双鳥の冀望   作:ネギョ

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1話 臨月のヴァイオリニスト

「”ですが……あなたの旦那さんは、もうあなたの事を覚えていない!お腹の子の父親になることも、叶わないんです!”」

「”その子を見るたびに、苦しむことになるのはあなたよっ!お願いよ、止めて頂戴!”」

「”この子が成長した時、どう説明するんだ!?、酷いのは分かってるが、この事故の被害者にするべきではないよ!”」

「”そりゃ、お腹の子に罪は無いとは思ってる……、でもあなたがその責任を負わないといけないのはおかしいよ……!”」

 

「”それでも、私はこの子を生むわ……愛し合って授かったことに変わりないもの!”」「”私はこの子まで、事件の被害者にはしたくないのっ!”」

 

 スクリーンの反射が雫となり、スピーカーが生む振動で瞼の表面張力が瓦解していく。

そんな共鳴による感情の解放を、他の客の迷惑にならないよう、必死に抑えているのが見ずともに察せた。

そんな健気な隣の少女にそっと、ハンカチを渡す。

 

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 文字の波が消え、館内が最も暗くなると、ゆっくり照明が付き始め、眠りから覚めるかのように現実がフェードインしてくる。

 

引き込まれる映画は心地のよい金縛りのようだ。

五感の中で唯一、任意に遮断できない触覚でさえ忘れさせ、”見ている聞いている”という行動の自覚を排斥する。脳で観る、夢と同等だ。

いっそこのまま席に根を張って夢を見続けたいとも思うが、いつまでもその世界に居続けることを、上映時間は許してくれない。

次第に体が「起きろ、早く動け」と、全身の筋肉があらゆる方向に私を夢から引き起こしてきた。

 

先生「んー!」

隣に座る少女 「先生、ハンカチありがとうございました……」「今度、洗ってお返ししま――」

先生「――考えさせられる映画だったね!」

隣に座る少女「――!、はい、とても……」「あ、あの……ハンカチ……」

 

言い切られる前に、隣に座る少女から渡したハンカチを蛇のように滑らかな動作と、意識を逸らす一言との重ね技で、奪い去る。

 

先生「大丈夫!気にしくていいよ、――スズミ!」

スズミ「は、はあ……」

 

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 夏を代表する月で31回目の日の出を迎えた今日、私はスズミに誘われて一緒に映画を見に来ていた。

 

 『臨月のヴァイオリニスト』

 

主人公が妊娠中、夫が出張先で事故に遭ってしまい、脳に重大な損傷を負ってしまう。

その結果、旦那は記憶を失って優しかった性格も正反対に変化してしまい、それどころか別の女性と恋に落ち、あろうことか子供をもうけてしまったのだ。

それから修羅場だの、治療だの、裁判だの色々を通した後に主人公は、自分の想像していた完璧な未来が一生訪れることはないと諦める。

 

映画の感想はと言うと、正直自分を納得させるには都合の良い言葉が見つからない。

”砂糖を入れ忘れた珈琲”あたりが、妥当な気がする。

 

座席から外へ向かう人が減ったので、いよいよ移動しよう。

 

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 映画館と同じ建物内にあるオープンテラス、夕日が沈んですぐ、水面のように光沢のある空に囲まれた窓際のカウンター席で私とスズミは肩を並べて、先ほどの映画が何味だったかを確認し合っていた。

 

スズミ「私は主人公には、生まれてくる子供と一緒に、幸せな日々を送ってほしいと思いました」

 

先生「最後のリスクはあるけど可能性の高い治療を断ったのって、旦那さんの幸せを優先したのかな?」「だとしたら、相手のために自分を犠牲にするって王道の展開だけど、少し変わった描き方だね」

 

内容自体はハッキリ言って胸糞悪い、でも誰かが憎いとは思わない。

記憶が無いとは言え不倫した旦那でさえ、新しい相手とは真剣そのものな恋をしていたし、新しい相手は旦那が既婚者であることを知らなかったし、正に「誰も悪くない悲劇あるいは事故」といった感じだ。

まあその分、理不尽を押し付けられた挙句、憂さを晴らす事すら叶わない主人公が不憫で仕方なかったのだが。

だからこそ、全ての不幸を受け入れ前を向くことを決めた主人公の精神力に惹かれたのは違いない。

 

そういう主人公像を確固たるものにしたのは、やはり元旦那との子供の存在だろう。

 

 ”子供に罪はない”まったく、その通りだと思った。

 

スズミ「彼女が出産を決意するシーンでとても感動しました……」「彼女にとっては幸せだった過去と、不幸な現在の両方を受け止める覚悟が計り知れないものに感じました」

先生「そこで泣いてる人多かったね」「私も、スズミも……」

スズミ「お、お恥ずかしいところを……って」「先生も泣いていらっしゃったんですね……」「――あ!そういえばハンカ――」

先生「――大丈夫!気にしないで!」

スズミ「…………」

 

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スズミ「……先生は、本作の原案となった『ザ・ヴァイオリニスト』という思考実験をご存知ですか?」「ある著名な弦楽器奏者が病気で倒れ、治療のため半年以上の病床生活を送ることになるのですが、その間は輸血が必要となります」「しかし、その人は特殊な体質で、輸血できる血液を有しているのは世界でたった一人、あなただけでした」「ある熱狂的なファンはあなたを意識のないうちに勝手に患者の病床へと拉致、気付いた時には既にあなたは輸血用のチューブと繋げられてしまいます」「治療完了までの間、自由が奪われたあなたにこの医療行為を続ける義務が果たしてあるのか?、という内容です」

先生「うーん……」「義務は……、どうだろう……」「でも、本当にその人を救えるのが私だけなら、協力するかな」

スズミ「先生なら、やはりそうお答えになると思っていました」「…………」「では……意図は変わるのですが、私……”生徒の誰か”が輸血の協力者に選ばれたとして」「――どうすべきか本人が迷っていたら……、先生はどう声をかけますか?」

先生「うーん……迷っているのなら、助ける方を進めると思うかな……」「私のエゴでもあるけど、生徒に命を見放すような事はさせたくないかなって……」「でも、意図を変えるってことはそう簡単に行かない”生徒の事情”なんかも入ってくるのかな……?」「だとしたら……中々に難しい質問だね」

スズミ「すみません、……少々難渋な展開になってしまいましたね」

先生「まあでも、生徒が選択した道を後悔しないように、全力で協力するかな!」「あと、思いつくのは……」

 

思考実験は言うなれば汎用性の高い例え話だろう、選択の仕方や物事の見方を誰にでも扱いやすい教材として、判断力を鍛えさせてくれる。

だが、一筋縄でいかない問題に対し、用意されたシンプルな選択肢はその極端さから迷わずに選べることは少ないだろう。そこへさらに、答えの出ない要素を入れてしまえば尚更に。

それでも、その問題よりも難しい事を選択しないといけない時が生きている内は必ず来る。だから、迷う練習をするのだ。

 ――そして私は一度、この手の問題に立ち向かったことがある。今、その経験を活かす時だろう。

 

先生「別の解決案を諦めずに探す」「……とかは、ダメかな?」

スズミ「別の解決案ですか……?」

先生「もし拒否を選んだのなら……」「――皆でその患者を助けられる別の道を探すって感じ!、……思考実験の答えとしては失格だろうけど」「……あと皆っていうのも曖昧か」

スズミ「………………」「もしかして……似たような問題を、既に解決したことが?」

先生「!……ま、まあね!」「といっても、私一人では、解決なんか到底叶わなかったけどね!」

スズミ「…………」「先生は、やっぱりすごいです……」「私にはどうしても、その”三択目”を探すに至れませんでした……」「……まだまだ、勉強不足……未熟ですね……」

先生「――っ!?」「そ、そんなことないよっ!」「スズミは誰かのために頑張れて、いつも謙虚に自己研鑽ができて、健気で……と、とにかく――」

スズミ「………………ふふっ」

先生「?」

スズミ「その……じょ、冗談……です」

先生「なん……だと……!?」

スズミ「す、すみません!……些か、調子に乗ってしまいました……」「申し訳ありま――」

先生「スズミにからかってもらえる日が来るだなんて!」

スズミ「え、せ、先生……?」

 

思わず掲げた腕を降ろし、ちょっと端折った切り口でお返ししちゃおうと思った。

 

先生「――それで、スズミは今、どんなことに悩んでるの?」

スズミ「!?――な、どうして分かったのですか!?、私が悩んでいると……」

先生「”生徒の誰か”ってスズミの事なのかなって……?」

スズミ「…………、流石です」「先生に隠しごとはできませんね」「実は、先生からの助言をお願いしたく……」「私の、これからについて……」

先生「そういうことなら、大歓迎だよ!」「私でよければ、任せてほしいな!」

 

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先生「……じ、自警団を辞める!?」

スズミ「はい……、まだそう決めたわけではありませんが、その事についてどうすべきかを悩んでいる最中でして……」

 

スズミは大抵のことを自力で解決することができる、とても自立した生徒だ。

本人は否定するだろうけど、今まで私が協力した事よりも、私が彼女に助けてもらったことの方が多いだろう。

そんなスズミから自発的に、かつ久しぶりの相談に少し身構えはしたが、まさかこれほどの衝撃を受ける切り口から始まるとは夢にも思ってもいなかった。

 

先生「ど、どっどどどどうしたの?、もしかして勉強との両立……は、無いか……まさか団員との人間関係が!――」

スズミ「せ、先生、落ち着いてください……」

先生「!――ご、ごめん……」

 

正直油断していた……おい!、”困った顔”をするんじゃない!子供は思っている以上に、大人の表情から影響を受ける!

 ――今、スズミは一世一代の悩みを信頼する大人に明かしてくれたんだ!

私が不安な顔をしたら、スズミはもっと怖い思いをしてしまうでは無いか!

 

先生「うおおおおおおっ!」「落ち着く!落ち着くぅっ!」

スズミ「!?、先生!?」

先生「――私はスズミのどんな意見でも尊重するよ」

スズミ「い、いきなり落ち着きを取り戻しましたね……」「申し訳ありません、やはり困らせてしまいましたね……」

 

一息で言い切るのがやっとだと、見透かされてしまった。

 

自警団活動におけるスズミの印象は、”冷静”が妥当か。

感情を余り表に出す事なく淡々と不良やアウトローの暴挙をくじき、制圧後はそそくさと次の現場へと向かう。風来坊と言うかハードボイルドのような。

その振る舞いから、人柄について周りからの評価は「怖い」や「冷たい」と言った、彼女の振る舞いから致し方ない事だとは思うが、「決してそんなことは無い」と言いたくなるような評価が多い。

故に、人間関係について悩んでいるのかと思ったのだが……。

 

スズミ「私が自警団を辞めようと思ったきっかけは、人間関係でも無いんです……」「自警団員を全員把握しているわけではありませんが、どなたも良くしてくださり、共に活動する面でも皆さんとても頼りになる方ばかりです」

 

思い出した。いつか、別の自警団員の戦闘を手伝った際に、聞いた話だ。

 

トリニティ自警団員「実は最近、全体コミュニティの形成を進めているんですよ!」「もちろん強制ではありませんが、パトロールの効率化や脅威度の高い不良を相手にする際、協力し合えるようSNSでのグループ交流を積極的に行っているんです」「目標を同じくする同志である以上、認知し合うことは大事だと思うんです!」

 

組織における力たる連携の源は、やはりコミュニケーションだろう。

武力を行使する目的に、政治とかけ離れた公認組織をトリニティに築くのは難しいかもしれないが、いつかは公式な部活として認めらる日が来るかもしれない。

もちろん、クーデターに恐れない行政のトップと、集団を取りまとめられるリーダーの在籍が前提だが。

 

話が逸れたが、おそらくスズミもそのコミュニティに参加したのだろう。

他の自警団員との交流を増やしたことで、外部からの向けられる彼女の印象の変化とそれに伴い、スズミ自身も少しずつ変化が起きているのかもしれない。

実際に今日のスズミは、まだ少し肩の力は入ってはいるが、最後に会った日から色々と話してくれたりするようになった。

他者との関りに積極的でなかったスズミが、社会において必要だが難しい経験を自発的に積んでいるなんて……!、先生としてこれほど嬉しい事はない。

 ――待った。という事はもしかして……さっきの言い慣れてなさそうな冗談はまさか!、……人生初のジョークだったりするの!?

 

先生「ふふふ……」

スズミ「先生……?」

先生「――っ!、ごめんなさい……」

 

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先生「人間関係は問題じゃないどころかむし良好……」「じゃあ、他になにが……?」

スズミ「そ、それは……ですね……」「私の……さ……が」

先生「え?」

スズミ「――私の、戦闘力の高さが問題なんです!」

先生「――わあ!」「せ、戦闘力……ですか……?」

スズミ「――そうです!」「私、強いんですっ!無駄にっ!」

店員「お、お客様!?先ほどからいかがしました?」

先生「ス、スズミも、落ち着いて……」

スズミ「――ハッ!、し、失礼しました……」

 

今しがた配膳されたデザートのラズベリーレアチーズケーキが顔に反射しているようで、長くて綺麗な銀髪と程よいコントラストをなしていた。

 

先生「スズミの強さは知ってるけど……」

スズミ「それが……最後に先生指揮の元で戦闘した時よりも、どんどんと成長しているようでして……」「それに私だけではありません。自警団として活動を続けるにつれ、戦闘に長けた団員たちが増えてきたんです」

先生「そんなに……!、毎日自警団任務をこなしている成果だね!」「それに、良いことじゃない?より平和を守る頼もしい仲間が増えてきたってことでしょ?」

スズミ「……確かに戦力がある分には、脅威へ対処する側、としては大いに利点と言えます」「……”私たちだけ”が強ければ……良かったんですが……」

先生「私達だけ?」

スズミ「イタチごっこ……、という言葉をご存知でしょうか?」

先生「対立した者同士が手を変え品を変えあって、終わらない競争に発展……」「……そういうこと」

スズミ「ご察しいただけましたか」「私たちの強さに比例して、不良生徒並びに犯罪を起こすグループの戦力がここ最近で著しく増強されているんです」

 

一部の力量に煽られ、周りもそれに追いつこうと強くなる。自分たちの優位性を証明したいと思うのは、誰にだって沸き出る欲求だろう。

その魂のぶつかり合いは誰も見たことのないケミストリーを発破し、その火花に人々は過去も、未来も変わらず、魅了される。

だが、それはスポーツを始めとしたあらゆる健全な競争の場面での話だ。

 

スズミたちの部活動はあくまで平和を守るための活動、相手と死力を尽くした結果が、戦闘規模の拡大や破壊痕の増加では、お門違いの成果にも甚だしい。

特に、人一倍市民の安穏を望むスズミにとっては、大いに責任を負ってしまっていることだろう。

その原因の筆頭に、自分が立っていることを知ってしまったのだから。

 

先生「ゴメン、ちょっと軽率だったね……」

スズミ「先生が謝ることは……私もキッカケが無ければ、その事実に気づくことができなかったので……」

先生「キッカケ?」

スズミ「最近自警団に加入した一年生の方です」「なんでも……そ、その……少々照れますが、私に憧れて入団を決めたと……いうことで」

先生「ほぉ!、見る目があるでござるな」

スズミ「ですが……、その方が初出動した際、自警団の戦闘規模があまりにも想像の外だったそうで……それ以来、戦意を喪失してしまったそうなんです……」

先生「そ、そんなに?」

スズミ「正直、私もそれを聞いて面食らいました……」「ですが、振り返ると私が入団して間もなくの頃に比べ、確かに犯罪に使われる武装の豊富さが増したとは思います」「特に最近は戦車や装甲車など、現場における重武装の投入が顕著になっているという所感を他の団員から伺うこともしばしばで……」「……てっきり、連邦生徒会長の失踪に伴う治安の悪化が原因だろうと……私を含め皆さんも一時は思っていたのですが……」

先生「確かに私がキヴォトスに来てすぐの頃、犯罪とか武器の流出とかの増加がすごかったみたいだね!」「でもそれだけじゃ、説明が付かなかったってこと?」

スズミ「その一年生の方は私が三日ほど前に、不良グループに絡まれているところを私が救出したのをキッカケに入団されたので……」

先生「……確かに最近だね、その子が初出動したのはどんな事件だったの?」

スズミ「それがですね――」

 

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 空は一日の活気を終わらせる時間になると、黄金に輝く。まるで、今日を生きた健全な人々を称えるカーテンコールの照明のように。

誰もが始まる自由の喝采、”今日の後半戦”に備える中、誰よりもそれに水を差させまいと邁進する者がいた。

 

新入りの団員「……異常なし!、ここも……異常なし!」「ここのエリア全部問題なし!、大丈夫です!」

ベテラン団員A「うんうん、元気があっていいね~」「報告内容、了解~」

ベテラン団員B「じゃあ、次は大通りの方に行きましょうか」

新入りの団員「は、はい!お願いします!」

 

二人の背中を追う。そこから見える景色はとても頼もしい盾に守られているようだった。

こんな研修のような制度は最近まで無かったという、しかし、自警団のコミュニティの形成をキッカケにこういう事も行うようになったのだとか。

実戦の経験や、勇気に乏しい私にとっては、いい時期に始められたかもと気持ちが昂らせる絶好の機会だった。

 

ベテラン団員A「個人的な興味なんだけど、どうして自警団に?」

新入りの団員「じ、実はこの前……不良にカツアゲされていた所を、ス、スズミさんと言う方に助けていただきまして……それで」

ベテラン団員B「スズミさんに!、納得です、私も彼女の活動を見て入団を決めましたから」

ベテラン団員A「スズミちゃんきっかけの子、最近増えて来たね~」「すっかりトリニティ自警団の顔だね」

新入りの団員「やっぱり、すごいなぁ……私も、スズミさんと並べるくらい強くなりたいなぁ」

ベテラン団員A「なら!経験あるのみだね!」「見てごらん!ちょうどいい獲物がいるよ!」

新入りの団員「?……獲物……」

ベテラン団員B「コンビニ強盗、現行犯ですね」

新入り団員「――はい?」

 

西洋の街並みを髣髴させるトリニティ市街の一角、風景を尊重しつつ機能性をアピールした外観のコンビニエンスストアが、まるで防衛陣地(トーチカ)のように変貌していた。

囲んでいる強盗犯は皆ボディーアーマーを着用し、アサルトライフルを携えていた、銃口を外へ向けて。

 それにどこから持ってきたのか、おそらく 90mm砲を搭載したコマンドウ装甲車まで随伴しており、一瞬ブラックマーケットチェーンのトリニティ店が開業したのかと錯覚した。

 

新入りの団員「え……、へへへ……」「か、からかわないでくださいよ~……一瞬、信じちゃったじゃないですか……」

ベテラン団員A「?……」「別に、冗談言ってないよ……?」

新入りの団員「へ?……」「え、なん……え」「あれ、あれがコンビニ強盗なんですか!?」

ベテラン団員B「どう見てもコンビニ強盗ですよ」「……何だと思ったんですか?」

新入り団員「な、なんだって……何なんですかあれ!?」「と、とにかく、応援……ていうか正義実現委員会に通報したほうが!?」

ベテラン団員A「え~……いらないでしょ、……あれぐらい」

新入り団員「あ、あれぐらい!?」「私達でやるんですか!?」「む、むむむむ無理ですっ!私絶対無理だと思います!」

ベテラン団員B「そこまで臆病に構えなくても……」「ですがまあ確かに、まだ入って間もないですからね」「あなたはここで、逃走しようとした犯人を捕まえてください」

ベテラン団員A「ま、撃ち損じなんて無いだろうけど、ね♪」

新入り団員「あ、あ……ちょっとまって……!」

 

二人が行ってしまう。置いて行かないで欲しかった、失望されることに対する恐怖ではなく、純粋な生存本能でそう思った。

 

コンビニ店員「あの……もうお金でも商品でも持ってっていいんで……」「早くどこかに行ってくれませんか……?」

強盗「……もうじき奴らが来る」「それまでは、ここは餌場だっ!大人しくしてろっ!!」

コンビニ店員「ひぃっ!」「目的は何なんですかぁ!?」

ベテラン団員A「あのー、すみませ~ん」「今って、コンビニ入っても大丈夫ですかね~?」

強盗「あぁ!?見て分かんねぇのか!?」「取り込み中だ!他所行け、よそ――」「――っ!?」

ベテラン団員B「こんにちは、トリニティ自警団です」「武装解除もとい、投降を――」

強盗「――来たぞっ!奴らだ!」

 

ベテラン団員A「――よっ!」

 

ドガッ!

 

強盗「ガッ!――」

 

小さな体躯を活かして、銃口が向かない懐へ潜り込み、銃床で顎を殴り一撃で気絶させた。

 

ベテラン団員B「……まだ言い切っていませんよ」

ベテラン団員A「遮ったの向こうだし、どうせ聞かないって~、ほら」

 

バババババババ!

 

蜂の巣から鋼鉄の針が降り注ぐ。

 

ベテラン団員A「よいしょっ!、じゃあ盾やるね~」

 

そのまま気を失った強盗を担ぎ、盾にしながら応戦。

 

ベテラン団員A「防弾チョッキのグレード、上がった?」

ベテラン団員B「頭にヘルメットも、まあ首が空いているんですけどね」

 

バババババババ!――ダン!、バン!バババ!――ダン!、バンバンバン!――ダン!

後ろに続く団員が全くブレのない射撃で強盗の数だけ弾丸を放ち、無駄弾なく制圧していく。1発撃つたびに、確実に響く銃声が減っていった。

 

ベテラン団員A「装備も良いけど、戦術と知識もちゃんとしなきゃ~」

強盗「くそっ!、グレネードならッ!」

ベテラン団員A「――っ!、それはいい判断!よっと!」

強盗「えっ!ぐぁっ!」

 

ドガァァアアアン!

 

投げられる前に、盾にしていた強盗をそのまま投げ飛ばした。

 

ベテラン団員A「手札は口に出さないの」

ベテラン団員B「今ので、最後ですね」

 

ギィー――――――ン、ガゴン!

 

ベテラン団員A「”人は”、ね?」

 

コマンドウ装甲車の砲身が向けられる。

二人の装備では装甲を貫けない、砲弾を盾で防げる訳もない、肉弾戦など持っての他。

 

砲手「食らいやがれぇっ!」

 

ドォゥッ!

 

新入り団員「――ヒィッ!」

ベテラン団員A・B「――っ」

 

こぶし大の殺意が発射され、命中――しない。

 

ドガシャァァアアアン!

 

二人は迷うことなく陣形を解き、左右に散開していたからだ。

 

砲手「なっ!?――」

運転手「どこ行った!?」

 

ガジャッ、ジャキンッ!ダン!パシィッ!

 

運転手「うわぁっ!」

砲手「なんだこれ!?」「――ペイント弾か!」

 

弾丸を防ぐ代償に、ほとんどの光が遮断される鋼鉄の仕切りの中で、唯一外部からの脅威を視覚できる小窓に、容赦なく単一色の世界が広げられた。

 

ダンダン!パシパシィッ!

 

もちろん、装甲車の側面と後面、砲塔に取りつられている窓、全てに。

 

砲手「クソ、全部潰された!見えねぇ!」

 

短気を起こした砲手が上のハッチを開放する。

 

運転手「お、おい!バカ!」

 

ベテラン団員A「はい、終わり~」

 

ゲームのボスキャラが自ら弱点を晒すのを待っていたかのように、グレネードを放り投げる。

 

砲手・運転手「あ――」

 

 ――もはや『爆発音』も要らないだろう。

 

ここまでが定石、ここまでがいつも通り、目を逸らしながらでもできるソーシャルゲームのデイリーミッションをこなすように、淡々と街に平和をもたらした。

 

新入り団員「……………………」

ベテラン団員A「はいぃ~、終わった終わった~」「ね、大丈夫だったでしょ?怖がることないって~」「……て、あれ?」

新入り団員「ふ、ふ、ふ…………」

ベテラン団員B「まだ終わていませんよ、強盗犯の身柄拘束と……、って大丈夫ですか?」

新入り団員「ふぇぇぇえええええんっ!!」

ベテラン団員A・B「え、えぇッ!?」

 

当たり前の平和とは、薄氷の上に成り立っていると、初めて自分が無知であることを知った。

何事もなく安全に過ごせた今日へ感謝すべきなのだろうが、薄氷の下に蔓延る人食い鮫を巨大ワニが食い荒らすよう凄惨な光景を前にそんな余裕はなく、ただ恐怖することで精一杯だった。

そしてそれが毎日、町のどこかで起きているのだと思うと、その足元のおぼつかなさに初めて戦慄した。

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

スズミ「幸い一年生の方は無事に済みました」「……ですが、一年生の方はそれ以来、音信不通になってしまったようでして……」「あとコンビニエンスストアの方も、被害が……」

先生「そんな武装揃えてまでコンビニのお金盗りたいかな!?」

スズミ「最近ではその規模が普通ですね……以前そういった犯罪グループは、活動資金を得る目的で、生徒の誘拐や金品の強盗などをしていたのですが……」「最近は自警団を倒すための武器を調達するために、軍資金を他所の犯罪で捻出しているのだとか……」

先生「自警団を倒すことが目的になってる!じゃあ、強盗ですら無かったのか……」

スズミ「兼ねてより自警団員は不良生徒から因縁を向けられやすかったのですが、ここまでとは……」

先生「……武器の出どころを調べてみようか?、もしかしたらトリニティへの攻撃を考えてる外部の画策かもしれないし」

スズミ「それが……、自警団の情報部や、正義実現委員会でも調査したそうなのですが」「今まで通りブラックマーケットである事に変わりはなく、特別手に入りやすい状況でも無いのだそうで……」

先生「じゃあ、ただただ頑張って装備揃えてるんだ……」「すごい執念だね……」

スズミ「嘆かわしい限りです……」「いえ、それは私も同じでしょうか……」「現状に夢中で周りの被害について考えを回していなかったなんて、それこそチンピラも同然――」

先生「――スズミや自警団の皆は何も悪くないよ!」「むしろ進化する犯罪に合わせて成長してるって考えられるんじゃないかな!そんなすごい事ができる治安組織、他にいないよ!」

スズミ「!……、ありがとうございます……」「……ですが、ソレはやっぱりソレ、コレはコレなんです……」「戦闘の規模拡大を了承する理由にはなりえません!」

先生「それもそうだよねぇ……、ってまさか」「それを解消するために辞めるってことなの?」

スズミ「その通りです」「私を始め、戦闘に特化した団員を徐々に減らしていき、戦闘を鎮静化させようという目論見です」「特に私は……その……、良くない意味で有名ですので……」

 

”トリニティの走る閃光弾”、不良、犯罪、あらゆる平和を脅かす現場に颯爽と現れ、反撃の余地なく手製の100万カンデラ以上の閃光と銃声を超える大音響で、その場にいる者を瞬く間に鎮圧する。

実戦経験は計り知れず、正義実現委員会を相手にしても引けを取らない平和の頼れる味方であり、無法者にとっての大いなる敵。

裏界隈ではその活躍に良くない意味で箔がつけられており、スズミを始め、突出した戦力を有する生徒を倒すと、それだけで大きなステータスとなるのだ。

 

そういう荒んだ向上心の獲物にスズミがされていると考えると、自警団活動の自粛には納得というか、賛同したくて堪らなくなる。

 

先生「確かに、スズミにとっても良い事かもしれないね……」「休むのって難しいけどすっごく大事なことだから」

スズミ「先生が仰ると、説得力がすごいですね……」

先生「ははは……」

 

思わず投げてしまったブーメランを見逃してもらえず、乾いた笑い声が出てしまう。

 

スズミ「…………」

 

 ――スズミの寂しそうな表情。また私は、浅はかだったようだ。

 

スズミの自警団活動は偽善の欠片もない、純粋な責任から来ている。

 「誰かがやらないといけないこと」

彼女にとって、この活動はいつしか自分の存在意義になっているのではないだろうか。

人々の安全が目の前で脅かされているのに、何もしないという選択はスズミにはできない。

かつ似た理由、志を持つ者達からは、先頭に立つ者として期待を一身に背負っていると自覚したばかり。

 

現状の回復のために活動を自粛するというのは、それこそ彼女にとって”治療のためにやりたいことをするための自由を奪われる”、という事なのだ。

 

それに加えて、”市民の安全と平和を守りたい”、そのために貫いた信念と短くない時間が、気付いた時には打破すべき悪も同時に育ててしまっていたと言う事実と、身を粉にしたことで培えた平和と言う褒美とで歪に混ざり、今では望まぬ現実へと変質してしまっている。

大袈裟かもしれないが、自粛を選ぶこと、それは彼女のこれまでの尽力を否定することに近いことなのではないか。

 

 ――君のしてきた事は間違ってないよ。君がいなかったら助けられなかった人も大勢いる、それもまた事実だからね!

 

平和と悪、どちらも取るか、どちらも捨てるか、の極度の二択。

きっとスズミはやりたいことよりも周りを優先するだろう、例え自分が知らないうちに傷ついていても。

仮に自分を優先できても、責任に圧し潰されて自身を浪費していってしまうだろう。

 

 ――だからこそ、三択目が必要だと思った。

 

スズミにとっての自由を確保し、尚且つ患者も助かる道を――。

 

 

 「…………………………」

 

 

……ない?、自警団の自粛に伴う戦闘の鎮静化、それ以外に有効な方法が思いつかない?

 

――犯罪現場の変更、戦場を街から廃墟などに変えられたら、市民の被害を減らせる。

それは自警団ではなく、もはやファイトクラブの運営じゃないのか……?

本人たちが望んでいるわけでも無いのに、より一層の戦闘を強いることに他ならない。

それに戦地を変えたところで、市民を脅かす犯罪が全て街から消える訳じゃない。

 

――原因の除去、犯罪に使われる武器の抑制。

キヴォトスにおいて武器の存在は普遍、スマートフォンと同等と言えるほどありふれた存在。

解決するには規模が大きすぎる、余りにも実現性に乏しい。それを仮に実現しようものならそれは――。

 

――鉄と雨の臭いがする。瓦礫以外に何もない、ただ、何もない世界。

――一人の少女が私に銃を向けている。涙を流しなが――。

 

先生「!…………」「(これ以上は止めておこう……)」「……………………っ」

スズミ「やはり……、どうにもなりませんね……」「すみません、栓無き事でしたね……」「もちろん、急に辞めるわけにも行かないので、毎日のパトロールを徐々に減らしていく形になりますが……」

 

まるで自身に仕方ないと言い聞かせているようだった。

スズミからは失望されただろうか、少なくとも私は自分にガッカリしてしまっている。

 

先生「スズミは悪くないよ……」「私の力不足だ……、本当にごめん……」

スズミ「いえ…………」

 

恐らく今回のアイデアはスズミ発案のものだろう、最速かつ最適な解決策、本人が苦しむことを除いて。

 

スズミはその案を妥協して飲む前に、私へと助けを求めてくれたのだ、「もっといい解決策をこの人なら!」と期待してくれたのだ。それなのに……。

 

 「先生は、やっぱりすごいです……」

 

その言葉を受ける権利は無い。

スズミがまた、大人へと近づいた年に一度の日を、私は、見せるべきではない”困った顔”で終わらせてしまったのだから。

 

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