現実だけ見ていたい   作:布団から出られない

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2人目 白銀才歌

 

私が琴音と出会ったのは、小学1年生の時だった。

 

その時の琴音は、全然不気味でも何でもなくて。

ちょっと可愛らしいだけの、どこにでもいる普通の子だった。

 

「ねえ、それ、なに?」

 

「これはね、マイクっていうの。これを持って、アイドルは歌うんだよ!」

 

「へぇ……。アイドルって、テレビに映ってる人だよね。アイドルって凄いんだ」

 

当時の私はアイドルに憧れていて、私にはアイドルとしての才能があるんだ、きっと、トップアイドルになるんだって、そう思ってた。

 

だから、いつもマイクを持って練習していて、そこに、琴音は来てくれていた。

なんでも、家にいるよりはマシだから、だとか。

 

いつもの場所。あまり人は来ない、だからこそ練習に最適な公園。

その場所で、私は琴音に、いつも歌を聴かせていた。

 

琴音は私の歌を聴いてくれていて、ここがダメだった、ここが良かったって、よくアドバイスしてくれていたっけ。

 

まあ、子供のおままごとレベルのものだったけど。

 

それでも、私にとっては、それがかけがえのない時間だった。

 

「ねえ、才歌は、トップアイドルになるの?」

 

琴音がキラキラとした瞳を見せながらその言葉を私に投げかけてきた時、私は思った。

 

トップアイドルになりたいって。

私はずっと練習してきた。子供の、淡い憧れ程度のものだったけれど。

 

でも、いつもそばには琴音がいた。

琴音がいて、歌を聴いてくれて、一緒に改善して。

 

そうやって、私と琴音が築いてきたもの、それを、世界に発信したくなった。

 

それに、琴音の家庭環境はあまりよろしくなかったから、彼女はキラキラとしたものに憧れていた。

 

ある時、琴音が言った。

 

「才歌は私の憧れだから。キラキラしてて、かっこよくて、くーるで………私、才歌といるときはね、嫌なこと全部忘れられるんだ」

 

そっか、琴音は私に憧れてたんだ。

琴音は、私を尊敬してくれていたんだ。

 

琴音にとって、私は暗闇の中に差し込む一筋の光だったんだって、気付いた。

 

その時には、私にとって琴音はいて当然の存在になってた。

だから、いつか彼女を暗闇の中から救い出したいって。

 

ただの光じゃなくて、暗闇を払うくらい強い光になってやりたいって。

 

暗闇の底にいる琴音を、テッペンにまで連れて行ってやるんだって。そう思って、私は言った。

 

「じゃあ、琴音、約束してあげる。私は、いつかトップアイドルになる。テッペンに行って、琴音が辛い気持ちにならないくらい、強い光で、1番上から、底にまで届くまでの強い光で、琴音のこと救ってあげる。だから、ずっと応援しててね」

 

 

 

 

 

 

 

けど、そんな約束は、叶うことはなかった。

 

私が約束を果たせそうになかったから、というわけではない。

 

何もかも、遅かったのだ。

私は、間に合わなかった。

 

「琴音、同じクラスになったね。これからもよろ………し……」

 

「誰? 貴方」

 

琴音は、私のことを覚えてなかった。

琴音の目は、何も映してなんていなかった。

 

キラキラとした瞳で私のことを見て、天真爛漫な姿を見せていた彼女の面影は、どこにもなかった。

 

「琴音ちゃん、知り合い?」

 

「さあ? 知らない人よ」

 

いつの間にか、琴音の隣には知らない女がいて。

ある日、聞いてしまったんだ。

 

「ねえ、琴音ちゃん、私ね、アイドルになりたいんだぁ」

 

「いいんじゃない。美咲なら、テッペンも夢じゃないと思うし」

 

テッペン。私が、琴音に対して言った言葉。

それを簡単に、別の女に投げかける琴音の姿を見て。

 

私の中で、何かが切れた。

 

 

 

 

あんなのことねじゃない。

私の琴音は、もっと元気よく笑う。

 

だから、こいつは、琴音の皮を被った別物だ。

 

そう言い聞かせて、私は琴音へのいじめをはじめた。

 

最初は、軽く消しゴムのカスを机に置いてやる程度の嫌がらせだった。けど、当然そんなこと琴音は気にしていなくて。

 

今思えば、私は構って欲しかったのかもしれない。

私の方じゃなく、夢場美咲ばかりと一緒にいる琴音を見て。

 

私を憧れの目で見ていた琴音を、取り戻したかったのかもしれない。

 

けど、当時の私は、そんな気持ちには気付かない。やり場のない感情は、どんどんとエスカレートしていって………。やがて、本格的ないじめへと発展した。

 

それでも琴音は私を見ない。

虚な瞳は、なにもうつさない。不気味だ。気味が悪い。どうして琴音は、そんな風になってしまったのだ。

 

見てほしい。私を、私をうつしてほしい。

 

「ああ、またそれか」

 

いつからだろうか、琴音が、いじめを日常と捉えだしたのは。

いつからだろうか、琴音を怖いと思い始めたのは。

 

私は次第に、本当に琴音を嫌悪していじめを始めていた。

 

気持ち悪い。不気味だ。

何なんだこいつは。

理解ができない。何を考えているんだ。

 

そんな風に琴音を嫌悪し始めてからは、止まらなかった。

私のいじめはどんどんエスカレートして、気づけば。

 

「何考えてるの!? こんなことして……こんなことって……」

 

私は、夢場美咲にぶたれていた。

今思えば当然のことだ。

 

けど、当時の私は冷静じゃなかった。私のことをぶってきた夢場美咲に、暴行を加えようとして……。

 

気付けば、琴音にそれを止められていた。

 

「やめて」

 

夢場美咲を守るようにして立つ琴音の姿を見て、私の中にあった熱が急速に冷めていくのが分かった。

 

ああ、もう終わったんだなって。そう思った。

ここまでくれば、もう2度と、軌道修正はできない。なんて。不思議と冷静になった頭で、漠然とそう思った。

 

 

 

 

 

琴音との関係が終わってしばらく。私は、アイドルへの夢も捨て、ただあるがままに、流れに乗って生きてきた。

テレビで、夢場美咲が引っ張りだこになっている姿を見る。

隣に琴音の姿はいない。………夢場美咲から自立したのだろうか。

もしそうだとすれば、また私と……。

 

………馬鹿な考えだ。琴音が私なんかともう一度関わってくれるはずがないのに。

こんな醜い人間なんかと。

 

夢場美咲は、太陽みたいだった。辛い現実を丸ごと打ち払ってくれるような、強くて明るい光。

ああ、そっか。最初から私は、彼女に負けてたんだ。テッペンに至れるのは、私なんかじゃない。彼女の方だった。琴音の闇を払えるのも、私じゃなくて、彼女だった。ただそれだけの話なのだ。

 

私には、才能がないんだ。

そう思った。琴音の隣に立てるのは、私じゃなかった。やっとそれが、自覚できた瞬間だった。

 

 

 

それから私は、腐るようにして生きていた。

アイドルはもう、目指していなかった。

アイドルを目指そうとすると、どうしても琴音のことが頭に浮かんでしまうから。

 

いつか、謝りたいと思ってた。けど、そんな資格すらないことに気づいて。

 

ずっとずっと、怠惰に過ごしてきた。

そんな時だ。あの女がやってきたのは。

 

「君には才能がある! それと顔がいい! どうだい? 私と一緒に、トップアイドルを目指すというのは!!」

 

「勧誘なら結構です。私、アイドル目指してませんから」

 

変な女だな、と思った。それに、見る目がないな、とも。

私には才能がない。だから夢場美咲に琴音を取られたし、琴音をいじめるなんて醜い真似をしでかしてしまったのだ。

 

私が褒められる要素といえば、容姿くらいだ。両親に感謝するしかない。

 

「私の観察眼を侮ってもらっては困るね……。君には才能がある!! 断言しよう! 1億円かけてやってもいい」

 

「ないです。帰ってください」

 

「そうか、勿体無いな。せっかく、夢場美咲を越えるアイドルグループに招待してやろうと、そう思って声をかけたのに」

 

「…………ありえない」

 

夢場美咲を越える?

馬鹿馬鹿しい。世界にはそんな才能も眠っているのかもしれない。けど、私には無理だ。

私は、夢場美咲に負けたのだから。

私が夢場美咲を越える才能を持っていたら、今頃琴音は私の隣からいなくなってないのだから。

 

「君は、夢場美咲と同じ小学校に通っていただろう? なら、彼女の人間らしい一面もたくさん見てきたはずだ。それなのに、彼女には勝てないと、そう思っているというのか? 何が君をそんなにした? 君は間違いなく、才能あふれる人材のはずだ」

 

そこまで調べ切っているのか。気持ち悪い。

私にはもう、アイドルの才能なんてないのだ。私は、夢場美咲に一度負けている。

だから……。

 

「……………私のこと、隅々まで調べ上げてるみたいですけど、警察呼びますよ?」

 

「見たところ、君は腐っているように見える。本当に、それで良いのか? 君、夢場美咲に劣等感を抱いているんじゃないのか? このままその劣等感を抱え続けていていいのか? 君はそれで、前に進めると?」

 

………そんなこと、わかってる。

けど、今更私が夢場美咲に挑んだところで、何が変わる? 

私に、何が残って……。

 

「……約束しよう。必ず、私は夢場美咲を越えるアイドルユニットを作り出す。私は、観察眼に秀でているのでね。プロデュース力には長けているはずさ」

 

……確かに、私が夢場美咲に劣等感を抱いていることをこいつは言い当てた。

でも、簡単には信用できない。どこまでリサーチしているのか、協力者には誰がいるのか。

 

とりあえず、探らないと。

 

「真村琴音って、知ってる?」

 

「ああ、知っている。そうか、君は彼女と関係があるのか」

 

その言葉を皮切りに、私の醜い経歴は、目の前の女に全て、明かすことになったのだった。

 

 

 

 

 

 

そこが私の人生の転換点だったのだろう。

私は、その女の事務所、白崎プロダクションで、琴音と再会することになる。

 

 

もう、関係は終わったと思っていた。もう、よりを戻せないと思っていた。なのに、彼女はそこにいた。

 

咄嗟に私は逃げ出してしまったけど、それでも彼女は、追ってきてくれたのだ。

 

私と琴音が初めて出会った、あの公園まで。

 

『………何でだろう。何か、思い出せないんだけど……でも、不思議と、ここにいる気がしたから』

 

何も覚えてないくせに。

私との思い出なんて、とっくの昔に彼方へと追いやっていたくせに。

 

なのに。

私との思い出の場所に来てくれた。

 

だから私は、あの時みたいに、琴音に歌を歌ってあげようって、そう思った。

今の、腐った私の歌声を聴かせてしまうのは、何だか気が引けるような気もしたけど。

ここで歌わないと、本当に琴音とは、終わってしまいそうな気がしたから。

 

 

 

歌った後、琴音は私の歌の感想を言ってくれた。

昔みたいに。

 

言ってくれたんだ。太陽みたいだったって。

私なんて、もう腐ってしまっていたのに。

それでもまだ、私の中には、誰かも闇を照らせるだけの光があったんだって、

琴音がそう、伝えてくれた。

 

まだ、アイドルを目指してもいいんだって。

私はまだ、完全には終わっていなかったんだって、そう思った。

 

 

 

……でも、私には、琴音の隣に立つ資格なんてない。

本当なら、言葉を交わすことすら許されない女なのだから。

 

だけど私は、醜いから。

もう一度、琴音の隣にいたいと思ってしまった。

 

昔の、あの頃のような関係に戻りたいと思ってしまった。

 

だから、私は、夢場美咲を越える。

夢場美咲よりも琴音の隣が相応しい存在になって、それで、トップアイドルに、テッペンに行って、今度こそ、琴音がまた闇を抱えても、照らせるくらいの光になってみせる。

 

そう誓って、私は琴音と、ライバルになるという選択をした。

 

………けど、これは逃げだったのかもしれない。

 

琴音と真正面で向き合うのが怖かった。

琴音にあれだけのことをしておいて、平然と琴音の隣でアイドルを続けることに、抵抗があった。

 

ただ、それだけだったのかもしれない。

 

あんな簡単に2人目になることを了承したんだ。きっと、その程度の決意だったのだろう。

 

そんな決意じゃ、きっといつかまた、琴音に置いていかれてしまう。

 

また、琴音の隣に居続けられなくなってしまう。

 

だから。

 

私は、夢場美咲に見せつけてやる。

琴音の隣に相応しいのは、私なんだって。

 

そして目指すんだ。

琴音と一緒に、トップアイドルを。

 

それまでは……。

 

「才歌、あの、私は貴方のこと、名前で呼んでるのだから、貴方にも、私のことを……」

 

「……ごめん、それは無理。あんたは、あんただから。これは、譲れないところだから」

 

私は琴音を、名前で呼ばない。

いつか、私が夢場美咲よりも琴音の隣に相応しい存在になれたのなら、その時は。

 

 

また、昔みたいに……。

 

「琴音………」

 

名前で呼び合えたら、いいな。

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