部を賭けたアンティルールなんてっ!」
デュエルアンカーには大まかに分けて2種類が存在する。1つはセキュリティが用いる、容疑者捕縛用のもの。もう1つはこの青年が使う、薄暗い用途のものだ。セキュリティの眼を掻い潜り裏社会にばら撒かれている後者は、好事家の手により違法な進化を遂げている。
ダメージを受けると電流が流れたり。
人をDホイールに固定できたり。
ロック条件に無法なアンティルールを追加できたり。と言った具合に。
どこで手に入れたのか、このデュエルアンカーにもその機能が付いているらしい。その手の知識に疎いキットに真実かハッタリかを判別することはできないが、もし本当なのだとしたら、負けた瞬間に
その覚悟を決めるだけの勇気は、平穏な世代を生きる一般人であるキットには宿っていなかった。
「だとしたら仕方ねェ。まずは違う方法でカワいがってやるよ。せいぜい後で"素直にデュエルに応じてりゃよかった"と後悔しな。どうせデュエルするまで外れやしねぇのに、バカだねェ」
「ひっ……!」
「おっと」
「あぐっ!」
欲の色を見せずに淡々と迫りくる男だが、キットはそれに寧ろ強い恐怖を抱く。しかし腕……正確にはデュエルディスクを装着するデュエルバングルに強制接続されたワイヤーが逃走を許さない。
バングルを外せさえすれば良いのだが、その留め具がアンカー側の電子ロックにより解除できなくなっている。腕力の差は如何ともしがたく、少し強めに引かれただけで阻まれる。それがキットの恐れを助長する。仮にデュエルを承諾したとて、この精神状態ではまともにプレイするのもは困難だろう。
パニックによりただ身を縮こませる事しか出来ないキット。
悠々と近づく男の手が、いよいよキットに伸び始めた――その時。
「ねぇ、デュエルしなよ」
落ち着いた、けれど良く通る声が、その場に乱入した。
「……えっ?」
「あん?」
キットと男が、揃って声が聞こえた方へと顔を向ける。
赤いDホイール。
赤いヘルメット。
ライダースーツにもなる、プロテクターがついたツナギ。
「ゆ……ユーキっ!」
見慣れたその姿を認めたキットが、安堵の色を隠しきれずに声に滲ませながら、その名を叫んだ。
「ふぅん、王子様のお出ましか。なぁユーキくんよ、どうしてここが分かった?偶然かい?愛の力かい?」
「キットのデュエルディスクはカスタム済み。特定のスイッチを押すことでエマージェンシーコールが発動して、音声と位置情報が継続的にこっちに転送されるようになっている」
「なるほど……怯えたフリしてそれを起動してたのか。なかなかどうして、抜け目ないねェ」
「え?……あ。抵抗してた時に勝手に入ってた……」
「「…………」」
その惚けた反応に、ユーキと男の視線が揃って生暖かくなる。
「……て、てへ?」
「「…………はぁ」」
居た堪れなくなったキットは誤魔化すために戯けてみたが、その効果は不発になり更に溜息まで追加された。大ダメージである。
「……ともかく、事情は通話を通して把握してる。デュエルアカデミア生とデュエルしたいなら、代わる」
「ほう、おたくもアカデミア生かい」
「……ん?いやいやユーキ、そんなことしなくてもセキュリティを呼んでくれたら……」
「今はもう深夜に近い。セキュリティを呼んだらこっちまで補導される。それは面倒」
「それはそうかもだけど……」
「それに、この手の輩がセキュリティに対する言い訳を用意してないとも思えない」
そういいながらツイ、と目線を向けられた男は、肯定も否定もせずに肩をすくめた。とはいえセキュリティの名が出ても慌てないあたり、なんらかの対策をしていると見るにこしたことはない。ならばデュエルして勝つ方が、解決策としては合理的。改めてユーキはそう判断した。
「ふん。デッキアンティだと分かってて強気なコトだねェ。俺としちゃどっちでも良いんだが……残念、このデュエルアンカーにプレイヤー引き継ぎ機能はねぇよ。意気込んでやって来たのに残念だったねェ。そこで大切なオトモダチが無様に転がるのを眺めてな」
「……キット、見せて」
バイザー付きのヘルメットを被ったまま近づいてくるユーキを、しかし男は止めなかった。今まで何度か使ったが、デュエルが終わるまで外れたことはない。何が出来る、無駄な抵抗だと、格好つけの子供をバカにするようにニヤついていた。
「……はい」
「えっ?」
「なっ!?外れた!?」
デュエルバングルのジョイントを分解して外すという荒技で、キットの腕からアンカーを外すまでは。
「やった!凄い、ユーキ!……ぅえ?」
「お前、どうやって……は?」
「ん。よし」
あるいは、それをそのまま自分の腕に付け直すまでは。
「な……何をやってやがる……?」
「デュエルを代わると言った。だから代わりに付けた」
「おバカ!外したんならそのまま逃げれば良かったでしょーっ!」
「……逃げて良かったの?」
「お・お・バ・カーっ!!」
惚けたようなユーキ。
先程までの恐怖を忘れて怒鳴るキット。
2人の漫才のような掛け合いは、場違いな程にほのぼのとしていた。
「は……はははっ!やる気マンマンで結構だねェ!いいぜ、代わりにお前を叩き潰してやる!」
「ちょっ、待っ……!ユーキ!それもっかい外して!今度こそ逃げ……!」
「片手じゃムリ」
「あちゃー!」
「どちらにせよ、キットを怖がらせたヤツを野放しにする気はない」
「……え……」
思わず言葉を失ったキットの脇を通り過ぎ、ユーキは男と対面する。示し合わせたように、互いがその腕の盾を相手に向けて構えた。
「いくぞ。負けた時の言い訳は用意したか?」
「無駄なものを準備する気はない……そういやあなたの名前を聞いてなかった」
「馬喰(ばくろう)だよ、ユーキくん。なんだ、俺の名前を知るのは無駄じゃないのか?」
「墓に掘る文字列くらいは覚えておこうという慈悲の心が分からない?書いたらすぐに忘れるとしても」
「あぁ、分かる分かる。俺も持ってる。そんじゃあお互い必要なもんの準備は出来たってコトで……そろそろ始めるとするか?」
「うん」
「……ん!?いやだから!ちょっと待っ ――」
『『 デュエル!! 』』
「あーっ!もーっ!」
そんなキットの叫びをBGMにデュエルディスクのモーメントが光を放ち、陰鬱な裏路地を戦場へと彩る。
他の誰に知られることもなく、一夜の狂宴が始まった。