時刻にして傾きを初めた太陽の光が黄と橙を纏うようになった頃、その教室はカーテン越しに熱が染み始める。
西側に窓があるその教室ではその時間、季節が秋であっても夏に近しいほどに室温が高くなるのだ。
そんな教室の中にいる3人、うち2人は噴き出る汗を意に介せずにいた。
理由は汗の出る理由がその暑さだけではないからだ。
ハナコ「昨晩ぶりですね。一石セラさん♡」
先生「一……石……セラ?」
サオリ?「か、カギは閉めたはず!、どうやって……!」
ハナコ「内緒です♡」「というよりも本当に……、そういうことなんですね?」
サオリ?「っ!?――ち、違う!」「私は本当に錠前サオリで――」
ハナコ「今からお二人で熱烈な■■をするところだったのですね!」
先生「――え、ええ!?」
サオリ?「は!は!ハァァァアアーーー!?」「な、な、何いきなり言ってるんですかこの人!信じられません!」
ハナコ「SNSでそのような噂を目にしましたが、まさか虚報でなかったとは……」「……ここでお会いできたのも何かの縁……、せっかくですし」「私も混ぜていただけませんか?、先・生♡」
先生「いや、違うからねっ!?色々と――」
サオリ?「――色々と、冗談じゃないですよっ!」「何だって私が”大して知らない大人の人”と……そんなこと――」
ハナコ「あら♡やっぱり、”サオリさんでは無い”のですね♪」
サオリ?「っ!?…………」「……浦和……ハナコさん……!」
ハナコ「サオリさんの口から、さん付けで呼ばれる日が来るなんて♪」「ですが……違和感に耐えられそうにないので、早くサオリさんを解放してくださいませんか?」
先生「ど、どういうこと……?」「本物のサオリは別の所にいるの?」
ハナコ「いえ、サオリさん自身はここにいますよ」
目の前にいる錠前サオリの姿をした一石セラという人物、やはりどこかのタイミングで入れ替わっていたのか、そう先生は考えた。
――半分は合っている。完答は。
ハナコ「体を乗っ取られているんですよ」「一連の事件の首謀者たる一石セラさんによって!」
霊体が生者の身体へ入り込み、自由を乗っ取る。
”憑依”という超常現象が今目の前で起きているという事を、先生は即断で理解することができなかった。
先生「体を乗っ取る……、そんなことができるの?」
ハナコ「はい♡私も昨晩サオリさんと同じように操られてしまい……」「その、とても私の口からは言えないような破廉恥な行為を強制させられまして……」「……きゃっ!、先生ったら私にそのような恥ずかしい経験を口で説明しろだなんて!」「……その内に実演まで強要なさるおつもりですか?……♡」
先生「えぇ!?、そんな話しづらいことをされたのぉ!?」
サオリ(セラ)「そんな訳ないでしょう!?、適当なこと言わないでくださいよっ!」「ちょっと憑依してすぐ解除しただけじゃないですか!?」「――っ!」
ハナコ「セラさんの仰る通り、ちょっとだけ憑依されちゃいました♪」
急いで口を手で抑える。
一対一の心理戦で浦和ハナコに勝てる訳がないと理解したころには、サオリの姿をした一石セラという生徒は、嘘の皮がみるみるうちに剝かれていた。
――だがそれは、同時に冷静な判断を欠くことを強制しているのと同義、迫る危機感が鼠に猫を嚙ませるキッカケを与える。
中身が誰であれ身体は錠前サオリ、恐らく戦闘になってしまえば優位になるのは向こうなのだ。
サオリ(セラ)「こうなったら……、2人まとめて――」
ハナコ「――そうでした、先生」
サオリ(セラ)「――?」
先生「なに?、ハナコ」
もちろんそんな事は予想済みだと言わんばかりの余裕の表情で、ハナコがお腹の位置あたり、自らの掌をこちらに見せ少し前後させる。
「少し下がれ」、キヴォトスでよく向けられるジェスチャーに、言葉よりも体の方が先に動いた。
ハナコ「――はい、けっこうですよ♡」
ドォォオオオンッ!カラカラっ!バシュウウウウウ!!
先生「うわっ――!」
サオリ(セラ)「なっ!?――」
サオリの丁度真上辺りに数メートル台の穴が1回の爆発と共に出現。
そこからスモークグレネードとメイド服を着た少女が3人、降ってきた。
?「動かないでね、囲まれてるよ」
サオリ(セラ)「エホッ……エホッ……っ!?」「戦闘員!?、……とっくに準備していたの!?」
降ってきた少女の内の1人が先生の元に駆け寄る。
?「先生、大丈夫?、ケガしてない?」
先生「ゴホゴホ……え……」
煙が晴れると、その3人の顔と声に先生は驚愕した。
理由は2つ、”普段はそんな恰好をしないと知っている”顔ぶれだったのと、錠前サオリ同様に指名手配されている者達だったからだ。
アツコ「久しぶりだね、先生♪」
先生「――アツコ、どうしてここに!?」
ヒヨリ「わ、私達もいますよぉ……」
ミサキ「……」
アツコ「それに、サっちゃんも……じゃなかったね」
サオリ(セラ)「っ!……、あなたたちも……どこかで……?」
アツコ「――返してくれるかな?」
サオリ(セラ)「……っ!、…………」
かつてサオリが率いていたアリウススクワッドのメンバーがそこにいた。
戦力差が覆り、犯人の正体が分からないまま、事件が解決へと向かう。
――そのはずだった。
サオリ(セラ)「ッ………………」
先生「セラ……だったよね?」「君の目的は分からないけど……ここまでだよ」「大人しくサオリを解放して――」
サオリ(セラ)「もぉおおおおおおおおっ!」
全員「っ!?――」
サオリ(セラ)「なんでこんなに、うまく行かないのぉおおおお!!」
予想を超えた反撃、ではなく、地団駄だった。
サオリ(セラ)「もうダメだ!おしまいだ!」「このままこの人たちに、ボコボコにされて退学させられるんだ!」「うわあああああああああん!!!」
正にまな板の鯉、もはや逃げこむ水路を探すこともなく感情をただいたずらに放出するだけの犯人はもう拘束されるだけ……、と思われたが。
全員「…………………………」
サオリ(セラ)「うぅっ……!」「あれ?……」
皆、固まっていた。
決して、新たな脅威が現れたから身構えているとかそう言う事ではなく、呆然としていたのだ。
――あの錠前サオリが駄々をこねている、それもフリフリのメイド服の恰好で……と。
もちろん人格の中身が違うのは皆理解していたが……、普段の彼女を嫌と言うほど想起させる見た目と声で、”サオリが絶対にしない”であろうその動作と絶叫は、その場にいた全員が動揺する理由として十二分に働いてしまったのだ。
――逃げるなら今の内だ!と、現状がセラにチャンスを嘯いた。
サオリ(セラ)「っ!……」
先生「――あっ!」
アツコ「!、先生!」
ピンっ!、ヒュ――。
セラは中空に向かってグレネードを投擲。
先生の最も傍にいたアツコが庇う。
ドォォオオオン!
先生「アツコ!大丈夫!?」
アツコ「うん、全然大丈夫」「――サっちゃんは!」
黒い煙が晴れると、錠前サオリの姿は教室から消え失せていた。
ヒヨリ「に、逃げられちゃいましたね……」
先生「今すぐ追いかけよう!」
ミサキ「待ってよ先生!」「建物内でならまだしも……、外で追い回すと周りの注目を浴びる……」
アツコ「それにここにいる全員じゃ、誰もサっちゃんの足に追いつけないね」
先生「……でも!、サオリが……」
ハナコ「ご安心ください、先生」「見失ったのなら、また見つければいいんです♪」
先生「見つけられるの?、ってそういえば……」「3人はなんでトリニティに?……、それにハナコはどうやって私たちの居場所が分かったの?」
ハナコ「まあ、こちらのペースを気にせずにズカズカとまくし立てるなんて……」「今日の先生はいつも以上にプリミティヴですね♡」
先生「あ、ごめん……ちょっと冷静じゃなかったね……」
ハナコ「無理もありません、落ち着きも兼ねて、少し移動しましょうか」「もうすぐ正義実現委員会が来ちゃいますので♪」
ハナコの言葉に、3人は大人しく従う。
先生はそのやり取りから、今回の事件解決において、自分がどうやら途中参加であることを悟った。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
先生「ここは……」
ハナコに連れられた先は、校舎から歩いてすぐの所、遠くからでも輪郭を認識できるほどに巨大かつシンプルな見た目をしているが、中の構造は複雑で時折、遭難する者もあらわれると聞くトリニティが誇る本の迷宮、トリニティ中央図書館だった。
――そんな威容な建築物に恥じない大きなアーチ型の両開き扉を抜けると。
ヒヨリ「わ、わぁ……すごい本の数です……」「あ!雑誌コーナーもあるんですか!?」
ミサキ「ヒヨリ……、うるさい」
アツコ「こんな大きい本棚、初めて見た……」
先生「あらためて来ると、壮観だね……」
知識が折り重なることで形成された景色が、自然が作る風景とはまた別格の説得力を持つ神秘性でもって客人を迎え入れた。
本の山と言った言葉とは無縁だったろう3人、そして私自身も見惚れていると、奥からこの領域の主が出迎えに来た。
シミコ「ハナコさん、先生!」「お疲れ様です」
先生「シミコ、久しぶりだね!」
ハナコ「お疲れ様です、シミコちゃん♪」「いつもの部屋、お借りいたしますね」
そう交わすとシミコから鍵を受け取ったハナコは、奥の暗い廊下へと皆を先導した。
少し階段を上がり、数えきれないほど道を曲がり、遭難するのも無理はないと納得するぐらい歩いた頃、土足で踏むのも躊躇うほど格調高そうなラグカーペットを伝った先に出たのは――、『シアタールーム』と室名札のある扉だった。
ガチャッ、グググ……。
防音性を保証する重い扉が開かれると。
先生「図書館の中に、こんな部屋が……」
ハナコ「ほとんど使われていないどころか、私も最近教えてもらいまして……」「皆さんどうぞ、お好きな席に♪」
120インチ程のスクリーンに、肘掛け付きの赤色のシアターチェアが横に10席、それが5列備わっている慎ましい規模のミニシアターが広がっていた。
私が前列の2つある真ん中の席の左側、アツコがその右隣で、ヒヨリが左隣、ミサキは一列後ろ、ヒヨリの左斜め後ろの席に座った。
ヒヨリ「こ、ここ!映画館ってやつですか!?」「すごいです!私初めて来ましたぁ!」「ミサキさん!アツコちゃん!この椅子とっても柔らかいです!」
ミサキ「遊びに来たんじゃないんだから、はしゃがないの……」
アツコ「いつか、皆で映画館に行ってみるのもいいかもね♪」「もちろんその時は……」
先生「そうだね!」「それもいいけど……そろそろ本題に入ろう」「皆は、協力関係なの?」
スクリーンの近くで機器を操作するハナコがこちらを向く。
ハナコ「では、そろそろ先生からの諸々の質問に応えるとしましょうか♪」「協力関係についてはイエスです」
アツコ「私達は、トリニティ内部で平和を脅かす計画を立てているテロリスト
先生「捜査グループ……?」
ミサキ「できたのはついさっきだけどね……」
ヒヨリ「リーダーが捕えられていたのを助けに向かったら、ハナコさんとお会いしまして……」
アツコ「協力してくれるから、協力してほしいって頼まれたの」
先生「サオリが操られていたことを知ってたの?」「どうやって……」
ハナコ「皆さんはコレを見て知ったそうです~」
『シャーレの先生、公共の場で白昼堂々同伴出勤!?――』見覚えのある誤解がスクリーンに写し出される。
おそらくキヴォトス全域に知れ渡ってしまったであろう事実と、これから少し先の未来で始まる弁明の光景が嫌でも想像できた。
特にリンちゃんは怒るだろうな……。
先生「あぁ……これはぁ……、そのですねぇ……」
ヒヨリ「リーダーがこんな格好で外に出歩くだなんておかしいですよ、誰かに脅されているに決まっています!ってなりまして……」
アツコ「先生もそんなことをサっちゃんに強要するだなんて思ってなかったし、何か事情があるのかも?って」
先生「そ……そっすねぇ……」
ミサキ「先生、目と汗が口以上に色々と自白してるみたいだけど?」
ハナコ「あ!、先生とサオリさんにまつわる記事で新しい写真の物が追加されています」
そう言うと、顔を手で隠したサオリを庇おうと、こちらに背中を向け、黒い目線の入れられた自分の姿がスクリーンいっぱいに表示された。
――写真のタイトルは、『シャーレの先生、白昼堂々生徒と路地裏でバーニングラブか!?』だそうだ。
十中八九、路地裏へ逃げ込んだ時に撮影された写真だと思い出す前に、仰天が這い出てくる。
先生「な、ななな――なぁんですってぇえ!?」
ミサキ「なんですってーは、こっちのセリフなんだけど!」「変装の為なんだろうけど、もうちょっとマシな恰好は無かったの!?」
ヒヨリ「こういう写真、よく雑誌で見かけますよ~」「ハニートラップって言うんですよね?」
アツコ「てっきり、サっちゃんと先生が本当にそういう関係になっちゃったのかって不安だったんだから!」
先生「ご、ごめんなさいぃ……」
ハナコ「ホントに……、先生ったら……」「そういう服を着せたいのであれば、私に言ってくだされば良いのに♡」「なんなら……もっと布面積の少ない服でも大丈夫ですよ?」
アツコ「私も大丈夫だよ、いつでもシャーレに呼んで」「この衣装、似合ってるでしょ?」
メイド服を着たアツコがこちらに寄りかかる。
コントラストが美しい服飾に包まれた、花の様に儚げな少女は、正しく視界に彩りを約束するブーケのようで、給仕服としての伝統に対して冒涜的とも言えるまでの装飾は、暴力的なまでの可愛さを放ち、私の
先生「え!、良いんですか!?」「ね、猫耳なんかも――」
ミサキ「喜んでいないで、早く話戻してくれない?」
先生「え、ダメだった?……」
ミサキ「は!?…………」「別にダメとは……言って…………」
ヒヨリ「?、ミサキさん最後なんて仰ったんですか?」「あ、私も先生のお願いでしたら……♪」
ミサキ「な、何でもない!」「浦和ハナコ、続きは!?」
ハナコ「次の回答はどうやって居場所を知ったか、にしましょうか」「その答えはこちらです♪」
スクリーンにトリニティ学園の全体マップと、赤い点が2つ写る。
1つは、トリニティ図書館の、入口から離れた奥の方を指し示していた。
先生「……?」「――あ!」
首に提げている”イチカから受け取った入校許可証”を手に取る。
ハナコの表情を見るにご名答らしい。
先生「サオリの居場所もこれで分かるという訳か!」
アツコ「トリニティにこんな技術があったなんて意外だね」
ヒヨリ「正直、テクノロジーって言葉とかなり離れてるイメージですよね……」
ハナコ「ご察しの通り、これはトリニティで開発された技術ではありません」「なんでも、ミレニアムでいただいたお土産だそうですよ♪」
先生「ミレニアムのお土産?」「……いただいたそう?」
ハナコが見るに珍しくないハッとした表情を見せる。
どうやら、たどり着いて欲しい疑問まで誘導されたらしい。
ハナコ「そういえば、”このグループのリーダー”の紹介がまだでしたね♪」
先生「リーダーは、ハナコじゃないの?」
スクリーンが切り替わる、今度は画像ではなく映像だった。
中央にスピーカーマーク、その下に波形と秒刻みのカウント表示、通話中を表す画面だ。
ハナコ「ちゃんとログインできたようですね」「手筈通り先生と合流しましたよ、リーダーさん♪」
?「ご苦労だったね……それにしても」「”
先生「え!この声――」「セイア!?」
セイア「やあ、先生」「実に、先ほどぶり……というやつだね♪」
トリニティ三大派閥の一角たるサンクトゥス分派のリーダーにして、学園自治区の代表たるティーパーティーに一席を置く、そして先程までこの事件に関しての動向が、不振な様子だった百合園セイアが画面の向こうにいた。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
先生「なるほど、ミレニアムエキスポの時にもらったんだね、この発信機」
セイア「厳密には発信ではなく受信機らしい」「皆が持つ通信機器の電波を特殊な周波数に変換して跳ね返すのだとか……」
先生「なら、電波を飛ばす装置と、返ってきた電波の受信機も?」
セイア「それは必要ない、先生も持つ”携帯機器の電波”を使っているらしい」
先生「サラっと、とんでもない規模のハッキングを暴露されちゃった……」
セイア「だが、実際に使ってみると功を奏した」「私がトリニティのビッグ・シスターになる日も近いかもしれないね♪」
先生「この捜査グループの発足って、セイアからの提案だったんだね」
ハナコ「詳しく話すと、私がセイアちゃんにセラさんの事をお話しした所、ノリノリで指揮を執り始めましたのがキッカケですね♪」
先生「(セイア……そんなにミレニアムでの出来事が楽しかったのか……)」「……もしかして、皆がメイド服なのもこれが理由?」
ハナコ「それは、どうでしょう?」「ところで、私の服装にだけ感想をお聞きしていませんが……」
今更ながらハナコの服装もメイド服であったことに気が付く。
先生「……っ!、ハナコもメイド服だった……」「ごめん、似合い過ぎてて、つい…………」
ハナコ「あら、ふふ♡」「それで許してあげます♡」
セイア「お気に召したようで何よりだよ」「……私も、その様な衣服を纏っていると言ったら、君はどんな顔をしてくれるのかな?」
先生「!?、なんだって――」
ミサキ「さっきやった流れ蒸し返さないで!」
先生「ご、ごめんなさい……、えっと」 「じゃあ、今朝の暴走事件が起きる前から、捜査を始めていたってこと?」
ハナコ「はい……今朝の生徒暴走事件に加えて、サオリさんの乗っ取り事件、これらを引き起こした犯人が同一人物であると仮定し、捜査をしていたんです」
先生「一石セラって子が、そうなんだね?」「……アリウスの生徒なの?」
ハナコ「いえ、トリニティの生徒です」「名前、お顔ともに、登録されている学籍情報と一致していました」
ヒヨリ「ええ!?、自分が所属している学園にテロを仕掛けたんですか!?」
アツコ「ゲヘナならともかく、トリニティでは珍しいね」「動機は何なんだろう……」
ミサキ「なんで私たちまで犯人像の予想しなきゃならないの……」「さっさとリーダー追いかけて取り抑えればいいじゃん……」
セイア「そうしたいのは山々なのだが、相手の動きと目的が分からないのが懸念だ」「なにせ現時点で犯人から、要求の1つも寄越さないのだからね」
ハナコ「要求が無いという事は、行動こそが目的だったのでしょうか?」「何がしたいのか分からないこそ、何をしでかしても不思議ではありませんね」
ミサキ「それにしたって色々失敗して既に破綻しているんでしょ、私たちの前で駄々こねるくらいだし……」
ヒヨリ「あんなリーダーの姿……、一生見られないんでしょうね……」
セイア「確かに、先の会議の様子からアドリブの弱さは伺えるが、それを覗いても人を操る能力が、見過ごせない脅威として健在なことに変わりはない」「それに結果はどうあれ易々とティーパーティーに直接攪乱情報を流しに来た実績がある」
先生「確かに、他人の姿を借りられるとは言え、並みの胆力じゃ難しいよね」
セイア「それほど策動に長けていてかつ自信があったのは、トリニティ内外の情勢に少なからずの知見があると言う証拠だ」「それほどの相手が無策で逃げているとは到底思えない」「今も逃げながら次の打開策を講じているか……ここまでが計画通りな可能性だってある」
先生「……もしかしなくて私って、すごいピンチだった……?」
セイア「あの時、乗っ取られていたのが錠前サオリではなく先生だったのなら、既にトリニティは混乱の渦中だったろうね」
ハナコ「セイアちゃんがここまで持ち上げるだなんて、1年生にしてすごいですね、セラさんは♪」
ヒヨリ「い、1年生だったんですか!?」
セイア「それもまた私の警戒心を強める事由の1つだね」「それに加えて、一石セラの学籍情報はそれより過去の記録がどこにも無い」
先生「無い?」「どこから来たのか分からないってこと?」
ハナコ「はい、一石セラさんがトリニティ総合学園に進級、あるいは入学される前、どの学園に所属していたのかを調べたのですが」「生憎どこにも情報はありませんでした」
アツコ「まるで突然現れたってこと?」
ヒヨリ「ゆ、幽霊みたいですね……」「そういえばアリウスにもそのような方がいたような……」
ミサキ「その一石セラって生徒、本当に実在するの?」
先生「正体が朧げなうえに不思議な力を持っている……」「そういえば、セラはどうやってサオリを乗っ取っているんだろう?」
ハナコ「『ラキュラーの詩書』……という古書のような物で、できるようですよ♪」
先生「ラキュラーの詩書!」「確か、催眠装置とかそんな風に言ってなかった?」
セイア「あの場で一石セラはそう私達をまやかしていたね」「だが、ここからはハナコの言葉に全幅の信頼を置いて構わないよ、私が保証する」「なにせ本事件における、一石セラの第一被害者であり当事者だからね」
ハナコ「操れるのは1人だけじゃなく、複数人でも可能だそうです」「他にも記憶の操作などもできるそうですよ」
先生「ず、随分詳しいんだね?」
ハナコ「それはもう……」「セラさんが沢山お話されていたので♡」
先生「そういえば……ハナコは昨晩、被害にあったんだよね?」「どんな感じだったの?」
ハナコ「まあ……、先生ったら♡皆さんの前で私にあれやそれと恥ずかしい体験を話せだなんて……」
先生「あ!ご、ごめん……そういえば、そうだったね……」「――って!それはセラが否定してたじゃん!」
ハナコ「はい、今からお話ししますね♡」
ミサキ「……いつもこんな感じなの?」
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
虫の声が通りを賑わす時間帯、トリニティ図書館付近にて季節にそぐわぬ恰好で散歩に興じていた頃。
ハナコ「そろそろこの格好では冷えますね〜♪」「……先生なら、今の私に上着を掛けてくれたり……?」「ふふっ♡」
?「人目を避けて深夜にしたら、そもそも人が歩いていないじゃないですかっ!」
ハナコ「……?、誰かが……?」
声のする方向は分かったが位置が分からない。
おそらく道沿いの生垣の中から声がしたようだった。
?「(なぜ水着っ……!?風邪ひいちゃいますよ……)」「(あの人を……うーん……まあ、贅沢は言ってられないか!)」
ハナコ「?……、何か……熱い視線を感じるような?」
?「――おりゃっ!」
ハナコ「ハァ……!」
ギィィィイイイイイン。
軋む扉の開くような音が頭に響き、視界が暗転する。
ハナコ(?)「んぅ……」「成功?……あ!」「声が変わってる……それに、恰好も水着……だよね?」「(む、胸から下が見えない……あ)」
窓に反射する自身と目が合う。
憑依が成功したようだ。
ハナコ(?)「すごい!本当に入り込めちゃった!」「これなら、強い人に憑依して暴れたり……権力のある人に取り憑いて条約?だっけ……なんか書かせたり……とにかく色々できる!」
ハナコの頭の中で勝手に情報が再生され始める。
まず、今自分に憑依している”誰か”の少し前までの記憶、この能力の名前は『ラキュラーの詩書』
恐ろしかった、自身の身体、思考までもが無理やり操作されている感覚。
まるでコントローラーに繋げられているような非人道的扱い。
対処方法が浮かぶこともなく、この能力の使いようを想像しただけで――。
――ハナコ「――!」
また何かが勝手に想起させられる、それは今ハナコを操っている犯人の思い描く展望だった。
燃える世界、地に伏す人々、目を背けたくなるような地獄絵図がそこに――否、その逆だった。
トリニティの一角とも違う華やかな街の風景、大きい川の沿い、レンガで敷き詰められた道だった。
川の反対側には傷ひとつ無いピカピカな建物、一階では皆が美味しそうに何かを口に運んでいる。
見たことないのに、知っている、夢の中でよく出てくる街のような、知らない既視感の中を軽い足取りで歩いている。
そんな平和な景色を、誰かの手を引きながら――。
ハナコ(?)「あ、そうだ!」「えーと……いた!私の体……息してるよね?」「……うん、してる。隠し方さえしっかりすれば……私が犯人だってバレることもない……行ける!」
「そうと分かったら暗くて怖いし、さっさと解除して離れよ!」
ハナコ「――っ!」
意識が戻った。
金縛りから解放されたように、誰のものでもない、自由に操作できる体が戻ってきた。
そして、すかさず――。
ハナコ「……こんばんは♪」
?「?……こんばん」「――あ!?、……ぁ」
生垣の裏、さっき確認していた位置にやはりいた。
ハナコ「何やら好き勝手なさっていたようですが……」「うふふ、少々イタズラがすぎましたね♡」
?「ま、まさか、操られていた時の……記憶が……ある?」
ハナコ「はい♡」「まさか意識がある状態で、体を好き勝手に弄ばれる日が来るなんて……、それも初対面の方に……」「少々……エッチが過ぎますね♡」
?「……!」「――っあ!あんなとこに、いかがわしい恰好をしたシスターがー!」
ハナコ「いかがわしいシスター!?まさかっ!?」「サクラコさん、いけませんそんなこ――」「!………………」
指を指した方には誰もいない。
――ハナコが彼女の方に振り返ると……。
ハナコ「……」「逃げられてしまいました……♪」
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
ハナコ「私はてっきり……、”あの方”が虚妄のサンクトゥム攻略戦で身に纏っていた格好で、また出歩いているのかと……」
先生「それは……しょうがないね……」「うん、私でも引っ掛かると思う……」
ヒヨリ「あ!、あの時の……確かに、本人は変な恰好と思ってない様子でしたね……」
サクラコ「――ふワ、……ピチュっ!」
マリー「サクラコ様、大丈夫ですか?……、もしかして風邪を……」
サクラコ「い、いえ……心配には及びませんよ。マリー」
マリー「――まさか!」「またあの礼装を着用してお散歩を!?」
サクラコ「ま、また!?」「あれ以来、あの礼装は着用していませんよ!?」
ハナコ「その時に見た顔、身の丈などの外見情報を頼りに、あの”コハルちゃん程の背丈の子”の名前が一石セラ、ということが分かったんです」
ミサキ「トリニティのそういう仕組みとかはよく知らないけど」「一生徒が学籍情報の一覧とか簡単に調べられるものなの?」
ヒヨリ「そ、それに……結構な生徒数ですよね?」「しかも、見たのは一瞬ぽかったですし……」
先生「でもリアクションを見るに、ちゃんと合ってたみたいだね」「さすがハナコ!」
ハナコ「ですが、その後ラキュラーの詩書についてはシミコちゃんに手伝っていただいたり、私も古書館で色々と調べてみたのですが、生憎なにも分からず終いでして……」「せめて目的だけでも本人にお伺いしようとラブレターも送ったのですが……フラれてしまいました♪」
アツコ「確かに今の話からだと、一石セラのしたい事がよく分からないね」「平和な景色を求めながら、人を傷つけてるような……」
セイア「だが、トリニティを敵視していることだけは確かだろう――」
ハナコ「――っあ、これは!」
ハナコが慌てた様子で機器を操作する。
今度はSNSのタイムライン投稿の一覧から、1つの記事を抜粋していた。
『SNSで話題の人と会った!写真撮ってもらった!!』
そこにはお面越しでも赤いのが伝わるサオリが、2つの手でピースサインを作り写真に写っている姿が。
ヒヨリ「うえええっ!?、なんか学園外まで出ていませんか!?」
ハナコ「現在の位置は……どうやらそのようですね」
ミサキ「ちょっとこれ!、……マズいんじゃないの?」
セイア「そうだね……」「このままでは人目に付き過ぎる、いずれ協力者が錠前サオリだとバレてしまう可能性も……」「致し方ないが、行動開始だっ!」
ヒヨリ「きゅ、急に勢いがいいですねっ!?」
セイア「すまないが私とハナコは動けない」「私、あるいはナギサやミカと言った、発言力を持つ者へ近づけさせることは今回の事件において我々の敗北条件に等しい」「そして犯人に繋がる最有力な情報を持つハナコの記憶を操作されることも望ましくないからね」
先生「大丈夫、私たちにまかせて!」「行こうみんな!」
アツコ「先生は大丈夫なの?」
先生「私?」「……!」
”セイア「あの時、乗っ取られていたのが錠前サオリではなく先生だったのなら、既にトリニティは混乱の渦中だったろうね」”
ハナコ「その点については大丈夫だと思いますよ?」「おそらくできない、と予想されます」
セイア「錠前サオリの虚を衝いたんだ、先生だって既に試行されたと考えるべきだね」「ここまで情勢を網羅しているのなら、あの時最優先に乗っ取るべきは、交渉時の切り札足りえるシャーレの先生だ、と発想に至るはず」
アツコ「それをしなかったのは、それが失敗したから……、サっちゃんをって事か」「ふーん……」
アツコが頬を少し膨らませた。
大切な家族が妥協案として利用された事実に、ここにいる誰よりも犯人に対して怒っていた。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
先生とアリウススクワッドの面々は、自治区外に逃走した錠前サオリの姿を借りた一石セラの後を車で追っていた。
運転はミサキ、助手席にヒヨリ、後部座席にアツコと先生が座っていた。
ミサキ「今のサオリ姐さんの位置は?」
ハナコ「《サオリさんは現在……移動していますね……それもこの速さは、車でしょうか?》」
セイア「《移動ルート、偶に停止する位置で推測するに……バスで移動しているね》」
アツコ「この発信機、どこまで追えるの?」
ハナコ「《通信機器の電波があるところですので……山奥や沖などの人のいない場所では探知できなくなります》」
先生「あとは、砂漠もだよね…………」
ハナコ「《砂漠……、まさか!》」
セイア「《確認した、このバスはアビドス自治区へと向かっている》」
ヒヨリ「ええ!?早く追いかけないと大変ですよぉ!」
深刻な飛砂被害を受けるアビドス自治区。
その脅威は自然はおろか、道や建築物に至る人工物までなす術が無いほどだ。
そしてアビドスの象徴と言わんばかりに、迷ってしまえば自力で脱出するのも困難な程に広大な砂漠も存在する。
人目どころかスマートフォンの電波すら届かない苛烈な環境に、サオリが連れていかれ、あまつさえ憑依を解除でもされたら……。
先生「……急ごう!」
パァアアアア!
全員「!」
車内の緊張が最大まで膨らんだ折、先生達の車の後方からクラクションが鳴らされる。
ミサキ「チッ……はあ、なに?」
ヒヨリ「"そこの車!停車してさっさと降りやがれ!"って言ってます」
アツコ「この車が欲しいのかな」
ミサキ「はあ……、だから嫌だったのに……」「……こんな高そうな車」
セイア「《ふむ、この車の価値が分かるとは、中々の審美眼だ》」「《ちなみにその車の優位性は外見だけではなく中身もそうでね、防弾性はもちろんだが無理を言って20気筒エンジンを――》」
今、ミサキが運転を務めているのはセイアの私物の高級リムジンである。
最初こそミサキ達が乗ってきたジープで持って追跡を始めようとしていたが、屋根のない車でメイド服3人と先生では目立って仕方ない。
リムジンには屋根は勿論、後部座席の窓にはカーテンだって備わっている。
機能面で言えば隠密作戦に持って来いの筈なのだが、”車自体が目立つ”という唯一かつ最大の欠点があるのだ。
今までの道のりでこのリムジンに後ろをつかれた車はそそくさと車線を変えるし、後方の車両も普段の倍はあるだろう車間距離を取ることがほとんどだった。
しかし走りやすくなって良い反面、周りから強奪する価値をチクられてしまうのだ。
ミサキ「――車交換して貰えば、すぐ済むんじゃないの?」
アツコ「えぇ、勿体無いよ、乗り心地すごく良いし」
ヒヨリ「あ、飲み物ありますよ!こ、これ飲んでも良いんですかぁ?」
ハナコ「《無事今の危機を乗り越えたら、飲んでも良いというのはどうでしょう?》」「《車以外にも要求されては、時間短縮どころか別の事件になっちゃうかもしれまんし♪》」
セイア「《……ふむ、それもそうだね。ここは君たちの力を再度確認させて貰おうか》」
ミサキ「はあ!?、何勝手なこと――」
ヒヨリ「わぁい!、私いつでも大丈夫です!」
ガジャッ!
ヒヨリが対戦車ライフルの薬室に、弾丸を装填した。
先生「ヒヨリ、なるべく穏便にね?」「ミサキ、お願い」
ヒヨリ「はぁい!」
ミサキ「チッ……」「捕まってて」
後方の車がギリギリまで接近、助手席に座っていたアウトローが窓から身を出し、何事か叫んだ後、片手で指を折り始める。
どうやら5秒以内に車を停めないと撃ってくるということだ。
ヒヨリがシートベルトを外し、窓を全開する。
開き切り、カウントダウンがゼロになる直前、ミサキはハンドルを全開で回し、即座にギアをバックに入れた。
ギャァァアアアアアアア!
先生「――!」
アウトロー「っ!?――」
車の外の世界が物凄い勢いで横に流されていき、先ほどまで後方にいた車が目の前に現れる。
高速で直進していた車が速度をそのままに、向きだけを一瞬で変えたのだ。
ミサキ「はい」
ヒヨリ「――!」
ダァン!
クレー射撃のような合図をミサキが発し、遠心力を利用して既に窓から身と銃身を出し切っていたヒヨリが即座に発砲。
追ってきていた車両のエンジンがあるフロント部分に命中し、その姿をみるみる小さくしていった。
ギャァァアアアアアアア!
最後まで見送ることなく、車がまた正しい向きに戻る。
ミサキ「はい……なんとかしたよ」
セイア「《さすがだねアリウススクワッド、期待以上だ》」
ヒヨリ「なんとかしたので、飲んでいいですよね!」「皆さんどれにしますか!」
先生「わ、私はいいかな……ちょっと、今は何も口に入れたくない……」
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
アツコ「中々バスが見えてこないね……」
セイア「《想定よりも向こうの行動が早かった分、出遅れたからね》」「《計画を一部、失敗に追いやっている分、リカバリーに時間を要すると思っていたが……》」
先生「でも、バス停で止まっている分、追いつける可能性は高いよ」
ハナコ「《あら?、……先生、バスなのですが……》」
法定速度という、全速力の制限にもどかしさを感じつつも、着々と距離を詰めているんだと先生は自身に言い聞かせる。
すると、ハナコの不振な声色が車内を緊張させた。
ハナコ「《先ほどから、動いていません……》」
先生「時刻表の出発時間まで待ってるとか?」「……それとも、降りたとか?」
ハナコ「《いえ、動き出しました!ですが……これは》」「《速度が、かなり上がっています!》」
全員「!――」
ヒヨリ「ど、どういうことでしょう?」「本当は遅刻しそうだったとか?」
ハナコ「《皆目見当がつきません……》」
セイア「《こちらからでは、地図の上を動く点を観測することしかできないからね……》」「《――いや、待てここは……そういうことか》」
原因を突き止めたであろうるセイアの声に、皆が耳をそばだてる。
セイア「《速度が変わったバスの停車位置は、――ブラックマーケット街付近だ》」
キヴォトスにおける有数の裏世界ブラックマーケット。
何人であろうとそこで起きた理不尽に、違和感を持つことを許さない無法地帯だ。
ヒヨリ「もしかして、ハイジャックされちゃったってことですか!?」
アツコ「それか、ハイジャックしちゃったのかもしれないね」
ミサキ「後者はどうだろう……私達の居場所が把握されているなら納得だけど」
ハナコ「《少なくとも、”サオリさんの位置を把握している”という事はバレてると推測できます》」
セイア「《逃亡が目的なら、監視カメラや人の目がある公共交通機関などは避けるだろうからね》」
ミサキ「じゃあ、端から挑発されてたってことだし、まんまと時間稼ぎされてるってことじゃん……」「こっちも速度上げていいよね!?」
ミサキがアクセルを強く踏み始める、加速により全員の身体が座席に押しつけられた。
ハナコ「《っ!、バスが路線を外れました!》」「《この先は、工場などが点在する区画ですね》」
セイア「《速度も更に上昇している、君たちを撒くつもりかもしれん》」
ミサキ「ここまで来て、逃がすか!」
アツコ「がんばって、ミサキ♪」
ヒヨリ「ミサキさん頑張ってくださいぃ~」
先生「ミ、ミサキ!……あまり無茶は……!」
ミサキ「集中したいから静かにっ!、喋ってると舌噛むよっ!?」
ハナコ「《バスが工場の敷地内に入り、止まりました!》」「《そのまま真っすぐ、右手側に見える白い工場です!》」
セイア「《更に移動しているね、速度で判断するに徒歩だ……》」「《……まさか》」
先生「……セイア?」
勢いづいた流れに、嫌な予感という水滴が垂らされる。
セイア「《先生、撤退するんだ。これは推測だが一石セラの目的は恐らく……》」「《――その工場で罠を張り、君たちを迎え撃つ算段だろう》」
全員「っ!?――」
ミサキが自然と、車の速度を緩め始める。
ヒヨリ「む、迎え撃つだなんて……いくらサオリ姉さんの身体を借りてるからって、頭数で有利な分、私達でも勝てると思いますよ……?」「……先生もいますし」
セイア「《それは考慮済みだ、しかし私の懸念は今朝の暴走事件で観測された”強化された生徒”の方だ》」
先生「そこまで戦闘に長けていない生徒が、その事件では建物を軽く破壊できるぐらい強くなっていたって話だよね?」
ハナコ「《はい、恐らくはラキュラーの詩書の、一効果と推測します》」
アツコ「ただでさえ強いサっちゃんがさらに強くなったら……ちょっと難しいかもね……」
セイア「《それに、一石セラの本体がその工場にいる場合もある》」「《工場内の武装した警備などを操って軍隊を形成している可能性も否めない》」「《何にしたって危険だ、今の戦力で行くべきではない!》」
先生「っ……………………」
車が再び加速しだす。
ミサキ「ちょっと待ちなよ」「それってあくまでリーダーがバスをジャックした前提の話だよね?」「そうじゃないなら、むしろ急いで向かった方が良いと思うけど……」
セイア「《だが、それでは工場内に歩いて移動し、今も留まっている意図の説明がつかない》」
ミサキ「意図なら本人から聞こう」「……もう、着いちゃったみたいだし」
片側3車線の広い道路、反対車線とを仕切る生垣が途切れた部分に丁度、先ほどハナコが言っていた大きい白い工場が車の右斜め前方にそびえていた。
信号は青、車通りはほとんどなく、右折のタイミングを図る暇も無かった。
セイア「《先生、もし罠だった場合、君たちを助ける手段がこちらには無い》」「《それを念頭に判断してほしい》」
ヒヨリ「ど、どうします……?、本当に入りますか?」
ミサキ「……先生、私いつでも行けるよ」
アツコ「先生……」
先生「サオリが中にいるのは間違い無いんだよね?」「なら、行かなきゃ」
ミサキ「!――」
アツコ「……そうだね」「迷う必要は無いね」
ヒヨリ「き、きっと大丈夫ですよっ!」「先生だっていますし!」
セイア「《……分かった、君たちの選択を理解し尊重しよう……》」「《……どうか、無事に――」
ドガァァアアアン!
車が工場の敷地内に入るとほぼ同時に、工場の中から爆発音が木霊する。
全員「――っ!?」
先生「サオリっ!」
ミサキ「あ!ちょっと先生!」
ミサキの呼び止める声も届かず、先生が車から飛び出し、工場内へ走り出した。
ゴォォォォ……ピー!ピー!ピー!シャァァァアアアア!
工場内は煙が蔓延し、消火装置が起動していた。
爆心地が近いのだろう、濃い灰色で染められた廊下を進むとすぐに――。
――先生はこれが罠では無かっと確信した。
なぜなら、錠前サオリが倒れていたからだ。
手には銃を持ち、戦闘を行った様子が伺えた。
サオリを倒した相手もすぐに判明した。
サオリのすぐそばに……人影が5人。顔が見えずとも肌で理解できるほどの強い殺気を、それぞれの輪郭が振りかざしていた。
――煙が晴れる。殺意の擬人化たちの正体が、その顔が……見えなかった。
なぜなら、全員がカラフルな番号付きの覆面を被っており、真ん中に位置する最も鋭い双眸の持ち主に関しては、紙袋を頭に被っていたから。
紙袋を被った少女「え、せ、先生!?」
赤色の覆面を被った少女「なんで先生がここにいるのよ!?」
桃色の覆面を被った少女「うへー、こんなところで奇遇だね?」
緑色の覆面を被った少女「もしかして先生も、悪役退治ですか?♪」
青色の覆面を被った長髪の少女「ん、それならもう私達で終わらせたよ」
先生「ヒフミ!?」「それに……!、アビドスの皆も!」
ヒヨリ「先生、離れたら危ないですよ!、ってええええええ!?」
ミサキ「――覆面水着団!?」「罠って、まさかあんた達が!?」
アツコ「サっちゃん!、……先生、指揮をお願いっ!」
青色の覆面を被った長髪の少女「ん!、やる気……、上等!」「ファウスト、行くよ!」
先生「ちょ、ちょっと落ち着いて!?」
ヒフミ「皆さん!銃を降ろしてくださーい!」
工場内部は酷い有様だった。
体育館2つ分はあるだろう屋内スペースに敷き詰められた機械のどれもが臨終しているように見受けられる。
床にはここの警備員らしい武装した兵士が皆力なく地面に伏しているし、そこでグルグル巻きにされて座らされているのは、ここの社長か何かだろうと先生は容易に察した。
聞きたいことは色々あるが、それ以上に今は話すことがある。
先生はここまでの経緯をヒフミに伝えた。
ヒフミ「なるほど、それでサオリさんがここに……」「何か様子がおかしいと思ったのですが、まさか操られていただなんて……」
先生「ともかく無事……とは言えないけど、ここで保護できて良かった」「ありがとう、ヒフミ」
ヒフミ「え!、えへへ……そんな、偶然で……大したことは――」
シロコ*テラー「ん……、先生、私も頑張った」「褒めるべき」
先生「うん!シロコも、ホシノも、セリカも、ノノミも」「アヤネとシロコも、ありがとう!」
セリカ「私は別に、いいってば……」
ホシノ「うへへー、セリカちゃんってば素直じゃないんだから~」
ノノミ「はい、どういたしまして~☆」
アヤネ「《わ、私まで……ありがとうございます……》」
シロコ「《ん。》」
先生「……それで」「ヒフミたちはどうしてここに?」
ヒフミ「えぇ!?、それはー……ですね……」
先生「まさか……」
ヒフミ「ち、ちち違います!先生が思ってるようなことでは断じて無くてですね!?」
先生「じゃあ、もしかして……」
シロコ*テラー「?……ん、今日はファウストの命令で出動」「何も違わない」
ヒフミ「シ、シロコさん!?」「……それは、そうなのですが!」
シロコ*テラーに指を指されたヒフミがこの惨状の事情について話し始める。
どうやら最近ここに社を構えた工場は、違法製品の量産に着手していたらしいのだ。
先生「なるほど……、コピー品製造業者の成敗に……」
ホシノ「物がものなだけにキヴォトス全域で一定の需要がある上に、販売業者との連携も小賢しくてね~」「かく言う本社はこの無法地帯にあるし、警察も動けないみたいでさ」
ノノミ「怒り心頭のファウストさんが絶対に許さないぞっ!、って奮起していました♧」
ヒフミ「そ、そんな……怖い感じでしたかね?、私……」
セリカ「まあ、結構……」「というか、かなり……」
先生「(そんなにヒフミを怒らせる物って……)」
先生が工場内部にあるダンボールの残骸から、まだ比較的無事な製品だった物を探し出す。
――見つけた、真ん丸とした体形に、とても飛ぶために機能するとは思えない大きさの翼と、どこを見ているのか分からない目……。
先生「――!、やっぱり……、ペロロ様案件だったか」
ヒフミ「そ、そうなんです!」「これは!十数年前に行われたモモフレンズ公式のイベントにて数量限定で販売された、『サンバペロロ様』のぬいぐるみの劣悪な複製品なんです!」「オークションサイトでも中々お目にかかれない代物なのですが、時折出品されると、保存状態によっては数百万円の値が付けられることもあるほどのレア物なんですっ!!」
先生「そ……そうなんだね……」
ヒフミ「それが最近、新品同様の物がその十分の一の値段で出回るようになり……実物を調べたところ、本物の足元にも及ばない贋作だったのです!!」
ヒフミから比較画像を提示される。
先生からすれば、ほとんど瓜二つに見えた。
先生「そ、そんなに違うんだ……?」
ホシノ「おじさんもちょっと……、どこが違うのか分からないんだよね――」
この2人のリアクションが、再びファウストを猛らせた。
ヒフミ「――ぜんっぜん違います!よく見てください!」「まずこのトサカのベージュの染料が違います!正規品の褪色度合いで図るにオリジナルよりも少し明るいんです!」「それに詰め物!つぶ綿ではなく普通のポリエステル綿です!これでは抱き心地がまるで違う上に、そもそも表面の生地の材質が違うから触り心地だって!」「――何より!このペロロ様のお口と目の比率配置が全く!――」「こんなペロロ様の紛い物っ!許せませんっ!」
ホシノ「う、うへぇ……オジサンたちが悪かったよぉ……」
先生「ヒ、ヒフミはつまり、ペロロ様を使った犯罪が許せないんだったんだよね!?」
ヒフミ「はぁ……はぁ……私が一番怒っているのは」「それが偽物だからと言って、ペロロ様に似た形を私に破壊させるなんて」「――絶対に許せませんっ!!!」
先程の爆発が霞むほどの迫力が工場を震わせた。
多分、アビドスの面々に協力を仰ぐ際も、このプレッシャーが校舎に溜まる砂を吹き飛ばしたことだろう。
先生「こ、こんな感じだったんだね?」
セリカ「うん……怖いでしょ?……」
ノノミ「ホシノ先輩ですら、背筋を伸ばしていたくらいですからね♧」
ホシノ「うへ~、だって今日のヒフミちゃん怖いんだもん……」
シロコ*テラー「ん、この覇気……これこそがファウスト」「キヴォトスの制覇も秒読み」
アヤネ「……っ!」「《大変です!その工場から今トラックが1台発進しました……!》」
全員「!?」
社長が拘束されていた場所に、ロープの束が散らばっていた。
社長「おのれファウスト……、このまま終わってたまるか!」
セリカ「え、さっきまでそこにいたのに……いつの間に!」
アヤネ「《おそらく製品や書類なども積んでいると思われます!》」
ヒフミ「追いかけましょう!絶対に逃がしませんっ!」
シロコ*テラー「ん、どこまでも」
ホシノ「うへ~、じゃあ先生またね~」
ノノミ「失礼します、先生☆」
先生「ほ、ほどほどにねっ!?」
ヒフミたちは颯爽と覆面水着団に変身、弾丸よりも早くその場を後にしていった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
セイア「《そうか、罠では無かったか、安心したよ》」
ハナコ「《サオリさんの容体は?》」
先生「今はまだ起きないけど、バイタルに問題は無いってアツコが」
サオリ「…………」「――っ!?……はぁっ!」
アツコ「あ、サっちゃん起きた」
サオリ「?……アツコ?」「どうしてアツコが……いや……私は確か……っ!、先生!」「先生はどこにっ!?」
先生「――セイア、一旦切るね」「私ならここだよ」「サオリ、大丈夫?」
サオリ「私は、平気だ……アツコがいるという事は……ヒヨリに……ミサキも?」
アツコ「2人なら今、ここの見回りをしてるよ」「犯人に繋がる情報が無いかを確認しに」
サオリ「は、犯人……?」「一体、何が何だか……ここはどこだ?と言うか今は何時だ?」
工場内部から火と煙が消え、壊れた電灯の代わりだった陽の光も消え始めたころ、アツコに膝枕されていたサオリが遂に目を覚ました。
ここまでに至った経緯と、サオリの記憶の確認を始める。
サオリ「ああ、私はバスの中で、先生を凝視する生徒を見張りに行き……そこから記憶がない」「――まさかその間、ずっと私は先生と皆にっ!?」
不意を突かれたとはいえ、結果的に皆に迷惑をかけたことを察し、サオリが地面に手を突こうとする。
――ガッ!
あれが来る、そう思ったころには自然と先生がサオリの動きを抑えていた。
本日二度目のスクラムである。
ヒヨリ「戻りましたぁ……あ、リーダー目を覚ましたんですね!」「……何をされているのでしょう?」
サオリ「せ、先生……!」
先生「サオリ……土下座禁止!」
サオリ「――な!?」
サオリ「なら……どうすれば……」
アツコ「私はこういう時、ごめんなさいよりも、ありがとうって言ってほしいかな♪」
ヒヨリ「良いですね、それ!」「私も賛成です!」
サオリ「ああ、そうか……?、そういうものなのか……」「ありがとう……アツコ、ヒヨリ、先生」「私を助けてくれて……」
アツコ「うん、どういたしまして♪」
ヒヨリ「えへへ~、もっと言ってほしいです~♪」
サオリ「……やはりこれだけではっ!」
――ガッ!
先生「懲りない子だね、本当に!?」
サオリ「止めないでくれ先生っ!」
ミサキ「二人とも、何してるの……」
先生「あ、ほら!ミサキにもお礼言わないとだよ!」
サオリ「そうだ!すまな、ありがとうミサキ」「……お前にも、迷惑をかけた」
ミサキ「何か変な感じだけど……」「……っていうか」
そうこうやり取りをしていると、最後に合流したミサキが訝し気な視線をサオリに向けた。
ミサキ「………………」「本当に本物だよね?……」
サオリ「――っ!」「……そう言われると、何も証明のしようが無い……」
先生「ミサキ、大丈夫だよ!サオリ、お昼に食べた穴子覚えているよね?」
サオリ「アナゴ……?、ウナギと聞いた気がするが記憶違いだったのか――」
先生はここでやっと肩の力を抜け、ひと時の安心に腰を下ろした。
先生「よかった……、本人で間違いな――」
ヒヨリ「――ウナギですかぁ!?」「サオリ姉さんは先生にウナギ食べさせていただいたのですかぁ!?」
サオリ「あ、あぁ……、昼にシャーレを尋ねたら先生がご馳走してくれた」「こんな素晴らしい物が世界にあったんだな、と感動したよ――」
ヒヨリ「うわああああん!リーダーだけズルいです!」
ミサキ「ヒヨリ……、うるさい」
アツコ「ふふっ、サッちゃんの幸せメーターが上がった理由はそれだったんだね」
サオリ「し、幸せ……メーター?」
ヒヨリ「先生!、私もウナギ食べてみたいですぅ!」
だがまだ尻に根を張るわけにはいかない、事件の解決、そしてその後の未来のためにもと、先生は再び立ち上がった。
先生「それなら……」「この事件が終わったら、今度は皆で食べに行こうか!」
ミサキ「え……私は、別に……」
ヒヨリ「わぁい!」
アツコ「うん!、皆で行こ♪」
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
サオリを保護し、皆で車内へと戻ると、因縁の深い複雑な2人の会合が始まった。
セイア「《久しぶり……とは、少し違うかな》」「《ふむ……、初めましてと言うにもお互いを知合い過ぎてる奇妙な間柄だね、私たちは》」
サオリ「……?」
セイア「《百合園セイアだ、こうして自身の言葉で交わすのは初めてだね、錠前サオリ》」
サオリ「――っ!?、百合園セイア!?」
先生「サオリを操っていた犯人を捕まえるために協力関係を結んでいるんだ」
ハナコ「《私の事も覚えていらっしゃるでしょうか?》」
サオリ「この声は、確か浦和ハナコ……?」
ハナコ「《ご明察です♡》」「《お久しぶりですね、サオリさん♪》」
サオリ「そうか、お前たちが……色々と迷惑をかけてすまな、……ありがとう」
セイア「《?……うん、礼には及ばないよ》」「《待ち伏せで無かったのなら、錠前サオリの身体のままの逃走は、やはり陽動、時間稼ぎのためだったか》」「《起きて早々ですまないが、サオリ、確認したいことがある》」「《君がトリニティに赴いた理由は、今朝の暴走事件で使用された技術に心当たりがあったから、という認識で相違ないかい?》」
サオリ「ああ、間違いない」「マダムがエデン条約締結前から、各学園に送り込んでいた伏兵達、通称”レムール”」「そいつらが目を覚ましたのかと思っていたのだが――」
先生「レムール!?」
――サオリの姿を借りたセラ「あぁ……そうですね、私のことは」「『レムール』と、お呼びください」
どうやらこの事件、アリウスが裏で関わっているようだ。
セイア、ハナコが取り仕切る中、サオリへの質疑応答が始まる。
セイア「《……伏兵の具体的な数は?》」
サオリ「分からない、そもそも本当に送られているのかも怪しい存在だった」
ヒヨリ「私は聞いたことも無いですね」
サオリ「マダムお抱えの親衛隊から選出されていると噂だ……」
先生「ベアトリーチェの……!」
先生は自然と拳を握っていた。
決して覆らない過去を想起したことで、内から溢れた憤りがそうさせたのだ。
ハナコ「《ラキュラーの詩書……という古書のような物をご存知でしょうか?》」
サオリ「ラキュ?……すまない、聞いたことが無い……」
セイア「《一石セラという名前に聞き覚えは?》」
サオリ「それも……すまない」
セイア「《聞きたいことは以上だ、協力に感謝するよ》」
サオリ「いや……大した回答ができずに申し訳ない……」
先生「何かトリニティで動きはあった?」
ハナコ「《こちらで見る限り、特にこれと言って動きはありません》」
ミサキ「もう、諦めてどこかに逃げたんじゃない?」「リーダーの意識が戻ったんなら、一石セラの意識も戻ったんだろうし」
アツコ「ハナコさん、1つ聞いていい?」「ラキュラーの詩書を使用している最中の誰かは、自分自身も変わらず動かせるのかな?」
ハナコ「《恐らく不可能ですね、私が操られた時、セラさんはご自身の身体の様子を確かめていましたが、眠っているように動きませんでした》」
アツコ「じゃあ、まだ大して遠くには行けないだろうね」
ヒヨリ「え、アツコちゃん、まさか追いかけるつもりですか!?」
アツコ「当たり前だよ!サっちゃんをこんな目に合わしたんだから、しっかりお灸は据えないと!」
サオリ「わ、私の事は別に……」
アツコ「これでも?」
サオリ「?、――なぁっ!?」
アツコがサオリに、意識のない間に広められた誤解の数々を見せた。
目に見えてサオリは動揺し、肩を震わせていた。
一方で先生は、その惨状の原因でもあるという自覚から目を背けつついると。
先生「――っ!」
スマートフォンのロック画面に、モモトークの通知が溜まっているのが見えた。
送信されたのはおよそ30分前、送り主は――。
先生「……レイサからだ!」「――えっ!?」
先生はレイサからの近状の羅列に驚愕する。
「《先生大変なんです!》」
「《スズミさんが”レムールさん”の元に1人で行っちゃいました!》」
「《あ、レムールさんと言うのは私のことを操っていた人のことで……》」
「《……?》」
「《自分でも言っていてよく分かりませんがとにかく大変なんです!》」
先生はすかさず、「ごめん!見るのが遅くなった!」「レイサ自身は大丈夫!?、今は何ともない?」と返信。
5秒以内に応答が来る。
「《私は大丈夫です!》」
「《操られた後、なんか傷も治ったみたいなので!》」
「《というか、急がなきゃなんです!》」
「《スズミさんが出て行ったのって今から1時間ほど前なので!》」
「《私も今から向かいます!場所は学園から北東20kmの所にある大きい廃教会だそうです!》」
「操られていた時の記憶があるの?」と聞く。
「《はい!》」
「《もしかして、既に何かご存知なのでしょうか?》」
「《さすが先生です!》」
「私達もそのレムールという人を追っているんだ!」「1人じゃ危険だ!」「私達も向かうから合流――」
――先のメッセージにレイサが目を通した合図が表示されていない事に気づく。
レイサ「あれ……送信できない……?」「……電波が届いていません!?」「遠くまで来ましたし、仕方ないですね……」「今お助けに参ります!スズミさん!」
先生「…………マズいな」
ミサキ「どういうこと?30分前って、サオリ姉さんの身体を使って逃げていた頃じゃん」「乗っ取ってる最中は動けないんじゃなかったの?」
ハナコ「《これは、やはり……》」
セイア「《ふむ、私もハナコと同意見だ》」「《一石セラには、ブレーンたる共犯者がいる》」
全員「……」
アツコ「……やっぱり?」
セイア「《気づいていたか》」
ヒヨリ「まあ、その……セイアさんが言っていた一石セラさんの印象が……少しこちらの物と離れていたというか」
ミサキ「正直、頭が良さそうには見えなかったよね」
セイア「《そうか……、すまない……正直、会合の時点で察してはいたが、あまり可能性を羅列し過ぎても混乱を招くだけと配慮のつもりだったが……》」「《……ただの杞憂でしかなかったね》」
アツコ「会合の時って、そんなにヒドかったの?」
先生「たどたどしかったというか……覚え切れえていないセリフを呼んでる感じで」「想定外な質問に対するアドリブもぎこちなかったね……」「……なんならセイア助け船出して無かった?」
セイア「相手から情報を引き出す絶好のチャンスだったからね」「収穫は雀の涙ほどだったが……」
ミサキ「グダグダに終わった挙句、取り囲まれたら逆ギレからの、駄々って……」「……どこに知的な要素があるの」
サオリ「ま、待て!……、その醜態は私の身体を操ってる時の……?」
皆が同情の目をサオリに向ける、サオリは見たことのないほど屈辱の表情をし、それをアツコが慰めていた。
ミサキ「正直リーダーは取り戻したし、私たちがこれ以上協力する必要ってあるの?」
アツコ「もちろんあるよ!」「サっちゃんの仇討ち!」
サオリ「ま、まだ生きているが……そうだな、借りもある」「それに、アリウスが絡んでいるのなら見逃す訳にいかない……」「加えて、犯人の逮捕が先生への恩返しにも繋がるのだろう?」「私だけでも協力はするつもりだ」
ヒヨリ「じゃあ、決まりですね!」
ミサキ「はぁ……わかった」
先生「みんな……!」
ハナコ「《では、ここからどう動きましょうか》」
先生「もちろん、スズミとレイサの元に向かうよ!」
セイア「《やはりそうか……、いや、それ以外無いという方が正しいか……》」
先生「セイア……?」
セイア「《いや、なんでもない、精一杯の助力を誓うよ》」
先生「うん!頼んだよ!」「セイア、ハナコ!」
ハナコ「《廃教会の位置、確認しました、今お送りいたしますね♪》」
点在する人工の光に沿って、夜の中を車が走り出す。
暗闇によって輪郭が朧げになった世界は、そこにいると分かっているのに像を掴めないでいる犯人の正体と似通っていた。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
トリニティ郊外、絵画の様な開けた草原の丘、その天辺に廃教会はあった。
振り返ると、これまたわざとらしく敷かれた1本の道、それを1人の少女は歩いてきた。
スズミ「…………」
大きい教会だった。
朽ちた木と鉄で出来た大きい両開きの扉が開いている、ここから入れという無言のメッセージと受け取り、スズミは外よりも更に光の届かない屋内へと歩を進めた。
スズミ「……………………来ましたよ、約束通り1人で……」
祭壇から最前列の右側の席に座っていたシルエットが立ち上がり、入口付近にいるスズミの方へ向き直る。
?「御足労をかけましたね」「怪我も完治していないのに、大したもので――」
スズミ「御託は結構です」「……レムールさん」
――”スズミよりも少し背の高い少女”は、手に”古い古書のようなもの”を持っていた。