Re:Re:Re 魔女ノ魔法裁判   作:終滅の大魔女

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裁判前①-2 その死が始まりに過ぎないのであれば

 エマが死んだ。桜羽エマが死亡した。私の友達、親友……いいや、それ以上の存在だった彼女が、死んだ。また、これで二度目。私はまた、エマを守れなかった。

「う、うぅぅうぅううぅぅぅうううぅ!!! ああぁぁあぁぁああぁあああぁぁあああああ!!!!!」

 哀しみが溢れて止まらない。絶望が心を埋め尽くす。もうここで死んでしまおうか。そんな考えすら浮かんでしまうほどに、私は疲弊していた。そう、そうだ。今更になって自覚する。罪とか罰とかそんな『モノ』以前に、エマはこんな私の数少ない『大切』で。

 でも、それ以上だった。牢屋敷から脱出し得た日常。エマと過ごせる日常。それを失って今、気付く。私にとってどれだけ、桜羽エマが大切な存在だったのかを。

 本当に、大切だったんだ。目に入れても痛くないくらい、代わりに死んでもいいくらい、大切な…………。

「なぜだ……なぜ、なぜエマがっ……。 どうしてっ、殺されなければならないんだっ!」

 押し殺したように叫ぶ。

 沸々と怒りが湧いてくる。後悔の時間が終わり。理不尽な出来事への反抗が始まる。あぁそうだ。優しい人だった。誰よりも、優しい人だった。勘違いで辛く当たった私ともう一度友達になりたいと言ってくれたくらい、魔女裁判で吊り上げられそうになった私を庇ってくれたくらいっ、ユキとメルルの罪を許していまだに『友達』だと言い切れるくらいにっ! 本当に、優しい人だった!

 間違っても、殺されるような人間じゃなかった。エマと比べたら私なんてゴミのようなモノだ。圧倒的に、私なんかよりもエマの方が正しかった‼︎‼︎‼︎

(誰が、殺した)

 そいつを殺す。私のこの両手で(くび)り殺す。罪を分からせ、贖わせる。絶対に。生きてきた中で最もどす黒い感情が迸る。結局私は繰り返す魔女裁判の中で一度も被害者にも加害者にもならなかった。この牢屋敷で、私はエマに対して殺意を持ったがそれでも様々な要因のせいで誰も傷つけなかった。だから『これ』は私にとっての初めての『純真』。純粋で真なる『悪意』。

(誰がっ、エマを殺した)

 当然のように、エマは自殺するような子ではない。仮に、もしも仮に自殺をしたとしてもそこにはエマがそうせざるを得なかった理由が、エマを追い詰めた犯人がいるはずだ。エマは弱い子じゃない。彼女は、最後まで、ずっと、私のことを責めなかった。

 ユキが自殺したことで私はエマを責めなければメンタルを保てなかった。エマのせいにしなければ生きていけなかった。『私が留学していなければ』、『もっと連絡を取っていれば』、『留学する前にいじめを解決できていれば』。そんなもしも、後悔で胸が満たされることを恐れた。『私は悪くない』、『私のせいじゃない』、『ユキのことを託したのに守れなかったエマが悪い』。そんな責任転嫁で、私は逃げた。向き合うことから、逃げた。

 エマは、そんな私ともずっと。何一つとして言い訳することなく、私を。

「──────赦さない」

 断罪してやる。

 処刑してやる。

 人誅を下す。

 エマはきっと、過激な復讐など望まないだろう。優しい子だったから。きっとこんな私にも困ったような笑みを浮かべるはずだ。

(でも、もう止まれないんだ)

 メキメキと、自分の身体から音が鳴っているのが聞こえる。爪が伸び、皮膚が罅割れ、魔法が強化されていくのを感じる。心はとっくに限界を向かえている。三度目の魔女裁判の時よりももっと『深く』、『私』が書き変わっていくのが分かる。

(もう、戻れないんだ)

 戻れないし、戻るつもりも、ない。幸いにも私はまだ『なれはて』になったわけでもなければ、かつてのエマのように心をなくして大魔女の操り人形になっているわけでもない。魔女化も、まだ抑えられる範囲だ。……殺意の発露こそあるが、こんなもの、なんでもない。

 エマを失った悲しみに比べれば、この程度そよ風にも感じない。

「魔女裁判を開き、犯人を見つけて、処刑台に送る」

 それで終わりだ。それで終わりにする。その後のことは、今は、考えられない。

 『それ』が横たわるベッドから離れ、私は私に誓いを立てる。

「私は必ず、エマを殺した犯人を」

 その時だった。

「はあああああああああっ‼‼‼ あっ、ああああああああああああああああああっっっ‼‼‼」

「頑張ってくださいっ、シェリー‼」

 ガン! ガン! と、牢屋敷が壊れてしまうのではないかと思うほどに大きな音が聞こえた。

(この声は……シェリー……?)

 続けざまにメリメリと何かが引き裂かれていくような、潰されていくような音が聞こえる。

「ちょっと、誰だか知りませんけれど、どうしたんですのっ⁉」

「キミっ! 大丈夫なのか⁉」

 レイアとハンナの声も聞こえた。いや、よくよく耳をすませれば他の魔法少女たちの声も聞こえる。……私が最初に考えていた通り、ここには大魔女を殺した元魔法少女たちが全員いるらしい。それに。

(レイア、ハンナ……。そうか、やはりこれは『死に戻り』)

 言うまでもなく、私たちは全員が全員親しい仲だった。大魔女を殺すために命懸けで協力して戦ったのだから当然だ。──戦友。そう表現しても差支えがない。なのにハンナは『誰だか知りませんけど』と言った。レイアは私のことを『キミ』と呼んだ。私たちの仲ならば声を聴けば姿が見えなくても誰が誰かなんて分かる。それでもハンナとレイアは私の名前を叫ばなかった。つまり、知らないんだ。二人はまだ私の名前を知らない。

 だから、確定だ。ここは過去。私たちが関係を結ぶ前の時間軸。

 私はまた『死に戻った』んだ。ここは四度目の牢屋敷なんだ。

 私はそう理解する。

「うわあああああああああああああああっっっ‼‼‼」

 そしてバキッ‼ と、何かが壊れるような音がした。

「ありがとうございますっ‼ シェリーっ!」

「私も行きますよ!」

 カラン、と何かが落ちる音がして、ドタドタと足音が聞こえてくる。

(まさか、牢を脱出したのか?)

 シェリーならば鉄格子を無理やり捻じ曲げて壊すことは可能なのかもしれない。実際、シェリーの魔法は『怪力』。その気になればログハウスを持ち上げられるほどの膂力を発揮できる。そんな彼女が本気を出せば確かに鉄格子を壊すことくらい可能なのだろう。

 そしてそれは事実だった。

「誰だか分かりませんが、大丈夫ですか⁉ 私が来たからには、もう大丈夫です! んぬううううううううううううううううううっ!!!」

 スカイブルーの髪を携えた『探偵』少女が私の牢の前に来て、その鉄格子に手を掛けた。メキメキと鉄格子が軋み、壊れていく。それを私はぼぉっと見ることしかできない。動けない。

 ありがたいことだ。本当にありがたい。まだ牢の鍵は開いていない。である以上誰も外には出れなくて、ラウンジへと集まることもできないのだから。

(でも……)

 だが。

 だが、もう、手遅れなんだ。

 そう思って、私は下を向いた。……死人は蘇らない。例え私が魔法を取り戻していたところで私は通常『当日の目が覚めた時』までしか魔法で戻れない。今日、目が覚めた時既にエマは死んでいた。だから手遅れなんだ。奇跡は二度も三度も都合よく起きない。あの時三度目の朝をむかえられたのは間違いなく『奇蹟』だった。今、ここで、死んだところで。『戻れる』保障は、ない。むしろ私が魔法を取り戻せていないのならばその『死』は無駄死にだ。私は『戻る』ことなく死ぬ。本当に純粋な死だ

「ヒロ‼ 大丈夫ですかっ⁉」

 懐かしい声が聞こえる。大切な『友達』の声。その声に私は弱弱しく応える。

「……あぁ、私は大丈夫だ。だが…………」

 笑える。何が、『正しい』だ。何も守れなくて、いつも手遅れで、最後まで役に立てない愚図が。何が『正義』。何が『正道』。何が『正しさ』だ。

 私は、いつも間に合わない。

「エマが……」

「エマ? エマもここにいるんですか?」

 声に、私は応えられない。だって、もういないんだから。私はもう二度とエマと話をすることができないんだから。

 もう二度と、エマは私に笑ってくれないんだから。

「それでヒロ、エマはどこに……」

 その声に応えるように、私はゆらりと二段ベッドの下を指さした。厳密にいえば、そこに『桜羽エマ』はいない。そこにあるのは、エマだった……桜羽エマだった……タンパク質の塊。……死体だけだ

「ぇ」

 視界の端に映るお姫様のように豪奢なドレス。

 私が指をさした方向に、それを身に纏った少女が歩く。彼女が被っていた帽子がズレ、床に落ちる。白い薔薇が装飾された、これまた豪華な帽子。

「エマ? 寝てるんですか?」

 そうであれば、どれだけよかっただろう。ただ寝ているだけなら、エマは数時間後に目を覚ます。そうであれば、どれだけよかっただろう。

 逃げたくなる。また、現実から逃げたくなる。見たくないモノを見ないで済むように、見たくないモノから眼を逸らしたくて。

 でも、それじゃダメなんだ。私はエマを殺した犯人を見つけなければならない。私が、エマを殺した犯人を処刑台に送る。そのために、まだ、逃げられない。

 逃げたくない。

「エマ?」

 甘ったるく、か細く、どこか神秘的な声が『大切な人』の名を呼ぶ。その名を、よく呼んでいた。これから先も、ずっと呼んでいたかった。

 その声に、懐かしさを覚える。昔はよかった。なんて思う。昔は、中学の頃の屋上でよく話をした。どこかに行きたいとか、何かをしたいとか、そんなことを、話した。

 あの頃は、幸せだった。その幸せが、ずっと続けばよかった。

「…………エマ?」

 声。

 声が。

 ────────────こえ?

「エマ。ヒロも、いますよ。今私たち、とんでもない状況で」

 ………………………………────────────待て。

 待て、待て、待て。

 待ってくれ。

「エ、マ……?」

 今、誰が、私の名前を、呼んだ?

 どうして、私の名前を呼ぶことができる? 知っているっ⁉

 知らないはずだ。私はおそらく『死に戻った』。つまり、この牢獄にいる人間とは全員初対面。私の名を知っている人間などいるはずがない。唯一の例外はエマだったが、そのエマは既に死亡している。である以上、私の名を知っている人間は、私の名を呼ぶことができる人間はいない……。

 魔女図鑑で見た? 可能性としてはあり得る。だが、目覚めたばかりの今、わざわざスマホを確認するやつなどいるか? 少なくとも今まではそんな人間いなかった。たまたま? たまたま魔女図鑑で私の名前を知った人がいた? 今回は? そうだ、違う。そうにきまっている、違う。だって、それならこんな親しげな声で呼びかけない。だって、それなら少なからずの『不安』が混じるはずだ。私たちは初対面で、私と『誰か』は知らない人同士なんだから。

 なのに。なんで。『正しくない』。

「エマっ⁉」

 それに、何よりも、だって、嘘だ、今聞こえた、声は。

 『だって私たちは友達ですから』

 違う。そんなはずはない。

 『──あなたは正しくない』

 違う。だって彼女は。

 『さあ、共犯者になりましょう』

 違う。違う。違う。

 『ヒロ』

 違う! 違う! 違う!

 違う違う違う違う違う違う違う違う違う『では魔女裁判を始めます』違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う『一方的な惨殺です』違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違『元々持っていた魔女因子が全て消えたわけではありません』う違う違う違う違う違う違う違う違う違『私を殺せば、計画が止まると思いましたか?』う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う『ヒロ』『ヒロ』『ヒロ』『ヒロ』『ヒロ』‼‼‼‼‼‼‼

「そんな……嘘です……、どうして…………」 

 だって、うそだ、そんな、まさか、ありえない、起こりえない。

 はずなのに!

「エマっ! エマなんですかっ! ねぇ、エマっ‼‼‼」

 ギチギチと。

 ブリキ人形のように、首を動かす。すべての前提条件が覆る。まるで、天動説の方が正であったのだとでもいうように。まるで、地球は平面であることこそ真実なのだとでもいうように。まるで、魔法がある世界が当たり前だとでもいうように。

 狂っていく、認識。

 『人間を滅ぼすことが……重要ではないと思えてしまった』

 壊れていく、認知。

 『私はあなたにいつも救われていました』

 死んでいく、理解。

 『だから……さようなら』

 首を、動かす。

 振り返る。

 振り返る。

 ふり、かえる。

「起きてくださいっ‼ エマっ‼」

 そして。

 そして。

 そして。

 『──ユキのことを頼んだ』

 そこには。

 『──うん、任せて!』

 ──────あの日の、誓い。

「…………………………………………………………ユ、キ?」

 そこにいたのは、私のもう一人の親友。

 既に死んでいるはずの、死んでいなければおかしい、エマよりも深い白き髪を携えた少女。

 私が留学している間、エマが護りきれなかった、美しく、可憐で、蠱惑的ですらあるファム・ファタール。

 いじめを苦にして自殺した『弱い女』。

 そんな風に偽って人類の滅亡を企てた──────『悪の』大魔女。この牢屋敷の、魔女裁判の、すべての、黒幕。

 そのはずだった、本物の魔女。

「エマっ、エマッ‼︎ ああ、どうしてっ⁉︎」

 

 月代ユキが、そこにいた。

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