あなたが落としたのはきれいな無惨ですか? もっと汚いの   作:三柱 努

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暴れん坊

紆余曲折の末に素流道場の隣家、剣術道場を譲り受けることになった無惨と珠世。

これは2人にとっても悪くない話だった。

今までは珠世の村、山奥の田舎を拠点にしていたが故に、本来の目的である鬼から人に戻る術を探す手段も限られていた。

だがこの道場は江戸に近く、薬や毒の入手経路、人と人を繋ぐ術が無尽蔵にある好立地。

断る理由は無い。

 

一つ問題があるとすれば無惨と珠世が鬼だと露呈することへの憂慮。

元いた田舎であれば昔からの間柄で見逃してもらえていたが町では勝手が違う。

不老不死の存在が奇異の目で見られてしまえば居場所が無くなるだろう。そしてその手が世話になった慶蔵や恋雪、狛治にも及ぶ可能性がある。

 

「では私も縁樹様のように、珠世様の昼の顔となります」

提案してくれたのは恋雪だった。

旅の際には継国の一族が無惨と珠世に代わって昼の間に薬を売ったりしてくれていた。

町でその役を担うには継国一族よりも、この町に元から住む恋雪のほうが適任である。

「たしかに恋雪さんが私の代わりに医師として動いていただければ、診療所を運営できます。私も裏方や助手として支える形であれば。ですが当然、覚えていただくことも多く大変な道のりになりますよ」

珠世は忠告したが恋雪は胸をドンと叩いて「任せてください」と答えた。

だが直後に胸を強く叩きすぎたことでむせ込んだ。狛治が顔面蒼白になって恋雪を支えた。

「ケホンケホン。大丈夫です。私はこのように昔から体が弱く、色んな人に助けていただきました。いつか恩返しをできればと常々願っていました。その機会が目の前にあるのです。諦める理由がありません」

恋雪の花びらのようなか弱い瞳には炎が宿っていた。

 

その日から元・剣術道場は診療所として繁盛の道を辿った。

繁盛した。

美人の医師が診てくれる診療所だと。しかも美人が2人だ。

最近も徳田新之助という男が「俺はそういうつもりじゃない」と言いながらも半分常連のように小さな怪我をしては診療所に顔を出すようになった。

 

怪我といえば、素流道場にも新弟子が増えた。

だが便乗効果というか。道場で怪我をして診療所で診てもらう口実を作ろうという。

そんな助平心を見抜いた狛治の手に力が入るから、ますます怪我人が増えた。

悪い商売だ。

 

 

一方、無惨は粛々と薬売りとして職務をこなしていた。

町の人に噂されると困るため目立たないようにしろと球世からは釘を刺されていた。

だが持ち前の人当たりの良さのせいもあり、町での評判は上々。

とはいえ無惨も馬鹿ではない。ある程度の期間を挟んで他の町へと活動する場所を移るようにしていた。

 

そんなある日の出来事だった。

「失礼します」

無惨は料亭の主人からの依頼で薬を届けに来ていた。

その日は旅館も繁盛しているのか随分と忙しい様子で、無惨を出迎えた従業員も足を止める暇もない様子だった。

「あっ、薬師さん。すまんが旦那様は奥の部屋にいる。上がってもらって結構だから、届けてやってはくれんか?」

「ええ、いいですよ。こちらこそお忙しところお邪魔してしまい申し訳ありません」

「とんでもない。旦那様の部屋はこの廊下をまっすぐ行って、最初の角を右に曲がったところです」

従業員の断りをもらい料亭に上がった無惨。

 

「あっ、藤の花ですか。私、苦手なんですよね」

廊下の花瓶に活けられた花に気を取られ、無惨は肝心の“最初の角”を見逃したまま廊下を進んでしまった。

料亭はあまりにも広く、奥の奥の部屋ともなると地位の高い客が貸し切りにするような部屋が続いていた。

そんな奥の、廊下の角を右に曲がった先にある唯一の部屋に無惨は足を踏み入れてしまったのだ。

 

「・・・しかし馬鹿な奴だ。儂に逆らわなければ、町医者に殺されることにはならなかったものを」

「クックック。お代官様がそれを申しますか?」

「失礼します!」

 

暗い部屋でいかにもな悪い顔をする2人の男。片方の男は服装からしてこの地域行政の長、代官だろう。もう片方もそれなりに高い身分の男だ。

そんな2人の物騒な会話の真っ只中に、無惨は襖を開けてしまった。

 

「・・・貴様は? まさか、件の町医者?」

「・・・旦那様の部屋に向かっているのではなかったのか?」

「・・・はて?」

 

三者それぞれがポカンと口を開ける最中、今度は部屋から見える中庭の向こう正面の襖がバンと勢いよく開いた。

 

「そうはいかんぞ!」

 

中庭に響く啖呵のよい声に、代官は「何奴!」と叫んだ。

「貴様らの悪事。全てお見通しよ」

そう言いながら現れたのは1人の侍だった。その傍らには屋敷の主人の姿もあった。

「旦那様! そんな、動けないはずでは」

屋敷の主人は足を引きずりながら、侍と共に代官たちのことを憎々しく睨みつけた。

一触即発な、火花が飛ぶほどのバチバチの状況。

無惨だけが場違いに取り残されていた。

 

だが無惨は気付いた。

「あれ? 徳田さん?」

侍は珠世の診療所の常連である徳田新之助だった。無惨とも面識がある。いつも町をフラフラと遊び回っている風来坊で、たしか貧乏旗本の三男坊だと無惨は聞いていた。

いつもひょうきんな徳田が、今は凛々しい表情で代官に睨みを利かせている。

「貴様、何奴」

代官に問われ、徳田は涼しい顔で静かに言い放った。

 

「うつけ者。余の顔を忘れたか」

 

代官はハッとなった。

無惨は理解した。どうやら代官と徳田は知り合いなのだろう。

「上様!」

無惨は心の中で『惜しい。人違い! 上さんじゃなくて徳田さん!』と膝を折った。

だが直後、代官は驚愕の行動に出た。徳田に向かって深々と土下座を始めたのだ。続いて代官の隣にいた共犯者も、そして屋敷の主人までもが土下座した。

無惨もつられて土下座した。

 

直後に徳田の口から語られた衝撃の事実に無惨は驚愕した。

 

なんと代官は、屋敷の主人を謀殺しようとしていた。そしてその罪を無惨に着せようとしていたのだ。

主人が毒を飲んで死に、その現場に居合わせた町医者が犯人。そうなるはずだった。

間一髪のところで主人は徳田に救い出され・・・・

当の犯人役の無惨は一向に部屋に現れないどころか、犯行計画を話半分に聞いておきながら状況を半分理解できていないという結果に。

 

「かくなる上は・・・者ども出合え! 上様の名を騙る痴れ者を切り捨てぃ!」

代官の呼びかけに答えるように、中庭に面した他の部屋から刀を手にした男たちが雪崩込んできた。ざっと10人はいるだろう。

無惨は代官に対して呆れた。この期に及んで自分で人違いしたことを棚に上げ、さらには悪事を隠そうと徳田たちを口封じしようとしているのだと。(口封じの対象の中に無惨もいるのだが、そのことには気付いていない)

 

明らかな多勢に無勢。

そんな中、徳田は刀を抜くと静かに言い放った。

「俺の命は天下の命、三つ葉葵の風が吹くってな、貴様たちのような悪党どもに 俺の命を渡すわけにはいかんのだ」

 

 

そこから始まる大立ち回り。

徳田はまるで後ろに目があるのではないかというほどに、男たちに取り囲まれあらゆる角度から迫る刀を全て捌き切った。

中庭から屋敷の中へ。

次々と倒れていく男たち。全てが峰打ちなのだろう。一切の血が流れないままに徳田によって場が制圧されていった。

無惨はその光景に思わずに目を奪われた。手に汗握り、思わず手に力が入る。

大臣が脇差しで無惨を刺していたが、夢中モードの無惨は刺されたことに気付くどころか、皮膚も硬化されて傷すらつかない。

 

「成敗!」

最後には追い詰められた代官も徳田の手によって粛清され、場は治まった。

 

 

無惨としては最後に代官が命を以って裁きを受けたことは目を背けたくなることだった。

だがそれ以上に無惨の心には徳田の華麗な足さばきが残った。

 

徳田の小刻みな足の動きは心躍るほどに軽やかで、もしあれが踊りになれば、熱い風に体預け心ゆくまで踊れば、誰も彼も浮かれ騒ぎ、光る汗がはじけとぶに違いない。

 

「これだ! 私のやりたいことは」

無惨の心には、かつて縁壱と共に子供たちに教え、最近は忙しさや新生活への適応のせいで表に出せずにいた“舞い”への想いが起こされていた。

 

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