セシルのスキャンダルに心が揺れるJJ…と思いきや、アップルの意外な発言が気になる様子…?
「――作戦完了、これより帰投する」
「チョーくたびれたぜ、晩メシ晩メシ! アップル、ホープシティはいま何時だ?」
「そうね、だいたい夜の2時ってところかしら」
「ひぇーっ」
ライディングセプターのサイドカーに掴まっていたJJがのけぞった。
「そこでぶっ倒れんなよJJ、これ以上荷物になったら置いてくぜ」
「これ以上ってどーゆー意味だよ!」
「お前がいま想像したとーりの意味だ」
「テメーこのチャンプ、飯食ったら覚えてろよ!」
深夜まで及んだノーザの工作部隊との戦闘で、アタックチームの疲労はピークに達していた。3人はレーションの食事もそこそこに、ビッグポーター内の仮設ベッドで仮眠を取っていた。JJも先ほどのタンカはどこへやら、泥のように眠りこけていた。
「ええっ!?」
ビッグポーターのコクピットで、ひとりMr.ゴードへの報告を済ませたデイブは、軽く発せられたエイミの言葉に絶句し、思わずJJのほうを振り返った。
「そりゃ大変だ。こりゃあ、JJには内緒にしておかないと」
*
真っ暗だった本部の窓も白み始めてきた、朝の4時。
「――報告は、夕方にもらうことにする。まずはゆっくり、体を休めてくれたまえ」
Mr.ゴードは戻った4人をねぎらった。
「では、わたしも失礼するよ」
「そーそ、もうトシなんだし、夜ふかしは体に毒だぜ」
「なんてこと言うのJJ! お疲れさまでした、Mr.ゴード」
「……さて、僕も休ませてもらうよ。さすがに今回は疲れた」
「ホントそうだな……デイブ、ご苦労さん」
「サンキュー、デイブ」
デイブが部屋を出、チャンプとJJもそれに続こうとしたとき、これまでなぜか沈黙を保っていたエイミが突然叫んだ。
「もう、やっぱり黙ってるのなんて無理! ……あのねJJ、気を強く持ってね?」
どうやら、エイミが黙っていたのは眠気によるものではなかったようだ。いきなり名指しされて、JJは面食らった。
「な……なんだなんだ?」
「あのね、セシルに、恋人がいるかもって! もう、テレビもそればっかりなの」
「な、なにィ!? ちょっ、ちょっと失礼っ!」
自分を押しのけて廊下に駆け出したJJを見送り、チャンプが怪訝そうな顔をエイミに向けた。
「その話……ホントなのか、エイミ」
「ねー? びっくりだよねー」
「エイミ……でもちょっとひどかったんじゃない? JJに伝えるにしても、せめて明日にしてあげればいいのに……」
「いや、かえって良かっただろ。あいつが明日知ったとしたら、何で教えてくんなかったんだよ!って騒ぎ出すに決まってんだ。エイミは俺たちの安眠を守ってくれたんだよ。な?」
「チャンプまで……」
「それとも何か、アップルにはJJに特別優しくしてやる理由でも?」
「そんなことないけど……可哀想じゃない。疲れて戻ってきて、待っていたのが、大ファンのアイドルのスキャンダルだなんて」
「うーん、そっかぁ……」
しょげてしまったエイミを見かねたのか、チャンプが助け舟を出した。
「まぁ、JJなら大丈夫だろ。なんたってJJのセシルちゃん愛は筋金入りだ。一度や二度のスキャンダルで崩れたりするもんじゃあない」
「そ、そう……」
「どうしたアップル、それじゃ不服か?」
「……いーえ、それで結構ですっ!」
JJはロビーのテレビを食い入るように見つめていた。
テレビの芸能ニュースは同じ内容を、違うコメンテーターで何度も繰り返している。
基本的な事実はシンプルだった。映画でセシルと共演し、当時も噂になったバツイチの大物俳優。彼のマンションに、変装したセシルが現れたというもの。
「――前にインタビューで見たんだ。とっても尊敬する先輩だって。……今度も、大きな映画で主演するって言ってたし、大先輩に相談しに行ったに決まってんだ」
背後に人の気配を感じたJJが、問わず語りに喋りだした。
「ほーそうかそうか、なかなかの名推理じゃないのJJサン。じゃあ、変装してた理由もお見通しなのかなァ?」
疲労と寝不足で本調子ではないはずなのに、こういう時のチャンプは本当に生き生きして見える。
「だ、だから変装だって、こうやって、テレビや週刊誌が騒がないように気を使ったんだよ! あ゛~、可哀想なセシルちゃん……」
「でもJJ、セシルさんに前に会った時は、自分のことでそういう気の回し方をするタイプには見えなかったけど……」
「人間、成長するもんなの! アップルみてぇなカタブツとセシルちゃんは違うんだよ!」
JJはロビーのソファにあぐらをかいて踏ん反りかえった。
「まぁ失礼ね! そうよ、セシルさんだって女の子なんだから、好きな人とは一緒にいたいに決まってるじゃない!」
「……ほーう? 珍しいな、アップルがそんなことを言うなんて」
チャンプは興味深げにアップルを見つめた。
「だ、だからこれはね? つまりね、私じゃなくて、女の子は誰でもそう思ってても不思議じゃないかも、って話で――」
「似合わねーぜ、そーんなオトメちっくなの」
「似合わなくて悪かったわね!」
「……あだっ!」
アップルが投げたゴミ箱はJJの顔面を正確にとらえた。
「おやすみっ!」
クリーンヒットを受けてひっくり返ったJJをチャンプが覗き込んだ。
「ば~か」
「トホホ~……」
*
その日の午後。
アップルとエイミはベース内のカフェで、遅めのランチをつついていた。
「――それでね、女優の元奥さんにも取材が行ったらしくて、元ご主人のおめでたい報道ですが、祝福されますか? って。それでどう言ったと思う?」
「……んー、想像もつかないわ」
「大人同士の関係であるなら、私が今さら何か申し上げることはございません、って。でも聞く方も食い下がってね、お相手のセシルさんについて、これまで共演などもあったと思うけど、どんな印象をお持ちでしょうかって」
芸能レポーター役を熱演し、キラキラした眼でこちらを覗き込むエイミに気圧されたアップルは、とりあえず「う、うん」と相槌を打っておいた。
「そしたらね、お綺麗で、お芝居に対しても努力家だとは思いますが、まだ学ばれることは多くおありになると思っております、だって」
エイミがテーブルから身を乗り出し、芸能レポーターさながらにアップルに肉薄した。
「すごいよねー! 恋愛にかまけてると私に負けるわよ、ってことでしょ? オンナのプライドがもうバッチバチ。昨日から、あたしもう目が離せなくって!」
アップルは残り少なくなった手元のサラダを所在なげに弄んでいたが、思い出したように言った。
「そう……そうだエイミ、話変わるけど昨日のドラマ観た? 私まだ見れてないんだけど」
「あー、私も観てない。でね、ドラマといえばセシルの新ドラマなんだけど――」
「エイミ、ネタバレはダメよ」
「あはっ、前のアレね? ごめんなさい! あんまり衝撃的だったんで、誰かに聞いて欲しかったの。だってMr.ゴードは何いっても、うむ、としか答えないし。デイブはドラマには興味ないって言うし」
「それとこれとは話が別よ」
そう言いつつ、アップルはエイミの話題がやっとセシルから離れたことにホッとしていた。
「ふわ~あ、よく寝たぁ……」
起き抜けのJJはテレビを点けた。
「――沈黙を続けるセシルさんは、本日主演ミュージカルの稽古のため、ここホープシティホールに来ているとの情報を――」
プツリとテレビが消えた。
JJはリモコンを放り出してベッドに寝っ転がった。なんだかモヤモヤした気分だ。
セシルちゃんのことも気にかかるが……昨夜のアップルのセリフが、妙に心に引っかかる。
女の子は、好きな人と一緒にいたい……?
あいつ、ついぞそんな素振りなんて見せたことなかったけど……疲れと眠さに負けて、ポロっとホンネが出たとかか?
てことは、アップルにも「好きな人」がいるってことか? それも身近に?
Mr.ゴード……はまぁ除外していいだろうな。となるとデイブかチャンプ……どうだろう、そのどちらかだとしても、アップルの態度からは、相手を推測できるような手がかりは見つけられない。一度気になりだすと、もう他のことが考えられなくなってきた。
アップルの意中のオトコ……いったい誰なんだ!?
*
夕刻。
アタックチームの3人は昨夜のミッションの報告を済ませ、シミュレーションルームに入っていた。
「さすがだな、アップル」
「ありがと、チャンプ」
JJはその二人をぼんやりと見つめた。
チャンプ……ムカつくヤツだけど顔だけはいいよな……でもアップルがコイツを好きだったら、チャンプの性格からして、もうとっくにオレに見せつけて来てんじゃねえのか? それとも何か、オレに遠慮して控えてるってのか……?
視線に気づいたのか、アップルがこちらを振り向き、JJはドキリとした。
「JJ、次はあなたの番よ? ダメじゃない、訓練中にぼーっとしてちゃ」
「アップル、今日はあんま突っ込んでやりなさんな。いまやっこさんはいろいろ傷を癒してる最中なんだ」
「あっ……ごめんなさい」
アップルは身をすくめて言った。
「……でも、早く立ち直ってね、JJ。ノーザはいつ攻めてくるかわからないんだし……」
「そーそ、実戦の最中にそんなマヌケ面を晒してたら、ノーザのいい的だぜ」
「わーってるよ、ンなこたァ!」
勢い込んでJJが臨んだシミュレーションの成績は最低だった。
対照的に好成績を挙げたチャンプがJJをからかったが、JJのにぶい反応に見切りをつけたようだ。
「まぁ元気出せよJJ、一ついいことを教えてやろう。宇宙に100億いる人類の半分はな……実は、女性なんだ」
「ふーん…そうなのか……」
チャンプは肩をすくめて両手を広げ、ため息をついた。
「じゃあなJJ、今日は夜ふかしすんなよ」
「ふうぇーい」
放心しているJJのところに、スポーツドリンクのチューブを持ったアップルが現れた。
「あら、チャンプはもう上がり?」
「調子が出ないんでね。今日はノーザが来ないことを祈っといてくれ」
「そうね……お疲れさま」
「グッナイ、ハニー」
ウィンクを投げたチャンプは、シャワールームへと消えた。
「――はい、JJ」
「……サンキュー」
「さっきはごめんなさい。そんなにいきなり、気持ちを切り替えられないわよね……」
「んー……」
2人は並んでチューブをすすった。
「……なぁアップル、昨日言ってたあれ……女の子は好きな男といたい、っての」
「あ……あぁ、あれ?」
アップルがくすぐったそうな笑みを浮かべた。
「セシルさんがそうかは、本当のところはわからないわ。お相手の方が彼女にとってどんな存在なのかにもよるでしょうし……」
「例えば……例えばだぜ? アップルがチャンプかデイブかを好きだったら、毎日会えて幸せなのか?」
「やだJJ、なんでその二人限定なの?」
「いや……だから例えばだって」
「JJはそこには入らないの?」
「えっ……!? オ、オレ!? は……入っていいのか?」
「例えば、なんでしょ?」
いたずらっぽくアップルが笑った。
「あっ……ああそうそう、例えばって話」
「じゃあ簡単ね。そうね……幸せなんじゃない?」
その笑顔に、JJは胸を衝かれた。
「……ちょぉっと想像しにくいけどね?」
アップルは牽制するように人差し指を立てたが、JJはろくにそちらを見ていなかった。
「そ、そっかぁ……」
そう言うJJの顔をアップルが覗き込んだ。
緩んでしまった頬をその視線から隠すかのように、JJはチューブの中身を飲み干した。
「じぇ、JJっ! 大変だ、ニュース観たか!?」
「あら、噂をしたら」
ドタドタと入ってきたデイブが息を切らせながら言った。
「例の俳優がな、結婚するんだと!」
「ええっ!?」
JJとアップルが立ち上がった。デイブがテレビを点ける。
「相手は、相手はセシルちゃんなのかっ!?」
「いや、違う……ちょっと込み入っててさ、まずニュース見ようぜ」
美男美女が並んでインタビューを受けている。録画だろうか。
「――この度はおめでとうございます、それにしても、まさかこんな急展開になるとは想像しませんでした」
「本当はもう少ししてから発表しようと思ってたんですけどね……ただ、セシルの件もありましたので」
「セシルさんはこのことをご存知だったんですか?」
「あの……彼に聞いたんですが、セシル、私へのサプライズパーティーをやるつもりだったらしくて」
女性の発言にカメラのフラッシュが矢継ぎ早に焚かれる。
「……その相談をしているところをスクープされてしまって、すべてパーになってしまったんです」
「まったく、皆さんも少しは配慮してくださいよ……」
「――良かったね、JJ」
アップルがJJに向かって優しく微笑んだ。
「あっ、ああ……」
拍子抜けしたようにJJが答えた。
ウソみたいに気が楽になってる……なんでなんかな?
その夜JJはポスターのセシルに、いつもの「おやすみのキス」をすることを忘れてしまった。
<了>