あなたが落としたのはきれいな無惨ですか? もっと汚いの   作:三柱 努

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家族の安らぎ

「お父さん、無惨様。いってらっしゃーい」

日も落ち切り風がひんやりと気持ち良くそよぐ夕刻。

村の出口に小さな子供が大きく手を振って2人の男を見送っていた。

子供に付き添う大人たちも静かに大きく手を振っている。

見送られる2人のうち1人は子供の父、縁壱。もう一人はその主である無惨だ。

 

「私も無惨様と行きたかったなぁ」

子供は頬をブーと膨らませて不満げにしていた。

そんな我が子の肩に手を置いて、うたは静かに諫めた。

「たまにはお父さんにも、無惨様の独り占めをさせてあげなきゃ」

 

 

縁壱とうたが結ばれて十数年になり、2人の間には何人もの子供たちが生まれていた。

子供たちはどの子も無惨と珠世によく懐いていた。

無惨が拾ってきた人たちの間にも子供が生まれ、村は人口が倍にもなり大所帯に。

元からいた村人も、外から来た者たちも。誰もが無惨の温和な人柄を愛し、その背中を見て育った。

そんなこともあり無惨はいつでも引く手あまた。

薬売りや材料集めに出かける役も誰もが率先して手を上げ、ここ十年は高い競争率を維持している。

村の中でも無惨は子供たちをよく世話して暇がないほどだった。

そんなこともあり、歳を重ねるほど、無惨と縁壱が二人きりになれる時間はめっきり減っていった。

 

縁壱はあまり自己主張しない性格もあり、その心を理解できる人は数少ない。

周りの人たちが遠慮なく無惨を連れだしていくのを見る縁壱が、どこか寂しげに感じられたのは妻のうたくらいなものだろう。

(なお無惨は鈍感だった)

 

そんな縁壱のために、今日はうたの取り計らいで無惨との薬売りは縁壱だけで行くことになった。

 

では縁壱が浮足立っているかといえば・・・そんなことはない。

縁壱もすっかり大人なのだ。

「縁壱さん。見て下さい。オタマジャクシがいますよ」

「可愛らしいですね、無惨様」

2人はいつもこんな感じだ。無邪気な無惨に縁壱が話を合わせる。

昔はうたと無惨の影響もあって一緒に無邪気なことを言って喜んでいたが、夫となり、父となったことで落ち着きと適度な謙虚さを身に着けていた。

成長していなぃ・・・変わらないのは無惨の性格の方だろう。

これについては珠世が分析していたが。

人の性格や成熟具合は、その人の外見や見た目に大きく影響されるものだ。立派な身なりをすれば相応に中身も伴っていく。老いた見た目をしていれば、中身も老いた考え方になる。

だが不老の存在である鬼は違う。

歳と共に見た目が変わらないせいで、いつまでも中身が伴って成長していかない。

さすがにそれは言い過ぎじゃないかと、村でも多くの人が首をかしげる珠世の持論だが。

当の無惨が無惨してるから、まぁその通りなのだろう。と結論付けられた。

 

 

そんな中身が無惨のままの無惨と、年齢相応に落ち着いたであろう縁壱。

この日、とある出会いがあった。

昼の間、日を避けるために木陰で休んでいた時、無惨たちは武士の一団とすれ違った。

どこかの戦の帰りだろうか。疲れきって重い足取りの男たち。

その中の1人から声をかけられた。

「そこのお前。まさか、縁壱か?」

声の主は一団の中でも階級の高そうな、立派な装いの男だった。

男の呼びかけに無惨や他の武士たちは首を傾げたが、縁壱は「まさか」と口を開けて驚いた。

「兄上」

 

 

男は縁壱の双子の兄、巌勝といった。

身に着けていた兜や鎧を脱ぐと、まさに縁壱と瓜二つの顔立ち。その姿に無惨は目を丸くした。

巌勝は家臣の男たちに先に帰るように指示し、縁壱と無惨の元に歩み寄った。

「やはり縁壱だったか。そちらの御仁は?」

見るからに高貴な武士であろう巌勝だったが、無惨の元に歩み寄ると地面にも構わずに膝をついて座った。

「鬼舞辻無惨様です」

「お初にお目にかかります。縁壱さんから以前、お話を伺ったことがあります」

作法よく手をついて挨拶する無惨の姿に、巌勝は首を傾げた。

その所作は紛れなく貴族の教養。だが無惨の服は整いこそすれども旅の商人のような装い。そのアンバランスさから無惨の位の高さなどを図りかねた。

ただ少なくとも鬼舞辻という名の敵の武将や家を知らないことを巌勝は安心した。

 

「鬼舞辻殿は・・・縁壱の・・・」

「主です」

「主ではありませんよ」

どこか誇らしげに無惨を紹介した縁壱に対して、無惨は被せ気味に否定した。

どっちなんだ?とますます首をかしげる巌勝。

だが喧嘩をしているようには見えない。互いに信頼し合っているからこその即答なのだと巌勝は感じた。

 

それから巌勝は世間話でも始めるように、縁壱と膝を付き合わせた。

とはいえ、しゃがみ込んだ巌勝はすぐに口を開くことができなかった。

幼少期の確執や、忌み子文化の双子の兄弟だからこそ踏み出せない距離感がそこにあった。

「今でも刀は振っているのか?」

巌勝から最初に切り出されたのは、そんな話題だった。

「いえ。今は薬売りをしています」

縁壱の答えに巌勝はほんのわずかであるがホッとした表情のやわらぎを見せた。

「無惨様に刀を教えて血を吐かれて以来、刀を握るのはやめました」

「私は、縁壱さんの剣術を見るのが好きだったので、やめないで欲しかったんですけどね」

 

 

 

ん? 今サラッとトンデモないことを言わなかったか? と、巌勝は目を白くした。

主人に、血を吐かせるような教え方を? それは鬼教官すぎるのでは? 弟は鬼になってしまったのか・・・と。

「今は刀の代わりに、我が子や村の皆に舞いを教えています」

縁壱の当然と言わんばかりの方針転換報告に、巌勝はついて行くので精一杯だった。

いや、ついていけなかった。刀がどう変わったら舞いになるんだ?

「舞ってる時の呼吸が特徴なんですよ。継国流呼吸舞と呼んでいます」

「それはあまりカッコよくないからやめましょう、と珠世様が言ってたじゃないですか」

無惨と縁壱の掛け合いに、巌勝は『呼吸? 次から次へと新しい情報を出さないでくれ。まだ私は舞いのところまでしかついていけていないのだ』と目を丸くする一方だった。

 

だが巌勝は安心した。

「仕えるべき主を見つけたのだな。縁壱」

ふと漏らした本音。巌勝自身も言って初めてハッとなった。

「ええ。兄上」

誇らしげであり、それでいて安寧を感じさせる縁壱の即答に、巌勝もまた笑みをこぼした。

だがそこに無惨は「だから主じゃないですって。強いて言えば・・・友でしょうか?」と割って入った。空気を読まない主だ。

「主じゃないというなら、無惨様は私にとっての父ですよ」

縁壱も一切引く気が無いようだ。

なるほど。これはうらやましい限りだ、と巌勝は思った。

 

戦国の世の武家の当主。巌勝の立場は退屈と窮屈に溢れた日々だった。

自分は仕えるべき主に出会えたのか? 自問自答の日々。

出会い方が違えば殺す殺されるの関係になったであろう者たちに囲まれる日々。

守りたいものは家族だけ。心の安らぎを感じられる相手。

そんな相手が今、目の前に。それはかつて嫉妬した弟。それが今ではすっかり主に手を焼きながらも幸せを感じる穏やかな者になっていた。思わず守りたくなる存在に。

 

「達者で暮らせ。縁壱」

巌勝はゆっくりと立ち上がった。

「兄上?」

「また会おう。その日まで、お前達にも火の粉が降りかからぬよう私は戦い続けるさ」

巌勝はそのまま去ろうとした。

そんな兄の背に縁壱は声をかけた。

「今でも。兄上にいただいた笛を大切にしています」

そう言った縁壱に、巌勝は最後に振り返って笑顔を見せた。

 

 

 

この日を最後に巌勝が

無惨と縁壱に姿を見せることはなかった。

 






【お詫び】
しばらく休載させていただき申し訳ありませんでした。
結婚式に新婚旅行、親戚への顔見せやインフルエンザと。
大忙しの1か月を過ごしてきました。
また安定して連載できるようがんばっていきます。
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