TACLDETACH3.3――海上保安庁第三管区第三執行班   作:オーバードライヴ/ドクタークレフ

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陽炎型みんなを描写できるのはいつになるやら。
とりあえず世界観ぐらいは上げときたかったのでできた感じで更新。

それでは、状況開始。


#002 PAPER MOON

 

 

 

 海上保安庁第三管区羽田航空基地。

 

 舞風たちが基地に帰ってきて一息つけたのは夜も大分遅くなってからのことだった。これでもヘリで撤収した舞風たちバセットチームは早い方である。ゴムボートを使った残りの2チームはふつうに航行して帰ってくるため時間がずれている。

 班の談話室に入ると出動前までやっていたクリスマスパーティのセットがほぼそのまま残っていた。黒潮がぱたぱたと動いて片づけに奔走している。

 

「ほな、夜も遅いしケーキだけにしとこか。クリスマスのご馳走は明日の昼か夜にチンして食べればええよ」

 

 胃にもたれてもアレやしね、と言って黒潮が料理にラップをかけていく。陽炎たち同僚は不満そうな顔をしていたが、舞風にとっては少しありがたかった。今ローストチキンとかフライドポテトとかのアブラギッシュなモノを食べる気にはなれなかったのだ。

 

「舞風ー!」

 

 黒潮を手伝っていると後ろから舞風に衝突するようにだれかが抱きついてきた。時津風だ。深い紫がかった瞳が舞風を見上げる。複合型ゴムボート(RHIB)組が到着したようだ。

 

「脅威指数上がっちゃったって聞いたけど、大丈夫?」

「こ、こら時津風! すぐ人に突進しないの!」

 

 後ろから慌てた感じの初風が追いかけてきた。青い髪は遠目でも目立つ。初風は苦笑いしながら舞風から時津風を引き剥がすと時津風のおでこにデコピンを入れた。

 

「痛っ、暴力よくない! よくないなぁ」

「あんたの突進の方が暴力よ。まったく」

「心配してただけなのにな~」

 

 時津風が膨れて抗議するが初風は涼しい顔だ。

 

「はいはい、で、舞風。大丈夫?」

「はい、もう大丈夫です、初風さん」

「姉妹艦でしょ? 初風でいいって前から言ってるじゃない」

 

 初風はそう言ってわずかに眉をしかめる。その反応が怖くて「さん」を付けちゃうとは言えなかった。

 

「最初の出撃なんてミスだらけになるのは当然だし、神薙さんに不意打ちで降下させられたんでしょ? ペース崩されたら慣れてる子でもミスるわ。あんまり気にしなくていいわよ」

 

 そんな風に言って初風は舞風の頭を軽く撫でた。

 

「初風姉さんのデレが見れるなんて早めに帰ってきてよかったなぁ」

 

 関西弁とも違うアクセントのその声に初風が弾かれたように振り返った。初風よりもさらに青みの強い髪の色、真っ白なセーラーハットを手に至極嬉しそうにしている。

 

「う、浦風っ! そんなんじゃ……!」

「はいはい、わかっとるよ。初風姉さんが優しいのはうちも知っとるけぇね」

「アンタは! 何にも! わかってない!」

「ほぅかいね?」

 

 一方的に突っかかる初風にニコニコ顔の浦風。それがどこかほほえましいと思うのは後輩として失礼だろうかと考えてしまう。

 

「舞風も時津風もお疲れさんやね。時津風は大活躍だったんだって?」

「そうそうそーなの! 機関室に閉じ込められてた船員の人たちを助けて、深海棲艦も執行したんだよ! 初風も天津風も、もちろん雪風も頑張ってたし、ビーグルチームは大活躍さ!」

「それはすごいのぉ、サルーキチームはいつも通り谷風が暴走したぐらいかのう。舞風も無事に帰ってこられてなによりじゃ。最初からうまくいく人なんておらんけぇ、参戦して帰ってこれただけで初戦は十分じゃけぇ。上手くいかなかったことを自分で責めなさんな」

 

 舞風が頷いたタイミングで後ろからわらわらと同僚がやってくる。浦風曰く暴走したらしい谷風はしゅんと俯いていた。それを見て初風は溜息をついた。

 

「あー、あれは帯刀(たてわき)副班長に結構絞られた様子ね」

「わかる? あればっかりはどうにもならんなぁ、前進しすぎて逆包囲されて孤立したんよ。で、孤立したのをみんなで救い出そうとしてる間に制圧完了……なかなか面白いのはたしかなんやけどなぁ」

「ビーグルチームも結構似たようなもんよ。時津風・雪風の子犬(パピー)バディが突進して私と天津風でそれの援護。朝桐副班長が“歩く規則”だから何とかなってるだけね」

 

 浦風と初風が互いのチームを憂いていると時津風が舞風の袖を引っ張った。

 

「バセットチームはどうなの?」

「わ、私は付いていっただけだから……あんまりわかんなかったかな」

「バセットはバランスいいでしょ? 前衛型の陽炎姉さんにオールラウンダーの不知火姉さん、野分も最近は援護役が身についてきたしね。ラぺリングの安定度でもバセットチームがダントツだし、場数も踏んでる」

 

 初風の言葉に舞風は僅かに視線を落とした。

 

「大丈夫だって、舞風。ブリーチングうまくできたんでしょ? それに神薙班長についていけるだけで相当なものよ?」

「みんなー。ケーキ冷えてるでー。食べよ食べよー」

 

 ケーキを持って黒潮が登場したので場が一気に明るくなっていく。浦風が軽くウィンクした。

 

「黒潮姉さん、美味しいからって食べ過ぎんようになー?」

「ほんまそれ。この時間の甘味はTACLESよりも響くでー」

「それ響きすぎと違う?」

 

 そんな会話をしてるとケーキを見つけた谷風が飛び込んできたり、ちゃっかり不知火がケーキをカットし一番大きいのを持って行ったりといつも通りの空気になる。いつの間にか流れに押し流されケーキの前に座らされると、大き目のケーキがよそわれた。いちごが乗ったショートケーキは甘酸っぱく、疲れた体に沁みた。

 

「舞風、調子悪い?」

 

 ぼうっとしながらケーキを食べていると横に座った野分にそう聞かれた。それに驚いて「へあっ」と変な声を上げてしまう。

 

「ううん、大丈夫……」

「無茶だけはしないでね」

「せやせや」

 

 黒潮がケーキを口に運びながらそう言った。

 

「無理するのは体に毒や。特務執行官は体が資本やからな」

「体を使わない情報解析室勤務の黒潮が言ってもねぇ……」

「はへほうへぇはん、ふひはふほーふぁふぁから」

「何言ってるかわかんないわよ」

 

 ごんごんと口いっぱいのケーキを咀嚼する黒潮に陽炎は頭を抱えた。何とか飲み込んだ後にうちは頭脳派だからと言い直す。

 

「舞風ー、ケーキいらないならもらうよ?」

「こら、谷風、なにゆっとるん!」

 

 浦風が怒るが舞風は笑ってケーキをフォークで半分にした。

 

「ほら、半分いいよ」

「キタ! これで勝つる!」

「甘やかさんでねー、谷風、ちゃんとお礼言うんよ」

「おぅ、粋な計らいありがとな!」

「 ち ゃ ん と お れ い い う ん よ ? 」

「あ、ありがとうございます、です」

 

 口調の変わり具合にドッと笑いがわく。その空気がなぜか遠くに感じてしまう。

 

「ごちそうさまでした。ごめんなさい、ちょっと疲れたから早めに寝ます」

「そう? 初任務お疲れさま。ゆっくり休んでね」

 

 陽炎がそういうと舞風は頷いて談話室を出ていく。

 

 

 

 

 

 

「――――あれ、相当来てるわね」

 

 それを確認して陽炎が溜息をついた。

 

「だいじょーぶでしょうか……?」

 

 どこか不安げな声を上げるのは雪風だ。横の時津風はケーキを頬張りながら首をかしげる。

 

「そこまで落ち込むことあるかなぁ……初任務で執行ありのハードモードだってのはわかるけど……」

「まだ特務執行官としての任務にもTACLESにも慣れてないから仕方のないことだと思いますよ。舞風が大丈夫かどうかは舞風自身が決めるでしょう。私達ができるのはそれをサポートするだけです」

 

 口の周りをティッシュペーパーでぬぐいながら不知火がそういった。それを聞いて野分が立ち上がる。

 

「舞風の様子見てきます」

「寝てたらそっとしてあげるんよ」

 

 浦風の声を聴きながら野分も走って出ていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「カンちゃんお疲れ」

 

 神薙がドアを開けた部屋にはもう全員が詰めていた。軽い態度でそう声をかけてきたのは、地毛だという茶髪が襟に触れる直前という規定ぎりぎりの髪をした帯刀朝実(たてわきあさみ)副隊長だ。それに軽く答えて中に入る。

 

「お疲れ様ね、黒潮が神薙班長は人使いが荒いって嘆いてたわよ」

「開口一番がそれか、九々龍? 黒潮には悪かったって伝えてくれ」

 

 染めたと一発でわかる金髪に赤い襟付きシャツ。煙草の煙で燻された白衣を着た九々龍が笑う。そんなことを放しながらどこかの払下げのものだろうと思える古い応接セットのソファ――――帯刀の隣しか空いてなかった――――に腰掛ける。部屋の主がくつくつと笑いながら口を開く。

 

「大変だったそうだな。神薙」

 

 正面のデスクにがっつりと腰掛けている男は顔の前で手を組んだ。デスクのプレーとには特殊警備対策室羽田分室長と記され。

 

「大変だったが無事終えてきたさ。で、報告書も提出しないうちに何の用だ?」

「何度も言ってますが、上官にむかってのその口調は改めたほうがよろしいかと、神薙和寿監察官」

 

 そうさらっと行ったのは神薙の斜め向かいに座った朝桐知恵(あさぎりともえ)だ。冷たいアルトでそう言われ、神薙は肩を竦める。それを見てひとりデスクに向かう男が笑い声をあげる。

 

「訓示をするわけじゃないしほとんどオフレコだ。そうカリカリせんでも大丈夫だぞ」

 

 そういうと男は立ち上がりデスクに体重を預けるようにした。

 

「で、通信会議でもなくチームリーダーをこの夜中にわざわざ集めた理由を聞かせてくれないか、菱川分室長」

 

 菱川と呼ばれた男は小さく笑い声を漏らした。

 

「変わらないなぁ、神薙は。まぁ確かに時間を潰すのもなんだ。本題に入ろう」

 

 菱川がデスクのコンソールをいじると部屋の電気が落とされた。応接セットのデスク部分にホログラムが立ち上がる。

 

「今回の出動、ご苦労だった。事故員ゼロで終わったことは非常に喜ばしいと思う、京塚船長の浸食が止められなかったのは残念だが、九々龍監察官が提出した戦術レポート及びTACLESのログを見る限り、最善の結果だったと言い切ってよかろう」

 

 菱川がタッチペン型のホログラムコントローラを取り出し、立体ホロの中に突っ込む。それにかき回されたように映像が浮かぶ。青地に羅針盤(コンパス)マーク、海上保安庁の庁旗だ。その後に書類のようなものが浮かび上がる。

 

「あとらす号乗っ取り事件は明朝0900付で本庁特殊警備対策室の管轄に移管されることが決定した」

「なんだ、本庁が動くのがやけに早いっすね」

 

 だらしなくソファに腰掛けた帯刀がそういう。向かいの朝桐も頷いた

 

「初動捜査から本庁管轄とは確かに珍しいですね」

「それだけ緊張状態にあるのさ。今年で終戦10周年、今サンフランシスコでは停戦条約の更新審議の真っ最中だ。その更新内容によっては暴動状態に陥る可能性がある。その中で深海棲艦の“伝書鳩(メッセンジャー)”発言ときたもんだ。連続テロ事件の幕開けとなる可能性もあるってことで本庁が動き出した」

「深海棲艦の監視体制を緩和しなければ深海棲艦が暴れ、緩和したら緩和したで人間サマが大暴れってわけね」

「九々龍、少し口を慎めよ。仮にも俺たちゃ公人だ。首が飛んでも知らんぞ」

「あら、ごめんなさいね」

 

 九々龍がそう笑う。朝桐がそれを聞いて溜息をつく。

 

「で、本庁がしっかり動いてくれるなら楽になってくれていいじゃねぇか」

「そうも言ってられないんだよ、神薙。お前が受けた30口径(ガリル)での攻撃、あの武器の出どころが割れた」

「早いな」

「感謝しなさいよ? 不知火のTACLESのログから銃のロットを読み取ったの」

「ガンカメラ恐るべしだよねー」

 

 九々龍の声に帯刀がへらっと笑う。

 

「で、何が問題だ?」

「銃の所有者が海保関係者だった、などですか?」

 

 朝桐の声に菱川が頭を掻いた。

 

「似たようなもんだ。日本陸上自衛軍、二五五歩兵中隊の支援火器だ。紛失したという記録もなし」

「読み取りミスでは?」

「あたしの腕を疑う気?」

 

 九々龍が煙草に火をつけながらそう言うと朝桐が静かに口を開く。

 

「疑うわけではありませんが、軍が兵器紛失の隠蔽をする確立と、夜闇の揺れる船をホログラム越し200メートルの距離をあけて新聞の活字並みのサイズのロットナンバーを見間違える確率なら、後者の方がありえるかと」

「あたし朝桐ちゃんのそーゆー頭の固いところきらーい」

「好かれたくてやってるわけじゃありませんので」

 

 そのやり取りに帯刀が笑った。

 

「で、どっちにしてもまずいわけだ。というよりその銃はどこに?」

「もう本庁だ」

 

 菱川の答えに帯刀は笑った。

 

「あーらら、こりゃ隠蔽する気満々?」

「で、公になった時は君たち第三管区第三執行班(TACLDETACH3.3)に責任が回ってくる、と。正確にはその指揮をとった神薙、お前にお鉢が回るぞ」

「そこは分室長で食い止められない? カンちゃんの部隊は動きやすくて助かるんだけど」

 

 煙草の灰をガラス製の灰皿に落としつつ九々龍が笑う。

 

「努力はするが俺の首が飛びそうになったら容赦なく神薙に回すからな」

「へいへいっと。話はそれだけか?」

 

 神薙が立ち上がると菱川が、もう一つと声を上げた。

 

「明朝0830時までに引き継ぎ書類を提出しろ。“敵が使ったよくわからない支援火器”については別に記載しておけ」

「了解だ」

「勿論口外厳禁、特務執行官にも話すなよ。解散」

 

 その声に朝桐はかちっと、残りがラフに敬礼。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……なんなんだろうなぁ」

 

 舞風はひとり窓の外をながめていた。階段室の小さな窓からは通信用のアンテナなどが並んだ屋上が見え、その向こうではジェット機が翼端灯を煌々と輝かせながら下りてきていた。

 疲れているのにどこか寝られなかった。野分たち同僚は心配してくれた。生きて帰ってきたんだしそれでいいよと言ってくれた。皆が口を揃えていうのだからその通りなのかもしれない。そんな風に考えていると少し前に聞いた音がリフレインする。

 

〈警告 対象の脅威指数上昇中、脅威指数310.速やかに執行し、対象を完全排除してください〉

 

 引き金が、引けなかった。引き金を引かなければならない場面だったのだろう。あれは。

 

「……ほんと、なんなんだろ」

 

 舞風は窓に触れる。わずかにガラスに映る姿はとても情けなく見えた。

 

〈警告 警告 舞風特務執行官の脅威指数が注意域に到達しました。オーバー180。TACLESリンク率異常上昇中〉

 

 リフレイン。

 なにも、できなかったのだ。

 

 

 

 

「――――――隙だらけ」

 

 

 

 

 いきなり頬を押され驚いて飛び上る。

 

「きにゃっ!……神薙班長ぉ?」

「こんな夜中にどうした? もう日付が変わるよ」

「ごめんなさい! 外に出ようとしたわけじゃなくて……!」

 

 そうかい? と神薙が笑う。そのまま左手首の端末をドアのセンサーにかざす。

 

〈神薙和寿監察官、監察官権限でロックを解除します〉

 

「俺は出るけど、舞風はどうする?」

「あ……」

 

 ドアを開けると冷気が入ってくる。駐機場のオレンジの明かりが彼の顔を照らした。

 

「一緒に行ってもいいですか?」

「相手が俺でよければ」

 

 そういうと神薙はもう一度ブレスレットをセンサーにかざす。舞風がドアを通ると電子音が鳴る。舞風が身に着けているTACLESの端末が建物外に出たことを通知する電子音だった。

 

「さすがに外は冷えるな。寒くない?」

「はい、大丈夫です」

 

 神薙はそのまま屋上の端まで行く、転落防止の柵の所まで行って、まばらになった旅客機の群れを遠くに眺めた。

 

「……お疲れさん」

「私は……なにも……」

 

 策のそばまでやってきた舞風に声をかければ、どこか戸惑ったような声が返ってくる。

 

「何もじゃないさ。ドアブリーチをちゃんと決めた。初陣で銃撃に晒されながらちゃんと俺についてきた。それは十分によくやったと思うよ」

 

 神薙はそういうと胸ポケットに手を伸ばしかけ、やめた。

 

「作戦に参加して、どうだった」

 

 舞風は俯いていたが天頂を過ぎた月を見て呟いた。

 

 

 

「私って……深海棲艦なんですか?」

 

 

 

 質問に質問で帰ってきて、神薙はそれでも言葉を待った。

 

「あの船長さんは、ううん、あの深海棲艦は私のことを同族だって言いました。それを聞いて、実際に班長が執行しているのを見て……なんなんだろうなって思うんです」

 

 神薙は舞風の方を見なかった。正確には見ることが躊躇われた。

 

「……わかってるんですよ? 私は舞風になった。だからこうなんだってわかってるんですよ。脅威指数がひとより高くて、社会じゃ生きられないから隔離されて、そのままそこで過ごすか、艦娘になるかを選べって言われて……。自分が選んだ結果なんだってわかってるんです」

 

 声の揺れは、泣いているのだろうか?

 

「月を見たくて屋上に出るのにも……許可がいるんですね。ここは」

「……後悔してるかい?」

「わかんないです。でも……私が、どこか化け物になっちゃったみたいで、怖いんです」

 

 その答えを聞いて神薙は小さく笑った。

 

「怖くて当たり前だ、舞風」

 

 くるりと横を向いて神薙が右手を振った。目が翡翠色に輝き、右手には銃のような執行ユニット――――TACLESが手品のように現れた。

 

「舞風、君は君自身が言った通り艦娘だ。全洋戦争が終結し、軍用兵装をダウングレードして法執行機関用に調整された第2世代、Tactical Law Enforcement System――――戦術法執行システムの担い手だ。だから――――」

 

 トリガーから指を外したまま神薙はTACLESを舞風に向けた。

 

〈脅威指数128、舞風特務執行官。任意執行対象です。第一種深海棲艦反応検知。執行モード、ノンリーサル・パラライザー〉

 

 合成音声が状況を告げる。

 

「TACLES自体に深海棲艦を取り込んでその力を借りて水上航行や砲撃、雷撃などの高出力な攻撃を可能にしている以上、舞風が深海棲艦であると言うことは完全に否定することは不可能だ」

 

 舞風は神薙の構えるTACLESの銃口を見つめていたその銃口越しに青く光る眼を見る。

 

「艦娘たる特務執行官に求められるのは強固な意志と感情制御だ。法執行の現場には今日みたいに凄惨なものもある。それらに触れてもなお正気を保つ必要がある。それを放棄した時、それを楽しむようになった時、脅威指数は跳ね上がり、同時にTACLESに搭載された深海棲艦が君自身を侵食する。そうなったら本当に深海棲艦だ。その時は誰かに危害を及ぼす前に執行しなければならない。そのために、深海棲艦を取り込んでいないTinny-TACLESを使用する監察官が同行する」

 

 神薙がTACLESを切ると、目の色がどこか紫がかった黒に戻る。優しく笑った。

 

「深海棲艦に飲み込まれるかもしれない。そう思うのは当然のことだ。そしてそれを恐れなければならない」

 

 神薙はそういうと柵のそばから離れ階段室の方に寄っていく。

 

「その恐れを持っている限り、そうならないために努力をすることができるはずだ」

 

 そう言って振り返る。舞風は柵のそばで神薙を見ていた。

 

「それに、その悩みを持つのは舞風一人じゃない。先輩たちに聞いてみろ。気にしないって言うやつもいるだろう。折り合いをつけたって言うやつもいるだろう。まだ悩んでいるやつもいるはずだ」

 

 神薙はそういうと思いっきり階段室のドアを開け放った。

 

「うわはっ!?」

「変な悲鳴ありがとう、陽炎不知火黒潮野分。お前らそこで何やってる? あと帯刀、幇助するならちゃんとやれ。部下が許可なく屋上に出ようとしていますって通知がひっきりなしなんだよ」

「いや悪い悪い、なんか映画みたいなシチュだって黒潮が言うもんだからさぁ見ようとしたらセンサーからずれちゃって」

「うちのせいかいな、帯刀はん」

 

 団子になって積み重なる部下を見て神薙は苦笑いを浮かべた。「ちょ、早く降りなさい不知火!」「不知火に落ち度でも」「言う前に下りろ、ぬい」と起き上がるだけでも大騒ぎな面子から後ろを振り返る。

 

「騒がしいのが玉に瑕だが、きっと相談にのってくれるぜ?」

「そうそう。お姉ちゃんにまっかせなさーい!」

「助けになれるかはわかりませんが不知火にできることなら協力しますよ」

「そう言うのも監察官の仕事だしねー」

「タコパとかしながらわいわい話すだけでもなんとかなるもんやで?」

 

 そんなことを言っているメンバーをよそ目に舞風のところに銀の髪をなびかせて野分が駆けてくる。そのまま手を取った。

 

「これからは私がバディだし、何でも相談して! 頼りないかもしれないけど、私、頑張るから!」

 

 それを聞いて目じりに水滴が浮かんだのを見て神薙が笑う。

 

「舞風、改めてようこそ。第三管区第三執行班(TACLDETACH3.3)へ」

 

 

 

 

 




この作品の世界観説明回でした。

感想の方で少し言われたのでこちらでも少し。

これと並行して艦これのファンフィクションとして『艦隊これくしょん―啓開の鏑矢―』という作品を投稿しているのですが、そっちの世界と少し共有する設定があります。
ですがそっちの世界とは直接つながっていません。産業構造とか国の設定とかを共有しているのでその世界のIFの話ってところでしょうか。
深海棲艦登場後の世界状況や侵攻具合、深海棲艦のシステムなどについてはかなり変えてあります。なのでこちらの深海棲艦の解釈と『啓開の鏑矢』の深海棲艦の解釈は異なります。両方読まれてる方はご留意ください。

感想・意見・要望はお気軽にどうぞ。
次回はほのぼのできればいいなぁ……

状況終了。それでは次回お会いしましょう。

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