TACLDETACH3.3――海上保安庁第三管区第三執行班   作:オーバードライヴ/ドクタークレフ

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うーん、どんどん艦これから離れていくこの作品。いいのかこれは。

とりあえず、状況開始!

(PSYCHO-PASSのキャラクターが登場します。ご注意ください)


#004 SWALLOW PAINS

 

 

 

「痛い痛い痛い痛い痛いっ!」

 

 海上保安庁第三管区羽田基地。そこに設置されていたトレーニングルームの一角に少女の悲鳴が響いた。

 

「うー……股関節が……外れる……っ!」

 

 フローリングの床にへたり込んだのはスパッツに体操着という格好の陽炎だった。

 

「だから不知火は毎日柔軟体操をしろといってるんです」

 

 その横できっちりバーに足を掛け上体をすらりと伸ばすのは不知火だ。

 

「自分の体がここまで硬いとは思わなかった……」

「陽炎姉さん、気を落とさずに……」

 

 野分はそう言って足を下ろした。その横では足を下ろすときにバランスを崩した舞風がよろけていた。

 

「バレエって……結構大変ね」

「陽炎はバレエ以前に体が硬すぎます」

「不知火。そのドヤ顔すぐに仕舞わないと殴るわよ」

 

 陽炎が睨めば不知火は涼しい顔で笑って見せる。それを見て苦笑いを浮かべるのは野分だ。

 

「舞風、不知火姉さんに柔軟のコツ教わったら? 舞風も結構硬いわよ?」

「う~。言われなくてもわかってるぅ」

 

 舞風がバレエの教則本を買ってきたのに触発されて始まった、バセットチームのバレエ練習会。その第一回目がこれなのだが。舞風と陽炎の体の硬さが露呈した。

 

「とりあえず毎日柔軟運動をするしかないでしょう。陽炎は不知火が手伝いますので手を抜かない様に」

「うげ」

「何がうげですか。一番体が硬いのは陽炎だと言うことがわかりましたので本気でいかせてもらいます。不知火のバディですからこれぐらいできてもらわないと」

「何を偉そうにと言いたいところだけど、不知火の場合ホントにできるから反論できない!」

 

 陽炎がうがー! と手を振るがそれ以上の行動はできなかった。

 

「しばらくは柔軟を高めていきましょう」

「はーい」

 

 完全に場は不知火にペースを握られていた。その中で4人の左手首にはめられた端末が電子音を鳴らした。

 

「なんだろ」

「コード“エコーオスカー”ですから、出動ですね。急ぎましょう」

 

 不知火はそう言うとトレーニングルームの脇の女性更衣室に飛び込んだ。ぱぱっと制服に着替え、ブリーフィングルームに駆ける。

 

「全員そろったな。状況を説明する」

 

 バセットチームの面々がブリーフィングルームに飛び込むとすでに残りのメンバーが揃っていた。神薙が前に立ち、最前列には帯刀副班長と朝桐副班長、その後ろには浦風達サルーキチームと初風達ビーグルチームが揃っていた。

 

「今から35分前、東京港晴海旅客ターミナルが占拠された。23分前に犯行声明あり。要求は深海棲艦への制裁措置の解除だ」

 

 それぞれの端末に状況を示したデータが送られてくる。

 

「人質となっているのは民間人85名、内港湾職員42名。犯人の人数及び配置は不明。深海棲艦が関わっているかどうかも現状不明だ」

 

 ターミナルビルは基本2階建ての一部6階建て、2階に発着ロビーがありそこから船に乗り込むためのボーディングブリッジが設置された一般的なつくりと言える。

 

「豪華客船“スカイクロラ号”の入港直前で人が集まっていたところを襲撃された。人質の中数人がすでに解放されており公安局に保護されている」

 

 それを言うと神薙は顔を上げた。

 

「こちらは第三管区第三執行班(TACLDETACH3.3)全員で向かうことになる。報道が騒ぐ前に片づけてほしいとの要望だ。サルーキは複合ゴムボート(RHIB)で海上から、残りは機動車を使って陸路で向かう。各員気を引き締めろ。出動用意!」

「はいっ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 機動車とはよく言ったものだと思う。

 

「どちらかといえば護送車よね、これ」

 

 窓のないトラックの壁際に椅子を設置したような車に乗っていると陽炎がそう呟いた。

 

「しゃーないやろ。うちらは外に出たら深海棲艦に取り付かれた犯罪者予備軍扱いやからな。TACLESを起動したままだと」

 

 黒潮の声に陽炎が溜息をついた。現場での管制支援と言うことで今回は一緒に出動と相成った。すでに情報収集を開始しているのかカシャカシャとキーを叩いている。

 

「まったく、好きでやってるわけじゃないっての」

「特務執行官は志願制ですよ、陽炎」

「それはそうだけどさー。潜在犯がまともな日常生活送るにはこれぐらいしか方法ないじゃん」

 

 陽炎の声に不知火が澄ました顔で指摘すると、陽炎は不満そうだ。横で少し暗い顔をしているのは舞風である。

 

「舞風、大丈夫?」

「うん。……やっぱり、ううん。少し怖い」

「そっか。大丈夫、いざとなったら私が守るから」

「なんやぁ? ここで告白タイム~? 大胆やなぁ」

「か、からかわないでください黒潮姉さん!」

 

 野分が真っ赤になってそう言うと陽炎と黒潮が笑う。

 

「な、なんで笑うんですか!?」

《なんだか楽しそうにやってるなぁ》

 

 スピーカーがそう告げると同時に車内につけられたディスプレイが起動した。運転席でハンドルを握る神薙の姿が映る。

 

「班長も何をいってるんですか! これが楽しそうに見えますか!?」

《うん》

 

 神薙に即答され、野分が真っ赤になって撃沈。それを見た黒潮がさらに笑みを深くした。

 

「ほんで、班長はん。通信繋げてどうしたん?」

《状況が変わってきた。対深海棲艦政策特命担当大臣の更迭を求めてきた。30分に一人ずつ殺害すると言ってきている。これを受けて公安局刑事課がこちらに“協力”してくださるそうだ》

「公安局……かぁ。変な縄張り争いはかんにんしてほしいなぁ」

 

 黒潮がそう言って苦笑いを浮かべた。それには神薙も苦笑いだ。

 

《残念ながらその可能性も出てくるが……後ろには気を付けろよ。公安局は俺たち監察官と同じ“Tinny-TACLES”……向こうの言い方だとドミネーターだな、それを持ってる。お前らを“執行”することも可能な立場になる。勝手な行動は特に慎むように》

「班長、30分ごとに一人と言うことは事前訓練もなく一発勝負ですか?」

《その通りだ不知火、到着とほぼ同時に動くことになる》

「ほんまに急やなぁ。とりあえずターミナル内の感圧板は全部無効化したで。監視カメラの映像からしておそらく相手は10人前後。どうする気や?」

《九々龍、監視カメラの解析は?》

《そうねぇ、セーフティゲートを無事に通過できてるところからして火薬系は無し。持っててもナイフ系がメインよ》

 

 その答えを聞いて質問を上げたのは不知火だ。

 

「ガスとかの可能性は?」

《そっちは不安要素が一つ。犯行35分前、介護医療用の純酸素ボンベを持ち込んでいる人が一名。で、中身の検査で空気だってのはわかってるけど高圧ガスには間違いないわ》

《圧縮空気による空気銃って可能性もありか。……台帳ネットの検索は?》

 

 神薙の質問を想定していたのかノータイムで答えが帰ってくる。

 

《宮内禄朗、58歳。呼吸器疾患を持ってて介護用のボンベを使っててもおかしくない人物ね。でもどうも怪しいわよ?》

「というと?」

 

 そう聞いたのは陽炎だ。

 

《今パパッと調べてみたけど、ここ数年介護施設からの外出記録がないのよ。その人がいきなり出てくるかね。調べることも出来るけどとりあえずセキュリティ系落としにかかってるから後で調べるつもりだったけど、こっち優先しようか?》

《いや、ターミナルのセキュリティ掌握を優先してくれ。……こっちも到着する。バセットは屋上から2階フェリー待合室窓、ビーグルが一階ドアから公安局の部隊と一緒に、サルーキは海側レストランよりダイナミックエントリー。九々龍と黒潮の解析班は光学ホロの用意を頼む》

「了解や」

《ホロは黒潮に任せるわ。……部屋ごとの電気消費量と人質の数からして2階待合室に犯人グループの本隊があるわね》

 

 九々龍の声がしたタイミングで車が停止しバックドアが開く。太陽光に照らされた公園のようなものが見える。

 

「行くわよ」

 

 陽炎が立ち上がる。機動車の中での仕事になる黒潮が手を振った。

 

「気ぃつけてな」

「誰に言ってるの? あんたらの姉貴分よ」

「わかってても心配になるもん。これぐらいはいわせてぇな」

「わかってるわよ。行ってくる」

「いってらっしゃい、無事に帰っておいで」

 

 黒潮の声に陽炎が背を向ける。二人の顔には笑みが残ってた。それぞれが背中を向け成すべきことを成すために動き出した。

 

「あ、コゥにぃ!」

 

 機動車から降りた舞風たちの目の前で先に下りていたらしいビーグルチームの時津風の声がした。その方を見るとスーツ姿の男性に時津風が飛びつくところだった。

 

「おっ、とき坊か」

「そうそう、久しぶり~」

 

 漆黒といっていい髪色の男性は時津風の頭を撫でながらどこか優しい笑みを浮かべた。

 

「えっと……あの人達って……」

 

 舞風が戸惑っていると野分が小声で耳打ちしてくれた。

 

「法務省公安局の刑事課一係の人達で時津風が飛びついたのはそこの狡噛慎也執行官」

「へー」

「こら、時津風。会う人会う人に飛びつくなといっつも言ってるだろ。狡噛執行官も毎度毎度すいません」

 

 突入用の黒い室内迷彩服――――正確には戦闘服ではなく第二種作業服なのだが――――を着た神薙が苦笑いで近づいてラフに敬礼の姿勢を取った。狡噛執行官と呼ばれた男性は敬礼には答えず、どこか野性味あふれる笑みを浮かべた。

 

「いえ、気にせんでください。神薙監察官」

「そう言ってくれると助かります。―――――っと、宜野座監視官」

 

 そんな狡噛と彼に飛びついた姿勢のままの時津風を見て不機嫌に男性が咳払いをした。黒い長めの髪の奥に光るシルバーフレームの眼鏡が顔を引き締める。濃い青のレイドジャケットをスーツの上から羽織っており、でかでかと公安局を示すマークがしるされていた。それを見た舞い風は一瞬「うわっ、なんか厳しそう」と思ったが口に出しかけてやめた。

 

「悠長に話してる時間もないと思いますが、神薙和寿二正」

「そうですね、では手短に。一応港湾内の事件ですので我々海上保安庁が指揮をとらせていただきますが、よろしいですね?」

 

 神薙の姿勢も心なしか若干硬化しているように見える。

 

「構わないが、不必要な執行は避けたい。安易な攻撃指示は慎んでもらいたいが」

「要は“いつの通り”でしょう」

 

 神薙がそう言って笑えば宜野座の顔が心なしか不満そうに歪んだ。

 

「海保組の突入は私とバセットが屋上か二階待合室に、ビーグルが一階エントランスから、海側からはサルーキがアクセスします。側面の通用口からの突入を刑事課の皆さんにお任せしたいと思います。データは……」

 

 神薙が左手のブレスレットを差し出した。宜野座は仏頂面を崩さないままそこに彼の左手首のブレスレットをかざす。データの送受信が行われ、その内容を閲覧していく。

 

「大体把握した。……常守監視官」

 

 宜野座と同じ色のジャケットを着た女性が慌てて背中を伸ばした。

 

「狡噛と征陸の両執行官を連れて海保の部隊に同行しろ。縢と六合塚は俺と通用口から回る」

「はいっ!」

「お、新人さんですか」

「……不満か?」

「まったく」

 

 そう聞き返されて神薙が肩を竦めた。そのまま常守監視官と呼ばれた女性の前に歩み寄る。

 

「海上保安庁特殊警備対策室、第三管区第三執行班班長、監察官の神薙和寿二等海上保安正です」

「公安局刑事課一係の常守朱監視官です」

「よろしく頼みます。今回の突入では私の部下の朝桐がともに突入します。場合によっては頼ってください」

「わかりました」

 

 その答えを聞いて神薙は微笑んで踵を返す。

 

「突入の用意に入る。全員死ぬなよ」

 

 それを言って去っていく。それを横目に宜野座が常守に近づく。

 

「海保の特務執行官を同じ人間と思うな」

「それはどういう……」

 

 神薙はそれを背中に聞きながら笑った。この声量は聞かせるために言っているとわかる。

 

「執行官が獣を狩るための獣なら、特務執行官は化物を狩るための化物だ。同じ人間と思っていたら喰われるぞ」

 

 それを聞いて明らかにムッとした表情を浮かべる不知火を神薙は目で制した。今は何も言うな。

 

「海保の第三管区第三執行班は猟犬部隊(ハウンド・スコード)、正真正銘の化物部隊だ」

 

 それを聞いて神薙は笑みをさらに深める。

 

「さて、行こう。バセット・ビーグル、突入準備(プリパレーション)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの……本当に大丈夫なの、あなたたち」

「え? 何が?」

 

 常守朱は自分の前で伸びをしている少女……たしか狡噛からはとき坊と呼ばれていた少女に声をかけた。常守の半分ぐらいしかない背丈の少女は首を傾げて聞き返す。

 

「なにがって……子どもが現場に……」

「その子たちは特別な子だ、監視官。こういう事態は俺たち並か下手したら俺たち以上に慣れてる」

 

 狡噛がそう言うと時津風がクルリと体ごと振り向いた。

 

「もしかして心配してくれた? うれしーうれしー!」

「えっと……」

「でも大丈夫。時津風も、そこの雪風も……あ、雪風は髪がショートの方ね。青い髪が初風で、シルバーの吹流し付きツインテが天津風。みーんな歴戦の特務執行官だから大丈夫だよ? コゥにぃは知ってるよね?」

「まぁな、で。今回は落ち着いてくれよ?」

「わかってるわかってるぅ!」

 

 その反応に逆に不安になっていると横で溜息をつく気配がした。

 

「時津風、あなたは少し落ち着きなさい」

 

 黒のベリィショートの髪を揺らして溜息をつくのは朝桐知恵監察官だ。

 

「仕事をこなすから多少は見逃してますが周りの連携をとれないのは困ります」

「えー? でもちゃんと雪風はついてきてるし、初風たちの支援が届く範囲にいるよー? 大丈夫大丈夫ぅ!」

「大丈夫じゃないことがあるから言っているんです。――――――狡噛執行官も征陸執行官もうちの特務執行官が申し訳ありません」

「いやなに、若い者は元気が一番さね」

 

 カカカと笑うのは征陸智己執行官だ。

 

「それでも嬢ちゃんたち、年寄りを置いていかれるのは困るよ」

「だな、この子たちからしたら俺たち全員年寄りだからな」

 

 狡噛がそれに乗ると雪風がくすくすと笑った。

 

「狡噛執行官はそこまで年いってないと思いますっ」

「おう、ユキ坊いいこと言うじゃねぇか」

 

 狡噛が笑う頃にはエントランスホールの入り口が見えてくる。

 

「黒潮特務官、ホロの用意を」

《ほいな。監察官と特務執行官にホロかけるで》

 

 その声に合わせて海保陣営の姿が掻き消えた。直後に誰かが走る気配がする。

 

「監視官、壁際に寄れ」

 

 狡噛がそう言って常守の肩を押した。右手に提げたドミネーターを気にしながら走る。その先で海保組が一度ホログラムを解除した。壁の横に張り付くようにして突入の用意を進めている。……ホロは後続の公安局の人員にここにいるぞと示すため一度解除したらしい。

 

「ビーグルは雪時のパピーバディが先行突入、最短で二階へ。そのバックアップと万が一の時の退路確保を天津風と初風で行います。一階エントランスホールは吹き抜けのため上方からの攻撃を特に警戒。質問は?」

「なし」

 

 即答したのは初風だ。天津風や雪風たちも頷く。

 

「ビーグルチーム総員TACLESの起動を承認します」

「TACELS起動、りょうかーい」

 

 時津風が軽いテンションでそう言うと彼女は右手を振る。それに反応してまるで魔法のように右手にTACLESの大振りな拳銃型の執行ユニットが現れた。それと同時に時津風たちの眼の色が変わる。

 

「……っ!」

「こちらビーグル、レディ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《こちらビーグル、レディ》

 

 ノイズ交じりのその声を聴いて神薙はビルの外を覗いた。

 

「ビーグルレディ了解。そのまま待機。……舞風、野分、焦らなくていいぞ」

「はいっ……!」

 

 ハーネスを頼りに壁を歩くように降下していく舞風と野分を見下ろしながら神薙はロープの確認を急ぐ。アンカーが撃ち込まれ、それぞれにロープが確保(ビレイ)されている。どれか一本が抜けても誰かが落ちることのないように複数のアンカーに荷重を分散させることも忘れない。ビルの端でロープが摩擦で擦り切れないように保護具を噛ませておく。

 

「バセット2、3と俺は4と5が窓を割ると同時にエントリー。犯人グループを確保する。スピード勝負だ。人質に手が伸びる前に抑えろ」

「了解」

 

 陽炎と不知火が同時に返答した。それを聞いて神薙は双眼鏡を手に取った。

 

「サルーキ、状況は?」

《サルーキ1、今待機場所についた。いつでも》

「黒潮」

《警報装置は全て抑えたで、いつでもオッケーや》

「了解。ハウンドよりTACLET3、突入用意完了」

 

 羽田の本部にいるはずの部隊のボス、菱川に連絡を取る。

 

《こちら、菱川、突入を許可。急げ。軍が介入したがっている。今、合田室長が押さえにかかっているが長くはもたん》

「軍が?……さっきの無線のノイズはそれか。了解、突入する」

 

 神薙は陽炎と不知火を連れてビルの端につく。

 

「各チーム、レディ。プリカウント、マイナスファイブ」

 

 足元のさらに下ではTACLESを窓に向けて静止している舞風と野分が見える。体の前を真下に向けて両手でTACLESを構え窓に狙いを付けている。中からはホログラムで視えないはずだ。

 

「マイナスフォー」

 

 ロープを投下。降下用意。

 

「マイナススリー、ツー、ワン……」

 

 先行して陽炎と不知火が勢いよく壁の縁を蹴り込んだ。

 

「GO!!」

 

 窓枠を舞風と野分が吹き飛ばし窓ガラスが白く曇ると同時、フェリーターミナルの全電源が落ちた。白くヒビが入ってもろくなったガラスを陽炎が突き破る。そこに数瞬の差で不知火が、さらにワンテンポ遅れて神薙が飛び込んだ。それを確認して野分と舞風も頷き合って体の向きを入れ替える。戦闘降下と呼ばれる姿勢のまま突入することは難しいのだ。体の前後……地面の向きからしたら上下だが……を入れ替えて神薙たちがしたようなハング降下の姿勢でエントリーしないと頭から床に突っ込むなんて間抜けなことになりかねない。

 

「海上保安庁だ! 動くな!」

 

 中からそんな怒号が響く。この声は間違いなく神薙の声だ。姿勢を入れかえて突入する。割れた窓に気を付けながら中に入れば神薙が強烈な勢いで誰かに体当たりをかけていた。それを見つつ舞風はラぺリングのロープを外す。同時にTACLESを構えた。顔をバンダナで覆った人が神薙の方に何かを向ける。

 

「―――――ッ!」

―――――脅威判定が更新されました。脅威指数185、執行対象です。モード、ノンリーサル・パラライザー

 

 舞風の視界に照準用のドットが浮かぶ。そのドットを相手の中心線に合わせ、引き金を引く。衝撃。青白い閃光が走る。

 相手が吹き飛ばされたようにどうと倒れる、その向こうから何かが飛び出した。あれは――――――時津風だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゴーサインが出ると同時、時津風と雪風が弾かれたように飛び出した。ドアはすでに開いている、そこに迷うことなく突っ込む。

 

「まっ……あぶな――――――!」

 

 常守が焦ったように声を上げるが意に介さずに突っ込む二人を追うように初風、天津風組も突入。ドアの横で上方の警戒にあたる。それに間髪入れずに狡噛が、その後ろを征陸が固める。

 

「どうした監視官、置いてかれるぞ」

 

 狡噛の声にハッとする。呆けてていい場合じゃない。

 

飛べ(・・)!」

 

 朝桐監察官の声に先頭を切る雪風と時津風が左手を振り上げた。その手にあるのは、ワイヤーの射出機。

 吹き抜けの天井にワイヤーが突き刺さる。直後に二人の体が空中に舞う。

 

「―――――とき坊、また置いていきやがった!」

 

 狡噛がそう言って横の階段に飛び込んだ。その顔にはどこか笑みが残る。

 

「初風はここで退路の確保、二階のパピーバディは神薙班長に任せます。天津風は私と監視室を押さえます」

「了解」

 

 そう言うと海保組がそれぞれの行動に移る。それを見てやれやれと言った様子で征陸が肩を竦めた。

 

「どうするねお嬢ちゃん。早くしないと海保に全て持ってかれるぞ?」

「……わかりました。狡噛さんを追いかけて二階に上がります」

「了解だ」

 

 常守と征陸が階段室に入ったころ、二階では狡噛が物陰から飛び出したところだった。二階には既に七人が突入している、いくつも閃光が光る。

 犯人の一人が狡噛に気がついた。銃口のようなものが彼に向く、左へキックすると同時にパン!という音が響く。狡噛の真横を何かが突き抜けた。

 

事前充填(プリチャージ)式の空気銃か!)

――――犯罪係数285、執行モード、ノンリーサル・パラライザー

 

 狡噛の持つドミネーターが相手の指数を計り、セーフティを解除した。ほとばしる閃光。

 

「う、動くなっ!」

 

 動揺したような声。そちらにドミネーターを振れば拳銃型の自作の空気銃らしいものを向けながら立つ男がいた。人質の女性を盾にするように立たせながら叫ぶ。

 

「我々は使者を継ぐもの! 我々が死んでも我々の意志を継ぐ者が現れ、この聖戦を遂行するっ!」

――――対象の脅威判定が更新されました。犯罪係数342、執行モード、リーサル・エリミネーター

 

 手にしたドミネーターが形態を変える。それは一つの死刑宣告に等しい。海保チームの獲物も次々に向けられ同じように形態を変えていく。

 

「やめて、ママを放して!」

 

 小さな幼い声、狡噛の射線に被る様に小さな女の子が飛び出してくる。動く犯人の銃口。

 

「くそっ!」

 

 狡噛が前に跳ぶ。……それよりも早くその子の前に動く影が一つ。圧縮空気が解放される音が響き、飛翔体が発射された。それは幼子の目の前に飛び込んだ―――――舞風に向かう。

 

「―――――っ!」

 

 空気が揺れた。何かに反響するように甲高い音が響く。舞風の左手に弾かれた飛翔体(プロジェクタイル)が明後日の方向に弾き飛ばされる。

 犯人の顔が驚愕に歪んだ。当然だ。音速に近い速度の金属を生身の人間が弾くと言うことは常識ならあり得ないのだから。だが、その常識を特務執行官――――艦娘は覆す。

 舞風は背中の艤装を展開し、幼子を守るように立っていた。彼女は受けた衝撃に顔を歪めながらも傷一つなく立っている。それに驚く犯人の後ろにひゅっと影が割り込んだ。―――――神薙だ。そのまま相手の銃を叩き落とし相手を地面にねじ伏せる。人質になっていた女性が後ろから抑えていた犯人がいなくなったことで自由になり弾かれたように舞風の後ろに隠れた少女に駆け寄った。

 

「ぬい! 電脳錠(ホチキス)!」

 

 地面に押さえつけられながらも暴れる犯人を確保しながら神薙が叫ぶ。不知火が駆け寄り犯人の首筋に手のひらサイズの機械を押し付けた。犯人は僅かに痙攣するように震えた後、おとなしくなる。

 

「――――――二階ホール、クリア」

《一階ロビー、クリア》

《海側レストラン、クリア》

《一階警備室、クリア》

《警報システム再始動、残党は確認できへんな》

 

 黒潮の声に神薙が頷く。

 

「正面玄関に人質になってた方々を誘導する。用意を」

《了解》

 

 そのやりとりを小声で済ますと神薙が笑顔で皆に聞こえる声量で努めて朗らかに言った。

 

「もう大丈夫です。ご安心ください。正面玄関に皆さんをご案内します」

「―――――大丈夫じゃないだろ!」

 

 それに激昂したような声が帰ってくる。声を上げたスーツの中年男性が神薙に駆け寄ってその胸倉を掴んだ。

 

「妻と娘が殺されかけたんだぞ! どこが大丈夫だこの給料泥棒!」

 

 中年男にガンガンと頭を揺らされながら神薙が申し訳なさそうな顔をした。

 

「そこは私たちの力が及ばなかったところです。申し訳ありません」

「何が申し訳ないだ!」

 

 男が神薙を突き飛ばす。神薙は数歩よろけるだけでとどまった。とっさに動こうとした不知火を陽炎が止める。周りの全員が神薙と男のやり取りを見守っている。

 

「土下座しろ! 今ここで謝れ!」

 

 そう言われ、神薙は両膝を突く。ヘルメットを外し横に置き、そのまま両手を地面につき頭を下げる。それこそ地面に額をつけるようにして。

 

「大変、申し訳ございませんでした」

 

 そのまま頭を下げ続けると何かを言おうとして引っ込めるような嗚咽に似た声が響いた。

 

「―――――全く、化物に守られるなんて薄気味が悪いね」

 

 そう言って男は踵を返す。それを見て神薙が頭をあげると階段の入り口で呆然としていた常守が征陸に肘で小突かれて避難誘導を始めるところだった。

 

「……お船のお姉ちゃん?」

 

 まだ艤装を展開したままの舞風を幼子が見上げていた。舞風はゆっくりとしゃがみ込み視線を合わせる。

 

「大丈夫だった?」

「うん……お船のお姉ちゃんは痛くない?」

「全然、大丈夫だよ? ほら、痛いところどこにもないでしょ?」

 

 舞風は左手を振って見せる。そこには白い肌が見えるだけだ。

 

「ゆうっ! そんな化物に構ってないで帰るぞ!」

 

 先ほどの男が子どもに声をかける。それにどこかびくりとしながら少女は振り返った。

 

「えっと、あの……ありがとーございました」

 

 それだけ言って走り去る女の子。舞風はそれを小さく笑って見送った

 

「どういたしまして」

 

 その横に神薙が立つ。

 

「大丈夫か、舞風」

「……艤装でダメージ肩代わりできるとはいえ、少し痛いですね」

「よく耐えた。偉かったな、お船のお姉ちゃん」

 

 神薙が少々乱雑に頭を撫でる。

 

「犯人グループの拘束を再確認しろ。問題なければ現場を保存。引継ぎ要員がきたら撤収準備だ」

 

 神薙の声に臨戦態勢を解く特務執行官の面々。とりあえずは死者が出なくてホッとしたという雰囲気になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あー、終わった終わった」

 

 撤収に入った時津風が伸びをする。

 

「今回はバセットしか活躍できなかったから少しなー」

「俺たちが活躍しないのがいいんだよ、ほんとはな」

 

 神薙の言葉に朝桐が頷く。すでに日は傾き、夕暮れの気配を感じさせていた。

 

「とりあえずはお疲れ様でした、今後の調査で何度か行き来はあると思いますがその時はよろしくお願いします」

 

 神薙の敬礼に宜野座が目礼を返す。

 

「それじゃ、行きと同じように分乗してくれ」

 

 神薙が急かすと時津風は狡噛にじゃぁねーコゥにぃと言いながらブンブンと手を振る。それを見てクスリと笑う神薙。

 

「あの……神薙班長」

「ん? どうした舞風」

「あのとき、どうして何も言わずに土下座したんですか?」

 

 それを聞いた神薙は一瞬真顔になった、それを隠すようにすぐ元の笑顔に戻る。

 

「どうしてそれを聞く?」

「だって、神薙班長に落ち度は……」

「俺になくても、そこの警備に失敗し、突入時に人質をとられた。それだけで十分だろう、土下座するには」

 

 神薙は笑っていった。

 

「海上保安庁や公安局がもっとしっかり取り締まっていれば防げた可能性もある。そこは変わらない。そして俺たちは海上保安庁の制服を着て、給料をもらってるんだ。あの場に立つ俺たちはあの場にいる人にとっては組織の代表であり、そこに物を申すのは当然だろ? 組織として防げなかった事態だから、組織として謝る。あそこでこじれても相手の脅威指数が跳ね上がるだけだからな」

 

 そう言って神薙は肩を竦めた。

 

「それにしても、よくあそこで飛び出せたな」

「いえ……私は……」

「謙遜しなくていいぞ。とりあえず一仕事終えたんだ。第二班とかに後は任せてとりあえず休もうぜ」

 

 神薙がそう言って舞風の肩を叩く。彼の顔に影が過った気がするのは……気のせいだっただろうか。

 

 舞風はその答えを見つけられないまま、機動車に乗り込んだ。

 

 

 

 




こんなん、艦これじゃないだろ! という方、すいません。
ですがこのまま参ります。
うーん……今更ながら戦闘描写苦手です。ここ、修正入れるかもしれませんね。

次回は早めに投稿できたらいいなぁ……。

感想・意見・要望はお気軽にどうぞ。
次回は日常回の予定、あくまで予定。早めに更新できるといいなぁ……。

状況終了、それでは次回お会いしましょう。

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