雨が体を濡らし続ける。
傘なんてない、屋根のある場所すらない。
空がどんな色だったか忘れさせるほど分厚く広がる灰色の雲と、バクテリア、埃、化学物質を織り交ぜた生臭さが告げてくる、ここは胃袋の中だ、と。
怪物が、築き上げた歴史の象徴たる街の風景、これからも栄えていくことを予感させる人の姿、過去と未来、その両方を咀嚼して食塊にしたんだ、と靴下までもが肌に縋りつく感覚や、顔に滴る水滴への不快さも気にならなくなっていた私はそう解釈した。
先生「………………」
立ち尽くしてる性分じゃない、がむしゃらに見たことないのに知っている街の中をただ走っていた。
どこに向かうか分からない、ここの道はこんなにひらけていたっけ?
息が切れない、こんなに私は体力があっただろうか?
――崩壊を始める光のない世界が、上手く後ろに流れていかない。
?「先生……」
先生「っ!」
振り返った記憶はない、でも後方から聞こえた声が気づけば前方から聞こえる声に変わっていた。
先生「君は――」
――バァンッ……。
この世界で僅かに蘇った光が、私の身体に一瞬、熱を授ける。
ドサァッ。
先生「………………」
流れ出る液体の代わりに雨が身体に溶け込み、世界との一体化を始める。
?「………………行かないで……」
怪物にさせられた白い髪の少女は、対の虚を血でも、雨でもない液体で埋めていた。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
先生「――スズミっ!」
先生を出迎えたのは、窓から差し込む穏やかな光と少しの仄暗さでグラデーションされた病室だった。
白で統一されたベッドにシーツ、そして薄黄色の仕切りカーテン。
先生「(しまった、寝てしまうだなんて……今は何時だ……?)」「スズミは……!、皆はっ……!」
昨日の昼から深夜に至るまで蓄積された疲労は、セリナの治療を受けた途端に先生を容赦なく夢の世界へ送り込んだ。
身体よりも早起きな記憶は、早朝のまどろみに冷や水をかけ、先生の意識をすぐさまに鋭くさせる。
先生「……………………?」
右手側の感触に気づく、モフモフとしていた。
というより身体の右側面、人肌の様な柔らかい感触と温かさがあった。
セイア「スー……」
先生「どっひぇぇぇぇえええ!!!???」
セイア「んん……曙光を迎えた鶏鳴のようだね」「幸いこの病室は私達だけの専用部屋だが、こういう場所では静粛が基本だよ?」
先生「あ!、ごめん…………いや、そういう問題ではなくってね!?」
セイア「まるで亡霊に出会したかのような戸惑い……、些か傷ついてしまうね……」
先生「い、いきなりはビックリするよ……!」
セイア「ふふっ、君の珍しい素っ頓狂な姿をもう少し楽しみたいが……ふむ、時刻を鑑みてここまでとしようか」「そろそろハナコたちにも動きがあった頃かもしれない」「少し席を外させていただくよ♪」
先生「あ、ちょっと……!」
先生の研ぎ澄まされた感情に不意打ちを与えたセイアはイタズラな笑みを置き土産に、病室を後にした。
先生「………………」
先生は少し耽った。
今回の一連の事件における自身の立ち位置、つまり自分が出来たことに。
――今のセイアとのやり取りが正に例えとして相応しかった。
先生は状況の最前に立ち、問題に立ち向かう生徒達と肩を並べ、生徒達が自らの意思と力で乗り越えられるよう促す役だ。
――しかし、今回はそうじゃない。
先生が状況に驚き、翻弄されている間に落着している。
事件を起こした相手側の策は、先生の想像よりも大きい盤面を広げており、見えないところで、着実に強力な手札を繰り出してきた。
結果的に事は上手く行ったが、それは全て生徒のおかげでここまで辿り着けたという事実に、自分はただの置物のようだと無力感を覚えていた。
――もちろんそれは生徒達が頼もしく成長している証左だ。
生徒を教え導く立場として、自身の能力を大きく超えてくれるのは至上の幸福であり、この職を続ける根本的な動機にほかならない。
――だがそんな生徒達ですら解決できない苦難が訪れたら?
ここは学園都市キヴォトス、いつ世界の滅亡が訪れても可笑しくない可能性を嫌というほど実感してきた。
いつか誰もが防げぬ終焉を前に、立ったとして自分に何ができる?
――雨と廃墟の街、そして銃口。
先生「……しっかりしろ、私だけの力で乗り越えたことなんて1度もないだろ……!」
らしくもなく悲観的、そして自惚れた自分はここまでにする。
先生は朝食と包帯の変えは待たずに、スーツに着替えて自分よりも重傷な生徒の元へと向かった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
朝の廊下は少し肌寒く、そして静かだった。
かつて昏睡状態となったセイアの身辺警護を誰に悟られることもなく成し遂げたミネは、アリウスの生徒を他のトリニティ生徒の目から隠しながら治療を完了させるという任務を非の打ちどころなく完璧に遂げたことを伝えているようだった。
先生「(サオリ、病室から抜け出してないといいけど……)」「……ん?」
サオリの病室の前、扉に背を預けた1人の少女が、半身ほどの大きさの紙袋に入った荷物を抱えて座り込んでいた。
明るい銀色の長髪と、その腰から生えた翼には豊富さも、慎ましさも感じられるとても本人の雰囲気に馴染んだ装飾が施されていた。
先生「アズサ、おはよう!」
アズサ「先生!、……おはよう」「怪我は大丈夫なのか?まだ安静にしていた方が……」
先生「大丈夫だよ、かすり傷だからね」
アズサ「ジー」
先生「ほ、本当にかすり傷だよ!?」「もしかして、サオリのお見舞いに?」
アズサ「――!……ハナコが教えてくれたんだ」「サオリ達が先生と協力してトリニティのために戦い、大怪我を負ったって……もちろん、先生のもあるぞ!」
先生「そうだったんだね……ありがとう、アズサ」
アズサ「…………」
先生「……入らないの?」
アズサ「……その、先生」「これは……、先生からサオリに渡してほしい……」
先生「アズサ……」
アズサ「サオリに会いたくないとかそういうのじゃない……」「でも……その……、今はまだ会わない方が良いように思うというか……」
サオリとアズサは同郷。
同じ環境に育ち、特段仲が良いとかは無く、むしろ軋轢を生みやすい師弟関係に近しい間ながらに、教え学びあう日々を過ごしてきた、決してまともとは言えない環境の中で。
それも全て、共通の敵を倒すという偽物の目的を果たさんがためだった。
しかし、家族という言葉に最も近しい彼女たちの関係は、ある時を境に袂を分かつことになる。
アズサはトリニティへ転入後、補習授業部での生活を通して初めてできた友達のために、襲撃計画の実行役たるサオリ率いるアリウススクワッドと対立。
両者は話し合いの代わりに殺し合い、その結果アリウススクワッドが敗走した事で、両者の直接的なコンタクトは機会を失われたままとなっていた。
喧嘩別れ、という言葉では些か単純に過ぎるが、それよりも妥当な言葉が見つからないほどには、複雑な間柄へと変わったのだ。
――だが、決して恨み合ってなどいないだろう。
実際にアズサは、アリウスのかつての支配者ベアトリーチェから、アツコの救出をサオリ達と果たす際に、援軍を呼ぶために影ながら協力していた。
サオリも、本人は気づいていないかもしれないが、自分よりも幸せになる才能を持っているアズサを、無意識に尊敬し応援している。
――しかし、互いの幸福を喜べると言えど、自然と仲直りできるというわけではない。
彼女達が直接に介した時間は、彼女達が殺し合ったあの瞬間から止まったままだ。
その後の会話は全て想像の中、”こう言うだろう”と良くも悪くも信じ知っているが故の、幻肢痛に近しいものだった。
頭の中でその人と最悪の時間を過ごす、これが自分ではない誰かの悩みなら、迷わず直接話し合った方が良いとアズサは言うだろう、だが本人が当事者となるとその心の空費に抗うことを恐れてしまっていた。
アズサ「先生は、サオリは今本当の自分を探すために旅をしていると教えてくれた」「私は、それはサオリが過去の自分と向き合うためだと思っている。今まで見せられてきた事以外の……アリウスの外の世界を知ることで……自分を客観的に裁くために……」
アズサはサオリの並々ならぬ責任感を知っていた。
人への厳しさとそれ以上に兼ね備える自分への厳しさ、そんな自己犠牲の精神にも等しい頼もしさと危うさが、共に生きてきた中で彼女の性格を誰よりも見てきた。
ゆえにアズサは、サオリの行動と真意を良くない方向で捉えていた。
――だから先生は、今度こそ頼れる大人としての振る舞いを無意識に再始動した。
これだけ緊張しているのは、アズサがサオリとの再会をそれだけ重要な事と受け止めている証拠であると気づかせてあげたいと。
アズサが無意識に望んでいる仲直りという願望を肯定したいと。
そのためにはまず、アズサにサオリを信じる手助けをしなければと思った。
先生「それは、違うと思うよ」
アズサ「――!、違う……?」
先生「サオリは今、生まれて初めて持った願いのために旅を始めたんだよ」「そのために環境を変えて、戦うことしか出来なかった自分を変えようとしているんだよ!」
アズサ「……願いって、どんな?」
虚を突かれたアズサは、この世で最も純粋に疑問を発していた。
答えを想像しながらでも、相手の真意を見定めるためでもない、本当に純粋な、知りたいという気持ちで質問を発していた。
先生「幸せになる……かな」
アズサ「!」「……そうか、うん……そうだといいな!」
アズサの表情がいい意味で驚いていた。
予想を超えるほど嬉しい答えだったのだろう。
アズサ「あいつが自分のために……これも、先生のおかげだな!」
先生「それも……違うかな?」
アズサ「――!、違う……のか?」
――サオリ「アズサ……私は……。――幸せに、なれるだろうか?」
先生「そのキッカケを作ったのは紛れもなく……君自身だよ、アズサ」
アズサ「……わ、私?……私は何も……」
先生「じゃあ、確かめに行こっか!」「大丈夫!私もついて行くからね!」
アズサ「!?――ま、待ってくれ!」「それとこれとはまた違うというか、心の準備が……!」
おはようサオリ、久しぶり。サオリ、元気そうだな。
アズサはこれでもない、あれでもないと、最初の一言目をどのような言葉で始めれば正解なのか迷っている。
アズサは必死になって妥当と思える再会の挨拶を羅列し続けた。
ガラガラッ!
サオリ「やはり先生だったか、さっきから誰と話して――」
アズサ・先生「!」
しかし、時間はアズサの必死の準備に配慮しなかった。
アズサ「サ、サオ――」
サオリ「アズサッ!!??」
サオリにとっては不意打ちに近しいほど、本当に予期せぬ再会。
扉の向こうから予想外にも登場したこの世で最も気まずい人物の登場に面食らったサオリは、胡瓜による暗夜の礫を受けた猫のように全身でリアクションを取った。
サオリ「――ハッ!、グゥアッ!」
ドタァンッ!
そしてその結果、盛大に傷口に触り、悶えていた。
アズサ・先生「サオリ!?」
アズサ「何をしているんだバカっ!」「怪我人は動かずに寝ていろと、お前が言っていたことだろう!」
サオリ「アズサッ……、なぜここに……うぐぅ……っ!」
アズサ「ベッドに戻るまでしゃべるな!」
サオリはアズサに介抱されながらベッドに戻されていた。
お互い想像していた再会の形とは行かなかっただろう、だがそんな2人を見て先生は、これこそが最適だと感じた。
先生「サオリ、大丈夫――」
?「先生、こちらにいらしたんですね?」
先生の背中に突如、冷たく重たい気配が羽織られた。
無理やり穏やかさにくるまれた怒気を孕んだ声音に先生は振り返るまでもなく、声の主の名をが分かった。
先生「セ、セリナ……!?」
セリナ「朝食どころか包帯の交換も放って、いなくなるだなんて……」「患者が断りもなく病室を離れてはいけませんっ!」
先生「セ、セリナさん、もしかしなくても怒ってらっしゃる……?」
セリナ「当たり前です!ぷんぷんですっ!」「さあ、病室へ戻りますよ!」
先生「ま、待ってセリナ!サオリが……!」
アズサ「サオリは私に任せろ」「先生を頼む」
セリナ「すみませんアズサさん。お願いします」「ということです。行きますよ!」
先生「は、はぃ……」
先生は2人の再会と、これからの会話に少しだけ不安を感じたが、先のアズサの表情が大丈夫と言ってるように思え、大人しく病室に戻った。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
サオリ「……」
アズサ「……」
サオリもまた、先生と同様に病室を独占していた。
アリウススクワッドの現在、特にサオリの気持ちを鑑みて、先生が事前に配慮をお願いしていたのだ。
――故に、アズサとサオリは混じりっけなしの意味で2人きりだった。
サオリ「…………」
アズサ「…………」
ベッドに戻され、上体を起こしているサオリ、ベッドの傍らの椅子に腰かけているアズサ、どちらも口を開けないでいた。
顔を直接見るのも久しぶりだった。
最後に見たのはお互いが仇に向ける目……、そんなあの日が過去になるほどに時間が経った今、チラチラと交錯させようとする2人の視線が――。
アズサ「シューコー……」
――いつの間にかアズサが装着していたガスマスクによって遮られていた。
サオリ「………………」
アズサ「…………」「……傷の具合はどうだ?」
サオリ「あ、ああ……平気だ」「トリニティの医療技術はすごい……、私が今まで受けた治療の中で……最も優れている……」
アズサ「……そうか」
サオリ「ああ……」
アズサ「…………」「……あれは後で、アツコ達と食べてほしい」「食べ物以外にも色々入れておいたから……」
サオリ「あ、ああ……すまない」「……皆、喜ぶと思う……」
アズサ「………………」
サオリ「………………」
氷に近い空気の中で、アズサ同様にサオリも必死に言葉をかき集め、――それを使えないでいた。
皆にも会ってあげてほしい。直接、アズサの手で渡してあげてほしい。
自分の身勝手で周りに迷惑をかけている自覚、彼女に過去自分が取った態度や行いが、「そんな気を遣うようなセリフを、今の私に使う権利などない」と見えない自分が、サオリの口を塞いでいた。
――おそらくアズサは気を使い、次の瞬間には別れの言葉を告げて去ってしまうだろう。
そう恐れる中でサオリは、アツコを救出する際にアズサが影ながらの援護をしてくれた時の言葉を、口伝に聞いた彼女の本心を思い出す。
――アズサ「それでも、私の家族だったんだ」
サオリ「――アズサっ!」
アズサ「!――」「ど、どうした?急に大きい声を――」
サオリ「――すまなかった!」「……私は……!お前を……!」
アズサ「!……」「……サオリ」
サオリ「謝って許されることではないのに……それでもお前は私を……それを私は……!」
許されたい、嫌いにならないでほしいとは違った。
ただ、罪に拉がれながら自分を保とうと、唯一できる悪足掻きが、言葉にならない感情としてあふれ出た。
アズサ「サオリ、落ち着いて!」
サオリ「!、……す、すまない……少し興奮してしまった……」「だが、今のは、殆ど本心から――」
アズサ「サオリは……、悪くない」
サオリ「――え……?」
アズサの声は震えていた。
お互いの心が知らない間にどこかへ行ってしまうかもしれないという恐怖と戦っていたのは、アズサも同じだった。
だから自分の中に作ったサオリのための場所に案内しようと、この上ない勇気を振り絞った。
アズサ「エデン条約襲撃のあの日……いや、ずっと前からアツコも、ミサキも、ヒヨリも……みんな騙されていた」「だからみんなは、サオリは悪くない……!」
サオリ「アズサ……」
アズサは息が苦しくなり、ガスマスクを取り外す。
落ち着きを促した彼女もまた、激しく動揺していた。
アズサ「――悪いのは、私だけだろう」
サオリ「!?――な、なにを!」
アズサ「私は皆よりもこのトリニティの生活を通して、生きることの意味を皆よりも理解できていたはずなのに……」「サオリ達が平和の意味を理解して私の言葉を受け入れることはないと……今みたいに復讐や戦い以外の生き方を受け入れることができないと……決めつけてしまっていたんだ」「私の頭の中にいるサオリ達とで、勝手に話を終わらせてしまったから……諦めてしまったから……!」
サオリ「――ち、違う!、決めつけじゃない!」「私だって……、反抗するお前の考えなど気にも止めようとしなかった!……私だって思いとどまれるチャンスは何度もあったんだ!」「キッカケを踏みにじっていたのは私の方だ……!」
キャッチボールとは言えない本音のぶつけ合い、内臓が沸騰しているのか、凍り付いてるのか分からない感覚になった。
一対一、そんな状況を平和とはズレた意味で慣れすぎた彼女達にとって、このわだかまりにも近い庇い合いは、永遠のように時間が停滞と加速を繰り返していた。
アズサ「………………」
サオリ「………………」
覚束ない地面が2人をどこかへ急かそうとする。
それに従えば、もうこうして顔を合わせる機会は、永遠に消え失せるのではと思った。
――それは嫌だった。
――先生「サオリは今、生まれて初めて持った願いのために旅を始めたんだよ」「そのキッカケを作ったのは紛れもなく……君自身だよ、アズサ」
アズサは、先生が教えてくれた事の意味が、慌てる必要が無いということだと徐々に察し、息を整え、完成していない自分の言葉を使うのではなく、一度先生の言葉に頼る事にした。
アズサ「……先生から、今サオリは初めて持った願いのために旅をしていると聞いた」
サオリ「!、……そうか」
アズサ「誰かのためではなく、自分の願いのために、それを聞いて私は……」「――嬉しかった」
サオリ「……!」
アズサ「いつも自分を優先せず、責任に圧し潰されていたサオリが、自分のために自分を変えられたんだと。だから私は……」「――その旅を、応援したいと思ったんだ」
サオリ「アズサ……」
緩やかに、晴れた日に散歩へ出かけるように、2人の視点が同じものを見ようと、歩幅を合わせる。
アズサ「よければ、聞かせてくれないか……?」「サオリから見たこの世界が、今はどう写っているのか気になるんだ」
サオリ「この世界が……」
サオリは決して長く無く、それでいて百足る足跡を振り返った。
そこから見える光景はまるで、初めて自分の目で見た一面青色の景色のようだった。
サオリ「契約書という取り決め、世界は約束で満ちていて、先生がいなければ私は始めの1歩も踏み出せなかった……」
アズサ「そう考えると、テストの結果も実力を証明するという意味で、契約書に近しいのだろうか……?」
サオリ「工事現場のアルバイトで初めて口にしたラーメンの味は、何にも代えがたくて……」
アズサ「あの値段にあの量、そして味、すべてが優れた食事だ!」
サオリ「初めて海というものを見に行ったんだ……、とてもいい天気の中」「言葉に表せないほど綺麗で……絶景という言葉を初めて使った」
アズサ「私もヒフミに連れて行ってもらった事がある……、すごく……すごく楽しかったのを昨日のように覚えている……」
2人で思い出を共有する内、先の氷のような冷たい空気が、いつしか端から見れば姉妹のような和やかさに包まれたものへと変わっていった。
サオリ「世界は……広いな、果てが見えない程に……それでいて……」「――とてもキレイだ、一面が輝いて見える」
アズサ「!……あぁ、同感だ……」
サオリ「自分という影が、消えてなくなってしまうと、怖いほどに……」
アズサ「!、それは違う!」「サオリは影じゃない、無くなったりなんてしない!」
サオリ「え……?」
アズサ「お前も……その景色の1つだ!」「そしていつか、お前を見て自分を変えようと思える者だってきっと現れる!」
サオリ「そ、そんな……買い被りだ……」
アズサ「買い被りじゃない、ちゃんと根拠だってある」
そう言うとアズサはおもむろに雑誌を取り出して翳す。
表紙には純白のドレスを纏った青い長髪のモデルもといサオリが写っていて――。
サオリ「――お、お前これをどこでっ!!??」「――フグゥア!」
アズサ「む、無理に動くな!」
サオリ「無茶を言うな……!」
またサオリはアズサに介抱された。
そして、名残惜しい別れの時間が訪れる。
アズサ「そろそろ行かないと、授業が始まる頃だ……」
サオリ「あぁ、もうそんな時間か……」「……ありがとう、アズサ」
アズサ「っ!……」「う、うん……」
サオリ「どうした?」「私なら大丈夫だ、事が解決次第にここを出ていくつもりだ」「アズサに迷惑は掛けない」
アズサ「そ、そうじゃなくって!」
サオリ「?」
人は変わる、この数十分で証明された事実を前に、アズサはこのまま離れることが怖くなった。
会わないうちに、自分かサオリが、また変わってしまうのではないかと。
だから、今日という心に残る思い出を、また2人で振り返られるように、約束をしたかった。
アズサ「さっきも言ったが私はお前の旅を応援してる!、だが次に会えるのは、しばらく後になってしまうだろう……」「だから、……これを」
サオリ「これは……!」
アズサがサオリの前にモモフレンズのぬいぐるみを差し出す。
あの時、『友情の証』として使われたぬいぐるみだった。
サオリ「これを……私に?」「良いのか?、大切なものだろう?」
アズサ「――よくない」
サオリ「え……?」
アズサ「その子も私の大事な子だ。だから、あげるわけにはいかない」
サオリ「じゃあ……どうすれば」
アズサ「サオリに貸す」
サオリ「!……」
アズサ「いつか旅が終わったら……、願いを叶えたら……」「――幸せになれたら」「私の元へ、返しに来てほしい」
サオリ「――」
アズサ「その時は、今度こそ笑顔で会いたい!」「それが私の願いだ」
サオリの頭に未来が浮かんだ。
虚空のキャンバスに、描かれた見たことのない絶景。
ただ目の前の輝きに向かってがむしゃらに進むのではなく、人生を賭してでも目指したいと思う展望。
これが――夢。
アズサ「!……言っておくが、今度は爆弾なんか入れてないからな、――ぅワッ!」
気づいた時には抱きしめていた。どうしようもなくそうしたかった。
気付いていても、認めようとしなかったこの子の美徳が、今はただひたすらに輝いて見えた。
今まで知らなかった感情……、アツコを助け出した時と似たような、これから自分で名前を見付けるだろう感情が我知らずに、行動と涙になってあふれ出た。
サオリ「ァ……アズサァ……グスッ……わた、私……はぁ……!」
アズサ「サオリ……待っているぞ」「いつまでも…………」「――約束だ。」
――この時だけは、少しの痛みも感ぜずにいられた。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
朝食は選ばせてもらえた。
昨日の夜はまともな食事を摂っていなかったのでシリアルよりもトーストの方にした。
少し薄めのスライス、そして斜め半分にカットされた三角形トーストは手に取る前から齧ったときの音が聞こえるほどに、いい焼き色をしていた。
薄切りのサラミとチーズに、活き活きと皿を彩るサラダが「サンドイッチにしたら美味しそう」と誘惑してくるが、使い切りにしては贅沢な量のバターと杏子ジャムの魅惑を無視するには至らなかった。
クリームチーズの様に濃厚なヨーグルト、デザートには小麦の香ばしさが思考を独占するビスケット、全て残さず平らげ、最後にカップの3分の1まで取っておいた珈琲を飲み干して、手を合わせた。
先生「ごちそうさま!」
セリナ「はい、残さず食べられましたね!」
先生「すっごい美味しかったよ!」「本当に病院食?」
セリナ「先生のお腹がかなり空いているご様子でしたので、通常お出しするメニューを私なりに少しアレンジを加えました♪」「お口に合ったようで何よりです!」
先生「うん!これは毎朝食べたいくらいだね!」
セリナ「……も、もしよろしければ、毎朝でもご用意いたしますよ……?」
?「随分と楽しそうだね」
セリナ「っ!、セイア様!」
突如背後から現れたセイアにセリナは驚かされた。
セイア「お取込み中の所申し訳ないが……先生との密談が必要でね」
セリナ「わ、分かりました……先生、ちゃんと安静にしていないとダメですからねっ!」
先生「わかっているよ、ありがとうセリナ」
セリナが退室し、先生が座るベッドにセイアも腰を掛けた。
セイア「先生、具合はどうだろうか。もちろん、壮健でないことは想像に難くないが」
先生「ミカとスズミの様子は?」
セイア「…………」「……はぁ」
先生「……え、すっごい溜息……」
セイア「無粋の極みこの上なしだね……、まだ日常の活気が灯る前の早朝、1度ならず2度までも労いに訪れた私に対して」「……ここにいない者への興味を示すだなんて」
先生「あ、いや!……、ゴメン、そんなつもりは……」
セイア「ふふっ、”拗ねる”と言う行為は、先生の気を引く即効性を加味すれば存外悪くない手段だね……というより」「相変わらず自分を心配するという発想が皆無だね君は」「君の息災が皆の精神的支えに直結していることを、もっと自覚したほうが良い」「それとミカなら心配いらない、夏の蝉時雨を彷彿させる程さ、正にハツラツだよ」
ミカの病室は個室だった。
入口には見張りが2人、誰との関りも絶ったまま治療に専念するため、ではなく。
ミカ「ねぇ~先生と同じ病室が良ーいー!」「ねぇ~ナギちゃんお願い!」
ナギサ「ハァ……、良い訳が無いでしょう!」「病室では、お静かになさいっ!ロールケーキぶち込みますよ!?」
ミカ「ふぁふぃふぁんふぉふぉうふぁうふはいふぁーん!(ナギちゃんの方がうるさいじゃーん!)」
単純に周りの患者に配慮しての事だった、もちろん脱走容疑の件も関係している。
それに1人ではなく、傍で昨日ミカからとばっちりを受けた、怒り心頭のナギサが付きっ切りだった。
先生「生徒の健康も、私の健康だからね」「……ここまで労ってもらえるなんて」
セイア「おや、らしくもなく寂しいことを言うね。昵懇の仲たる私と君とで培った濃密な日々が、今の現状を説明づける根拠として十全に機能するだろう?」「それに私が君と就寝したのは……一体いつからだと……?」
先生「そ、それについては今度注意させてもらうからねっ!」「ところで、セリナに外してもらったのは……」
セイア「!――、そうだったね……先生の無粋が原因で外れた話を、本来のレールに戻すとしようか」「端的に言おう。昨日の騒動の首謀者を名乗る者が、先生たちが撤収したのち、現場にてハスミとツルギに自首をした」
先生「セラが!?」「そっか……、とりあえず落着なのかな――」
セイア「――期待を裏切ってしまうが、自首したのは一石セラではない」
先生「――え、じゃあ誰が!?」
セイア「土彫フラン、と名乗っているよ」「自称と書類の照合でトリニティの生徒、それも1年生であることが確定している」
先生「トリニティの……1年生……?」
セイア「もしかしたら一石セラ自身も操られていた被害者に過ぎなかった……という可能性がある」「あるいは自首した土彫フランが一石セラに操られて犯人に仕立て上げられている……という可能性もある」
先生「2人が協力関係という線は?」
セイア「それも、もちろん」「いずれにせよ、2人への聴取が必要と考えるよ」
先生「その聴取、私は参加できるのかな」
セイア「はぁ……、ここまで水臭いと今一度、私と君とで培った絆を再確認したくなってくるね……」「もちろん、言葉だけなんて味気ない手段を超えたやり方で……入念に」
先生「い、行こうか!」
そういうとセイアはイタズラな笑みを向けた。
こちらの杞憂などお見通し、君の存在が軽くなったわけでは無いと分かればいい、そう囁かれた気がした。
自分にもまだ、成長の余地があるのだと、改めて気づかされたのだ。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
少し前、正義実現委員会取調室A。
ビデオカメラのレンズカバーが瞬きよりも早い速度で開く。
10畳ほどの空間、光を放つのは天井の中心と机の上にわざとらしく設置された2つの電球照明のみ、灰色を基調に斑に薄汚れた床と華やかさの欠片もないツートンカラーの壁、その内の一面は人が丸々収まるほどの広さがある鏡もとい、一方的な窓が備えられたこの部屋の中央で、金属で作られている事を隠そうともしない愛想ゼロの椅子に2人の少女が机を挟んで向かい合って座っていた。
ハナコ「あなたの審問を務めさせていただきます。トリニティ総合学園2年生、浦和ハナコと申します♪」
フラン「思ったより丁重に扱ってもらえるのですね……、てっきり即退学処分かと」
ハナコ「お名前と所属と学年をお願いします」
フラン「土彫フラン、トリニティ総合学園の1年生です」
ハナコ「所属している部活動はございますか?」
フラン「大衆文学部……、この質問、必要なんですか?」
ハナコ「お手数ですが……取調べにおいて、公的記録と差異が無いか……つまり、ちゃんとあなたが土彫フランさんかどうかを確認する必要がございます」「少なくとも、あなたが容疑者を名乗り出るのであればなおの事必要なんです」
フラン「というより、このヴァルキューレ警察学校のような猿真似の段取り事態、意味があるとは思えませんが」
ハナコ「このトリニティ自治区にはどうしても行政という要素が含まれており、司法もまた紐づいて存在しています」「それらを執り行う上でこのやり方が最も判り易い方法なので、自然となぞっている、ということなんです♪」
容疑者の身柄確保、それだけで事件は終わらない。
必要なことは起こした事実と、なぜそれを起こすに至ったかの経緯、つまり動機、これらを明かすことで罪を犯した者が受ける罰の種類を決める。
もちろん、正直者であれ、そうでないであれ。
――ハナコは既に見破っている、土彫フランは後者だと。
ハナコ「土彫フランさん……成績に問題点無し、編入歴、問題行動等も無し……」
フラン「最後のは、今追加されましたね」
ハナコ「そうなりますね……」「部活動にて執筆した長編小説でトリニティ文学賞を受賞……」「1年生で……、すごいです!」
フラン「はぁ、どうも……」
ハナコ「どうして――」
フラン「――”どうしてあなたみたいな優等生が、こんな事件を起こしたか?”……ですよね?」「そろそろ面談ではなく、取調を始めたらいかがです?」
ハナコ「…………」「……それもそうですね♪」
ハナコは左手側、机の上に放置されていた黒のバインダーを手に取り、中の供述調書を開く。
ハナコ「まずはあなたの自首と、本事件の関りについて相違ないか確認させていただきますね」「昨日の昼前にトリニティ市街で一石セラさんが所有する”ラキュラーの詩書”を使用、同時に複数の生徒を操って暴走事件を起こしました」「その後、再びラキュラーの詩書を使用し、学外より訪れた錠前サオリさんに取り憑き、ティーパーティー並びにシャーレの先生への情報攪乱工作を実行しました」「逃走の末、今度は守月スズミさんに憑依し、郊外の廃教会にて暴走事件を再び起こしました」「土彫フランさん、あなたはここまでの事件を計画、実行に移した首謀者、もとい実行犯であると主張……と、なっていますがここまで相違ありませんか?」
フラン「1つ訂正を、ラキュラーの詩書は私が所有していた物です!」「あの子は、計画におけるただの駒にすぎません!」
フランは得意そうな表情と相手を嘲笑するような表情の半々で顔を作った。
待ってました、と言わんばかりだった。
ハナコ「どうしてこのようなことを?」
フラン「動機なんて単純ですよ、既に宣言した通り……トリニティを陥落させるためです」
ハナコ「重ねてになりますが、なぜトリニティを陥落させたいのですか?」
フラン「ただ権利を持つだけで内政すらままなってない砂の城を一晩で崩落させられたら」「面白いとは思いませんか?」
ハナコ「つまり興味本意……、愉快犯と言うことですか……」「……巻き込まれたトリニティの生徒、アリウスの生徒」「――シャーレの先生、私達が把握している上で、およそ52名が重軽傷を負いました」「この事実も含めて面白い、ですか?」
フラン「……足りないくらいですね、計画が完遂すれば、もっと多くの人が傷つくことになっていましたから」
ハナコ「あなたにとって周りの人は敵、だけですか?」
フラン「少なくとも……トリニティはそうですね」
フランの表情は演技の様だった。
ここの表情筋を使えば、こういう表情を作れる、そう理解して不器用に実演していた。
ハナコ「ラキュラーの詩書、あれをいつから……どういった経緯で入手したのですか?」
フラン「物心ついた時には持っていました」「いつどこで手に入れたかは、分かりません」
ハナコ「使い方はどのように学んだのですか?」
フラン「手足の使い方と同じように、ですかね?」
ハナコ「詳細はあくまで教えていただけませんか……」
フラン「いいえ、正直に伝えていますよ、あなたにもありません?、……そういう大事な物」
ハナコ「あなたが計画に使用したラキュラーの詩書、調書には”消失した”と記されておりますが……」
フラン「えぇ、昨晩の廃教会での戦闘後、憑依が解けた時、手に持っていたはずのラキュラーの詩書が無くなっていました」「……探しても見つからなかったです」
ハナコ「文字通り消えてなくなったと……?」
フラン「もし嘘と言うのなら、あの場でツルギ委員長に憑依していないのは不自然、で、どうでしょう?」
ハナコ「っ………………」
フラン「!、な……なに……?」
ハナコ「――っ!、ごめんなさい……」
ハナコは自分でも気づかないうちに怖い顔をしていた。
まるでこの場に出てくるだろう言葉を全て予測しているかのような返答は、自分を擁護するための辻褄合わせならまだしも、自分を効率的に罪人として立証するために使われていた。
――一切自分を守ろうとせず、破滅的な結末に計算して向かっているのだ。
そんな自分を些末にする姿勢に対してハナコは、彼女の行末を少なからず背負う重圧を感じた。
――もちろんそれは、目の前の後輩を守るための。
ハナコ「あなたと一石セラさんのご関係は?」
フラン「!……」「駒、と言ったでしょう」「以前からの付き合いは無く、計画に利用できそうだから私から近づき、誑かしたのです」「……それ以上でも、それ以下でもありません!」
ハナコ「一石セラさんと初めてお会いしたのは具体的にいつでしょうか?」
フラン「覚えていませんね」
ハナコ「(セラさんの事になると露骨に会話を拒みますね……)」「どうにか思い出せませんか?」
フラン「関係の無い事でしょう!」「私が全て仕組んだ黒幕、これで決着でいいじゃないですか――」
ハナコ「――いいわけがありません!」
フラン「っ!……」
ハナコ「!、ごめんなさい……」「……ラキュラーの詩書、持ち主はやはり、セラさんなのではありませんか?」
フラン「!、なぜそうお思いで……?」
ハナコ「あなたの供述では、ラキュラーの詩書をあなたが過去から所持している、そういったヴィジョンがどうしても想像できません」「本当はあれの能力の全容を知らないのではありませんか?」
フラン「そ、そんな訳ないじゃないですか……!」「憑依に記憶の共有……本当に無くなるには惜しい代物です」
ハナコ「記憶の操作……を、お忘れですよ」
フラン「そ、そうでしたね……」
ハナコ「……」「あなたもラキュラーの詩書について、全てを知っているわけでは無いのですね?」「なら、やはり一石セラさんが本当の――」
フラン「あの子は、私以上に何も知らないと思います!」「確か暴走事件昨夜に、あなたも操られたのですよね?」「あれも私が指示して実験させたんです!脅迫して!」
ハナコ「………………」
ハナコが操られた事実を知る者は、当事者と先生達のみ。
フラン「なんですか……?」「何かおかしな点でも?」
ハナコ「いえ、あなたが真犯人である確証に足る供述ばかりです」
フラン「なら!」
ハナコ「だから不自然なんです!」「なぜあなたは、セラさんに罪を被せなかったのですか?」「こちらはラキュラーの詩書の持ち主をセラさんだと推測していました」「それに乗じていれば、本計画の首謀者が自然と一石セラさんに向くと、あなたなら想像に易い事でしょう」
フラン「!……そ、れは……!」
ハナコ「ですが、そうしませんでした、なぜなら」
フランは自分のミスに気が付いたと、表情で物語った。
ハナコは、手加減という手段を選ぶことを止めた。
ハナコ「あなたは一石セラさんを庇いたいから」
フラン「ち、違う……!、それは……そっちの想像で……!」
ハナコ「では、自首をした理由は?」
フラン「……わ、私の事件だから……!、誰にも……取られたくないから……!」
ハナコ「一石セラさんがトリニティへ入学される前、どこに所属していたかご存知ですか?」
フラン「!!……し、知らない……!、ただの駒に……興味ない……!」
ハナコの容赦のない核心の連撃に、フランは冷や汗をかいていた。
さながら嘘がバレた真犯人のように、追い詰められていた。
ハナコ「一石セラさんが、アリウスの出身であると、知っていたのではないですか?」
フラン「!!……ア、アリウス……ってなんですか……?」
強気に目を睨んでいたフランは、いつしか目を合わせることを恐れていた。
ハナコ「仮に今回の計画が上手く行ったとして、その後はどうするつもりだったのでしょう?」
フラン「その後は……?、その後……」
ハナコ「自らの家を取り壊して、その後どこで過ごされるのか気になったのですが……」「もしかしてトリニティと心中なさるおつもりだったのですか!?」
フラン「そ、そんなことは……!」
ハナコ「フランさん、あなたの証言には違和感があります」「特に計画の綿密さと、動機の空虚さ……この事件の立案者はあなた、ではない……」
フラン「ま、待って……!」
ハナコ「一石セラさんが本事件の黒幕、そうですね?」
フラン「ち、違う……!」「わ、私が計画を立てて実行したと言ってるじゃない!」
ハナコ「あれだけお調べになさったトリニティの政治や社会情勢に基づいた緻密な計画と、実行する胆力」「これらを持ち合わせるには、執念やトリニティへの恨みが必要だと思うんです」「それを必要としない純粋な悪党であるのなら、あなたに一切の前科が無いのと、セラさんに罪を被せて逃れようとしないのが違和感です」
フラン「わ、私が……自分の罪状を誰かに取られたくないと考えるイカれた奴という可能性も……」
ハナコ「そんな発言、そういう人はしないと思います」
フラン「な、なぜそこまでハッキリと私が犯人でないと言い切れるのですか……?」
ハナコ「あなたは恐らく悪党とは反対、善良な人です」「誰かのために自分を犠牲にできるほどの……尽くすタイプ、と言うのでしょうね」
フラン「ひ、人の中身を一方的に理解したつもりで……偉そうに決めつけないでください!」
ハナコ「……最後の質問です」
チェックメイトの駒を指すのは、ハナコだ。
ハナコ「あなたが、一石セラさんに操られていないという証拠はありますか?」
フラン「!?、ど、どういう意味!?」
ハナコ「ラキュラーの詩書、あれの力は私たちの想像を遥に超えています」「単なる憑依だけではなく、記憶の操作……なんてことも」
フラン「私が洗脳されているって言いたいの!?」「セラはそんなことしないっ!」
ハナコ「あなたとセラさんの関係について、もう一度お聞かせいただけますか?」「これは私の推測にすぎませんがあなたは……、セラさんに盲信しているように見えます」
フラン「そ、そんな……違う……!セラは本当に悪く無くて……!」
ハナコ「あくまでセラさんに犯意が無いと主張されるのですね……では」「やはり利用されているのはフランさん、あなたの方です」
フラン「な、なんでそうなるの!?」「あの子が真犯人ですって名乗っているのですか!?」
フランは思わず立ち上がり、窓の向こうの正義実現委員を強張らせた。
ハナコ「その通りです」
フラン「……は?」
ハナコ「一石セラさんは現在……」
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少し前、病室。
先生「って!、スズミは!?」「スズミの容体をまだ聞いていない!」
セイア「守月スズミの方は、肉体的には健康だが……」
先生「……?、今から会えるかな?」
セイア「……少し難しいね」
セイアは端的かつ、慎重に告げる。
セイア「彼女の身体は現在、正義実現委員会の元で拘束されている」
先生「!?――、どういうこと!?」
セイア「落ち着いて聞いて欲しい」
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現在、正義実現委員会取調室B。
取調室Aよりも空気は張り詰め、その場にいる全員が銃を握る手の力を緩められないでいた。
ハスミ・ツルギ「…………」
理由の1つはこの場に集められた戦力の過大さ。
真犯人を自称する有力な情報提供者の取調よりも、”再度の戦闘の可能性”に備えるためである。
?「……………………」
ハスミとツルギはハーフミラーの向こう、床、天井にボルトで固定されたストレッチャーに黒いベルトで縛り付けられた、白色の拘束衣を着せられた、少女を一瞬でも逸らすことなく見据えていた。
ガチャンッ!
ハスミ・ツルギ「!」
先生「おはよう、2人とも」
ハスミ「先生、おはようございます」「既にご存知かと思われますが……」
先生「うん、セイアから聞いてるよ」「……正直、まだ整理しきれたわけじゃないけど……」「……もう入って、大丈夫かな?」
ツルギ「いつでも大丈夫です」「…………」「……先生、私も護衛として同席します」
先生「ありがとうツルギ」「……でも、私1人で大丈夫だよ」
ツルギ「なぇっ!?」
ハスミ「!?……、き、危険です!いくら拘束されているからと言って――」
先生「私はあくまで、生徒に話を聞きに会うだけ、だから……」「まかせて欲しい」
先生の目は、いつもと変わらない誠意を灯していた。
今度こそ大人として活躍しなくては、少しはそうだったが、それ以上に純粋な動機が先生を動かしていた。
ハスミ・ツルギ「…………」
ハスミ「分かりました、ですがこちらが危険と判断したらこの取り調べは即中止となります」
先生「うん、そうならないよう頑張るね!」
ツルギ「ど、どうかお気をつけて……」
ギィイン……。
ゆっくりと、古びた歯車がかみ合うように扉が開かれる。
トットッ……。
早くも、遅くもないリズムで部屋の真ん中に位置するスポットライトの半分を浴びに行く。
テーブルを挟んで向かい側、――白い長髪の少女、守月スズミと相対する。
スズミ「おはようございます、先生」
先生「おはよう、よく眠れたかな?」
スズミ「えぇ……ご心配には及びません」
そう、見た目は守月スズミ、間違えようのない事だ。
――もう騙されない。
先生「スズミ、じゃないんだよね?」
?「話が早くて助かりますよ」「初めまして、シャーレの先生」
先生「やっと初めましてだね」「――セラ」
昨晩の戦いで意識を失ったスズミの身体には、一石セラの意識が残ったままだった。
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現在、取調室B。
フラン「――」「セラ……なんてこと……」
ハナコ「ここまで遠慮なく内心を探った無礼をお詫びします」「ですがこれは、あなたに頼って欲しいからなんです!」
フラン「頼る!?私に一体何を協力しようって言うの!?」
ハナコ「フランさん、勘違いしないで欲しいんです……」「私達はあなた達のどちらかを吊るし上げたくてこのような場を設けたわけではないのです」「あなた達2人の供述はどこか、お互いを庇い合っているように見えたのです……」「何かやむを得ない事情によって自己を犠牲にする選択をした人を私は見たことがあります……」「……私は、可愛い後輩にそのような選択を絶対にさせたくないんです!」
フラン「ハナコ……さん……」
ハナコ「もしもこの事件を、あなたがセラさんを助けたくて起こしたのであれば、あるいは罪を被ろうとしているのであれば、私達にも同じ感情が芽生える可能性がある……」「私達……いえ、私だけでも信じてはいただけないでしょうか?」
フラン「!…………、あ……」
もちろんハナコにセラの真意は分からない、先ほどフランが言ったような”罪状を取られたくないイかれた狂人”に利用されているのか、それとも善良な2人の庇い合いか、半々だった。
――だからこそ白と確証できるフランだけは救おうと必死だった。
小細工を貫き通すほどのまっすぐな視線を前に、土彫フランはゆっくり、読み聞かせのような、物語に浸らせる工夫を取りながら、事件の発端を紡ぎ出した。
――フールズ・メイト、その発端を。
フラン「昨日の早朝……空の色にピンクが混じっていた時間です」