おつかれ勇者とつるぎの魔女   作:調味のみりん

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第一章 茸の魔王
1話 出会いが語られるなんぞ、ほとんどない。


 

 

「なら、お嬢さん。僕と一緒に来ないかい?」

 

 荒れ果てた建物の真ん中で、王国の勇者は言った。

 

 つまるところ、この物語はそういう物語。

 ちょっと軽薄な勇者と、世界を嫌った魔女が魔王を倒すまでの物語。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 記憶の始まりは、明確にここ、と言えないだろう。

 ぼんやりとしていて、茫洋としている。

 

 

「……ッ、っ……」

 

 

 彼女が覚えている一番古い記憶は腕と喉、それと背中に突き刺さるような鋭い痛み。強い消毒液の香りと、喉が張り付く痛み。

 閉じていた目を開けてみれば、眩しい光が目に入った。それと管で繋がれた身体。

 

 それが、彼女の覚えている始まりだ。

 

 口の中が酸っぱかった。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 彼女は小さな女の子だった。

 それも白い病人が着るような服を着ている。

 

 茶色い髪が肩まであって、細い喉には何か管の跡があった。

 腕にも背中にもあるようで、時折白い服の大人に呼ばれては、なにもない白い部屋の中にポツンと置かれた椅子型の機械と“接続”していた。

 

 機械が稼働すると、身体に何か入ってくる。

 

 それはなんだか、イヤな感じがした。

 もう、ほんとうに。

 

『八十七番、終了』

 

 砂時計がひっくり返る時間くらい歯を食いしばって耐えていたら、そんなアナウンスと共にカシュって気の抜けた音がして、管のジョイントが外れる。体に残ったのは変な文様のある差し込み口だけ。

 

 彼女はふらふらとしながら白い部屋にいつのまにか開いていた暗い扉を潜ると、大きな教室くらいの部屋に出て(ここもまっしろ)中にはおんなじような格好をした女の子が5人いた。

 

「あっ、ごーちゃん帰ってきた!」

「ふらふらしてる……、すぐ寝かさないと」

 

 彼女たちも同じような格好で、同じような生活をしていた。

 後から回想すれば、それはまさしく、実験動物の檻だった。

 

 

 ◆

 

 部屋には簡素なベッド、明かり取りの窓には鉄格子がつけられている。

 ここが彼女の世界だった。5番目の子だから、ごーちゃん。

 

「ごーちゃん、だいじょうぶ?」

 

 

 戦闘実験を終えて、ふらふらになりながら部屋に入ったと同時に、1人の子が駆け寄ってきた。

 その子は黒髪赤目をしていて、心配そうにこちらを見ていた。

 

「なにも……ないよ」

 

「うそ! ごーちゃんすっごく倒れそうなんだもん! わたしたちの末の妹はごうじょう、だなー!」

 

「ちがう」

 

「さんちゃん、バケツ、もってきてー! これたぶん吐くよ」

「あいあい、まったく。手のかかる妹だ」

 

 ここにいる5人に血は繋がっていない。

 だけども、ごーちゃんと呼ばれた少女はそういうものだと思っていた。

 感情豊かな姉たちに比べて彼女は表情に乏しく、だからこそよく面倒を見られていたのだった。

 

 ここが、彼女の世界だった。

 

 ◆

 

 

『八十七番、投与の時間だ』

 

 また何処からか響く声に白い部屋の壁が一部開いて、通路が出てくる。暗い通路を潜れば白い小部屋でまたあの機械みたいな椅子があって、だからそこまで歩いて行く。

 

「ごーちゃん、がんばってね……!」

「またもどってこいよー」

 

 後ろからかけられる声に彼女は無言で手を振った。

 すると4人いる姉たちは満足げに笑って手を振りかえした。

 こうしなさい、と教えられたものだった。

 

 彼女の教材はいつだって、白い部屋にいる姉たちだった。

 

 

 

 

 彼女はぺたぺた裸足で歩き、部屋に辿り着く。そして自分の身長に対して大きい椅子によっこらせっと腰掛ける。

 ちなみにこの投与を拒否すると身体につけられた差し込み口周りにある文様が光って、痺れるものをお見舞いされる。前科四犯。

 

 姉たちには

『なんでそこまで抵抗するんだ……?』

『わたしたちの妹って、おバカだった?』

 

 なんて散々な言われようだ。

 

 

 

 椅子に座って姿勢を取ると、ゴウン、みたいな重なった音が腹の奥まで響いて、管が伸びて身体の差し込み口に繋がれる。

 

「──いっ」

 

 彼女は接続の瞬間が好きじゃなかった。その後のなにか流し込まれる時間も嫌だ。薬かなんかだと思うけど、効果によっては気持ち悪くなってゲロをぶちまけることもあるし、鼻や目から血を流すこともある。

 最悪だったのは全身の毛穴が針で抉られるみたいなやつだ。

 

 あれはしばらくのたうちまわった。

 

『八十七番、終了』

 

 こうしてまた終わる。今日のは平衡感覚おかしくなるくらい気持ち悪くなるやつ。いや度は5。上限は10。

 

「かえ、る……」

 

 彼女はぺたぺたと歩いて帰って行った。

 

 

 ◆

 

 よたよたとした足取りでベッドとトイレしかない部屋に戻ると、姉たちが駆け寄ってくる。

 

「ごーちゃん帰ってきた!」

「今日は抵抗しなかったんだな」

「ほれっ、すぐねな!」

 

 実験施設に囲われている少女たちのなかで、一番小柄な彼女の体はポンとベッドに横たえられる。

 心配そうに覗き込んでる彼女たちにイーと歯をみせてみた。

 

 そして。

 ベッドの下に置いてあったバケツを引ったくるように取って、ゲロった。

 

「わたしたちの妹、ゲーした!」

「みずもってこーい」

「よしよし」

「ごーちゃん、こう見えて抵抗すごいから、おくすりキツいのなんだよね」

 

 

 ◆

 

 世間一般にみて、ここはまともじゃない。

 だが、白い檻に囲まれた彼女はそれを知るよしもない。

 

 

 彼女の目の前には顔の半分が溶けた猪がいた。

 

『戦闘実験、開始』

 

 つまるとこ、そういうことだ。

 よくありがちな、アレ。実験施設で施設の用意した敵と戦わせられるやつ。負けたらそのままポイ、だろう。実際にそうだと3番目の姉──さんちゃんが言っていた。

 

「くうきを、つるぎとす──」

 

 そう唱えると手の周りに白くてぼんやりしたモヤがかかる。

 それを振りかぶって、顔の半分が溶けた猪が突っ込んでくるのに合わせて当てる。

 

「Ga!?」

 

 猪は濁った悲鳴を出して、薄く切れた皮膚から垂れた血を舐めた。

 

 

 

 これが彼女が得た力。

『たんぞうのまほう』

 

 ずっと薬物を流し込まれて、いきなり自分の背丈よりでかいヘビの前に放り投げられて、死にかけて。それで、頭の中に閃いたモノ。

 効果は空気を鍛造して手の周りに切れるオーラをまとうこと。

 

 部屋の姉達に聞いたら、最弱らしい。慰められた。

 

「Gu、GYAAAAッ!」

 

 傷に苛立った猪が、『おまえをころしてやる』と瞳に込めて、また後ろ足を力ませた。彼女はそれに合わせてまた手を振りかぶって、寸前でひらりと避け──

「GI」

 猪が、笑って、方向を変えた。

()()()()()に。

 

「あ──ぐぶぉ」

 

 目の前がまっしろに飛ぶような感覚。上下左右が分からなくなって、壁に押し付けられた。

 

「GYA、hhhh」

 

 猪が笑っている。

 

 べきべきと骨が折れる音が響いて、頭が破裂しそうなくらい痛くなって──それで少女は歯を食いしばった。

 

「まだ──」

 

 

 猪に潰されてる彼女は、つまり至近距離に居るという事だ。手の周りの魔法を一瞬解除して、猪の溶けた顔面の右目に右手を突っ込む。

 

「Gaa!!」

 

 脆くなってたのか、彼女の力でも拳は目の中に突き刺さり──

 

「あなたの、血を……つるぎと、す……っ!」

 

 パイルバンカーのように、手の周りに形成された赤黒いオーラが猪の頭骨の中で弾けた。

 

 猪は濁った汚い声を上げて、ぶるりと身震いをしたあと、ゆっくり横に倒れる。

 猪という支えを失ったおれは倒れ、まっしろな天井を見上げる形になった。

 

「ごめんね……」

 

 

『戦闘実験、終了』

 

 そんな声がして、まもなく仮面をつけた大人たちが彼女を回収しにやってくる足音がした。霞む視界で少女は首を横に向けると、茶色いトゲトゲした毛並みの猪が転がっていた。

 

 痛む手をゆっくりと上げて、野生みあふれる毛皮に触れるとチクチクとした感触と、ほんのりとした暖かさを感じた。

 

「……ごめん」

 

 そこで彼女はやってきた大人に抱えられ、遠ざかって行く猪の死体をずっと見ていた。

 

 

 これが彼女の日常。

 被験体八十七番、姉たちによるとごーちゃん、その日常だ。

 

 日に一回の投与実験と、数日おきの戦闘実験。

 それが世界だった。

 

 ◆

 

 

「ねぇ、ごーちゃん。こっから出たら、なにしたい?」

 

「……なん、だろ」

 

 その日の実験が終わって、ベッドで天井を見ていた時、燃えるような赤髪の子が聞いてきた。

 彼女は一番上の姉だ。名前はいっちゃん。一番だから。

 まほうは『へんげのまほう』すこし身体を変えることが出来た。

 

「わたしはねぇ、お花屋さん! 世界にはたっくさんのお花があって、みんなキレイなんだよ。お花屋さんはね、そんな素敵なものを人に作ってあげる仕事なの」

 

 彼女はいっちゃんの顔をそっと覗き込んだ。

 その瞳はのっぺりした白い天井を写しているのではなく、何処か遠いキラキラしたものを見ていたようだった。

 

「きれいだと、おもうよ」

 

 彼女は答えた。

 それが真実に思えたから。

 

「でしょー! お花屋さん、いいよねぇ。……よしっ、ごーちゃんにもお花の種類を教えてアゲマショー! ま、実物はわたしも見たことがないんだけどね」

 

 

 そして──いっちゃんは次の日の戦闘実験で死んだ。

 身長より大きなカマキリに下半身を持ってかれてしまったのだという。

 

 すすり泣く3人の姉たちのなかで、ごーちゃんと呼ばれた彼女はジッと、いっちゃんの形見となった骨を見ていた。

 

 白い服を着た大人たちは囁いた。

 五番目のやつは、泣きもしないのか。感情が欠落してしまっているな、と。

 

 

 ◆

 

 

 二番目の姉、にいちゃんは内気、というものらしい。

「ご、ごご、ごーちゃん。それ、は、わたしの、しごと、だから」

 

 時折投げ込まれる新しいシーツを運ぶ作業をしていると、彼女がやってきた。髪の毛は紺色で、目元が隠れている。

 

「ほ、ほら。ごーちゃん、は、身体がつよく、ないから……ひひ」

 

 話し方が不思議で、姉たちの中では『くらーい』なんて言われているがこんなに優しい人をごーちゃんは知らなかった。まほうは『ふかのまほう』付加、らしい。物や人に力を付加できるのだと。

 

 大事なことは、彼女はいちばん優しい姉だということだ。

 

 投薬で吐いた時はいつも背中をさすってくれるし、重いものを運んでる時は絶対に手伝ってくれる。眠れない時はこっそり近くの床まで来て、ベッドのそばに腰掛けて、歌ってくれる。

 

「にいちゃん姉ぇ、ありがと」

 

「うひっ!? ふ、ふふ……ごー、ちゃん、かわいいね」

 

 にいちゃんは歌が好きだった。いつか旅の楽団に入って歌姫になりたいと、眠れない時に横でそっと教えてくれた。

 

 そんな、二番目の姉はある日の投薬で身体中のものを全て吐き出して死んだ。あっさり、ぽっくり。

 

「おい、ごーちゃん。もういい、背中をさすらなくていいんだ」

 

 無言で同じ動作を続ける彼女を、三番目の姉が泣きながら止めた。

 

 

 ◆

 

「ごーちゃん、ほら、しっかり食え。そんなんじゃ持たない」

 

 三番目の姉、さんちゃんは緑の短髪で口調が少し強い。

 そして誰よりも肉体が強く、戦闘訓練も強く、精神も強かった。まほうは『さいせいのまほう』再生とは自分の行動を二度、繰り返すことだ。魔法を展開するとその場にさんちゃんが取った行動が再現される。

 

 

 そんな彼女の夢は、実は学者になることだった。

 

「あたしはな、すごくむずかしい本に囲まれて、それで世界の真理を見てみたい」

 

 そうすりゃ、こんなクソみたいな所を産み出さなくて済む。だろ? ごーちゃん、と。

 三番目の姉は真剣な目で語った。

 そんな彼女はある日、ひどい風邪でうわ言を言いながら冷たくなっていった。何日もかけて、ゆっくり死んでいった。

 

 さんちゃんが居なくなったあとの部屋は広く感じた。

 

 

 部屋の隅にはさんちゃんの残した魔法が100以上残っていて、おもむろに展開してみると、さんちゃんの知識を教えてくれる声が再生された。

 明らかに自分より小さい子向けに噛み砕かれた内容は、ごーちゃんの知識を確かに補強した。誰に向けてさんちゃんがこっそり魔法を展開し続けていたのか。そんなものは明白だった。残った姉、よんちゃんは泣きながら『さんちゃんは、優しくて、コツコツ屋さんだねぇ』と言っていた。

 

 ごーちゃんは無表情になんどもなんども、それを聞きづけた。

 

 

 ◆

 

 4番目の姉はよんちゃん。

 桃色の髪をして、とても明るく可愛らしい姉だった。

 

「わたしがカワイイのは、世界がそう決めたから!」

 

 くるりと回りながら彼女は言った。

 まほうは『まようまほう』視界にあるはずのないものを映し出す魔法だった。

 

「ね? ごーちゃん! 女の子は可愛く!」

 

 彼女からは話し方を教わった。

 仕草を教わった。マナーを教わった。

「どれも出来て、カワイイ、んだから!」

 

 そう言ってよんちゃんはよく、髪を結ってくれた。

 髪を結ってる時は、理想のお嫁さんというのを聞かされた。彼女の夢はお嫁さんになって結婚式を小高い丘でおこなうのだという。

 

「ほらっ、ごーちゃんカワイイ!」

 

 彼女は目の前で死んだ。

 瓦礫の崩落に巻き込まれて、潰された。

 

 

 そう、いま、目の前では。

 白い部屋が崩れる瞬間だった。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 ことの始まりは、部屋の揺れだった。

 白い部屋がカタカタと揺れて、よんちゃんが飛び起きて、わたしを慌てて突き飛ばして、瓦礫が落ちてきた。

 

 

 じわ、と崩れた石から生暖かい液が広がる。

 

 

「主任、ここも崩れます!」

「何なんだ! 何故ここでいきなり暴走が! 順調のはずだろう……! 騎士団に嗅ぎつけられるぞ……!」

 

 白い服をきた3人が部屋に飛び込んできて、私を見つけてギョッとした顔をした後、すぐに苛立った顔になった。

 

「う、ひっ、被験体が……! ヤバい部屋に来ちまった!」

「よく見ろ! 八十七番だ! コイツはいつもぼんやりしてるノロマだ! 何も考えちゃいない! 無視しろ!」

「は、はいっ!」

 

 

 そう言って走る3人。

 夢中で走ってたからか、足蹴にしたのは、白いかけら。紺色の糸束、緑色の魔法陣、桃色に着色されたシーツ製のリボン。

 

 

 わたしの方に飛んできたそれを慌てて拾おうとして、目の前に降り立ったねじくれた角を持った魔物の脚にそれらは押しつぶされた。

 

「あ、悪魔が! ゲートを越えて出てきましたっ!?」

「ちくしょう! よりによって三級が」

 それが最後の言葉だった。

 白い服の3人は言葉を続ける前に首から上がなくなった。

 

 あくま、と言われた存在は人より何倍も大きく、捻れた角を持って、瞳孔が横に伸びていた。

 

「おう、脆いなぁ。あ? なに見てやがるよ。ついでだ、お前も殺してやろう」

 

 あくまの脚からは白い粉や、桃色の布の切れ端が覗いている。

 あくまはわたしの視線に気がついて、脚を上げると、姉たちの遺品が潰れた状態で張り付いていた。

 

 

「なんだ、コレ。()()()()消しとくか」

 

 

 そして笑って、手から火を出して消し飛ばした。

 

「あ……──」

 

 自分の喉から鳴った声はひどく間抜けな響きをしていた。

 

 呟いた声に、あくまが首を傾げて、ケタケタと笑った。

 

「なぁんだって? 聞こえんなぁ!」

 

「いっつも、そう……()()()?」

 

 辺りは崩落して、血の匂いが漂う。

 

「いのちをおもちゃみたいに。ねえさんたちを、ごみみたいに」

 

 空が見えた。

 夜空だ。初めて見た夜空だ。

 一人でなんて見たくなかった。

 

「わたしだって、かんがえてるぞ。ねえさんたちも夢があったぞ」

 

 白い服のおとなたちは、わたしをボンクラとよぶけれど。

 姉さんたちは違った。わたしを名前で呼んでくれた。たくさんものを教えてくれた。

 

「しらないだろう。しらないだろう。なあ、わたし以外はしらないだろう。知ろうともしないだろう」

 

 何も残っていない。

 ここには、あのやさしい姉たちが生きていた証は。

 今目の前で消し飛んだ。

 

 なら、もう、世界はひつようない? 

 

「せかいは、ゆがんでる。つよいが、よわい、を慮らない。ねえさん……ねえさん……」

 

 姉は世界だった。

 狭い檻の中で唯一暖かいものだった。

 

「ゆがみは、だいっきらいだ。やさしくないものなんて、だいっきらいだ。──だから、せかいなんか、だいっきらい」

 

 彼女の世界は潰れた。

 この感情の名前は知らない。

 

 知らないが、身体の奥がガンガンとなっていた。

 

「まほう──こうし──」

 

「な、おいおいおい! ガキ! お前、魔法使えんのかよ!」

 

 あくまが濁った目を大きく見開いて叫んだ。

 

「ま、ガキの魔法なんざ取るに足らないから、やることは変わらんが。じゃ、死ね」

 

 が、一転。呑気な顔になって、手を振りかぶった。

 そうして鉤爪が迫って──目の前にいつも見慣れたウィンドウが浮かび上がった。

 

 

【鍛造対象を選んでください】

 魔導鉱の欠片

 鉄柵のベッド

 使い古された毛布

 空気

 石ころ

 石ころ

 石ころ

 …………

 …………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …………

 

▶︎ごーちゃん(おまえ)

 

【これで、よろしいですか? Y/N】

 

「いいよ……うん。──()()()を、つるぎと、す」

 

 

【警告 魂の形成に関わる魔法を行使しようとしています!】

【警告 魂の変形は世界禁忌に抵触する可能性があります!】

【警告 この操作を実行した場合、管理者がやって来る可能性があります!】

【警告 魂魄魔法は魔法行使者の存在を歪めます!】

 

【実行 抑制措置を実行します……「じゃま」error。失敗しました】

【実行 抑制措置を「うるさい」error error】

 

 

【魔法、行使。→鍛造魔法。対象者の魂が変容しました。あらゆる 数値が欠落しました。対象者を現在の存在では実行できません…………変性完了。鍛造終了】

 

 

 

 

 

 

【通知 あなたは魂の鍛造を行いました】

 

 

 

 

 

【通知 魂の変性は世界禁忌に触れました】

 

 

 

 

 

【通知 『管理者』が向かいペナルティを課します】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【通知 おめでとう。あなたは『魔女』になった】

 

 

 

 

 

 

 そうして、部屋には一振りの剣が現れていた。

 

「はっ? 『魔女』になっ、た……?」

 

 剣は一人でに浮かび上がり、ぼんやりとした光を放つと。

 

 ぐるん、と一閃。呆然とするあくまを消し飛ばした。

 

 後に残ったのは静寂と、一振りの剣だけ。

 

 その剣は光の粒になって、また少女の形を形成した。

 ごーちゃんと呼ばれた少女の髪色は茶色から真っ白に変わり、瞳は血のように赤くなった。

 

「ぜんぶ、こわして、やる」

 

 せかいの、すべて。

 彼女にも、姉にも優しくない。

 ひどく歪んで、捻れたせかい。

 そんなもの、はなから無ければこれ以上くるしむ子が出てこないで済む。

 

 彼女がそう呟いた瞬間。世界から音が消えた。

 モノクロになる。空気が止まる。

 

 いつの間にか時間の流れが静止して、崩れる瓦礫が縫い付けられたように止まっていた。

 

 

 

(禁忌に反応して来てみれば…… おお! 哀れな小娘よ! 

 世界の禁忌事項に触れてしまうとは! 

 我が顕現したではないか)

 

 不意に精悍な顔つきをした青年が下半身を不定形の煙にしながら現れた。

 圧倒的な存在感を放つそれは、ゆっくりと彼女の目を覗き込んだ。

 

(我は管理者。魔導の管理を司るジンである)

 

(我が呼び出されるとは……何をした……ははは!)

 

 

 

 

(鍛造に魂を素材にしたのか!)

 

(まったく、覚悟の込み入った娘よ。魂を弄るという世界禁忌に触ることをするなど、忌避感が尋常ではないはずなのに。あっぱれ、あっぱれ)

 

 ジンは響くような不思議な声色で笑う。

 

 

(だが、罰を与えねばならぬ)

 

(お主は報わねばならぬ)

 

 

(お主をここに縛り付ける。お主はここから動けぬ。何日も、何年も、何十年も。つるぎとなったお主を手に取ってくれる相手が現れぬ限りは)

 

(そして、手に取ってくれた者と共に歩め)

 

 座標固定の戒めと、行動固定の戒め。

 

 これらを禊とし、魔女は存在を許された。

 普通なら消し飛ばされるはずの世界に対する反逆的存在は生かされた。

 最も若く、世界を嫌って魂を鍛造した『つるぎの魔女』だ。

 

 管理者ジンはいつの間にか消えていた。

 世界は正常に戻って、静かな月夜が現れた。

 

 

 瓦礫の広がる建物の残骸の真ん中で。少女は月を見上げながら自身が動かないことを悟った。

 

 食事は必要ない。

 魔女は人ではないから。

 必要なのは魔力だけ。それも存在し続けるだけなら空中にある分だけで事足りる。

 

 

 かつて姉たちと過ごした部屋のなれ果て。そこで少女はなんにちも、なんにちも。

 気の遠くなるような日を過ごしたある日。

 

 

 麦のような色の髪に、鳶色の瞳をした男が現れた。

 

「魔力反応で来てみれば……こりゃ、とんでもない」

 

 彼が誰だかは分からない。何故来たのかも。

 夕陽を背負って現れた男は頬を掻いたあと、真剣な目をして唱えた。

 

『我は王国の勇者、ルーク。相対するものよ。名を示していただきたい』

 

「わたしは『つるぎの魔女』。勇者がなんのよう?」

 

 儀礼魔術で名乗りを強制され、拒むことも出来たが彼女は受け入れた。

 後ろで髪を括った勇者は、軽く笑って言った。

 

「『魔女』か。とんでもないな。では、魔女よ。我に力を貸してくれないか?」

 

 勇者は言った。

 彼女はそこで気がついた。男は勇者という割に仲間も連れていなければ、装備も貧相だ。ただ、意志の強い瞳が他とは違う。

 

 勇者はその存在によって強さはまちまちだという。

 天をつき山を割る帝国の勇者もいれば、弱小国の勇者は大した力も持たない。ただ女神から祝福を授かっているだけだ。

 

 彼もきっと、そうなのだろう。

 

「わたしの手を取れるのなら」

 

「そうか、対価は?」

 

「あなたが魔王を倒したら、わたしはわたしの夢を叶えること」

 

「へぇ、どんな夢だい? お花屋さんとかお嫁さんとかかね」

 

「せかいをこわす」

 

「あちゃー、でも『魔女』ってそういうものだよね……」

 

「それでもいいのなら、手を取って」

 

 

 こんな条件で呑むひとはいない。

 ましてや勇者だ。世界に仇なす『魔女』が縛り付けられていることを幸いに今ここで斬って討伐してしまうかもしれない。それもいいだろう。

 

 せかいが死ぬか、彼女が死ぬかの問題でしかない。

 

 だから、半ば投げやりにだした手は、いっそあっさり捕まった。

 

「じゃ、遠慮なく」

 

 そんな事態に流石の彼女も目を瞬かせる。

 

 

「勇者なのに?」

「勇者は困ってる子を見捨てないものだから」

 

「ばかみたい」

 

「そっか。──ま、そんな馬鹿と一緒でもいいのなら。お嬢さん。僕と一緒に来ないかい?」

 

 荒れ果てた建物の真ん中で、王国の勇者は言った。

 

 つまるところ、この物語はそういう物語。

 ちょっと軽薄な勇者と、世界を嫌った魔女が魔王を倒すまでの物語。

 

 

⠀ ⠀ ⠀

 

 

 

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