推しがメロつくのは解釈不一致です―――俺が相手でも 作:柳之助@バケつ1~4巻発売中
「ーーーーーあぁ、くそ」
こんなんでいいんだろうか。
キトラは、俺のために、彼女自身のために、びっくりするほど好き勝手やっている。
なら、俺はどうすればいいんだろう。
冷静に考えれば、ことここに至って、彼女と戦わないという選択肢はないのだろう。
多くの人が見ているのだ。
だったら、みっともない真似はできない。
だけどそれはこれまでの『ExZ』でみんなのドラマの端っこにいたのとは違う。
四年前のあの大会のように。
俺と彼女がドラマの中心にいる。
「っ……」
四年前のように。
大勢の悪意に晒される可能性があるということだ。
それは怖い。
あれは苦しかった。
結局のところ、俺が前に出ようとしなかったのはあの時の記憶があるからなのだろう。
脇役であれば、みんなの目の端っこにいればいいって。
「…………」
こんな躊躇している時間すら、本当は惜しいはずだ。
でも、俺は、どうしていいのかわからなくて。
こんな俺が、たとえキトラから望まれていようとも、彼女のドラマのラスボスになんていいのかわからなくて。
「あと、そうだ。もう一つ、理由がある」
「……?」
「恩返しをするため。私のため。それにもう一つ」
ふと、思い出したようにキトラは言葉を紡いだ。
「このゲーム、『OLS』。『どんな物語でも、君こそ主人公』ーーーそれがキャッチコピー」
そう、このゲームではどんな人生を選ぶのも自由だ。
人類勢力『騎士団』に入り勇者となるも良し。
魔族勢力『魔王軍』に入り魔王となるも良し。
そのどちらに所属せず、人々を癒す『聖歌隊』に入っても良し。
日々の営みを支える『商業ギルド』に入っても良し。
どんな選択をしてもいい。
どんな人生だろうと自分らしくあれ。
『ExZ』だろうとそれは変わらない。
その手伝いをしてきた。
「だからね、タツさん。あなたが主人公になってもいいんだよ」
「ーーー」
「私のドラマのラスボスはタツさんにやってほしい。だけど、タツさんのドラマのラスボスも私でいいんだよ」
何が凄いって。
なんか凄い良い感じのセリフを言ってくれているけれど。
本人はずっと短剣を構えて戦闘態勢なところだ。
「あ、もちろん私がヒロインでもいいけどね。主人公とヒロインがバトルするタイプの話、嫌いじゃないから」
「いや、別にキトラさんの癖は聞いてませんけど……」
しかし、
「はぁー…………あぁ、そっか」
思わず苦笑が溢れた。
俺が、主人公になっていい、か。
そんなこと考えなかったし、そうなることが怖かった。
だけどまぁ。
「もういっか」
「インベントリにプレゼントボックスもあるからよく見てね」
「あぁ?」
言われた通りに見れば、見覚えの無いプレゼントボックスがあった。
中にアイテムを格納するアイテムで、名前の通りサプライズプレゼントなんかに使われるもの。
開いてみれば、中身に思わず呆れてしまう。
「……これ、いつの間に?」
「ちょこちょこ準備してた。あきらに手伝ってもらったり」
そういえばなんかやることがあるって彼のところに残った時があった。
どんだけやってたんだよ、と呆れつつ、中身を装備した。
戦闘用のグローブ、黒字に金の龍の刺繍が入った羽織。
「なんとまぁ」
俺が『OLS』で使っていた、プロ大会に出場した時の装備とよく似ている。
「いいね」
「ちょっと怖くなってきましたよ……」
どんだけ準備していたんだって話。
「決心は付いた?」
「えぇ」
頷き、息を吐きながら前髪を掻き上げ、後ろに流す。
そして、腰を落とし、拳を構えた。
「ーーーーーいいぜ、キトラ。やろう」
「……!」
彼女の瞳が爛々と輝いた。
あぁ、もういいさ。
色々忘れることにする。
確かに『ExZ』ではサポーターに徹しようとしていた。
だけど、そもそもの話。
目立ちたくないならなんで『ExZ』に参加したのか。
眼の前の少女に影響されたのだ。
チャレンジは大事だから。
「本気でいいんだよな?」
もう、丁寧な言葉遣いもしない。
「当然。舐められるのが一番むかつくから」
「だよなぁ。でもいいのかよ」
俺の問いかけに、キトラは小さく首を傾けた。
「あんた、何度も負けて何時間も掛けてやっと勝つタイプだろ? 今回はその余裕はないんじゃないの?」
「ーーーハッ! 言うね」
歯をむき出しにして彼女は笑い、俺もまた口端に小さく笑みを覚えた。
あぁ、そうだ。
正直言うなら、俺だってゲーマーだから戦うのは好きで。
その相手が推しで、色々面倒事を忘れてしまえば、テンションは上がってくる。
「来いよ、お転婆虎娘。現実を教えてやる」
「甘いね、配信初心者ドラゴン。夢を見させるのが私達の仕事だよ、多分」
●
「はぁぁぁぁぁぁ……なんとかここまで来れましたね……」
『MCA』店内、設置したテレビに映るキトラとタツに、リーゼロッテは安堵のため息を吐いた。
キトラの企みはずっと知っていたし、彼女のモチベーションが本気のタツと戦いこともわかっていたが。
結局のところ、タツがそれに乗ってくれるかどうかに全てが懸かっていた。
「なんのかんの、タツはキトラに甘かったからねぇ」
「ていうかタツさん、なんか口調荒くないすか? キャラ変わってません?」
「元々あんな感じだったみたいだよ。昔の動画とか見ると結構ビッグマウスだったし。今回はずっと丁寧に喋っていたけど、ちょいちょい切れ味あっただろ?」
「確かにぃ? 猫被ってったんすねぇ! なはは!」
「彼の立場からしたら仕方ないでしょう。それにしても……」
リーゼロッテは画面を注視する。
タツとキトラ、拳と短剣を握る二人が戦闘を開始している。
それを見て思うのは、
「……わりと戦えてる?」
アクションゲームをクリアするまで無限に挑戦するキトラ。
Eスポーツ甲子園を二連覇し、そのままプロ大会で優勝したタツ。
正直、戦いになるのかと心配していた。
ここまでしてキトラがワンパンされたらそれはそれで面白い気もするけど。
なんてことは思っていたら、
『はいはいはーい! あれ? なんか普通に戦っていて、タツ案外弱いの? って思ったそこのリスナー&配信者どもぉ! お前らはなーんも分かってない!』
『こっからはうちとこのアホが『OLS』のバトルについて解説していくでー!』
「楽しそうですねあの二人……」
ライブビューイングの画面端にワイプが形成され、そこでシリウスとハクビが楽しそうに並んでいた。
さっきまで派手な戦闘を行っていたが、タツとキトラが戦い始めたことでさっさと切り上げてこっちにシフトしたらしい。
『いいかお前ら、『OLS』ってのはVRゲームの初期だから、『ユニトロ』みたいなバグみてーな要素もあるけど、スキルについてもそんな感じなんだわ。今、タツはそれのために仕上げてる最中、つまり本番はこの後ってわけだぜ!』
『こういう戦闘要素の話するならタツを槍玉にする以外ありえへんからなぁ! アホ! タツがどうやって『ユニトロ』取った教えてやりぃ!』
『任せろバカ! いいか諸君、今回『ユニトロ』持ちはそれぞれの得意分野に合わせて各ジョブに選ばれてるわけだ。俺なら『魔王軍』、こっちのアホは『騎士団』を率いて存在しないボスを斃してエデンをまとめ上げてエンディングにしたりなぁ!』
その話は、それこそタツから聞いていた。
『雷獣』のハクビは人類魔族をまとめあげ、全てを率いた。
『スカルハート』のシリウスは同じようなことを『魔王軍』側からやった。
『鬼子母神』ハリィは飲食店の運営だけでエデンを平和にした。
『医神』アスクは本来バットエンド直結の病を完治させた。
『開拓者』あきらは鍛冶開発しすぎてエデンの外に出ていける技術を開発した。
それぞれが、それぞれのやり方でハッピーエンドを作っているわけだが、
「そういえばタツさんの『ユニトロ』の話、聞いたことなかったですね……」
「聞いても教えてくれないっすからねあの人」
「調べてれば出てくるんだろうが、触れられたくなさそうだから僕も調べなかったな」
タツの『ユニトロ』を知らないのはテラスとウェザリも同じらしい。
なんだろう、とリーゼロッテは少し考える。
この三週間、彼は本当に色々なことを教えてくれた。
ゲームに関しては何でもできる、という印象だ。
全要素でも網羅したのだろうかと思い、答えは画面の向こうから来た。
『あいつはな? 全部殴り飛ばしたんだ』
「はぁ?」
「ん?」
「はいぃ?」
三人とも意味がわからなかった。
リーゼロッテが一瞬コメントを見たが、大半は?で、ごく一部なんか腕組んで後方理解者面しているのがいる。
『あんなぁ、タツは『騎士団』も『魔王軍』もその他諸々残り勢力にぜーんぶに喧嘩売って、エデンVSタツっていう構図になって、勝ってもうて、最終的に各勢力残党が協力して生み出した魔法科学全盛りドラゴンを斃して修羅エンドしたわけやね。この最後の全盛りドラゴンが『ユニトロ』の部分ちゅーわけや』
「………………アホなんですか?」
「だっはっはっは! あの人そんな脳筋だったんかーい!」
「なるほど……どうやらキトラとはお似合いだったようだね……」
三人とも呆れてしまう。
本当に、随分猫を被っていたらしい。
「そりゃあキトラが好きになるわけですね……」
戦闘狂の彼女からしたらたまらないだろう。
『おっと、画面に注目! タツが準備を終えたようだぜ!? いいかてめーら! 目ん玉かっぽじってよく見とけ! ここから秒でトラ嬢やられちまうかもしんねぇんだからな!』
『『OLS』の最上位勢の戦闘、よく見てってーなー!』
そして、タツの動きが確かに変わった。
傍目から見ても明らかに速く、強く、視認可能な黒い風のエフェクトすら纏った拳の連撃が叩き込まれ、
『ーーーーー!』
その全てを、キトラが完璧にパリィし、反撃を叩き込んだ。
『あっれ?』
『うそやん』
●
『えー、『OLS』のスキルはシステムが動作に補正を掛けてくれるわけでですね。この場合の補正っていうのは適当に動いても、理想の動きを勝手にしてくれるって意味で。熟練度を上げるっていうのは、自前の動きを理想の動きに近づけるってわけですね。マニュアルでスキルを再現できると、スキル取得が不要になって、他のスキルを取り直すっていうのができるわけです。そうすると一つの動きで複数のスキル分の動きが取れるようになって、それが≪上位≫、≪最上位≫のスキルに繋がるわけです』
『…………びっくりしすぎてキャラ変わった上に早口になっとるやん。ウケる』
『やかましい。……あー、なんだ。ともかく、このゲームでうまくなるコツは「システム補正抜きでどれだけ動けるか」って話になるわけだ。スキルのランク上げで詰め込める分は最大五つ、全部≪上位≫にすれば二十五、≪最上位≫で固めれば百二十五個の分を同時に発動できるってわけよ』
『まー、そこまで行くのに普通に毎日やって一年とか掛かるからがっつり廃人の話やけどなぁ。『OLS』の本編クリアするなら≪上位≫で十分やし。なんなら≪下位≫でも全然行けるし』
『だな。で、ここに裏技があってよ。最初から補正抜きで理想の動きを完全再現できると、システム的にスキルを取得してるって風に認識されて、熟練度上げをすっ飛ばして≪最上位≫スキルを獲得できるんだわ。ま、一種のグリッチだな』
『『OLSⅡ』とかはできなくなったけど、周回する時とかは世話になったもんやな。『ExZ』は無印ベースだからできるちゅーても、これできるのはうちとこのアホと、タツくらいやろな』
『だから、タツがスキルを本来のものにしたらキトラの嬢ちゃんなんか瞬殺される……はずなんだが』
『なんか……めちゃジャスパしとるなぁ』
『してるなぁ』
●
「ははっ、まじかよ……っ!』
拳を振るいながら思わず笑ってしまった。
スキルの再取得は完了している。
≪拳撃マスタリー≫は≪黒龍拳聖≫に。
≪気功≫は≪龍仙剄≫に。
≪ディフェンダー≫は≪超存在≫に。
≪逆境≫は≪命の煌めき≫に。
≪乾坤一擲≫は≪ラストトライアル≫に。
合計百二十五個分のスキルを内包している。
より強く、より重く。
特に≪龍仙剄≫の発動により、常に周囲に黒い風を纏い、あらゆるアクションを強化し、スリップダメージ付与するのだが。
「ふっ……!」
キトラは、その全てを完璧なタイミングでパリィしていた。
ジャストパリィ。
パリィ判定を持つガードポイントーーキトラの場合は短剣の刀身とナックルガードーーを、相手の攻撃判定に当てに行くことで、その攻撃を無効化し、自分の攻撃に繋げていくこと。
アクションゲームではなんら珍しくない、当たり前のように存在しているゲームシステムだ。
ただし、その難易度はゲームによっており、数フレームしかパリィの受付猶予がないものも、とりあえず相手の攻撃に合わせれば成功するガバ判定のものある。
『OLS』の場合、VRゲームということで当たり判定がそれなりに厳密だった。
単純なダメージを防ぐだけの通常パリィと完全にダメージを防ぎ次のアクションに接続できるジャストパリィの二種類がある。
通常パリィはちょっと練習すればいいが、ジャストパリィは難しい。
相手のモーションを覚えて、判定タイミングを覚えて、自分の動きも覚えて、その次の動きも覚えて。
覚えることがたくさんある。
知識と経験を積まなければならず、俺でも狙ってジャスパするのは難しい。
集中力が極まった時にはできるかも、という塩梅。
なのに、キトラはそれを連続で成功させている。
「どうやった……!?」
キトラの力量は把握している。
それこそ三週間、パリィの練習に付き合った。
上手だが、ここまでではない。
「単純な、はな、し!」
俺の頂肘ーーー肘打ちもナックルガードで受けつつ、彼女は笑う。
「ずっと、見てた、から!」
「見てたってーーー」
彼女の前で本気で戦ったことはない。
パリィの練習だって、だいぶスピードを落としていたのだから、『ExZ』で見ることなんてーーー
「ーーーー動画か!?」
「そのとーり!」
「嘘だろ……!」
単純な話だ。
『ExZ』の中で戦ってはいない。
だけど、俺が戦っている動画なんてネットにいくらでも転がっている。
四年前のプロ大会の映像はそうだし、俺自身が攻略動画を上げているのだ。
『OLS』シリーズはもちろん、他の様々なVRアクションゲームで。
システムは違えど、動くのは俺の体だ。
テラスが『OLS』で思わず剣道の動きをしてしまったように、どんなゲームだろうと本人の癖は出てしまう。
だからって、
「こんな完璧にいけるか!?」
「見て、覚えるのは……得意ッ!」
そうだ、キトラはそういう配信者だ。
高難易度アクションゲームで、何度もボスに挑んで、動きを覚えて、敗北し、そして勝利する。
決して、彼女は諦めない。
不屈の精神が人の形をしたような少女。
「ボスってこういう気分か……!」
「言った、でしょ、ラスボス、って!」
一度でもコンボを決めれば、彼女のHPを削りきれる。
だが、ジャストパリィはダメージの完全の無効化であり、ヘルス耐性も減らない。
恐るべき集中力だ。
ゲーマーとして尊敬する。
「ハ」
思わず、破顔してしまう。
「あはっ」
キトラも歯をむき出しにして笑う。
「ははっ」
「あははっ」
彼女のファンとして。
一人のゲーマーとして。
「ははははははは!」
「あはははははは!」
俺は、今、最高に楽しかった。
●
結局のところ、俺はゲームが好きなだけだった。
『ユニトロ』を取るくらいにまで『OLS』をやっていたのも、ゲームをプレイし、強い敵と戦って、負けて、試行錯誤をして、勝つのが楽しかったから。
ただ、それだけの単純な理由。
自分と相手だけで完結するシンプルな話だった。
だから、大会に出たのもその延長だ。
プロという、人生をゲームに捧げたと言ってもいい人たちがどれだけ強いのか。
そんな人たちに俺はどこまで通用するのか。
俺も、彼ら彼女らのようになれるのか。
結果的に言えば優勝してしまったが、拍子抜けなんてしなかった。
大会で戦った人たちはみんな、信じられないくらい強くて、ギリギリの勝利だった。
一度は、そんな人たちの世界に飛び込もうと思って。
ーーーー俺は、無数の悪意に耐えられなかった。
でも、結局は先輩の勧めで攻略動画を投稿したのだから、往生際が悪い。
「でも、だからこそーーー」
キトラに惹かれたのは、そういうことだろう。
自分の好きなものに、自分の勝ちたい相手に、ひたすらに、ひたむきに挑んでいく。
リスナーのことすら忘れ、ゲームに没頭し、楽しんでいく。
そんな姿を見て、俺は彼女のことが好きになったし、尊敬し、推すようになったのだ。
「だから」
そう、だから。
「負けらんねぇよなーーー!」
叫び、拳を叩き込む。
黒風を纏った豪拳、キトラの耐久度なら一気に瀕死まで持っていけるはずのそれは、
「ここ……!」
小気味の良い音と共に完璧に弾かれる。
何十度目かになるジャストパリィ。
それによって生じる俺の隙に叩き込まれる刃。
大量のスキルを盛って耐久度を増しているため、総HPからすれば僅かだが、何十回も繰り返されているせいで、体力は半分を切っていた。
どんな攻撃をしても、無限にパリィで反撃してくる。
「クソボスすぎんだろ……!」
こんなのゲームで実装された炎上ナーフ待った無しだ。
「お互い様……!」
「はっ、まぁそうか……!」
向こうからすれば一手でも最善手から外れたら敗北ということなら間違いなくクソボスだろう。
「ふぅっ……ふぅっ……!」」
一度距離を取り、ゆらりと双剣を構え直す彼女の瞳は爛々と輝き、薄い笑みがずっと張り付いている。
「…………十時間越えあたりか?」
高難度ゲームを長時間配信する彼女だが、十時間以上休み無しで続くとこういう状態になる。
キトラリスナーからすればツチノコみたいな扱いであり、この状態を見るために耐久配信に付き合って次の日の朝、寝不足になる者もいる。
俺のことだが。
「……タツさん、私のこと詳しいね?」
「そ、そそそそそそそそそんなことないが?」
動揺して適当に放った一撃は当然ジャスパされ、カウンターの一撃はこれまでで一番強烈だった。
●
何やってるんだ俺は!
あまりにも情けない言動に死にたくなる。
というかこれ配信されてるのか? 最悪だろ。アーカイブから消してくれ。
そんなことを思いつつ、俺は首に叩き込まれる刃を見ている。
「ーーーーーっ」
近づく刃を目で追えているのは、俺がそれだけ危機感を覚えているからだろう。
時間がゆっくりと流れる感覚には覚えがある。
これまでのゲーム人生、何度かあった。
プロ大会でシリウスやハクビと戦った時。
『ユニトロ』を取るきっかけになった龍と戦った時。
ここ数年、到達しなかった領域にキトラと立ち会うことで踏み入れていた。
超集中、ゾーン。
自分が研ぎ澄まされる感覚。
そこまで、来ている。
ここまで、来ることができている。
『ExZ』を始めた時はずっと燻っていたものが、今、燃えている。
先輩はドラマを作ることを教えてくれた。
リズはみんなで作ることを教えてくれた。
ウェザリは相手を信じることが大事だと教えてくれた。
テラスは楽しむことの大事さを教えてくれた。
そして、キトラは俺を主人公とラスボスにしてくれた。
だったら、
「情けないこと、できないよな……!」
体を無理やり動かし、拳を刃の軌道に割り込ませ、
「……!」
小気味のいい、甲高い音が鳴り響いた。
●
『あぁ!? ジャスパにジャスパしたぁ!?』
『ちょいちょいちょい! そんなんシステム的に可能やったんか!?』
●
「なっ……!?」
キトラが驚愕に目を見開いたが、内心俺も同じ気持ちだった。
ジャストパリィの反撃にジャストパリィできるなんて、俺も知らなかった。
だが、出来た。
キトラはずっと俺の動画を見てきた。
だけど、俺だって。
俺だって、彼女の配信をずっと見てきたんだから……!
「おぉっ……!」
「っ……!」
ジャストパリィの成功により、キトラの動きが一瞬止まる。
その隙を俺は当然見逃さず反撃を叩き込み、
「こ、こォ!」
「!?」
その一撃をまたキトラはジャストパリィし、
「だっらっ!」
「うぇ!?」
さらに俺がジャスパし、
「っ……こうっ!」
また彼女が弾き、
「ぬんっ!」
俺が弾き、
「あはっ!」
「ははっ!」
完璧な弾き合いが連続していく。
●
あらゆるものが削ぎ落ちていき、感じるのは満足感だった。
全ての動きにキトラは応えてくれるし、俺もまた応えていた。
もはや動きを目で追っているのではなく、こう来るだろうと予測してパリィ判定を置いている。
そんなもの、戦闘として成立するはずがないのに。
成立してしまっている。
「はははははは!」
「あははははは!」
笑っている。
笑っている。
笑っている。
馬鹿みたいに、笑っている。
楽しくてたまらなくて。
世界に自分と彼女しかいない気がして。
俺は今、人生で最も満たされていた。
「ーーーーー!」
そして、そんな満足感と共に拳を叩き込み、キトラはジャスパし、
「!?」
彼女の短刀が砕け散った。
度重なる弾きにより、耐久度が限界を迎えたのだ。
当然といえば当然。
あっけないと言えばあっけない。
だが、ここに至ってそんな隙を俺は見逃さず、
「今回は、俺の勝ち……!」
振り下ろし気味に拳を叩き込む。
もはや彼女はそれを避けることはできず、直撃し、
「ま、だ……!」
その瞬間、もう一本の短刀を振るった。
それは俺の首を浅く切り裂いたが、届かない。
「ぐっ……!」
彼女の小さな身体は地面に叩きつけられ、ダウンした。
「……………………はっ」
それを確認し、世界の速度がいつも通りに戻っていく。
勝った。
そう叫ぼうとし、
「あ?」
俺の体も崩れ落ちていた。
地面に倒れ込み、ダウンモーションになる。
いや、なんで?
思ってもいないことに一瞬呆け、
「…………あっ、失血……!」
『OLS』の死因は色々あるが、失血死もその一つ。
傷を放っておけば、そこから失血が発生し、やがてダウンしてしまう。
「くそ、最初からこれ狙ってたな……!?」
「へ……ヘヘ……っ……状態異常、バンザイ……」
互いに頭を突き合わせてダウンし、動けなくて。
キトラは、無邪気に笑っていた。
ゲームをクリアした時にだけ見せる笑顔。
初配信がつまらなさ過ぎて炎上し、次の配信でぶっ続けで十時間配信した果てに笑顔があまりにも魅力的だったから、多くのリスナーを虜にした笑みだった。
もちろん、それは俺もで。
まぁ、いいか、と思えた。
「ねぇ、タツさん」
「あぁ?」
「楽しかった?」
「…………あぁ。最高だったよ」
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