「我、はらぺこなり。早う晩餐を用意せよ」
魔王がソファにふんぞり返りながら、偉そうに腹を鳴らす。
「僕も、お腹すいたー。おじさんの手料理でいいから、早く作ってよ」
凛も同じくソファから顔を出し、期待のまなざしを向けてくる。
「……お前らなぁ」
俺はため息をつきながらも、手は止まらない。
たった一日で、俺の立ち位置はすっかり「主夫」に確立しつつあった。
それを受け入れてしまっている自分もどうかと思う。……悪くないのが腹立たしい。
「ほれ、手が止まっておるぞ。何を考えておるか知らぬが、我らは空腹じゃ。腹ペコじゃぞ」
「はいはい、仰せのままに」
俺は肩をすくめ、台所のまな板に並んだ食材を見下ろす。
肉とじゃがいも、人参、玉ねぎ――定番中の定番だ。
「おじさん、エプロン似合うね」
「相変わらずお前は……」
ソファーの背から顔を出した凛が、にやにやと笑う。
ほんの昨日まで、俺は命を賭けて剣を握りしめ、魔王を討つために旅をしていたはずだ。
だというのに今はフライパンを振り、包丁を握り……まるで別世界だ。
本当にこれでいいのか――そう思わなくもないが、腹を空かせて待つ二人の顔を見てしまうと、そんな迷いも少し和らぐ。
「勇者よ、晩餐は何じゃ?」
「肉じゃがにございます。味噌汁も添えておきますので」
「おじさん、料理“は”できるもんね!」
「そこ、強調するんじゃない!」
機関では料理なんて習った覚えはない。
旅の途中で金も尽き、教会も遠く、野宿の夜に空腹をごまかすために必死に鍋を振った日々。
通りすがりの村人や教会の料理係にレシピを教わりながら、俺は独学でどうにか「食える料理」を作れるようになった。
結果、冒険のスキルはそこそこ、サバイバル料理スキルは一流――というわけだ。
ジャッ、ジャッ、と油の弾ける音が台所に響く。
刻んだ玉ねぎを炒める香りが部屋に広がり、空気を一気に温かくした。
「……いい匂いだ」
魔王が鼻をひくつかせる。
「おぬしの剣技はともかく、この匂いは一流の戦闘力を持っとるな」
「戦闘力の単位が変わっとるわ!」
俺は苦笑しつつ、じゃがいもと人参を加え、コトコト煮込む鍋を見つめた。
――勇者という肩書きよりも、こうやって飯を作ることの方が、よほど人を幸せにしている気がする。
「おじさん、おかわりいっぱいしていい?」
「まだできてねぇよ」
凛の無邪気な声に、思わず吹き出す。
「はよせぬか。我、もう餓死寸前じゃ」
「お前が一番食うんだよな、魔王のくせに」
「魔王だからこそじゃ。力を蓄えねば」
俺は二人の声に苦笑しながら、鍋の味を確かめ、そっと火を弱めた。
―――――――――――――
「いただきます!」
凛が手を合わせた瞬間、魔王はすでに箸を手に取り、鍋から直接肉じゃがをよそっていた。
「魔王! せめて器を使ってくれ!」
「構わぬ。器を通すより早い」
魔王は堂々と答え、熱々のじゃがいもをひと口で頬張った。
「……熱っ!! 熱いではないかっ!」
「だから器を使えって言ってんだろ!!」
俺は呆れつつ、凛の茶碗にご飯をよそい、味噌汁を添える。
「おじさんこれ、すごく美味しそう!」
「味は保証しないが……あー、待て凛、魔王の二の舞になるぞ!」
「えー、大丈夫だよ。お腹空いてるから気合で!」
「気合でどうにかなるもんじゃねぇだろ……」
結局、凛は俺に冷ますのを手伝われながら肉じゃがを頬張るようになった。
「ふぅ……美味しい」
「そうか。ならよかった」
その横で、魔王はというと――
「このじゃがいも、なかなかの出来じゃな。ほくほくで美味い!」
「よかったな。それ“煮込みすぎて崩れかけた”やつだ」
「ふむ、崩れかけもまた味わい深い」
魔王は箸を止めることなく、器の中身を豪快にかき込んでいく。
なんというか……威厳ゼロである。
「おかわり!」
「我もじゃ!」
「……お前ら、少しは遠慮ってもんをだな」
「おじさん、肉足りないよー」
「我も腹の底がまだ満たされぬ」
俺は呆れながらも、結局二人の器に次々とよそい足す羽目になった。
本当に俺は何をやってるんだろうな……勇者って何だ?
しかし、不思議と悪くない。
戦場のような食卓だが、笑い声が響くこの空気は嫌いじゃない――そう思う自分に少し戸惑いながら、俺も箸を取った。