『クリープショー 首の家』にいろんなアクションフィギュアを放り込んでみた 作:主(ぬし)
物語の分岐点はここから始まった。
「それなら……!」
警察官では駄目だと判断した少女は───近くに住む叔父の家を訪ねた。映画監督をしているらしい彼は、無類のフィギュア収集家でもあった。そのコレクションの規模は凄まじく、州内でも肩を並べられる者は僅かばかりと自慢げに語っていた。
「ねえ、デルトロおじさん。相談があるの」
「おお、我が姪っ子よ。どうした?」
恰幅のいい叔父に誘われて仕事部屋に通された少女は、さっそく自室のドールハウス内で起きている不可思議な現象の件をたどたどしくも懸命に伝えた。叔父はこういった事象に興味があり、疑うことなく真摯な表情で何度も頷きながら最後まで耳を傾けてくれた。
「わかった。待っていなさい」
そう一言告げるとすっくと立ち上がり、叔父は自身の膨大なコレクションを収めたガラスケースの群れに向かって歩き出した。
「ジャパン……ジャパン……ああ、いた。彼だ」
そしてケースの一角から一つの
「これを持っていきなさい」
「デルおじさん、これは?」
「ジャパンで有名な正義の味方さ。世界中のあらゆるヒーローを見てきたが、悪の怪人を許さないという点では彼ほどの適任はいない」
バイクに跨がったそのフィギュアは、特徴的なヘルメットとベルトを装着していた。どこか昆虫じみた複眼が目立つヘルメット、大きな純白のベルト、そして風にたなびくスカイグリーンのスカーフ。手に持ってじっと眺めていると、その”重み”に手のひらがじんわりと熱を持ち始める。子どもながらに……否、子どもだからこそ、少女はそのキャラクターには単なる樹脂とプラスチックと金属だけではない、“歴史”と“覚悟”が満ち満ちている気がした。
「彼はね、仮面を身に着け、強い悪をくじき、弱き者たちを護ってきた。ジャパンで正義の味方といえば彼のことを指すと言っても過言じゃない。かの国で連綿と続くヒーローたちの原点であり頂点、悪の天敵、正義の体現者。悪をなそうとする怪人がいる限り、助けを求める者がいる限り、相棒のバイクに跨ってどんなところでも颯爽と駆けつける。怪人たちは、どこからともなく響きわたるバイクの嘶きを耳にした瞬間に恐怖に震え上がるのさ」
叔父の説明を耳にすればするほど、そのフィギュアが確固たるオーラを纏っているように思えてならなかった。そのフィギュアからは、数多の戦いを経験し、あらゆる敵を粉砕し、数え切れない刻苦を負けじと踏破してきた“凄み”をひしひしと感じた。
「これなら、いいえ、
少女はゴクリと喉を上下させた。映画監督の叔父は何も言わずに頷きを返した。このフィギュアであれば、あの首だけの人形を打倒できるという確信があった。
「……というわけで、彼を借りてきたからもう大丈夫。安心してね」
そうして少女はドールハウスにはまったくもって似つかわしくないフィギュアをリビングのど真ん中に鎮座させた。縮尺はほぼ合っているはずなのに、世界観が違い過ぎて奇妙な光景となってしまったが、致し方ない。家族の人形たちもどこか「えっ?」という呆けた表情を浮かべたように見えたが、やむを得ない事情なのだからこの際納得してもらうしかない。
「さあ……今夜は今までどおりにはいかないわよ」
少女は自身のドールハウスの平穏を荒らす首だけの人形にチラリと視線を流す。不気味な人形が映る瞳に、しかし恐怖心はない。そこには挑戦的な意志の波動が燃えていた。
少女がベッドに潜り込み、部屋の明かりを消す。ここ数日、無縁だった安心感に包まれ、少女はゆったりと眠りに落ちる。意識が閉じる刹那──
というエンジンの始動音が聴こえた気がした。
───なんだ、コイツは。
暗闇に転じたドールハウスのなかで、“首”は疑問に思う。小賢しくも警察官の人形を配置するなどして自身に抵抗してきた人間の少女が次なる手としてどこからか手に入れてきたのは、“首”にとって初見も初見となる見慣れない
───動いてみろ、即座に頭をもいでやる。
ニヤリと邪悪な笑みの思惟を滲ませた“首”の耳を……不意に力強い重低音が貫いた。
ドッドッドッドッドッドッドッ……
───?
ドッドッドッドッドッドッドッ……
───なんの音だ?
“首”が音の発生点を探す。それは例の不可思議なフィギュア、正確に言えばそのフィギュアが跨るバイクから発せられていた。その規則正しい機械的な音は、紛れもなく純然たる機械から放たれる波動だった。ジェットエンジン搭載、最高出力200馬力を叩き出す驚異のエンジン。
───やめろ
“首”が我知らず呻く。“首”が瞠目する視界の中心で、バイクに跨がったフィギュアの複眼にぼんやりと光が灯る。
命が灯る。
炎が灯る。
闘志が灯る。
憤怒が灯る。
太陽の如き黄金の輝きが、灯る。
───やめろ……!
バイクに跨がった男は、愛機を駆る歴戦の戦士は、突然の覚醒に動じることはなかった。余裕のある悠然とした動きで辺りをぐるりと見渡す。己を取り囲む周囲をその複眼で確認し、現状をしかと認識する。恐怖に慄いて怯える慎ましい家族の人形をじっと見て、そしてゆっくりと“首”を振り返る。彼は、己がすべきことを完全に把握した。倒すべき敵を、完璧に把握した。
ドッドッドッドッドッドッドッ!!!!!
ゥオオオオオオオオン!!!!!!
“首”が叫んだ心胆からの悲鳴は、猛々しいサイクロン号のエキゾーストノイズに押し潰され、完膚なきまでに掻き消された。
「……ふわぁ……トイレ……」
少女が尿意に促されてのそりと起き上がり、ベッドサイドの小さな明かりを点けた。自室の中央にファンシーなドールハウスがぼんやりと照らされ、ふと、「そういえばどうなったかしら」と就寝前に投じたフィギュアのことを思い出した。とぼとぼと眠気まなこで近づいて中を覗いてみると……
「あらま」
覗こうとして、覗き窓が
「……あら?」
なにか感じるものがあって、少女は身をかがめるとベッドの下に潜り込む。すると、そこには人間の頭ほどの大きさとなった首だけの人形がゴロリと横たわっていた。“首”はついに現実の世界に侵入してきたのだ。
……とはいえ、その様相は“侵入者”というには悲壮に過ぎて、少女は恐怖をまったく覚えなかった。手酷くパンチを食らったらしく、目の周りには見事な青タン、歯はところどころが欠け、顎は砕かれ、頬は骨格ごと凹み、顔中が余すところ無く擦り傷だらけだった。激戦というより遁走に遁走を重ねた結果という感じがして、少女はなんとも哀れな気がした。あれほど感じていた恐怖感はもはやすっかり立ち消えて、首だけの人形を猫でも抱っこするようによいしょと持ち上げた。
そして何気なく、けれども確信を持って告げた。
「あなた、これから苦労するわね」
───は?
“首”は見た。少女の肩越しにドールハウスを見た。穴だらけのドールハウスを見た。その中を見た。家族の人形を見た。満面の笑みで窓の外を見ている人形たちを見た。なにかを見送るような彼らの表情を見た。
“首”の精神を恐慌が支配した。
ドッドッドッドッドッドッドッ……
「あなたが現実世界に来たのなら、きっと
ドッドッドッドッドッドッドッ……
「だって、彼は───」
ドッドッドッドッドッドッドッ!!!!!
ゥオオオオオオオオン!!!!!!
「仮面ライダー、なんだもの」
次はジプシーデンジャーでも放り込んでみるか(適当感)