堀北と櫛田で『百合』 作:百合ξ紳士
二回目の人生、中学校生活。
——『ようこそ実力至上主義の教室へ』
ここが物語の世界の中だと知ったのは、
ネットサーフィン中に、『高度育成高等学校』という単語を見つけたからである。
あの瞬間、画面に映った馴染みのある学校名を見て、背筋がゾッとしたのを今でも鮮明に覚えている。
前世の記憶が一気に蘇り、まるで夢から覚めたような感覚だった。
申し遅れました、俺、相沢シュウと言います。
前世では”原作”を一年生編まで読んでいたが、黒塗りの高級車に追突されてしまい、今世に至るわけだ。
さて、俺は第二の人生をエンジョイしていて、気づけばもう中学生となっていた。
時の流れというものは無常だ。
昨日まで無邪気に遊んでいたかと思えば、今日にはもう思春期の入り口に立っている。
まあそれはいい。
そろそろ本題に入ろう。
あれは、中学一年生の初自己紹介の時。
新学期の緊張感が教室に満ちていて、窓から差し込む春の陽光が机の上を優しく照らしていた。
担任の先生が明るい声で進行を務め、出席番号順に自己紹介が始まった。
「相沢シュウです。好きな食べ物は目玉焼きで、好きなことはインターネットで遊ぶことです」
出席番号が一番なので、クラスメイトの先兵として、無難な挨拶をして拍手をされつつ、他の皆の挨拶をそれとなく聞いていた——。
次の瞬間、衝撃が走った。
「櫛田桔梗ですっ! 皆と仲良くなれたらいいな!」
明るい声が響き、クラス中がパッと華やいだ。
彼女は肩まで伸びた可愛らしい髪を揺らし、笑顔を振りまいている。
その後々々……に続いて、静かな声が。
「堀北鈴音です。好きなことは……特にないです」
その時の俺の顔はなんたるや。
人生で一番驚いたような顔をしていたことだろう。
心臓がドキドキと鳴り響き、思わず息を飲んだ。
なんたって、『原作キャラ』が登場したのだから。
「はいっ。皆さん挨拶は以上です。これから一年、よろしくお願いしますね〜」
担任の先生がそんな〆言葉を最後に、その日は家に帰ったのを覚えている。
頭の中では、何度もあの二人の名前と自己紹介が反響するように鳴っていた。
櫛田桔梗……可愛い系、承認欲求の塊。
堀北鈴音……クール系、ブラコンの塊。
うーむ、これは——運命を感じざるを得ない。
この出会いは、俺に与えられたチャンスだ。
家に帰った後。
俺は前世の記憶を頼りに、彼女らの”惨劇”を回避する方法を考えていた。
部屋の椅子に座り、ノートにメモを書きながら、脳をフル回転させた。
窓の外では夕陽が沈み、部屋がオレンジに染まる。
櫛田であれば、クラス崩壊事件。
あの事件が起これば、彼女の真の姿が暴かれ、孤立してしまう……なんとしても防がねば。
堀北であれば、あれ……特に思いつかないぞ。
原作では兄の影響が大きいけど、中学時代はまだ穏やかかもしれない。
いや、ブラコンゆえの孤独が問題か。
いやまあ、ともかく!
俺はハッピーエンドという言葉が大好きだ。
みんなが笑顔で終わるストーリーが理想だ。
そして考えに考えて、この脳汁を絞り出した時。
——俺に名案、走る。
原作での櫛田と堀北の間には確執があった。
それは、先のクラス崩壊事件が起きるから。
だが、もしそれが起きなかったらどうだろう?
さらに言えば、二人が仲良かったら如何になる?
二人の性格が補完し合ったら、どんな”化学反応”が起きるだろうか。
もうそりゃあ『最強』の一言であろう。
クラスを引っ張る最強のコンビになるはずだ。
であるならば、その風景……ロマンを見てみたいと思うのが男心。
俺はあの日より、決心した。
櫛田桔梗、堀北鈴音の二人を親しい仲にする、と。
そしてあわよくば……。
そこに、『百合の花』が咲きますように——。
---
朝のホームルーム前。
「……相沢くん?」
可愛らしい顔がこちらを覗く。
薄っすらと柑橘類の匂いが鼻をかすめる。
シャンプーの香りだろうか、爽やかで心地いい。
俺は過去に耽っていた頭から、今に戻った。
顔を上げ、彼女の笑顔に視線を合わせる。
「あ、はい。”櫛田”さん、どうかしましたか?」
「今日は、相沢くんが日直だからさっ。日誌を渡すよう先生から預かっていて……ね?」
優しくそっと手元に紙束を渡される。
彼女の指先が少し触れ、温かみが伝わってきた。
ありがとう、と一言告げると、微笑まれる。
上手に作られた完璧な笑顔だ。
そして、彼女が口を開く。
「相沢くん、ずっと上の空だったけど……何か考えごとでもしてたの?」
櫛田は細い指を唇に当てて、あざとくも率直な疑問を投げかけてくる。
目がキラキラしていて、眩しさを感じるほどだ。
「いいや、特になにも考えていない……かな?」
「ふふっ、嘘つき。だって相沢くんが何か考えごとしてる時って、いつも天井みてるって、噂だよ?」
ええ……いつの間にそんな噂が。
確かに、考えごとするときはそんな癖があったかもしれないが、それにしても噂になるのは早い気が。
「相沢くん……」
櫛田が小声で周囲を気にしながら耳元に、息がかかるくらい、そっと声をかけてくる。
「実はね? 女子の間では、相沢くんって結構人気なんだよ? 静かだけど格好良い、って」
なるほど、女子の噂の伝達速度は古今東西、前世今世でも変わらないようだ。
「ねえねえ相沢くん。ここだけの話さ……気になっている娘とかいないの?」
小悪魔的な微笑で、こちらに問いかけてくる。
年相応というべきか、そんな感じの話題だ。
彼女の目は期待に輝いている。
俺は、うーんと悩んでいるフリをしてみせる。
「教えてくれたらさ……私の気になっている人も教えちゃおうかな〜なんて」
おお、これは魔性の魅力だ。
一体何人の同級生男子を、彼女はこの一言で狂わせてきたのだろうか?
櫛田という美少女本人を目の前にしたら、ドギマギしてしまうものだろう。
だが俺は長男だ、こんなんでは屈しない。
別に隠すことでもないし、正直に吐いてしまおう。
彼女の望む答えにはならないだろうが。
「俺は……二人いるかな」
「二人も⁉︎ えっ、誰だれ!」
櫛田がちょっと大きな声をあげたことで、周囲の生徒たち(特に女子)の視線が集まる。
教室が一瞬静かに、みんながこちらを振り返った。
俺はニコリと微笑むと、日直日誌に名前を書く。
ゆっくりと鉛筆を動かし、そこには……。
「えっ、私⁉︎ ……と、堀北さん?」
「そう、そしてこれをこうだ」
ささっと鉛筆を動かして、二人の名前の間に”ハートの傘”を綺麗に描いてみせる。
「……ど、どういうことかな?」
櫛田が至極真っ当な疑問を呈してくる。
目が少し丸くなっている。
「俺、二人が好きなんだ」
「「「えっ、えええええええ⁉︎」」」
俺の宣言に、クラス全体が大きくざわめいた。
男子も女子も、興味津々にこちらを見ている。
男子からは「マジかよ!」という声が、女子からはヒソヒソ話が聞こえてくる。
「わ、わわわ……‼︎」
櫛田は頬を紅らめさせて、震えている。
普段の完璧な笑顔が崩れ、珍しい表情だ。
俺はそんな彼女を尻目に、先の落書きを消して、こちらの席に群がって、名前をこそ見しようとしてくる連中たちからの、証拠隠滅をした。
素早く消しゴムを動かし、跡を残さない。
周囲では女子たちが櫛田に質問攻めしている。
「ねえ桔梗ちゃん! 何て書いてあったの⁉︎」
「ききょちゃん、ききょちゃん! 私にだけでいいからこっそり教えて‼︎ お願いっ!」
「二人って、誰なの? ねえ誰と誰なの⁉︎」
きゃーきゃー甲高い声が教室を彩っている。
櫛田は「な、内緒……!」と、抵抗しているようだが、女子たちからの質問攻めは止まない。
俺はそんな彼女たちの輪からそっと離れて、教室の外へと向かう。
次の質問攻めの餌食になる前に一度退散しよう。
その前にふと、堀北のいる席へ目を移す。
将来のクールビューティーは、櫛田たち女子の群れに目を向けていた。
興味ありげに、でも離れた位置から。
ここら辺はまだ幼いというか、年相応なんだな。
原作の彼女より柔らかく見える。
そんなことを俺が漠然と考えていると、堀北と偶然にも視線が交差した。
彼女の瞳が少し揺れた気がした。
まあ、すぐに目を逸らされてしまったが。
俺は肩をすくめ、そのまま外へと去っていった。
『二人が好き』
……嘘は言っていない、多分。