「ん~~♡ おいしい~!」
「だぁっもう!自分のをお食べなさいあそばせ!!」
昼下がりの公園で。
二人の少女がクレープを片手に、もう片方の手で互いを押し合いへし合いしていた。
「良いじゃないですかー、ひとくちくらい!」
「あなたのひとくち、でけーんですのよ!」
「ええーそんなことないですよー、ほらこれぐらいですって」
「ちゃっかり二口目に挑もうとするな!!」
横にいる友人の頬に手を押しつけ、どこかちぐはぐな言動と行動で自らのクレープを死守しようとしているのは、自称お嬢様の少女、遠野ハンナ。
そしてそのハンナのクレープに横から更にかぶりつこうとしているのは、ひょんなことから腐れ縁とでも呼ぶべきものを結んでしまった自称探偵の少女、橘シェリーだった。
ある島での一件以来。
ハンナは他の少女たちと共に色々とあったものの、全てが万事解決した後にも、時折会える仲となっていた。
とりわけシェリーとは所在が近かったこともあって、こうして休日を共にする機会は多かった。
「えへ、ごめんなさい。お詫びに飲み物買ってきますから~」
「・・・ん。なら、オレンジジュースが欲しいですわ」
「はぁい、おおせのままに~」
「まったく・・・」
ベンチを離れ、ふらふら~とクレープ屋の隣にある自販機へと歩いていくシェリー。
その後ろ姿を眺めながら、ハンナは、ふう、と息をついた。
実際のところ、こうして何の憂いも心配事もなく友人と遊べることは、ハンナには心の清涼剤だ。
少し前まで精神的にあまり宜しくない環境にいたせいで心が疲れている節があったので、シェリーが気分転換にとこうして誘ってくれるのは素直にありがたかった。
・・・とはいえ彼女の無邪気を通り越してファンキーな振る舞いは相変わらずで、そういう意味での心労は絶えない。
「はい、ハンナさん」
「あら・・・ありがとう」
シェリーがペットボトルを差し出してきて、再び横へ座る。
ハンナは食べかけのクレープを一旦置き、それを開けて一口含む。
甘いクレープの後のオレンジジュースは甘酸っぱいというより、単に酸っぱい。
けれどハンナはその味が好きだった。
・・・と、横から困ったような声。
「あれ・・・あれれ?」
「・・・なにしてますの?」
何やら手元で悪戦苦闘しているらしいシェリーは首を傾げながら唸っている。
そして結局シェリーはハンナの問いかけに答える代わりに、ついと何かを差し出してきた。
「すみませんハンナさん、これ開けてもらえませんか?」
それは彼女が買ったサイダーのペットボトルだった。
怪訝な顔をしつつもハンナはそれを受け取って、本体とキャップをそれぞれ片手で保持し、互い違いに回す。
さして力を入れるまでもなく、ぷしゅ、と炭酸の抜ける小気味よい音がした。
「ありがとうございます」
えへへ、と少し照れくさそうにシェリーはそれを受け取ろうとする。
「・・・そんなに固くありませんでしたわよ?」
どうしても気になって、手渡しつつハンナはそう言ってしまった。
シェリーがこれを開けられなかったというのが不思議でならなかったのだ。
するとシェリーはそう言われると分かっていたようで、あははと乾いた笑い。
「いやあ、実はですね」
そして頭をかきながら、彼女は言った。
「シェリーちゃんってば、ものすごーく非力だったみたいなんですよ!」
「・・・はあ?」
衝撃の真実、とばかりにシェリーはどこからともなく取り出した虫眼鏡を突きつけていた(それまだ持っているんですのね)。
そしてハンナは最初、彼女が何を言っているのか分からなかった。
困惑しているハンナを見て、ふふーん、と何故か自慢げにシェリーは説明しだす。
「ほら、私の【魔法】ってなんでした?」
「そりゃあ【怪力】でしたわよね?・・・あ」
「そうなんですよ」
途中からハンナもそれに気がついた。
彼女と同じくハンナも【浮遊】という魔法が使えたのだが、それは少し前までの話。
あの島で色んなことがあって、結果としてこの世から魔女因子というものが失われて以来、ハンナもシェリーも生来持ち合わせていた【魔法】を使えなくなってしまったのだ。
「それで島から帰る時に試してみたら、ちょっとした荷物も持ち運べなくて!」
「・・・マジですの?」
「はい。要するに私の筋力ってアレありきのもので、身体は全然の力のない、貧弱なもやしっ子だったんです!」
自分でびっくりしましたよ、としかめつらしく頷きながらシェリーは言う。
なるほど確かに衝撃ではある。
「つまり私ことシェリーちゃんは晴れて【か弱い美少女探偵】にランクアップしたんですよ!」
「・・・ランクダウンじゃねーですの?」
「がーん!」
片手でリンゴを粉砕する怪力ゴリラ女の姿を見慣れていたハンナとしては、それは違和感バリバリの事実だった。
ただ、些細な力仕事をシェリーに頼られたというギャップが少し愉快で、ハンナはにんまりと笑みを浮かべる。
「あなたの数少ない良い所がなくなってしまいましたわね~」
「ええっひどいですよー。それを言うなら、ハンナさんだって唯一の特技なくなっちゃったじゃないですか」
「だから唯一ってゆーな!」
歯に衣着せぬシェリーの物言いに噛みついてから、ハンナは溜息をつく。
やはりというかシェリーは大して気にしていないようだったが、しかし【魔法】を失ったという事実は実際、あまり簡単に流せるようなことでもなかった。
「・・・まあ【浮遊】を鍛えて、いつか自由に空を飛ぶという夢は潰えてしまいましたわね」
結局ほんの少し浮くことしか出来なかったハンナとしては、それだけは少し惜しいと思ってしまう。
【魔法】が強くなるというのはどういう事かを知っている今となっては、どうあれ叶わぬ夢だったと分かってはいるのだが。
ついアンニュイな気分になってしまったところへ、シェリーが言った。
「高いところなら、今だって簡単に行けますよ?」
「はい?」
「実はこの公園を選んだのも、そのためだったりしてですね」
「・・・というと?」
ただ単にクレープを食べながら騒ぎたいだけなのかと思っていたハンナは、シェリーにそんな具体的なプランがあったことに驚きつつもそれを訊く。
するとシェリーは、少年に大志を抱かせそうな大仰なポーズをとってそれを指差した。
「あれ、乗りましょうよ!」
その指先に視線をつられていったハンナは彼女の言う、あれ、が何であるかをみとめて。
正直、微妙な顔をした。
「・・・・・・あれですの?」