映画ギャバン&ゼッツ&ちいかわ初日に両方観た!
ずーっとずーっと観に行かないなんて……許さないよ
これはまだ私が小さい頃の記憶だ。
“あの家”の部屋でお母さんがよくお話する「お菓子」がどうしても気になって、どうしても食べたいってねだってたなぁ……
でもお母さんは真剣な面立ちでこう言った。
『いいコマリ。この家のお菓子は絶対に、食べちゃダメだからね』
『なんで?どうして?』
その時はどうしてか分からなかったから、不思議に思って尋ねたんだっけ……
『……どうしてもなんだ』
でも母さんはそれだけは絶対に答えてくれなかった。哀しげな、何処か複雑そうで、
『———それは高確率で食べたらコマリ様の歯という歯が、粉々になるからです』
『えぇっ!?』
すると突然
そうだ。その部屋には三人で暮らしていたんだっけ、
『そして激痛の中、根本だけになった歯茎から血がドロドロと口の中に———』
『想像するだけで怖いからやめてよ!』
やたらと怖かったから、この思い出はよく鮮明に思い出した。その日の夜は想像するだけで怖くて眠れなくて母さんは私が眠るまで起きてくれた。
後日分かったことだがその時、あいつもベッドの中に入ろうとしていたらしい。
「んぅ………んあぁ? 夢、か…」
どうやらいつの間にか眠っていたようだ。少し寝惚けながらも秘密基地を見渡して呟く。
「これから此処で生きてくのか…」
するとコマリは部屋の”あるもの”を見つけた。此処に来る途中で始が自分に見せていたものだったからだ。
「ん?あれは———」
家に向かう途中の始。
曇空越しの昼下がり、住宅街へ続く道を始は一人静かに歩いていた。
特に急ぐ様子もなく、見慣れた帰路をぼんやりとだが進んでいく。
——その背後を、何者かが見ていた。
一定の距離を保ちながら、始に近づく。
電柱から壁へ、壁から角へ
始はまったく気づかない。
じり、じりと距離が縮まる。
少年が角を曲がろうとするその瞬間
背後の人物は静かに手を伸ばし——ぽん、と肩を叩いた。
「———っ!?」
始がびくりと肩を跳ね、勢いよく振り返る。
警戒と驚きに見開かれた目が、次の瞬間、きょとんと丸くなった。
「……なんだ、お姉さんか」
「おい、一体誰だと思ったんだよ……」
そこに立っていたのは見知らぬ誰かではなく、つい先ほど自分が拾った(?)顔だったからだ。
息を切らせた少女がこちらへ駆けてくる。赤いパーカーに長い金色の髪を揺らしながら、片手に小さな袋を抱えていた。
コマリは何処か複雑そうに頬を引き攣りから笑う。
「け、結構怖かったんだぞ。何処に行けばいいか道分からないし、あんまり人に会う訳にはいかないから物影から移動しながら探してたんだよ」
「見つけた時は全然気付かないからゆっくり近づいたんだ」
「いや……普通にビビるでしょ」
少年はため息をつきながら肩をさすった。やってることは完全に不審者じゃないかと思うが、何処か張り詰めていた空気だけが、ゆっくりとほどけていった。
「あ、そうだ。……はい。忘れ物」
コマリはポケットからある物を取り出した。
「え…!これ…?」
「これ置きっぱなしだったぞ」
差し出された物を見て始は目を見開く。
それは先程、始が見せた色とりどりの貝殻が入ったビニール袋であった。
「お母さん、絶対に喜ぶぞ」
「………ありがとう!」
コマリはニコリと笑い、始は安堵したように胸を撫で下ろし笑った。
「だいたい不審者不審者ってお前言いまくってるけど、どんな奴が不審者か分かるかよ?」
「ん?う〜〜ん……………あんな感じかな?」
始が指を指す。
指を指した先をコマリは釣られて見た。
二人の先には立ち塞がるように現れたいかにも怪しい中年男が立っていた。
髪がボサボサで眼鏡を掛けた何処か不衛生そうな服装。その異様なまでに張り付いた不気味な笑みだけが、なにより眼鏡の奥の瞳は何処か粘着的な執着を感じる。
「……誰?」
少女が眉をひそめる。
「君たちィ、楽しそうだねぇ」
「………また不審者…」
「え、またって……だから私は不審者じゃ———」
本日二人の不審者に出会った始。
ガチモンの不審者に出会うコマリ。
え、私って側から見たら、この変な人と同類なのかよ。流石にあそこまで胡散臭そうじゃないぞ。…………そうだよね?
そんなことをコマリが考えている内に男がゆっくり近づいて来る。
一歩
また一歩と
「な、なんだよあいつ……」
始は後退る。
すると男の口元がぐにゃりと歪む。
「———っ逃げるぞ!!」
その瞬間コマリは反射的に始の手を取り走り出した。
住宅街を抜け、細い路地を曲がり、無我夢中で駆ける。背後からは重い足音が執拗に追いかけてくる。
「なんなんだよあいつ!!」
「知らないよ!!お姉さんの知り合いッ!?」
「あんな知り合い知らねーよッ!!」
曲がり角を抜けた先には、人気のない港湾地区のコンビナートが広がっていた。
積み木の如く積み上げられたコンテナ
鉄錆と特有の塩の匂い
そして波の音
逃げ込むように二人は飛び込むが、だだっ広いひらけた空間に出た。
始とコマリの後を執拗に追う男。ついにひらけたコンテナヤードまで追い詰められてしまった。
「はぁ……っ、はぁ……!」
始が息を切らす。
後ろからゆっくりと男が姿を現す。
「『幸せ』なのは良いことだ」
そう言うと男の顔は、人間のものとは思えないほど歪んだようにニタリと笑い、自分の服を掴み――べり、と捲り上げた。
少年の喉が凍りついた。
「……え?」
「ッ!?まさかコイツ———」
男の腹には巨大な“口”があった。
腹を裂くように存在するおぞましい”口„その下には金色の金属ボルトが無理矢理固定した様に付いていた。
ぬらりと唾液を垂らしながら、
その口から長大な“舌”が飛び出した。
「っ!!」
「美味しい闇菓子が出来るからなぁ」
ガヴから蛇の如くうねる舌が、一直線へと伸び始に目掛けて襲いかかる。
避けられない、そう思った瞬間———
「危ないッ!!」
「えっ———」
間一髪コマリが始を突き飛ばした。代わりに舌がコマリの身体へと巻き付く。
「お姉さん!?」
始は叫ぶがコマリは苦しむどころか何処か冷静であった。
「大丈夫」
「いやでも———ッ!?」
「多分、大丈夫」
蛇が獲物を締め上げるように、舌が少女をぐるぐると絡めて拘束していく。
男の眉が怪訝そうにぴくりと動く。
本来舌が人間に絡まれば本来なら人間を一瞬にして圧縮しヒトプレスへと変えてしまう――のだが
「……はぁ?おいおいおい!?お前なんでヒトプレスにならねぇッ!?」
男の声に、初めて動揺が混じった。
いつまで経っても変化しないコマリは舌に拘束されたまま、恐怖なき真紅の瞳で淡々と男を見返す。
「
———そんな事、私が知るかッ!!」
そんな言葉がコンテナヤードに潮風と共に吹き抜けた。