真田だと転生学園の真田琴音と被っちゃうので。
最初から、分かってた。
私に才能がないなんてことくらい。
でも、求めてしまった。
あの子の隣にいたい。対等な関係を築きたい。
私にとって、幼馴染で、親友で、何者にも代えがたかった存在だったから。
だから、才能がないことを理解しながら、彼女の後を追ってしまったんだ。
「ねえ、琴音ちゃん、私ね、アイドルになりたいんだぁ」
天真爛漫で、誰よりも可愛くて、純粋で……。
そんな彼女ならきっと、頂点だって夢じゃない。
でも、それは、彼女が私とは違う世界に生きていくことになるってことで……。
「いいんじゃない。美咲なら、テッペンも夢じゃないと思うし」
本音は隠した。けど、言葉とは裏腹に。
私はこの時の言葉を、今でも後悔している。
トップアイドル、夢場美咲。
今や世間を騒がせている彼女は、私の幼馴染で……親友だった。
小学生の頃からアイドルを夢見ていた彼女は、宣言通り、アイドル事務所のオーディションに応募して、当然の如く合格し、今やバラエティ番組にすら彼女の姿を確認する事ができる。
そんな彼女に対して、私は……。
弱小事務所に所属して、地下アイドルをやっていた。
「うわー、まーたあのキモ客にべたべた触られたし。まじやってらんねーわ」
「仮にもファンなんだから、悪くいうのはやめたら? それに、ちょっと触られるくらいで済んでるだけマシでしょう。凄いところは、もはや水商売じみてるって話らしいし」
ラップを挟んで間接キス? みたいなことをしている地下アイドルもいるらしい。少なくとも私達は肩辺りを軽く触らせる程度で、他の部位への身体接触は禁止となっている。まだまともな部類の地下アイドルだろう。
「はーまじでなーんで地下アイドルなんてやってんのかねーあたしら。ま、チヤホヤされんのは悪くねーけどさぁ」
「それ、私の方が華梨奈に聞きたいくらいなんだけど」
彼女は華梨奈。生粋のギャルで、地下アイドルを始めたきっかけは『ノリ』らしい。そんな軽い気持ちで地下アイドルを始めるなんて、私には到底理解できないけれど、彼女には彼女なりの信念があるらしい。
「そーいう琴音はあれだっけ? あの夢場美咲の幼馴染なんでしょ? んで、幼馴染においつきたいからアイドル始めたと。いやー大分やられてんね。でも、世界は残酷だね。幼馴染が特別だからって、自分も特別だとは限らない。当然だよね。特別な人間がいるのは、平凡な人間がいるからで。夢場美咲という特別の周りには、真村琴音という平凡な幼馴染がいたんだ」
「………そうかもね。まあ、私も特別だったら、きっと夢場美咲はここまで人気者じゃなかったと思う」
あるいは、夢場美咲が平凡だったら。私は今頃、こんなところで無駄な時間を過ごさずに済んだのかもしれないのに。
「5人ユニットって、完成されてるよね〜。仮に琴音が特別だったとしても、この中に入れる余地なんてなさそーだけど」
「でしょうね。その4人のことも調べてみたけど………。本当、嫌なくらいに残酷だった。いっそのこと、枕で成り上がってくれていたらよかったのに」
全員が全員、才能の塊だなんて、狂ってる。
もしも夢場美咲以外が平凡なら、私はなんだってやってのけただろうに。
「あんまそういうこと言うもんじゃないよ〜? つーか、琴音もやめときなよ? 枕とか。そんなんで追いついたってしゃーないし」
「華梨奈はそもそも、アイドル自体に執着はないんだったっけ?」
「まぁーね。だから絶対枕なんかしてやらねーし。成り上がりも目的じゃないし」
羨ましい、と思う。
きっとそんなふうに割り切れたら、今も私はこんなにも苦しい思いをしなくて済んだのだろう。
もし、華梨奈が幼馴染だったら?
いや、ないな。
きっと私の隣にいるのは、美咲じゃないといけなかった。
美咲じゃなかったら、きっと私は今頃、壊れていたままだったんだろう。
今私がこうしていられるのは、美咲のおかげなんだから。
だからこれは、その代償みたいなものだ。
そう考えれば、幾分か気持ちもマシになるというものだろう。
「さて、あたしはそろそろ帰るけどさ、琴音はどうする? うち寄ってく?」
「遠慮する。毎回お邪魔するのも悪いし」
「そ。ま、あんまり夢場美咲の尻ばっか追いかけないよーにね。琴音ってみてくれはいいけど、あたしからみても多分アイドルの才能はないからさ」
なんて事のないようにそう言いながら、華梨奈はひらひらと手を振って、アイドルとは思えないような、どこにでもいそうな平凡な格好をして、私の前から姿を消す。
アイドルの才能がない。
そんな事、私が1番分かっているのに。
自宅に帰って、もはやルーティーンとかしているテレビ視聴を開始する。
アイドルが生活しているとは思えないようなボロアパートで、夜中に食べるカップラーメンに背徳感を感じながら、録画した番組を見る。
『美咲ちゃんは、なんでアイドル目指そうと思ったの?』
『今は疎遠になった美人な幼馴染がいるんですけど、言ってくれたんです。美咲ならテッペン取れるって。そんなわけないって〜って思いながらオーディション受けたんですけど、私のこと見てくれてた人の琴線にたまたま触れたみたいで……あ、踊りは下手っぴだって言われました!』
また、昔の話をしている。
美咲は、私のことを美化して話す癖がある。私なんて、偶々夢場美咲の幼馴染という地位を生まれた時から持っていた、ただそれだけの人間なのに。
番組で私の存在を聞いている視聴者達に、今の私を見せたら、さぞ失望してくれることだろう。夢場美咲の幼馴染は大した事のない奴だ。期待していたけどガッカリだ。なんて。
まあ、そもそも期待なんてされてないんだろうけど。けど、軽蔑されたら、それはきっと物凄く楽だ。私の肩の荷も、多少は軽くなるだろう。
過度な期待は、時に毒になって牙を剥く。
それは、ある意味で幼少の時から味わってきたものだったから。
まあでも、私のことを軽蔑することは、私自身許すつもりはない。
私への軽蔑は、夢場美咲の幼馴染への軽蔑でもある。
美咲のブランドを汚すような真似は、あまりしたくはない。
「SNSは……」
一応、SNSで美咲のエゴサもしている。私は夢場美咲なんかじゃないのに。
ふと、『みされい』という青いハッシュタグが見える。カップリング、というやつだろう。
美咲は1人でアイドルをやっているわけじゃない。当然、グループ仲間というものが存在する。
そこに映っているのは、よく知る幼馴染の姿と、クール系美人なアイドルのツーショットだった。
「………やめた」
今日はSNSの気分じゃない。それに、明日もはやいのだ。夜更かしなんてするもんじゃない。ブルーライトの光とやらを浴びるのは、健康的にもよろしくないのだ。
一応これでもアイドルをやっている身だ。健康には気を遣わねばなるまい。
私はそう自分に言い訳して、部屋の明かりを消す。
布団を被り、目を閉じた瞼の裏には、いつまでも青いハッシュタグが残り続けていて、ああ、今日もあまり眠れそうにないななんて、漠然と、他人事のようにそう思った。
「おいーっす琴音。なに? 今日も寝不足? クマ隠せてないよ」
「嘘っ、ちゃんと確認したはずなのに……」
「やれやれ、ま、華梨奈ちゃんに任せなさいって、乙女の天敵は、あたしの前じゃ幻も同然よ。クマなんて最初からなかったことにしてやりますわい」
「ありがと」
案の定、翌日、私の目の下には、私が快眠を貪る事が出来なかった証が出来上がっていた。何もかも、昨日の青いハッシュタグのせいだ。誰だハッシュタグなんて作ったやつは。みされいってなんだみされいって。5人グループで活動しているのに、無理矢理5分の2をひっこぬくもんじゃないだろう。やってる事メンバーの引き抜きと一緒だぞ(?)
「んで、昨日はどうして寝れんかったんだー? また愛しの幼馴染さんに脳を焼かれたんかー?」
「カプ厨ってなんなんだろうね」
「……あーねー。“みさはな”とか“みされい”とか、そういうの見ちゃった感じ?」
「5人グループでカップリングしたら、1人余るでしょう? それって、ハブるってことじゃない。いじめとなんら変わらない。教育委員会に訴えないといけなくなる。芸能事務所は、教育委員会に怒られないように、そこら辺きちんと配慮するべきだと……」
「アイドルグループは学校じゃないからなー。教育委員会介入できないよ」
それ、行政の欠陥だわ。今すぐアイドル専用の教育委員会を設立して、カプ厨なんてくだらない文化を廃止させるべきだ。
でも、私と美咲がコンビを組んでいたら、『みさこと』とかになるのだろうか。
……まあ、それはそれで悪くないかもしれないが。
「今日、握手会あるんだっけ? まあ、そんなに数は多くないだろうけれど」
「ま、今日でピークでしょ。どうせこそこそやってる地下アイドルなんだ。ファンの数は多くないし、いずれ飽きられる。ほどほどにこなしてこーよ」
私はこんなところで、何をやっているんだろうな。アイドルの真似事をして。
何かやっておかないと、気が済まないんだろうな。きっと。
あの時逃げた癖して、今更アイドルを目指すだなんて、虫のいい話だ。どうせこうなるのなら、逃げなければよかったのに。
「そうだね。ほどほどにこなして、少しでもアイドルをやってるって」
そう実感できれば、少しは私の気も、紛れるのかもしれない。
「琴ちゃん、今日もクールで、その………」
「そう。それで?」
「か、かっこよかったです……」
「あっそう。言いたいことはそれだけ? ありがとう」
地下アイドル活動中の私はクーデレキャラらしい。別に私自身にそんな気質はないんだけれども。でも、何かしら属性があった方が受けはいいのかもしれない。ちなみに華梨奈は見た目まんま、オタクに優しいギャル的な奴らしい。
さて、握手会といっても、そんなに楽しいものではない。ファンとの交流、がメインのイベントではあるが、こんな地下アイドルを追ってるファンなんて、ほんの一部だし、本当の意味で私達を推してる人は、少なくとも私達のファンの中には、ほとんどいないだろう。
だからまあ、適当にいなす。異性慣れしていないだろう男達に、クーデレキャラを提供して、満足してもらう。少しでも喜んでもらえるなら、演じた甲斐があったというものだろう。
ほとんどが男性ファンだし、中には邪な気持ちを抱えている輩もいるのかもしれない。私、容姿だけは整っているらしいし、華梨奈も身内の贔屓目でなければ十分に可愛い容姿を持っている。閑話休題。
男性ファンがほとんどの中で、女性ファンというのは極めて目立つ。だからこそ、女性ファンというのは一度でも来てくれれば大体すぐに認知できるものなのだが……。
後ろに控えている雪のように白い髪を持つ少女のことは、残念ながら存じ上げない。
いつも黒マスクにサングラスをかけて、猫背になりながら後ろの方で見守ってくれている女性ファンがいるが、もしかして彼女なのだろうか?
「あ、ありがとう琴ちゃん! これからも応援してるから!」
「そう。これからもよろしく」
彼女のすぐ前の男性の対応が終わり、いよいよ女性ファンとのご対面である。
「………後ろで見ていた子? 違ったらごめんなさい」
「………ぃに…………」
雪のように白い肌と髪を持った少女は、ぷるぷると震え出す。緊張しているのだろうか。まあ、無理もない。おそらく初めての握手会参加だ。慣れないことをすると人は緊張するようにできている。
まあ、優しく対応してあげよう。私はクーデレプロだ。クーとデレの配分には人一倍気を遣っている。今回はクー1割デレ9割のチョロイン型で攻めていくとしよう。
「ねえ、大丈夫? どこか具合でも悪い?」
「………ついに………!」
あーこれは、感極まってしまっているパターンかな?
珍しいな、純粋に私を推してくれているタイプの子らしい。貴重なファン様だ。これは大事にしないと。
「ついに見つけたぞ! 真村琴音!!」
「はい?」
思わず素で答えてしまう。私のアイドルネームは琴ちゃんだ。フルネームで活動していた覚えはない。
「初めまして琴音さん。私はそう! あの有名な! 業界じゃ私のことを知らない人がいないくらいの有名な!」
も、もしかしなくてもこの子、めちゃくちゃ偉い人の娘さんだったりする?
いや、そんなわけない、か。
そんな子がこんなところに来るわけ。てかめっちゃ有名強調するじゃん。
「そう! 超有名! アイドルストーカーだ!」
「はい?」
「私は夢場美咲をトップアイドルの座から引きづり下ろしたいと考えている! そのための対抗馬には、彼女の幼馴染たる貴殿の力が必要だ! ぜひ、私と共に最強のアイドルグループを結成し、共にテッペンに至ろうではないか!!」
言いながら、少女は羽織っていたコートを脱ぎ捨てる。
「どうだ! これで私のことは信用してもらえるだろうか!! 私の全てを曝け出して、弱みも見せよう! 裏はない! ただ純粋に、夢場美咲に勝ちたいんだ! 私は!」
他のファンの対応をしていた華梨奈もドン引きである。なんせ目の前の少女、下着姿を私に曝け出しているのだから。
「さあさあ! 私と共に!」
私はポケットに入れていた、自身のスマホを取り出して。
110の順に、そっと数字を打った。
一応続ける