ギルド長を村長に変更しています
あれから数日後。
村長のゾウラさんに呼ばれた私は、いつものリノプロ♀装備に身を包み、重い足取りで受付のある『牙喰亭』に向かった。
また大型モンスター討伐の依頼か、今度はどんな厄介なのが相手なんだろ?
内心ビクビクしながら、受付嬢から渡された依頼書に目を通すと、討伐対象は砂原の交易路に出現したドスガレオスとのこと。
ティガレックスよりはマシかもしれないけど、ドスガレオスは手下のガレオスと共に集団で行動するらしいから油断はできない。
「今回のチーム編成だがな、お前さんは前衛じゃなくて、後衛の支援に徹してもらいたいんだ」
「え……?」
ゾウラ村長の言葉に思考が一瞬停止した。
「直接戦闘は控えてくれ。ゴードンから聞いたが前回みたいな無茶はやめてくれよ。笛の演奏で味方を強化したり、回復したり、それが本来の笛使いの役割だ。いいな?」
笛という武器はそれだけじゃないって言葉が喉元まで出かかったけど、飲み込んだ。
ゾウラ村長や受付嬢の表情を見れば分かる。
私のことを心配してくれているのだ、心の底から。
「分かりました……全力でサポートします」
そう返事をするしかなかったが、同時に積極的に戦わなくてもいいという大義名分を得たことに安堵もしていた。
◇◇◇
討伐当日。
砂原フィールドに到着した私たちはリーダーのゴードンさんの号令のもと、早速ドスガレオスを探し始めた。
途中、食事休憩をはさみ、携帯食とクーラードリンク(初めて飲むけどポカリみたいな味でした)などを口にしながら周りとコミュニケーションをとる(とれなかった)
私の隣に座って食事をとっていた片手剣使いのバルト君が何故か途中から顔を真っ赤にして「僕はノーマル、そうノーマルなんだ……」とぶつぶつ呟いていたけど何だったのか?
そのあと砂漠を周回していたドスガレオスとその群れを発見した。
ゴードンさんの指示のもと戦闘準備。
相変わらずハンターたちはランスと片手剣などのガードできる武器種が壁役をつとめ、弓やガンナーたちが後方から攻撃する陣形だ。
私はその中心にポツンと立つことになった。
正直、サボっているみたいで居心地悪い……
そうこうしているうちにドスガレオスが出現。
シュモクザメにも似た魚型のモンスター。
知識で知っていても実際に目で見てみると、砂の中を泳ぐというその奇妙さもあいまって異様な迫力がある。
ドスガレオスをリーダーとしたガレオスの群れは砂塵を巻き上げながら猛然と突進してくる。
「来るぞ! 構えろ!」
ゴードンさんの号令。
前衛のランス使いの二人が盾を構え、ドスガレオスの突進を受け止める。
衝撃で砂の地面が揺れる。
後衛の弓使いやガンナーたちが攻撃し、ドスガレオスの体表の鱗を何枚かはじき飛ばす。
バルド君が片手剣の機動力を生かして、ドスガレオスの背後から切りつけ、ゴードンさんも隙を見て大剣の一撃を当てようとしている。
そんな緊迫した戦場を前に、私はただ笛を握りしめていた。
支援、支援しなくちゃ……
まずは
二匹の
体力回復の旋律を奏でる。
音波が旋律の効果をあげる繭と反響して広範囲に広がり、ドスガレオスやガレオスの攻撃を盾で受け止めていたランス使いたちの傷がみるみる癒えていく。
と、同時に繭の効果で攻撃力UPの旋律が発動する。
弓使いやガンナーたちの攻撃が鋭さを増し、ドスガレオスの鱗の体に突き刺さりはじめる。
次は防御力UPだ。
一通り吹き終わり私はため息をつく。
よし……これでいいんだよね?
今回は、体力回復と防御力UPが吹ける笛を装備してきたが正解のようだ。
周囲の砂漠を回遊(?)するガレオスの群れに注意しながらも、ひたすら演奏する。
考える余裕があると緊張で心臓がバクバクする。
戦闘は目の前で繰り広げられているのに、私は蚊帳の外。
無力さを感じる一方で、少しホッとしている自分もいる。
小型サイズ以上のモンスターとは戦いたくないし、冷静に戦えるとも思えない。
やっぱり怖いものは怖いんだもん。
しばらく戦闘が続き、ドスガレオスが疲弊してくると、突然予想外のことが起こった。
ドスガレオスの手下であるガレオスたちがランスや片手剣などの前衛を無視して、後衛に襲いかかったのだ!
「危ない!」
反射的に体が動いた。
いつの間にか翔蟲を駆使して空高く跳躍していた。
ガレオスの牙が弓使いのハンターに届く寸前、私は彼女とガレオスの間に滑り込み、笛を思い切り振り下ろした。
そこからの記憶は途切れ途切れだ。
覚えているのは、必死で笛を振り回していたこと。
ガレオスたちを叩き飛ばし、手に伝わる骨と肉を砕く嫌な感触。
耳元でごうごうと響く獣のような「キエンバンジョー!」咆哮はおそらく私自身のもの。
気がついた時には、目の前でガレオスたちが無残に横たわっていた。
そして、またしても仲間たちに羽交い締めにされていた。
「シェヘラザードさん! もう大丈夫よ!」
「落ち着け! シェヘラザード!もう終わったぞ!」
「ステイ!シェヘラザードさん、ステイだ!」
今度は、途切れ途切れとはいえ覚えていた。
私はまたやらかしてしまったのだ。
前回と同じように。
どうしよう、またみんなに迷惑かけちゃった……
情けなさと恥ずかしさで顔から火が出そうだった。
でも仲間たちは心配そうに私を見つめている。
「やっぱり、お前は特別なんだな」
「あの動き、普通じゃなかったぞ」
「何か、辛い過去があるんだろう」
いやいやいや! ただパニックになっていただけですから!?
訂正しようにも口が動かない。
私の暴走を責める者は一人もおらず、それどころか気遣ってくれているっぽい。
みんな優しすぎて、このままでいいかと安易なほうに流されてしまう。
もじもじと心が委縮して、もう何も言えません。
◇◇
村に帰ると、またしても英雄扱いだった。
ゴードンさんから報告を受けたゾウラ村長が私をみなの前に立てて「今回の討伐成功はシェヘラザードのおかげだ!」と叫ぶ。
その瞬間、集まっていた村人から歓声が上がった。
子供たちが私の元に駆け寄ってきて「キエンバンジョー!」「桃熊ちゃんかっこいい!」と飛び跳ねながらわあわあ合唱する。
しかし、私の心境は上等なものではない。
なにしろ意識なく、意思なく暴れていただけなのだから。
村人たちの優しく、そして敬意に満ちた視線が本当に心に痛い。
祝宴の後、宿屋の一室で独りになると、リノプロ♀装備を脱ぎ捨てた。
シェヘラザード本来の姿に戻ると、急に疲れが押し寄せてきた。
明日からはもう少し冷静にならないと……
でも、戦闘中になるとどうしても……
目を閉じれば、ティガレックスやガレオスたちの恐ろしい顔が浮かぶ。
次に討伐依頼が来たら、ちゃんと支援だけに徹することができるだろうか?
自分が襲われ……いや、仲間が襲われたらパニックになってまた暴走するという嫌な確信がある。
はぁ……この村での生活、まだまだ前途多難だなぁ。
窓の外を見上げると、星がきれいに輝いていた。
そして子供たちの楽しそうな笑い声が、遠くから聞こえてきた。
私はそれを聞きながらベッドに倒れ込んだ。
そうやってしばらく枕に顔をうずめ「うーあー」と悩んでいたら、コンコン、という控えめなノックの音が響いた。
「シェヘラザードさん、いらっしゃいますか? リリアナです」
リリアナさん……村長さんの娘で弓を使っていた子だね。
何の用だろう?
寝ぼけ眼でドアをわずかに開けると、そこには十代後半くらいの背の高い少女が立っていた。
手には小さな籠を下げている。
「夜分にごめんなさい。今日は助けていただいて……改めてお礼を言いに来ました」
ああ、援護のことか……狩りのあと何度も礼を言われたし、それにハンター同士の助け合いは当たり前だと思うけど、ずいぶんと律儀な子なんだな。
「いえいえ、大したことでは……」
そう言いながら扉を開こうとしてハッとした。
今の私は……リノプロ装備を脱いでいる。
つまり、シェヘラザード本来の姿そのままだ。
しかもインナーはハンターのデフォルトのやぼったいやつからビキニ水着形状のスケスケ薄手のものに変化していて、かなり扇情的になっている。
やばい、 防具……防具を……!
慌てて防具を着ようとしたが、リリアナさんが扉をあけ部屋に入るほうがはやかった。
私を……褐色の豊満な美女を見た彼女の目が大きく開かれる。
「え? シェヘラザードさん……ですか?」
沈黙が流れる。
リリアナさんの視線が私の顔から豊かすぎるドスケベな胸元、そして太ももむっちりな足元へと移動する。
明らかに混乱している様子だ。
その表情が徐々に驚愕へと変わっていく。
「桃色の熊じゃなくて……あなたは女性だったの!?」
ああ、やっぱりか……
どうやら彼女は私を男性だと勘違いしていたらしい。
よく考えれば確かにずっと防具を着たままだったし、声も抑え気味だったからね……
「ええっと……それは……その……」
なんとか誤魔化せないかと言い訳をしようとするより先に、リリアナさんの視線が私の足元に移った。
床に脱ぎ捨てられた桃色のリノプロ♀装備の見た目をした防具。
うん、と小さく頷いたリリアナさんの仕草が全てを物語っていた。
もうダメだ……バレちゃった
観念して小さくため息をつく。
「……はい。実は、私は女なんです。ずっと隠しててすみません」
「ご、ごめんなさい! 女だって知ってたらもっと……あ、あの、その恰好……」
リリアナさんの指摘に慌ててベッドのシーツで体を隠したがもう遅い。
彼女は真っ赤な顔のまま、私から目をそらしている。
同性なのにそんなに赤面されるなんて……私(シェヘラザード)の体、どれだけドスケベなんだ。
「で、でも、こんなに美しいのに、なぜわざわざあんな熊の装備で?」
あんな……いや、まあ、あんなだよねリノプロ♀装備(実は気に入ってきている)
と、やっぱり来るよねその質問。
正直に話すか迷った。
でもここまでバレた以上、もう隠しても意味がないだろう。
私は、これまでの出来事を話し始めた。
最初の里での交流から始まり、ドンドルマでの
男たちの過剰なアプローチと女性たちからの敵意。
そのあとの破局。
そして逃げるようにこの村に辿り着いたこと。
うん、語ってて思ったけど、これ第三者からだと漫画みたいな笑い話だよね……
「……それで、この村では正体を隠すためにあの装備をずっと着ていたんですか?」
「ええ、まあ……」
しかし、リリアナさんは真剣な表情で話を聞いていた。
そして私の話を聞き終えると、彼女の目には涙が浮かんでいた。
「そんな……なんて可哀想な……!」
え、可哀想……?
リリアナさんの手が私の手を強く握る。
その手は温かくて、震えていた。
「シェヘラザードさん……あなたはただ美しすぎただけなのに……こんなに苦しめられて」
美しすぎると言われましても……
元男の私が、シェヘラザードのガワを着ぐるみのように被っているという感じが自分のなかにあって、いまいちピンとこないんだよね。
そこらへんの自覚のなさが里やドントルマでのいざこざの原因だったのかもだけど……
まあ、シェヘラザードの見た目が神秘的な美女であることは確かだと思う。
「でも、あなたはそれでもみんなのために勇敢に戦って……」
勇敢かどうかは分からないけど、ナイ村の人たちの役に立ちたいとは思っています。
「シェヘラザードさん……あなたはモンスターに滅ぼされた村の生き残りなんでしょう? だからあんなに執拗にモンスターを倒すんですね……」
え、なにそれ?
なんだかおかしな設定を盛られているんですけど!?
「そんなに悲しい過去を背負っているのに……女としての美しさ、幸せすらも隠さなければいけないなんて……」
リリアナさんの目から涙がボロボロとこぼれ落ちる。
あうち、これ完全に誤解が極まっている。
私はただ怖がりの口下手の元男で、ちょっと目立たないように過ごしたいだけなのに。
そして、リリアナさんの小さな泣き声と胃が痛くなるような静寂のあと……
「シェヘラザードさん……私決めました! あなたの友達になります! これからはどんなことがあってもあなたの味方です!」
「え!?」
リリアナさんは自分の目元をごしごしと乱暴に拭うと、私に真正面から向き合う。
「もちろんシェヘラザードさんの秘密は何が何でも守ります!シェヘラザードさんが不便に思っていることがあったら何でも言ってください!私ができるだけサポートしますから!」
泣き跡の残る純朴な笑顔でリリアナさんはそう宣言した。
その真摯な眼差しに、私は何も言えなくなってしまう。
ああ、なんて良い娘なんだろうと心の中で私も号泣した。
(友達か……年が離れてるとはいえ、確かに一人くらいは気を許せる相手がいてもいいかもしれないけど……)
でも、これって本当に良かったんだろうか?
こんなに同情されてしまうのは逆に申し訳ない気もする。
しかも、私はよくわからぬ
「ありがとう……リリアナさん……」
そう呟くしかなかった。
窓の外では月が静かに輝いていた。
今日もまた、勘違いだらけの一日が終わりを迎える。
〜ナイ村のハンターたちの視点〜
砂漠でのドスガレオス討伐を終えた夜。
ナイ村の酒場『牙喰亭』はいつもの喧騒に包まれていた。
分厚い木製の丈夫なテーブルには、討伐隊のメンバーや暇な村人たちが集い、樽から注がれた酒を豪快に呷っている。
その一角で若手のハンター。
バルトはジョッキを握りしめたまま、テーブルの木目を意味もなく数えていた。
(ダメだ……どうしても思い出してしまう……)
瞼の裏に焼き付いたのは、あの美しい褐色の肌。
食事休憩のとき、たまたま隣に座ったシェヘラザード。
うつむいた熊の兜、その面頬を少し上にずらして食事をとる仕草が、あまりにも優雅で……儚げで……。
バルドはシェヘラザードの素顔を偶然覗いてしまったのだ。
伏し目がちなアーモンド形の瞳。
すっと通った鼻梁。
整ったやや厚めの唇が携帯食をそっと噛む様子。
まさに絶世と評されるに値する美貌。
会話をしようと、何気なしにシェヘラザードに視線を向けた瞬間「うわ……」と心臓が跳ねるのを押さえきれなかった。
(これが……あの桃色の熊の中身……!?)
だがしかし!
シェヘラザードは
そう、ハンターも村人たちも皆思っていた。
もちろん、バルドとて例外ではない。
「バルト? お前さっきから顔真っ赤だけど、飲み過ぎたのか?」
「いや……ゴードンさん、何でもないっす」
慌てて答えるバルト。
内心では戸惑いが渦巻いていた。
(僕はノーマル……ノーマルのはずだ……)
(なのに……シェヘラザードさんのことが頭からずっと離れない……)
そして、あの時……。
ドスガレオス狩猟の最中、ガレオスの群れが後衛を襲ったあの瞬間。
シェヘラザードがまるで天使のように舞い降りて、自らの命を顧みず仲間を守った勇敢な姿。
「キエェー!キエンバンジョー!」と鳴きながらモンスターを叩き潰す圧倒的な戦闘力。
無慈悲なまでの強さと、儚げな美貌とのギャップが狂おしいほどだ。
(でも、シェヘラザードさん、男なんだよなぁ……)
悩むバルトをよそに騒ぐハンターたち。
周りのハンターたちも何も知らない。
あくまでシェヘラザードは「桃色の珍獣」という認識だからだ。
「おーいバルト! ドスガレオスの頬肉が焼けたぞ!一番うまい部分だから味わって食えよ!」
「ありがとうございます! いただきます!」
無理やり笑顔を作りながら、めったに食せないドスガレオスの頬肉を頬張るバルト。
しかし、味はよくわからず、心の中は大混乱だ。
(どうしよう……僕はノーマル……ノーマルのはずなんだ)
(でもシェヘラザードさんのあの目……あの表情……あの戦いぶり……全てが完璧すぎて……惚れちゃったかもしれないじゃないか!)
この複雑な心境を誰にも打ち明けられない。
それはそう、バルトは至ってノーマルな男子。
初恋を男に捧げてしまい、さらに相手は熊の仮面を被っている珍獣なんて誰にも言えない。
バルトは悩みに悩んだ末に決意した。
(とりあえず、今のままでいよう……僕はただのハンター仲間として接するんだ……)
だが、そう思ってもシェヘラザードの美しい素顔が頭から離れない。
(はぁ……どうしたらいいんだ……)
こうしてバルトの奇妙な恋は始まったのである。