堀北と櫛田で『百合』 作:百合ξ紳士
「きりーつ。きょうつけー。れい!」
今日もまた中学校生活が始まる。
一日の挨拶を、”学級委員”の俺が導く。
皆がそれぞれ立ち上がり姿勢を整え礼をした。
「はーい。じゃあ皆さん、今日からは前期中間試験の二週間前です。このテストによって、成績が決まっていくので、しっかりと勉強するようにね。以上」
担任の先生がそんなことを言って、ホームルームを素早く切り上げる。
生徒たちの反応はそれぞれで、「余裕っしょ」とか「私、数学苦手だからどうしよ〜」など多種多様。
これぞ、まさに青春といった感じで素晴らしい。
とはいえ俺は、試験とか大っ嫌いだったので、前日に詰め込み勉強をして、付け焼き刃でしのいでいたのを、ふと思い出す。
まあ最悪、中学生はノー勉でも卒業させてくれるから、多少はね……遊んでても良いんじゃないかな。
そんな考え事をしていると。
「ちょっとあなた……相沢くん」
俺の席の目の前に、黒髪の長い少女。
堀北鈴音が、こちらに声をかけてきた。
「ん? どうかしましたか堀北さん」
彼女は周囲をチラチラと気にしながら、自分に視線が集まっていないことを確認すると。
「相沢くん、次回の試験のことなのだけど。……あなた勉強の調子は大丈夫なの?」
まるでお母さんか、とでも言いたくなるような質問を問いかけてくる。
俺は姿勢を正してから、微笑んでみせる。
サムズアップをして、ニヤリと答えた。
「俺は……ノー勉で行く!」
俺の自信たっぷりな宣言に、堀北はため息をつく。
「はあ……まさかあなたまで、他の幼い男子たちと同じことを言うとは思ってなかったわ」
すると、彼女は手で髪をさらりと払うと。
「その……だけど。相沢くん、勉強は必要だわ」
どこか真剣な表情でそんなことを言ってくる。
まあそれは、おっしゃる通りだ。
勉強という言葉は嫌いだが、その重要性ははっきりと理解している。
この日本では、成績の良し悪しによって、進む方向や、未来の可能性が大きく決まり、拓かれていく。
まあ、俗に言う『レールの上』を、大多数の人々は走るわけだが、中学校というものも、また然りレールの上である。
だが少し言い訳させてほしい。
俺は黒塗りの高級車に追突されて、前世をあっけなく終えてしまった。
レールの上を走っていたところ、輪廻のレールを再走させられているわけだ。
前世に学んで……とまでは行かないが、今世は別にゆるーくやっていければいいかなと思う。
つまるところだ。
俺は勉強は必要最低限しかやらないぞ!
ていうか、俺の今世の目的は今のところ。
——『百合』を咲かせることだ。
「別に……そんな勉強、頑張んなくても良いんじゃないか、な?」
「いいえ、ダメよ。相沢くん、あなたはしっかりと勉強をして、良い成績を取るべきだわ」
もう、耳が痛くなるような正論。
とはいえだ。
やたら無闇に言い訳を述べても、堀北はさらに正論の雨を降らせてきて、俺の心をずぶ濡れにして来ることに違いない。
通り雨ならぬ通り堀北。
諦めて、同調して事なきを得よう。
「うん、そうだね。堀北さんの言う通りだ。俺が間違っていました。勉強、頑張るぞ〜!」
そう言うと、堀北はふふっと微笑んだ。
そして再び、誰の視線もないだろうことを確認するそぶりを見せると、そっと静かに耳打ちする。
「じゃあ相沢くん。今日の放課後は図書館に残って、その……一緒に勉強しましょう」
俺は驚いた表情を浮かべて、彼女を見る。
まさかあの孤高の堀北が、人と一緒に勉強しようなんて言うとは、夢にも思ってもいなかったからだ。
自分から誘うなんて、そんなことがあり得るのか。
「何よ……そんな変なものを見る目で」
「い、いや? そのー、なんというか——」
「私があなたを勉強に誘ったら悪い?」
「いいえ! そんなことはございません! 喜んでお引き受け致しましょう‼︎」
そう言うと、堀北はこくりと頷いて自分の席へと戻っていってしまった。
……一体、何が起きると言うんです?
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さて、冒頭で起立の挨拶をしていたように、俺は数学係の他に、学級委員という役職も兼任している。
これは単に、授業前後の挨拶をすればいいのと、担任の先生からの軽い雑用をこなせば良いだけの、隠れ楽仕事だからである。
そして、学級委員はクラスに俺含め二人いる。
まあ、こんな目立ちたがりというか、否が応でも目立ってしまう役割に立候補するのは、大体クラスの人気者がセオリーだろう。
つまるところだ。
そんな損得勘定でやっている俺を除いて、こんな学級委員という役職に立候補する物好きは、まあ言わんでもわかる。
そう、それは——。
「相沢くんっ! 先生の荷物取りに行こっ!」
——櫛田桔梗、彼女に他ならないわけだ。
クラスの人気者となるべく、自己承認を満たすには学級委員がまさにピッタリの存在。
誰もがやりたがらない学級委員に、いち早く名乗り出たのが櫛田だ。
他の生徒たちの目には、まさに彼女こそ『優等生』と映ったことだろう。
「ああ、そうだね。一緒に行こうか」
自己承認欲求が先か、優等生が先か。
それはコロンブスの卵なのでわからないが、今のところ裏の顔は見せていない。
もしかしたら、”綺麗な櫛田桔梗”なのかもしれないとの淡い希望を抱きつつ、俺は席を立ち上がった。
二人で階段をコツコツと鳴らしていく。
職員室に到着して、中に入り、担任の先生から書類を渡される。
それを俺が少し多めに持ち、今度はコツコツと階段を上がる。
すると、櫛田がこちらに声をかけてきた。
「ねえ、相沢くん? 今度の試験なんだけどさ、自信はある? 私は不安でドキドキしてるよ〜」
胸の間に両手を寄せて、そこに皺ができる。
まだ中学一年生だというのに、意識か無意識か、男を魅了するような仕草が上手である。
「いやー俺はねえ。ノー勉で行こうと思ったんだけどねえ。”友人”に誘われたし、少しはやろうかな?」
「ノー勉……ふふっ。相沢くんは冗談が上手だなあ」
いや、結構本気と書いてマジだったんですけど。
窓から差し込む朝日が彼女の顔を可憐に咲かす。
頬に光があたり、健康的なツヤのある肌が照る。
「ちなみにさ……その友人って誰か、私当ててみてもいい?」
にこりと微笑んで、可愛らしく言う。
俺は別に構わないので「どうぞ」と一言だけ。
「ふっ、ふーん! それはずばり……ジャカジャカ——堀北鈴音さんでしょう!」
「お見事、正解」
「やったっ! 私の予想通り〜!」
櫛田はくるりとその場で器用に一回転して、喜んだ表情を浮かばせていた。
そして、わざとらしい声音で、こんなことを呟く。
「いいなぁ〜相沢くん。堀北さんと仲良いよね〜。私も……その勉強会参加できたらいいのになあ?」
これは一体どういう目的なのだろうか。
俺は、沈黙し……彼女の脳内を勝手に想像する。
すると、とある数式が浮かび上がった。
堀北×俺×櫛田=?
このクエスチョンに至るには、そもそも存在が?な俺を/して消すことによって簡単に求まった。
つまり、『堀北×櫛田=?』
……な、なんだってえ⁉︎
これは——もしかすると、あの彼の万物の天才、ガリレオ・ガリレイが晩年に書き残したとされる、『聖数』と全く同じ結論に至るではないかっ!
俺はこれを知っている。
そして、俺はこれを求めている。
その聖数(?)とはずばり——『百合』。
「相沢くん? どうしたの急に立ち止まって?」
不思議げに小首をかしげて、つんつんと、こちらの肩をつついてくる櫛田。
俺は、そんな彼女に向かってdと親指をあげた。
「櫛田さん。一緒に勉強会に参加するかい?」
俺の言葉を聞いた彼女は、天使の笑みを浮かべて、両腕を大きくあげてから喜びを全身で表現した。
「やっ〜たあ! するする‼︎ 一緒に勉強する!」
「じゃあ放課後、図書館で集合ね」
「はーいっ!」
櫛田は上手く行ったと言わんばかりの表情だ。
「って……もうそろそろで、授業の時間だよ⁉︎ 急ごっか、教室まで!」
そして俺と彼女の二人は、走って教室まで駆け込み、なんとかギリギリ、各自、席につくのであった。
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放課後の静かな図書館。
そこの端っこの机には三人の影があった。
「相沢くん……これはどういうことかしら?」
内一人、堀北鈴音が静かにこちらを睨んでいる。
「どうも何も、堀北さんの言う通りに、一緒に勉強会をしようと参りました」
「違う。そうじゃないわ——どうして、”櫛田さん”がここに居るのか、それを質問しているの」
俺は「ふむ……」と考えるそぶりを見せた。
そして、言葉をゆっくりと紡ぐ。
「三人寄れば文殊の知恵、と言いまして……」
バシン、と机の下から脚で脛をキックされる。
おお、痛い。
見事なまでのクリティカルヒットだ。
「あ、あはは……」
そして問題の人物。
櫛田桔梗は、その光景を見て苦笑いしている。
現在、俺の対面には。
堀北と櫛田の二人が座っている状態だ。
「私……帰った方が、いいかな?」
櫛田がどこか申し訳なさげに声をかけてくる。
俺がそれを引き止めようとする前に——。
「いいえ、その必要はないわ。だって、櫛田さんには非はないもの」
堀北が、櫛田の辞退を止めた。
そのまま、俺に鋭い視線を向けて言葉を続ける。
「相沢くん。私に、一言でも声をかけたかしら?」
「いえ、私の独断専行でございます」
「結構。なら、報連相という言葉を知っている?」
「はい、ビタミンCなど栄養が豊富な——」
——バシン。
「い、いたい」
「あら失礼。足が”たまたま”ぶつかったみたいね」
俺の渾身のネタは通じなかったようだ。
堀北は冷蔑の視線を送ってくる。
それは凍えるような氷の瞳。
彼女は、もう一度呆れたように言った。
「いい? 相沢くん。あなた、他の人を呼ぶならまず”私に”相談をしてちょうだい? 櫛田さんだからまだいいものの……他の猿みたいな生徒だったら、私は絶対に断っていたから」
「了解しました」
短い沈黙が流れる。
「相沢くん?」
「はい、堀北さん。何でございましょう?」
堀北がこちらをじっと見つめている。
そして、ようやく口を開いた。
「……はあ。教材を机に出しなさい。今日は勉強会であって、説教会ではないの」
「わかりました」
「櫛田さんも……その、気にしないで。一緒に勉強を頑張りましょう」
「そ、そうだねっ! 勉強べんきょー」
——この日から、三人での勉強会が始まった。
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さて時計の針を進めてしまおう。
試験前の二週間はあっという間に過ぎた。
——そして、試験を終え、結果が返ってきた。
結論から言おう。
俺たちは学年上位の成績を手に入れた。
この二週間の濃密な時間……。
結果として——俺は、二人の少女たちの距離を近めることに成功していた。
今日は休日。
我々三人は、近くのイタリアン系ファミレスに訪れ、祝勝会という名の食事を楽しんでいた。
「ねえ”鈴音”ちゃん! このプリンとか美味しそうだよ〜! 後で一緒に食べない?」
「ええ、”桔梗”さん。なら、このティラミスとセットのを注文しましょう。これなら両方とも食べられて、美味しそうだわ」
そう、これこそが今回の戦果。
堀北と櫛田は互いのことを下の名前で呼び合うくらいには、親しい仲へと急接近していた。
うむ、実に結構。
美少女二人が、楽しそうに料理やデザートを選んでいる光景の、なんと微笑ましいことか。
「相沢くんも、デザートは頼むかしら?」
「相沢くんっ! どれにする〜?」
俺はトリュフアイスクリームを指差した。
そして、それを紙に記入して、三人の料理をピンポーンと店員を呼び、注文する。
「鈴音ちゃん」
「桔梗さん」
今はただ、この甘い空気をかみしめて——。