Re:Re:Re 魔女ノ魔法裁判   作:終滅の大魔女

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裁判前①-1 雪月花にさようなら

 ──私は瞳を瞬かせ、天井を見上げていた。

 見覚えのある、天井。もう見ることのないはずの、天井を。

「…………は?」

 それは私が一年前、いつも寝る時に見上げていた天井。本州とは遠く離れた孤島に存在するとある牢屋敷の牢獄の天井。あの……凄惨で残忍な『魔女裁判』が行われていた……十三人の魔法少女たちが殺し合った……絶望の館の一室。

 だが、それはもう終わったはずの物語だ。十二人の魔法少女を絶望の淵に堕とし、魔女化した十三人による儀式によって大魔女を召喚し、大魔女──────私の親友である月代ユキを『打倒(説得)し』、ユキは……すべての『魔女因子』をその身に宿して世界から消えた。それで終わり。魔法と魔法少女の物語は終わりを告げたはずだ。

 私たちは──この牢屋敷に囚われた十三人の魔法少女は『一般人』として世間に戻ったはずだ。魔法の使えない──ただの人間として。

 だが事実、私は今、ここにいる

 いるはずのない場所に、いる。

 それが示すモノはなんだ?

(なんだ、これは?)

 すべては終わったはず。何もかも片が付いたはず。魔女と魔法少女の因縁は完結し、私たちは日常へと帰還したはず。その記憶は確かにある。

 エマと外で過ごした記憶は大切な想い出だ。私たちは……互いの空白を埋め合うように、時間を重ねていった。

 そのはずなのに。

(『死に戻った』……? だが、なぜ?)

 私の魔法──『死に戻り』は一日以上の遡りはできない。無論、二周目の最後では魔女化が進行していたこともありもっと前に戻れたが……あれは例外中の例外だ。そもそも三度目の世界ではユキが魔女因子すべてを道連れに消失した。当然、私の保有していた『死に戻り』の魔法も回収され、私は魔法を使えないただの人間に戻った。それでいいと思っていたし、それに不便を感じることもなかった。

 けれど事実として、私は今牢屋敷の牢獄にいる。

 その事実が示すモノはなんだ?

(政府の連中か? 奴らは魔法少女を危険視していた……。『過激派』あたりが元魔法少女を再びここに閉じ込めたのか?)

 だとしても、違和感が残る。確かに『過激派』は元魔法少女を──特に私を含む大魔女を打倒した十三人の元魔法少女を危険視していたが、彼らは少数派閥で何よりも『穏健派』が抑えていたはずだ。仮に『過激派』が『穏健派』の目を盗んで元魔法少女を攫ったのだとしても、だとすれば彼らは私たちを殺害するはずだ。危険な元魔法少女を生かしておく意味などない……というのが彼らの基本主張のはず。

(ならば、やはり『死に戻り』……。何らかのきっかけで私は私の魔法を取り戻したのか?)

 可能性が絶対にないとは言えない。魔法は現代科学とは系統が違いすぎる力だ。解明もされておらず、仕組みも分かっていない。何が起きたとしても……不思議ではない。

(だが、それも結局は仮定……。確証などない)

 どちらにしても証拠などないし、考えているだけでは議論は発展しない。今必要なのは何よりも情報だ。そして情報を得るために必要なのは何よりも行動だ。

 そう、魔女裁判と同じ。

 証拠を集め、考え、議論し、真実を導く。私がすることは何も変わらない。いつも通り、それだけでいい。

(……ここで考えていても仕方がない。動こう)

 ひとまず、他の魔法少女と会うべきだろう。『死に戻り』ならば彼女たちはエマ以外私と初対面のはずで、『誘拐』ならば……全員が牢屋敷に誘拐されたのならば私たちは全員面識がある状態だ。正直、生きているのならばこの程度の状況どうとでもなる。私たちは……大魔女月代ユキを殺した魔法少女なのだから。

 この程度で殺されていてはまたユキが人類を滅ぼしたくなってしまう。

 そんなの、お笑いだ。

「ふっ」

 なんだか可笑しくなってしまい、私は思わず声を漏らした。『死に戻り』か『誘拐』か、はたまたもっと違う何かなのかは分からない。だが、私には自信があった。ここから無事に脱出して、またみんなと会える、外で過ごせるという自信が。

(私一人が『誘拐』されたのならば今頃エマたちが私を探しているはず。みんな私を見つけられないほど無能じゃない。『死に戻り』ならもっと簡単だ。エマと協力して仲間を増やし大魔女を復活させ打倒する。三度目と何も変わらない。──────いや)

 もしかしたら今度はユキをすらも助けられるかもしれない、なんて淡い希望が浮かぶ。そう、本当は……私はユキのことも助けたかった。私だけじゃない。エマだってそうだったはずだ。メルルも、シェリーも、レイアも。他の仲間たちも、きっとユキを助けることに賛同してくれる。

 メルルやユキがしたことは決して許されない。彼女たちは悪逆非道な人外だ。それは絶対に変わらない。

 だが、人は罪を犯したら絶対に許されないのか? 何をしても許されてはいけないのか?

 メルルはただ家族に会いたかっただけ。ユキはただ仲間の仇を取りたかっただけ。もとはと言えば人間のせいで、だったら少しくらい彼女たちにも救いがあってもいいんじゃないのか。

 心の底から反省し、罪を償う覚悟を決め、一生をかけて贖うと決意したのならば。

 私は、彼女たちを赦せる。あの時の約束を果たしたいと思える。

 私だって、そうだった。

 花火を見たかった。

 三人で見たかったんだ。

 だから。

「まずは、ここから出なければ」

 二段ベッドの梯子に足をかけ。慎重に降りる。こんなところで踏み外したら目も当てられない。何よりも下段にいるエマに笑われてしまうだろう。

(あぁでも、『死に戻り』だったらエマとは仲の悪いままか)

 それは嫌だなぁ、と思った。そう思ってしまったことに驚いて、私ははにかんだ。そう、今の私は……そう思えたことが幸せだった。

 ユキを『殺した』エマが嫌いだった。態とらしく自傷するエマのことが大嫌いだった。託したのにユキを護れなかったエマを憎んでいた。

 その確執は、もうない。

 その因縁は、もう私の中にはないんだ。

 『あの……ヒロちゃん……』

 伸ばされた手を包んでもいい。掛けてくれた声に愛を返してもいい。殺し合うためではなく、助け合うために近づいてもいい。なんて、幸せなのだろうか。

 そう、当然のことだ。桜羽エマは私の数少ない『大切』なのだから。

「エマ……」

 床に足をつける寸前、小さく呟く。二段ベッドの下段にいるであろうエマには聞こえない声量で。……私には罪がある。エマに対して、私は贖っても贖っても足りないほどの罪を抱えている。エマは『気にしないで』と言ってくれるだろうが……そんなことは関係ない。

 私は……取り返しのつかないことをしたのだから。私の未熟のせいで。私は。

 その時一瞬、私の鼻を刺激臭がさした。

 (そういえば先ほどから異臭が……)

 まぁ、この異臭に当たりはついている。どうせまた、ノアのスプレーアートだろう。注意しなくてはならないと思いつつ。私はエマに声をかけた。

「……いつまで寝ているつもりだ、エマ」

 返答はない。どうせまた、私の気を引きたいが故に寝たふりでもしているのだろう。『死に戻り』だとしたらなおさらその可能性はある。……本当に呆れた話だ。幼子でもあるまいに。そういうところが、私は今も嫌いだった。

 だが、直すことは難しいのだろう。私の『正しさ』に対する執着と同様に、それもまた……きっと、エマの『禁忌』なのだから。

 けれど私は。それでもエマを。

「いい加減にしてくれエマ。君が起きているのは分かっているんだ。看守が来る前に起きないか」

 返答は。

 ない。

 おかしい。いくらエマでもここまで強い口調で命令すれば応えてくれたのに。

 いくら、エマでも。

「…………エマ?」

 そして私は。

 私は。

 ワタシは。

 二段ベッドの下段、エマがいるはずのベッドを見て。

 見た。

 

 そこには、()()()()()()()()()()()

 

「──────ぁ………………???」

 思考が停止した。

 理性が蒸発した。

 脳漿が沸騰した。

 そんな表現さえも、陳腐に感じた。

「う、ぁ、……は、──────な……えぇ?」

 人は本当に衝撃的な事実に直面した時、まともに声も出せないのだという。私にとっての『それ』は今だった。どこかで、思っていた。前と同じように、前の前と同じように、前の前の前──一度目と同じように、エマがいつものように『誰かの気を引くような』わざとらしい声を上げるんじゃないかと。

 それに私は不機嫌気に応えて、エマは私に気付いて、それで。

 二人で今度こそ一緒にラウンジに向かって。

 二人で協力して、魔女裁判を、大魔女を、みんなを。

 ここから出るために、エマと協力しあえるんじゃないかと。

「え、ま…………?」

 ふらふらと、私は『それ』に近づく。胸部の上下運動が見られない。呼吸を、していない? 赤く、朱く、緋く。ひたすらな(あか)。血液の色。その匂いを忘れるはずもない。鉄が錆びたような独特な臭気。雪のように白い髪は赤く染め上げられ、制服チックな白と黒の衣装に赤が散りばめられ、左腕に付けた真白の花びらもまた──緋色に。

「ぁ、は、はは、はっ……は」

 呼吸が覚束ない。視界が滲む。世界が歪む。眩む。壊れていく。何もかもが、壊れてしまいそうなほどに。脆い、なんて、脆い世界なんだ。こんな世界。エマがいないのならば、こんな、ユキを殺した世界は、エマを殺した世界なんてっ‼

 『生きてよ、ヒロちゃん……!』

「ッ⁉」

 今、何を考えていた。世界を壊そうと……? それほどの殺意を、私は……!

 私は慌てて自らの爪を見た。

(っ、伸びている…………)

 魔女化の兆候だった。強いストレスを抱えた魔法少女は魔女になる。異常な爪の長さはその初期症状だ。

(落ち着け……)

 そうだ、冷静になれ。思えばこの牢屋敷に来るのもこれで四度目。四度が四度とも殺人事件が複数件起きていた。エマが殺されたとしても、それほど『ヒロちゃん‼』違和感はない。むしろ私が考えるべきはこれからのことだ。今が『一日目』の朝であるのならばこの後すぐにゴクチョーがモニタに映り、看守が現れるはずだ。『えへへ、ボクね、ヒロちゃんとの水族館に行くのとっても楽しみにしてたんだ!』その後魔法少女たちはラウンジに集められゴクチョーからこの牢屋敷の現状に関する説明を受ける。だが当然、そんな流れに乗る必要はない。そこで三度目と同じように魔女裁判の開廷を要求する。そして魔女裁判で『ほんとは、ユキちゃんとも一緒に見れたらって思ってたんだ』エマを殺した犯人を暴く。メルルやマーゴあたりが邪魔をするかもしれないが、もともと私はひとりでも戦えた。真実を追求するために仲間など必要ない。適度に利用し、適度に操り、そうして『魔女』の正体を暴く。そしてなぜ私が『戻った』のかも明らかにして。すべての真実を暴く。そしてエマを。

 そして。

 『だーい好きだよ、ヒロちゃん!』

 ……なんだよ。

「…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………うそだ」

 『正しい』流れを知っている。

 『正しい』動きを分かっている。

 『正しい』犯人を処刑して、『正しく』真実を明らかにするべきだ。

 

 …………………………そんなの、できない。

 

 二段ベッドの下で動かないタンパク質の塊。彼女はもう二度と起き上がらないし、目を覚まさないし。私はもう二度と、彼女と言葉を交わすことはないのだろう。

 それが、『正しく』分かる。

 『ヒロちゃんはね、本当にすごいんだよ‼』

 エマとの想い出が浮かび、消える。

「……いつもの、自演だろう?」

 『正しくない』。

 牢屋敷を出て、私たちは幸せを得られたはずだ。

 『ヒロちゃん! また来週ね!』

 正しくなかった『過去』を埋めるように、私とエマは絆を深め。

 一緒にカフェに行ったり、映画を見に行ったり、ショッピングをしたり。

 そして。

「私の気を引くための、自傷だろう?」

 『正しく』ない。

 あぁ、なのに。

 なぜだ。

 なぜだ?

 なぜだっ⁉

「そうだろう、エマ……?」

 『正』しくない。

 分かる。

 理解している。

 人間が、これほどの血液を外に出して、生きているわけがないと。

 『正しく』理解している。今まで何度も血を見てきたのだから。

 なのに、私は。

 私は。

 …………そうか。

「なんとか言ったらどうなんだ。……魔女裁判の時のように、雄弁に反論したら……」

 ……そうか、私にとって桜羽エマという少女は。

 嫉妬し、憎悪し、恨み妬み、殺意を持って計画的に殺そうとした、彼女は。

 『正しい』私に『間違い』を強要したエマを。

 私は。

 きっと。

「エマ」

 けれど今、分かることは一つだけ。

 もう。

 もう、彼女は、私の大切な親友は。

「エマっ」

 もう。

 もう、二度と。

「エマッ‼‼ エマッっっ‼‼‼ こんなっ、嘘だ! なぜ⁉ 返事をしてくれッ‼ なぁ、頼むよ……っ‼ 私が、悪かったから……ねぇ、お願い、します…………。起きてよっ‼‼‼ 桜羽、エマあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッッッ‼‼‼‼‼」

 孤独な牢獄に慟哭が響く。現場の保全など考えられなかった。私は縋りつく。赤く、紅く、朱い『それ』に。衣服が汚れることも気にせず。ただ私は叫ぶ。後悔と、絶望を。

 それが私の声だと気付くのにはしばしの時間が必要だった。……初めて、知った。私は、……私はこれほどまでに感情的になれるのかと。ユキが死んだ時ですらも……きっと、ここまでではなかった。

 いいや、それはきっとエマが。

 あぁ、今ならば分かる。

 エマは……あの時、私がユキの死に絶望しないように。

 きっと、無意識的に。

 ──────仇役を演じたんだ。

「うわあああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」

 始まる、四度目の世界。私にとっての四度目の牢屋敷。

 私は知ることになる。『魔女因子』を持つ『魔法少女』の『本当の罪』と。

 …………月代ユキが最期まで隠した、『魔女の真相』。この牢屋敷が建てられた、『本当の理由』。

 そして私──────二階堂ヒロが未来で犯した。

 最悪の咎を。

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