ねぇ、デュエルしなよ 作:ぁさ
「むー……」
「……キット、怒ってる?」
「怒ってない!」
「…………」
すべてが終わったその後、ハイウェイをタンデムで走りながら、ユーキとキットはそんなやり取りを交わしていた。
明らかに何かに納得してない様子のキットに、ユーキは困り果てて黙りこんだ。こういう時に自分の口下手さ加減が嫌になる。Dホイールの話題ならどれだけだって提供できるのに。
そんな心情が伝わったのか、キットはむくれるのを止めた。ユーキに八つ当たりをしたいわけではないのだから。
「……ホントに怒ってないわよ。どうするのが正解だったのか分からないだけ。それに結局私はユーキに助けて貰った身なのに、ユーキに怒るのは筋違いだもん」
「……そう」
キットが思い返しているのは、あのデュエルの後の顛末だ。
デッキアンティは相手にだけ課されるものではない。馬喰にだって当然それに従うルールである。しかし元々が横暴なやり方をとってきた相手だけに、何かしら抜け道を用意している……そう思っていたのだ。だからこそ、デュエルに敗北した馬喰が倒れたまま、気味が悪いほど素直に自分のデッキをユーキへと差し出したのを見て、思わず目を見開いた。
(……今度は何の罠?)
(なにもねぇよ。デュエルの結果を受け入れないほど落ちぶれちゃいねェ。さっさと持ってけ)
ユーキとしては、別に他人のデッキなど欲しくはない。しかし引く気の無い馬喰に折れたのか、その手からカードの束を受け取った。
瞬間、ユーキの腕を固定していた(自分が固定した)デュエルアンカーのワイヤーが音を立てて外れた。その後に何かが起きる気配もない。どうやら、本当に何も仕込んではいないようだった。
(……要らないんだけど)
(お前が要らねぇなら、そっちの彼女に渡したって良いぜ。焼くなり売るなり好きにしな)
(……キット、欲しい?)
(いや、デュエルしてない私に訊かないでよ。私だって要らないし、困るし)
(……焼く?)
(嫌よ。なんでカード焼かないといけないのよ)
(はっ、不人気だねェ)
お世辞にも綺麗とは言えない裏路地に寝転がった馬喰は、しかしどこか清々しそうな気配を漂わせている。とてもデッキを失ったばかりの人間とは思えない。ユーキはその様子を見て、少し考えた後、再び馬喰へと語りかけた。
(このデッキ、他の誰かのカードが入ってるの?)
(あん?……あぁ、アンティで奪ったデッキのか?入ってねぇよ。奪ったやつはそれぞれケースに入れたまま俺んちに転がってる)
(なぜ?デュエルアカデミア生のデッキなら、レアカードもいくつかは入ってるはず)
(……別に。弱ぇヤツのカードを入れたら俺のデッキまで弱くなると思っただけだ)
馬喰はそこで口を噤んだ。それ以上、何かを語る気は無いようだ。
ユーキは先ほどよりも、少し長く考え込み……前かがみになって、馬喰の胸に、アンティで得たばかりのそのデッキを置いた。
(……なんのつもりだ?)
(別に。好きにして良いって言ったから、好きにしただけ。そのデッキの所有権は放棄する。どうするかはあなたが決めればいい)
(……ユーキ……)
(情けのつもりか?あぁ?)
(まさか。けれど……あなたとのデュエルは、少し楽しかった。リベンジなら受ける。でもデッキを一から組み直すんじゃ、時間がかかり過ぎるから。愛着を持って作ったデッキなら、なおさら)
(…………)
(勝てると思えるようになったら、挑みに来て)
睨みつける馬喰の眼差しなど気にも留めてないように、じっと見つめ返すユーキ。
何を勘が手居るのか読み取りづらい無表情に、一体何を見出したのか。
(……ハッ。甘ちゃんな
ユーキとキットがDホイールに乗ってその場を後にするその時まで、馬喰は笑いながら、胸元のデッキを握り締めていた。
「……アイツの言ってた事、信じたの?アンティで盗ったカードは使って無いって」
「別に。私は目的が果たせたらそれで良かったし……ただまぁ、あの人、そこまで悪い人じゃないとは思う」
デュエルディスクの処理をただ受け入れるのではなく、ルールや効果に疑問をもって解消しようとする。
マナーこそよろしくないとはいえ、イカサマのような卑怯な手は使わず、アンティも順守する。
一瞬手に取ったカードの束も、分かる程度には手入れされていた。
決して善人ではない。けれどユーキはデュエルを通して、馬喰の生来的な真面目さを見出していた。
「……しゃがんだ時にツナギの隙間から見えたユーキの胸元への下心に負けただけじゃないの?」
「まぁ……一瞬視線は感じたけど」
「ほらやっぱり!ユーキはそういうとこ無防備なんだから気をつけないと!」
「別に減るものじゃ無し」
「減りますー!主に私の機嫌とかー!」
「……うん」
「わかってくれた!?」
「うんうん」
ぷりぷりと拗ねるキットが少し面倒になったユーキはとりあえず首肯した。キットが変なことを言っている時はほどほどに肯定してあげるに限る。そうすればそのうち落ち着くだろうから。
……自分の身を大切にしろ、という指摘は別に変でもなんでもないのだが、母親の過去の
「……はーぁ。でも改めてありがと、ユーキ。ホント助かったわ」
「ん。迎えに来て良かった」
「Dホイールに私も乗れたら、こうはならなかったかもなのになー……はぁ、早く免許取りたーい」
「あとどれくらい?」
「カリキュラムが5コマ。実技が1個。順調に行けば今月かも」
「なら、それまでは送り迎えする」
「いや、普段はバス使ってるから。そこまでは良いって」
「お金が浮けば、それだけDホイールにも注ぎ込める」
「それは、そうだけど……」
そう、それがキットがアルバイトをする理由。自分のDホイールを手に入れるためだった。
デュエルアカデミアのカリキュラムの一環でライディングデュエルの免許は取れる。けれど自分のDホイールは自分で買うしかない。そして当たり前だが、結構な値段になる。
自前のDホイールがなくとも授業に支障は無いのだが、プロホイーラーを目指すキットにとっては1秒でも早く欲しい。故に、多少の無理をしてアルバイトに勤しんでいるのだ。その夢のために。
「ただでさえ、Dホイール組んでくれるとまで言ってくれてるのに……」
「それは私の趣味と実益を兼ねた要望。寧ろお金払うからやらせてほしい」
「私は気を遣うのよ……」
Dホイールのパーツだけを買って組み上げるなら、多少パーツにこだわっても既製品より安くなる。
ただし、当たり前だがスキルが無ければまともに走るところまで組み上げることすらできないだろう。
その点で言うとユーキは文句なしだ。なんせ今乗っているDホイールも自作なのだから。下手なお店より立派なものに仕上げてくれるに違いない。何なら変なカスタムまでして。
けれどキットとしては友人を良いように使っているようであまり気が乗らない。
けれどユーキはそんな事はお構いなしに作らせろと言ってくる。
その板挟みに、今でもキットは揺れていた。
「それに……私は早くキットと走りたい」
「……へ」
「ライディングデュエルもしたいし、ツーリングもしたい。一緒に新しい風を感じたい」
「…………」
「私の我儘に、付き合ってくれる?」
「……なんか、もうちょっと買うの遅れても良いかなって思っちゃった」
「!?」
動揺するユーキの後ろで、キットは苦笑する。
(まったく、この子はそうやって無自覚に……)
自分をこれほど想ってくれるのが喜ばしくないわけがない。
自分のために気を回してくれるのが嬉しくないわけがない。
自分を理解して応援してくれるのが、頼もしくないわけがない。
免許を取ってしまえば、こうしてタンデムすることも少なくなってしまう。それを惜しいと思ってしまうくらいに、この時が愛おしい。
「え、ちょ、キット、なんで……」
「じょーだんじょーだん!ほら、前向いてー!」
「向いてる!向いてるけど本当に冗談!?」
「あはははっ!」
「キット!?ねぇ!?」
真意を問い詰めようとするユーキに、はぐらかしながら腰に強く抱きつくキット。
先ほどまでの狂騒など無かったかのように戯れる2人を、夜空の月だけが見守っていた。