あなたが落としたのはきれいな無惨ですか? もっと汚いの 作:三柱 努
男たちは誰が見ても分かる野盗だった。
珠世と子を射たであろう男が先に庭に現れた。昨夜、商人を襲い無惨に斬りかかった野盗だ。
その後ろから弓の男を小突きながら、さらに大柄な男が姿を現した。巨大な鉈を手にヘラヘラと珠世たちに近づいてくる。
無惨は震えていた。
山賊たちへの怒りもあるが、それ以上に日光を拒む自身の体への怒りを覚えていた。
いますぐに2人の元へ走り助けてやれぬ鬼の体の不甲斐なさに。
そして野盗が昨夜の仕返しに来たのかは分からないが、そうであるならばこの事態を引き起こした原因は自分にあるということに。
「あぁん? おいおい家に男がいるじゃねぇか。旦那か?」
「ん? あいつは昨日の。さすがにおめぇの運も尽きたな。ヘヘッ、女房とガキがヤられてんのに、震えて家から出て来れねぇのかよ」
屋根の下に身を隠し、震える無惨を嘲笑する野盗たち。
その眼前で無惨は体を震わせながら屋根の外へと手を伸ばした。
ジュッ
日の射した境を越えた瞬間、無惨の手は指先から焦げるようにして焼けていった。
鬼は日光に当たれば死んでしまう。この摂理は平安の世からの無惨の絶対。
本能が拒絶していた。これ以上、前に進むことはできない。
無惨の腕は皮膚だけでなく肉まで焼け焦げ、露わになった血管から血が滴り落ちていった。
その血すらも日光に当たった側から蒸発していく。
死を覚悟して前進したところで、珠世と子を助けに出ることはできない。
「旦那ぁ。なんだ、嫁と子も取り返せねぇのか?」
大柄の野盗は無惨に見せつけるように、珠世と子を片手で掴み上げた。
「うっ・・・」
珠世の口から漏れた呻き声。まだ息があるのだろう。だが子供の方は声すら上げることがなかった。
そんな瀕死の2人の状態に構うことなく、野盗は無惨の寸前まで歩みを進めた。
「ほら、これなら取れるだろ?」
伸ばされた無惨の手の届くところに、野盗は珠世と子を吊るし上げた。
無惨が2人を掴めば、すぐにでも引っ張り合いをするのだろう。
自身の剛腕が無惨の細腕に負けるわけがない。力の差を思い知らせてやる。その魂胆が野盗にはあった。
「あ?」
それは一瞬のことだった。
野盗の体は家の中に転がされていた。
珠世と子を掴んだ手。
その2人を引き寄せたのは、珠世の着物にかかった無惨の指。
その指の一振りで3人もの人間の体が宙を飛んだのだった。
「申し訳ありません」
日光に荒らされ裂かれた自身の肉塊が飛び交う中、飛び込んできた珠世と子を優しくキャッチした無惨。
珠世も子も返事は無かった。
既に息絶えていたのか、あるいは虫の息なのか。それを確かめる暇は無惨にはなかった。
振り返ると、状況を理解できないでいる野盗が畳を踏み荒らしながら起き上がっているところだった。
「てめぇ・・・何を、ガッハッ!」
野盗の様子はおかしかった。
まるで何かに苦しんでいるように頭を掻きむしりはじめたのだ。
「何を?」
何が起きているのか、無惨には一瞬理解できなかった。
だが次の瞬間には何が起きているのか一気に理解できてしまった。
「アガガガガッ、ガアァッ!」
無惨の腕の中で珠世が暴れはじめたのだ。
そして珠世は獣のように唸りながら・・・
その胸に共に突き貫かれた我が子に噛みついたのだ。
否。噛みつくどころではない。
その肉を食いちぎったのだ。
「まさか!」
無惨にはその光景に見覚えがあった。
それは紛れもなく、鬼となったその日に見せた自分自身の姿。
珠世は鬼となった。
その答えに無惨がたどり着くのは一瞬あれば事足りた。
それは平安の世。無惨自身も記憶が定かではなかったが、鬼の体の1つの特性。
無惨の血を与えれば、人は鬼へと変貌する。
だがその特性は、かつての無惨は「同族を増やしたくない」という理由からその行為を避けていた。
何故そのような考えを持っていたのか、今の無惨は思い出すことができなかった。
だがそんなことはどうでもよい。
問題は今。珠世が鬼に変貌してしまった事実こそ重要。
おそらくは日光に破壊された無惨の腕の血肉が飛び散り、偶然にも珠世の口に入ったか、傷口から侵入してしまったのだろう。
鬼となった者は人の血肉を欲してしまう。
それが我が子であっても。
「そんなことは! 珠世さん、これ以上は絶対にいけません!」
無惨は必死に珠世を抑え込もうとした。
暴れる珠世の口を掴み、矢を引き抜いて子を引き剥がし。絡み合う無惨の珠世の腕と脚。
無惨は無我夢中で珠世を抑え込んだが・・・状況は良くなるどころか最悪だった。
鬼へと変貌したのは珠世だけではない。家に引き込んでしまった野盗もまた鬼へと変貌していた。
「ガァアアア!」
人の物とは思えない咆哮が家の中に響く。
鬼と化した野盗の視線は珠世と無惨・・・ではなく、食い残された子供の亡骸。
口からダラダラと涎を垂らし、野盗は歩み始めた。
その時、部屋の奥の襖が開いた。
「珠世! 無事か!」
現れたのは珠世の夫の商人だった。
村長の警告もあり、野盗の襲来を危惧して急いで家に戻っていたのだ。
だが時すでに遅し。目の前に広がっていたのは血の惨劇。
血まみれの幼き我が子。取り乱す妻を必死で取り押さえる恩人。
その2つに目が行くあまり・・・死角から迫っていた狂牙に気付くのが遅れてしまった。
「うぎゃああああああ!」
商人は首元を根こそぎ持っていかれていた。
飛び散る鮮血を浴びながら、野盗はさらに牙をめり込ませていく。
「兄貴! 一体、どうしちまったんだ!」
その地獄の光景に声をあげたのは、庭の外からこの光景を見ていた野盗。
最初は兄貴分の野盗が昨夜の仇をとってくれていたのかと思っていたが、あまりにも異様な事態に変貌する状況に困惑し始めた。
「兄貴、もういいですぜ。ズラかりやしょう!」
野盗はわき目もふらずに兄貴分の野盗の腕をつかんだ。
だが今度は、その腕に狂った牙が突き刺さる。
「ギヤァアアアアア!」
飛び散る鮮血と悲鳴。
騒ぎを聞きつけた村人たちが次々に集まるのも、そう遅くなかった。
無惨はその光景を、無力にも見届けるしかなかった。
「珠世さん・・・どうか、止まって」
腕の中で暴れる珠世。祈るように止める無惨。
その目の前で村人たちは手にした斧や鍬を野盗めがけて振り下ろしていた。
鬼と化した野盗は、商人や子分の野盗の死体を食い荒すだけ食い荒らし。
ようやく頭が砕かれ、動きが弱まったところで家の外へと投げ出された。
やがて村人たちの目の前で、野盗の体は日の下へと曝された。
さてどうしてやろうかと、村人が次の手を模索する中。
野盗の鬼の体は日の当たった傍から燃えて灰となっていった。
「こ・・・これは・・・」
摩訶不思議で理解不能な事態に、ただ困惑するしかない村人たち。
こうして、たった十数分の間に村に起きた惨劇は・・・
一つの家族とその恩人に深い傷を残しながらも、犠牲少なく幕を閉じたのだった。