双鳥の冀望   作:ネギョ

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3話 代理情報戦争

 シャーレ執務室。

 

?「んぅ……、うぅ……、ぐすっ……、んぐ……」

 

時刻は2つの針が”太陽のあるてっぺん”を通過した辺り。

そんな白昼真っ只中、少女の嗚咽がドアの向こう側から漏れていた。

 

先生「どうかな?、確か初めてだったよね……?」「――サオリ」

サオリ「んぅ……。あぁ……初めてだ、こんな……」

先生「お気に召した?」「一気に頬張ると危ないよ……」

サオリ「んぐ……、あぁ……こんなものが……世界にあったなんて……んふぁ」

 

先生「ゆっくり味わってね」「――ウナギ」

サオリ「おいひぃ……」「んぐ、ほんふぁおいひいもふぉふぁ……あっふぁはんへ……」

 

かつてキヴォトスにおいて圧倒的規模を誇るトリニティとゲヘナの両学園を混沌に貶めた事件『エデン条約襲撃事件』

その実行犯アリウススクワッドのリーダーにして、現在お尋ね者の錠前サオリは、先生が先日百鬼夜行での仕事の帰りで貰った鰻の蒲焼を丼で提供され、初めて経験する佳味の奔流に曝露し、むせび泣きながら感動を賞玩していた。

 

先生「口に合うか不安だったけど、気に入ってもらえて何よりだよ!」

サオリ「私も驚いた……アリウスの外に出てから、美味いと感じる食事ばかりだったが……」「まさか、ここまで感動できるものに出会えるだなんて……」

先生「今度、スクワッドの皆にも食べさせてあげないとだね」

サオリ「ああ、とても喜ぶと思う……」「………………うぅっ」

 

サオリが顔を伏せた、目元は帽子のつばで見えないが、強く閉ざされた口で、顔をしかめているのが分かった。

 

先生「え……どうしたのサオリ!?」「もしかしてお腹痛くなった!?」

サオリ「違う!……違うんだ……」「私は……また先生から返しきれないものを……」「私は……先生に……あんなことをしたというのに……っ!」

 

サオリが席を立ち、床に跪こうとする。”いけない、アレが来る”と先生も立ち上がり――。

 

――ガッ!

 

サオリ「――な、なにを!?」

先生「さ、させないよサオリ!」「――っていうか、外でもそんな感じなの!?」

サオリ「あ、安心してほしい……!、私は先生以外に易々と膝を折ることは……しないっ!」「それよりも……何なんだこれはっ!」

先生「それはそれで問題だよ!」「私の前でこそ、土下座はしないで欲しいなって!」

 

サオリが土下座しようとするのを、正面から屈んで防ぐ。2人は、さながらスクラムのような体制になっていた。

 

――ジリリリリリリリリ!

敢えて古めかしさを意識した着信音が、寸劇に幕を閉ざした。

 

先生「――!、ちょっとごめん……」「はい、シャーレです」

ナギサ「先生、ティーパーティーのナギサです」「急にお電話での連絡となってしまい、申し訳ございません」「少々、文面ではお伝えづらい事が……」

先生「ぜんぜん大丈夫だよ!」「電話でなんて珍しいね、何かあったの?」

ナギサ「ご理解いただき恐縮です」「実は今朝、我がトリニティ総合学園の自治区内にて――」

先生「音楽を聴いた途端に……暴走……」「その後、全員記憶が無くなった?」

サオリ「――っ!」「先生……?」

ナギサ「私も全てを把握している訳では無いのですが――」

先生「ごめん、私も心当たりなくて……」「……うん、とりあえず向かうね!」

サオリ「……先生、少し良いか?」「――先生!」

先生「ど、どうしたの?、ちょっと待ってね!」

サオリ「いや、そうじゃないんだ先生!」「今、音楽を聴いた生徒が暴走と?」

先生「え、その通りだけど……、何か知ってるの?」

サオリ「……ああ、心当たりがある」「おそらく、アリウスの……いや」「マダムの――」

先生「――っ!?」

 

サオリの顔からは、先ほどまでの幸福を噛みしめた恍惚の表情も、先生の咄嗟の奇行に対する戸惑いの表情も消え失せていた。

代わりに、過去の過ちを迎え入れる、覚悟を決めた形相をしていた。

 

ナギサ「……先生、聞こえていますでしょうか?」

先生「ご、ごめんナギサ!」「その事件についてなんだけど……」「今、有識者かもしれない人と一緒にいるんだ、一緒にトリニティに向かっても良いかな?」

サオリ「な!?、私も行くのか!?」

ナギサ「も、問題ありません、むしろありがたく存じます」「先生が推薦する方でしたら、こちらが断る理由はありません」「ただし、くれぐれも――」

先生「内密に、だよね?」「大丈夫!プロだから!」

サオリ「………………」

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 今日のこの部屋の空気はよく変わる。

それはサオリの表情も一緒の事で――。

 

先生「行こう!サオリ!」

サオリ「待ってくれ先生!……、この格好は……」

先生「大丈夫、様になってるよ!」

 

前述の通りサオリは現在、キヴォトス全域で指名手配されている。

だがそれは着せられた罪に外ならず、彼女が逮捕されることを先生は望まない。

それ故にいくら善意の行いとはいえ、ノコノコと人目のつくところに出向くのはリスクだ。

ましてや向かう先が事件で最も被害を被った自治区(トリニティ総合学園)で、しかも行政を担う重鎮(ティーパーティー)の元になど!

無論これから会いに行く”シャーレの先生を信頼してくれる生徒達”はそういった事情を察し、一時的な協力関係も妥協してくれるだろう。

だが、そうでない生徒では、話は別だ。サオリの顔を知り、一刻も早く捕まることを望んでいる者もおそらく少なくないだろう。

そんな中で、学園自治を取りまとめる彼女たちが、「白昼堂々な逃亡犯を迎え入れ、あまつさえ何事もなく帰した」なんて事実を作り、それを広められようものなら、現ティーパーティー失脚のいい材料になってしまうことは想像に難くない。

 

だからこそ、今回のトリニティで起きた事件の解決の為には、今も彼女への制裁を望む者たちからの介入を許すような油断は一抹であろうと厳に謹むべきであると先生は考え、事態を最も穏便に進められる解決策を講じたのだが……。

 

先生「つまりこの変装はサオリにも、ナギサ達にも……」「何より私に必要なことなんだっ!」

サオリ「変装が必要なのは理解している……」「だがこんな……可愛い服……私には」

先生「よく似合ってるから大丈夫だよ!」「それに、サオリに合うサイズの服がこれしかないから仕方ないんだ!」「――大丈夫、よく似合ってるよっ!」

サオリ「な、何回も言わないでくれ……」「(というか……、なんでシャーレにはこんな服がたくさんあるんだ……)」

 

サオリの顔から先ほどの剣幕は消え失せ、今度は今にも消えたいと伝わるほどの羞恥が、彼女の顔を支配していた。

 

サオリ「……それよりも先生、顔は?……」

先生「?」

サオリ「私の、顔の方は……?」

先生「……綺麗だよ?」

サオリ「――っ!そ、そうじゃなくてっ!」「――顔を隠すものは!?、と言う意味だっ!!」

先生「――!、そうだった!」「でも……隠すのはもったいないような……」

サオリ「先生……、疑うようだが……」「……本当は他にもサイズの合う服があるんじゃないのか?」

先生「――っ!、さすがだねサオリ……」「ご察しの通りだよ……」

サオリ「やはりか……、おかしいと思っ――」

先生「好きな方を選んでいいよ!――バニー服か、ミニスカポリスか!」

サオリ「………………」

先生「――どっちがいい!?」「私はどっちも好きだよっ!」

サオリ「………………くっ!!」

 

その後、トリニティ自治区行きのバスの中で、お面越しでも分かるくらいに顔を赤くした、ゴシックレースメイド服姿の少女を連れたシャーレの先生の姿が目撃され、ネットの世界がちょっとザワついた。

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 ティーパーティー生徒会室。

蒼穹に向かって、真っ直ぐ伸びる建造物が織りなす壮麗な芸術を独占できるテラス。

気品、礼節、否が応でもそんな単語に従わせる格調高い純白のテーブルクロスに覆われた長机が作る影に、4人の少女のシルエットが付け加えられていた。

 

セイア「呼びつけてすまなかったね……なに、粛然を纏う必要は無いよ」「それよりも、先の戦闘で負傷を負ったと聞いた……、具合としては――」

ハスミ「……(ジー)」

セイア「……」

ツルギ「……問題ありません」

ナギサ「……ハスミさん?、よろしければお茶菓子も」

ハスミ「?、い、いえ!……お気になさらず」「むしろ私には目隠しになるものをいただけると……(じゅる)」

ナギサ「!、め、目隠しですか?……」

ツルギ「……はぁ」「……お気になさらず」

 

ハスミは今も絶賛ダイエットに勤しんでいる。

そんなハスミにとってティーパーティー会合の席に用意された、優劣つけようなく魅力を振りまく菓子達は、彼女にとって1つ1つがエデンの果実であった。

堅苦しいようでそうでもない、だが確実にこのトリニティ総合学園を左右するに余りある人材が集合したこの空間は、付き人を始め周りの生徒へ多大なプレッシャーを無意識に与えていた。

そして、そんな空間にまた、緊張を加える5人目……いや、3人目が加わる。

 

?「やっほー☆おまたせー!」

ナギサ「ミカさん、遅いですよ!」

ミカ「あれ!ツルギちゃんとハスミちゃんも一緒なの?」

ナギサ「今朝の事件解決において、お二人は重要な参考人ですので、ご同席をお願いしました」「それに加えて、本日は”シャーレの先生”にもご協力を――」

ミカ「えぇー!?、先生も呼んだの!?」

ツルギ「せ!?せせせせっせせ、先生がぁ!?」

ミカ「もぉ、ナギちゃんてばっ!そうなら早く言ってよ!、新しく買ったネイルにしてくればよかった……」

セイア「やれやれ……」「いつどのような時でも、私を退屈という暇から解放してくれる存在だね、”君”は」 

 

ハスミ「先生がご協力を……」「やはり……今朝の騒動はそれほどまでに深刻であると?」

セイア「ああ、この場にミカを同席させたのにも同列の理由がある」

ミカ「?……、私?」

セイア「あぁ、先生曰く……今朝の”フールズ・メイト”を名乗る集団が起こしたと思われる暴走騒ぎにはどうやら」「――アリウスの技術が関わっている可能性があるらしい」

ハスミ・ツルギ「――!」

ミカ「――え…………」

ナギサ「もちろん、私達がミカさんを疑っているわけではありません」

セイア「むしろ、その逆と捉えてほしい」「本当に疑ってかかるのであれば、本件に君を関わらせることはしない」

ミカ「そ……それも……、そっか……?」

ナギサ「私達の中でアリウスの事情について、我々の中で一番詳しいのはミカさんです」

セイア「頼りにさせてもらうよ」「……過去、君に引っ張られた足の分、私達を引っ張ってくれたまえ」

ミカ「――なぁっ!?」

 

ミカが余りに意表を突かれ、顔を真っ赤にした。

 

ナギサ「セ、セイアさんっ!なんてことを!」

セイア「私とナギサにアイスブレイクの重要性を説いていたのは君だったろう?」

ナギサ「それでも、言っていい事と悪いことがあります!」

ミカ「ちょ、ちょっと二人ともやめて!」「わ、わかった!……そこまで言うなら分かったから……」

セイア「その調子だ。今度は三人でトリニティの危機を救おうじゃないか」

ミカ「う……うん……ありがとう、セイアちゃん……」「……」「頑張った割に報われなかったね、ジョークの練習♪」

セイア「――っ!?」

 

今度はセイアが反射的に口を開け、表情を固めた。

 

ナギサ「ミカさんまでっ!」

ミカ「だってセイアちゃんに言い包められたのが、悔しかったんだもんっ!」「――それに私、前の事を笑い話にする気、無いからねっ!」

ナギサ・セイア「――!」

セイア「……そうだね、笑い話にするには些か相応しくないね……」「箴言として、正当な価値を付与しくとしよう」「もちろん、私達の未来を使って……」

ナギサ「そうですね……、同じ過ちを繰り返さない教訓として……」「私たちの団結を深めた思い出として……」

 

”絆”、友と敵、望まぬとも正反対の間柄を交錯した結果の末の、今の彼女たちの連帯感を表す言葉はそれ以外に無いだろう。

 

ミカ「ところで先生は今どこ?トリニティに着いてるなら、私迎えに――」

ナギサ「何があるか分かりません。私達はここで大人しくしていましょう……」「連絡を受けていた時間では、もうすぐの筈なのですが……」

フィリウス派側近「ナ、ナギサ様……ご歓談中、失礼します!」「シャーレの先生に関することでこのような噂が……」

一同「?……」「――っ!?」

 

提示されたニュース記事を前に、皆目を丸くする。

 

ナギサ「な、……なんなんですかこれはぁっ!?」

ミカ「ちょっとぉ!?、これどういうことなの!?」

ツルギ「せ、せせせせっせせ、先生!?」「ウヴァアアアアア!」

セイア「……まったく」「私ですら予測しえない未来を作る、唯一の存在だよ……”君”は……!」

ハスミ「わ、私の方で迎えを向かわせます……!」

 

緊張から温和で落ち着いたかと思われた空気が砕け散り、彼女たちの針は1本と余すことなく逆立つほどの、カオスがもたらされた。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 トリニティ総合学園中央歩道。

  

事件があったというものの、現場に近づかない限りはいつものトリニティだった……のだが。

道行く生徒達が纏う雰囲気は惰性でも、快活でもなく、――警戒だった。

生徒の数がキヴォトスに存在する自治区の中でトップクラス、その噂に違わぬ視線の数々を、学園の敷地を跨いだ先生が、瞬く間に独占していたのだ。

 

「ねえ、あれじゃない?……」

「こっちに向かってるって、本当だったんだ……」

「つ、通報したほうが良いのかな?……」

「正義実現委員会が対応するでしょ」

「ヤバ……目合っちゃったかも」

 

――もちろん悪い意味で。

 

先生「……、みんなが見てくる……?」「(まさかサオリって、バレた?)、変装は完璧なハズなのに……」

サオリ「あの……先生?注目を浴びる理由はそっちじゃないと思いますよ……?」

先生「っ!、喋り方が……」

サオリ「――!」「その……何か、変でしょうか?」

先生「(そうか、変装に合わせて……さすがプロだね!)お淑やか口調か……、すっごく良いね!」

サオリ「ど、どうも……」「ですがこの状況は……、好ましくないと言いますか……」

先生「うん、人の多い道は避けたほうがよさそうだね」

サオリの「あちらはどうでしょう……人通りも少ないように見受けられます」

 

サオリが指差したのは、建物と建物の間、人目を避けるのにうってつけと自ら挙手しているかのような暗い裏路地だった。

だが、そんなうってつけの場所で待ちかまえていたのは――。

 

不良生徒A「お?なんだなんだ?シャーレの先生じゃねぇか」

不良生徒B「後ろのアイツ!ニュースになってたやつだろこれ!」

 

――注目を浴びるよりも、もっと不都合な未来が訪れそうな予感だった。

 

先生「……ニュース?」

不良生徒A「こんな人目のつかない所に生徒連れ込んで、もしかしなくてもそういう事しにきたのかぁ!?」

不良生徒B「真っ昼間からお盛んだな!シャーレの先生ってのは!ギャハハハ」

 

カシャッ!

 

不良たちがスマホのシャッターを切り始める。

反射的に目元を手で隠すサオリを、先生がすぐに全身で庇う。

私はともかく、サオリがここに来ている証拠だけは残してはならない!、そう思って手や体を広げていた。

 

先生「わ!こら!断りなく人を撮っちゃいけません!」

不良生徒A「説教できる立場かよ!」

不良生徒B「お前も、そのマスク取れよ!」

サオリ「ぐっ……、ルートを変えましょうか。先生」

 

来た道を引き返す。おそらく今の最善はそれだろうと二人は瞬時に合意した、が。

 

不良生徒C「おぉい、タダで見逃してもらえるわけねえだろ?」

サオリ「――!、背後にもう一人!?」

不良生徒A「この写真、SNSに拡散しちまおーか!」

先生「くっ!それだけはっ!」

不良生徒B「なら大人しく出すもん出してもらおうかぁ!?」「後ろのお前もだ!」

サオリ「先生、ここは私が……」

先生「いや、ここは私が時間を稼いで……」

不良生徒C「何をコソコソ――」

 

サオリの戦闘力ならこの程度の不良生徒は相手にもならない、だがその解決法では余計な注目を増やす、あるいは正義実現委員会に捕まってサオリの正体がバレる。

そういった厄介な展開に繋がってしまうと、先生は抽象的な経験則に基づいて推測した。

そこで代わりの、今この場を打開できる策を思案していると――。

 

――ガシッ!

突如、引き返す道を塞いでいた不良生徒の肩が、何者かに後ろから捕まれた。

 

?「あー、ちょっといいっすか?」

不良生徒C「あぁ、なんだ?取り込み中なのが分からな――」

 

ダァンッ!ドサッ!

 

全員「――っ!?」

 

問答無用、不良生徒が一撃で倒され、その後ろから出てきたのは――。

 

?「はいはーい、お取込み中のとこ失礼するっすよー」 

先生「――イチカ!」

イチカ「お疲れ様っす、先生♪」

不良生徒A「せ、正義実現委員会!?」「なんでこんなとこに!?」

不良生徒B「クソッ!ずらかるぞ!」

先生「あ!、ちょっと!」

 

不良生徒たちは、反応する素振りもなく、闇の奥へと走り去ってしまった。

 

イチカ「あれ……?」「なんか、マズかったっすかね?」

先生「写真が……」

イチカ「写真?」

サオリ「今の私たちの姿を、SNSで拡散しようとしていたんです」

イチカ「あー、そういう……」「それなら、大丈夫だと思うっすよ……?」

 

イチカがうなじに手を添えながら、少し焦り気味だったトーンを、不良生徒を一蹴した時の声色に戻していった。

 

先生「え、なんで?」「というか、ここにはパトロールで?」

イチカ「いえ、パトロールじゃなくてお迎えに来たんすよ」「先生と、――お連れの方を」

サオリ「!」

先生「え、え……なんで?(まさか協力者がサオリだと既にバレていた……?)」「イ、イチカ……この人は、その……怪しい人じゃなくってぇ……」

イチカ「そんなこと、もちろん知ってるっすよ?」

先生「へ?……じゃあ、なんで?」

イチカ「私が来た理由は……」「――これっすよっ!」

 

裏路地の埃を全て吹き飛ばす勢いで怒髪天となったイチカの手には、ニュース記事を写したスマートフォン、内容は――。

 

”シャーレの先生、公共の場で白昼堂々同伴出勤!?相手は生徒と年齢の近い少女と推測される。レースのメイドを服を着せられ――”

――写真にはバスに乗っている先生とサオリの姿が写されていた。

 

先生「な、ななな」「――なぁんですってぇえ!?」

イチカ「なんですってー!は、こっちのセリフっすよ!」

 

先生は視線の正体やイチカが護衛に来てくれた意図を瞬時に汲み取り、ティーパーティーに向かう道中、イチカからのお説教を謹んで受け入れていた。

注目を浴びることに変わりはなかったが、今のイチカの気迫に、無許可の撮影で挑める者などいるはずもなく、おかげで比較的穏便にティーパーティーに向かうことができた。

 

イチカ「――流石に擁護できないっすよ!」

先生「ごめんなさいぃ……」

 

ただし、さすがの先生も自分が原因で、サオリを含め他所に多大な迷惑を被らせたことを自覚し、過去一番小さい背中をさらけ出すことにはなったが。

 

先生「シャーレを出てから、皆から見られているなとは思ってたけど……これが原因だったんだね……」

イチカ「しっかりしてほしいっす、今回の件はかなりセンシティブなんすから……」「ところで、お連れの方なんですけど……」

サオリ「!――、わ、私ですか……?」「私は、その……何も……」

イチカ「ああいやっ!、事情は聞いてるんで安心してほしいっす!」「ただ、なんとお呼びしたら良いのか……」

サオリ「あぁ……そうですね、私のことは」「『レムール』と、お呼びください」

先生「(レムール……)」

イチカ「レムールさんっすね、了解っす♪」「お二人とも、これを」

先生・レムール(サオリ)「?」

 

そういうとイチカは、2つのネックストラップ付き名札入れを出した。

中には既に、”入校許可証”の文字が記されていた厚紙が挿入されていた。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――  

 ティーパーティー生徒会室にて先生を待ち構えていたのは、困惑と羞恥と、少しの怒りがブレンドされた情緒だった。

 

ナギサ「ご無沙汰しております。先生、この度はご足労をお掛けして申し訳ありません」「来て早々恐縮ですが、お話がございます――」

セイア「やあ先生、待っていたよ」「随分と享楽に浸っていたようだね……」

ミカ「やっほー先生~!久しぶり☆」「――っ!?、それ……、と……」

レムール(サオリ)「……?」

ナギサ「ミカさん……、席から離れないでください」

ハスミ「先生、来てくださりありがとうございます」「あの、そのですね……――」

ツルギ「せ!せ!せせせ、先生……お、おひさし……ぶりです……」

先生「や、やあ、皆……」「その……、お騒がせしました……」

 

だがそれも、入室した先生の”やつれ具合”でその風味を続ける意味は無い、と皆一様に察した。

 

セイア「その様子だと、君自身が混乱を巻き起こす嵐の中心であったことを理解しているみたいだね」「君の趣味嗜好を否定する気は無いが、もう少し公の場に向けて自重するべきだったね、先生」

先生「返す言葉もございません……」

ミカ「(先生……、ああいう恰好が好きなんだ……)」「(……私が着ても、可愛いって言ってくれるかな……?――、ていうか……)」

レムール(サオリ)「あ……わ、私……は……」

ミカ「(――どう見てもサオリじゃん!協力者ってそういうこと!?)」

ナギサ「失礼ですが……その……先生のお連れの方が……」

先生「あ、あぁ!ごめん、紹介が遅れたね!」「今回の件で協力を申し出てくれた……えーと、プロフェッサー・レムール……だよ!」

先生以外の皆「(プロフェッサー!?、……この格好で!?)」

ナギサ「それでしたら……レムールさんとお呼びさせていただいても、よろしいでしょうか?」「」

レムール(サオリ)「は、はい……構いません」「……ですわ」

ミカ「――ンブフォッ!」

全員「!?――」

先生「ミ、ミカ!?大丈夫!?」

ナギサ「ミカさん、お客様の前で!」

ミカ「ごめ……ンフ……フフ……う、うん……だい……フっ……大丈夫!」「(なんで喋り方まで変えてるのっ!?、面白すぎて私が保たないよ!)」

 

本来の初期位置たる緊張感を何とか取り戻した喫緊の領域、その真ん中に鎮座する長机の席に先生とサオリがようやく加わった。

 

セイア「失礼した、ミス・レムール……」「差し支えがなければ、この議題については手筈通り私が取り仕切らせてもらおう」

ミカ「え、そうだったの?」

ナギサ「」

セイア「んん!、先ずは皆の足並みを揃えるためにミス・レムール、貴女にお聞きしたい」「今朝のトリニティ生徒暴走事件に関して、貴女はアリウスの技術が使われていると思っている」「そう先生から聞いているが、相違ないだろうか?」

レムール(サオリ)「はい、間違いありません」「あれは、かつてアリウスで使用されていた催眠装置”ラキュラーの詩書”を用いた犯行です!」

ナギサ「つまり今朝事件を起こした”フールズ・メイト”はアリウスと関係が……?」

セイア「ラキュラーの詩書……詳細と、今回の事件でどのように使われたかを説明してもらいたい」

レムール(サオリ)「はい……あれは……そう!催眠装置で……って言いましたね……」

ミカ「レ、レムールちゃん、落ち着いて!、ゆっくりで大丈夫だから!」「セイアちゃん、ちょっと圧かけすぎだよ!」

レムール(サオリ)「あ!思い出しました!、内容としては指定の対象への攻撃意識を植え付け、あるキッカケを起点にその意識を発動させる……というものでして」

ハスミ「なるほど……催眠効果の発動を任意のタイミングで……爆弾のようですね」「キッカケというのは……音楽ですか?」

レムール(サオリ)「厳密に言うと少し異なります、正体は『音声透かし』……つまり、任意の音声データに埋め込んだ暗号自体がトリガーとなります」

セイア「なるほど、今朝のハスミたちからの報告と合点が行く」「さながら『トロイの木馬』だね、……その合図が『モーツァルト』とは」

ナギサ「そういえば……、今朝のトリガーとなった音楽」「発信源と操作した者の行方については?」

ハスミ「それが……、あの地区のスピーカーを管理している放送室、その使用履歴を調べて、実行犯を取り押さえることはできたのですが……」

先生「――記憶がなかった?」

ハスミ「はい……、証言内容につきましては、暴れていた生徒達と変わりありません」「トリガーとなった音源のデータも持ち物からは確認できず、実行させられた生徒は”どこで受け取ってどこにやったのか覚えていない”、と」

セイア「せめてデータだけは確保したかったが致し方ない……」「(ほぞ)を嚙むのは断念しよう」

 

トリニティに監視カメラは無い。故にそれらしき犯人の行動を辿ることは難しい。

監視カメラ代わりの、生徒の目や噂と言った防犯設備は、”如何にも怪しい人”以外には作用しづらく、今朝の『木を隠すなら森の中』戦法の犯行には文字通り成す術が無かった。

 

ナギサ「音楽を流した生徒も、事前に音楽を聴かされていた、ということでしょうか?」

ハスミ「……お察しの通りです」

セイア「……っ!?、少し良いかい……?」「今朝その音楽が流れていた箇所は、どのくらいだい?」

ツルギ「スピーカーの発信源だった放送室の記録を見ると、ハスミたちが戦闘を行ったその街頭の一箇所のみです」

セイア「催眠効果の発現した範囲は?」

ハスミ「街頭スピーカーでしたので、半径100メートルほどです」

セイア「では…………」「……暴れた生徒とその場にいた生徒の合計の人数は?」

ハスミ「通りには、およそ50人ほどだったでしょうか……その内、暴れだしたのは19人です」

ナギサ「――っ!ちょっと待ってください!、ということは……」「トリニティには既に……」

先生「三分の一近くの生徒が、催眠を掛けられている……?」

全員「――っ!?」

 

レムール(サオリ)の口角が一瞬、少し上がったような気がした。

 

レムール(サオリ)「事の重大さを……ご理解いただけましたでしょうか?」「トリニティには既に、いつ暴れだしても可笑しくない生徒が3人に1人の割合で点在しているのですよ!」

ナギサ「――っ!」「3人に1人が……、突然暴れだす……!」

 

全員がその数量、規模に慄いた。

気づくキッカケも与えられずに進んでいた伏兵の準備、侵略という言葉の意味を改めて実感し、これから始まるだろう争いの様相を無理やり想像させられた。

絶え間のない、自治区内部での闘争の発生を――。

 

――トリニティ生徒C「因縁つけてんのはそっちでしょ!」

――チンピラB「ぶつかっといて謝りも無したぁいい度胸じゃねぇか!」

 

ガジャッ!ジャギッ!

 

………………………………。

 

ツルギ「…………別に、いつも通りだな」

ハスミ「そうですね、少し多い気はしますが……」

先生「……」「否定できないね……」

レムール(サオリ)「ええ、その通り……いつも通りで……」「――えぇっ!?」

 

サオリがノリツッコミに等しい素っ頓狂な声を上げ、思わず立ち上がった。

ここはキヴォトス、恐らく会話よりも銃撃戦の方が多く起きる世界。

その常識と現状を照らし合わした結果、アリウスの”驚異的な侵略兵器”は”少し面倒な事”程度に置き換えられてしまったのだ。

 

レムール(サオリ)「いきなり誰かが癇癪を起こして銃弾をばら撒きはじめるんですよ!?」「この上なく脅威と捉えるべきでは!?」

先生「そ、そうだよね?」「その通りのはず……なんだけど……」 

レムール(サオリ)」「それに!、暴れていた方たち、結構強かったんですよね!?」「あれ程の戦力が一気に解放されたら……」

ハスミ「え、えぇ……ですが、トリニティ自治区内に、全てのスピーカーを一斉に操作できる放送室はありませんし……」「そもそも各放送室の警備体制や、施錠、使用条件の仕組みを変えれば十分対策できるかと……」

ツルギ「私は鳴らされても構わない……」「ぎへへへへ……」

ハスミ「たとえ各所で戦闘が発生したとしても、籠城ではなくただ暴れるだけですからね」「正義実現委員会の敵ではありません」

セイア「それにトリニティには自警団も点在する」「特に最近の彼女達の戦力は君、たちに並ぶほどに優れているそうではないか」

ハスミ「!……」「……自警団は、今……」

 

ハスミは、気まずそうに目を伏せた。

 

ナギサ「なんなら……、自治区内の街頭スピーカーを全て取り払うというのはどうでしょう?」

ミカ「うわ出たぁ……、ナギちゃんの規模感を取っ払ったゴリ押しアイデア……」

先生「スマートフォンは?」

 

生徒達や市民らは、もはや体の一部として扱ってるだろう携帯機器にも、スピーカーは搭載されている。

 

レムール(サオリ)「そ、そうです!、トリニティ全域にハッキング電波を流して、全ての携帯機器から音楽を流せば!」

ナギサ「そのような技術がアリウスに……?」

ミカ「確か……、無かったような……」

 

突拍子もない大規模侵略作戦、それから判明した危険性の低さ、緊張の緩急に彼女たちは油断をし始め、さながら”子供の話を信じない大人”のような態度でサオリに無意識のプレッシャーをかけていた。

 

セイア「二人とも」「ミス・レムールは我々に協力してくれている立場だ」「――それ以前に、客人であることを忘れていないかね?」

ナギサ「――っ!も、申し訳ございません!ティーパーティーにあるまじき事を……」

ミカ「ご、ごめんね!サ、レムール……さん……」

セイア「気分を害したことを謝罪する」「図々しいを承知で、もう少しの答弁をお願いできないだろうか」

レムール(サオリ)「き、気にしないでください!もちろん……大丈夫です!」

セイア「催眠……意識の植え付けを行う手順について聞きたい」

レムール(サオリ)「あ!、そうでした!それをお話ししていませんでしたね!」「すっごくすごいんですよ!」

 

上擦っているのか、緊張か、次第にサオリの口調と性格が変化を始める。

 

レムール(サオリ)「このラキュラーの詩書の催眠方法は凄まじくてですね……1日に100人は洗脳できるんですよっ!」

セイア「なるほど……確かに、それは凄まじいな……」

レムール(サオリ)「ですよねっ!?」

セイア「……具体的な方法は?」

レムール(サオリ)「……?」

セイア「どのように1日に100人ずつトリニティ生を捕らえては洗脳を施すのか……」「拉致、催眠方法ともに聞かせていただきたい」

ミカ「今度はセイアちゃんが詰めてるじゃん……」

ナギサ「ですが、トリニティの安全に大きく関わる内容です」「……どうか事の詳細を!」

レムール(サオリ)「そ、その……これくらいの機械で……1人あたり5分ほどで終わって……」

 

サオリはジェスチャーでバスケットボール程の円を空に描いた。

 

セイア「つまり車に乗せての移動が可能という事かっ!」「なるほど……夜中、人通りの少ない路地で張って、かわるがわる拉致することで数を増やしていったという事か……」「察するに、催眠を受ける前後の記憶も消せるのだろう?」

レムール(サオリ)「そ、そうです……それなら行けますね、……っ!」「それで行きましたっ!」

ハスミ・ツルギ「………………」

 

もはや、会議と言うよりは児戯のそれだった。具体性は失われ、説得力の欠片もない悪あがきに付き合っていた。

 

一番口を挟みたかったのは先生だった、先ほどからサオリの様子がおかしいと。

だが彼女の立場上、その違和感の答え合わせをここでするわけにいかない。

何より彼女をいきなり招いたのは先生だ、この時間と空気の不穏さを招いた責任は先生が取るべきなのだ。

 

もはや破綻した会議から皆を解放したい、そんな先生の切実の願いを、――セイアとサオリが許さなかった。

 

セイア「そんな便利な技術がアリウスに存在していたとは……」「自治区内で生徒が開発したのだろうか?」

レムール(サオリ)「いえ、ラキュラーの詩書とはアリウスの統率者たる――」「――”ベアトリーチェ様”が外の世界より持ち込まれた代物でして!――」

先生「(………………え?)」

セイア「それは、やはり最近の事なのだろうか?」

レムール(サオリ)「いえ!もっとずっと前、アリウスがトリニティとゲヘナ両学園からの攻撃に備えていた頃から」「――”ベアトリーチェ様”はご準備なさっていたんです!」

 

”ベアトリーチェ様”と、サオリが言った。他人のフリをしている今でこそ、他称を変えるのは効果的なことだ。

だが先生は、それだけでは納得できない違和感が、肌の隅々から隆起したのを感じた。

 

ハスミ「先生……?、大丈夫ですか?」

先生「え!?――あ、大丈夫」「ごめん……続けて」

 

ミカが先生に目配せをする、「サオリ、大丈夫なの?」と言っていた。

先生自身もその不安と同調していた、何か、別の所でおかしさを確信していた。

 

それに、セイアにも不吉さを感じていた。

 

先ほどからサオリに合わせて話を広げている感じが、まるで台本を忘れた演者への助け舟のようだと。

 

先生「ちょ、ちょっと休憩にしない?」「サ、レムールさんも慣れない場所で疲れたと思うし……」

レムール(サオリ)「あ、はい……そうですね……もう、お伝えできることは……」

セイア「先生に同意しよう。不躾な質疑の数々、お付き合いいただけたことをティーパーティー、いやトリニティを代表して感謝申し上げるよ。ミス・レムール」

レムール(サオリ)「いえ、お役に立てたのあれば――」

セイア「感謝ついでにふと、最後に疑問が浮かんでしまったのだが……」「――どうしてそれだけの兵力をアリウスは然るべきタイミングで使用しなかったのだろうか?」

レムール(サオリ)「……然るべきタイミング……ですか?」

セイア「トリニティは既にアリウスからの攻撃を受けたことがあるだろう?」「用意した戦力を次の戦争のために取っておくなんて余力、あの時のアリウスには無かったろうから、なぜ?と思ってね……」

ツルギ「――!、エデン条約襲撃……」

全員「――っ!」

レムール(サオリ)「それは……その……、変ですね……」「……なん……で、使わなかったのでしょう……?」

 

セイアの急襲にサオリが言い淀む、遂に味方が消えて八方塞がりとなった。

先生はサオリを庇いたい気持ちと、疑う気持ちでせめぎ合っていた。

 

――なぜサオリは明らかな作り話をはじめたのか?

トリニティや先生の力になりたかったから?、それで言うなら後から話を盛る必要などない。むしろそれは妨害に当たる行為だ。

いつもの彼女なら事実と照らし合わせて適切な助言を行う。

というか、色々とサオリらしくなかった、口調は演技とは言え先ほどから見せる動揺はそうには見えなかった。

 

ナギサ「レムールさん」

レムール(サオリ)「は、はいぃ!」

ナギサ「その……失礼を承知でお聞き致しますが……」「……今までの話は全て事実なのでしょうか?」

レムール(サオリ)「じ、事実……とは……?」「……………………」

 

重い沈黙、見ず聞かずとも分かる全身の汗と高速の心音が、周りの者にも伝播し始めたころ、この空気にトドメを刺す言葉が投げつけられた。

 

ミカ「ねえ!さっきからどうしたの!?、今日のサオリなんか変だよっ!?」「そんな可愛い感じじゃなかったじゃん!?キャラ変えたのっ!?」

ハスミ「サオリ……?」

ミカ「――っ!?」

 

ミカが目を見開き、口を覆う。

 

先生「ちょ、ちょっとゴメン!」「レムールさん調子が悪いみたいで!、――行こうか!」

レムール(サオリ)「え、……って、うわあああああ!」

 

先生が口を開いて2秒後には、レムールと先生の姿が消えていた。

 

全員「…………」

ミカ「……」「……あはは☆、す、すごい……勢いだねー……?」「(思わずツッコんじゃったけど……、先生のリアクションを見るにやっぱりサオリだよね……でも……)」「(……本当にサオリだったのかな?)」

ハスミ「お、追いかけた方が!」

ツルギ「プロフェッサー・レムール……、何か怪しい……」

ナギサ「そうですね……」「先生のお連れ様ですので問題ないとは思うのですが、念のために警護をお付けしましょうか……」

ミカ「――えっ!?」「べ、別にそこまでする必要ないんじゃないかなー?」「大丈夫だよきっとー」

ナギサ「ミカさんは先生が心配では無いのですか!?」

ミカ「そ、そういうわけじゃなくって……」

ハスミ「では、私とツルギで――」

セイア「待ちたまえ」「それには及ばないよ」

全員「!」

ナギサ「セイアさんまで……!」

セイア「そういう意味じゃない」「今、私の方で手配を完了した」

ミカ「えぇ、いつの間に!?」

ハスミ「そ、そういうことでしたら……」

ミカ「(マズいよねこれ!)」「(……サオリもだけど、それを分かってて連れてきちゃった先生もきっと……)」

セイア「安心したまえ、君の懸念にもそぐう結果になると約束しよう」

ミカ「――っ!、え……」

 

傍に寄ったセイアがミカを小声で安心させる。

会議の結果としては散々だった。「なんだったのだ今の時間は」と言うのが第一の感想として皆あげる事だろう。

 

だが唯一、今の時間を有意義に過ごした者がいた。

 

セイア「(あとは頼んだよ……)」

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 トリニティ総合学園本館二階廊下。

 

先生「はっ……はっ……!」 

 

先生は正体が危うく露見するところだったサオリの手を取り、トリニティ校舎内を走って逃亡していた。

 

サオリ「はぁ……はぁ……先生!」「ここ……空いてるみたいです!、一度休憩しませんか……?」

先生「そ、そうだね……」

 

空いた教室にサオリと共に入り、カギを締める。

反射的にサオリを庇ったことで、二人きりになってしまった。

そう、”様子のおかしいサオリ”と二人きりになったのだ。

 

サオリ「………………」

先生「サオリ、……大丈夫?」「……やっぱり、緊張したよねっ!?」「すごい格式高くて、早々には慣れない感じと言うか……」「私も初めてナギサに呼ばれた時は緊張してさー」

 

真意の確認もだが、まずは安心が欲しかった。サオリは今何を考えているのかを理解したかった。

 

サオリ「私なら……、大丈夫ですよ」

先生「ここなら人もいないから……、いつもの話し方で大丈夫だよ!」

サオリ「え……ええ、そうですね……」「……そうだな」

 

サオリが無言でお面を外す、そこから、どこからどう見ても、――錠前サオリの顔が出てくる。

第一段階の安心だった。いや、そもそも”そこ”を疑うのはおかしい。

シャーレからずっと一緒にいたのだ、”途中で別人に入れ替わっている”わけがない。

そもそもそんなタイミングは無かった。

 

先生「(やっぱり、緊張で少し様子がおかしいだけで――)」

 

――サオリ?「――”ベアトリーチェ様”が外の世界から持ち込まれた物でして!――」

 

先生「サオリ……、いや……」「――君は、誰……?」

サオリ?「――っ!……」「い、いつから……?」

先生「っ!……そんな」

 

ガチャ。

 

当たって欲しくなかった未来が、黒鉄で作られた鎌で、先生の首を刈り取ろうとする音を教室に響かせる――。

 

そして――。

 

?「あら、こんな誰もいない教室に生徒を連れ込むだなんて……」「もしかしなくてもそういう事ですか、先生♡」

サオリ?「っ!?――」「いつの間に!」

先生「なんかさっきも聞いたような……、というかこの声は!」

 

サオリ?と先生が振り返った先に、ピンクの髪を靡かせ、いたずらな笑みを浮かべる少女がひとり。

 

先生「――ハナコ!」

ハナコ「お久しぶりです、先生♪」「それと、こちらの方は、昨晩ぶりですね?――」

先生「え、昨晩……?」

サオリ?「!……」

 

ハナコがお面も何にも覆われていないサオリの引き攣った顔を覗きながら、”本当の彼女の名前”を口にする。

 

ハナコ「――一石(ひとし)セラ、さん♪」

 

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