あなたが落としたのはきれいな無惨ですか? もっと汚いの   作:三柱 努

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天下の剣豪

山奥の村に巣食う奇妙な一家。

無惨と珠世、縁壱とうた。4人の生活は10年ほどが経過していた。

 

相変わらず、無惨と珠世は鬼から人に戻るために薬や毒を研究し続けていた。

だが一向に手応えも手がかりも無し。

人の体を治す薬ばかり上達していった。

 

そんな中で縁壱も薬の知識を身に付けていった。

体の中身が透けて見えるという彼の能力も相まって、薬の効能を確かめながら処方できる縁壱の薬の売り方は神がかっていた。

そのため彼が薬を売り歩く先々で、珠世製の薬は跳ぶように売れ、食べ物や薬・毒の材料と交換してもらえることも多かった。

そうなると行きよりも帰りのほうが大荷物になることもしばしば。

 

となれば一人旅よりも二人旅。縁壱は無惨と共に薬売りの旅に出ることが多かった。

「それでは行ってまいります」

「気を付けてね縁壱。それに無惨様も」

「うたさんも珠世さんも留守をお願いいたします」

「くれぐれも、お願いしますね」

初夏、満天の星の下。珠世とうたに見送られ、旅に出る縁壱と無惨。

この2人の組み合わせなら距離も2倍、荷物も2倍。

 

だが問題もあった。

日の光に当たることのできない無惨は移動が大きく制限される。

夜中の移動は安全。日が高く上る真昼は大きな傘をかざして日を避けて歩くことができたが、それ以外は宿をとるか森の中に逃げる必要があった。

 

とはいえ日光の問題よりも、珠世が憂いている問題があった。

 

旅先で無惨が困っている人を放っておけない問題だ。

「よろしければウチに来ませんか?」

縁壱とうたを拾ってきた日のように、行く宛のない困り人を拾って帰ってくる。そして珠世にどやされる。心優しい縁壱は、お目付け役の機能を果たせない。そんな問題だ。

 

 

とはいえ村に人が増えても、薬を売った儲けがあるため貧しくなることはなかった。

このご時世に食うに困る生活になることもなく。

むしろ縁壱はたくましく成長していった。

それは鬼の体の無惨と共に山々を駆け抜けていく膂力に秘密があった。

 

「やっぱり縁壱さんはおかしいですよ」

珠世に指摘されるまで、縁壱も自身の馬鹿力を特に気にしていなかった。

いつもそばにいながら無関心で無頓着な無惨も当然の話。

 

たしかに言われてみれば縁壱の体は鬼に匹敵するほどに強靭で、たまに呼吸を「ゴオオオオ」と激しく唸らせると吐いた息が火のように見えることがあった。

縁壱としては体が強いというより、呼吸や運動法次第で強さが発揮できるようになるという感覚。

武家の出身である縁壱がこれほどの強さを持っているのなら、刀を握っていればきっと戦国最強の侍になっただろう。

だが当の縁壱は刀を振るよりも、無惨やうたと楽しく踊ったりするほうが楽しくて好きだった。

 

 

さらに言えば、縁壱がこの力を戦いに使わなかったのには3つの原因があった。

 

1つは単純に縁壱が無惨に似たのか、人を傷つけることを極端に嫌うようになったから。

 

もう1つは、縁壱の独特の体の動かし方を「是非教えてください」と無惨が教えを乞いたが・・・

「ガハッ」

あとちょっとで完璧に真似できそうな時に無惨が吐血したからだ。

「ご、ごめんなさい。体が中から灼けそうな・・・ちょっと私には無理ですね」

吃驚するほどの不快感が無惨の体を襲っていた。

鬼ですら吐血するほどに危なそうな運動法だったため、縁壱はこれ以上、自身の呼吸法を極めることを止めたのだ。

ちなみに縁壱は運動法として極めるのは止めたが、応用した“舞い”の形で体系化することには成功。これで無惨を含めた皆で楽しめるようにした。その時には心臓の音が自然と「ドントットット」と響くようになったという。

 

 

そして最後にして最大の原因。

縁壱には人に教える才能が無かった。

そう断言できるのは、縁壱に運動法の教えを乞う者がいたが、その芽が全く咲かなかったことだ。

 

「師匠! どうか私めに刀術をお教えください!」

と軽々しく土下座して頼み込んできた花房という若者。

縁壱は「刀はできませんが、体の動かし方なら」と快く引き受け、一生懸命に運動法を伝授した。

だが、これがまた酷く・・・全く・・・いや、教えれば教えるほど花房は弱くなっていった。

よく食べ、よく笑い、厚かましいくらいに態度の大きい若者だったが。

 

しまいには道行く3人組の子供に石を投げられ、それを捌くどころか全て顔面で受けてしまうほど。

「畜生!覚えてろよ」と子供たちに捨て台詞を吐いて逃げて、それっきり帰ってこなくなってしまった。

これには縁壱も酷く落ち込んだ。

自分には人に教える才能がないどころか、天下の剣豪と名乗っていた花房にその道を閉ざすほどの挫折を味わわせてしまったことを。

子供たちは「そんなことはないと思います」「牧之介が弱いだけでしょ」「間違いない」と縁壱を励ましてはくれたが。その日以降、縁壱は人に運動を教えるのを止め、教えるのは舞いだけと決めたのだった。

 

ちなみに3人組の子供たちは縁壱に「せっかくだから」と家にあげてもらい、無惨と出会って「土井先生の声だ」「姿が全く違うから」「気付けた」と口をそろえたという。

 

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