あなたが落としたのはきれいな無惨ですか? もっと汚いの 作:三柱 努
時は平安
とある貴族屋敷に鬼がいた。
元は人の子であった。
死に瀕した体で生まれ
自ら生を主張し
本能に刻まれた生への執着をそのままに
鬼へと変貌した男であった。
人の血肉を喰い漁る鬼を始末しようと、彼を排出した貴族は武士を差し向けた。
だが強靭な肉体を持つ鬼に成す術は無く、来る日も来る日も死体の山。
「いい加減にしつこい。毎夜毎夜飽きもせず」
月明かりに浮かぶ妖艶な姿。
夜風にそよぐ枝葉と共になびく黒く鋭い髪。
血よりも浅黒い朱赤の中に猫のような縦長の黒目を浮かべ。
世の全てを見下し、自らを至高の存在と信じて疑わぬ意思を宿していた。
今宵も五人の武士が弓、刀を手に鬼に迫る。
並び立つ武士を前に鬼は呆れ顔で立っていた。
「鬼舞辻無惨、覚悟!」
キリキリと絞られた弓が一斉に弾かれた。
だが飛び交う矢の雨を避けることもなく、鬼舞辻無惨は跳躍した。
固い皮膚に矢は通ることもなく、無惨の勢いも止まることは無い。
腕に覚えのある巨躯の武士たちの、その高い背丈を飛び越え、飛び越しざまに腕を一振り。
2つの首がゴロリと、風を切る音の鳴り沈む前に転げ落ちた。
他愛も無く。
実った柿でも刈り取るように。
だが無惨は着地の目測を誤っていた。
昨夜見た時には気付かなかった古池が、その足元に拓かれていたのだ。
ズズと片足がその中に沈む。
どうやら池の底は深いようで、踏ん張り損ねた無惨はその身を古池に落としてしまった。
どうも無様な失態とはいえ、無惨はそれを恥じる男ではない。
池に落ちたのであれば池の側壁を掘り進め、武士の足元に躍り出てやればよい。
そんな算段のまま古池に落ちていく無惨の顔は冷酷のままであった。
「くれぐれも油断されるな各々方。鬼舞辻無惨は足元より現れよう」
武士たちは刀を構えた。
その時、一閃の光が古池から立ち昇った。
「やや。これは如何に!?」
無惨が地からではなく古池より現れるとは。
想像していなかった武士たちは一時慌てるも、体勢をすぐに立て直す。
しかし古池より現れた人の顔に一同は驚愕する。
「天照大御神様!」
現れたのは穏やかな笑みを浮かべた女神だった。
長くスラリとした髪を垂らし
薄布を身に纏い
月桂樹の冠を巻いた
天女のような美しさ。
神秘的なその出で立ちに思わず刀を落とす武士たち。
だが更に驚くべきは女神の腕に抱かれた男。鬼舞辻無惨の穏やかなる姿であった。
まるで母親に抱かれた赤子のように。微笑みを宿した姿たるや、先ほどまでの冷酷無情の悪鬼とは思えぬほど慈愛に満ちていた。
「あなたが落としたのは、このきれいな鬼舞辻無惨ですか?」
「・・・・・?」
女神の問いに武士たちは初め驚いたが、1人が静かに口を開いた。
「古池に落ちたるは悪鬼・鬼舞辻無惨。我々の討伐すべき人食い鬼にございます」
跪いて真を述べる武士に、女神は微笑み心地よい声で語りかけた。
「あなたたちは正直ですね。ご褒美に、このきれいな鬼舞辻無惨をあげましょう」
そう言って女神は無惨を下ろし、自らも古池の中へと沈んでいってしまった。
「・・・・・・・・」
残された鬼舞辻無惨と武士たち。
にらみ合う両者・・・ではなかった。
武士たちの一方的な殺気を宿した睨みに対して、無惨は微笑みを残したまま静かに地面に膝をついたのだ。
「皆様。この私、鬼舞辻無惨は全ての悪行を陳謝致します。私の病を治そうと奔走いただいた御医者様を殺し、屋敷から手向けられた武士の方々を殺した罪は言語道断。死を以て償う所存でございます」
頭を垂れて首を差し出す鬼舞辻無惨を武士たちは訝しんだ。
何を企んでいるのか。隙を見せれば、先に殺された仲間の二の舞か。
だが、目の前に項垂れる無惨には抵抗の気も謀略の気配も何も感じられない。甘んじて死を受け入れる罪人の色。まさにその姿。
「・・・私がやろう。何かあれば」
1人の武士が刀を手に無惨の元へ歩み寄った。その覚悟を察した仲間も刀に手を置いて構える。
「鬼舞辻無惨。覚悟!」
ザンッと振り下ろされた一振りは易々と首を刎ね、悪鬼の頭をゴロリと落とし、その憎き胴と分断せしめた。
「・・・布を」
武士は無惨の首を風呂敷に包んだ。残された体は四肢と胴を割って同じように運ぶことに。
斬り落とされた無惨の頭部は今にも動き出しそうな生気を宿しながら、そしてまるで仏僧の笑みのように安らかで穏やかな表情であった。
「各々方、屋敷へ向かいましょうぞ」
武士たちは仲間を埋葬し、この地を後にした。
カサッ
その道中、風呂敷の中から小さな擦音が鳴ったことに彼らは気付いていなかった。
その後、古池の辺りで童と青狸が
「こんなところに忘れてるじゃないか。しっかりしてよドラえもん」
「あぁ。うっかりしてたみたいだね。ゴメンゴメン」
と何やら騒いでいたが、その事に気付く者も誰もいなかった。