堀北と櫛田で『百合』 作:百合ξ紳士
この猛暑の中、日光とはもはや雨だ。
夏休みが迫ってきて、皆はソワソワしている。
そんな中、俺はスマホをこっそりいじっていた。
「下品ね」
朝一発目の挨拶——。
それはあまりにも、ひどかった。
「あなた……グラビアなんて見るの?」
試験が終わった後すぐ、席替えがあった。
その結果、俺は最前列から最後尾の席になったのだが……その右隣にはとある見知った少女が。
そう、堀北鈴音である。
彼女が、挨拶代わりに俺を貶してきたのである。
「タイプなのかしら? その娘」
俺は冷ややかな視線と共に、問われる。
画面の中には、ピンク髪で胸の大きさがボインな、同世代の娘であろう少女が写っていた。
まあ、誰とは言わないけど、美人だ。
だがしかし、堀北は興味をなくしたのか。
「ふーん……まあいいわ」
そういって、彼女は自分の席に座ると、カバンから荷物を取り出して、整えていた。
「おっはよ〜! って相沢くん⁉︎ 朝っぱらからエッチな女の子の画像見てるの?」
教室に元気な声とともに天使が入ってくる。
そう彼女こそ、櫛田桔梗その人である。
櫛田もまた、俺のスマホを覗いて目を丸くする。
「ま、まあ……好みは人それぞれだからね。でも、先生が来る前にスマホは仕舞っておきなよ?」
そしてそのまま、俺の左隣の席に座る。
……はい、そうです。
俺、今とても気まずい状況にあります。
右手に堀北、左手に櫛田。
ふむ、これは文字通り『両手に花』ってやつだ。
なお、俺がいなければ『百合の花』だったのだが。
そんなダブルフラワー状態のまま、授業が始まる。
先生の声がぼんやりと耳に入ってくるが、俺の頭の中はすでに夏休みモードだった。
試験の終わった解放感が、教室全体をふわふわとした空気で満たしている。
隣の櫛田はノートを取るふりをしつつ、時折俺の顔をチラチラ見てくるし、堀北は完璧な姿勢で前を向いているが、なんとなく視線を感じる。
……百合の間に挟まる男。
俺はそんな禁忌を犯しているような気がした。
そしてボーッとしてたら直ぐに訪れる休み時間。
櫛田が、すぐこちらに振り向いてきた。
「ねえねえ、相沢くんっ! 夏休みの予定は? 私、みんなで何かしたいなあ〜」
彼女の目はキラキラ輝いている。
俺は素直に答えた。
(予定なんて)ないです。
「じゃあ決まりだねっ! 一緒に遊ぼ!」
おお、俺の未来が勝手に決められる。
予定ない=遊び確定とは、何とも理不尽な。
櫛田は快活に笑顔を見せて、「うーん……でもどこにしようかなあ」と考える様子を見せる。
「相沢くんだったら、どこがいいと思う?」
そんなことを聞かれて、真っ先に思いついたのが、プールで遊ぶことだった。
例えば区民プールなら安いし、広いし、大人数で訪れても狭いってことは滅多にないだろう。
この案をなんとなしに伝えてみると。
「区民プール! それ良いアイデアだねっ!」
櫛田の顔がパッと明るくなった。
そして俺の右隣の少女に声をかける。
「涼しくて最高! 鈴音ちゃんも一緒に行こうよ!」
堀北が本から目を上げ、俺たちを見る。
そして、少し迷った顔でこちらを見つつ。
「ええ……でも私は別に——」
「行ったら絶対に楽しいよっ! 私、鈴音ちゃんとプールで一緒に泳ぎたいな……?」
櫛田が堀北の手を取り、可愛らしくお願いする。
堀北は、それに押されたのか。
「……まあ、悪くないわ。勉強の息抜き程度なら」
こくりと、小さく頷いた。
なんと! あの堀北がプールに誘われて行くなんて、以前の孤高のイメージからは考えられない。
それだけ、彼女も社交的になったのだろうか。
こんな考えが、俺の顔に出ていたのだろう。
「あなた……失礼なこと考えてる?」
じっと半目で、こちらを睨まれてしまう。
だがここは、正直に気持ちを伝えよう。
「いやなに、堀北がこういうことにOKをだすのは珍しいな、って思って」
「……そう。別に、”普通”よ」
そんなことない。
一匹狼からの大きな成長だ。
その後、櫛田が動き始めた。
彼女は、クラス全体を巻き込む気満々のようだ。
クラスメイトたちにも話が広がり、すぐに「皆でプールに行こう!」との流れになっていった。
それを小耳に挟んだ、担任の先生も「青春だねえ」と快く許可を出してくれたことによって、日程はいよいよ、夏休みの前半にしようと大枠が決まった。
みんなのテンションが上がっていく。
次の議題は、どんな”水着”にするかに変わった。
男子は適当でいいけど、女子たちは大騒ぎである。
そして気づけば放課後。
プールに乗り気な女子グループは「水着を買いに行こう!」と盛り上がっていた。
もちろん、男の俺は蚊帳の外だ。
とはいえ微笑ましい。
皆で何かをするって、ワクワクするもんだ。
さて、俺は家に帰るとしよう。
---
夏休みが始まって、数日。
俺は大型ショッピングセンターにいた。
クーラーの効いた店内が心地よい。
老若男女、それぞれが密集している。
今日は本当は家でゴロゴロしている予定だった。
それなのに何故、俺はここにいるのかというと。
「あっ、二人ともお待たせ〜!」
「……桔梗さん、五分遅刻よ」
櫛田に「男子目線で”水着選び”を手伝って欲しいなっ?」と、甘くお願いされて、それに「うん」と承諾してしまったからである。
いや待って欲しい。
これにはわけがある。
何も、櫛田に魅了されて頷いたわけではない。
もちろん最初は固辞した。
なんたって、女子の水着選びに男子が参加するなんて、そんなの彼氏彼女のやることだろう。
俺と櫛田はそんな仲じゃない。
だが、メールでのやり取りの中で、櫛田が「鈴音ちゃんも一緒に行くよ! 相沢くんの意見、鈴音ちゃんも聞きたいって!」と送ってきたのだ。
その瞬間、俺の頭の中で電流が走った。
堀北鈴音が絡むなら、話は別だ。
なんたって、俺の目的は櫛田と堀北を親密にさせることである。
水着選びなんて、女子同士がキャッキャと盛り上がる絶好の機会じゃないか。
そこで俺が間を上手く取り持てば、二人の距離がグッと縮まるかもしれない。
これはもう、青春の名のもとに参加するしかない!
そこからの俺の行動は早かった。
櫛田に「お二人のためになるならば、是非」と、簡潔に返信をして、堀北には「今度よろしく」と彼女の性格に配慮して手短に伝えて——。
今に至るわけだ。
「ごめんごめん鈴音ちゃん。着替えに少し時間がかかっちゃって」
「……仕方ないわね。でも、よく似合っているわ」
櫛田と堀北が仲良く話している。
俺は、そんな二人の姿をスマホのカメラで撮った。
櫛田はオレンジのワンピースに身を包み、さながら太陽のようなイメージだ。
彼女が動くたびに、ふわりふわりと服が揺れる。
堀北はホワイトのTシャツに、ブラックのショートパンツを合わせ、シンプルさを追求した感じだ。
風通しがよさそうで、涼しげな印象を与える。
「はい、二人とも。近寄ってちかよって」
俺はカメラマンに徹する。
櫛田が元気に抱きつき、堀北が照れている様子を写真に収める。
「相沢くんっ、どんな感じに撮れた?」
「……私にも見せてちょうだい」
俺は写真のファイルを開き、画面を見せる。
そこには、温かな青春の一頁が切り取られていた。
まるで仲の良い姉妹のような、絵になる姿だ。
「あとでメールに送ってね!」
「私にも……同じく頼むわ」
もちろん、と頷いて見せる。
これぞ青春! なんなら春春!
こうして俺たち三人は集合し、ショッピングセンターという名のダンジョン攻略を始めるのであった。
女子たちの洋服を見て、変なグラサンを買って着けて笑わせて、休憩にカフェで一杯飲んで……。
そして訪れる、最終ダンジョン。
二人の聖女が”そこ”に突入していった。
それは——女性水着ゾーン!
ショッピングモールの水着コーナーには、色とりどりの水着が棚に並び、あれかな、これかなと……多くの人々(特に女性)が物色している。
櫛田もすでに堀北を引き連れて、目をキラキラさせて、数々の水着に目を通している。
ちなみに、俺はというと。
それを少し離れた位置で二人を見守りつつ、男性水着を見ていた。
ほう……ブーメランパンツですか。
「わあ、かわいいのいっぱい! 鈴音ちゃん、これとかどうかな?」
櫛田が紺色のワンピース水着を手に取り、そっと優しく堀北に差し出す。
シンプルながら上品なデザインで、堀北のクールな雰囲気にばっちりと合いそうだ。
堀北は受け取りながら、眉を少し寄せる。
「私、こういう派手なのは……。もっと地味なのはないかしら?」
派手? いや、あれはシンプルだろ。
堀北の美的感覚は、なかなか独特のようだ。
櫛田はニコニコ笑いながら、別の白のビキニを手に取った。
「じゃあこれ! 私、白って大好き! 相沢くんなら、これはどう思う?」
遠目に見ていた俺の元に、いつの間にか櫛田が。
ここは冷静に、分析して答える。
白のビキニは小さなピンクのリボンがアクセントで、櫛田の明るい魅力に上品さを加えている。
「櫛田さんらしくていいんじゃないかな。清楚だけど華やかで、プールでも映えそう」
「そっか! じゃあ試着してみるね!」
ちなみに豆知識だが。
水着の試着の際は、下着の上からと決まっている。
くれぐれも、邪な妄想をしないように。
櫛田が試着室に飛び込む。
残された俺と堀北は、微妙に気まずい空気だ。
俺は棚をチラ見しつつ、堀北に話しかける。
「堀北さん、水着選びって経験ある?」
この質問に対して。
彼女が「ふん」と小さく鼻を鳴らす。
「そんなの興味ないわ。ただ、桔梗さんがしつこく誘うから、来ただけよ」
ふむ、つまるところ経験ナシってことか。
いやなに、別に他意はないぞ。
とはいえだ。
ツンツンしつつも、ここに来てくれたのは進歩だ。
「……ふっふっふ。じゃあ俺が選んであげようか?」
俺がニヤリと笑って見せてそんな提案をする。
が、しかし。
「余計なお世話よ。自分で決めるわ……それに、どうせあなたが選ぶ水着は露出の多いものでしょう? グラビア好きの相沢くん」
堀北は俺の過去を掘り返してきやがった。
いや、あれはただ、好奇心で見ただけで、別に堀北に似た格好をして欲しいとか考えたことは一切……ないと言い切れないのが男というものだ(開き直り)
「おっ、待たせ〜!」
試着室から、
白いビキニを下着の上から着た櫛田が現れた。
白い生地が彼女の健康的な肌に映え、ピンクのリボンがアクセントに揺れる。
フリルの縁がほのかに動き、彼女の元気な魅力を引き立てていた。
清楚なのに、どこか惹きつける輝きがある。
「どうかな? 似合う?」
可愛らしく小首をかしげる彼女。
そんな櫛田に、堀北が声をかけた。
「ええ、とても似合っているわ。桔梗さんらしい、綺麗で明るい感じが」
「やった! 鈴音ちゃんに褒められた! ……相沢くんはどう思う?」
俺は正直な感想を言う。
「眼福です」
「へへぇ〜じゃあ、これにしよっかな!」
櫛田はご購入を決めたようだ。
試着室に戻り、私服に着替えて戻った。
彼女の手には、先の水着がポンと置かれてある。
「じゃあ次は鈴音ちゃんの番だねっ!」
「いや……私は別に——」
「いいからいいから! はいっ! これ着てきてね」
櫛田は堀北に黒のシンプルなビキニを渡して、試着室に押し込む。
そして暫くして……。
しゃっと、試着室のカーテンが開いた。
「おおっ! 大人っぽい!」
堀北は黒のビキニに身を包み、恥ずかしそうにしながら片腕で胸の辺りを、もう片腕で股あたりを隠す。
「どう……かしら?」
彼女の瞳が、こちらの方を向く。
頬を紅らめながらも、真剣な表情で問うてくる。
なので俺は、とても正直な感想を述べた。
「エロい」
——シャッ。
試着室のカーテンが即座に閉められた。
もうそれは瞼を閉じた一瞬だった。
櫛田が呆れたような顔でこちらを見てくる。
「もー、相沢くん? 今のはちょっとデリカシーがなかったんじゃないかな?」
「うーん、褒め言葉のつもりだったんだけどなあ」
「はあ……いい? 女の子はね、『可愛い』とか『綺麗だ』って言ってくれるのを望んでいるの」
俺は頬を膨らませた櫛田に説教をされる。
そして、それが済んだ後に堀北のいる試着室の中へと入っていってしまった。
……待つこと五分。
試着室の中では何やら会話が聞こえるが、いかんせん曇っていて正確な言葉までは聞き取れない。
……さらに待つこと数分。
「相沢くん? 鈴音ちゃんにちゃんと謝って、ね?」
「…………」
試着室から出て来た櫛田に、私服姿に戻ってしまった堀北への謝罪を要求される。
堀北はそっぽを向いて黙ったままだ。
ええ、私が悪うございました。
これはさすがに自覚あり。
「堀北さん。申し訳ございませんでした」
深く頭を下げて、その体勢のままキープする。
すると、黙っていたままの堀北がそっと静かに口を開いて、短くこういった。
「……ばか」
ああ、これは失礼なことをしてしまった。
内心とても怒っているに違いない。
俺は己の過ちを深く後悔した。
まさか、せっかくの楽しいショッピングで気分を害させてしまうとは。
「心から、謝罪いたします」
「…………」
「す、鈴音ちゃん! 相沢くんも真剣に反省してるみたいだし、許してあげてくれないかなっ……?」
櫛田からの助け舟。
堀北は大きくため息をついた。
「いいわ。……別に、怒ってなんかいないわ」
「すみませんでした」
「だから怒ってないわ。ただ、その……驚いただけ」
堀北は頬を紅らめて、こちらから視線を逸らしたまま、そんなことを言った。
櫛田が空気を変えようと、別の水着を持ってくる。
今度は、全身が隠れるタイプの大人しめなやつだ。
しかし。
「ありがとう、桔梗さん。でもいいわ」
「えっ……でも、せっかく水着買いにきたのに……」
「いいえ、違うわ」
「ど、どういうこと?」
堀北はふふっと微笑んでから、こう言った。
「私は、この水着を買うわ」
櫛田が驚いたように堀北の顔を見る。
すると堀北は、こちらを真っ直ぐに見つめた。
「この水着……本当に良いと思うの? 相沢くん」
「それは……その、とてもお似合いです」
俺の言葉に、堀北は頷いて呟いた。
「——そう、ならいいわ。私はこれにする」
---
プール当日。
参加したクラスメイトは思い思いに遊んでいた。
そして、俺は日陰からそれを眺めている。
すると、遠くから黒いビキニの少女がやってきた。
「……あなた、まだその変なサングラスしてるのね」
堀北鈴音が、こちらに声をかけてくる。
肌には水の滴が垂れていて、光沢を放っている。
黒いビキニが、クールな魅力を引き立てていた。
「それで、どう? 私の水着は」
「とてもお似合いです」
俺の即答に、堀北は微笑んだ。
「相沢くん、あなたも一緒に泳ぎましょう?」
彼女は手を差し出して、こちらを見る。
長い黒髪は、美しく太陽の光を吸収していた。
「もちろん、俺でよければ」
俺はその手を取り立ち上がる。
そこに、もう一つの元気な声が。
櫛田桔梗が、白いビキニで駆けてきた。
ピンクのリボンが陽射しに揺れ、彼女の明るい笑顔と相まって、まるで天使……いや女神のよう。
「おーい二人とも〜! 早くはやく〜!」
櫛田が堀北の手を握り、プールに飛び込む。
二人で水しぶきを上げ、笑い合う姿が輝いている。
白と黒、二人のコントラスト。
「鈴音ちゃん、泳ぐよっ!」
「ふふ、仕方ないわね……」
それらが夏のプールを彩っていた——。