私は正直、アイドルになんて全く興味がなかった。
この世に生まれて、最初に目にしたのは、姉の姿だった。
姉はアイドルを目指していて、いつも踊りの練習をしたり、歌の練習をしたり、本気で努力しているんだなって、そう感じさせられた。
何かに本気で取り組む姿は、幼い私にはとても格好良く見えて。
そんな姉を見ていたからだろうか。
いつしか私は、そんな姉を羨ましいと感じるようになっていた。
アイドルという存在自体に、興味はなかった。けど、姉が本気で目指しているその姿を見ていると、段々と気になり始めてきたのだ。アイドルという存在が。
私もアイドルを目指せば、あんな風に、一生懸命努力していれば、格好いい存在になれるんだろうか。
そんな風に思い始めて。
しばらくした時だった。
姉は、私に提案してきたのだ。
一緒にアイドルにならないかって。
私はその提案に、二つ返事で了承した。
だって、気になっていたから。あれだけ姉が熱中しているものに、自分も取り組んでみたいと、常々そう思っていたから。
それに、私は姉のことが好きだ。
優しいし、いつも私のことを思いやってくれているし、胸が柔らかいし、私が怪我をしたら本気で心配してくれるし。
そんな姉と一緒に活動できると聞いて、喜ばない妹がどこにいるだろうか。
私は、その日から、毎日が楽しみで仕方がなかった。
姉と一緒にする踊りの練習も、姉と一緒に歌うのも、全てが楽しくて、楽しくて。
私にとっては、それが全てになっていた。
だから私は、気付かなかったのかもしれない。
私と踊りの練習をするたび、
私と一緒に歌を歌うたびに、
曇っていく姉の眼に。
段々と、姉からかつてのような熱が感じられなくなっていることに。
私は気付かなかった。
そんなある日のことだった。
「是非、うちの事務所に!」
勧誘が来たのだ。白崎プロダクションではない、別の事務所からの。
けど、私はその勧誘を断った。だって、私には白崎プロダクションがあったし、何より。
「お姉ちゃんと一緒じゃなきゃ嫌です」
姉は、勧誘されていなかったのだから。
姉がいないのならば、私が行く意味はないだろう。そもそも私は、姉と一緒にアイドル活動をしようと思ってここまで頑張ってきたのだから。
けど、どうしてか。
その日から姉は、アイドルを目指すのをやめた。
今ならわかる。
姉には、アイドルの才能がなかったのだ。それに対して、私にはアイドルの才能があった。
あってしまった。
姉は、アイドルとしての才能の差を、私と比較して、諦めてしまったのだ。
私は、姉が好きだ。けど、姉が私を見る目は、複雑だったんだろうなと思う。
きっと姉は、私に対して、良い思いを抱いていないんだろうなって。
そして、追い討ちをかけるように、私の両親が離婚するという話が出た。
最初は母がどちらも引き取ると主張していたけど、姉は私と一緒に過ごすことを拒んだ。
白崎プロダクションでプロデューサーとしてやっていきたい、なんて言っていたけど、きっと、母の元に引き取られる私が、目障りだったんだろう。だから、父の元に残ることを選んだんだ。
「な、なるほど……」
元いじめっ子の彼女との対面の翌日。私は妹君のことを知ろうと彼女の思い出話を聞いていた。
しかし、まさか白崎蕾がアイドルを目指していたとは。
「私がお姉ちゃんのことを姉者と呼んでいるのは、ちょっと冗談みたいにいえば、姉と呼ぶことも許してくれるかなって、そう思ってるからです。本当は、お姉ちゃんって、昔みたいに呼びたいんだけど、きっと嫌がるだろうから。これ、胸に秘めた思いです」
なるほどね。確かに姉者呼びは癖が強い。少なくとも私が今まで出会った人間で、姉のことを姉者呼ばわりしている人はいなかった。
でも別に、わざわざ姉者なんて呼び方しなくても、普通にお姉ちゃん呼びでいいんじゃないだろうか。血のつながりはあるわけだし、実際姉妹なのは事実なわけなのだから。
にしても、妹君は姉者と比べて落ち着いていらっしゃるな。初対面時は随分とハイテンションに振る舞っていたような気もするのだが……こちらの方が本来の性格なんだろうか。
にしても。
「アイドルになんて全く興味がないという割には、前向きにアイドルを目指しているように見えたんだけれど、心境の変化でもあったの?」
妹君は、自身のことを世界のアイドルと称したり、わざわざ学校を休んでまで事務所に来ていたりするような子だ。とてもアイドルになんて興味がありません、なんていう風には見えなかった。
「いえ、今でもアイドルそのものにはあまり。けど、姉の夢を折った私が、アイドルを目指さないっていうのも、違うかなと思ったので……。でも、私、思ったんです。姉が叶えられなかった夢を、私が叶えたいって。それが、私の胸の中にある思いだったんです」
「なるほど、つまりそれが貴方がアイドルを目指す理由、と………」
「はい。不純ですよね、こんな動機。不純だから、私の胸にずっと秘めてきたので。私の、胸に」
「別にいいと思うけど。私だって、美咲の隣に並び立ちたいって、ただそれだけの理由でアイドルを目指す、不純な動機で動いてる女だから」
なんなら、妹君の方がよっぽどアイドルに対して真摯に向き合っていると言えるだろう。私は、美咲という個人を追って、結果的にアイドルを目指す形になっているだけだ。別に私自身がトップアイドルになれずとも、グループでトップアイドルになれればそれで美咲に並び立てるし、私はそれでもいいと思っている。もし今でも私が美咲の隣に立てていたのなら、アイドルになる必要なんてなかったわけだし。
その点、妹君は姉という個人を追っているのは私と似ているところがあるかもしれないが、彼女はちゃんと、トップアイドルに自身が至ることを目標としている。グループメンバーとしてではなく、自分自身がきちんと夢場美咲を超えるようなアイドルになれるように努力している。
彼女の方が、私なんかよりよっぽど立派だと思うよ。
「でも、私、お姉様を見て、少し、安心したんです」
「何を?」
何故私を見て安心したんだ?
私に安心できる側面なんてあるんだろうか?
クール系だから落ち着く的な? いや私は別にクール系ではないが。
「姉は多分、私がトップアイドルになることを、望んでました。これは私の憶測でしかないですけど、私にアイドルの才能で負けた姉は、きっと私が他の誰かに負けるところを見るのが、許せないんだと思うんです。姉はきっと、胸にしまって、表に出すことはないと思いますけど」
なるほど? 白崎蕾はプライドが高いのだと、そういうことなのだろうか。
いや、本当か? 人前で肌を露出しだすようなやつだぞ? そんな奴にプライドなんてものがあるのか? 疑問である。
「…………本当にそうかしら?」
まあでも、昨日の白崎蕾の悔しがりようを思い出してみれば、なんとなく想像がつかないこともないのだ。妹に負けて悔しがっている白崎蕾の様子も。
でも露出狂だし、案外妹にアイドルの才能で負けて気持ちよくなってそうな気もする。敗北の味を噛み締めてそう。どうせあいつMだろうし。
「本当かどうかは、分かりませんけど。でも、少なくとも私はそう感じました。だから、お姉様が来てくれて、私は少し気持ちが……胸が軽くなった気がするんです」
「それはどうして?」
全く心当たりがない。あれか、1人よりも2人でアイドル活動していた方が気が楽ということだろうか。私はまだ君を2人目にすると確定したわけじゃないんだけど、いや、まあほぼ妹君が2人目になるんだろうなぁとは思ってるけどもね。
「……私の姉とお姉様は、才能がないって点で共通してるんです」
「……それは褒めてるの?」
どいつもこいつも、私に才能なし才能なしと。
自分で自覚してるつもりだけど、こうも周りから才能がないと言われるとそりゃ自尊心はゴリゴリ削られるし、自覚してても言われるのは嫌なんだけどなぁ。
まあいいよ。私は容姿が良いクール系だから。容姿が良いクール系なので何にも動じません。なんたって容姿が良いクール系ですから。
さっきはクール系じゃないと言ったが、前言撤回である。だって周りは皆私がクール系って言うしね。
容姿が良いクール系………おい、誰か冷華の下位互換とか言ったか?
下位互換じゃないからな。私には夢場美咲の幼馴染という唯一無二のステータスが付与されているんだからな。
「あ、貶す意図はなくってですね。私、姉と近しいお姉様なら、姉と並んで、一緒にトップアイドルを目指してくれるんじゃないかなって、そう思ってるんです」
私が並びたいのは夢場美咲の隣であって、断じてあの変態露出ストーカーの隣ではないというか、あの変態と同類扱いされたくはない。
「私は、トップアイドルを目指しているわけじゃないわ。美咲の隣を目指しているだけ。だから、あいつとは、きっと目指すところが違う」
「それでも、お姉様は姉に近しいと思いますよ。胸に抱えている思いは、きっと同じだと思います」
私と白崎蕾の目的は、同じようで全く異なる、似て非なるものだろう。だからきっと、いずれはどこかで道を違えることにはなるかもしれない。
「……そう」
「はい。私に………負けたから、負けてほしくない。そんな、中途半端に形成された思いで、私をプロデュースするより、姉が、心の底から、この子をトップアイドルにしたいって、胸の奥からそう思えるような子を、見つけて欲しいんです。……だから私は、お姉様に期待しているんです。才能がないものの気持ちがわかるお姉様なら、姉もきっと本気でお姉様を応援したくなるんじゃないかって」
それが、妹君の気持ち、というわけか。
人前で露出して、警察沙汰に持ち込まれそうになっていたやつを、こんなにも想ってくれている妹がいるとは。
あいつも、幸せ者だな。
…………私は、夢場美咲の隣が欲しい。
あいつは、夢場美咲を蹴落としたい。
明確に違う。
だから、ずっと隣にいてあげられるわけじゃない。
私は美咲に夢中だし、きっとそれはあいつも理解していることだろう。
そう、だから、私は、あいつの隣に、ずっと立ってやることはできない。
けれど。
白崎蕾の観察眼には、期待している。
だから。
「まあ、美咲の隣に並び立てるまでは、あいつの力を借りなきゃいけないだろうし。不本意だけど、それまではあいつの隣でやっていくつもり」
あくまで私が美咲の隣に並び立てるまでは、あいつを私の隣に置いてやってもいい。
あいつは、私が美咲に並び立つために必要な存在だから。
「はい。だからお願いしますね。姉のこと」
それに、妹君に頼まれたのだ。
彼女のお願いを、聞き入れない理由も特にない。
変態なあいつと違って、彼女は姉思いの優しい妹なのだから。
「けど、あいつの隣は、きっと妹のあなたの方が、相応しいと思うわ」
「それは……」
「今じゃなくてもいい。けど、私とあいつは最終的には違う場所を目指すことになる。私があいつの隣にいなくなった時、誰があいつの隣にいてやれるのか、考えといた方がいいと思うわよ」
「…………わかりました。胸の奥に、秘めておきます」
まあ、私に言えるのは、これくらいだろう。
私よりも、妹君の方が、白崎蕾のことを想っている。
だからいつか、2人がわだかまりを解消して、姉妹仲睦まじく暮らして欲しいななんて、そんな風に身勝手な思いを、彼女に押し付けておく。
さて、妹君のことはよくわかった。
姉想いで、優しくて、良い子だ。
このことなら、一緒にアイドル活動をしても、ストレスなくやっていけるような気がする。
気も使えるし、正直、お姉様呼びも悪くないかな、なんて思い始めてる自分もいることだし、ね。
「ところでお姉様」
「何?」
「胸を触らせてくれませんか?」
前言撤回である。
こいつら、姉妹揃ってただの変態だった。
妹君「胸だけ見ていたい」