あなたが落としたのはきれいな無惨ですか? もっと汚いの 作:三柱 努
野盗襲撃の後、無惨は球世の家に居候していた。
「球世さん、ご飯ができました。どうぞお召し上がりください」
「・・・ええ」
襲撃の日以来、球世は茫然自失の状態となっていた。
一日中ずっとボーッとしたままの生活。
無惨が食事を用意し、食べるように促すと食べる。布団を用意して寝るように促すと眠る。あらゆる日常活動が無惨依存の生活。
球世の様子がおかしい事は村人たちも心配していた。
「家族を失って混乱しているのでしょう。いずれ元の球世さんに戻られますよ」
村長はそう言っていたが、無惨には1つの懸念があった。
鬼と化した者は無惨の命令を聞く傀儡になってしまったのではないか。
鬼となったあの日、血肉を欲していた球世は無惨の言葉で平静を取り戻していた。
だがそれは一時的なこと。今の球世は無惨の命令、指示、願いに従う行動しかとっていない。
大人しいだけならまだいいが、いつ再び獣のような鬼に戻るか分からない。
鬼を増やしたことのない無惨にとって、今の球世に何が起こっているのか全く分からなかった。
「球世さんを、どうにか人間に戻してあげることはできないのか?」
無惨にとって唯一の道。希望の道だった。
おそらく球世を人間に戻す方法は、無惨自身が人間に戻る方法と同じであろう。
だがそもそも無惨自身がどのようにして鬼になったのか、そのヒントが少なすぎた。
平安の世、自身の心がまだ邪悪だった頃。“青い彼岸花”と呼ばれる植物が使われた薬を服用したことで無惨は鬼と化した。
「つまり鬼の体は何かの薬を・・・いえ、何か植物を摂取することで?」
無惨はその日から、様々な植物を食べることにした。
その辺りに生えている雑草から、花や実や、木々の皮までも。
とはいえ一人での活動範囲には限界があった。
一番に考えるべきは、球世が村人を襲ってしまうような悲劇の回避。
そのため無惨は、夜には常に球世を傍らに置いた。何かあればすぐに彼女を取り押さえることができるように。
日光の降り注ぐ昼間は、夜の間に集めた草木を食べ、球世の世話を焼き、たまに自身も眠る。
そんな生活が数週間・・・
数か月と続いた
味もしない
木の根や草を食べるような感覚を
終わりの見えない闇の中で続ける
・・・まぁ味については、そもそも木の根や草を食べているのだが。
そんなある日。
無惨はその日、うたた寝をしてしまっていた。
外を見ればすっかり日も落ち。
傍らに、いるべきはずの球世の姿が無い。
「!? まさか、球世さん!」
最悪の事態が無惨の脳裏をよぎった。
だが家の中から漂ってきた味噌汁の香りにハッとなった。
「あぁ、球世さん」
球世は台所に立っていた。味噌汁を作っていたのは彼女だった。
「あら、やっと起きましたか」
球世はケロッとした表情を無惨に向けた。
最初は安堵の気持ちに包まれていた無惨だったが、徐々にその頭に疑問が浮かんだ。
「球世さん・・・どうして料理を? 私は何も言っていないのに」
球世が命令無しに料理をするなど、無惨には考えられなかった。
だが球世はその言葉にキョトンとした。
「何を言っているんですか?」
その後、球世は呆れた。
「呆れた」
心底呆れていた。
「私が身の回りのことを何もできなかったのは、単純に夫と子を亡くした悲しさから鬱になっていたからです」
全ては無惨の思い過ごしだった。
「私が、人の血肉を貪る鬼の本性を剥き出しに? そんな心配をしていたのですか?」
全ては無惨の取り越し苦労だった。
球世の淡々とした問いに、無惨は「はいぃ」と力弱く答えることしかできなかった。
「そもそも貴方、植物を食べるだけで本当に鬼から人に戻れるのですか?」
「申し訳ありません。全ては手探りの状態です」
正座の球世に深々と頭を下げながら無惨は答えた。
「・・・青い彼岸花。人を鬼にする薬。たしかに聞いたことも無い話ですし、皆目見当もつかない話でしょうが。もっとこう、単純に考えてみないのですか?」
球世の言葉に無惨は首を傾げた。
「単純に、ですか?」
「そうでしょう。鬼を人にするのが薬なら、人を鬼にするのは毒なのでは?」
たしかに球世の言うことにも一理ある。毒の線は無惨の発想に無かった。
だが・・・とはいえ・・・この流れは・・・
無惨は一抹の不安を覚えた。
「そうですよ毒。毒を飲めば鬼は人に戻るんですよ!」
手をパンと叩く珠世に、無惨は目を丸くしながら手を横に振った。
「いやいやいやいや、落ち着いてください珠世さん。確かに首を斬られても死なない鬼の体なら毒でも死にません。ですが回復するまで苦しむはずです。毒を飲めばいいわけじゃないですよ、普通に考えて」
無惨は絶対に阻止したかった。
我が身ならまだしも、球世までもが毒を喰らうなどという事態を。
「植物だって可能性が十分にありますから、そちらも試しましょう! 毒は私が担当しますから、球世さんは植物を担当してください!」
「はい」
無惨の必死の提案に、球世はすんなりと応じた。
当然の話ではあるがこれは球世が「無惨の命令に従う」なんて鬼の性質によって応じたわけではない。そもそもそんな強制執行機能など存在しない。
こうして無惨と球世の新しい生活が始まった。
夜は植物や毒性の物を探しに外へ。
昼はひたすら人の体に戻れることを祈って、それらを摂取する日々。
毒。
時に血を吐き、時に足の末端まで痺れに襲われ。
それでも無惨は死ななかった。徐々に毒への耐性もついていった。
それから数年も経たないうちに、無惨は見ただけでそれが有毒の植物なのか、食用として美味しく食べることのできるものなのか判別できるようになっていった。
そして毒を食べてしまっても、笑顔でこう言えるようになっていた。
「これ、毒です」