あなたが落としたのはきれいな無惨ですか? もっと汚いの   作:三柱 努

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毒です

 

無惨は幾つもの地域を渡り歩いた。

 

東へ西へ北へ南へ

 

お目付け役の珠世を連れて。

 

 

というのも、無惨の行脚に付き添っていた継国一族の末裔たちが、数世代前から頼りなくなってきたからだ。

無惨の暴走を止めるのが付き添いの役割だと珠世は期待していたが・・・

行く先々で人を助けようとして、結局面倒ごとを拾って帰ってくる。

そしていつまで経っても人間に戻る薬や毒どころか、青い彼岸花の手掛かりも見つからない。

ということで珠世がしびれを切らして旅に同行するようになったのだ。

(それまで珠世は日の光を恐れ、勝手を知る村を出るのを嫌がっていた)

 

 

とはいえ珠世が旅に参加したからといって薬の方の進展があるわけではなかった。

たしかに珠世が村にいた頃は一回一回村を往復して薬を調合したり実験をしたりとで手間と時間ばかりかかっていたが。珠世が行く先々でその仕事を完結できれば、村と旅先を往復する必要がなくなる。

そのおかげで無惨の行動範囲が広くなっていった。

 

ついには日ノ本で最も栄えた都、江戸にまでたどり着いたのだった。

 

 

 

その夜、無惨と珠世は綺麗な花火を見上げていた。

 

そこは江戸から少し離れてはいるが、それでも貿易やらで栄えた大きな町であった。

花火も煌びやかで大きく、見惚れするほどの美しさ。

山奥の村では見ることのできない全てに、無惨と珠世の口から感嘆の吐息が漏れた。

 

「珠世さん。私はこれほどに美しい物を見たことがありません。人の成す業というものは本当に素晴らしい」

「そうですね。あとはこういう時に限って・・・」

 

珠世は懸念していた。

無惨と時を過ごし始めて数百年。たいてい良い事が起きたタイミングになると、間の悪いことが起こる。珠世が村で新薬を開発した翌日に、無惨が困りごとを拾って帰ってくるとか。水を差されるのは一度や二度のことではなく。

 

 

「た、珠世様ぁーーー! 無惨様ぁーーー!」

 

花火の音をかき消して、遠くから2人を呼ぶ声が聞こえてきた。

縁壱の一族、当代の頭である縁樹の声だ。

縁樹は、一言で言えば猪突猛進な人間だった。よく言えば馬鹿正直。無惨に似て困っている人が居たら放っておけない。だが配慮は足りない。珠世を旅に駆り立てた原因とも言える。

 

今宵は花火祭りで大声。

その声に呼ばれた無惨たちが向かうと、縁樹の側に若い男女の姿があった。

 

「ゲホッゲホッ」

少女がうずくまって咳き込んでいる。

その咳の音は生まれつきの虚弱体質が起因していると、無惨と珠世はすぐに見抜いた。

「縁樹さん! そちらは?」

「つい今しがたご夫婦になられた方々です!」

状況的に、花火の下で契りを交わしたばかりの新婚さんということだろうが縁樹・・・そういう秘め事は周囲に聞こえる大声で言うべきでない。デリカシーが息をしていないことに、珠世は駆けながら頭を抱えた。

 

「大丈夫か恋雪? お医者様、いつもの咳なので大丈夫だとは思いますが・・・」

「そうですね。すこし腰かけて休まれるといいでしょう。お薬を今お持ちしますから」

少年は心配ないと言いながらも少女・恋雪を力強く抱きかかえた。

 

「はいっ、こちらが咳止めと。滋養強壮の薬です」

珠世特製の薬は効き目抜群で評判だった。

薬を飲んでしばらく休むと、恋雪の咳はすっかり止まり良くなっていた。

「助かりました。つ、妻を助けていただき、何とお礼を言ったらいいか」

少年のたどたどしい礼に、無惨一行は微笑みで返した。

愛する人を「妻」と呼ぶのも恥じる少年、名を狛治といった。

眩いほどに初々しい2人の姿は、無惨の目には花火よりも美しいものに映った。

 

 

「よろしければ今夜は我が家にお泊りください」

すっかり咳も落ち着いた恋雪は、無惨たちが旅の者と知るとすぐに宿を提案した。

「ありがたいお話ですが、新婚夫婦のお邪魔をするわけにはまいりません」

「心配なさらなくても、私の家は道場をしています。お部屋もありますので是非」

恋雪の懇願するような瞳に、無惨も珠世も断る理由を失った。

 

「おお、それはとんだご迷惑をおかけしました。この家の主、慶蔵です」

無惨たちを出迎えた恋雪の父、慶蔵は快活な男性であった。

「このとおり何もない家ですが、どうぞゆっくりしていってください」

そう言うと慶蔵は押し入れから布団やら替えの着物やらを出したり、「夜食はいかがですか?」と台所に立とうとするなど、甲斐甲斐しく無惨たちをもてなした。

「あ、あの・・そこまでしていただかなくても」

あまりにも手厚い慶蔵のもてなしに、遠慮と困惑を見せる無惨。

「おっとこれは失礼。なんせ狛治と、恋雪を助けていただけたことがあまりにも嬉しくて」

そう言って笑顔を見せる慶蔵に、狛治と恋雪も小さく笑顔を見せた。

何かしら事情がある様子に、珠世が尋ねると、狛治が話しにくそうに語り始めた。

 

狛治は江戸を追放された元・罪人であり、彼の腕の6本の入れ墨はその証とのこと。

誰が見てもわかる罪人とその連れに、こうも手を差し伸べる者はいない。

だからこそ何の躊躇も無く積極的に助けに入ってくれた無惨たちへの感謝がたまらなかったのだ。

 

だがその実・・・無惨たちは単純に罪人への入れ墨の風習を知らなかった。

『なにぶん田舎者なので』

『平安には無かった習慣なので』

『俺は純粋にカッコイイな、と』

気まずい雰囲気を御三方は心の奥に押し込め、話の続きを聞いた。

 

 

恋雪は幼い頃から体を弱くし、床に伏しがちであった。

そんな彼女の面倒を、狛治が辛抱強く診てくれていたことが馴れ初め。

門下生のいない貧乏道場で、慶蔵の便利屋の仕事だけを収入源としているから、挙式は大したものをあげられないが、3人は楽しみにしているそうだ。

 

それを聞いた無惨たちは思わず手を合わせて感激した。

「なんて素敵なお話でしょう。祝言はこれからでしたか?」

「はい。明後日です。明日は江戸に戻って、親父の墓前に報告をしなければならないので」

無惨が声を高くすると、狛治は照れ臭そうに頭を掻いた。

 

「そんな、お忙しい時にお邪魔して良かったのでしょうか?」

「いいえ。それにもし皆様の旅がお急ぎでなければ、立会人になっていただけるとありがたいのですが」

慶蔵の依頼に無惨と珠世は「是非に!」と即答した。

 

「それに差し出がましい話ですが、式のお手伝いもさせてください。こう見えて私たち、何組もの夫婦の式を挙げてきましたから」

キャピキャピと提案する珠世。

むしろ当事者である狛治や恋雪よりも楽しんでいないか? と思えるほど、彼女のテンションは上がっていた。

「お着物や余っている布がありましたら、白無垢や袴に近づくよう仕立てもします。会場の用意も、この鬼舞辻無惨と継国縁樹をこき使ってくださいな」

 

 

こうして、無惨たちは二宿二飯を頂く代わり、結納の(主体的)手伝いを(積極的に)約束した。

当事者の親子3人すら置いてけぼりにしているんじゃないか? というテンションで。主に珠世が。

 

 

無惨と珠世はよく働いた。

慶蔵と恋雪が遠慮するほど、テキパキと道場を掃除し、着物を仕立て、料理を手伝った。

「申し訳ありません。私と珠世さんは・・・・皮膚の病もありますので、日中は日の射す所に出られないので、外のお手伝いだけはできませんので」

「いえいえ。むしろこちらこそ申し訳ない。客人にここまでしていただくのは・・・」

腕が9本くらいに分身しているのではないか?と思うほどの手早さで仕事をする無惨を前に、箒を手に玄関を掃く慶蔵は苦笑いした。

 

日が昇りきる昼前には、道場は普段の倍以上に綺麗になっていた。

「なんて素敵でしょうか、珠世様」

「お似合いですよ」

恋雪もまた、明日の挙式のための衣装に袖を通しご満悦であった。

その花嫁姿は、残念ながら男性陣は明日までのお預け。

 

 

 

「恋雪。無惨様と珠世様にお水をお出ししてくれないか?」

 

昼過ぎ。

準備に精の出る頃、疲れも見え始める頃。

喉の渇きを覚えた慶蔵が恋雪に頼んで井戸の水を汲みに行かせた。

夏の日に汗もかかずに働く無惨と珠世の姿は異様ではあったが、この炎天下によく冷えた水を差しいれてあげたいと、恋雪は喜んで水を用意した。

 

「ささっ。珠世様、無惨様。どうぞ」

湯飲み4つがお盆に乗る。

無惨と珠世は「では、頂きます」と手を伸ばした。

「ではありがたく」

先に無惨と珠世が水に口を付けた。

珠世は口の中にピリピリと若干の痺れに違和感を覚えながらも、吐き出すのは失礼とそのまま飲み込み。

無惨は一口含んだ瞬間に叫んだ。

 

「毒です! 飲んではいけません!」

 

それは恋雪が水を口に含んだ瞬間のことだった。

無惨の言葉に、慶蔵は咄嗟に小雪の口を手でこじ開けた。

恋雪が飲み込みかけた水は畳にベッと吐き出された。

 

「これは一体・・・」

 

その時、屋敷の庭の藪がガサッと揺れた。無惨が視線を向けると、何者かが塀を越えて隣の家に逃げていくのが見えた。

「・・・慶蔵さん、お隣は・・・」

訝しげに塀を見つめる無惨。

 

だが慶蔵はそれどころではなかった。

「無惨殿! 珠世殿が!」

慶蔵と恋雪の目の前で、珠世が口から血を吐いて床に倒れたのだ。

顔を覗き込むと珠世の瞳孔が開いている。

非常事態が起きている。そしてこれは人の命が尽きる寸前の反応であると慶蔵と恋雪は直感した。

「毒って・・・無惨様、どうか!」

珠世を心配する恋雪は目に涙を溢れさせて困惑していた。

だが無惨であれば。薬師と名乗った彼であれば。昨夜のように何か薬を珠世に飲ませて助けてくれるに違いない。恋雪はそう確信していた。

 

だが。

「無惨さん、この毒は?」

ムクッと起きた珠世が無惨に尋ねた。珠世がムクッと体を起こしたのだ。

素人目に見ても、珠世は今動いていい体ではないはず。

だが無惨はそれには一切動じず。

「この毒。今の手持ちに解毒剤は、ありません」

突き付けられた無情な現実。慶蔵と恋雪は絶望した。

「それは、仕方ありませんね」

「はい。我慢してください」

 

 

・・・・?

 

今の流れでそのやり取り? 仕方ないとか我慢とか。無惨と珠世がそれで片付けようとしている。

慶蔵と恋雪は互いに顔を合わせたが、珠世はあろうことか自分が吐いた血の拭き掃除を始めた。

そんなことをしている場合じゃない。そう言おうと2人が前のめりになった矢先。今度は無惨までも恋雪の吐いた水を拭き始めたのだ。

 

熱量の差というか危機感の差というか緊迫感の差というか。

そういうものを目の当たりにして慶蔵と恋雪は目を丸くするしかなかった

 

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