あなたが落としたのはきれいな無惨ですか? もっと汚いの   作:三柱 努

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鬼の嘘

「これはどうしたことか」

村人たちは自分たちの目の前で起きている状況を理解できなかった。

 

野盗が目の前で蒸発した奇々怪々な現象は悪夢の入り口に過ぎなかった。

 

死体の転がる家の中、窓際の畳の上で無惨が珠世を羽交い絞めにしていた。

まるで獣にでも喰い荒らされたような夫と子の遺体。それを目の前に正気を失ったように珠世は暴れていた。

だがその形相は怒りや悲しみの色はなく、ガァッと歯を剥き出しにした理性の無い獣のような姿。

村人たちは直感的に思ってしまった。

まるで珠世そのものが夫と子を喰い荒らした獣のような・・・

 

「珠世さん、駄目です!」

 

その時、家中に響き渡った無惨の声に村人たちはハッとなった。

珠世を抑え込む無惨の必死の形相は、その苦しい胸の内を隠すことなく滲ませていた。

 

無惨の胸は麻袋にでも締めつけられたように荒い痛みに襲われていた。

あまりに強い悲しみから停止した繊細な思考は、むしろ冷静な分析にだけグルグルと回転させていた。

悲しむことができない。

泣くことができない。

そのことがますます無惨の心を惨めにした。

なんと自分は冷徹な人間なのだろう、と。

それでも手を緩めてしまえばますますおぞましい光景が続くだけ。

 

無惨はただひたすらに珠世を御した。

「珠世さん・・・どうか、優しい貴女に戻ってください・・・」

搾り出すように無惨の喉から放たれた言葉。

その言葉は村人たちの耳に届いたのかは分からない。

だがその途端に、無惨の腕の中で珠世はフッと意識を失った。

 

「・・・珠世・・・さん?」

珠世は無惨の腕の中でスースーと寝息を立て始めた。

その事に無惨は安堵の表情でようやく手を緩めることができた。

 

「鬼舞辻殿・・・珠世さんは・・・」

状況が落ち着いたことを察知し、村人たちの中から現れた村長は無惨に尋ねた。

「・・・今はそっとしてあげてください。それより村の方は?」

村長が伝えるところ、野盗は数軒の家を襲ったらしい。

事前に商人と無惨から報告され、警戒していたため早い段階で村長が襲撃の音を察知していた。そのため、“この家以外”の被害は少なく済んでいた。

 

「鬼舞辻殿、教えていただきたいことがあります。2人きりでお話できますか?」

村長はそう言って村人たちの方を振り返った。

村人たちは村長の真意こそ分からないが、家の中の遺体を埋葬しに外に出ていった。

 

「鬼舞辻殿。ご存知でしたら教えていただきたい。我々の目の前で野盗は灰と化しました。火も何も使わず。そしてこの惨状。一体何が?」

村長からの問いに、無惨は深く息を吸った。

「全てお話します」

 

無惨は村長に語った。

自らが平安の世に鬼と化した者だと。

鬼は空腹なら人の血肉を欲し、喰らおうとする。

(あと無惨にとっては不思議だったが、平安の世の食べ物よりも今の時代の食べ物のほうが美味しいためか、鬼の体は人の血肉以外も意外と受け付けるため、空腹でなければ特に血肉を欲することはない※体験談)

鬼は太陽の光に焼かれる体。

無惨の血が何かしらの形で体に取り込んだ者は同じく鬼の体になることを。

そして先ほど、珠世と野盗は無惨の血で鬼になった。

 

「鬼と化したせいで。私の血のせいで。珠世さんは御子さんを喰ってしまい、旦那様まで亡くされてしまった。野盗の方も命を落とされた。全て私のせい・・・」

絶望に打ちひしがれながら無惨は淡々と語った。

その言葉と無惨から発せられる音に、村長は無自覚のうちに涙を流していた。

昨日まで聞かれていた無惨の澄んだ音が、その器が痛々しく傷つけられた音。

平安の世に犯してしまった自らの悪行を

自らの呪われた体を

自らの業を

心から悲しんでいる。

その罪を償いたいと心から願っている。

だがその術が無いことを心から悔いている。

そんな、泣きたくなるような、それでも限りなく優しい音だった。

 

村長は涙を拭き、一つの決心をした。

「鬼舞辻殿、どのようにしてこの罪を背負うおつもりで?」

「それは・・・」

口を濁す無惨。

村長には分かっていた。今の無惨には余裕もなく、背負うも何も向き合うだけで精一杯だと。

 

「ワシにひとつ提案が。無惨殿にはお辛いかもしれませぬが」

村長が口を開いた・・・

その時

 

「あら、村長様」

 

無惨と村長の目の前で、珠世が目を覚ましたのだ。

「珠世さん!」

鬼となった珠世が村長を襲うのではと。次の狂気を止めるため無惨は咄嗟に飛び掛かろうとした。

だが珠世の表情はケロッとして、少なくとも鬼の本能のままに村長を襲おうという気配は無い。

 

珠世は静かに家の中を見回し始めた。

汚く踏み荒らされた様に「あらまぁ」と驚いた様子を見せる珠世。その姿に無惨と村長は一瞬安堵を浮かべる。

「家の中が、一体・・・あの子は・・・私は・・・」

荒れ果てた家の中、残った血の跡を見た瞬間

 

珠世の頭の中で何かが繋がって

 

弾けた

 

矢で射抜かれた子の不在と。

口の中に残る血と肉の嫌な感触。

珠世の記憶が徐々に鮮明になる。

 

「私は・・・私が・・・あの子と・・・夫を・・・・うわぁあああああああああ」

 

珠世の悲痛な悲鳴が耳を切り裂くほどに轟いた。

全ての記憶を思い出したのだろう。

「どうして私は・・・私の体はどうなっているの・・・」

「珠世さん・・・」

無惨が縄を解くと、珠世は口の中に指を突っ込み、血肉を掻き出し始めた。

鬼と化したことで鋭く尖った歯に指が傷つこうが、指の力で頬と唇がミリミリと裂けようがお構いなしに。

 

無惨は湯飲みに水を入れ珠世に渡した。

「珠世さん・・・申し訳ありません」

口を漱ぎペッと吐き出す珠世に、無惨は静かに土下座をしようとした。

 

だがそこに村長が待ったをかけた。

「珠世さん。貴女は鬼になったのです」

村長は静かに話し始めた。

 

 

大きな嘘を交えて。

 

『珠世と子と無惨は野盗に襲われた。

 

“野盗は人食い鬼だった”

 

“野盗の血を浴び、珠世と無惨は人食い鬼の体になった”

 

“野盗が珠世の子と夫を喰った”

 

“野盗は卑しくも、珠世の口に子の肉を押し込んだ”

 

“珠世は混乱して記憶が混雑しているのだろう”

 

鬼は日光で死ぬ体。村人が野盗を日の下に追いやり退治した』

 

と。

 

珠世はその身と家族に降り注いだ不条理に嘆き顔を伏せた。

その隣で無惨は村長の嘘に目を丸くしていた。

「・・・村長様」

「鬼舞辻殿。相談も無く申し訳ない。貴殿が背負えるように罪を変えさせてもらった」

 

 

 

その後、村人たちにも同じような説明が回った。

不幸な珠世と無惨。

鬼となった2人が人を襲わないことは村長が確認した。

だが日光に当たれば灰となって死んでしまう体になってしまった。

鬼という存在は怖いかもしれないが、可哀想な珠世と無惨を村で匿うべきだ。

 

この説明に村人たちは納得した。

 

そして賢い大人たちは察した。

 

野盗が日光で死ぬ鬼であるなら、そもそも今日の奇襲も起きていない。

つまり鬼の呪いの出所は無惨にある。そう考えるのが自然。

だがそれを認めてしまえば、珠世が子を喰ったことを思い出してしまうだろう。

そうならぬ為にも2人を守るべき。

そして心優しき鬼の無惨のことも守ってやろうではないか、それが村長の意向なのだと。

 

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