双鳥の冀望   作:ネギョ

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8話 フール・メイツ

 

 トリニティ総合学園の、数ある校舎の内の一棟、部室会館。

 

その内の一部屋、室名札には”大衆文学部”と記されていた。

かつて文学部として、今の”純文学部”と部屋を共に活動していたが、過去に芸術性と娯楽性のどちらに重きを置くかで内部対立を起こし、なし崩し的に分裂した。

今となっては双方違う部活動として登録を許されたが、それは受賞した数で覇を競い合うという犬猿の仲そして、互いが火付け役として共存していることで、結果的に双方とも実績が振るっているからである。

  

部員A「――さん」「――彫さん!」

?「……」

部員A「土彫(つちぼり)フランさん!」

フラン「……?、はい?」

部員A「土彫さんおめでとうございます!あなたの執筆した『フルジェンテ』がトリニティ文学賞長編小説部門で入選しました!」

部員B「本当ですか!すごいです!」「さすがは土彫さん、あなたが入部して以来、その余りある才覚に圧倒される次第です!」「作家として一世を風靡する日も近いですね!」

 

およそ教室の半分ほどの大きさたる部室は、4つある壁の内、3つを天井まで伸びる本棚が面を埋めている。

残りの1つは甘んじて陽の光を入れる必要があるため、窓下本棚で妥協されていた。

本棚からは腰の高さ辺りから棚板が1枚せり出ており、机の天板としての役割を担い、およそ10等分になるよう仕切りが設えられており、11人の部員が個別に執筆するための作業スペースの役割を担っていた。

まるで公共の場のワークスペースの様に、部員たちは普段、交流する時でも無ければ背中を向け合ってそれぞれの部活動に勤しんでいる。

しかし今は、1人の背中が部室にいる皆の目を集めていた。

理由はもちろん称賛や羨望、しかし一方で注目されている本人は、その支持を受け取ろうとはしていなかった。

 

フラン「……(……こいつ、もうちょっとドラマいるな……、1人加えるか……)」「(でもここに2人目がいると、こいつ動かなくなるな……)」「(2人ともダメ人間は……、単純にキャラ被り……、こいつにもドラマ足すか……更なる関係性の深堀り……んー)」「(……こいつらが主役みたいになるからやっぱりやめよう)」

部員A「あ、あの……フランさん?」

フラン「え、はい?、私ですか?」

部員A「で、ですから……あなたの作品が受賞したと……」

フラン「え……はあ、そうですか……」

 

フランは、まるで得意顔で自慢話を聞かされた時のようなリアクションをし、意識をまた机上に広がる箱庭へと戻した。

 

部員B「う、嬉しくないのですか!?」「あなたの熱意が正しく世間に評価されたのですよ!?」

フラン「別に想定通りです、フィクションに落とし込めて尚、劣ることのない”あのお方”のポテンシャル……」「正に大衆が求める英雄像そのもの……老若男女問わずこのキャラクターが作品で最も輝いて見えるようにしたのですから……」

部員A「……え?キャラクターの話ですか……?」「もちろん、それもあるのでしょうが、何より作品全体の完成度の高さが評価されていて――」

フラン「――それだと言うのにっ!」

部員A・B「!?」

 

フランは俯き、静かに早い喋り方を一変、顔を上げて窓の外の世界に向けて放つかのように怒声を上げた。

 

フラン「モデルとなった”あのお方”についての話題が、飛躍的に上昇していないのですよっ!」

部員A・B「…………」

フラン「なぜ……?、所詮二番煎じの登場人物がここまで衆目を集めるのであれば、モデルになった人物にも自然と興味が湧くはず……!、ましてそれが実際に今も生きる伝説であれば猶の事のはずなのにぃっ!……」「しかもあろうことかモデルよりも、作者の私の方に興味を持たれているのが余計に分からないぃぃぃ!」「おかしい……!、こんなのおかしいぃ……!!」

部員A「お、落ち着いてください!?」「また仕切り板、外れちゃうからぁ!?」

フラン「ぁ……失礼しました……、という訳で次なる傑作(プレゼンテーション)への準備に忙しいので、……反省会はこの辺でご容赦いただけると」

部員B「は、はぁ……おじゃまさま……でした……?」

フラン「はぁ……、にしたって……」「どうして皆さん”あのお方”の魅力が分からないのでしょう……」「もっと、大胆なアプローチ……は迷走の元か」

部員A・B「……」

フラン「あぁ、詰まるなぁ……休憩っと……」「シミコちゃん、いるかなぁ……?」

 

フランは溜息交じり立ち上がると、誰も見ようとはせず、かといって足早にでもなく、堂々とその場を後にし、薄い青とピンクの混ざった空が窓から差し込む廊下を一人、歩いて行った。

 

部員A「相変わらず変――んん!、構いつけないヤツ……」「好きなことをした結果、世間に評価されるってこと」「それがどれだけ幸せなことかを理解するよりも、寿命を迎える日の方が早く来そうね……アイツ」「ん?それはそれでめっちゃ幸せなのか……?」「ていうか、そんなに元ネタに触れて欲しいならあとがきでも書けばいいのに……」

部員B「居なくなってからとやかく言うの、止めましょうよ!」「先輩の作品だって、目をつぶれば面白いはずですからっ!」

部員A「うるっさいわね!」「まあいいか!これで受賞数は一旦ウチがリードした訳だし!」「この調子で今年度は純文学部共に大差付けてやるぞー!」

部員B「おー!」

部員C「さっきからうるさいですぅ……、寝かせてぇ……」

部員D「部長また2徹とかでしょ~、テンション可笑しいし~」「お嬢様口調似合ってないですよ~」

部員A「ホントどいつもこいつもこんな奴ばっかりだっ!」「――ウチの部活はっ!」

 

純文学部の方は知らないが、本を読み耽ってはひたすら執筆する部活動にしては、意外と活発な雰囲気が常だったりする。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 人がほとんどいない学園の景色と早朝の空模様、長袖のシャツだけでは頼りない気温の中を、顔を洗ったような清々しさを獲得するするくらいには闊歩した頃、フランは目的地たるトリニティ大図書館に着いた。

キヴォトス随一の規模を誇る知識の大森林の入口たる、多少体重を預けないと動こうともしない重い扉が静かに開くと、陽の光が森林に入り込み、宙を舞う埃が妖精の如く来館者を出迎えた。

非日常を感じさせるほどの神秘性を宿したこの大空間には、早朝と言うのもあり、これまた幻想的な景色に拍車をかけるがごとく”利用者”というアクセントが伽藍としていた。

そんな図書館の中心たる広々とした読書スペースのさらに真ん中、わざとらしいアクセサリーとも言える程にそびえる本の山が、この景色を統べる主の領域を形成していた。

 

シミコ「………………」

フラン「いたいた、シミコちゃーん」「……あれ?」

 

トリニティ図書委員、円堂シミコは呼びかけに応じなかった。

というより気付いていない。

理由は、彼女が両手で以て開いている本が意識を独占しているためである。

どうやら”面白い所”真っ只中だと察し、始業時間前というのもあって、フランはシミコの隣に座り、机に伏して待った。

――待つこと数分。

 

シミコ「――は、はい!」「あ、フランちゃん!貸し出しですか?」

フラン「いや、おっそいから!?、相変わらずだね……」「……ちょっと詰まっちゃって、息抜きついでにインプット増やそうかなと」

シミコ「えへへ、……ごめんね!、息抜きならちょうど今読んでたこの本なんだけど、すごくいいよ!最近出たばかりの受賞作品」「サスペンスで、主人公が小説を読んでいると、小説の主人公が自分と当て嵌まりすぎてるなって違和感を感じるところから始まって――」

 

シミコはウキウキとあらすじを紹介する。

それにフランは片肘をつく無気力さを隠さずとも、目を見て丁寧に相槌を打った。

この空気感が、2人のいつも通りだ。

 

フラン「サスペンス?、珍しいね……」「ジャケ買いだったり?」

シミコ「この本の著者が、私の好きな作家と、この前対談していて、それで興味が湧いたんだ♪」「読み口が軽くて、スラスラ読めるんだよ!」

フラン「じゃあ、シミコちゃんが読み終わったら貸りようかな……」「……ところで、こっちの本の山は?」

 

話題の小説に夢中なシミコの傍らには、新作という言葉からは、かけ離れた代物が山積みされていた。

 

シミコ「実は、私も休憩中だったの」「昨日、というか昨晩に、2年生の先輩から頼まれて」

フラン「先輩のお手伝い……パシられてる?」

シミコ「ちゃんとお手伝い!」「浦和ハナコさんって、すごい先輩!」

フラン「そうなんだ……シミコちゃんはお友達いっぱいでごんすなぁ……」「……どんなお願いされたの?」

シミコ「昨晩にハナコさんが日課の、水着でお散歩をしていたら突然、体の自由が無くなって、勝手に手足が動き始めたんだって!」

フラン「う、うん……ちょっと前提から……うん?」「……からかわれてない?」

シミコ「ハナコさんはそんなことしな……いよ、多分……」「犯人も見たって言ってたし!」

フラン「怪奇現象の正体はイタズラだったって?」

シミコ「体の自由が戻ると、急いで離れる人がいたんだって」「結局は逃げられちゃったんだけど、見たことのない大きい古書みたいなものが見えたからって、何か関係していないかを図書館へ調べに来ていたの」

フラン「逃げた人も怪しいっちゃ怪しいけど、その先輩の恰好が恰好だからなぁ……逃げた理由は違うんじゃない?」「――ていうか、その先輩は奥で調べもの中?」

シミコ「ううん――」

 

――ハナコ「釣りにいってきます♡」

 

シミコ「――って……どこかに行っちゃった」

フラン「……やっぱパシられてない?」

シミコ「うちの部長ならまだしも、ハナコさんはそんなことしません!」「……多分!」

フラン「水着徘徊女の時点で説得力無いよ……」「仮に推理が本当だったとして……、人為的に人を自由に操る能力ねぇ……?」

シミコ「古書館の文献を漁っても見つからないし、まだ眉唾だけど、本当だったら怖いよね……」「自分の体が好き勝手に動かされちゃうだなんて……」

フラン「……面白いな」

シミコ「?、……フランちゃん?」「……何か言った?」

フラン「その被害にあった先輩の名前って……、浦和ハナコさんだっけ?」「昨晩_散歩_犯人……お、出た、この人?」

シミコ「特定したの!?」「うーん……、確かにハナコさんのアカウントのような……」

フラン「最新の投稿にも事件の事が書いてある……って、なにこれ?」「一部規制が掛かって見られないんだけど……」

 

ハナコの最新の投稿には、やんわりと昨晩の被害について怯える様子と、それを口実に広場の噴水にて水浴びをして心を落ち着かせているという内容が記載されていた。

なお写真も添付されていたが、SNSの検閲で年齢制限が掛けられていた。

 

シミコ「ハナコさん……、相変わらずですね……」

フラン「全然怯えてるように見えないんだけど……」「っていうか今、広場のにいるんだ……まさか、釣りって噴水で……?」

シミコ「さ、さすがにそんなことは……無いと思うよ?」

フラン「ていうか、色々と大丈夫なの……?、矢鱈な付き合いもどうかと思いますよ、(それがし)は」

シミコ「フランちゃんが想像しているような滅多なことは無いと断言できます!」「って、もう行くの?」

フラン「うん、面白そうだから会ってみる」

シミコ「えぇ!?」

 

先ほどまでの気怠さを払拭する勢いで、フランが駆け出す。

まるで走ることを日課にしているかのように綺麗なランニングフォームで図書館を飛び出した。

その姿はまるで、針に仕掛けられた餌へと猛進する魚の如くだった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 夏の終わりが過ぎ、まだ日中はしぶとく陽の光が冷房の心地よさを忘れさせまいとするこの時期であっても、朝はこれから訪れる寒さを予告しているかのようだった。

――それだと言うのに。

 

ハナコ「♪~」

 

当然、授業でスクール水着を着る機会も同様に過ぎている。

にも関わらず、広場につくと、噴水の中で水浴びをしている水着姿の浦和ハナコが、登校中の生徒達の視線を良くない意味で独占していた。

 

フラン「…………(本当にいた……、すーごい目立ってるし……)」

トリニティ生A「ちょっと何あれ……、頭おかしいんじゃないの?」

トリニティ生B「とんだ恥知らずね……」

トリニティ生C「あれが噂に聞くトリニティの妖怪ミズギハイカイ……、本当にいたんだ……」

トリニティ生D「見ていないでサッサと行こ……」「て、ちょっと!……、何近づこうとしてるのよっ!」

フラン「(あんな悪目立ちするような真似したら、そりゃ悪趣味な奴に目を付けられてイタズラもされるよ……)」「(犯人と本人の話を色々聞きたかったけど、話しかけづらいな……)」「……?」

?「…………うぅ、おのれぇ……浦和ハナコ……さん」

 

嘲笑、軽蔑、困惑の視線の中で唯一、警戒の目を向ける者がいた。

華奢な体躯の半分を隠せるほどに大きい手提げ鞄を抱えており、中には”大きな古書のようなもの”が見て取れた。

 

フラン「――!?、(古い本……まさか!)」「昨晩の犯人……!?」

?「――っ!」

 

手で塞ぐのが間に合わなかったフランの発言を、神経を逆立てた容疑者が聞き逃す筈もなく、すぐさまフランを一瞥すると、間もなく反対の方向に走り出した。

華奢な体躯で結構な荷物の割には随分と健脚だった。

 

フラン「(逃がすかっ!)」

 

全力疾走しきるには余程の動機が無いと不可能なほど距離で付かず離れずの追跡劇、いつしか噴水広場とは対照的に人気の少ない路地に差し掛かった頃、曲がり角で見失ってしまった。

 

フラン「ぜぇー……、はぁー……」「フゥー……!(釣りってそういうことか……!、やり方はどうあれ……確かにすごい先輩なのかも……ある意味だけど)」「ってか逃げ足、早ー……」

 

フランに易々と諦める気は無かった。

犯人を捕まえて正義ごっこをしたいだとか、露出狂の先輩やシミコからお礼を言われたいとか、そういうわけでは無い。

犯人の動機と真意、それを知りたいというのは勿論だが、何より生きた面白そうなネタを逃すまいと必死だった。

その目は数日ぶりの獲物を逃がすまいと闘志を燃やしていた。

 

フラン「(でもなんであそこにいたんだろう……、しかもイタズラ被害を負わせた相手をあんな鋭い目つきで……)」「(……監視とか?、なにか言い広められたくない情報を被害者が持っていて、それをSNSに書くのを阻止しようと……とか?)」「追ってもダメなら……」

 

フランは予感もとい”お約束”を信じて、先輩の実績に倣う事にした。

 

フラン「あのー!本で人を操れるというのは、ホント――」

 

ガサァッ!!グイッ!!

 

フラン「うっ――!?」

 

大声で言い終える直前――、左の生け垣から伸びた腕に引っ張られ、中へ吸い込まれる。

 

フラン「……やはり、いらっしゃいましたね」「(ベタだけど、角で見失った時って、だいたい傍で隠れてるんだよねぇ……)」

 

中で待ち構えていたのは、近くで見直しても、如何にも小動物という言葉が似合う、小柄な少女だった。

フランを掴んでいるのとは反対の腕に、あの大きな本の入った鞄を抱えていた。

 

?「ど、どこで”ラキュラーの詩書”の事を知ったの!?」「ま、まさかあの変態さんから聞いたの!?」「――もしかしてもう、噂になってるの!?」

フラン「お、落ち着いてください……”ラキュラーの詩書”と、言うのですか、それ?」

?「――!、しまった!」「誘導尋問……!、あなた何者ですか……!?」

フラン「(そっちが勝手に言っただけなんだけど……)」「私は土彫(つちぼり)フラン、大衆文学部所属の1年生です」

セラ「1年生!わ、私と一緒だ!私、一石(ひとし)セラ……よろしくね!」「――ハッ!、……またやられた!あ、あなた本当に何者?ま、まさか正義実現委員会の特殊作戦群?……シスターフッドの秘密警察!?、ひぃっ……!」

 

勝手に名乗った自称一石セラは誤解を加速させ、既存の部活動の聞いたこともない役職に勝手に怯えていた。

自身の身体を片手で引っ張れる程の力に、すばしっこい脚、小さな体躯に見合わぬフィジカルを警戒に全力で使われたらいよいよ逃げられてしまう。

フランはそう危惧し、いらぬ緊張を解くとこから始めた。

 

フラン「セ、セラさんって呼んでもいいかしら?」「誤解しているようですけど、私は本当に普通の生徒でして……」「……………………」

セラ「え、なんですか?、急に黙って……」「……え、私の後ろに何かいるんですかっ!?」

 

だがそのアイスブレイクは本人の悪癖によって妨害されてしまう。

フランは作品を見たり、興味深い話を聞くなどの、インスピレーションが高まる状態になると、唐突に自分の世界に入り浸り始める。

瞬きもせずに真顔で一点を見つめるため、初対面の者に「立ったまま絶命したのでは」、と疑われることもしばしばなのだ。

 

フラン「(不思議な力に加えて、想像力強め……、被害妄想だけど)」「(……そういえば、ポンコツキャラ書いたことないなぁ)」

 

フランは個性の強い者を前にした時も、この癖を発動する、自分の引き出しに無かったキャラクターの参考にし、脳内のアイデアとどう合致できるか、箱庭を頭の中で展開するのだ。

 

セラ「え、え!?……大丈夫ですか!?」「よだれ垂れてます!瞬きしてないですっ!!、怖いですっ!!」

フラン「ねぇ、セラっ!」

セラ「ひぃ、しゃべった!いきなり呼び捨て!?」

フラン「取材させてくれない!?、あなたについてっ!」

セラ「しかも敬語も消えました!怖いです!」「て、え、え、……取材っ!?」

フラン「私、作家を目指しててさ!あなたには是非、私の新作に登場するキャラクター、そのモデルになってほしいの!」「主役の座は譲れないけど……背景を濃くして、主役よりも人気が出そうな悪役とかどう!?……まあ私が書く以上、そんなこと許さないけどね!?」

セラ「なんか1人で盛り上がってますけど……!」「つ、つまりいきなり素性を洗いざらい話せってことですか!?そんなの図々しいです!やっぱりこの人、救護騎士団の執行官です!」「お、おおおおお断りします!絶対に嫌です!」

フラン「そっかぁ……」「こんなこと言うのは心苦しいけど……」「取材させてくれないなら、諸々の件を方々にチクっちゃおうかなー」「手始めに噴水の広場で、遠くからあの露出狂の先輩に聞こえる声で”あなたを操った力の正体はラキュラーの詩書ですよー!”……なんて」

セラ「うわあああ!きょ、脅迫だぁ!この人絶対、裏ティーパーティーなんだぁ!」「――こうなったら……!」

フラン「――っ!?」

 

セラは、おもむろに立ち上がると手提げ鞄から”ラキュラーの詩書”を取り出し展開、つかの間にセラの身体が脱力、倒れこんだ。

 

ギィィィイイイイイン。

 

古びた扉が軋むような音が、フランの頭の中に響き、身体が固まって触覚が無くなる。

その奇怪な感覚はまるで身体が、自分という存在の入れ物であるかのようだと思わせた。

――そして、フランの身体が意思に反して動き始める。

 

フラン「(――!、これが!)」「(あの先輩の話、本当だったんだ……それに)」

セラ「《うん、昨日よりスムーズにできました!》」「《このまま私に関する記憶を消してしまえば……!》」

フラン「……(思念まで……、こんな物が実在するんだ……)」「《……え!、記憶の操作までできるの!?》」

セラ「《はい!、これぐらいお茶の子さいさいで……》」「《――って!?、なんで会話できてるんですかっ!?》」「《もしかして、また設定間違えちゃった!?》」

フラン「《設定次第で色々使い方があるのか……、他に機能は?、同時に複数人とかにも出来たりするの?》」

セラ「《もしかして、取材始めてません!?》」「《今、設定してるので静かにしててくださいっ!》」

フラン「《そこをなんとか!》」「《コメディ系のキャラクターも書いてみたいんだよぉ!》」

セラ「《もしかしなくても、馬鹿にしてますよねぇ!?》」「《なんて失れ……あ、これだ!記憶にアクセスする……えいっ!》」

フラン「!――」

 

セラの操作が終わると双方の身体に意識が戻り、土彫フランの一時的な記憶は消去される――。

 

セラ「これで……、いいはず!」「今のうちに退散しな……いと?」

フラン「――――――――」

 

――はずだった。

 

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 この世界のどこか。

 

――水面の向こうにいる、誰かの顔が頭から離れない。

 

――灰色が視界に入らない時は無かった。

雲はいつも空に色が付いていることを隠しているし、何かを彩るための道具、そして動機すらもこの世界には存在しない。

 

――銃声が聞こえない時は無かった。

外の世界には蝉時雨や作る、直すため工事の音、群衆の弾んだ声など耳障りな音がたくさんあるらしいが、それら(季節と繁栄)に私がうるさいと感じる日はおそらく来ない。

 

――鉄の臭いがしない日は無かった。

バラまかれる銃弾と薬莢に、崩れかけの建物から露出する錆びた鉄筋、そして……。

 

水面の向こうにいる誰か「もう、邪魔だよ……」「寝るなら、歩かない所にしてよ……」「……なんで、黙ってるの?……」

 

ついこの間まで動き、うるさかった、ソレ――。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

数か月前。

 

 雨の降っていない日などあっただろうか、特に射撃訓練の日はよく降っている様に感じる、と言うか事実そうだ。

地面が濡れている状態で伏撃ち(プローン)すると、身体が冷えて仕方ないから本当に億劫だ。

 

教官「――撃てっ!」

 

ダ、ダ、ダ、ダ、ダ、ダ、ダッ!

 

銃声のような号令に連鎖するように、横に並んだ個々の銃口から一斉に単発の破裂音が鳴る。

 

生徒「ヒット、十九番一石(ひとし)セラ、全弾命中!」

セラ「………………」

生徒「着弾位置がほとんど重なってる……」「この距離で、しかも雨降ってるのに……どうやってるの?」

セラ「……清掃準備」

生徒「え、あ……うん」

 

観測手役が告げる意外性の欠片もない結果に、教官役は厳かな顔つきのまま頷く。

 

教官「肝に銘じろ!」「憎きゲヘナ、トリニティの大愚ども!、その最後の一匹まで!、余すことなく宿怨を奴らに叩きこむため!我らの弾が外れることは決してあってはならないっ!」「それだというのに……、一番外したのは……お前だな、十七番……”名無しのレムール”か」

 

アリウスの訓練生の判別は主に番号だった。名前が印象付ける意味ではなく、成績が紐づける識別情報こそが最大のアイデンティティとして機能していたのだ。

故に落ちぶれにはそれ相応の待遇が用意され、目を向けられなくなり、呼ばれなくなる、結果名前を自然と失う者も珍しくないのだ。

他者から呼ばれることのない名前に執着できないほど、自己を否定されるこの世界ではそういった事がたびたび起きていた。

 

そしてそうなった者には蔑称が用意されていた。――名無しの亡霊(レムール)

 

十七番「……っ!、あ……ぁ」

教官「なぜ外した?」

十七番「わ、わざとじゃ……ないです――」

 

バァン!

 

十七番「ウゥッ!」

教官「弾丸を一発外したら、それは百発になって帰ってくる!」

 

バァン!バババ!

銃身と地面との角度が平行から次第に垂直になる。

 

十七番「く、ゥゥ……」

教官「貴様だけじゃないっ!、味方にだって降りかかるっ!」

 

バババババババババババババ!

教訓の通り、弾丸は一発たりとも外れることは無かった。

 

教官「貴様は敵ではなく、味方に銃口を向けるのかっっ!!」

十七番「………………うぅ……」

 

見せしめとなった少女は立ち上がることも諦め、地面に伏したままだった。

 

教官「今日の訓練はここまでだ!明日、こいつのようになりたくなければこの教訓を骨に刻むことだ!」「――解散っ!」

セラ・生徒達「ハッ!――」

 

傘のない世界は、ここまで含めて、いつもの光景だ。

私が一番で、後は知らない。

希望も絶望も、私には必要ない。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 遊びの欠片も無い角筒を逆さまに地面に突き刺したようなコンクリートの塊で出来た住処、その中にはおよそ二桁はあったのだろうと推察できるほど、寝台の骨組みの残骸が床に円を描くように放棄されていた。

まるで枝で設えられた鳥の巣のようで、その中心に私は唯一寝具として機能を保った物を寝床にしていた。

 

ダダン……、ダダン……、ダダダダッ……。

 

近くでいざこざがよく起きる、損傷が酷くていつ崩れるか分からない、基礎もちゃんとしていないからその内に自重で地面にめり込むか、最悪経過で自壊するだろう。

ベッドよりも床の残骸の方が多いように、具体的なデメリットの数はメリットの数を遥かに凌ぐこの安住の地には、かつて寝床を共にしていた筈の同居人たちが居たが、嫌気が差したり純粋な危機感からここを離れ、結果的に私一人だけが残った。

変化は嫌い、順応するのが疲れるから、それに――。

 

――”より良い”を求めて気を起こした所で、この世界が(vanitas )期待に応えて(vanitatum,)くれるわけ(et omnia)なんてない( vanitas.)

 

ザァアアアアアア――

その日も亀裂のない面が見つからないこの建物を崩さんとばかりに、雨がひどく降っていた。

こういう天気が余りにも続けば地面がぬかるんで建物が沈んでしまう。

生き埋めにでもなれば、最悪目を覚ますこともないだろう。

住居は雨風を防ぐ代わりに、いつ私の寝首を対価として要求する死神に変わっても可笑しくはなかった。

 

セラ「…………(……まあ、それはそれで良――)」

 

――ドンドンドンッ!

教官「部屋の前に集合!」

セラ「!――」

 

雷鳴の代わりにドアを強く叩く音と、ここでまで聞きたくなかった声。

 

セラ「一石セラ、以上1名、集合しましたっ!」

教官「この部屋は貴様1人だけか?」「先日、また1つ寮が吹き飛んだのでな。孤独を享受している所に水を差すようだが、今日からこの部屋に1名増員することとなった」

セラ「(増員……?)」

十七番「………………」

 

教官の横に視線を向けると、先ほどの射撃訓練で見せしめにされていた生徒が、今にも消え入りそうな様子で佇んでいた。

 

セラ「(十七番……?)」

教官「用件終わり。自室にて待機せよ」

セラ「は、ハッ!」「………………」

十七番「あ、あの……お願い、します……」

 

望んでいない変化が向こうから来やがった、と怪訝な顔を作る代わりに地面を強めに踏みつけ、私は言葉を返すこと無く、部屋の中へ踵を返した。

 

十七番「あ、私……十七番、……です」「その……、好きに読んでいただいて……」

セラ「…………」

 

ここは休む場所であり、ただ寝るためだけの場所だ、故に話す必要などない、そういった意思表示もとい今できる変化への抵抗を、ベッドに無言で寝転がることで示す。

 

十七番「あのわ、私う、上で寝ていいんでしょうか……?」「あ、あなたは!下で寝ているようなので……」

 

ベッドは二段式、ボロのアスファルトの屋根から降る粉塵を、寝る度に払うのが面倒だから私は下で寝ていた。

二段式ベッドというよりは、屋根付きベッドの印象だ。

 

十七番「……い、いいんですよね……?わ、私……ベッドって憧れで……!」「……こ、こんなにたくさんのベッド……はじめて見ました……!」

 

ギィギィと今にも梯子が取れるんじゃないかと思わせる音を立てながら、喧しい声が上に移動して行った。

かつてこの建物は医療目的で使われていたと何処かから聞いた記憶がある。

もしそれが本当なら、一人でも多くの命を取り留めるためのベッドで埋まった部屋が、今ではベッドの墓場と化しているのはなんとも皮肉だなと無意識に少し眉を上げた。

 

十七番「セ、セラちゃんって呼んでいいですか!?」「いつも、す、すごいですよね!」

 

先程の雨に流されてしまいそうな表情はどこへやら、急に上から覗かせてきた顔は、これから始まる新しい生活(変化)を楽しんでいるソレだった。

 

十七番「訓練……、私はいつもビリなので……セラちゃんみたいになんでもできる人が羨ましいです……」

セラ「……」

十七番「セラちゃんって――」

セラ「――ねぇ!……」

十七番「!……、は、はい!」

セラ「……うるさいんだけど」

十七番「あ……、ごめんなさい……」「失礼しました……」

 

よりによって正反対な奴かよ、と珍しく私が私に愚痴った。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 私にとっては訓練の時が、もっとも気楽に過ごせる時間だ。

射撃、格闘、体力。戦術だろうと、基礎だろうと、私がトップという結果が変わらず繰り返される。

トップにこだわる理由は……自分でも分からない、というか気にしていない。

そう、考える必要なんて無い、身構える気力も体力も使わずに済む。

 

――筈だったのに。

 

十七番「――ぎゃうっ!」「い、たた……」

教官「何をしているんだ貴様はっ!」「おい、お前!同じ部屋のよしみでこの無能を手伝ってやれ!」

セラ「……っ!、噓でしょ……」

 

徒歩の行進訓練では出発して早々に足を挫いたこの名無し野郎(レムール)に肩を貸したせいで2倍体力を使った。

 

セラ「ハッ……!、ハッ……!」

教官「駆け足だ、駆け足!」「……十七番!そんな軽いものが運べないのかっ!」「お前は何ならできるんだっ!!」

十七番「ひぃっ……、ひぃっ……!」

アリウス生徒「いつもみたいに助けてあげなよ、ルームメイトさん!」

セラ「はぁ……はぁ……」「……チィッ!」

 

武器の輸送訓練ではこの無能の荷物も私が運んで、ほとんど2人分こなす羽目に。

 

バババババババッ!チュゥンッ!ガシャァンッ!

十七番「うわああああああっ!」

セラ「敵の位置と数は!」

十七番「わ、分かりませんんんんっ!」

セラ「アンタがポイントマンなんだから、ちゃんと報告して!!」

十七番「と、突入ぅ!!」

セラ「ちょっと、勝手に――」

バババババババッ!

十七番「うわぁっコンタクトぉ!、やっぱり退避ぃ!!」

セラ「バカッ!いきなりこっち来る――フブゥッ!!」

 

市街地戦闘訓練では盾にならないどころか、クレイモアよりも厄介な文字通りの足手まとい。

 

ダァン……、ダダダダ……。

セラ「すー……」

十七番「セラちゃん!……セラちゃんってば!!」

セラ「ん、ん……」

十七番「近くで銃声です!逃げましょう!ここも崩れちゃいますっ!」

セラ「いつものこと……」「問題ない……、眠い……」

チュゥンッ!

十七番「わああああ着弾っ!」「敵の位置と数は不明ですぅっ!!」

セラ「んー……っる、さいっ!!!」

 

榴弾が使われてるわけでもないのに、銃撃戦が近くで始まっただけで、こいつが起こしに来るから寝不足な日も多くなった。

 

十七番「――いっ!?」

セラ「……うるさい、いちいち痛がらないでくれる?」

十七番「む、無理言わないでよぉ……」

 

十七番はいつもビリな上、ドジだから生傷が絶えない。

そのくせ痛がりだから、消毒液を塗る度に耳障りな声を上げる。

 

セラ「顔を傾けるんじゃなくて、目線に合う位置で保持してみて」「もっと脇締めて、ストックをちゃんと固定しないから照準がブレるの!」

十七番「こ、こうっ……!」

バババババババ!

セラ「……最後の2発だけヒット」

十七番「やった!、初めて当たった!」

セラ「反動に怖がりすぎ!、撃つ前から銃口下げないっ!」

十七番「あ、当てただけでも褒めてよぉ……」

 

多少は教えた甲斐があって、前よりは的に当てられるようになった。

この子がビリに変わりはないが……。

 

セラ「……名前、無いの不便じゃない?」

十七番「そんなことないですよ、ここ2人っきりですし!」

セラ「そう……?」

十七番「……でも、あったらあったで……いいなぁ」「セラちゃん、考えてくださいよ!」

セラ「え、私が!?」「自分の名前ぐらい自分で決めなよ……!、私そういうセンス絶対無いし……!」

十七番「セラちゃんの考えた名前が良いんですっ!」「……ダメですか?」

セラ「っ…………」「……………………気が向いたらね」

十七番「わぁい!」「――約束だよ!」

 

名前か……、十(ナナ)番だから……、………………、やっぱりこういうのは苦手だな……。

 

セラ「すー……」 

十七番「セーラーちゃーん――!」「天井の染みが教官の顔に見えて怖いぃぃいい!!」

セラ「う、る、せぇぇぇえええっ!!」

 

気が付けば、1人でここを住処としていた時に比べて、真逆とも言えるほどに騒々しい日々を送っていた。

近くで聞けば耳鳴りがするほどの大声が、銃声や雨、静かな生活の音を全てかき消していった。

おかげで寝不足な日が増え、訓練にも影響を受けつつあった。

 

セラ「……(なのにどうして――)」

十七番「?、……どうしたの?」

 

いつもよりも、目線を少し上げただけでいちいち反応してくるこのうるささは。

 

セラ「(――私は耳を塞ごうとしないんだろう……)」

十七番「?、?…………セラちゃん?」「え、大丈夫ですか!?」

 

けたたましい教官の怒声、近くで発せられる銃声に爆発音、それらとは違って、不快じゃなかった。

 

セラ「(全部同じ、大きい音なだけのはずなのに……)」「……なんでもないよ」

十七番「ほ、本当に……?、もう、脅かさないで下さいよぉ……」

 

そう気づいた時、灰に(まみ)れていない、初めての感情が芽吹いた、気がした。

私が習った同年代の子との間柄を表す言葉は、”敵”か、”味方”かの2つ。

 

今の私とこの子の関係にピッタリな”3つ目の言葉”を見つけた時、もうすぐこの声も、私にとってはうるさく無くなるのかなと――。

嫌いな変化とも仲良くやって行けるかもしれないと――。

 

セラ「……(――そうなったらいいな)」

 

――そう、期待してしまった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 少し見上げる位置に数人が横たわっている。

その傍で威圧的に武装した生徒達に囲まれた、同じくアリウスの生徒が屈まされていた。

 

敬虔なアリウス生徒「こいつで最後だ」

捕らわれたアリウス生徒「や、やめて……」「もう、……外に行こうなんて……考えないから……!」

 

アリウス自治区は補給目的以外で、外の世界への渡航は禁止されている。

理由はとにかく、危険だから。

アリウス自治区の外は戦争やら内紛やらが絶えず、どこも酷い戦場らしい。

ここも殆どそうじゃないか、と人の声と同じくらい銃声に聞き慣れた脳みそがよぎらせて来るが、トリニティやゲヘナほどの生徒数を誇る自治区同士の戦争はここの比では無いか、と自重した。

理由は――。

 

敬虔なアリウス生徒「求めているのは、お前たちの更生ではない」「次の脱走を企てるかもしれない別の身の程知らず、私なら上手くできるかもという浅慮、あらゆるキッカケに対して――」「――失敗したらどうなるかを夢の中で反芻させるための抑止力の掲示だ」

捕らわれたアリウス生徒「っ!……」「あんただって気づいてるんでしょ……!?」「外の世界に比べて、この自治区は余りにもおかしいって!」

敬虔なアリウス生徒「今回のは、よく洗脳されているな」

捕らわれたアリウス生徒「!?――」

敬虔なアリウス生徒「この世界(キヴォトス)ここ(アリウス)以上にまともな自治区は存在しない」「嘘や隠し事など、やましさの欠片もない土壌で育てられた聖者、それが我々」「貴様らは、そんな恵まれた地を荒らす汚染物質だ」

捕らわれたアリウス生徒「……」「洗脳って、どっちが!――」

敬虔なアリウス生徒「――撃て」

 

――いつか私をあの処刑台に立たせるかもしれない割には、信憑性のない希望だからだ。

住処を変える事すら億劫だった私も、随分と変化に寛容になったものだ。

 

十七番「セラちゃん!これ見てください!」

セラ「……なに?」

十七番「さっき拾ったんです!、教本……じゃなくて、……なんだろう?」「外の世界について書いてある本なの!」

セラ「……そう」

十七番「興味ありませんか?……すっごいんですよ!」「こんなの見たことないっ!」

 

そう言うと、私が寝転がるベッドの上にズケズケと入り込み、その本をこれ見よがしに広げてきた。

中には、決してこのアリウスで見ることの無い、空想を超えた光景。

 

セラ「――――」

十七番「ほらっ!」「この、なんというか、すごいでしょ!」「建物が全部綺麗なの、どこも崩れかかってなくて!」

セラ「――……」

十七番「見てくださいこの食べ物、パンケーキ……?って、いうんだって!」「どんな味なんだろう!Bレーションよりもおいしいのかな!?」

セラ「………………」

十七番「服も、鞄も……靴まで綺麗!」「”かわいい”って言うんだって、こういうの!」

セラ「……………………」

十七番「わ~!すっごいなぁ!知らなかったなぁ!」「外の世界って、全部かわいいんだぁ~!」

 

その表情を今でも覚えている。

このアリウス自治区で初めて見た、微笑み以上の喜びを表していた顔、まるで輝かしい内容をそのまま反射しているようだった。

 

セラ「………………」

十七番「だから皆、外に行こうとするのかな……」「でもこれが本当なら……、確かに一か八かでも挑戦しちゃうよね!?」

セラ「……ねぇ」

十七番「セラちゃんも行きたいって思……――!」「あ、ご、ごめんなさい……!、うるさかったです……よね……?」

セラ「外の世界……、そんなに行きたい?」

十七番「もちろんですよっ!」「……」「……この写真を見て、セラちゃんは外の世界に行きたいって思わないんですか……?」

セラ「行って、……どうするのよ」

十七番「こ、この本の子たちみたいにかわいい服を着て、かわいいものを食べて……それで――」

 

私と、私とがせめぎ合っていた。

夢のような世界が広がる紙切れの中に自分を投影して浸る、そんな想像力が私にあったなんて知らなかった。

もしも、こんな世界が実在するのなら”私だって”、と何の保証もする気のない自信が唆してくる。

そうだ、この写真は楽園への片道切符かもしれない、寧ろ目指さない理由なんか――。

 

――”より良い”を求めて気を起こした所で、この世界が(vanitas )期待に応えて(vanitatum,)くれるわけ(et omnia)なんてない( vanitas.)

――敬虔なアリウス生徒「私なら上手くできるかもという浅慮」「この世界(キヴォトス)ここ(アリウス)以上にまともな自治区は存在しない」「――撃て」

 

セラ「――あるわけないでしょ」

十七番「え……、どういう……?」

セラ「……いい?これはまやかしなの、外の世界には素敵なもので溢れかえってるよって、アリウスに反抗を促そうとしてる奴らのプロパガンダなの!」「こういうのに騙されて外に逃げようとした人たちがどうなったのか、知ってるでしょ!?」

十七番「で、でもそんな……、そんなこと……」

セラ「私達が学んだ世界は、ここみたいな、もっと酷い場所しかないの!」「どこに行ったって……ここと変わんないよ……」

 

自分に言い聞かせていた。

間違いなくこの子よりも、私の方がこの”完璧な世界”を求めてしまっていたから。

それだけじゃない、恐怖もあった。

その理想に必要な、外に出るための決死のプロセス、この子の能力では間違いなく達成の仕様がない。

捕まって、訓練の見せしめとは比較にならない苦痛を浴びせられる、この子の身体が持つ筈の無い苦痛を。

それでも、天文学的な確率、奇跡が起きれば――。

 

――この夢のような世界が、本当に無かったら?

外の過酷な世界で息絶えるか、アリウスに戻って処刑されるか。

――そんな虚構に縋った結果、この子が命を落としたら?

 

十七番「……じゃあ、この写真は?こんな写真、アリウスのどこで撮れるんですか!?」「なんで知らない事を、こんな素敵に書けるんですかっ!?」

セラ「……うるさいっ!!」「……もう、そんな馬鹿馬鹿しい話しないでっ!!」

十七番「っ!……」「……ごめんなさい、……お邪魔しました……」

セラ「………………」

  

そう言うと、あの子はこの住処から出て行った。

私が嫌いなのは変化ではない、より良さを求めて努力した結果、裏切られる事だと、たった今、私が私を裏切ったことで自覚した。

 

人間関係がずっと定着することは稀で、離れたりまた近づいたりする、この過程を”喧嘩”という言葉で済ませられることを知ったのは――。

 

――もう、取り返しが付かなくなってからの話だ。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 あの子がここを出て行って何度か静かな夜を過ごした頃、その日は雨が降っていないな、と久しぶりに思った。

ここは体を休める場所、故に話す必要ではないと意思表示した過去の自分に、今は自分がもどかしさを覚え始めていた。

そんな折に――。

 

――ドンドンドン!

セラ「!」

 

あの子が来たとき以来、叩かれることのなかったドアが鳴らされる。

いつもはこの音に警戒、嫌気が差すところだがこの時は違った。

 

――十七番「………………」

 

頭を冷やしたあの子が帰ってきた光景、を想像したからだ。

始めてここに来た時みたいに、俯いて、そのまま景色の中に溶けて行ってしまいそうな顔をしているかもしれない。

 

セラ「……」

 

そんな顔でも見たくてすぐにドアの前に来たのに、開けるのを躊躇った。

開けて、その後になんて声を掛ければいいのかが分からない、「おかえり、少しは頭冷えた?」……ダメだ、「どこ行ってたの?」……違う、「アリウスの外について、ちゃんと勉強できた?」……アホか。

1人でいることを選んだ過去が作る出迎えの挨拶は我ながら聞くに堪えないものばかり。

自身の能力、準備不足を痛感するのは急な課題を前にすることがほとんどだ。

それでも後悔を後にも先にも立たせまいと、貧相な本棚を漁り、「無事でよかった……」……これかな?

生きていて初めての課題に、したことも無いほどの集中を割いていると――。

 

アリウス生徒「――部屋の前に集合してください」

セラ「!?――」

 

ドアの向こう側から想定した未来とは違う現実に足を引っかけられ、慌てて扉の前に1人で集合した。

 

アリウス生徒「十九番一石セラ、あなたに招集命令です、ご同行を」

セラ「え……、ぁ……しょ、召集……?」「(私だけを……誰が?)」

 

嫌な予感がした。

もしや、あの子がここを脱走した事が教官にバレ、早急に連れ戻せという命令を直々に受けるかもしれない、と。

 

アリウス生徒「詳しい内容はそちらを確認してください」

セラ「……了解しました」

 

手渡された白い紙に目を通して、先の予想の方がマシだと思った。

 

招集命令書 、 生徒指定番号 十九番 、 生徒指名 一石セラ 、 出頭日時 、 出頭場所 、 招集期間――

 

私に関する情報と私に下された命令の詳細が記された表、その下、この命令を出した張本人もとい私を呼びつけた者の名前――

 

セラ「――っ!?」

 

私は受けとった命令書の差出元を見て目を見開いた。

あの子が外の世界の写真を見せて来た時の、それ以上の動揺をした。

 

――指導者 ベアトリーチェ

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 案内に従って訪れた、その建物は灰色の空に影を落とすほどに大きく、威圧的だった。

まだ門の扉を通ったばかりだと言うのに、鋭い屋根の天辺が視界から外れ始め、一歩近づく度、目に写る装飾や形状といった情報量の多さが、建物とは雨風を凌ぐ機能さえあればそれでいいという、私の固定観念を覆そうとしてきた。

 

セラ「十九番、一石セラ、命令に従い参上しました」

見張りのアリウス生徒「確認しました、入館を許可します」

 

列車が通れるほどに広く、そして壁の細かい輪郭が見えないほど薄暗い廊下には、実戦用装備をしたアリウスの生徒が両脇に等間隔で整列していた。

甲冑の並ぶ廊下を髣髴とさせる扉まで続く長い道筋を、少しでも作法を間違えただけでこの甲冑共は一斉に襲い掛かってくるのではないかという緊張の元、幻視する目の前の行進する誰かに動きを合わせながら進んだ。

 

アリウスの指導者ベアトリーチェ、様。

かつて立ち上がる余力も奪われたアリウス自治区に手を差し伸べ、戦う力と生き抜く知恵を授けたとされ、今も最前線で尽力されている”大人”。

名前も立場も知っている、しかし会ったことなどないし声を聞いたこともない。

本当にいるかどうかも分からない存在、という点では、あの外の世界の写真と同位だった。

 

ドンドンドン!

セラ「一石セラ、入ります!」

?「どうぞ」

セラ「――!」

 

綺麗な声だった。

  

セラ「失礼します!」「一石セラ、招集に従い参りました!」

?「ご苦労様です」

セラ「(この人が……)」

 

想像とかけ離れていた。

筋骨隆々で傷だらけな姿を想像したが、全く対照的と言っていい、白いドレスを纏った貴婦人がそこにいた。

とても綺麗でまるで、あの写真の中から出て来たかのような、別の世界の住人のようだと思った。

 

ベアトリーチェ「楽にして」

セラ「し、失礼します!」

ベアトリーチェ「聞いていた通りの模範的……、いえ、優秀な生徒のようね」「一石セラさん」

セラ「と、とんでも、ございません……その」

ベアトリーチェ「あら、ごめんなさい」「ベアトリーチェ、マダムと呼んでちょうだい、知らないということは無いでしょうが、やはり自己紹介は大事ですね」「特に、あなたと私のこれからの信頼関係には」

セラ「し、信頼……ですか」

 

信頼関係、という言葉に肩が少し上がる。

相手の言葉の全てにどうしてもネガティヴな裏を想像してしまう。

まさか、あの子が脱走に成功して、私が協力者として疑われているではないか、と。

 

ベアトリーチェ「そんなに畏まらないで」「今日あなたを呼び立てたのは、アリウスの未来についてご相談したかったからなのです」

セラ「未来……ですか?」

ベアトリーチェ「本題に入る前に……」「セラさん、あなたはアリウスの歴史、成り立ちについてどの程度把握しているのか、聞かせてください」

 

アリウス分校はかつて、トリニティ自治区に存在する分派の一つだった。

他の分派が統合という愚策を指示する中、唯一反対を唱えたアリウス分派は迫害を受け、区外へと追放される。

その追いやられた先が今の自治区の基礎となったこと、内紛が絶えず自壊寸前だった自治区に、ベアトリーチェ様が手を差し伸べてくれたことでここまで復興できたこと、そして――。

 

セラ「――アリウス以外の自治区はどこもひどい内戦状態で、瓦解が目前であること」「……以上が、私の知り得ている全てです」

ベアトリーチェ「勉強の方も頑張っているのですね、素晴らしいです」

セラ「!、きょ、恐縮です!」

 

ここに呼ばれて言葉の裏を感ぜず素直に喜べたのは、初めてだった。

心が少し浮つき、目を少し大きく開いた。

この人の声を、姿をより一層記憶したいと無意識に求め始めた。

 

ベアトリーチェ「ところでセラさん、今の話から何か疑問を感じた事はありませんか?」

セラ「疑問……ですか?」

ベアトリーチェ「外の世界の現状と照らし合わせ、私達の目標の必要性」「あなた達はどうして、毎日血の滲む訓練に勤しむのか」

セラ「…………!、それは……」

ベアトリーチェ「仰ってください」「大丈夫、本音を聞きたいのです」

 

歴史を始めて学んだときか、初めて訓練をキツイと感じたときかは、覚えてはいないが、確かに思ったことはあった。

――「なぜ、虫の息のトリニティやゲヘナを手ずから攻撃するのか」

 

自滅するなら放っておけば良い、連中の自業自得なのだから。

なのにどうしてこんな日々の過酷な訓練を繰り返してまで、攻撃の準備をするのか。

「貴様!かつてアリウスを追放した大愚共に自ら引導を渡すことで、この歪んだ歴史を罰そうとは思わんのか!?」

このように反逆者扱いされるかも知れないからと、無意識に封印していた疑問が再起した。

 

セラ「……正直、分からないです」「なぜ自滅寸前の敵を、倒しに行かねばならないのか」「手ずから引導を渡すことで、歪んだ歴史に一矢報いる、トリニティに誅伐を与える、ゲヘナとの長い因縁に終止符を打つ、という大儀に繋がる事は理解します、ですが」「その報いというのは、自滅という末路を両者が辿った時点で既に成されているというか……」「私達が危険を冒してまで討ち取る価値があるとは、思えないです……」

ベアトリーチェ「………………」

セラ「っ!……」

 

私の目を見据えたまま黙っている、油断した、余計な本音まで言い過ぎてしまった。

 

ベアトリーチェ「………………」

 

冷や汗、体から心が揮発したのか、地面に足が付いている感触がしない。

 

セラ「……、!……」

 

顔が俯くのを止められない、呼吸を制御できない。

部屋の随所の暗闇から、今すぐにでも死神が出てくるのを覚悟する――。

 

ベアトリーチェ「――あなたは、本当にアリウスの事を思ってくれているのですね」「あなたを呼んで、正解でした」

セラ「……ぇ?」

 

今日の嫌な予感が、全部外れてくれる現状を前に、らしくもなく口角が上がりかけた。

 

ベアトリーチェ「本題へと戻りましょう」「これを御覧なさい」

セラ「――!」

 

壁面に映る、どこも崩れかかっていない建物、汚れや破れなどとは無縁の色味鮮やかな服飾、どんな味と匂いなのか分からないのに美味しそうと思わせる食べ物。

あの子が見せてきた本と酷似した内容だった。

 

セラ「これ……は……」

 

そして、その写真たちは動いていた。

場面はいくつも切り替わり、数十分にも及ぶ、アリウスのどこにも存在しない景色の羅列は、まやかしだと思った夢が現実のものであることを示唆した。

そう、憧れた外の世界は、実在していたんだ。血にまみれた訓練も、寝床や建物の墓場もない。

食事は笑顔に満ちていて、誰もそれを取り合って傷つけ合わない。

かわいいもので埋め尽くされた、あの子が、私が夢見た、完璧な世界。

 

今の感情はよく分からない、実に複雑だ、でも強いて言うのなら――。

――嬉しい、それが一番しっくり来る、でも素直に喜べない疑問と言うノイズが水を差す。

そんな折、真実についての授業が、私の虚を突く。

 

ベアトリーチェ「かつてのアリウス自治区も、この様に生彩を放っていました」

セラ「?……、……!?」「いま、なんと……?」

ベアトリーチェ「この映像は現在のトリニティ総合学園の風景を撮影したものですが、これと同じようにかつて追放された先のアリウス自治区には活気が溢れ、色とりどりの幸福で溢れていました」

セラ「ア、アリウスが……!?」「じゃあ、なんで今は……?」

ベアトリーチェ「トリニティのせいです」

セラ「……トリニティが?」

ベアトリーチェ「大昔、私がアリウスに訪れる前、トリニティによるアリウスの弾圧作戦で自治区は衰退の一途をたどりました」「……理由は単純、アリウスの消滅を目的としていたのです」「その不遇さを見過ごせぬと、私が訪れた時、自治区はとても酷い様相だったこと、今でも記憶しています」

セラ「追放した挙句……、消そうとした……?」「で、では、私達が学んだ歴史は……」「……外の世界はどこも凄惨というのは!?」

ベアトリーチェ「……ごめんなさい」「私の意思で、嘘を教えるようにしました」

セラ「――――」「どうして……」

ベアトリーチェ「あなた達の為でした……」「迫害と追放の歴史から、謂れの無い罪の清算を今も強要されるアリウスの現状」「もし本当の事を知れば、あなた達は生きる活力を失ってしまう」「何のために生きて、否、何のために生まれて来たのかを見失ってしまう、と!」「……この世は誰もが生き、幸せを求める権利があるはずなのに、それすらも奪われてしまうのではと危惧してしまったのです……」

 

外の世界に行ってはいけない理由、それは危険だから。

私は能動的に解釈を変えた。

ひどい戦場だから、なのでは無い、私たちの居場所が無いのだ。

 

セラ「それだけの理由が……」「では……私を呼んだのは……?」

ベアトリーチェ「アリウスを守るためです」

セラ「守る……?」

ベアトリーチェ「私たちの仇敵たるトリニティが、ゲヘナとの諍いを止め、共に手を組んで私たちを再び跡形もなく始末しようと企んでいるのです」

セラ「は…………トリニティに、ゲヘナが?」「なんで私達を……?」

ベアトリーチェ「トリニティの、権威のためです」

セラ「…………っ!」

ベアトリーチェ「映像の通り、トリニティは忌々しくもこのキヴォトス……この世界において1,2を争うほどの利権を有しています」「……ですが、それは同じく力を有したゲヘナ学園との対立から、長年決着のつかない首位争い止まりが続いていました」「しかし、ここ最近でトリニティが施策を変えてきたのです」

セラ「トリニティとゲヘナがキヴォトスでトップクラス……」「諍いを止めてって……!」

ベアトリーチェ「そう、トリニティがゲヘナに和解を提案したのです」「エデン条約という和平交渉を呼びかけ、事実的に対立を無くすものですがその実、政治的な方法でゲヘナを勢力下に敷く下準備と言ったところでしょう、アリウスを追いやったときの様に」「その条約可決を円滑に進めるため、トリニティ、ゲヘナにとって共通の敵として私達を利用しようとしているのです」

セラ「じゃあ、なんで私たちが……」「なんでそんなことを……」「なにもしていないのに……っ!、向うのが恵まれてるくせにっ!」

ベアトリーチェ「より大勢の結束を進める上で最も効率的なファクター、それは”共通の敵”です」「それを成立すべくトリニティがゲヘナに吹き込んだのでしょう、歴史的に見てゲヘナとアリウス分派の対立の事実もありますから容易に事が進むでしょうね」「トリニティからすれば都合の良い交渉材料、そして臭いの立つ歴史のゴミを消す事が出来て一石二鳥、邪智深いトリニティの思いつきそうな算段です」

セラ「っ!――――」

 

強大な理不尽が、私の片目の瞼を一瞬ピクッと強くはじく。

驕慢、搾取、弾圧、――ゴミ。訓練で学んだ事、授業で教わった嘘、何一つ誇ったことも尊いと感じたこともないはずなのに、その言葉で表現されるのは許容できなかった。

 

――十七番「やった!、初めて当たった!」「セーラーちゃーん――!」「セラちゃんの考えた名前が良いんですっ!」「――約束だよ!」

 

あの子と出会ってからの日々、それを通して得た物。

楽しかったんだ、と振り返られる初めての宝物を、踏みつぶされたようだった。

ここでの苦と楽を一緒くたに、向こうは何の感情も抱くことなく、全てを無かったことにされる……。

 

――悪逆なトリニティ「――撃て」

 

セラ「ふ」「ふ、ざ、け……っ!」「――ふざけるなぁっ!」

ベアトリーチェ「!――」

 

銃声をかき消すための大声を、自分が出したことに驚いた。

 

セラ「……!、し、失礼しました!」

ベアトリーチェ「……あなたの怒りはもっともです……いえ、むしろその怒りが必要なんです!」「アリウスは歴史の被害者、それに飽き足らず、健気な邁進を続けるアリウスが再び搾取されるのを、私は黙って許容する気はありません」「恵まれた日々を浪費し、より強欲で愚かなトリニティのこれ以上の狼藉を、あなたは許せますか?」

セラ「っ!……」

ベアトリーチェ「アリウスには、あなたの力が必要なのです、一石セラさん!」

 

写真の世界への想像は、その世界で暮らす私とあの子の姿だった、――今は違う。

その世界を火の海にしたい、ここみたいにしてやりたい、めちゃくちゃにしてやりたい、この世界(トリニティ)を、私たちの世界(アリウス)で塗り替えてやりたい!

 

セラ「でも……」

 

(はらわた)が煮えくり返る思い、それと同時に世界について何も知らなかった自分が恥ずべき存在であると再度認識したところで、自分だけが必要とされている意味が分からなくなった。

そして、敵の強大さをこれでもかと説明されて、怒りと共に恐怖も育っていた。

アリウスのため……私に何ができる……?

 

セラ「私なんかに、何ができるのか……」

ベアトリーチェ「”なんか”ではありません、そのような自虐は止しなさい」「あなたはこんなにも”頑張っている”じゃないですか!」

セラ「…………!」

 

マダムは俯く私の顔を両手で支えた。

暖かった、頼もしく感じた、この人のために何かしたいと――。

――この人に認められたいと心から思った。

 

セラ「わ、わた……しが?」

ベアトリーチェ「もちろん!、あなたが今日までアリウスのために尽力してくれていたことを、私はよく知っています!」

 

映像が切り替わる、壁一面に映っていたのは――。

 

――教官「――撃てっ!」

 

――ダ、ダ、ダ、ダ、ダ、ダ、ダッ!

 

――アリウス生徒「ヒット、十九番一石(ひとし)セラ、全弾命中!」

――セラ「………………」

 

セラ「――――――――」

 

――訓練をこなす私の姿だった。

 

いつの間に撮っていたのか、という疑問は些事だ、――嬉しかった。

私はただ無意味に1番を目指していたのではないと、今日この日のために頑張っていたのだと初めて気が付いた。――初めて自分の人生に意味が、目標が与えられた。

ちゃんと見てくれていた、ただ惰性で進めてた日々が、足元だけを見て歩いてきた軌跡が、私を(この方)の下へと導いてくれた!――運命に感じた。

 

セラ「はい……はい!わたし!頑張ったんです!」「わたし!ずっと!がんばって!……」

 

思わず涙が溢れる、日の目を迎えるという言葉すら知らない私にとってその賛美は、余りにも甘美な報酬だった。――隙を生んだ、突かれた。

自分の知らない傷を癒し、無意識の願望を叶えてくれた――認められる――、誰しもが持つ本能を。――もう、抗えない。

 

マダムはそっと私を身に寄せてくれた、私は彼女の胸の中で、人生で最も、赤子のように泣いた。

この人が私にとって、無条件の愛の対象になった。

――なってしまった。

 

そうか、頑張っていたんだ私、とこの世の全てが愛おしい気持ちで一杯になった。

――なることを許すしかなかった。

 

セラ「なんでも!、なんでもご命令ください!」

ベアトリーチェ「これは、とても恐ろしい任務です。もしかしたら、あなたからの信頼を裏切ることになるかもしれません」

セラ「ありえません!アリウスのため、いえ貴女のためなら!この身も惜しくありません!」

ベアトリーチェ「嬉しいわ、セラ」「あなたこそ、アリウスを導く救世主です!」

 

――”ラキュラーの詩書”の力の片鱗、心理誘導などお手の物なのだから。

 

ベアトリーチェ「……本当にいい子」

 

マダムによるアリウス防衛計画の概要、私はトリニティ総合学園に1年生として入学する。

そしてエデン条約調印に伴うゲヘナと共同の、アリウス侵攻作戦が実行されるまでの間に、政治的あるいは戦力的に優れた組織に潜り、”ラキュラーの詩書”で生徒達をありったけ洗脳する。

トリニティを内側から陥落させる為の駒を作るために。

 

――私たちの誇りに指一本触れさせてなるものか!と、この時は躍起になっていた。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 ベアトリーチェの部屋。

 

セラが部屋を後にし、最前線へと向かった後、アリウスの指導(支配)者は――。

 

ベアトリーチェ「スペアの確保は彼女で決まり……」「使う場面が、訪れない事がベストではありますが……」「嘘で固めた偽の優しさへの忠誠、ラキュラーの詩書による感情の増幅と心理の誘導……」「レムレース案……、想定以上に上手くいきましたね」

 

――扇で隠した口元から笑い声を滲み出していた。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 いい天気の日だった、久しぶりに住処へ戻るのは。

晴れた空が好きになった、鬱陶しい雨粒も無ければ、乾いた地面がこうして走っても足を取るどころか押し返してくれる。

 

セラ「はぁ……!、はぁ……!、え……へへ……毎日、こうだったらいいのに!」

 

――私を高揚させるほどの希望が、私に世界の良さを教えてくれていた。

 

そして私は地面じゃない方を見ながら、一心不乱にあの子の元へと目指していた。

トリニティの陥落とアリウスの復興……あの子に、あの本に書いてあった……あの世界を見せてあげられるかもしれない!、と。

 

セラ「早く、……探さなきゃ!」「……連れて行ってあげなきゃ!」

 

アリウスが復興すれば、耳障りな銃声が止んで!建物も新しくなって!かわいいもので囲まれた生活ができる!

 

セラ「(でも、できるかな……)」

 

――セラ「……うるさいっ!!」「……もう、そんな馬鹿馬鹿しい話しないでっ!!」

――十七番「っ!……」「……ごめんなさい、……お邪魔しました……」

 

セラ「……まずは、謝らなきゃ!」

 

そうだ、私はあの子が大事だ、かけがえのない存在なんだ。

もしあの子が私を許してくれたのなら……、その時私は初めて、この世界で一番の幸せ者になれるんだ!

 

セラ「……名前、結局あれしか思いつかなかったな……」

 

でも、ピッタリな気がして……あの子も気に入ってくれる気がして……!

早く、早く会いたい!――。

 

「もう、収まったかな……?」

「さっき懲罰隊が引き上げていったのを見たよ!」

「粘ってたみたいだけど、やっぱり捕まったか」

 

――許された後を、幸せな未来を、想像してしまったんだ。

 

「いや、誰も連れてないみたいだったよ?」

「その場で始末したってこと?」

「そうみたい、思ったよりも抵抗してたから」

「懲罰部隊相手にすごい……、名無し(レムール)なのに」

 

何か聞こえた、さっきまで何か戦闘があったのかな。

懲罰隊って、また誰か逃げようとしたのか……、無理もないな……。

もう少し待ってくれたら、あの子と一緒に連れて行――。

 

動かない誰か「……………………」

セラ「――――――――え?」

 

――でも、それは、限りなく”あの子”に似たソレが、私たちの住処の前で地面に突っ伏しているのとは、無関係だよね……?

 

ほんとうにかえってきてる……なんでこんなところでねてるの?とびらのまえでねてたらじゃまだよ?

 

水面の向こうにいる誰か「もう、邪魔だよ……」「寝るなら、歩かない所にしてよ……」「……なんで、黙ってるの?……」

 

水面の向こうにいる誰か「ひさしぶり……じゃん、うるさいこえ……きかせてよ……」「ただいまって……、いってよ……」「ごめんねって……、いわせてよ……」

 

――静かなこの子は銃を持って、装備も付けていた。――立つ力が奪われる。

 

訓練だったのかな?いや、訓練が終わったら返さないといけない……この部屋には持ち込めない。

返し忘れたのか……この子ならそれぐらいのミスはするか……。疲れて寝るくらい頑張ったんだろう。

 

――装備も服も、全部濡れていた。――息が浅く速くなる。

 

今日は雨なんて降っていないのに……、わざわざ水たまりの中で寝るなんて……、風邪ひいちゃうよ……?。

 

――装備を外すと、懐からひどく汚れた本が出てきた。――手がひどく震え始める。

 

あの本だ、こんなに汚れるまで……そんなに気に入ったんだ……よかったね、本当にあったんだよ……。

私が連れて行ってあげるよ……だから、2人で――。

 

”赤い水面”の向こうにいる誰か「――――――あ」

 

赤く染まった本の表紙に、黒い文字が浮き出ていた。

 

”絶対!セラちゃんといっしょに パンケーキ食べる!”――この子の字だった。

 

名前の知らない顔「……………………」

 

――もう光を反射することのないこの子と、目が合った。

 

「っ、 、 、 うあああアアア――、アアアアああアア――アアああ――あああああアアアアッ!!!」

 

――守りたいと思った世界(アリウス)と、壊したいと思った世界(トリニティ)は、別々の世界なんかじゃ無かったんだ。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 また、古びた扉が軋む音。

夢が終わるように本は幕を落とし、突如さっきまで自分がいた景色に戻されたことで、フランは我を取り戻す。

 

フラン「――――」「…………っ!」

セラ「どうですか?私の事、分かりますか?」「分からなくなってますよね!?」

フラン「………………」

セラ「あ、あの、大丈夫……ですか?」「……顔色が、悪いような」

 

フランは動けないでいた、手足も、目さえも。

嫌な汗と鳥肌と、震えが彼女の後悔と罪悪感を激励する。

 

セラ「あ……あれ?、私間違えちゃった……?」「し、しかもとんでもない間違いをしたんじゃ……」

フラン「――ウッ!」

セラ「……う?」

フラン「――ウオエエエエエエっ!!!」

セラ「うわぁぁあああっ!!?」「だ、大丈夫ですか!?、嘘……、記憶消すのってこんなに負担かけちゃうの!?」

フラン「うぅ……、えぇ……ぇぇ……」

 

吐いても収まらない、そんな程度じゃ収まるはずがない。

 

セラ「ほ、本当にごめんなさい!、こんなことになるなんて……」「い、医務室に行きましょう!、立てますか!?」

フラン「……んん、……大丈夫だよ」

セラ「で、でも……!、後遺症とか!、何があるか分からないですし!」

フラン「そっちじゃないの!!」

セラ「へぇっ!?」

フラン「体調は、大丈夫なの……それよりも、セラ……あ、あなた……」「今のが本当に……、あなたの記憶なの……?」

セラ「え……どういう……まさか」「私の記憶を……見たのですか……?」

 

鼻をすすり、顔をしかめ、黙ってうなずく。

そして、目の前の少女の顔、――”赤い水面”に写ったあの顔と目が合った。

本当にあったことなんだと、身体を支える常識に亀裂が入る。

 

セラ「まさかぁ……そんな大失敗……消すどころか、全部教えるなんて……う、嘘ですよねぇ?」

フラン「あ……」

セラ「あ、あのぉ……き、記憶消えてますよねぇ……?」「わ、私の記憶、見てなんかいませんよねぇ!?……」

フラン「……あ……、あぁ……わ……私……わた……し」

セラ「な、なんで泣いてるんですか!?」「そんなに私の人生が見るに堪えないんですかぁ!?」

フラン「ち、違う!!、わたし……」「……なにも、知らなくて……勝手に……面白そうって……軽い気持ちで……」「ご、ごめん……なさ……」「ごめんなさぃいいっ!!」

セラ「ふぇぇえええ!!落ち着いてくださいぃぃいいっ!!」

 

2人の違う方向にあった感情は共振し、お互い寄り添い、そして慰め合った。

 

セラ「お、落ち着きましたか?」

フラン「……うん、ありがとう……」「――それで、いつやるの?」

セラ「え!?……、それって計画の事ですか!?い、言う訳ないじゃないですか!」「と言うより、根掘り葉掘りバレてしまったのならしょうがない!正義実現委員会へ報告される前に今ここで――」

フラン「――私も手伝う」

セラ「あなたを拘束させていただ――……は、はい?」「な、なに言ってるんですか!?私の記憶ちゃんと見たんですか!?私、あなたの学園をぶっ潰そうとしてる……その……て、敵なんですよ!?」

フラン「あなたの記憶……人生(これまで)か、ちゃんと見たよ……」「ちゃんと見てあなた……、セラの味方になりたいと思ったの!」

セラ「………………どうして」

フラン「え、……なに?」

セラ「……?」「……じゃあ、お願い……します……?」

フラン「よし!じゃあ私とセラ、今ここで『トリニティ陥落部』発足だね!」

セラ「す、すごい安直な名前……、でも部活動は最低4人いないと……」

フラン「そこ突っ込むところ?」「なら、えっと……『フールズ・メイト』……で行こう!」

セラ「名前、そんなに必要ですか?」

フラン「当たり前だよ!強大な目標を持っているのなら猶の事!」「んじゃ、早速計画ね!」「いい?……、まず……」

セラ「えっ!?……ここで説明するんですか!?」「ていうか、もう浮かんだのですかっ!?」

フラン「なんか……、記憶見せられてから、すごい分かるんだよね……」「トリニティの仕組みと言うか、壊し方が……”ラキュラーの詩書”についても」「――とりあえず今日で終わらしちゃお!、私締め切りあるし!」

セラ「きょ、今日!?そんな宿題みたいに!?」

フラン「あなたの事を知ってるのは私だけじゃない、噴水のハナコさんに昨晩のことを方々にチクられたら、最初の一歩も踏み出す間に今度こそ捕まっちゃうよ」「……だから誰の予想も超える速度で、トリニティを陥落させる」

セラ「え……フ、フランちゃん!」「その、……いいの?」

 

それは無償の善意への恐縮ではない、フランの身を案じての問いかけ、つまり心配だった。

始めたら戻れなくなる、どういう結末に向かったとしても、という。

 

フラン「いいも何も……」「やらなきゃ、――でしょ!?」

 

かくして、突如トリニティを襲ったテロ事件の首謀グループ『フールズ・メイト』は、最初の暴走事件が始まる、わずか数時間前に結成されたのだった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 現在、正義実現委員会取調室A。

 

容疑者の供述がその場にいる全員の関心を独占していた。そして、それを特等席で聞いていたハナコは。

 

ハナコ「――――」

フラン「……あんな境遇の同い年を前にして……、動転していたのはあるかもしれないけど……手を貸したくなるのも納得でしょ?」

ハナコ「………………」

 

ハナコの目は見開かれ、フランの目では無く、机上の真ん中に位置する虚空を見つめていた。

 

フラン「……えっと、大丈夫ですか……?」「シミコちゃんに”すごい”と言わしめた先輩なら……期待、応えてくれるんですよね……?」

ハナコ「――っ!」「……失礼しました」

 

ハナコの沈黙は、想像を超えたセラの過去の苦しさに圧倒された、だけではない。

――ある仮定、揃ったと思っていた盤面に加えられた要素が結びつける、取り返しのつかない傷痕の存在。

 

ハナコ「続きを、……お願いします」

フラン「!、よかった……」

 

ハナコはフランの試験を易々と突破し、答え合わせを始めた。

 

フラン「――以上が、私の動機です」「……今度は、あまり驚かないんですね」「もしかして、途中で真相をお察ししてました?」

ハナコ「はい、叶うのであれば当たって欲しくない予想が……」

フラン「私にできることはここまでです、……救えるものなら救ってみてください!」「頼りにしてますよ、先輩!」

 

聴取を終えたハナコは思わず扉に背を預け、一息をついた。

だが思考は全力、ここから可能な最大多数の最大幸福(ハッピーエンド)を実現するための重要な一翼を進んで担った。

 

ハナコ「さて……」「何から始めましょうか♡」

正義実現委員会員「この聴取の結果……、すぐに共有した方が良いかと……」

ハナコ「そうですね……、まずは先生の元に報告をしましょうか」

正義実現委員会員「あ……先生は……すぐには難しいかと……」

ハナコ「難しい……?」

正義実現委員会員「せ、先生は現在、一石セラさんの聴取の最中です……」

ハナコ「!……、でしたら尚更一時中断してでも報告をしなければ!」

正義実現委員会員「そ、それが……」「何やら、対決をしているとか……で……?」「現在、双方とも面会謝絶状態にあります」

ハナコ「先生とセラさん……一体、何を…………?」

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