凄腕冒険者だったアールデリは突如として異世界に転移した。すぐ近くで賊に襲われていた翼のついた人らしき女性を助けたところ、アリアトランと名乗った彼女は一級市民なる階級らしく、なんとこの世界では翼の生えた翼人以外の種族は一部を除いて奴隷なのだという。
違法奴隷所持者の元から逃げ出し彼女に拾われたというカバーストーリーをでっちあげ彼女の家に奴隷として転がり込んだアールデリは、やがてこの黄昏の翼人帝国を揺るがす時代の渦に巻き込まれていく。

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息抜きに
気が向いたら連載になるかもしれない


雲烟る天空の楽園

 オスティリアン通り上第27階層を抜け上第28階層に入ったところで、アルニーヤ・メーティズ・ヒルサスターンはアリアトラン・ホルメーニ・サルヴィスターンがシュートリアン通り上第29階層からこちらへ下ってくるのに気がついた。

 アリアトランはアルニーヤと同じ18歳の第一階梯市民(ラディト・リメイ)であり、テルメーリング第一高等教養学校の2年生だった。学校においては同じ小規模のサークルに所属しており、それなりの付き合いがあった。

 早朝故か、住宅街が故か、辺りにはほとんど人がいない。これなら大声を出しても許されるだろうと、そう思って彼女は軽い拡声魔法を使い、20mはある通りの反対側へ挨拶を放った。

 

 「ご機嫌よう、フュゼ・アリアトラン! 良い朝ね!」

 「ご機嫌よう、フュゼ・アルニーヤ」

 

 ばさばさと翼を羽ばたかせる音が響き、二人()()()は交差点の真ん中、上第28階層の主通行高度にて向かい合った。

 

 「奇遇ですわね」

 「ええ、今日この出会いをもたらした太母リメラレイアに幸あれ」

 

 わずかの間、黙祷する。

 

 「にしても今朝は本当にいい朝ね。散()に相応しい日和ですわ」

 「靄がないなんて、十日振りくらいでしょうか」

 「靄は遠くから眺めるにはよろしいのだけれど、街中にあると湿って鬱陶しいだけですわ」

 

 二人の暮らすアグラレイアは朝方、ある程度の確率で都市の低層から中層にかけて靄が発生する。とりわけ夏にはその確率が高く、自由人は朝外に出るとほとんど毎日靄に出迎えられるほどだった。

 この靄は、低層に集中している諸工場の煤煙に含まれる粒子が核となり、大気中の水が集まり凝集して形成されているのではないかとする説がある。その説を唱える輩は、それらの工場に自分たちの製品を取り付けるだけのわずかばかりの改修を施して煙をきれいにすれば靄は消えるだろうと曰うのだが、今のところそれを実行した工場主は皆無だという。

 閑話休題。

 

 「そ、れ、で」

 

 アルニーヤは、ぐいっとアリアトランにその顔を近づけた。

 翡翠と紅玉の視線が交差する。

 

 「フュゼ・アリアトラン、一体こんなところで何をなさっていたのかしら」

 「何って……」

 「あら、何をそのように恐れているのです? 単純な疑問ですわよ。夏休みとはいえ、あなたがこんな朝早くに外出するような印象は持ち合わせていなかったので。それに義翼をつけ始めてからそんなに経っていないでしょう? まだ不安であんまり動かないかと思いまして」

 

 言うと、アリアトランは少し弛緩したように見えた。

 緊張は良くないから解けてよかったなどと思っているアルニーヤは、自身の物言いの問題には気づかないようである。

 

 「あ、私は散飛よ。こんないい朝には、ひとっ飛びして体を動かすのが最高だと考えていますので」

 「はぁ。……私は、()()に与える魔装を見繕おうと、上14階層にある馴染みの店に伺うところでしたの」

 

 そう言って彼女は先ほどから斜め後方にいた、飛行器を使っている人間を指差した。

 真っ赤な髪をした、精悍な顔立ちをした男だ。身長は二人を超えて、彼の使っている旧式の棒飛行器よりも長そうに見える。首輪が見当たらないから、自由隷民だろうか。

 挨拶をしようとして、直前で思いとどまり、質問に切り替えた。

 

 「ご、どなたかしら」

 「天翔ける尊き女君、第一階梯市民(ラディト・リメイ)ヴェリ・アリアトラン・ホルメーニ・サルヴィスターンに仕え奉ります奴僕(トトリー)、アールデリでございます、市民様(オ・リメイ)

 

 奴隷だった。

 自由隷民という思い込みのまま挨拶をしていたら赤っ恥をかくところだったと、アルニーヤは自分の慎重さに感謝した。

 

 「そう。ねぇフュゼ、これ首輪をはめていないけれど、どうしましたの?」

 「彼、実は昨日拾ったばかりですの」

 「? ……拾っ、た?」

 「ええ、まあ、その……彼、生成りの元剣闘奴隷で」

 「それは……なるほど」

 

 剣闘奴隷とは、読んで字の如く武器を持たせて戦わせ、その様を見せて自由人を楽しませる種類の奴隷である。帝国がまだ世界を統一していなかった頃から存在した古いタイプの奴隷ではあるが、自由人の重要な()()であるところの奴隷をただ殺し合わせるのは無駄で非合理的であり、非理性的であるとしておよそ200年前、カーマラート2世帝により公式には廃止された。しかしこの手の興行の需要は尽きないため、違法に所持し続けて試合を開催する者が出現、奴隷が死んで少なくなると攫ってきて剣闘奴隷に仕立てるという所業すら行った。これは違法な奴隷の所持のみならず窃盗や場合によっては器物損壊の罪にも相当する。

 攫われるのは大抵隷農だったため各地の農場主から討伐の嘆願が出され、歴代の皇帝はこれに応じて彼ら違法奴隷所持者を幾度も滅ぼしたが、いまだに尽きることはなかった。さらに生成りである。生成りというのは両親ともに剣闘奴隷である剣闘奴隷を指し、普通奴隷が生まれた時から記載される奴隷管理局の帳簿には、そもそも報告がなされないので記録されないのである。

 

 「彼は、自力で犯罪者の元から逃げ出したのだけれど、追手に追われて危ないところを私が助け出しましたのよ。昨日のうちに管理局に登録は済ませましたわ。それなりに腕は立つようだから警備の代わりにしようかしらと考えてますわね」

 「あら。どうせあなたのことだから、助け出したのは護衛の方ではないの?」

 「そういうのはいいですから! 私が命じて助け出させたのだから変わらないでしょう!」

 

 アリアトランは喚く。アルニーヤはこのからかい甲斐の良さは他の誰にも変えられないと思った。

 

 「ふふ、そう。彼にいい魔装が手に入るといいわね。さようなら」

 「さようなら」

 

 二人は別れた。

 アルニーヤはまた元々飛んでいた道を行き出したが、ふと下を見た。

 アリアトランとその奴隷が下っていく後ろ姿が、だんだんと小さくなっていく。彼女は後頭部が赤い方を見た。

 アールデリだったか。

 あの素晴らしい彫刻のように実に調和のとれた顔立ちが思い出される。完璧すぎない美しさが見る者の心を捉え、鼻筋にあった傷がまた特殊な趣を添えていた。体の方も、襟元から見えるだけでもしっかり筋肉がついているようだった。

 全く美しい。理想美というものを現実に落とし込める最上点なのではないかとアルニーヤには思えた。

 彼が翼人だったなら。

 いや、自由人だったなら。

 どれほどの階梯差があろうとも、構わず婿として迎えたいと思った。

 

 「翼人だったら、一体どんな翼が生えてるんでしょう……ふふっ」

 

 色々と想像して、アルニーヤは身悶えし片方だけで自身の身長ほどもある自慢の大翼をパタパタと振った。

 

 

 

 

 「『私が助け出した』ねぇ……。あれをどう見たらそんなことが言えるんだか」

 

 暫くしてそんなことを呟いたのは、アールデリだ。

 

 「ちょっとアールデリ、言葉を慎みなさい。誰が聞いてるかわからないんだから」

 「しかし、事実は事実だろ。あの時俺が割って入んなきゃあんたは今頃頭と胴が泣き別れて密林の中だぜ。ひょっとするとその後汚い賊に()()()されてたかもしれないし」

 「な、何を言うの! そ、そんな、お、恐ろしいことを思いつく、アールデリの方が余程汚いわ!」

 「いや、思いつくも何も体験談。向こうで道に迷った時、賊が襲った商人の十にもならない娘の骸とよろしくやってるところに出くわしたことがあって——」

 「あー! やめて頂戴、そんな話聞きたくない〜!」

 

 アリアトランは両耳に手を当ていやいやとかぶりを振った。

 それを見つつ、アールデリはしみじみとつぶやく。

 

 「しっかし、本当に鳥みたいな人ばっかだな、ここは」

 

 まるで、今までよく人を見たことがないかのような言葉。

 既知の世界全てがフィリオロニンの家の子の掌握するところとなった現代において、全くもってあり得ないはずの前提。

 しかしそれは。

 

 「ああ、()()()()()()、翼人がいないんだっけ? おかしなところよね」

 

 彼が異世界から来たことによる、一種のイレギュラーであるからだった。

 

 「そういえば、この世界についてどんな風に思ってるの、あんたは?」

 「一言で言えば、歪だ」

 

 アリアトランはなんとも言えない顔をした。

 

 「たった一つの種族がすべての上に立ち、他の種族は劣っているとされ奴隷としてこき使われる。彼らから見てみると実に酷い話だ」

 「でも、向こうにだって奴隷はいたんでしょ?」

 「いたな。だが……努力すれば、自由になることができた」

 

 こちらでは、そうもいかない。

 

 「自由に……?」

 「そうだ。俺の知り合いの中には奴隷から身を起こして大商人になった奴もいるぞ。パシオンて言うんだが」

 「へぇ。親しかったの?」

 「あんまり。だが親友の養い親でな。ま、心配はしてない。あの爺さんはいつだって元気に金貨の数を数えている姿しか浮かばないんだ」

 「……すごい人ね」

 

 風を切る音が響いた。

 

 この世界は歪だ。確かに歪だ。だが。

 

 平和だ。

 

 たった一つの国家によって統一された世界は、もはや国家戦争が起きることはなく。

 たった一つの神によって統一された世界は、もはや宗教対立が起きることはなく。

 奴隷すら十分な衣食住が保障され、巷に物があふれて不足することはない。

 

 自由と差別。

 混沌と安寧。

 戦火と太平。

 そのどちらが良いのか。

 顔を俯けて手元を凝視し——

 

 「浮かない顔をしない! ほら、いくよ!」

 

 ——俄かに手を取られ、引っ張られた。

 アールデリの手を握ったアリアトランは一気に加速し、都市の基層から生えるビル群の間をスイスイと抜けていく。

 アリアトランの時折羽ばたく純白の翼と、たなびいて後ろへ広がる同色の髪の毛が視界を埋め、朝の涼やかな風が両側を流れ、彼の肌に纏わりついてあたたかな衣となった。

 飛行器を使っていた先ほどまでよりぐんと速い、気持ちのいい飛行。

 こんな思いっきり飛ぶことって、あんまりないのよ。

 そう言うとアリアトランはいきなり縦に回転を始めた。唐突な錐揉みに面食らったアールデリは危うく飛行器を放しかけたが、辛うじて足が捉えてくれた。

 前方から、楽しそうな笑い声が聞こえてくる。

 回転を終えた頃には、なんだか色々悩んでいたことがバカらしく思えてきた。

 上を見る。

 林立する高い高いガラス張りの四角い塔が、蒼穹を削り取っていた。

 だが、その残った僅かな空から、遥かな雲がこちらを見ていた。

 

 この世界にいても良いかもな。

 

 ふと、そう思った。

 

 

 

 「ふう、やっと着いたわ。ここが言っていた店よ」

 

 通りに張り出した止まり板の上で、アリアトランはなぜか誇らしげにそう口にした。

 

 「そ、そうか」

 

 一方アールデリは長時間の高速飛行という未知の体験の負荷が大きかったのか、幾分辛そうに膝に手をついていた。

 その様子を見て、アリアトランは少し溜飲を下げたようだ。

 

 「失礼しま〜す。ジンネ・ニヴァルジット、サルヴィスターンで————え」

 

 扉を開けたところで、アリアトランが足を止めた。不思議に思ったアールデリも中を覗き込み、足を止める。

 

 「……ぐちゃぐちゃだな。一体何があったんだこりゃ」

 「わからない」

 「店の人は一体どこに消えて……おや」

 

 アールデリは何かを見つけたようだった。

 

 「おい、お嬢、これ読めるか」

 「もちろん、見せて頂戴……『ここ最近家賃の高騰が激しく、これまでなんとかやってまいりましたが、流石に経営が苦しくなってきたので引っ越します 引っ越し先は勝手に探してください ニヴァルジット・シャッファル・モルカドゥーン』」

 

 二人は顔を見合わせる。

 

 『夜逃げだこれ!!』




今連載してる別の小説の設定の一つと昔書いてエタった小説の主人公を混ぜ混ぜして作った。
別の小説と言ってもそちらとの間には千年の時間が横たわってるし現在話の舞台になってる地域とも距離があるからあんま関係がない。

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